彼は世界をより良き方へ導こうとしていた。
 そのやり方が世間にどう認識されようが構わない、そういう強い意志を原動力として行動していた。

 彼は天才とは程遠い凡人だったが、それでも生来資質はあったのだろう。
 迷いながら、時には呵責に揺らされながら、しかし彼は止むことなく鉈を振るった。
 法では裁き切れない犯罪者を殺すことで社会の犯罪意識を抑圧し、邪魔立てするならば誰であろうと殺した。
 彼の周囲はただの一度としてそれを評価しなかったが、彼の存在と辣腕が世界の理不尽を削り取っていたのは確かだ。
 どんな政治家が演説をしても変えることの出来なかった人類の悪性を、彼は間違いなく変えてみせたのだ。
 それは恐怖による犯罪意識の弾圧ではあった。だが、彼以外の誰かにここまでは決して出来なかったろう。
 人間としての倫理を捨て去り、自分が世界の裁定者となることで社会を変えた――その功績はまさしく、人類史に語り継がれるべきものに違いない。
 されど、彼はどこまでも人だった。『新世界の神』は、所詮一つの幻想のカタチに過ぎなかったのだ。


「……俺は、生き返ったのか」

 時刻は夜の十時を回った頃。
 高層建築物の屋上に佇んで、自分の掌を見下ろしそんなことを呟く青年は、かつて神と盲信された男である。
 犯罪者にとっての死神。腐敗した現代社会の救世主――通称『キラ』。人としての名前を、夜神月。
 人類数千年の歴史は長かれど一人の人間が犯した殺人の数であれば、まず月に敵う者はいないだろう。
 彼が死神の道具を使って犯し……もとい『裁いて』きた罪人の数は、非現実的な領域にさえ到達していたはずだ。
 正真正銘の新たなる世界、犯罪者の存在による理不尽を誰もが味わうことなく生きられる世界を作るのに十分な数を彼は殺してきた。しかし悲しきかな。夜神月青年の奮闘は、世界を作り変えるその手前で無碍に断たれてしまった。

「信じられないな――火傷の痕も撃たれた傷も綺麗さっぱりなくなってる。本当に魔法みたいだ」

 結論から言えば、夜神月は負けた。
 人間の知恵と父親の強さを前に、完全な敗北を喫した。
 そして最期には、自分を救済者へ仕立て上げた死神にさえ見捨てられ、呆気なく炎にまかれて焼け死んだ。
 悪夢の殺人兵器とも、世界を導く希望とも称された死神のノートも失われた。
 これを敗北と言わずして何とする。負け惜しみを考え出すにも苦労する、文字通りの完全敗北。

 しかし、ここに一つの奇跡が起きた。
 炎にまかれて消えたはずの『神』は今、確かにこうして再臨を果たしている。
 名前を知るだけで殺す力は失われ、ただの人間と成り果てたが……彼という人間と、その記憶だけは残っている。
 月はネオンの明かりが喧しく照らし立てる夜の繁華街を見下ろして、今置かれている状況を整理する。

 ――夜神月が、『キラ』を思い出したのはつい数時間前のことだった。

 市内に存在する大学院へ通うなんてことのないいち学生として、彼は講義を受け、帰途に着いていた。
 別に寄り道をする気分でもなかったし、今日はさっさと家に帰ってゆっくりしようと思っていた。
 部屋でポテトチップスでも食べながらのんびり時間を使う。
 あまり褒められた時間の使い方とは言えないが、たまにはこんな日があったっていい。
 そんななんてことのない一日の終わりだった。あまりに平凡で変哲もなく、覚醒のきっかけなどどこにもない。

 夜神月という青年はきっと、何も思い出せずに偽りの街のピースとなるはずだったのだろうと思う。
 この日常が作られたものであることも知らずに暢気な顔をして、自分が何者かさえ思い出すことなく惰性に溶けていく。
 彼がどう思うかはさておいて、きっとそれは、月にとっては最も幸せな顛末だったに違いない。
 死神によって人生を狂わされ破滅した哀れな青年にとっては、あまりに幸福な後日談だ。

 普段通りの帰り道を歩く。
 その時、道の端である光景を見た。
 繁華街ではありふれた光景。いかにもひ弱そうな高校生が、ガラの悪い大人数名に囲まれて縮み上がっている。
 カツアゲだ。そう呼んでしまえば可愛く聞こえるが、立派な恐喝罪にあたる。
 それを見て、月は溜息を吐き出した。
 誰も彼もが見てみぬふりだ。加害者の連中は、自分の行為が犯罪だという自覚さえロクに持ってはいまい。
 力と数をひけらかし我が物顔で弱者から搾取する――なんて理不尽だろうと思った。

 ただ、それは何も今に始まったことではない。
 父親が警察関係者である都合、嫌でも耳に入る凶悪事件の話。
 ニュース番組はやれどこの誰が誰に殺された、あの事件の犯人は懲役何年の刑に処されたと毎日のように騒いでいる。
 何も変わらない。今までも、これからも、きっと、永遠に変わることはない。
 それこそ人間が存在し続ける限り、この理不尽な社会が揺るぐことはないのだ。
 誰かが行動しない限りは。それも、個人レベルの些細な反抗や申し立てでは役者が足りない。
 力が必要だ。権力でも武力でもなく、もっと確実に世界を変えるための力が必要だ。

 例えば、そう。
 神のように――自分の手を汚さず、些細な情報だけで相手を殺す手段、とか。

 月は踵を返した。
 足取りは早まっていた。
 更に言えば、息だって荒くなっていた。
 数分前まで平凡な帰り道を謳歌していた夜神月青年は、もうどこにもいない。そう、どこにも。


 頭の中に広がっていたのは――炎に包まれて手を伸ばす自分を、ひとりの死神が嘲笑っている記憶。


 そうして今に至る。
 ほんの小さな社会の理不尽は、偽物の社会に閉ざされていた『神』を目覚めさせた。
 夜神月ではなく、キラという一個の概念を。
 人間の奮闘によって消し去られ、倉庫とともに燃え尽きた時代の救世主を、夜神月という青年の人生を犠牲に甦らせた。

「死神の次は聖杯……いよいよ漫画の世界らしくなってきたな」
「然り。世には数多の物語がありますが、この現実に優る享楽的な台本は二つとありますまい。
 The play's the thing
 まさしく、この旅こそうってつけだ――というわけですな」

 聖杯戦争。
 それは英霊の座なる場所から英雄を召喚して潰し合わせ、『万能の願望器』をめぐって殺しあう小さな戦争。
 まるで慣れ親しんだ常識のように記憶野へ貯蔵されていたその情報を引き出して反芻し溢した言葉に、応える声がある。
 日本人離れした顔立ちとどこか独特の雰囲気を醸し出した彼は、世辞にも英雄らしい姿形はしていなかった。
 そして事実、彼は英雄ではない。英雄ではないが、世界に名を残した英霊であることは確かだった。
 ある意味でそれは、夜神月という人間に相応しい選抜であったといえるだろう。

「俺達の戦力じゃ三騎士はおろか、他の英霊を倒すことだって難しい。
 エンチャントだったか。それを使っても、俺が戦線に出るには足りないのは明らかだ。だからまず、他のマスターに取り入ろうと思う。そしてそいつの影に隠れ、聖杯戦争を進めていく」

 淡々と月は、これから始まる聖杯戦争における指針を話し始めた。

 彼の呼んだ劇作家の英霊、ウィリアム・シェイクスピアのクラスはキャスターである。
 定例に漏れず戦闘向きのステータスはしておらず、キャスター同士の比べ合いでも優れるかどうかは怪しい。
 しかしシェイクスピアはエンチャントというスキルを持つ。その名の通り効力は他者の強化――これを欲しがる輩は多かれ少なかれ必ず存在すると月は踏んだ。少なくとも、取り入るまでは難しくないはず。

「もちろんただ依存するわけじゃない。どれだけ同盟として友好を深めようが、最終的には殺し合うんだ。
 ……だから当然、手を打っておく必要がある。上手く協力者を脱落させて自由に動ける状況を作り出しつつ、それでいて敵にも考えられる最大限のダメージを負わせられる作戦を。
 まだ具体案は上がっちゃいないが……やれる――と思う。いや、やってみせる」
「ハハハハ! 良い軍略、そして覚悟だ!
 その通り、吾輩は死なないのではなく死ねず、同時に戦えない! 働きますが戦わない!」

 呵々大笑してとんでもないことを言ってのける劇作家は、しかし内心、此度の主へ強く期待していた。
 キャスターは平凡な人物を忌む。何故ならつまらない。すぐに操作される登場人物など、面白味の欠片もない。
 だが夜神月――この青年はそうではない。彼は力に溺れるのではなく、その力を呑み込むほどの資質を持っている。
 さぞかし彼が聖杯を手に入れたなら、面白い物語を繰り広げてくれるのだろう。
 無論、勝ち取るまでの過程でも然りだ。劇作家としてその道を見届けられることを、心より嬉しく思う。

「俺は聖杯を手に入れる。そして――今度こそ、新世界の神となる。それはきっと、俺にしか出来ない」

 月は爛々と輝いていた。
 それに照らされる青年の姿はどこか超然とすらしており、そこに日常の似合う夜神月の面影はない。
 キャスターはこの状況を歓迎し、しかし同時に惜しく思った。
 彼ほどの男が生命を賭して挑んだ命題――その生命が尽きるまでの物語。
 それに携わることができていたなら、一体どれほど素晴らしいものが書けたろうと、そう思うのだ。



【クラス】
キャスター

【真名】
ウィリアム・シェイクスピア@Fate/Apocrypha

【パラメーター】
筋力E 耐久E 敏捷D 魔力C++ 幸運B 宝具C+

【属性】
中立・中庸

【クラススキル】
陣地作成:C
魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。
小規模な”工房”の形成が可能。

【保有スキル】
エンチャント:A
任意の対象を強化することが可能。

自己保存:B
自身はまるで戦闘力がない代わりに、マスターが無事な限りは殆どの危機から逃れることができる。
つまり、本人は全然戦わない。

【宝具】
『開演の刻は来たれり、此処に万雷の喝采を(ファースト・フォリオ)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~30 最大捕捉:1人
世界改変型宝具。世界を閉塞させ、脚本を産み出し、物語を強制させる。
対象者の精神に働きかけ、シェイクスピアが書いた物語を幻覚のように体験させることができる。その強制力は固有結界にも匹敵し、あらゆる攻撃を無効化する抵抗力を持つルーラーですら逃れることはできない。ただし肉体的なダメージや苦痛まで与えることはできないため、戦闘に用いるとすればショッキングな光景を見せて「心を折る」ことに使う程度である。成功すれば、対象を完全無防備な状態にするバッドステータス「放心」が付与される。
本来なら相手の真名を把握していない限り、有効活用することのできない宝具だが、逆に真名を看破している場合は相手の親しい人や因縁のある人物、トラウマの元となった者を呼び出し、ピンポイントで心の隙を突く悪辣な精神攻撃宝具と化す。

【weapon】
なし

【人物背景】
歴史上においても高名な劇作家。
卓越した人間観察眼からなる内面の心理描写により、「ハムレット」、「マクベス」、「オセロ」、「リア王」の四大悲劇をはじめ、「ロミオとジュリエット」、「ヴェニスの商人」、「夏の夜の夢」、「ジュリアス・シーザー」、「お気に召すまま」など数多くの傑作を執筆し、英文学史上において名声と知名度を欲しいままにした。
聖杯大戦において赤のサーヴァントとして召喚される。
本来の召喚者であるマスターではなくシロウ達に与し、彼らの野望を知りながら協力しているが、自らの「物語」への欲からバーサーカーにミレニア城塞の在り処を教え、暴走させるトラブルメーカーでもある。


【マスター】
夜神月@デスノート(ドラマ版)

【マスターとしての願い】
聖杯を使い、新世界の神として再臨する

【weapon】
なし

【能力・技能】
特殊能力はなし。ノートも持っていない。
『キラ』として暗躍し、警察の捜査や天才探偵を欺き続けた経験則が特筆すべき技能か。

【人物背景】
対象の名前を書くだけで殺害を行える『デスノート』を用い、犯罪者の粛清による社会の新生を志した青年。
最期は敗北して無残に死亡するが、死神と出会いさえしなければ平凡な一人の大学生であった。

【方針】
正面からの殴り合いは徹底して避けつつ、他の陣営を利用して立ち回る

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最終更新:2015年12月08日 02:27