第三幕 会議
飛鳥島 地下5000m地点
第四会議室
部屋中が鉄と機械で覆われたかのような生命を全く感じさせない一室。
そこに、地位の高そうな人物たちが、それぞれ椅子に座り、その殆どが唖然とした様子で固まってしまっていた。
シーンと、静まったその雰囲気をかき消すように九条は喋り始める。
「さて、諸君。聞いての通り、緊急事態だ。現状において、最良と思える案を出してもらいたい」
自分たちが今いるのは異世界である、という氷室の長々とした説明が先程された。
当然、証拠となる資料も分厚い書類の束にして全員に配布し、それらが無造作にモニターにも使える机の上に置かれていたり、今だに納得のいかないものが熱心に熟読している様子が見受けられた。
九条が発言してから、一、二分が過ぎた。
程々に高価だと思わせる木製の椅子に腰掛けていた将軍たちの瞳に意思の光が灯し始める。
そして、次の瞬間口々に喋り始めた。
「ばっ、馬鹿馬鹿しい、こんな性質の悪い冗談は止めていただきたい!」
「元帥閣下、本気でそんな与太話を信じられるのですか?!」
「そうです! それよりも今は米軍に対する反撃を!」
一気に五月蝿く騒ぎ立てられる。たとえ明確な証拠が提示されても天地がひっくり返るような事態を認めることなど出来るはずも無かった。
至極、一般的な反応である。
バンッ!
「信じてもらえないのも無理はない。だが、これは冗談でも与太話でもない事実なのだ」
机を思いっきり叩き、九条は極めて冷静に言い放つ。どれだけ強引だろうと意地でも現実と理解してもらわねばならなかった。
ギラギラとした眼差しに気圧されたのか、騒いでいた者たちは押し黙ってしまう。
「閣下、宜しいでしょうか?」
と、そこへ一人の将軍が挙手をする。がっしりとした体型をして、左頬から額まで斜めに一直線の大きな切り傷がある特徴的な男だった。
名を『紫芝 柳』といった。
しかし、紫芝はギロリと九条に睨まれる。その瞳は「まだ何か文句でもあるのか?」と語っていた。だが、それに全く動じる事無く、紫芝はただ柳に風と受け流す。
会議室は沈黙で満たされた。一分か五分か、果ては一時間か。それほどの時間が経過したと思わせる空気であった。
その状態が、暫らく続いたところでようやく九条が折れた。時間にして、三分ほど経過したところだった。
「……言ってみるがいい」
紫芝は挙手していた腕を下ろし、チラリと周りを見回しながら席を立って言った。
「私は早急に上陸部隊を編成し、速やかに氷室技監が発見した陸地へ進出のための拠点を建設すべきであると進言します」
一瞬、この場の時が止まったような錯覚に誰もが襲われた。
「……どういうことだ?」
てっきり先程騒いでいた者と同じようなことを言われると思っていた九条は不意を突かれたように疑問の声を出す。
横に居る氷室に何かしたかと視線で聞くが、軽く首を横に振って否定する。
それを気にも留めることなく、九条の疑問に答えるために紫芝は勝手にスラスラと喋りだす。
「はい、幾つか理由がありますが、まず第一に燃料その他の物資の問題です。どの程度残っているかは、私は把握しておりませんが、あまり多くは無いと考えてます。それ故に地質調査を行い埋蔵されている地下資源の確保、ならびにそれらを集積し、ここへ供給するための拠点、ようするに港が必要だと考えます」
もっともな理由だ。日本本土という補給ラインが切断された以上、早急に物資の自給体制を確立しなければならない。
でなければ、ジリ貧という名の破滅しかないのだから。
「馬鹿な事を……」
「そう簡単に地下資源など見つかるものか」
「都合が良すぎる考えだ」
しかし、紫芝の説明に何人かの将軍が反対の態度を明確に示す。訝しげな視線を飛ばす者もかなりいた。
ただ、彼らの言動から、一応異世界に飛ばされたということを認めていることが窺える。大きな前進だ。
「第二に、氷室技監が人を発見したという報告を受けて、それらが我々の敵であるとの可能性を考えたからです」
これにピクリと眉を動かす九条。
「何故敵と判断した?」
「味方とは思えないからです。味方で無い以上、敵でしかない」
極端すぎる。味方で無い可能性は高そうだが、敵であるという可能性は低いと九条は考えていた。
会議前に、氷室に『観察経過報告書』というものを提出され、それを見た限りでは脅威となるようなものでもないし、単なる農民という印象を受けた。
せっせと畑を耕し、雑草を取り、水をやり……そういった行動の記録ばかりであった。
もっとも、報告書の内容を公開していないのだから仕方ないとも言えるが。
気を取り直して、紫芝の方へ向き直り
「疑い深いのは結構だが、疑心暗鬼に陥るのは好ましくない。敵かどうかはこちらで確かめておく」
と、注意する。しかし、紫芝は何ら表情を変える事無く、じっとこちらを見てくるだけだった。
「それと資源、物資のことなら心配はいらん。少なくとも燃料関連においては」
だが、この言葉に表情を全く変えなかった紫芝が明らかにその顔色を変えた。
しまった。自分が拙いことを言ったのに気が付いたが、最早手遅れだった。
「……何故ですか?」
当然のように疑問の言葉を投げかけてくる。だが、それに素直に答えてやるか、適当に誤魔化すかを少し考える。
この質問の解答は、国家機密の中でも最上位に位置するレベルのものだ。そう簡単にペラペラ喋っていいものでは……
と、そこまで考えて、ふと思った。もはや国家機密云々というのは意味の無いことではないのか? 喋ったとして何か問題でも起こるのか?
……別に黙っている必要性などない、な。それに、嘘をつくのはあまり好きではないし、彼らの信頼を裏切っているようで気分が悪い。
「閣下?」
心配した表情でこちらを窺ってくる。少し考え込みすぎたらしい。
「あぁ、大丈夫だ。それと先程の答えだが、資源や物資は私が本国連中に水増し要求し続けたから十分な量が備蓄されているし、特に燃料については既に『自給』しているからだ」
再びこの場の時が止まった。今、私が言った言葉を冷静に受け止めれたものは少ないだろう。
その証拠に、殆どのものが狐や狸に化かされたかのような顔をしている。
それらの人物を無視しつつ、九条は話を続けた。
「単なる島一つにここまでの施設を作った理由が分かるか?」
――解答は無し。皆一様に黙って、こちらを見続けていた。
これでは待っていてもしょうがないな。すぐにでも答えを教えてやろう。
「理由は至って簡単、ここが無資源国日本の唯一の……資源供給地だからだ」
そう言った瞬間に、彼らの目の前に大きなスクリーンが空中に出現した。
話に集中していたせいで、九条が手元で、何かやたらと機械を動かしているのに誰も気が付かなかったようだ。
「そして、これがその『証拠』だ」
スクリーンに映し出された光景はまさに度肝を抜くようなものだった。
まず薄暗い洞窟のようなところから映像は始まり、そこでは大量の石炭が採掘されていた。
石炭は製鉄に使用されるだけでなく、発電にも使われたり、燃やした時に出来る灰でセメントの原料や土木資材などにも利用される。
産業革命以来、重要な地位を確保し続けている石炭。それが飛鳥島の各施設に運ばれていき、それぞれの用途にあったように消費されていった。
しかし、次の光景こそ目を疑うものだった。中には、何度も自分の目を擦ったり、顔を引っ張ったりするものが出るほどだ。
その目を疑う光景とは、幾つもの油井が設置されて、怒涛の勢いで石油を採掘しているというとんでもないものだった。
石油とは天然に液体状で産する炭化水素の混合物を指す。
蒸留することによって、分別、精製し、ガソリンや灯油、軽油、重油、アスファルトなど様々なもの生み出し、その多様性は素晴らしいの一言に尽きる。
その素晴らしい地下資源が無資源国であるはずの日本に存在していた。
まさに今の彼らの心境は驚きのあまり舌を巻くという表現がふさわしいものだった。
「石炭と原油、この二つがここで産出できる物だ。量的には流石に国内需要を満たす事など全く出来なかったが、軍事専門に使用するなら十分とは言い難いが、一先ずは大丈夫だろう」
「それでは、燃料の心配は……」
「当分は問題は無い。だが、出来る限り節約しておいて損はない」
飛鳥島における原油の年間採掘量は450万トン、一日の原油採掘量は約12300トンだ。
一世紀以上前なら十分な量だ。しかし、現在では日本の年間石油消費量に全く追いつかない。何せ、その量は億の単位に達しているのだ、届くはずも無い。
軍事的に具体例を出して考えよう。一個機甲師団が戦闘中に一日で消費する燃料は約1300トン。
陸軍だけに燃料を回すわけにはいかないから、頑張っても四個か五個師団のみしか動かせないだろう。
勿論、備蓄をしっかりしておけば話は別だが、近代的軍隊というのは、恐ろしいほど資源を食い潰すのだ。これに弾薬消費、水量消費などを考えれば悪夢の如き状況になる。
更に、それらを輸送する補給用車両についても――
「閣下、元帥閣下……?」
「あぁ、いや、なんでもない。大丈夫だ」
またしても、自分の世界に篭ってしまった様だ。不覚を取るのも大概にしなければ。
とりあえず適当に受け流して返事をしておく。すると、そこへ紫芝が聞き辛そうに
「閣下。非情に言いにくいのですが、この事は機密になっているのでは……?」
と、言ってきた。私はそれに笑って答えた。
「無論、ここが資源供給地であるという事は国家の最重要機密の中でも機密中の機密だった。実際、私自身ここに赴任するまで知らなかったことだしな」
絶句しているのがよく分かる。自分でも、心の隅で少し軽率すぎたかもしれないと思っているのだから。
ハッキリ言って、先程の私の発言は自分の地位を完全に追われるどころか死刑に処されるレベルのものだ。
まぁ、現状では最早そんなことは関係ないし、どうでもいいと思っている。
ふと周りを見ると、面白いように百面相していたり、文字通り開いた口が塞がらなかったりしていた。
腹を抱えて笑ってやりたい気分だが、それを抑えて真剣な口調で彼らに言った。
「いいかね、諸君。私は皆を信頼しているし、信用もしている。だから話した。ただそれだけのことに過ぎないのだ。できるなら、皆も私の信頼と信用に答えて欲しい」
部屋の中は一瞬、沈黙で満たされた。いや、さっきの状況も沈黙といえば沈黙であるが、空気が違う。
上手く言えないが、冷たい様で暖かい、そんな空気だ。
そして、その一瞬の後、幾人もの将軍が椅子から立ち上がって口々に言った。
「当然です! 我々にお任せください!」
「必ず期待された以上に成果を出して見せます!」
「閣下の信頼と信用を裏切らないことを御約束いたします!」
次から次へと、立ち上がって熱病に侵されているかの如く発言する彼らに満足そうな視線を九条は送った。
「うむ。皆の気持ち有り難く受け取った」
彼らの気持ちに快く答える。この言葉に彼らの顔に笑みが浮かぶ。
そして、一人一人の顔をじっくりと見回し、ある人物のところでそれを止める。
「さてと、それでは紫芝陸軍中将」
「はっ」
紫芝を名指しした後、じっと紫芝の目を九条は見詰めた。まるで心の内まで見透かそうとしているようだった。
暫らくして、目線を天井へと外すと、椅子に背中をもたれさせて九条は言った。
「貴様の意見を取り入れる。拠点の建設に必要な人員、及び資材などその他諸々用意してやる。有難く思え」
「ハッ! 了解いたしました! 期待に沿うよう全力以上で努力致します!」
これに紫芝はあからさまに喜びを表し、他のものは愕然とした。
「なっ、何故ですか閣下ッ!」
「納得がいきません!」
「その通りです! ご再考願いますッ!」
「黙れ」
抗議の声が上がるが、九条はそれを一蹴。強引に黙らせた。
椅子から立ち上がると悪いことをした子供に言い聞かせるように将軍たちに話しかける。
「このまま話を進めたとて、まともな意見が出そうにない。だから、奴の意見を採用したまでのこと」
「で、ですが……ッ!」
なおも納得のいかない様子。もっと押すか。
「それにな、私にもキチンと考えがある。進出拠点を作らせるのは調査のためだ」
「調査……ですか?」
「うむ。ここ飛鳥島の周辺海域、もしくは氷室が発見した陸地に我々の脅威となるようなものがいないとは限らない。なにせ異世界だ、何があったとて不思議ではない」
無理矢理ではあるが道理は一応通っている。
それでも不満の様子を見せる彼らを無視して、九条は止めと言わんばかりに強引に押し通す。
「いいかね、諸君。我々が今現在最も求めているものは情報なのだ。そのために拠点を建設しておく必要性があるのだ。そこの所を理解して頂けたと私は確信している。そうだろう諸君?」
この言い方は確認を取っているものではなく、既に決定したことを説明しているだけである事を将軍たちは理解した。
それを覆すことなど彼らにできようはずも無かった。まして、つい先程、信頼と信用に答えて欲しいと言われたばかりである為にそれが拍車をかけた。
この事は、現段階での九条の発言力の強大さを改めて垣間見ると同時にそれを皆に示すことになったのであった。
「では、解散。各自、機を見て自分の指揮下の部隊に現状を伝えるように」
無理矢理会議を終わらせ、席を立つ。
これに何人かが一瞬不服そうな顔をするが、まぁいいかと自分達の持ち場へと帰る準備をする。自分たちには、まだ仕事が山のようにあるのだから。
それを尻目に一足先に、九条ともう一人、氷室が肩を並べて退出していった。
二人は会議室から退出後、廊下を真っ直ぐ進んで一緒の角を曲がって行った。
暫らくの間、二人は全く会話もせずに、ただひたすら廊下を歩いていた。
「閣下」
「ん? どうした」
「よかったんですか? 紫芝中将にあんな事許して?」
「あぁ、別に構わんさ。大したことではない。それよりその喋り方だと気持ち悪くてかなわんぞ」
そう言われて氷室は苦笑すると喋り方を元のようにする。
「はは、僕の敬語はそんなに気持ち悪いかな?」
「ああ、とてもな」
「つれないなぁ。まぁ、肩とかに力入って疲れるし、こっちとしては有り難いかな」
両手を上げて背筋を伸ばす。首も回して、筋肉をほぐす。
その際に、ゴキゴキと骨の音がかなり聞こえた事に九条は些か心配になる。
が、全然平気そうに、のほほんとしている氷室を若干呆れた視線で見る。
「それで今後の御予定は? もう決まってるんでしょ?」
「適当にやるまでだ。臨機応変に何処まで対応できるかが勝負だな。とりあえずは兵站将校を呼び出して相談しなければならん」
「んー? 物資に不安は無いんじゃないの? 十年くらいはさ」
相変わらず暢気で楽観的な氷室の方を向く。
「十年で元の世界に帰れるという保障は?」
「無いね」
「だろう?」
二人は軽薄な口調で言い合う。
幼馴染なだけあって、お互いの考えは、おおまかにだが理解し合っている。
「まぁ、頑張ってくださいな。僕も頑張るからさ。じゃ、僕はこっちだから」
「ああ、またな」
廊下の十字路で束の間の別れを言うと、二人はそれぞれの戦場へ歩き出した。
最終更新:2007年10月30日 19:39