町の一角に聳える高層ビルの社長室で、『いかにも』といった風貌の青年が眼下の景色を見下ろしていた。
ぴっちりと着こなしたスーツには皺一つなく、オールバックの清潔な頭髪が知的な印象に拍車をかけている。
青年の名前は須郷伸之。国内有数の一流大学を卒業して同大学の縁者が経営する企業へ入社し、若年にして出世街道を事実上独走――最終的には己の恩師さえも蹴落としてその頂点へ立った男。
バーチャル技術の発展に会社を挙げて貢献しながら人間の脳に対しても造詣が深く、現在進行形で取り組んでいるプロジェクトが成功した暁には世界的なニュースになるのはまず間違いないと伝えられている。
美しい令嬢の許嫁まで居り、まさしく絵に描いたような薔薇色の人生を送ってきた幸運な青年。
それが、『この世界の』須郷伸之に与えられた役割であった。
外面だけは涼しい顔をしていたが、町を見下ろす須郷の内心は熱く滾る煮え湯のような様相を呈していた。
今の彼が甘んじている現住民としての役割は、彼が本来歩む筈であった道に他ならない。
強者に取り入りそれを利用しのし上がり、革新的な研究で名を上げて自分をどこまでも売り込んでいく。
あの美しい令嬢を自分のものとして手に入れ、何不自由のない薔薇色の人生を送り続ける……はずだったのだ。
だが須郷の願いは叶わなかった。正確には、叶うはずだったものを邪魔立てされ続けた。
茅場晶彦という天才と、桐ヶ谷和人という異分子に悉く妨害され、遂には悪事が露見して檻の中。
人生計画は骨組みごと音を立てて崩れ去り、一変、須郷伸之という男は絶望のどん底へ叩き込まれた。
――聖杯戦争という儀式に巻き込まれるまでは。
「単なる道具風情が……ずいぶん小馬鹿にしてくれるじゃあないか」
怒りを通り越して笑いが込み上げるのを感じながら、須郷は独りごちる。
話に聞くところの聖杯が嗜虐なんてものを覚えているとは思わないが、今の須郷を取り巻く環境は、彼が辿った末路を嘲笑うかのようなものだった。
いわば、もう願いが叶っているにも等しい。
須郷伸之はこう生きたかった。その形が、すべてここに再現されている。
ならば戦う必要などない。この世界の一部として、自分の記憶さえ希薄にして生き続ければいい。
もし真に彼がこの現状に満たされていたなら、きっと記憶を取り戻すことはなかっただろう。
しかし須郷は記憶を取り戻した。彼は、この作り物の現実を享受しなかったのだ。
「疼くんだよ……疼くんだ。あの時君に斬り落とされた仮想の腕が、今も僕に痛覚を伝えてくるんだよ……」
自らの片腕を抱くように握り、須郷は記憶の中の忌まわしい顔に向けて語りかける。
今でも目を瞑れば、あの時の光景が鮮明に思い出せる。
忘れられればどれほど幸せだろうか。屈辱と、恐怖と、破滅を一度に味わう羽目になったあの決闘を。
妖精王オベイロン。かつて彼は、そういう名前で仮想世界の神として君臨していた。
管理者権限を持つ彼の牙城を崩せるものは誰もおらず、自分は無敵であるとずっと思っていた。
だが楽園は砕かれた。下界から飛んできた一匹の薄汚い羽虫によって、木端微塵にされてしまった。
挙句、その羽虫に力を授けたのは……これまでの須郷の人生を常に邪魔立てしてきたとある男であった。
それを知った彼は気が狂いそうな怒りに囚われた。いや、それからの須郷の人生がずっと怒りに満たされ続けていることを思えば、あくまでもそれは始まりに過ぎなかったのだろう。
「あぁ……キリト君。君はきっと今頃、彼女と幸せに乳繰りあっているんだろうね」
くつくつと笑いながら須郷が口にしたのは、過去、前代未聞のデスゲームを生き抜いた『英雄』の名前だ。
キリト。本名を桐ヶ谷和人というその彼は、須郷の憎む男が仕組んだ死の遊戯を見事攻略、内部へ閉じ込められた数え切れないほどの人命を救出した文字通り『英雄』と呼ぶべき成果を残した好青年である。
しかし須郷にとっては、この世の何よりも憎らしく腹立たしい怨敵に他ならなかった。
茅場にはほとほと苛つかされた。だがそれでも、あのキリトさえいなければああはならなかったはずなのだ。
「だから、僕は君を殺すよ――いや、殺されるよりも遥かに過酷な苦痛の渦に放り込んでやるよぉッ!!」
紳士の仮面を脱ぎ捨て、醜い本性を曝け出して須郷は無人の社長室で咆哮する。
こんな作り物の人生で我慢する? 甘んじる? いいや、そんなものは所詮まやかしだ。
何故なら、まだ須郷は果たせていない。憎くて憎くて堪らないあの男へ、まだ何も返せていない。
聖杯を手に入れれば、この程度の暮らしは願いの範疇で叶えられる。
滅茶苦茶にされた人生を取り戻したなら、その後はたっぷりお礼参りをしてやるのだ。
あの忌まわしいキリトに、文字通り地獄の苦痛と破滅を与える。
結城明日奈との仲を引き裂き、一族郎党、親しい者まで全てボロ雑巾のような有様にしてやる。
それから失意の底に沈んだ奴の前でアスナを自分のものとし、心を砕いた上で――それから殺す。
いずれ来るその時を思うと、須郷は笑みが止まらなかった。
あの小綺麗な顔を、どんな表情で彩ってくれるだろうか。
自分が倒したと早合点した男に全てを奪われれば、みっともなく涙を流して悶えもするだろう。
考えただけでも素晴らしい酒の肴になりそうだ。
元の世界へ戻ったなら、まずはとびきりのワインを手配することにしよう、そう須郷は心に決めた。
「失礼しますわ、マスター」
その時、蜃気楼のように虚空から現れる人影があった。
須郷のことを主と呼ぶ者。
それは言わずもがな、彼が聖杯戦争に臨むにあたって引き当てた自身のサーヴァントである。
左目を黒髪で隠した、須郷よりも一回りは年下であろう少女だった。
顔立ちは妖精のように可愛らしく、どこか年不相応な艶やかさすら帯びた雰囲気を醸している。
美しい。須郷は素直に、このサーヴァントをそう思って気に入っていた。
「マスターが厄介がっていたバーサーカーについてですが、無事に仕留め終わりました。
一応お耳に入れておいた方がいいかと思い、こうして報告に上がらせて貰った次第ですの」
「そうか。ご苦労だったね、アサシン。傷は負っているかい?」
「いいえ。アサシンらしく淑やかに立ち回っていれば、なんてことのない相手でしたわ」
くるくると古式銃を玩びながら告げる少女の口調は残虐だ。
相当な悪行を働いてきた須郷とて、彼女の所業には戦慄を覚える。
たかだか三百人をモルモットにしようとした自分とはワケが違う。
彼女は少なく見積もって万以上の命を奪っている、正真正銘の殺人鬼なのだから。
「その調子でこれからも頑張ってくれ。
けれど無理だけはしないように頼むよ。君は僕を勝利へ導く、大切なサーヴァントなんだからね」
「嬉しいことを言ってくれますわね。心配しなくても、そのように致しますわ」
苦笑するアサシンとその身を案ずる須郷の構図は、一見これ以上ない理想的な主従の形に見える。
だが須郷が彼女を心配するのは、あくまで自分ありきのことだ。
確かに彼は可憐なアサシンを気に入っていたが、それでもあくまで彼にとっての彼女は聖杯を勝ち取るための道具に過ぎない。その身の上など、どうでもいいの一言に尽きた。
無理をされて脱落となれば、願いが叶わないどころか命がない。
そういう事例に携わったことのある身だから尚更、そんな最期は御免だと感じた。
報告を終えたアサシンが再び霊体化して消えるのを見送り、順調だ、とほくそ笑む。
(しかし、やはり近い内に適当な同盟先を見繕っておく必要があるな。
アサシンはそう簡単にはやられないだろうが、それでも三騎士に比べれば見劣りする。
弾除け程度になってくれればそれでいいから、あまり選り好みをするつもりはないが……)
――霊体となって姿を消し、社長室の扉を超えて廊下に出る。
そこでアサシンのサーヴァント、時崎狂三もまた笑みを浮かべていた。
そして彼女は、自身のマスターを嘲る言葉を呟く。
「相変わらず哀れで、そして小さな殿方ですこと」
須郷の忠実な従者を装っていながら、その実アサシンは彼をそう評価していた。
どれだけ優秀な素振りを見せても、あれはどこまでも矮小で惨めな小物に過ぎない。
マスターとしては落第点もいいところだ。
戦う力があると豪語もしていたが、あの様子では子供騙しにもなるまい。
いざとなれば、鞍替えも視野に入れておく必要がありそうですわね。
須郷本人が耳にしたなら噴飯必至の暴言を吐きつつ、アサシンは開け放たれた窓から飛び立った。
彼にはああ言ったが、消耗がまったくないわけでは流石にない。
今の内に町へ繰り出し、<城>の内側で魂と寿命を補充しておくとしよう。
「聖杯はわたくしのものですわ。申し訳ないですけれど、譲るつもりはありませんの――」
聖杯。
全ての願いを叶える聖遺物。
その触れ込みが真実ならば、それで時崎狂三の目的は果たされる。
始原の精霊を殺すため。そして、精霊という存在自体をなかったことにするため。
時計眼の殺人鬼が、仮想の街を闊歩する。
【クラス】
アサシン
【真名】
時崎狂三@デート・ア・ライブ
【パラメーター】
筋力D 耐久D 敏捷B 魔力A 幸運B 宝具B
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
気配遮断:C
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
完全に気配を断てば発見する事は難しい。
【保有スキル】
精霊:A
人間の世界とは異なる臨界に存在する生命体で、出現の際に空間震という大爆発を引き起こす。
ただしサーヴァントとして召喚された場合、空間震の発生は起こらない。
――のだが、アサシンは自らの意志で自在に空間震を発生させることが可能である。
神性:E-
厳密には神の系譜に名を連ねる存在ではない。
だが、『天使』と呼ばれる力を秘めることが呼んだ風評によって植え付けられたスキル。ほぼ申し訳程度のもの。
時喰みの城:A
固有結界には程遠いが、彼女が魂喰いの際に用いる結界術。
自らの影を踏んでいる人間の時間(寿命)を奪い取る。
【宝具】
『刻々帝(ザフキエル)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~30 最大捕捉:1人
身の丈の倍はあろうかという巨大な時計の形をした、彼女の持つ『天使』。
長針と短針はそれぞれが古式の歩兵銃と短銃であり、これに〈刻々帝〉の能力を込めて弾として発射する。
効果は時計の数字によって違い、自らの時間を加速させ、超高速移動を可能とする『一の弾(アレフ)』、
時間の進み方を遅くする『二の弾(ベート)』、
時間を巻き戻して傷などを復元させる『四の弾(ダレット)』、
相手の時間を止める『七の弾(ザイン)』、
自身の過去の再現体を出現させる『八の弾(ヘット)』、
異なる時間軸にいる人間と意識を繋ぐことができる『九の弾(テット)』、
撃ち抜いた対象の過去の記憶を伝える『一〇の弾(ユッド)』、
時間遡行ができる『一二の弾(ユッド・ベート)』がある。
但し、聖杯戦争を破綻させる危険性があるとして、召喚の際に『九の弾』『一〇の弾』『十一の弾』『十二の弾』については使用不能とされている。
また、『八の弾』によって生み出された再現体は本体ほどの力は持たないものの、それぞれが自律した意思と霊装を持っている上、影の中に無制限にストックでき、それが尽きるまでいくらでも呼び出すことが可能。アサシンはこの再現体が存在する限り何度でも蘇る。ただし活動時間には限界があり、生み出す際に消費した『時間』内しか活動できない。
【weapon】
『神威霊装・三番(エロヒム)』
【人物背景】
顔の左半分を隠す長い黒髪と、育ちのよい落ち着いた口調が特徴。十六歳くらいの少女の姿をした『第三の精霊』。
分かっているだけでも1万人以上の人間を手にかけていることから、最悪の精霊と呼称される。
自らの影に人間を引きずり込んで喰らい尽くすため、喰われた者を含めると犠牲者の数は増えると思われる。
その目的は、時間を遡行する『一二の弾』を使って三十年前の過去へ行き、ユーラシア大空災を引き起こした始原の精霊を抹殺、今までの歴史を改変し、現在の世界に存在している全ての精霊を“無かったこと”にすることである。
【サーヴァントの願い】
聖杯を使い、始原の精霊を抹殺する
【マスター】
須郷伸之@ソードアート・オンライン
【マスターとしての願い】
自身の復権と、桐ヶ谷和人への復讐
【weapon】
なし
【能力・技能】
『アルヴヘイム・オンライン』の管理者アバター、『妖精王オベイロン』の姿に自在に変身できる。
しかし管理者権限は剥奪されているため、その状態でも戦闘能力は貧弱そのもの。
ステータスこそ高いが、本人の経験が伴っていない為どうにもならない。
【人物背景】
総合電子機器メーカー『レクト』社員にして同社のフルダイブ技術研究部門の主任研究員。
人のいい好青年を演じているが、本性は利己的な野心家で冷酷非道。
能力的には優秀であるが、その人格から来る詰めの甘さが目立つ。
VRMMO『アルヴヘイム・オンライン』を運営するレクト・プログレスに携わる裏で、親会社にも内密で一部の人間と共に人間の記憶・感情・意識をコントロールする研究を進めていて、そのための人体実験の被験体としてSAOプレイヤーに目をつけ、SAOサーバーのルーターに細工を施すことで解放されたプレイヤーからアスナを初めとした約三百人をALO内の研究施設に拉致。さらには意識が戻らない明日奈と結婚して『レクト』を手に入れ、研究成果と『レクト』を手土産にアメリカの企業に自身を売り込むことを画策していた。
しかし、ただの子供と侮っていたキリトによってアスナの監禁場所まで侵入され、管理者権限を活用して蹂躙するもヒースクリフによってキリトに管理者権限を奪われ、ペイン・アブソーバLv.0の状態で滅多切りにされ敗北、アスナを奪還される。
その後、明日奈に会いに病院に来た和人を待ち伏せしナイフで切りつけるも、返り討ちにされそのまま警察に逮捕された。
【方針】
地位を利用して情報を集めつつ、敵陣営を確実に蹴落としていく
最終更新:2015年12月08日 17:55