第5話


 2階建ての民家に行きずり母子と共に潜んでいたニナ・ユーリィブナは、銃声から混乱していた戦闘が落ち着きつつあると分析した。住民の散弾銃などでの抵抗はとうに止んでいた。
瀟洒な3階建ての建物を戦線に山側にセルビア解放軍のゲリラ部隊、麓側に自衛隊の部隊が睨み合っている。もちろん山側にいる自分達が窮地に陥っている事に変わりなかった。

「国連軍は頼りになりませんね…」

 と母親が漏らしす。

 この母親としては圧倒的な火力で一気に制圧してくれることを、期待していたのだろうとニナは思った。
グロズヌイの市街戦を見てきたニナに市街戦の恐ろしさを知っていた。立体的な地形、あやふやな戦線、困難な敵味方識別、市街戦はもっとも厄介な戦場の一つでありこうして状況が落ち着いているのは、むしろ賞賛すべき事態だと思った。泥沼の戦闘ではない。例えるなら昔の坑道塹壕戦のような状況だった。
 敵味方が、グロズヌイのような辺り構わず砲撃する事態だけは辛うじて防がれていた。
 自衛隊は思っていた以上に慎重に動いている。
 敵兵の前に世論を警戒しなければならない自衛隊ならではか…。



 二人の普通科隊員をつれた萩原三佐は、自分を先頭にし後ろ二人を15メートルの距離を空けて随行させた。足元で銃弾がはねると、歳に似合わない素早さで物陰に転がり込んだ。

「囲まれたぞ。隠れろ!」

 後ろの二人が近くの車の影に身を隠す。途端に辺りから十字砲火を浴びせられた。

「見えてない、動くなよ」

 萩原が、火点を一つ一つ潰していく。
ノイズ・サプレッサー付きのMP5SD5サブマシンガンは、音はもちろんマズルフラッシュも著しく消してくれる。どこで撃っているのか分からなかった。

 森茂がおびえて震えてるのを見て、前田が「何の為に来たんだよ」と呟いた。

「怖くないのかよ!」
「びびっていても、弾は避けない」

 足音が響いてくる。

「車の下に潜れ」

 匍匐前進で車体の下に潜り込む、路地裏から三人の兵士が姿を現した。
 前田は躊躇無く兵士の胸板に9ミリ・ホローポイント弾を叩き込んだ。

「鉄砲より反動が軽いな。ガキでも撃てる」

「次が来るぞ…」

 前田を車体の下から這い出ると、反対側の壁まで全力疾走した。
足元を銃弾がはねたが構わず走った。光ったポイントへ向けて、森茂が無我夢中で引き金を引く。
 いくらノイズ・サプレッサーが付いていようと無理に連射すれば、音も響くしマズルフラッシュも目立つ。
 手榴弾を握った兵士が路地裏から現れ、車の方に向けて投げようとしたが、一瞬早く前田が撃ち倒した。
急いで手榴弾を路地裏へ蹴り飛ばす。爆発に続いて叫び声が響いた。
前田は路地裏から家屋の勝手口へ入ると家の中にいた三人の兵士を倒し、そのまま2階へ登った。
2階の狙撃兵を倒すと、そのまま自分が狙撃手に成り代わり、そこから敵を次々と狙撃した。

 萩原が車のところまで後退する頃、銃声は最初の頃よりかなり減っていた。

「大丈夫か? もう一人はどうした」

 腰を屈めて、車体の下に潜んでいる森茂に尋ねると、森茂は向いの民家を指差して答えた。
 森茂がMP5を撃ち尽くしたようすだったので、予備マガジンを渡そうとしたが、また無駄撃ちしそうなので、機動化学科中隊仕様のザウエルSP2009ピストルを渡した。

「こちらハチロク、センチュリオン。二時の方向から援軍が向っています。誤射しないでください」

 川島からの通信だった。

「二時の方向から援軍が来ている! 注意しろ」

 日本語で怒鳴っているので、相手に聞こえても心配なかった。

「センチュリオンより、ハチロク。路地裏にまだ敵がいるぞ。散開して潰せ」

「ハチロク、了解」

「何です? ハチロクとかセンチュリオンって」

 森茂が車の下から尋ねた。

「いわゆるコードネームって奴さ」

「往年のスポーツカーに古代ローマの百人隊長…、統一性ないですね。その方がいいのかもしれませんけど」 

 川島がどこからともなく現れ、萩原のところへ滑り込んだ。

「来るなら来るって言ってくださいよ。誰ですこの人」

「臨時隊員だ。もう一人そこの民家で狙撃姿勢を取っている」

「素人さん巻き込んで…」

「こいつはともかく、あいつは結構使えるかもしれんぞ」

 萩原は向いの民家に首をしゃくった。前田は勇ましくというより淡々と敵を処理していた。
 周囲の掃討戦をおこなうと、萩原達はヘッドクォーターにしている3階建ての建物へ向った。



 大洞連隊長がOH-6で、連隊の指揮所に戻る頃、おそらく威力偵察部隊と思われている8両の戦車を含んだ敵部隊は完全に停止していた。

「まるでカナリアだな。我々の出方を待っているのさ」

 大洞は、OH-1から送られる映像を見ながら言った。

「カワセミ1より、連隊本部。歩兵が散開しています」

 OH-1から通信が入る。

「本隊はフェイズ2態勢をゴー、示威行動に移れ」

 28輌の90式戦車が戦車塹壕を出て丘の上に姿を現し、敵を威圧した。
ここからはまだ小さく見えるだけで、戦車砲の射程内ではなかった。

「ラードゥガへ行く山道が封鎖されるとまずいのではないですか」

 大洞は「そうだな」と答え、副官を兼用する作戦幕僚を呼び出した。

「第一普通科大隊第ニFV中隊です」

 作戦参謀が即答する。

「理由は?」

「第ニFV中隊の89式戦闘装甲車は試験的に爆破反応装甲が施してあります。見た目の威圧感は戦車並です。また、35ミリ機関砲のほうが対歩兵戦では戦車砲を撃つより謙退です」
「わかった。第ニFV中隊とバイク偵察隊を出して山道を警戒させてくれ」
「了解」

 東を見遣ると僅かに土煙が見える。大部隊が移動している証拠だった。

「先遣隊本隊のようです。シルカとハインドが随行しています」
「よし、撤収しろ」



 第七師団第十一普通科連隊から編成派遣されたトゥズラ派遣連隊第一普通科大隊第ニFV中隊は、日本にまだ七十両を僅かに越えるほどしか配備されていない89式戦闘装甲車を十二両も配備された装備潤沢な部隊であったが、その代償として技本から横槍を入れるように新装備を取りつける羽目になった悲運なモルモット部隊であった。

「よし、我々が記念すべき自衛隊初の実戦経験者になるか!」

 第ニFV中隊長の北濃三佐は車長席で膝をポンと叩いた。

「車長、連隊長の訓示、私にはいまいちピンと来ないのですが、我々は十分バルカンに対して注目をしたし、ODA援助もしましたよ」

 砲手の秋目ニ曹がぼそりと言った。

「うん、それはなアッキー」

 少々堅物の秋目ニ曹は部隊内でアッキーの愛称で呼ばれていた。

「三田、コソヴォってどこにある?」

 北濃が車内無線で操縦手の三田三曹に尋ねる。

「コソヴォ? ああ、アフリカの真ん中の国でしょ」

 三田三曹がいつものように能天気に答えた。

「そりゃ、コンゴだ…」
「わかったか、秋目。自分が知っていることが必ずしも世間の常識だという事はない。まっ、俺にいわせりゃチトーが死んでからバルカンは月の裏側に行っちまったよ」

 北濃はそう諭しながら、無線を部隊の周波数に合わせた。

「キタキツネ・リーダーよりキタキツネ各車へ、我々はこれより本隊を外れ示威行動へ移る。
夜間行動となるため車間距離および敵勢力に注意すること、交戦規定は守れよ。では出撃」

 バイク偵察隊のホンダXLR250Rバイクが脇をすり抜けていく、
89式戦闘装甲車がキャタピラ音を軋ませながら、ラードゥガへ向けて動き出した。



 機動化学科中隊施設科小隊は同中隊第ニ空挺小隊と合流して作戦を練っていた。

「最初は正規軍にやらせ、回り込もうとする部隊を撃退する」

 高機動車の荷台で施設科小隊の小坂小隊長は地図をなぞりながら、伏撃地点を模索した。

「山道のほうは本隊の89式戦闘装甲車隊と偵察のバイク隊が入ったから問題ないと思う。
高地は戦車と96式マルチがあるとして、森から回り込まれると厄介だな」
「ここにしよう、先に森に入って、こちらに近付いたところを狙う」

 第ニ空挺小隊の古川小隊長が提案した。
 話しが一段落すると小坂が「さて、こいつが役に立つかな」といってMAGICの砲身をなでた。

「弾はどれだけ持ってきた?」

「期待の対戦車RAP弾はほんの4発、その他の弾を含めても15発くらいだ。あんたのところは」

「RAP弾で12発、各種30発はある。01式軽対戦車誘導弾も持ってきた」

「食えるのは多分10両も無理だろうな。氷頭の前じゃ言わなかったけど、これで戦車が屠れるとは思えない。炸薬の量が少なすぎる」
「同感だな。だが戦車は森には入れんだろ。入ったところで身動きが取れなくなる。うまくやりゃ手痛く追い返せるさ」
「町のほうは大丈夫か? 川島さんの小隊だけだろ」
「実は藤橋達をMAGICを一基渡してコンボイに入れておいた。
 奴らがつく頃には避難活動も目処が立っているから容赦なくガスを使える」
「そりゃ、とんだ伏兵だ」

 古川は感心した様子で応じた。

「いつも思うんだけど、うちの中隊の次期中隊隊長は川島さんじゃなくて、小坂さんなんじゃないかい?」
「なんで? 俺は施設科だよ。普段は橋をかけるのが仕事。やるなら空挺の川島か化学の藤橋だろ」
「やれやれ、殊勝なことで」



 セルビア解放軍のボリース・アントノビッチ少尉はAKMを肩に担ぎながら駆け足でラードゥガと向かいになる山をひたすら登りつづけた。
 道などなく、ただ今より高い位置へ走りつづけた。
 TOW対戦車ミサイルシステムを担ぐ六人の部下には必死で続いていた。
 敵の攻撃ヘリがひっきりなしにあたりを飛んでいる。SA-7対空ミサイルを持っていたが、自分達の存在を露見するわけにはいかないので使えなかった。
 ようやく目標の場所に到着するが、 息を切らしている暇はなかった。すぐさま対戦車ミサイルの設置に掛る。
イスラエル製の暗視装置で見るとラードゥガへ続く山道が、山の斜面に沿っているのがよく見えた。
 直線距離にして三キロ以上はあるが、イランから買ったアメリカ製のTOW対戦車ミサイルの射程は4000メートルある。十分射程内だった。逆に敵からはこの深い森が自分達を隠してくれる。
 奇襲攻撃には最適だった。

「残念ながら、敵輸送隊はすでにラードゥガへ入ったようです」

 事前に先行させていた斥候が報告した。

「トラックに用はない。この高価なミサイルで狙うのは戦車だ」

 向かいの山からキャタピラの音が響いていた。

「上がってきているな?」
「はい、敵偵察部隊が随伴しているようです」
「設置完了しました」

 ボリース少尉が振り帰ると、二基のTOW対戦車ミサイルの発射チューブが勇ましく置かれていた。

「よし、諸君。我々は今日まで同じ戦法を使い、7両の戦車を葬ってきた。
今夜相手にするのは60年前我々に戦いを挑んで敗北したナチス・ドイツの同盟国だ。
何もためらうことはない。陸戦の王たる戦車を撃破し敵の戦力を削減するのだ。
この優秀な対戦車ミサイルと同じく優秀な兵士を備える我々第865対戦車隊の前に立ちはだかる戦車などいない」

 ボリース少尉は兵士一人一人に目をくれ武運を祈った。あとは獲物を待つばかりだった。



 萩原がヘッドクォーターの建物に着くと、1階は避難した住民で溢れていた。

「ここはどうやら保養施設だったらしく1階のホールに住民を入れました。小隊指揮所は2階です」

 2階へ上がると会議室らしき部屋のテーブルに、A3のコピー用紙に手書きで描かれたタウンマップが敷かれていた。 御世辞にもうまいとは言えないものだったが、要点はしっかりメモされていた。
 防御陣形の基本である鶴翼型のラインで、この建て物を中心に両翼に広がっている。

「防衛線はさっきの様子を見ると大分漏れているようだな」
「敵は中隊規模です。とてもじゃないが防ぎきれませんよ。現に各拠点は孤立しているようなものですから」
「コンボイが入れば兵力に余裕が出る。後ろの連中に第二次防衛ラインを張るよう通達しておけ」
「了解」
「戦闘状況は?」
「ライン上で激しい攻防が続いていますが、何とか持ちこたえています」

 川島はぎこちない顔つきだった。

「だれかやられたのか?」
「あっ、いえ…」
「きっちり報告しろ」

 萩原はカミソリのような目で睨んだ。

「MIAが一名、高鷲士長です」

 川島は仕方なく、高鷲をMIA(任務中行方不明者)として扱った。
高鷲はある意味では行方不明と言ってもよかった。

「そうか、悪いが高鷲の事はしばらく忘れてくれ、今は住民の避難を優先する」
 萩原は淡々と答えた。



 バックラー1を守る第一分隊は二人一組に分かれ、三本の路地に民家から引っ張り出した家財道具を使って塹壕を築いていた。
 東の路地を守る土岐と神岡は激烈な銃撃が収まると、掩体にしている冷蔵庫に背をつけMP5SD5の残弾を確認した。

「土岐、交換しなくていいのか」
「ええ、まだ半分ありますから。おかしいですね、突破しようとすればいくらでも出来るのに」
「後ろから撃たれるのが怖いか、突破するのが作戦ではないのかだな」
「突破しなきゃ意味ないでしょ。住民はほとんど我々が保護しましたから」
「トゥズラで変な噂を聞いた。民族浄化は一部の暴走した部隊による物で、セルビア解放軍の目的は民族浄化ではなく領土の拡大だと言う話しだ」
「そんなの詭弁でしょ。現にドブロヴニクでは虐殺が起こったし、ここでも逃げ遅れたり抵抗した住民は殺された」

 銃弾が銃座にしていたオーブンに当たり弾けた。

「3ブロック向こうの2階です。今は隠れています」
「正面だけで十人はいるよな」
「いますね。多分この通りで我々と睨み合っているのは五十人をくだらないはずです」
「何人いようが、やるしかない。バックラー2、3の住民達を回収してくれると少しは楽になるんだけどなぁ」

 また銃弾が掠めた。

「挑発?」
「違うな」

 次の瞬間、猛烈な銃撃が二人を襲った。

「ほら来た!」

 二人は地面に腹ばいになって冷蔵庫の影から応戦した。銃撃におびえて引っ込んでいると、敵に接近されて逆に危険になる。こういうときは応戦あるのみだ。
 土岐が火点に向けて3点バースト射撃を加える。ニ回目で火点が沈黙した。

「キル!」

 次の獲物を狙う。匍匐前進してきた兵士に狙いをつけた。
援護のマズルフラッシュを背負っているため、身体の輪郭がはっきり見えた。
 素早くセミオートに切り替え狙撃する。

 銃撃がふいに収まり、辺りがまた闇に包まれた。銃声の代わりに足音が聞こえる。だが、こちらに近付いているという感じはなかった。

「ハチロクより全員へ告ぐ。敵部隊の西の陣地へ移動中、警戒を固めよ」

 指揮を取る川島小隊長が告げた。

「俺が行く。後ろから増援を呼ぶから、しばらくがんばってくれ」

「了解、早く帰ってきてくださいよ」

 神岡が中腰のまま陣地から飛び出していく。
 土岐が銃座に取り付き援護したが、敵に反応が無かった。
 しばらく静かだっが、 まもなく、西の路地で激しい銃撃戦が始まった。



 民家のドアを蹴破る音は、まるで死刑宣告のようだった。ニナ・ユーリィブナは一度深呼吸すると事前に立てた計画通り、まず怯えている母子をクローゼットの中に隠れさせた。
 いつ喚き出すかわからない子供には、しばらく口を塞いでもらった。

 階段の死角へ移動すると、スコーピオン・サブマシンガンの安全装置を外しいつでも抜けるようにして、台所から調達した包丁を右手に持った。
 耳を澄ませて様子を窺う。
 最初ひとつと思っていた足音は、やがて二つになりだんだん増えていった。
 5、6人だろうとニナは思った。話し声がして「2階を調べる」と聞こえると、いよいよ覚悟した。
 カツカツと軍靴が階段を上る音が響き、二人ほどが上がってくるようだった。

 ニナは最初の一人をやり過ごすと、二人目に飛びつく。 後ろから襟を引っ張り、包丁で喉笛をスッパリ切断した。兵士は何が起こったかわからず、首に手を当てるのが精一杯だった。
 前の兵士が異変に気づき、後ろを振り返った。一瞬、目が合った。まだ若者の男だった。
 右手に握られたカラシニコフがゆっくりと上がる。
 首を押さえる兵士を思いっきり前に突っ放し、銃弾はその兵士が受け止めた。倒れ掛かってくる同胞を避けるため、ほんの僅かに銃を下げる。 ニナはそのチャンスを見逃さなかった。包丁を捨てスコーピオンを構え、兵士の顔面めがけて撃った。

 下から怒鳴り声が響いてくる。
 ニナは倒れ込んだ兵士の腰から手榴弾を抜き取ると2、3個階段の下へ落とし最後に投げた手榴弾を階段の影から狙う。 手榴弾がパンッ、パンッと爆発して悲鳴が後に続いた後静かになった。

 僅か数秒の出来事だった。
 額の汗をぬぐいながらニナは親子を呼び出した。安心は出来ない。
 必ず銃声と爆発音を聞きつけてやってくる。一刻も早くここを逃げ出さなければならなかった。


 山道を上がる第ニFV中隊の89式戦闘装甲車は幅200メートルを取り前進していた。
先頭の車輌にのる中隊長の北濃三佐は、暗視装置に注意をはらっていた。

 「後ろの奴らを下ろすか」
 「どうしてです?」

 砲手の秋目ニ曹が尋ねた。

「これから山道が険しくなる伏兵がいるとも限らんからな。いざってとき後ろの奴らを巻き添えにしちゃ、かわいそうだ。無線をつないでくれ」
「了解しました」

 秋目が無線機のチャンネルをかえると、北濃は随伴普通科部隊を指揮する隊長を呼び出した。

「下車ですか?」
「そろそろ道が険しくなってきたからな」
「ずっと座りっぱなしじゃ。腰を悪くしますからね。開けてください」
「ランニングペースでいく。ついてこいよ」
「了解」

 89式戦闘装甲車の隊列が停止し、後部ハッチが空けられた。
89式戦闘装甲車の後部には七名の普通科隊員が収容出来る乗員室を備えているため、12輌の89式戦闘装甲で84名の普通科隊員が随伴していた。
 下車が完了すると89式戦闘装甲車は時速15キロほどに速度を押さえて前進を再び開始した。
 しばらく走ると崖沿いに作られた道が現れた。

「あれ、大丈夫でしょうね?」
 秋目が呟く。操縦手の三田三曹は、お構い無しにぐいぐい前進していた。

「まぁ、崩れるこたぁねェと思うが…」

 車長の北濃も疑心していた。

「三田、大丈夫か?」
「えっ、私は大丈夫ですが」
「お前じゃねェ、道だよ道。崩れ落ちることはないだろうな」
「96とトラックがドカドカ走ったんでしょ。大丈夫、大丈夫」
「念のため、山側によってくれ」
「了解」

 89式戦闘装甲車がウィンカーを点して随伴する普通科隊員に注意を促してから、山側へ寄った。

「来ました!」

 監視をしていた1等兵が報告した。

「ミサイル発射用意」

 ボリース少尉が命じるとミサイル兵達が二基のTOW対戦車ミサイルの照準ユニットに取りついた。

「間隔を空けていく。アーサーまずお前がやれ。先頭車輌だ」
「はい」

 森の影から無限軌道車が現れる。
 その様子は手持ちの赤外線スコープでも見ることが出来た。不思議と砲塔が小さな気がした。

「発射!」

 TOW対戦車ミサイルの発射チューブが本体のミサイルが飛び出していく、ロケットモーターに火が入り亜音速で目標へ向った。



 それを始めに見つけたのは本隊指揮所へ戻る途中だったOH-1の赤外線センサーだった。
あまりに突然だった。山の中から現れ、向い側の89式戦闘装甲車の隊列へ向っていった。

「キタキツネ! ミサイルウォーミング!」

 OH-1の茂住機長が叫んだ。ミサイルはぐんぐん向っていった。
 89式戦闘装甲車の車内はパニックに陥っていた。

「ミサイルウォーミングっていったってよ…」
「九時です! 真横からきます!」

 ようやく89式戦闘装甲車の熱源映像装置でも目標を捕らえた。

「煙幕だ! 煙幕を張れ!」

 砲塔を回しスモーク・デスティンジャーを作動させた。
 砲塔脇の煙幕投擲器が炸裂し、ミサイルの間に煙幕が張られた。

「三田、左ターン! 横腹に食らうよりマシだ!」 

 89式戦闘装甲車がキャタピラを別々に動かし左へ旋回する。

 車体が正面を向こうとするあいだに、TOWミサイルが到達した。
 だが、幸運にもミサイルは旋回途中の89式戦闘装甲車の正面装甲に当たり良好な被弾経始が得られ、加えて爆破反応装甲が作動し、ミサイルの形成炸薬弾頭を吹き飛ばした。

 ミサイルの衝撃と爆破反応装甲の炸裂によって、89式戦闘装甲車の車内は身体をミンチにするような衝撃に襲われていた。北濃はモニターにしたたか頭を朦朧としながら、部下の様子をみた。

「アッキー、三田! 大丈夫か!?」
「だっ、大丈夫です」
「隊長、今度は俺のことですよね」

 どうやら二人とも無事なようだ。
 北濃は胸をなで下ろす暇もなく、車長用赤外線映像装置に取りついた。

「35ミリ砲用意!」
「こちら連隊本部、交戦規定クリアか!?」

 無線機からOH-6にのる大洞連隊長が割って入った。

「ミサイルを食らったぞ。十分だ!」

 北濃が怒鳴った。

「目標が見えませんよ!」

 秋目が叫ぶ。ペリスコープは煙幕の煙で何も見えなかった。

「三田、前進!」

 無線がガリガリなってバイク偵察隊の隊長がでた。

「ヤマネより、キタキツネ。こちらで誘導するぞ」

 バイク偵察隊には89式戦闘装甲車の暗視装置より高性能な赤外線パシップ偵察・監視器材を持っていた。デジタルマップ上で大まかな位置を伝える。
 煙幕をぬけ、89式戦闘装甲車ご自慢の90口径35ミリ機関砲が放たれるのと、ニ発目のTOWが発射されるのは同時だった。
 秋目砲手は、一瞬熱源映像装置に映ったポイントへ向けて35ミリ調整破片弾を叩き込んだ。
 TOWは発射チューブから飛び出した直後、35ミリ調整破片弾をくらいミサイル兵を巻き込んで爆発した。

「キチキツネ・リーダー、安心するなミサイル発射基は二基あるぞ」

 先ほど熱源が映ったポイントとは30メートルほど離れていた。

「キチキツネ・リーダー、こちらコギツネ。二名負傷、繰り返す二名負傷」

 随伴普通科部隊を指揮する武生一尉だった。

「戦闘中だ。待て! アッキー目標は見えるか?」

「いえ、森が深すぎる。たぶん枝葉で覆って隠しているんでしょう」
「こちらカワセミ1、OH-1で誘導する」

 OH-1が接近すると山の中からSA-7携帯対空ミサイルが飛び出してきた。

「ブレイク!」

 OH-1がフレア・ディスペンサーを放ちながら山の裏側へ避難する。対空ミサイルは山肌に突っ込んで爆発した。

「役にたたねぇ奴だ。02、03出て来い」

 後続の89式戦闘装甲車が北濃車を囲むように配置される。
 AH-1Sナイト・コブラがようやく到着した。

「キタキツネ、こちらクマゲラ1、ロケット弾攻撃を仕掛ける目標を指示してくれ」

 北濃はニ発目のTOWが発射された辺りから対空ミサイルが放たれた辺りを指示してから、
「近付く必要はないぞ」と付け加えた。
 AH-1Sナイト・コブラから70ミリ・ロケット弾が放たれ山肌に吸い込まれていく。

「隊長、敵はもう移動した後だと思いますよ」
「いまさらヘリなんぞに仇を取らせるかよ。アッキー、奴らはなんとしても俺達の手で倒すぞ」

 ロケット弾攻撃に晒された敵兵が飛び出した。
 その様子はロケット弾が爆発するたびにぽつぽつと映る赤外線映像に影として現れた。

「よし、制圧射撃だ。叩け!」
「これ調整破片弾だから人が食らうとゼロ距離でショットガン食らうようなものなんですよね。
ロケット弾で吹き飛ばされたほうがマシですよ」
「いいから、やれ!」

 三輌の89式戦闘装甲車から猛烈な機関砲射撃が行われる。

 第865対戦車隊のボリース少尉はロケット弾攻撃で吹き飛ばされ起き上がろうとしたところを、秋目が引き金を引いた35ミリ調整破片弾が胸板に当たり上半身を吹き飛ばさて死んだ。
 他の兵士も射撃が始まってから5秒として生き残れなかった。岩陰に隠されていたもう一つのTOW発射基も破壊された。

「射撃止め、被害確認」
「ヤマネ、被害なし」

 バイク偵察隊は彼らより数百メートルは前にいたので戦闘には直接かかわらなかった。

「装甲車でやられたのは我々だけのようです」

「コギツネ、二名負傷。中隊長車のそばにいた奴らです。二人とも命に別状はありませんが骨折しているようです」
「わかった04を救護車にあてる」
「こちら連隊本部、状況を報告せよ」

 北濃は、はぁとため息をついた。

「こちらキタキツネ・リーダー、敵の対戦車歩兵を処理しました」
「被害は?」
「私の装甲車が被弾、ほか隊員2名が負傷しました。敵部隊は全滅したものと思われます」
「わかった。襲撃されたにしてはよく対処してくれた。詳しい報告はトゥズラに帰還してからにしてもらう。
 まっ、そう悪く考えるな。勲章の一つはもらえるかもしれんぞ」
「了解、連隊長。先ほどはすみませんでした。アウト」
「俺達、戦争しているんですよね…」

 秋目は目頭を押さえた。

「どうしたアッキー、シェルショック(戦争神経症)か?」
「いえ、余り実感がわかなくて」
「俺達は奴らに殺されかけた。りっぱに正当防衛で通用するさ。悩むのは日本に戻って隊舎の部屋に帰ってからにしてくれ」

 そういう北濃も少し気が滅入っていた。

「まぁ、この棺桶にいる以上、こいつの引き金を捻るのに躊躇はしませんが」
「それでいい。三田、動かせるか」
「メーターがいくつか割れちゃてわかりませんが、エンジンと足回りは問題ないようです。いやぁ、びっくりしましたよ」

 唯一、この操縦手だけが変わらぬテンションを保っていた。

「無理する必要はないぞ、異変を感じたらすぐに報告しろ」
「了解」
「キタキツネ・リーダーよりキタキツネ各車へ、前進を再開する」

 北濃は無線を切ると「本当に実戦経験者になっちまったか…」と漏らした。
彼らのおこなった僅か数十秒の小さな戦闘がバルカンにおける公式な自衛隊の初戦となった。



 セルビア解放軍ヴォールク師団の指令部ははじめ交戦の意思はなかった。
 すくなくとも師団長のヨハン・イーガリヴィチ少将は、兵力が結集するまで斥候一人偵察機一機だすことの許さない性格の持ち主だった。

「それで被害は?」
「第865対戦車隊が壊滅しました。敵側の戦車はTOW対戦車ミサイルに被弾しましたが、稼動したとの報告です。おそらく皆無とおもってよいかと」

 副官のアーネスト中尉が報告した。

「先遣隊の強行偵察隊がまもなく出撃します」
「相手は最新鋭の戦車が30輌だ。せめて同数の戦車が到着してからにならんか」
「強行偵察隊の隊長はニ、三輌は叩けると言っています」
「慢心だ! 我々が相手にするのはボスニア軍の半世紀前の戦車でも、欧州の軽戦車でもない。
世界トップレベルの戦車だぞ。本当は本隊が到着したところで、奴らと対等に戦えるかもわからん」
「お言葉ですが師団長、我々は過去に2度フランスのルクレール戦車を破っております」
「あれは奇襲だ。今回は正面から向かう事になる。トゥズラのスパイの報告では戦車三十輌、その他倍の戦闘車輌と向き合っている」
「先遣本隊が到着すれば兵力は敵部隊の三倍から四倍です。戦車の数も倍近く違う。対等どころか圧倒的な戦力差です」
「アーネスト中尉!」

 ヨハン少将が凄んだ。アーネストが怯むと肩を叩いて諭すように言った

「私は99年のユーゴ空爆開始までイギリスに留学していた。だから世界の最新鋭兵器というものがわかる。鉄砲の弾一つ一つに誘導装置が組み込んであるようなものだ。兵力差は重要であるが必ずしもその限りではない。ましてやこのように部隊が勝手に行動するような軍隊では、よほど策を練り準備をしなければ彼らに勝つことなど出来ないのだよ」

 ヨハン少将はそこでふぅとため息をついて間を置いた。

「強行偵察隊には身を持ってそれを学習してもらおう。けして無理をするなと伝えよ。
 ラードゥガの方はどうだ?」

「こちらの作戦通り、自衛隊が住民を保護しています。こちらの戦闘はかなり激化しているようで、すでに一個小隊ほどを失いました。報告では敵は特殊部隊ではないかと思われます。ですが数が限られているそうで突破できるという報告です」

「わかった。だがあせることは無い。中隊指揮官にパターンαタイムリミットが迫っていることを知らせよ。
パターンΒなら敵が特殊部隊でも関係無い」
「了解」

 アーネスト中尉が出て行くとヨハン少将はどっと椅子に倒れ込むように座った。
無茶もいいところだと思った。この3週間セルビア解放軍は勝利を重ねてきたが、それは国際世論の無関心とNATO軍の無策によって招いた結果だと思った。敵味方構わず爆撃するセルビアスポンサーはあてに出来るものではない。もうすぐ世界が、この虐殺劇に気付くだろう。そうなればアドリア海には国連軍の揚陸艇で一杯になり、欧州から陸路で戦車が殺到し、空は輸送機で埋め尽くされる。それまでに我々は少しでも領土を広げ停戦協定に持ち込まなくてはならない。
 新政府となった軍司令部がその事に気付いているか不安だったが、一介の師団長でしかない自分は職務を全うするしかなかった。
 彼は疲れていた。


 機動化学科中隊の後ろに構えていた第ニ普通中隊第一小隊の鹿間ニ尉は本隊からの増援でおよそ三倍に増えた部隊を指揮して防衛ラインを敷いていた。
 第ニFV中隊が交戦したおかげで、非公式ながら先制攻撃を含めたほとんどフリーの交戦権が与えられていた。

 鹿間は96式装輪装甲車の陰に隠れながら横一列に配置した部隊と連絡を取り合っていた。
 こちらは磐石の構えだった。
一個中隊並の戦力はもちろん全員に暗視装置が行き渡っていたし、ミニミ分隊支援火器も96式装甲車に搭載された50口径機関銃もある。それになにより、この戦場を把握する十分な時間があった。

「01、こちらクーガー1。行ってくる」

 街の中心部に孤立した味方と住民の救出に向う3台の96式装輪装甲車が前進を始めた。

「01了解、クーガー1敵の攻撃に遭ってもそのまま突っ切れ、目標地点に到達すれば先方から支援が受けられる」

「了解、普通科の助けがいるようじゃ特殊部隊もざまぁねぇな」

「それを言うなって、森繁と前田が人質になっているんだ」

 96式装輪装甲車が陣地を離れても、何の反応も無かった。
 しかし、事前にしかけた対人レーダーは蠢く人影を察知した。
 敵は近くにいる。
 溝口博史ニ曹は機動化学科中隊の高鷲と同じ、冬季戦技教育隊出の狙撃手だった。コンビを組む観測員が「いよいよだ」といってポイントを指示するのを黙って聞きながら、アイピースに目を密着させ64式自動小銃の上に載せられたスターライトスコープの電源を入れる。
 一種のテレビ画面といえるスターライトスコープの光りが、オデコに反射して自分の存在を敵に露見する羽目になるからだった。
 夜間戦闘では初歩中の初歩だと冬戦教で教わった。
 路地の正面に4人、隣の路地にも同じく4人の人影が映っていた。

「隊長。目標を補足」
「何人見える?」
「正面から4人、右の路地から4人です。まだ後ろに何人もいます」

 事前の報告から敵は4人1組で行動しているらしく、鹿間はよく訓練された兵隊であるという印象を受けた。

「狙えるか」
「動きを止めてくれれば、正面はほんの3秒で結構です」
「了解した」

 鹿間はミニミの銃座まで移動しその旨を伝えた。ミニミの射手の手は微妙に震えていた。

「足を止めるだけだ。あてる必要は無い」
「わかってます」
「全員に告ぐ。全員戦闘用意。銃構え」

 鹿間は一呼吸おいてから命令を下した。

「撃て!」

 ミニミの銃口が火を吹き、戦争が始まった。

 溝口狙撃手は幾重もの火線が飛び交う中で、確実にその先を捕らえ撃ち抜いた。
一度ならず人影がのけぞるのをはっきりと見た。だが溝口は完全に銃の一部と化して、次の目標を撃ち抜いた。
 鹿間は次々消えていく火線を見ながら自ら89式小銃を撃った。
自分が入隊した当時、この銃で撃つのは北方へ進行してきた半島か大陸の特殊部隊だろうと思っていた。
まさかこんな東欧の僻地で自衛隊として銃撃戦を演ずるとは思っても見なかった。

「うッ!」

 と隣にいたミニミの射手がうめいた。

「西、大丈夫か!」
「腕をやられました」
「西がやられた。メディック!」

 鹿間は西に変わってミニミに取りつき当てる気で撃った。
自分でいくつか火点を潰した。
ミニミのボックスマガジンがカラになると、自分の89式小銃のマガジンを差し込んで撃った。
 ほんの30発ではすぐに弾切れになる。
 だが、弾切れになる事は無かった。
 後方でレーダーを監視していたサポートが敵の撤退を知らせたのだった。

 銃撃戦は3分ほどで敵側の撤退に終わった。こちらは中村を含めた三名が負傷、敵側はおそらくこの数倍の兵隊が死傷した。路地にはその死体が残されたままだった。
 鹿間は西一士の肩を担いで96式装輪装甲車の中へ連れて行き手当てをしてやった。

「へへっ、名誉負傷勲章ゲットです」

 西は痛みに顔を歪めながら苦笑いした。

「さっきまでビビッていた奴が何言ってやがる。これで勲章がもらえるなら三日もすりゃ、市ヶ谷は勲章の発注で予算を使い切っちまうぞ」
「そんで弾薬箱の中に勲章が詰まって送られてくるってオチでしょう」

 鹿間がへっと笑うと「休んでいろ」といって外へ出ていった。

 次も同じ手で対処出来るとは思えない。次は次で別の戦法を考えなければならなかった。
とりあえず空挺隊長と一緒に前に出た森茂達に連絡を取って指示を仰ぐことにした。


 ラードゥガ、バックラー1の銃撃戦はいまだに続いていた。
 機動化学科中隊の隊員が装備するMP5SD5はノイズ・サプレッサー付きのため銃声は敵側のものしか聞こえなかった。
 敵の攻撃は三本ある路地の中の西側のみに集中していたため、土岐一人が陣取る最も離れた東の路地は銃声が聞こえてくるのみだった。いまだに増援や敵はおろか人っ子一人現れなかった。
 土岐はその間にせっせと陣地の強化していた。辺りにあるレンガやガラクタを拾いかまど状の銃眼を造ったりもした。しかし、360度を一人でカバーするのは限界がある。早く援軍が欲しかった。
 異変を感じたのは外壁の冷蔵庫に厚手のカーペットを被せて防弾効果を上げる作業をしていたときだった。正面からプレッシャーを感じる。その正体はすぐにわかった。多くの人間が蠢く息遣いだった。

「10…、いや20か…」 

 無駄な動きをしなければ倒せない人数ではない。
 いざとなったらこの塹壕を囮に使い、別の場所に移動して狙い撃ちにする計略も練ってあった。
 だが敵も次は考えていた。突然ポンと爆発音が響いた。視界が真っ白になる。煙幕手榴弾だ。

「くそッ!」

 敵は次々と煙幕手榴弾を投じ、煙幕を盾にしながら前進してきた。
 土岐は音のする方向へ向って3点バースト射撃を繰り返した。それで何人かは倒せた。
  あっという間に塹壕の目の前まで近付かれる。しかし、敵側もこちらの位置を把握できていないようだった。土岐は銃から銃剣へ持ち替え、白兵戦へ備えた。
 塹壕を飛び越えようとした兵士の腹に思いっきり銃剣をつきたてる。相手がひっくり返るととどめを刺して腰からマカロフ拳銃を奪った。音のする方向へマガジンに詰まった全弾を叩き込む。応射が来る前に掩体に身を隠した。
伸ばした手の先も見えない状況だった。
塹壕の脇から二人の兵士が飛び出してきた。
 土岐は手前の兵士に飛びかかると、手首を捻ってAKMを奪いもう一人の兵士に銃撃を浴びせた。
自分の掴んでいる兵士は何が起こったかわからないうちに、土岐が首をへし折った。
 すぐ次の敵が来る。きりが無いなと思った。
 銃剣でわき腹を抉って、塹壕から放り出す。
 腰から破片手榴弾をとり正面三方向へ向けて一個ずつ投げ、素早く遮蔽物に身体を隠した。連続した爆発音と悲鳴が交錯する。これでかなりの敵を無力化したはずだ。
 無力化とは敵を死に至らしめたか、その1歩手前まで追いやったという意味だ。
 そのもうすぐ死体がおぞましい呻き声を上げていた。
 遮蔽物から匍匐前進で進むと、ブーツの足首が見えた。すかさず引きずり倒し喉を切り裂いて、その身体を盾にしながら次の目標を探した。
 2、3人の人影か見えた。煙幕が晴れてきているのだ。
 倒した兵士の持っていたAKMの銃口を兵士の脇の下から出し斉射した。これで確実に10名以上の敵を倒した。
 三人が倒れた瞬間、後ろから何かが覆い被さった。
あまりに突然のことで土岐は「えっ?」という声を漏らすのが限界だった。

鋭利な白光りする物が顎の下を通る。

油断した…、意識が遠のき、闇が広がった。





最終更新:2007年10月30日 23:21