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ja2047 memorial @wiki

2005年5月1~25日

最終更新:

ja2047_memorial

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2005年5月1~25日



>>いやー、 2005/ 5/ 1 20:28 [ No.31941 / 39216 ]

投稿者 :
ja2047



>捕虜として武装を解除され、一定の日本兵の監視下にあるにも関わらず、
これを殺戮したと言ふのが動かぬ証拠の元にあるならば、
これは同義的にも国際法上でも問題でしょうね。

その状態にあったというのが事実なんで、裏付けを例示することは造作もないのですが・・・

んなこたぁどーだっていい (^^

今私は、でりちゃん、アノ氏、タイ氏の夢の三つ巴ドリームマッチが始まるのを
わくわくしながら待ちかまえているのです。

ゴールデンウィーク特番としてこれ以上の見物はないので、ぜひ満場の期待に応えていただけるよう、

伏してお願い申し上げます <(_ _)>

返信


これは メッセージ 31938 annodomini_jpさんに対する返信です



あ、 2005/ 5/ 1 20:32 [ No.31942 / 39216 ]

投稿者 :
ja2047



GW中は、こちらの考証を中心にやりますので、失礼します m(__)m
http://t-t-japan.com/bbs2/c-board.cgi?cmd=one;no=271;id=imgbord#atop

返信


これは メッセージ 31941 ja2047 さんに対する返信です



そろそろ出番かな 2005/ 5/20 7:06 [ No.32043 / 39216 ]

投稿者 :
ja2047



思いこみで発言する人が増えて、
ブレーキを掛ける人がいないので、
おいおい復帰します v(^^

返信


これは メッセージ 1 fifnel さんに対する返信です


なおらんなあ、でりちゃんも 2005/ 5/22 14:08 [ No.32085 /39216]

投稿者 :
ja2047



>その支那人の女子供は、どんな悪いことをして捕虜になったの?

当時は抗日と見れば、一般市民を殺害することが珍しくなかったのだよ。

>その陣中日記の[10月6日]が何年で場所がどこか分からないけど、
捕まって銃殺されたのだから相当悪い事したんだろうなあ。

「殺されたんだから悪いことしたに違いない」という論理で行けば、世の中に犯罪被害者などいなくなってしまう。
でりちゃんの思考方法は何かゆがんでいないか?

>(都城23連隊・元上等兵の)「宇和田日記」などは、捏造日記の中でも特に有名だよね。

「宇和田日記」の存在自体は戦友会側も確認しているので、日記の存在自体は事実だよ。

>大体、自分が行った戦争犯罪を陣中日記に記して証拠として残す馬鹿は普通いないよね。

残虐行為を記録した日記は数えきれず発掘されているが、全てが捏造とも思えない。
むしろ、大部分が本物と考えざるを得ないだろう。
「大虐殺否定派」の板倉由明氏も自分自身で発掘した日記をその著書で紹介している。
---以下引用---
【某一等兵の日記要点(十二月)十六日】
 衛生兵が交叉点で通行人や逃走者の監視にあたり、段々男たちが連行され溜まったころ、中に四十位の大阪弁の日本語を使う男がいて、それを通訳として聞きただすことにする。一人一人訊問するが、大抵は電気職工とか米屋とか職業をいう。年齢と職業だけ取調べが済んだ者から別の所に座らせておいた。
 小隊長とその四十男は一人一人訊問して、おびえている未調べの男たちには、取調べて怪しくないものは釈放すると言いきかせると、取調べの済んだグループには安堵の色が漂った。十九か二十位の男が連れて来られて服装は支那軍のもので、咎められると如何にも無実のように泣き出し、叱るとなお泣いた。取調べのコツが分かってきたのではかどる。しかし次から次と連行して来るものだから、残りは減らない。
 ほとんどが職業年齢をスラスラ言う。支那人の巡査が来たので早速その中に敗残兵はいるか、と聞いたところ、観察した結果ではすべて難民で敗残兵は一人もいない、と言って敬礼して行ってしまった。
 全部取調べが終わったのは午後四時くらい、人数は二百十四、五名位いた。大隊本部に連絡したところ全部処分せよ、という。自分たちは取調べの後は返すとばかり思って、手当たり次第に連れてきたのもので、明らかに良民と見られる中年の男たちには気の毒な気がした。難民の母や妻が代わる代わる自分たちのところに自分の子供や夫であるという嘆願にきた。しかし、もう処分することに定まってしまったので一人でも返す事になれば、誰も彼もほとんど返すことになるだけにそれはできない。
 捕虜は宿舎の裏の葱畑におき、夕食後ものものしい警戒の中をタ暮れの中山北路を連行する。隊伍が乱れると声高に叱咤し彼らは羊のように柔順だった。しかしそれがかえって運命を知る自分たちを呵責した。日が暮れて把江門を通り下関の埠頭に着いて、右に曲がり、葉の枯れたポプラ並木の下に捕虜を座らせ縄を集めた。満月が晃々と江岸を照らした。先に来た部隊が刺殺処分を始めた、子羊の群を五、六名ずつ江岸の柵に連れて行き刺殺する。初めて運命を知った彼らは俄然殺気だって動揺したが、すでに手を縛られていた。
 処分を知った海軍士官や付近の部隊から見物や手伝いが多く、十名ばかりくれないかと申し込んでくると、卵でも売るように繋がったまま十名でも十五名でも分けてやった。自分たちはこの光景をみて戦敗国の悲哀を感じていた。晃々と輝く月の下で、ヤッ、オーツと叫び声がとび、鬼気迫る思いであった。自分たちの小隊だけでも二百名ばかり、他の中隊では五、六百名として、その総数は一万ともいわれた。鹵獲した拳銃で撃ったり銃剣で突いたり、皆異常に興味をもってやっているようだった。
 一通り終わったのは十一時頃で、柵から水面迄の間に息を殺して生き残ったのが多数いた。支那軍の捨てた手榴弾に点火して投げる、小銃で狙撃する。最後に積まれていた菅笠に火をつけて投げた。血なまぐささと衣服が焦げて凄惨鼻をっいた。それは生きながら見た地獄図絵だった。大体の後片付けが終えて宿舎に帰ったのは一時過ぎだった。
 帰り道に月光の下で、小隊長が「これからの戦争は民族と民族の戦いだから・・・・・・」と自分らに、というより、自らを納得させるように話されたのが印象に残っている。
---引用終了---
板倉由明,『本当はこうだった南京事件』,日本図書刊行会,1999,p169-171

返信


これは メッセージ 32076deliciousicecoffeeさんに対する返信です





でりちゃん、相変わらず妄想がきつい 2005/ 5/22 14:08 [No.32086/ 39216 ]

投稿者 :
ja2047



>笠原十九司は、『写真記録 日中戦争3.拡大する日中戦争 1937~1941』という本で、支那軍機が上海のデパートをわざと爆撃したことを、日本軍がやったと嘘を吐いている。

8月23日のシンシアデパート爆撃については、いまだに日中両軍どちらの仕業であるか確定していない。
確定していないものを「日本空軍の爆撃による破壊(日中戦争3.拡大する日中戦争 P26)と書いた同書の記述には問題ありと思う。
私個人としては、この時の「犯人」は中国空軍所属のノースロップ2E単葉爆撃機ではないかと推測していることは
以前に述べたとおりだ。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835559&tid=fn5fe5tbba6a4oa4ga4ca4abeea42a4h3nbfaea47a4fa4a4a4k&sid=1835559&mid=31074

確かに、確定しないものを「日本空軍の爆撃による」と断定した笠原教授の記述は「問題あり」だが、
その確定しないものを「支那軍機が」と断定したでりちゃんは少なくとも笠原教授と同罪だし、
さらに 「わざと」 と、何の根拠もないことまでどさくさに紛れて断言したとなると、
その妄想ぶりは笠原教授と同列の話ではない。
繰り返し書いているように、「わざと」やったと断定することは不可能だ。
中国軍パイロットの稚拙な操作によるミス、空軍司令部の自国民の危険を無視した作戦指揮があったとは思うが、
「わざと」、「狙って」と推測することに合理性はない。
これは、8月14日の爆撃についても同じだ、「わざと」投弾することは、まず不可能だろう。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835559&tid=fn5fe5tbba6a4oa4ga4ca4abeea42a4h3nbfaea47a4fa4a4a4k&sid=1835559&mid=30779

でりちゃんにとっては推測の合理性よりも、信者を増やす目的が重要かもしれないが、何かを主張しようと思ったら、それなりに「根拠」と合理的な推定というものを大事にしたいものだ。

 

返信


これは メッセージ 32076deliciousicecoffeeさんに対する返信です




でりちゃん、相変わらず妄想きつい 2) 2005/ 5/22 14:09[No.32087 / 39216 ]

投稿者 :
ja2047



>そもそも、こいつは、南京虐殺の犠牲者を「十数万人」と言っているらしいが、

城内と農村部、一般住民と不法に殺害された兵士を合わせて十数万というのが笠原教授の推定だ。
「ラーベ日記」の記述と矛盾するものではなく、
むしろラーベの「中国側の申し立てによりますと、十万人の民間人が殺されたとのことですが、
これはいくらか多すぎるのではないでしょうか。我々外国人はおよそ五万から六万人と見ています。」
に合致するものだ。
妥当な推定かどうかは別にして、矛盾はない。

>南京で戦闘が始まった1937年12月13日に20万人以下だった南京の人口が、1ヵ月後に25万人に増えた事実を完全に無視している。

何度も説明したが、そんな事実はない。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835559&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb&sid=1835559&mid=6972
ラーベは「安全区の人口が20万から25万に増えたのは、安全区外にいた人が日本軍による破壊から逃れて
安全区に逃げ込んできたからだ。」と推定している。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835559&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb&sid=1835559&mid=6996

あえて、安全区委員の人口推移に関しての推定を読みとるなら、スマイスの
「市の陥落当時(12月12~13日)の人口は20万から25万であった。我々が3月に行った抽出調査で報告された人員を50倍すれば、すぐさま市部調査で表示されている22万1150人という人口数が得られる。」
から見て、彼らが、南京城内の人口が何万人も変動したという認識を持っていなかった、という事実を重視するべきだろう。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835559&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb&sid=1835559&mid=7018

したがって、でりちゃんの「20万人以下だった南京の人口が、1ヵ月後に25万人に増えた事実」は
単 な る 妄 想 であり、記録の裏付けはない。

これに対して笠原教授の説は、あくまで「城内と農村部、一般住民と不法に殺害された兵士を合わせて十数万」だ。
安全区委員達の記録との矛盾はないよ。


 

返信


これは メッセージ 32086 ja2047 さんに対する返信です





同じことを何度も書くのは面倒だが 2005/ 5/22 14:38 [ No.32088/39216 ]

投稿者 :
ja2047



放っておくと、でりちゃんは何度でも同じ妄想を書いてくる。

繰り返し、「おかしな事を言う人間だ」ということを説明しておかないと、
結構本気にする人がいるかも知れない。

少なくとも、一度きちんと説明を受けたことについては、
何度も同じガセネタを書き込まないで欲しいもんだ。



本気にするやつがいたらどうするんだよ (´・ω・`)

返信


これは メッセージ 32087 ja2047 さんに対する返信です





でたな、もぐらもち 2005/ 5/22 18:49 [ No.32093 / 39216 ]

投稿者 :
ja2047



 

返信


これは メッセージ 32092 syo_simin1 さんに対する返信です



別件ですが、復刊署名にご協力下さい 2005/ 5/22 18:55 [No.32094/ 39216 ]

投稿者 :
ja2047



「北欧空戦史」と並ぶ中山雅洋氏の名著
「中国的天空」が絶版のまま入手困難です。

ぜひ復刊運動にご協力下さい。
http://www.fukkan.com/list/comment.php3?no=13913

返信


これは メッセージ 32093 ja2047 さんに対する返信です





でりちゃん、反論のつもりなら根拠を 2005/ 5/23 6:21 [ No.32111/39216 ]

投稿者 :
ja2047



>「抗日」って、オマエは支那共産党か?

はて、当時大日本帝国に逆らうものは日本側でも「侮日」「抗日」と呼んだが。
その頃の日本の官僚や軍人は共産党だったのか?

「支那に於ける抗日団体とその活動」  外務省情報部昭 12刊

梶村止「観測小隊長の日記 大陸を戦う」 P38 (野戦重砲兵第十四聯隊所属) 11月29日 晴(待機)
思ふに国民党の徹底抗日の教育充実し、ここ江南地区がもっとも抗日思想激しき処と聞く。この附近不審の土民は射殺すべしとの内命すらありゐたり。

中田清次(1915年9月生まれ)
第16師団歩兵第33連隊 第3機関銃中隊
 中島師団長という人は剛胆な人で、「支那の家を全部焼いてしまえ」と言いましてな。白茆口へ上陸した時です。「ここは抗日の一番ひどいとこやから各部落の家は全部焼け」とも言いました。


>通敵行為か否かの判断は、主権者が決する。

軍律に反したということで、裁く権限はあるが、
気にくわないから、面倒くさいからと言って、いくらでも殺したら、
あとで「虐殺」と呼ばれるのは致し方あるまい。


>また、チンピラ級のイチャモンかい?

私もチンピラ級の内容の投稿にいちいちイチャモンは付けたくないのだが、
電波を放置して置くわけにも行かないのでな。
悔しかったら、「チンピラ級でない堂々たる批判」がつくように、努力することだ。

 

返信


これは メッセージ 32089deliciousicecoffeeさんに対する返信です





でりちゃん、反論のつもりなら根拠 2) 2005/ 5/23 6:22[No.32112 / 39216 ]

投稿者 :
ja2047



>俺は、『「宇和田日記」は存在しない』ないて言っていない。
朝日新聞が「宇和田日記」の内容を捏造して報道したのだ。

その朝日新聞が掲載した「宇和田日記」には、ととえばこんなことが書いてあるのだが、
「十二月十五日
 今日逃げ場を失ったチャンコロ約二千名ゾロゾロ白旗を掲げて降参する一隊に会ふ。老若取り混ぜ、服装万別、武器を何も捨ててしまって、大道に蜿々(えんえん)ヒザマヅイた有様はまさに天下の奇観とも言へる様。処置なきままに、それぞれ色々の方法で殺して仕舞ったらしい。」
『南京事件』秦郁彦P155

これは次のような別の関係者の陣中日記とも内容が一致しているので、信憑性ありと判断してよいのではないかな?

「第6師団 歩兵第36旅団 歩兵第45連隊 第7中隊 小隊長
前田吉彦少尉 陣中日記
十二月十五日
(略)
 江東門から水西門(城門)に向かい約二粁石畳の上を踏んで行く途中この舗石の各所に凄惨な碧血の溜りが散見された。
 不思議に思いつつ歩いたのだが後日聞いたところに依ると十四日午後第三大隊の捕虜一〇〇名を護送して水西門に辿りついた内地から到着した第二回補充兵(副島准尉等が引率し、大体大正十一年から昭和四年前佐道の後備兵即ち三十七八歳から二十八九歳の兵)が偶々居合せ好都合と許り護送の任を彼等に委ねたのだと云う。やっぱりこの辺がまづかったのだね、何しろ内地から来たばかりでいきなりこの様な戦場の苛烈にさらされたため些かならず逆上気味の補充兵にこの様な任務をあてがった訳だ。
 原因はほんの僅かなことだったに違いない、道が狭いので両側を剣付銃砲で同行していた日本兵が押されて水溜りに落ちるか滑るかしたらしい。腹立ちまぎれ怒鳴るか叩くかした事に決まっている、恐れた捕虜がドッと片っ方に寄る。またもやそこに居た警戒兵を跳ねとばす。兵は凶器なりと云う訳だ、ビクビクしている上に何しろ剣付銃砲持っているんで「こん畜生っ」と叩くかこれ又突くかしたのだね。パニック(恐慌)が起って捕虜は逃げ出す。「こりゃいかん」発砲する「捕虜は逃がすな」「逃ぐるのは殺せ」と云う事になったに違いない。僅かの誤解で大惨事を惹起したのだと云う。
 第三大隊長小原少佐は激怒したがもはや後のまつり、折角投降した丸腰の捕虜の頭上に加えた暴行は何とも弁解出来ない、ことだった。
 かかること即ち皇軍の面目を失墜する失態と云わざるを得ない。
 この惨状を隠蔽する為彼等補充兵は終夜使役されて今朝になって漸く埋葬を終ったる由。非常と云うか、かかる極限的状態においてともすれば人間の常識では考えられない様な非道が行われると云う実例である。(略)」
『南京戦史資料集1』P357


宇和田日記の信頼性については、秦郁彦氏も「昭和史の謎を追う(下)」で、こう書いている。
「なお虐殺風景を書きとどめた宇和田日記の信頼性だが、都城連隊には、たしかに虐殺はあった、と主張する元兵士(秋山正行伍長)もいるし、確実と考えてよいと思う」

同書には「宇和田日記」の現物写真も掲載されており、確かに
「今日もまた罪のないニーヤを突き倒したり打ったりして半殺しにしたのを壕の中に入れて・・・・・」
と書かれてあるように見える。

 

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これは メッセージ 32111 ja2047 さんに対する返信です





でりちゃん、根拠を出してくれ 2005/ 5/23 6:24 [ No.32113 /39216]

投稿者 :
ja2047



>>その確定しないものを「支那軍機が」と断定したでりちゃんは少なくとも笠原教授と同罪だし、
>何故ならばイタリアは、日本がイタリアからそのような軍需物資を購入したことは一度も無い、と証言している。」
9月6日付香港発信ニューヨーク・タイムズ特電

たぶん、お得意の「支那大陸の真相」からの孫引きと思うが、このイタリア製の爆弾うんぬんの裏付け資料というのはないのか?

私も当時中国軍がどのようなイタリア製爆撃機を採用していたのか調べているのだが、まだよく解らない。
逆に、日本軍は当時少数のフィアットBR20爆撃機を輸入、使用しているのだが、この時期上海で作戦行動したのかどうか、まだ突き止められずにいる。
また、この日本側のイタリア製爆撃機が、爆弾までイタリア製を採用したかどうか、これも明確ではない。
日本側には、使用する爆弾に合わせて航空機を改修する能力はあるが、中国側には多分ないだろう。
目撃記録からは、この時期に中国側が上海で運用した機材はマーチン双発爆撃機とノースロップ単発爆撃機が
確認できる。
8月23日の爆撃に使われたのはノースロップ2Eのようだが、これが爆弾だけイタリア製を使っていたのだろうか?


>>さらに 「わざと」 と、何の根拠もないことまでどさくさに紛れて断言したとなると、
>8月14日に支那軍がパレスホテルとキャセイホテルを爆撃した時も、8月23日に再びシンシアーとウイン・オンデパートを直撃した時も、支那政府の宣伝広報局は、日本軍機から投下されたと発表した。
何故、そんな嘘を吐いたんだ?

「わざとやった」からなのか?
どうして話をそういう風に飛躍させられるんだ。
「ニューヨーク・タイムス上海特派員8月27日付の特電」に、
「中国軍は自国の人口密集地を狙って爆弾を落としたことが確認された」とでも書いてあるのか?
「上海の国際租界及び仏特権区域に居住する無力な一般市民を、中国軍が無責任に空爆したり殺害したりするのを防ぐために、」
というのは、「わざとやっている」という意味か?
むしろ、きちんとした爆撃が出来ないことに呆れているのではないか?
「その目的は、現地の外国人達があたかも心の中で、この爆弾はおそらく日本軍の飛行機から投下されたものかもしれない、と疑っているかのように見せかけるためだったのである。だがしかしこれは明らかに真実ではない。」 
というのは、「わざと、狙ってやっている」という意味になるか?

反論のふりだけするのはやめようよ。
「わざとやった」というのはでりちゃんの推測であり、そう確信している、ということで、
事実だという確たる根拠はないのだろ?


 

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これは メッセージ 32090deliciousicecoffeeさんに対する返信です





でりちゃん、根拠を出してくれ 2) 2005/ 5/23 6:25 [ No.32114/39216 ]

投稿者 :
ja2047



>>したがって、でりちゃんの「20万人以下だった南京の人口が、1ヵ月後に25万人に増えた事実」は
>>単 な る 妄 想 であり、記録の裏付けはない。
>思考に誠実さを持て!
>いろんな記録がある。

5万から25万までの い ろ ん な 推定の記録がある、ということは
誰 も 正 確 な 数 は 知 ら な か っ た ということを示しているだけじゃあないか。

スマイスの推定する市街地部の民間人の犠牲者数6600~1万2000というのと、何も矛盾していない。


 

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これは メッセージ 32113 ja2047 さんに対する返信です





>思考に誠実さを持て! 2005/ 5/23 6:28 [ No.32115 / 39216 ]

投稿者 :
ja2047



繰り返しそう言うところを見ると、だいぶトラウマになってるようだな。
再掲しよう。


でりちゃん、思考に誠実さを持とう      2005/ 5/711:48
                     メッセージ:5383/ 5767

 投稿者: ja2047

>>もし、誰か中国人が
>>「テルアビブで日本の赤軍派メンバーが無差別に銃を乱射して、市民の大量殺害をやったことがある。
>>日本人が残虐なのは明らかだから、南京でも大虐殺をやったのは当然だ。」と言ったら納得するか?
>>時代も違う、犯人の身分も違う、立場も違う出来事を 
>>「日本人だから残虐なんだ」といって説明するような中国人がいたら、
>>私はそいつは バ カ だと思う。

>そのとおり。
そんな奴は大馬鹿だ。


おお、ちゃんと解るのだね。

時代も違う、犯人の身分も違う、立場も違う出来事を、
「○○人だから残虐なんだ、だからこれも○○人がやったんだ」といって説明するような人間が
大 馬 鹿 だということが、
それが中国人である場合には、ちゃんと理解できるのだね。

でりちゃんの知性が、
時代も違う、犯人の身分も違う、立場も違う出来事を、全く別の事件を引き合いに出して 
「○○人だから残虐なんだ、だからこれも○○人がやったんだ」といって説明するような人間が
大 馬 鹿 だということが、
理解できるだけのものだということは解った。


あとは、その知性を、分け隔てなく適用して考えるだけの誠実さがあるかの問題なのだよ。

時代も違う、犯人の身分も違う、立場も違う出来事を、全く別の事件を引き合いに出して 
「○○人だから残虐なんだ、だからこれも○○人がやったんだ」といって説明するような人間が
大 馬 鹿 だという、でりちゃんの認識は全く正しいのだから、
一つこれを、分け隔てなく適用して考えてみてはどうだろうか、それができるようになったら、
でりちゃんの主張は一段と信頼性を増すことになると思うのだが。


出来るね?

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13&sid=1143582&mid=5383
 

返信


これは メッセージ 32090deliciousicecoffeeさんに対する返信です





まあまあ 2005/ 5/23 18:41 [ No.32125 / 39216 ]

投稿者 :
ja2047



>>文書がなければ民間人殺害や捕虜の首斬りがなかったと
思う根拠は何だね?
>軍隊だからとしか言いようがないですね。

ジンギスカンの軍隊の虐殺命令を出せと言うとジョークになっちゃうけど、
あなた、平頂山虐殺や、通州虐殺や、ソンミ・ミライ虐殺の命令書を見たことありますか?

ホロコーストでさえ、「命令書がないから捏造」という人がいるのです。


>例えばカティンの森事件のようなものでもソ連側の命令書が残っていたがためにナチスドイツではなくソ連軍のせいだ、ということが判明しました。

おお、ソビエト崩壊後に文書が出てきたらしいとと言うことまでは知っていたが、
命令書だということまでは知りませんでした、
別に攻撃しようと言うわけではない、その命令書の中身を教えて下さい。
後学のために知っておきたいのです。

返信


これは メッセージ 32124 rugaruga12 さんに対する返信です





でりちゃん、誰がトンチンカンだって? 2005/ 5/24 6:10[No.32150 / 39216 ]

投稿者 :
ja2047



>俺は#32057にあった「支那人女子供の捕虜の銃殺」をいかにも「虐殺」のように投稿したmk9630jpに対して反論したんだ。

mk9630jp氏の投稿は、堀越日記の
「 [10月6日]
帰家宅東方にいたる。支那人女子供のとりこあり、銃殺す。むごたらしきかな、これ戦いなり。
 [11月9日]
 捕虜をひき来る、油座氏これを切る。夜に近く女二人、子供ひとり、これも突かれたり。」
を引用して、 「ひどいね」 というコメントを付けただけだ。
日記には捕虜と女子供数人を殺害した事実が書かれているだけであり、なぜ殺したのかについては全く触れていない。
「ひどいね」というコメントにしても、記録者自身が「むごたらしきかな」と書いているぐらいのもんだ。
別におかしな付け加えをしたとも言えまい。

これに対して、でりちゃんが、全く時間も場所も異なる例を挙げて、
「日本に敵対的な行動をした少年少女もいたのだから、こいつ等も殺されるだけのことをしたに違いない」
という趣旨の説明をし、
「捕まって銃殺されたのだから相当悪い事したんだろうなあ。」
と、全く何の説明にもならない思いこみ発言をするから、
私が 
>>「殺されたんだから悪いことしたに違いない」という論理で行けば、世の中に犯罪被害者などいなくなってしまう。
>>でりちゃんの思考方法は何かゆがんでいないか?
と言ったのだよ。
まるで関係ない例を引いて、「だからこれも正当だったに違いない」という論理を振り回せば、
何でも正当化できてしまう。

>したがって、「一般市民」は、戦時中に敵対行為ととられるような疑惑ある行動をとってはならない。
>何故、こんな簡単なことが理解できない?

問題は、なぜ殺したか、殺害に正当性があったのかどうかについて、何も書かれていない文章から
無理矢理正当性を読みとろうとする、でりちゃんの思考の著しい歪みにあるのだが、これに対して
「何故、理解できない?」と言ってみても無駄だわな。
理解できないからそういう発言を繰り返しているのだものね。

元の文章をよく読んでみな、
「捕虜をひき来る、油座氏これを切る。夜に近く女二人、子供ひとり、これも突かれたり。」
この女性二人と子供一人が何らかの敵対行為をしていたと思えるような文章かね。
よほどの敵対行為の現行犯でない限り、住民を殺害すれば虐殺だよ。
ましてもう一人は「捕虜」だぞ、捕獲されて抵抗できない戦闘員を「斬って」しまったら
明かな虐殺ではないか。

以上、この日記には、あきらかな不法殺害と、不法殺害の疑いの濃い事例が記録されているのであって、
正当性を伺わせる記述はない。

  

返信


これは メッセージ 32134deliciousicecoffeeさんに対する返信です





でりちゃん、何かと思えば 2005/ 5/24 6:30 [ No.32151 / 39216 ]

投稿者 :
ja2047



>>信憑性ありと判断してよいのではないかな?
>イイ訳ねーだろ!
>「宇和田日記」は、朝日新聞がでっち上げ記事を書くための捏造日記だ。

断言するから何かと思えば、訴訟の一方の当事者の23連隊OBの発言か、
この方は自分の記憶と信念に基づいて発言しているのだろうが、
宇和田日記がニセモノだという根拠にはならない。

「一兵卒が1日も欠かさず日記をつけることなど、とうてい考えられない。
 宇和田氏と同じ中隊にいて南京作戦に参加した生存者も、彼が日記を持っていたり、つけたりしている姿を見たことも聞いたこともないと証言している。」
と、言われるが、
実際には1978年に連隊史を編纂したさい、遺族から肝心の日記を借用して引用していたことが明らかなので、
ここで全く事実に反する推定をしている。

信念に基づいて行動された23連隊OBの方には気の毒だが、
彼らの側に思いこみによる事実誤認があったことは、今日明らかになっている。

秦郁彦氏の、
「なお虐殺風景を書きとどめた宇和田日記の信頼性だが、都城連隊には、たしかに虐殺はあった、と主張する元兵士(秋山正行伍長)もいるし、確実と考えてよいと思う」
という記述は、双方の主張と事実を付き合わせてみた上での判断なのだよ。

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これは メッセージ 32135deliciousicecoffeeさんに対する返信です





よくわからんのですか 2005/ 5/24 19:54 [ No.32155 / 39216 ]

投稿者 :
ja2047



>理由を書いてないからと言って、子供が理由なく殺されたとはいえんのじゃなかろうか。

その通りです。不法殺害と断定はできません。
この日記に書かれていることは、
「戦闘以外で、女性と子供が殺された、理由は明かでない」
これだけです。


>まあ、実際中国人は女子供でもかなりイロイロなことしてくる状態だったとも聞くし。

たとえば、日記からそう読見とるのは困難だとは言うものの、
この女性と子供が武装して私服で攻撃してきたという可能性もないではありません。
だとしても、これは占領が完了していない地域の住民の武装抵抗ということになりなりますので、
国際法上は合法の武装抵抗であって、攻撃側は、捕獲後は捕虜資格を認める義務が生じます。

やはり、不法殺害の疑いが濃いと思います。


>これも戦いなりってのが意味深くしてる気がする。

そうなのですね、このころの日本軍人の、特に一般兵士の日記を見ますと、
明らかにこれは不法殺害であるというケースでも、
ご本人は戸惑いながらも、「戦場ならでは」「これが戦争というものか」
「戦場心理というものであろう」「内地の人が見たら驚くね」
と言った具合に、戦争だから当然なのだと、自分を納得させているような表現が
あちこちに出てきます。

無理からぬことだと思います。

その場に行き会わせたら、そういう風に考えるしかないですから・・・ (--;

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これは メッセージ 32153 devdev1208 さんに対する返信です





でりちゃん、事実は大切だよ 2005/ 5/24 20:28 [ No.32156 /39216]

投稿者 :
ja2047



>>このイタリア製の爆弾うんぬんの裏付け資料というのはないのか?
>ぷ おまえも朝日新聞も、居直り強盗と同じだな。

あーそうか、でりちゃんは、
自分の認識に都合の良い記述をどこかで拾ったら、
そのことの周辺の情報やら事実の裏付けは
 全 く 気にしない主義だったのだね。

私は戦時中の新聞報道の、しかも孫引きなんて、危なっかしくて信じる気になれないものだから、
自分が事実として認識していることとの整合は非常に気になるのだよ。


>ぷ 一生、やってろ。

うん、たぶん、事実との整合を気にするというクセは一生治らないと思う。

フィアットBR-20爆撃機については、ひとまず公式記録の上での運用が1938年5月、
徐州作戦で使われたのが最初らしいということまで見当が付いた。
それと爆弾は、当初イタリア製のものを用い、消費し尽くした後は日本製のものを使用したが、
同じ重量のものでも、形状が違うので、爆弾倉に入る数が少なくなって、搭載量が減った
ということも分かった。

こうなると問題は
「何故ならばイタリアは、日本がイタリアからそのような軍需物資を購入したことは一度も無い、と証言している。」
という記述の信頼性だな。
翌年に日本陸軍がイタリア製の爆撃機と爆弾を運用した事実までは突き止めたのだが、
まだ、その輸入がいつなされたのかを突き止められない。


ちなみに、「外務省東亜局昭和十一年度執務報告」の「第四章 對支武器供給関係」によれば、
中国によるアメリカ製航空機の大量購入や、フランス経由でのアメリカ製爆撃機の購入、
独逸製の大砲、戦車の導入は詳細を把握しているが、
イタリア制軍需物資の導入については
「水雷其ノ他ノ武器供給方策策動中ノ由ナリトノ情報アリ」
とあるだけで、まだ「爆弾の買い付け」の情報は把握していなかったようだね。

 

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これは メッセージ 32137deliciousicecoffeeさんに対する返信です





ひとまず横レス感謝 2005/ 5/25 5:51 [ No.32164 / 39216 ]

投稿者 :
ja2047



>俺が代わりにに教えておいてやる。

ひとまずありがとう、
ありがとう、なんだが、追確認できるように引用元を明確にしてくれると、なお有り難い。

ネットの情報、書籍の情報というのには、
「南京大虐殺がなかったことを証明したもの」はもとより、
「相対性理論が間違っていることを証明したもの」「アポロ月着陸が捏造であることを証明したもの」
「ホロコーストが捏造であることを証明したもの」など、様々なものがある。
http://www11.ocn.ne.jp/~nbbk/
http://www.nextftp.com/tarari/Matsuo/kage_uso.htm

私としても、中身は自分で確認しておきたい


 

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これは メッセージ 32159deliciousicecoffeeさんに対する返信です





でりちゃん、それループだ 2005/ 5/25 6:16 [ No.32166 / 39216 ]

投稿者 :
ja2047



>だからさ、そもそも、殺した背景や理由の記載がない日記の殺した部分だけを投稿して、
「しかし、ひどいね」
というタイトルを付けたことに問題があったということだ。


だからー、
mk9630jp氏の投稿は、堀越日記の
「 [10月6日]
 帰家宅東方にいたる。支那人女子供のとりこあり、銃殺す。むごたらしきかな、これ戦いなり。
 [11月9日]
 捕虜をひき来る、油座氏これを切る。夜に近く女二人、子供ひとり、これも突かれたり。」
を引用して、 「ひどいね」 というコメントを付けただけだ。

日記には捕虜と女子供数人を殺害した事実が書かれているだけであり、なぜ殺したのかについては全く触れていない。
「ひどいね」というコメントにしても、記録者自身が「むごたらしきかな」と書いているものを繰り返しただけだよ。
別におかしな付け加えをしたとも言えまい。


>殺されたということは、そいつらが敵対行為をした何よりの根拠と考えるのが自然だ。

日本兵に殺そうとする理由があったことまでは理解できるがね、実際に殺したのだから。
それが、どこに出しても問題がないだけの理由だったかどうかは、また別なのだよ。

当時は日本軍の中でさえ、捕虜、住民の取扱の基準は、相当混乱していたというのが事実なのだから。

平松鷹史「郷土部隊奮戦史1」(大分合同新聞社) P405~P406
第六師団が抗洲湾に上陸、崑山に直進中、第六師団司令部に
「女、こどもにかかわらずシナ人はみな殺せ。家は全部焼け」という無茶苦茶な命令が届いた。
当時第六師団高級副官であった中佐平岡力(のち少将、鹿児島県護国神社奉賛会常務理事)は「こんなバカな命令があるか」の一言のもとにケ飛ばしてこの命令は宙に消えたままだったが、このデタラメな命令に出所について平岡氏は「柳川兵団からそんなバカな命令が出るはずはない。出所について確認はしていないが、おそらく上海戦で苦戦中の軍司令部あたりが血迷って出した命令だろう」といっている。

梶村止「観測小隊長の日記 大陸を戦う」 P38 (野戦重砲兵第十四聯隊所属)
 11月29日 晴(待機)
思ふに国民党の徹底抗日の教育充実し、ここ江南地区がもっとも抗日思想激しき処と聞く。
この附近不審の土民は射殺すべしとの内命すらありゐたり。

山田栴二 日記 歩兵第103旅団・陸軍少将
◇十二月十五日 晴
『南京戦史資料集2』
捕虜の仕末其他にて本間騎兵少尉を南京に派遣し連絡す
皆殺せとのことなり


>>よほどの敵対行為の現行犯でない限り、住民を殺害すれば虐殺だよ。
>よほどの敵対行為の現行犯かもしれないだろ。

よほどの敵対行為だったかどうか、
少なくとも、国際法上の正当性などはあまり気にせずに殺したのではなかろうか。

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これは メッセージ 32160deliciousicecoffeeさんに対する返信です





でりちゃん、それが自然な思考なのか 2005/ 5/25 6:31 [ No.32167/39216 ]

投稿者 :
ja2047



>>実際には1978年に連隊史を編纂したさい、遺族から肝心の日記を借用して引用していたことが明らかなので、
>>ここで全く事実に反する推定をしている。

>朝日が、宇和田婦人(未亡人)に捏造幇助依頼工作をしたんだろ。


これこれ、話の筋が全く繋がってないぞ。
宇和田日記の実在を確認していたのは
戦友会自身なんだよ。


>未亡人は「朝日新聞は取っていませんし、朝日新聞社の方と会ったこともない」と繰り返し、ついには「主人の持っていた日記も写真も、昭和57(1982)年7月の洪水の折に納屋が土砂に埋まり、読めなくなったので焼却してしまった」と言い出す始末。


察するに、宇和田未亡人は日記を公開して事を荒立てるよりは、
なかったことにして平穏な生活を取り戻すことを選んだようだな。

宇和田未亡人が本当に大事な夫の遺品である日記を焼却したのなら、
それは誰のためだったのだろう。
「朝日新聞にとって不利な証拠だった」からと言うことなのだろうか?
「戦友会にとって有利な証拠」を宇和田未亡人が隠滅する必要があるだろうか?

地方に、その地方に溶け込んで暮らしている老婦人が大事にしなくてはいけないのは
朝日新聞のメンツなのかね?

普通は地元戦友会の顔をつぶさないことの方を選ぶのではないかな?

生きて、生活している未亡人の判断としてはその方が自然に思えるのだが。

 

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これは メッセージ 32161deliciousicecoffeeさんに対する返信です





>んー 2005/ 5/25 6:39 [ No.32168 / 39216 ]

投稿者 :
ja2047



>まあ、受け取り方は人それぞれだし。

出征兵士の日記というのは数多く公表されています。
ある程度数を当たると、全体像が見えてきます。
何も日本兵が非道なことばかりしていたわけじゃあないのですが、
やはり、あとで思えば、かなりまずいことやった記録というのが随所に出てきます。
http://www.geocities.jp/yu77799/hinotegami1.html
http://www.geocities.jp/yu77799/kyoudobutai.html

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これは メッセージ 32165 devdev1208 さんに対する返信です





でりちゃんは終始一貫してるのかも 2005/ 5/25 19:47 [ No.32175/39216 ]

投稿者 :
ja2047



>>私は戦時中の新聞報道の、しかも孫引きなんて、危なっかしくて信じる気になれないものだから、
>ぷ
ダーディンの記事は必死に擁護していたくせに、ダブスタの極みだな。

なーにをおっしゃいますやら、
私はダーディン記事の信憑性についても、スティール記事と比較したり、
安全区委員達の手記と比較したり、
さらには、日本側の新聞記者の見聞や、攻略戦参加将兵の記録や証言と比較したり、と、
いろいろ裏を取ることはしているよ。


あ、そういえば、
でりちゃんは、「文春のダーディンインタビュー」http://jpn.dyndns.ws/~nanking/
の解釈について話をしたときに、
私が、 
ダーディンの語っていることは当時の自身の認識を忠実に再現しているだけだ、
日本側将兵の体験したこととも照らし合わせてみないと本当のことは見えないのだから、
>>まさに、「ダーディンの当時の認識」であって、南京攻略軍将兵の体験はこれとは違う。
と言ったら、

>南京攻略軍将兵の体験なんて関係ない。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13&sid=1143582&mid=5382&thr=5290&cur=5290&dir=d
なんて、 とんでもない発言をしたことがあったな。

いや、とんでもないのじゃあなくて、でりちゃんとしては終始一貫しているわけだろうね。
今回それがよくわかった。


だけどやっぱり、「シナ大陸の真相」にしても、「ダーディン・インタビュー」にしても、
自分の認識に都合のよいことが書いてあるから「信頼できる」と判断するのではなくて、
独立して残っている記録や証言と矛盾しないかどうかは常に気にしておくべきだと思うぞ。

そうしないと、ものごとを立体的に眺めて実態に迫るんじゃあなくて、自分に都合のよい、
自分の価値観に矛盾しない角度から眺めた絵だけを見続けることになってしまう。

その上、自分で見ているだけじゃあなくて、
確信的にガセネタをばらまき続けることになるのであれば、
いろいろな人から批判を受けるのは当然だよ。

 

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これは メッセージ 32162deliciousicecoffeeさんに対する返信です





いったいどうしようと 2005/ 5/25 20:34 [ No.32177 / 39216 ]

投稿者 :
ja2047



>特に問題になるような事の書いてない、だれも見向きもしない、ごく普通の日記が、実は膨大な数あって、日本軍は悪いことしたんだーって日記が激レア物だったりする可能性とかは。
考慮にはいっていますか?

「戦記」を数読んだ点では、「上には上がいる」とは思いますが、まあ読んでいる方のつもりです。

考慮、とかではなく、こう言うことは、数を読むことで、当時の普通の人々の息づかい、
タテマエとして考えていること、本音として考えていること、普通の出来事、異常な出来事、
色々なことをいろいろな人が書き残していることが理解できるようになります。

今の世を生きる我々が直接に知ることができることは、限られたものですが、
当時の人が書き残したものをじっくりと読むと、さまざまなことが見えてきます。

見えてくることは人によって違うと思いますが、当時の人もそれぞれ個別の体験をして、
個別に思うところを書き残したのです。

自分の趣味に合うかどうかで、これは本当、これは嘘と頭から決めてかかることは
せっかく興味深い記録を残してくれた方々に失礼であると思っています。

とりとめのない話を書きましたが、光人社の出している一連の戦記は目を通して置いた上で、
幅を広げていくのが、戦史マニアとしての正しい読書法であるというのが、私のスタンスです。


よろしければ復刊運動にご協力を (^^
http://www.fukkan.com/list/comment.php3?no=13913
http://www.fukkan.com/vote.php3?no=14439

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これは メッセージ 32176devdev1208さんに対する返信です




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