第十幕 状況開始


 その日はよく晴れた快晴と言える天気だった。
 穏やかに流れる風が眠気を誘い、つい居眠りをしてしまいそうになる。

 あちらこちらで商店が並び、ガヤガヤとそれなりの活気に包まれて貴族相手にものを売っていた。
 しかし、物を売る商人たちは何処か諦めのような表情をうっすらと浮かべていた。
 よく見れば、貴族たちに見下されて罵詈雑言を受け続けているのが分かる。
 暴行こそされてはいないものの、それは商人たちが自分たち貴族に金を回してくれる大富豪の奴隷だからだ。
 人の物に手を出して壊すわけにもいかない。たったそれだけの理由で控えているだけだった。

 奴隷は彼らの所有物としてしか扱われず、奴隷の稼いだものの全てが奴隷の所有者のものとなる。
 それが当たり前の国家。普通の国。
 逆らっても貴族の兵士や魔法で粉砕されるだけ、ただ死にたく無いという一心で民衆は生きていた。

 だが、そんな社会を揺るがす日が遂にやってきていた。






 ザーブゼネ王国
 王都セルビオール

 立派な白亜の城が王都の中心にあり、まるで白鳥を連想させるような優雅さが窺えた。
 その外観もさることながら、それに合わせるかのように豪華な内装は贅沢の極みと言わせるだろう。
 だが、そんな立派で豪華な城に似つかわしくない見るからに太った巨漢の中年の男が玉座に座り、しかめっ面で唸っていた。

「うむぅ、それは本当なのだろうな?」

 顎に付いた肉をタプタプと揺らせながら言う。
 この男こそが現ザーブゼネ王国国王であった。

「はっ、残念ながら真実にございます、国王陛下」

 醜悪な国王の疑問に恭しく答える臣下。

「むうぅぅ、なんとした事か! 余はこれほど民に寛容だというのに反乱を起こすとはッ!」

 その言葉を聞いた途端に国王は顔を真っ赤にさせて玉座の手すりを激しく叩く。
 今まで反乱など起こされた事が無く、自分の統治に自信を持っていた国王の誇りをいたく傷つけたのだ。
 それを見た周りにいる何十人もの臣下たちは一斉に国王に追随した。

「左様でございます。陛下のお情けで生かしてもらっている分際で国を乱そうとするとは大罪にも程があります!」

「そうです! 恩を仇で返すような不届きものは皆殺しにすべきです!」

「これをいっそ見せしめとしましょう。さすれば我が王国もますます一致団結するでしょう!」

 次々に言いたい事を好き勝手に言いまくり、騒ぎ立てる臣下たち。
 臣下たちの後押しに自信づけられ、国王はその巨体を立ち上がらせて両手を高く掲げて叫んだ。

「これより反乱鎮圧のための兵を挙げる! 速やかに準備せよ!」


 オオォォーーー!!


 国王の一声に歓声を上げる。なんてことはない、いつも通りに適当に殺しまくればそれで終わる。
 臣下の多くが楽観的にそう思っていた。
 そんな中で一人の老臣が国王の前に出て跪く。

「陛下、我が国の兵士たちはその大部分が他国を屈服させるために活動しております。今の我が国にはそれほど多くの兵士は――」

「フン、兵士は少数でも高貴なる貴族の精鋭達なのだ。愚かな民衆共など簡単に捻り潰せるに決まっておろうが」

「しかし、我が国は度重なる出兵に財政が苦しくなっておりますれば、今回の事では相手側との話し合いで決着を――」

「ええい! 余に口答えするでないッ!! 金が無いのなら、民から搾り取ればよろしかろう!! さっさと鎮圧の準備をせぬかァッ!!」

 醜い顔をさらに歪めて大声で怒鳴り声を上げる。
 その声に慌てて辺りにいた臣下たちは玉座のある広間から出て行く。
 老臣も仕方ないと言うようにそれらと共に出て行った。

 その老臣はしばらく歩いて、城の中庭に出た。
 庭師によって美しく手入れをされた中庭は見る者を和ます素晴らしい出来栄えであった。
 しかし、その庭の美しさも民の犠牲の下に成り立っている。
 そう思うと素直にその美しさも堪能できない。

「もはやこの国も限界やも知れぬな……」

 老臣は空を見上げて呟いた。
 その呟きは誰にも聞かれる事無く、消えていった。



























 大陸派遣軍臨時総司令部
 司令官執務室

「ほぅ、ようやく動いたか」

「はい。まだこの国の首都……いや、王都と言った方がよろしいですね。兎に角、この国の王都セルビオールという所だけですが、何か慌しい反応があったとの報告です」

 紫芝の確認程度の質問に淡々と説明する桐山。
 適当に反乱の噂を流しまくっただけで、ここまで都合よく進むとは流石に思っても見なかったわけであるが、これも天佑という事であろう。
 つくづく、我々は幸運だ。

「ククク、王都で反応はあるようだが、地方ではそれが無い。迅速な情報伝達能力が無い事がこれで証明されたな」

 ニヤリとした笑みを紫芝は浮かべる。
 これでますます勝算が高くなった。

「ですが、あちらの準備が完了してこちらに向かってくるまでは動けませんよ? まとめて敵の野戦戦力を失わせなければなりませんから」

「わかっている。それによって民衆に我々が貴族に対抗する事ができる解放の救世主である事を示すのだろう?」

「はい。まぁ、相手側はこちらの兵力規模等の諸所の情報を有していませんから大した事にはならんでしょう」

「油断するなよ。初めが大事だ。失敗は絶対に許されんのだからな」

 桐山が楽観的な意見を言うので紫芝は釘を刺す。
 やるからには結果を出さなければならないのだ。絶対に。

「わかっています。油断は自分の死に繋がりますから」

「ならいい……で、私の部隊の展開はどうなっている?」

「はい、既に指示通りに機甲師団を前面に、その背後に機械化歩兵師団を展開させ、いつでも侵攻させる事ができます」

「よろしい。準備は万端というわけだ」

「そうなります。あと歩兵師団の方は高機動戦術には不向きですので予定通り直接の戦闘には使いませんが……」

「ああ、歩兵師団は残党狩りや治安維持活動に使うからな。そっちの方で活躍してもらうさ」

 にこやかに言う紫芝に桐山は頷いた。
 紫芝は感慨に耽りながら思う。ようやくここまで来たか、と。

 歩兵師団の扱いは適材適所と言えるだろう。今回の戦いでは空軍力をどれだけ発揮できるかが勝負なのだ。
 敵を猛烈な空爆で圧倒し、それでも接近してくるようなら長距離から砲撃を加え、その後に機甲師団を中心に一気に進軍する。
 この時にどれだけの速度で進撃できるかが大事なのだ。そこに歩兵師団がいると足を引っ張るのは間違いない。

 ただ不安なのが空軍の残存兵力だが……いや、大丈夫だ。空軍は消耗しているが、十分な戦力を残しているはずだ。
 それに備蓄されている資材や飛鳥島に墜落した機体などを回収して一から別の機体を作り、数を揃えようとしているじゃないか――旧式のだけど。
 兎も角、心配は要らない。我が軍はまだ死んではいないのだから。

 紫芝は色々と勝手な事を思いながら、ふと開け放たれた窓から外の景色を見た。
 数ヶ月前には何も無かったところに高度な建築物が群れを成しているのには圧巻される。
 自分達でやったとは言え、その高い設営力には驚きを覚えるくらいだ。

 そして、その建築物の群れから、少しばかり離れた所に自分が保護した異世界人たちの村がある。
 その村の建設に手伝ったせいか、自分達の見慣れた建物ばかりにしてしまった。そのせいで彼らに馴染みの無い住居での生活を強いる事になってしまった。これに関しては正直やり過ぎたと反省している。
 彼らも戸惑っていたが、時が経つにつれて段々と慣れていったのは幸いであった。人間の適応力は異世界でも健在らしい。
 今では彼らも穀物畑を作ったりして穏やかに暮らしている。
 時々、シーラ達、というかシーラがよく自分のところに来て畑でできた物と言って色々食べ物を渡してくれる。
 残念な事にそれらは検査や研究のためと言って氷室総監に取られてしまうのだが、それは仕方のないことだと割り切るしかない。

「我々の利益が一番だが……彼女らの生活も守ってやらんとな」

 ポツリと紫芝は呟く。
 頭の中に初めて出会った異世界人、美しい三姉妹の顔を思い浮かべて……。



























 飛鳥島 地下兵器研究所
 科学技術総監執務室

「はぁ~……」

 グッタリとソファーに寝転がる氷室。
 いつもならば、その場の勢いと研究心に我が身を燃やすつもりで仕事をするのだが、どうにも今日は勢いも研究心も萎えてしまっているようだ。

「総監……」

 その様子を助手の大林が心配そうに見詰める。
 氷室は定期的にこういう状態に何度もなっている。その度にしばらくすると元に戻るのだが、それでも気が気でない。
 自分にとっては尊敬すべき父、偉大なる先駆者、人を次の段階に進化させる神、というなくてはならないお人なのだ。
 そんな人の調子が悪ければ不安に駆られるのも仕方が無い事と言えるだろう。

「大林君……」

「はっ、なんでしょうか?」

 覇気の無い声で呼ばれ、大林は何事かと一歩前に出て耳を傾ける。

「見れば分かると思うけど、今日は僕ダメっぽいから、皆で勝手にやっておいてくれるかなぁ? もう実験大隊も送ったし、大した仕事と言える仕事も上から来てないし、あの魔法使いの奴も洗脳に時間が掛かるだろうし……兎に角、急いでやらなきゃならない事はもう無いから今日は休日だと思って一休みするなり、何するなり好きにして~……」

「分かりました。他の研究員にそう伝えておきます。総監はごゆっくりお休みくださいませ」

 とことんやる気が皆無な氷室はそのまま寝る気全開に見えた。
 一方で、そんな氷室を見ても気遣いを忘れない大林。いい助手だ。

「んじゃ、頼んだよ~」

「はっ、お任せを。では……」

 そう言うとできるだけ静かに執務室から退出した。扉の閉まる音すらさせずに。
 それを横目で見届けた氷室は先程までの状態が嘘のように見る影を無くさせてビシッと立ち上がる。

「御免ねぇ、大林君。君の事はとっても信頼してるんだけど……こればっかりは誰かに見られるわけにはいかないんだ」

 氷室はスタスタと壁際にある本棚に近づくと、一番下の方にある本をごっそりと抜く。
 そして、その本を横に置き、本で隠れていた壁に手をやる。


 ガコンッ


 何か重みのあるようなものが外れる音がするなり、氷室が触っていた壁が奥にめり込んでいく。
 特に動じる事無く氷室は押し込まれて空白になった壁の中の上部に手をやって何かを探す。
 すると、出っ張りのようなものを見つける。氷室はニヤリと笑い、それを強く押した。


 ゴゴゴゴゴゴッ!!


 やたらと派手な音がして、本棚とは反対側の壁が二つに割れる。
 割れた先には下へと続く階段が存在した。真っ暗闇で何処まで続くのか、全く先が見えなかった。
 押し込まれていた壁が元に戻り、本を本棚に戻すと氷室は立ち上がる。

「さて、それでは早速我が夢の結晶の元へ……」

 氷室は闇の中へその姿を消した。
 狂気と期待、そして、巨大な野心をその身体のうちに秘めて……。


最終更新:2007年10月30日 19:58