建原智香は魔法少女だ。
どれだけ鍛えても人間では不可能なほどの大ジャンプができるし、走る速度も時速三桁の大台に届く。
自画自賛のようになって気恥ずかしいが、見た目も普通の少女とは比べ物にならないほど可憐で完璧だ。
肌にはシミなんてあるはずなく、思春期のお悩みの代名詞であるニキビやそばかすとも一切無縁。
愛されるために生まれたような造形美――魔法少女は本当に美しく、可愛らしい。
とはいっても箒で空を駆け回ったり、派手なビームで悪と戦うなんて華やかな魔法は使えない。
中にはそういう絵になる魔法を使える魔法少女も当然いるだろうが、少なくとも彼女はそうではなかった。
魔法少女「
ペチカ」の魔法は、「美味しい料理を作ることができる」魔法だ。
材料はなんでもいい。一定時間以上触れていることさえできれば、どんなものだって見違えるような美味しい料理になる。
食べればたちまち身体の奥底から元気が湧いてきて、不機嫌な人だって自然と笑顔になる。
それほどのものを作れる魔法。彼女はそれを、ごくささやかな幸せのために使っていた。
そう、ごくささやかな幸せさえあれば、ペチカはそれで幸せだった。
普段の冴えない見た目ではお近付きになど到底なれない、気になる男の子と仲良くなりたい。
ほんのそれだけ叶うならそれでいいとペチカは思っていた。
例えば魔法の力を使って料理を作り、それを売り物にしてお金儲けしようだとか、そういう発想は特になかった。
ペチカはあくまで平々凡々とした幸せを満たすために、そして日々ちょっとした人助けに勤しむ魔法少女であれればそれでよかった。けれど、世界は「それでいい」とは納得してくれなかった。
とあるビジネスホテルの一室で、ペチカは上品なベッドの上にちょこんと座り、唇を噛み締めていた。
聖杯戦争が始まれば、当然マスターであるペチカの命を狙う輩はごまんと現れる。
この街には精巧に再現されたペチカの家があって、家族もいた。
たとえ偽物だとしても、幸せに暮らしていた家族に危害を加えられるのは嫌だ。
そんな彼女のわがままをサーヴァントが聞き、彼が少しばかり非合法な手段で獲得したお金で手配したのがこのホテルだ。百万円以上のお金をオーナーへ預けているから、聖杯戦争が終わるまでは自由に出入りできると見ていい。
わがままを言ってからものの十分としない内に手配を済ませた手腕に驚かされたが、それ以上に申し訳ない思いがあった。
彼は聖杯に託したい願いがあって自分のところへ召喚されたのに、自分はこのざまだ。
何をしたいか、何をすべきなのか。死にたくはないけれど、自分に戻る場所は果たしてあるのか。
――ペチカは、ここにいるべきでない存在だ。人間としても、魔法少女としても、彼女の物語はもう終わっている。
悩んで、戸惑って、恐れて、泣いて、そうして辿り着いた結果に喰いはない。
けれど、それにこういう形で後日談を与えられるとは夢にも思っていなかったから、こうして迷っている。
聖杯を手に入れて、あの悪夢のようなゲームで死んだ魔法少女を蘇らせる、というのも考えた。
でもそれでいいのかと考えて、また迷うことになった。
聞こえだけは綺麗だが、それではいけない気がする。……理由はうまくいえないが、とにかくそう思うのだ。
「やはり簡単に答えは出ませんか、マスター」
その時、部屋の扉が開いた。
それが誰かなんて分かりきっているのに、やはり起こっている事が事だから心臓がどきりとする。
そこに立っているのは案の定、自分のサーヴァントである黒髪の男性だった。
中性的な整った顔立ちを、ペチカは綺麗だと思う。
彼はアサシンのサーヴァントだ。真名についてははぐらかされたが、なんでも少々特殊な名前を持っているらしい。
「一人にしてしまってすみません。ここを第二の根城とする以上、多少の工作を施してきました」
そう言って彼は、何本かの不穏な導線をペチカへ見せてにこりと笑った。
何をしてきたのかは分からないが、とにかくこの人は何でもできる。
それこそホテル相手に無理な契約を速攻で取り付けてみたり、種も仕掛けもないような超人技を披露してみせたり。
魔法少女のペチカよりもずっと超人らしい超人だ。本人もそれは自負しているのか、割と不敵な物言いも目立つ。
彼は窓際に立って街を見下ろしながら、ペチカへ背を向けたまま問いかけた。
穏やかな声だった。彼には自分と違って迷いがないんだなあと、聞いた途端にペチカは理解した。
「私はね。マスターが聖杯戦争を受け入れようと拒もうと、正直なところどちらでもいい」
「え……?」
聖杯戦争についてごちゃごちゃとした認識しかしていないペチカにも、その発言がサーヴァントらしからぬものだということは分かった。彼らは彼らなりの願いがあってここへ来た。ならば、聖杯を手に入れようとするのは当然だ。
それをマスターが拒む選択を取るなど、主従関係崩壊の理由としては本来十分すぎる。
ペチカが彼に相談しなかった理由の一つがそもそもそれだ。しかしその不安は、他ならぬ彼の言によって杞憂であったと知らされることになった。
「もちろん、聖杯を手に入れて願いを叶えようというなら協力しましょう。
私にも当然願いはある。それが正しいか間違っているかはさておいて、聖杯が手に入るならそれに越したことはない。
『この私』として呼ばれた以上は、この願いを丸きり不要と切り捨てることは出来ませんから」
「じゃあ――じゃあ、私が聖杯なんていらないって言ったら……」
「その時は、君を聖杯戦争から生きて帰らせることに尽力します」
さらりと言ってのけるそのありようは、優男風の見た目に反して異常なほどの頼もしさがあった。
「迷っているならそれも善し。
昔話はまたの機会としますが、私は本来――ある子どもたちを導いてほしいと願われた身でね。聖杯の獲得にそこまで頓着していない理由も、言ってしまえばそれです。私に願いを託した人は、きっと聖杯の力など望んではいないでしょうから。
……ただ彼女がもしも今の私を見ていたなら、きっと君のことを『導く』ことを願うはずだ」
だから私は、君が何を選ぼうと、最後まで君のサーヴァントで居続けますよ。
そう言って、アサシンのサーヴァントは笑った。
ペチカはその笑顔に、なんだか心があったかくなるのを感じた。
――どこか学校の先生と話しているような安心感を感じている。不安がまるきり氷解するとまではいかなかったけれど、少なくともいい方向へ転んだのは確かだと思った。
気付けばペチカはぺこりと小さく頭を下げて、「ありがとうございます」とお礼を言った。
まだ、どうするべきかの答えははっきりと出せていない。……それでも。ちゃんとこの聖杯戦争と向き合って自分なりの答えを出そうと思うことはできた。
「……あ」
そこで。ふと、思い立つ。
「あの……ちょっとだけ、待っていてください」
「?」
ペチカはささっと部屋の奥へ引っ込んだ。
部屋に備え付けられた陶器製のコップをテーブルの上に置いて、宿泊の感想を書くアンケート用紙を数枚握り締める。
それから五分ほど経った。何をしているのか不思議に思ったアサシンが覗き込んだ時には、もう『仕上がって』いた。
「お礼に――その。これ、どうぞ。よかったら飲んでみてください」
「これは……ビシソワーズか」
ビシソワーズ。
北米で愛されている料理で、いわゆるじゃがいもの冷製スープだ。
バターでポロネギとじゃがいもを炒めてからブイヨンを加えて煮、裏ごしして生クリームで伸ばし、冷やす。
そういう工程を経て作られるスープだから、こんな短時間で作ることは本来できないが――ペチカの魔法にそんな手順は必要ない。手で触れて、五分待つ。それだけでいい。
アサシンはそれを受け取ると、少し不思議そうな顔をしてから口に運んだ。
味わった途端――目を見開く。
「これは……」
――『旨い』。
かつて世界中を股にかけて暗殺業を営んでいた彼は、当然あらゆる食文化を一通りは味わったつもりだった。
しかし、これほどのものはかつてなかったと言っていい。
冷えているのに飲み込む度に身体が元気になっていく。味わいは舌を通じて神経へ幸福感を与え、気付けばもう一口を啜っている。……旨い。天下の殺し屋をして唸らざるを得ないものが、このスープには凝縮されていた。
それを見て、ペチカはほんのり笑った。
自分に出来ることは少ないけれど、少しずつでも探していこうと思った。
その姿はまさしく、正しい形の魔法少女だった。
【クラス】
アサシン
【真名】
死神@暗殺教室
【パラメーター】
筋力C 耐久D 敏捷A+ 魔力E 幸運C 宝具B
【属性】
混沌・善
【クラススキル】
気配遮断:A-
サーヴァントとしての気配を絶つ。
完全に気配を絶てば、探知能力に優れたサーヴァントでも発見することは非常に難しい。
【保有スキル】
専科百般:A
萬に通ずる殺し屋の能力。
戦術、学術、隠密術、狩猟術、話術、医術、武術、馬術、
その他総数32種類に及ぶ専業スキルについて、彼自身の宝具によるブーストも含めてBランク以上の才能を発揮できる。
対英雄:D
時に国家要人すら仕留めてきた逸話の具現。
英雄に値する人物へ攻撃を仕掛ける場合、初撃に限りその耐久値を1ランクダウンさせる。
破壊工作:A
戦闘を行う前、準備段階で相手の戦力をそぎ落とす才能。
トラップの達人。
ランクAならば、相手が進軍してくる前に六割近い兵力を戦闘不能に追いこむ事も可能。
ただし、このスキルが高ければ高いほど、英雄としての霊格は低下していく。
【宝具】
『萬の術技』
ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:1~30 最大補足:1~50人
凡そあらゆる技能技術を会得し、暗躍の限りを尽くした逸話が宝具化したもの。
彼はあらゆる殺し方を極めた暗殺者であるため、様々な武芸を達人の次元で使用することが出来る。
この宝具によって「専科百般」「破壊工作」のスキルも間接的に強化されている。
『反物質・月殺しの種(アンチマター・アースキャンサー)』
ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1~40 最大補足:1~50人
生前、彼がある機関によって実験動物とされる事で手に入れた、人智を超えた破壊の力。
この状態になったアサシンの気配遮断スキルは大きく低下し、全身から反物質の触手が出現する。この触手の殺傷能力は極めて高く、彼の弱点である耐久力の高い敵へも一定の効果を見込むことができる。
宝具使用時、アサシンはBランク相当の狂化スキルを獲得するが、理性を完全に失う事はない。
ただ狂化の影響で周囲へ目を配る力は目に見えて減退しており――或いはこの宝具を使用している間こそが、最強の殺し屋にとって最大の隙なのかもしれない。
彼自身は進んでこの宝具を使おうとはしない。何故ならこれは、彼にとって忌むべき過去の焼き直しでもあるからだ。
【weapon】
大体なんでも
【人物背景】
地球上で最高の殺し屋と評される人物。凄腕の殺し屋たちを次々と襲撃していくことから「殺し屋殺し」と呼ばれる。「死神」は仇名で本名は不明。神出鬼没、冷酷無比で夥しい数の屍を積み上げ、「死」そのものと呼ばれるに至った男。
仕事の最中に自身の弟子に裏切られたことである研究所にモルモットとして捕らわれてしまい、そこで人体で反物質を生成する研究の実験体として実験の日々を送ることになる。
研究所が自身を始末しようとすると反物質の力を開放して脱走を図る。その圧倒的なスキルと触手により警備員を瞬く間に倒していくが、彼を止めようとしたあぐりが触手地雷に貫かれて重傷を負った事で自分の力を後悔した死神は、彼女の最後の言葉を実行するために自ら弱くなることを望み、作中主人公である「殺せんせー」となった。
【マスター】
ペチカ@魔法少女育成計画restart
【マスターとしての願い】
迷い中。
【weapon】
フライ返し
【能力・技能】
『とても美味しい料理を作れるよ』
どんな材料からでも驚異的に美味な料理を作ることができる魔法。どんな料理でも作れるが、食器は作れない。
また、ペチカ自身が知らない料理を作ることも不可能。
材料を無視して料理を作れるものの、手で材料とするものへ五分触れている必要がある。料理の量は材料の量に比例する。
【人物背景】
本名は建原智香。
かつて「森の音楽家クラムベリー」の試験に参加し、生き残った過去を持つ『クラムベリーの子供達』。
【方針】
まずは生きることに専念。
最終更新:2015年12月08日 17:51