第7話
野戦指令所で補給を受けたOH-1は二機のナイト・コブラを従え、戦闘態勢を取った。
ナイト・コブラをある程度はなれた森の中の開けた場所に待機させると、 OH-1は森の木々の僅か上を疾駆した。2、3度確実に梢が機体の腹を擦る感覚が伝わった。
「機長、上げて上げて!、テストでも演習でもこんなに低く飛んだことはないですよ!」
ガンナーの高岩ニ尉がたまらず悲鳴を上げた。
「ガタガタ騒ぐな、気が散る! フルアームドで飛ぶのは久しぶりなんだ!」
機長の茂住三佐が怒鳴り返す。OH-1は19連装ロケット弾ポッド二個に、XATM-6多目的誘導弾4発、91式対空誘導弾2発のの重装備だった。もはやそれは観測ヘリではなく攻撃ヘリの部類にはいるものだった。
「騒ぐ暇があったら敵を探せ」
「ECM感あり! げ!?、シルカがいますよ」
「ブリーフィリングで言っていただろ。想定範囲だ」
「あれ、ナイトホークを撃ち落したんでしょ!」
シルカ対空自走砲は1999年のユーゴ爆撃の際、湾岸戦争ですら一機として撃墜されたことのなかったF-117ナイトホーク・ステルス攻撃機を撃墜した実力を持っていた。
「ニンジャのヒンジレス・ローターをチェスの景品にされるなんて嫌ですよ!」
「あんな出来損ないといっしょにするな! 相手にとって不足はない。
コブラは別角度から攻撃させよう。あの対空火器はこっちで相手にするピックアップしておけ」
ジェルゼレズ中尉は妙な異変に気付き中隊を一時停止させた。耳を澄ませるとパタパタという羽音が聞こえた。
「おい!、ヘリだ! ヘリがいるぞ」
「味方のハインドじゃないですか?」
「違う! ハインドはこんなに静かじゃない」
ジェルゼレズはすぐさま無線機を取った。
「全車に告ぐ!ヘリがいる戦車を隠せ!」
対戦車ヘリはタンク・キラーと呼ばれる戦車にとって最悪の敵であった。
茂住三佐がOH-1を梢の陰からホップアップさせると、ガンナーの高岩ニ尉はコクピットの上部後方に取り付けられたセンサーで、丘陸に現れた隊列の中からZSU-23-4シルカ自走対空砲をピックアップした。
「IFF反応なし、ロックオン完了。いけます」
「よし、撃て」
「XATM-6発射!」
右スタブウィングのパイロンから、重MAT及び中MATの後継として試作されたXATM-6が放たれた。
ロケットブースターで飛翔するXATM-6はしばらく水平飛行した後一旦上昇に移り、多素子による赤外線画像誘導によって上空から突き落とすようなトップアタックを掛ける。さらにXATM-6はレーダー及びイメージホーミングによる撃ち放しが可能だった。
命中した瞬間、装甲の薄いシルカが膨らんだ感じがして爆発を起こした。
「目標撃破!」
「次!、先頭の戦車を殺れ。それで一時離脱だ」
2発目がスタブウィングを離れ二両目の目標へ向かう頃には、隊列からの対空砲火の逆襲が襲ってきたが、OH-1はすでに離脱していた。
ジェルゼレズ中尉は無線で先頭の車輌が撃破されたことを知らされると、「クソッ…」と漏らした。
「いきなりヘリかよ!」
後ろから爆音が響いて、今度は後続する装甲車の隊列が爆撃された。ナイト・コブラによる70ミリ・ロケット弾の掃射だった。
「対空部隊は寝てるのか!?」
「ヘリは稜線ギリギリからヒット・アンド・ウェイで攻撃しています。なんて練度だ・・・」
モーリッチ砲手がうめく。
「全車、低地に突っ込んで散開しろ!」
彼の戦車隊がわらわらと散開しながら少しでも低い場所へ向っていく。
「隊長、次は!?」
「一つ昔の高射砲の真似事でもしてみるか」
ジェルゼレズ中尉は赤外線暗視装置を持ってキューポラから顔を出すと、稜線の上空を見渡した。
ジェルゼレズ中尉が探しているのはヘリ自体ではなく、そのヘリが出す排気熱だった。 ヘリが攻撃態勢に移る際、機首を引き上げ制動をかける。そのとき排気熱が一次的に空中に熱塊となって溜まるのだ。
それを探せばこちらにも攻撃のチャンスがある。昼間なら駄目だが夜間は、そのような索敵手段があった。
「こちらピーフタ、全車榴弾装填、第一、第二小隊俺のあとに続けて撃て、第三小隊はニ斉射を準備」
森の中から不意に熱気の靄があがった。
「見つけた、モーリッチ、2時方向ちょい右、距離5500、距離があるから照準は拳骨1つ分上を狙っていけ」
「同軸機銃で方向を探ったほうがいいんじゃないですか?」
「それだとばれる。お前の腕なら大丈夫さ」
「隊長は御世辞が御上手で」
「発射!」
51口径125ミリ滑腔砲D-81Tから爆音と閃光をのこし放たれた125ミリ砲弾は、弘を描きながら森の中へ突っ込んだ。
「いいぞ、そこだ。続け!!」
6両の戦車から、一斉に戦車砲が撃たれた。
戦車砲が5キロ先まで到達するのには数秒の時間を必要とした。だが、その行動は茂住三佐の思考を奪うには十分だった。
戦車砲が5キロ先まで到達するのには数秒の時間を必要とした。 だが、その行動は茂住三佐の思考を奪うには十分だった。初弾が10メートル手前に着弾し、 茂住三佐が操縦桿を捻った瞬間6発の戦車砲弾が辺りに降り注いで、横腹を見せたOH-1が砲弾の破片や巻き上げられた土砂をくらい激しく振動した。
コクピットガラスに半分以上ヒビがはいり、ありとあらゆるアラームが鳴り響いた。
「クソッ、アボートだ!(任務中止)」
茂住三佐は早々と決断し、残っていたロケット弾ポッドと91式対空ミサイルを切り離した。
「こちらカワセミ1、やられた退き返す」
「クマゲラ1、了解した。クマゲラ2に被害を観測させる」
必死に操縦桿とパワーレバーを操作し、この場を離脱にする。しばらくしてAH-1Sナイト・コブラが接近してきた。
「クマゲラ2、あまり近付くな。いつストンと落ちるかわからん」
「近付かなきゃ、見えないでしょ。こっちもどうせ弾切れです。一緒に退き返します」
ナイト・コブラはローターが接触するのではないかと思うくらい接近して、「こりゃひでぇ…」と漏らした。
「正直に報告しますよ。機体は穴だらけです。対弾テストでもこんなにしたことはない」
「敵の奴に頭のいい戦車隊がいるぞ。戦車砲の一斉射撃だ。コンビネーションもいい」
「燃料は大丈夫ですか? 一応漏れてるようには見えませんが」
「何とか大丈夫のようだ。戦場に一番に突っ込む観測ヘリだからな。その辺りは丈夫に造ってあるらしい」
「エンジンは?」
「時々咳き込む、ブレードがちょっとまずいかな」
機体はブルブル震え、エンジン部分からの煙がコブラの暗視装置でも確認できた。
「どっちにしろ、機体はお釈迦です。もう駄目だと思ったら迷わず着陸してください。二人くらいならコブラのスキッドに立ち乗りさせられますから」
「最後の任務にせめて帰還ぐらいはするさ。クマゲラ2、エスコート感謝する。もう離れてくれ」
「了解、カワセミ1。クマゲラ2、アウト・ケア…」
AH-1SはゆっくりとOH-1の後ろへ移動していった。もう一機のナイト・コブラが合流しヘリ部隊は撤収していった。
「コブラはまだ健在です。補給をすませ再度出撃させます。ですが観測へりがいないとなると…」
「タンク・バスターがこうも早くやられるとはな」
野戦指揮所はOH-1の任務続行不能に驚いていた。観測ヘリがいない状態では、今回と同じだけの戦果は望めない。
「次の侵攻障害措置は?」
「普通科による中距離誘導弾攻撃です。特科の自走砲部隊は敵砲対策に残してあります。
いざと言うとき弾切れではいけませんというのが表の理由、政治的配慮で本来の面制圧射撃は禁止されています」
「やれやれだな」
「96式多目的誘導弾隊、迎撃に入ります」
中距離攻撃をおこなう96式多目的誘導弾は、情報処理装置、射撃指揮装置、地上誘導装置、 そして発射機という大掛かりな構成の陸上自衛隊普通科最強の対機甲装備だった。
射程内に入った敵戦車隊に向けて、96式多目的誘導弾が高機動車に載せられた六連装ランチャーからガス圧によって次々と放たれる。発射された96式多目的誘導弾はすぐさまブースターに点火し、画像赤外線+光ファイバー誘導によって目標へ向った。続いて別の車輌からも防衛ラインへ接近してきた車輌に向けて発射される。
初弾が命中する前に、次弾が発射できるのが、この大掛かりなミサイル・システムの強みだった。
ジェルゼレズ中尉は初めそれを無誘導型ロケット弾だと勘違いした。
何しろ連続発射され、各個同時攻撃能力をもつ対戦車ミサイルなどという存在は、彼の知識では考えられない代物だった。
「ヘリの次は訳の分からんミサイルか!? 魔女の大鍋だぞ。何もしないうちに殺られていく」
前方を走っていた戦車隊はほぼ壊滅状態だった。十両以上の戦闘車輌が一撃で撃破されたのだ。
96式多目的誘導弾の前に戦車はただの棺桶にかわらなかった。
「カチューシャとは大違いですね・・・」
撃破された車両を盾にロビンスキーは戦車を停止させた。
「スモークだ!全車スモークを撃て!!」
砲塔脇に取り付けられたスモーク・ディスチャージャが、ポンポンと煙幕弾を前方にぶちまけ煙幕が張られた。 電磁スペクトルを荒らし、赤外線領域を無力化する煙幕は、対戦車ミサイルに絶大な妨害効果をもつが、その効果はわずか十数秒で尽きる。
「増速前進!、敵部隊に近付けば誤射を恐れて、この手のミサイル兵器は使えないはずだ」
ジェルゼレズ中尉の推論は間違いで96式多目的誘導弾は敵味方識別能力をもっていたが、その凄まじい戦果に驚いた本国によって二斉射目の使用は禁止された。
前方を走っていた別部隊のガスキン対空ミサイル車輌が爆発した。不運な事にスモーク・ディスチャージャが取りつけられていなかったらしい。爆風でジェルゼレズ中尉の戦車を覆っていた煙幕が吹き飛ばされた。
「隊長 一発そっちに行った!!」
第三小隊の小隊長が警告した。ロビンスキー操縦手が聞くが早いか、アクセルをフルスロットルにして、急激なステアリングを切る。車体が横滑りして一瞬バランスを崩したが、ロビンスキーは一瞬のレバー操作で上手くカバーした。 他の乗員は叫び声を上げる暇もなかった。96式多目的誘導弾がすぐ後ろに着弾し爆発する。
「ロビンスキー、頼むからこういうのは先に言ってくれ…」
「手遅れになりますよ。隊長」
幸運にも彼の部隊は生き残ったようだった。
自衛隊の戦車隊は予備車を後方へ下げると、防御陣形の基本である鶴翼陣形で戦車塹壕で、敵を待っていた。戦車と言うものは図体はでかくても、十重二十重に身を隠す術を心得ていた。
村上ニ佐は無人偵察機からライブで送られてくる映像をみながら「まあまあかな」と呟いた。
ヘリ部隊と普通科対戦車部隊による火力支援はここまで、あとは普戦チームによる防衛戦だった。
「装甲車から逃げだした歩兵がわらわらいますよ。またTOWとか持っていたら厄介ですね」
矢部砲手が言った。
「そうかな。あんなのは伏撃じゃないと意味がない」
「歩兵は歩兵に任せますか」
普通科部隊は戦車隊の後方で96式擲弾投射器を主力としたトーチカを築いていた。
戦車部隊が全滅でもしない限り、彼らの本来の戦い方である小銃による撃ち合いは無かった。
「こちらヒグマ12。敵を発見」
最右翼の車輌から敵発見の報が伝わる。同時に無線から爆発音が聞こえた。
「迫撃砲だ。カバーを!」
後方の対砲レーダーが発射位置を特定し、99式と75式で編成された野戦特科自走砲部隊に通達した。
すぐさま10発以上の榴弾が敵迫撃砲陣を襲った。
「ヒグマ12後退出来るなら後退しろ、11は援護」
「12、後退します」
「11、了解」
援護射撃のなか、ヒグマ12の90式戦車が急激にバックしながら砲撃を開始した。夜間射撃は直視すれば閃光で目がやられそうだった。
村上の視界にも稜線の向こうから敵の戦車部隊が現れた。
「野郎ども仕事だ!掛れ!!」
攻めることを捨て、守りに徹すれば三倍近い敵を相手に出来る。エントロピーの法則のみが支配する陸戦論の中で、小が大を勝つ数少ない定説だった。敵はこちらの数倍の兵力を持っていたが村上は臆する気はなかった。北方の防人達は、その真価を試される時がきた。
ニュートライズ・ヘリコプター咬龍は、バルカン半島特有の山岳地帯を縫うように北を目指していた。
「機長、まもなく戦闘区域に入ります」
コクピット後ろのコンソールに座る串原一曹が言った。 串原は本来機付き整備長だったが、飛行中の咬龍では通信から航行士、センサー、武器操作員と様々な職務を任されていた。
「いまさら言うのもなんだが、ようやくって感じだよな。本国で防衛出動とかだと、これの数倍時間が掛かるんだろうけど」
「機長、イーグルに乗ってたんでしょ。だったらスクランブルで、そういうことは良くあったんじゃないですか」
副操縦士の美山三尉が尋ねた。
「たまにバックファイヤやベアの尻を追っかけてただけだよ。爆弾でも落とされないと、こっちも手のだしようがないからね。 ベアの偵察型がプロペラのクセに意外と速くて、一番嫌いだった」
「あー、たしかに速いとは聞きますね。本当に速いんですか?」
美山副操縦士はもともと戦闘機パイロット志望だったが、空自が女性パイロットを受け入れるのにまだ10年はかかると気が付き、海自のヘリ・パイロットになったクチで、偏ってはいたが航空機の知識は元イーグルドライバーの巣南ニ佐より豊富だった。
「軽く900は出していたな、アフターバーナーちりちりやりながら追っかけたもんさ。しかし、こうも長時間飛行するのは疲れるな」
咬龍の主な任務である不審船の捜索では、あまり姿を見せないよう手近なヘリ搭載型護衛艦を利用するので、長距離飛行をするのは稀であった。だが咬龍のオリジナルであるMH-53シードラゴンE掃海ヘリは、2000キロを越える圧倒的な航続距離を持っている。
「串原、この回廊はいつまで続くんだい」
「ああ、もうすぐ切れますよ。んっ!?」
串原は、対潜用前方赤外線監視装置に映る熱の帯を見つけた。
「どうした?」
「機長、先客がいるようです。機数はおそらく5、6機。エンジン排気熱はジェット機並ですけどこの高度からするとヘリです。おそらくハインドでしょう」
「そいつは敵か?、国連軍もハインド持ってきているんだろ」
「フライトプランでは、この時間帯に飛ぶ機体はありません。もともと我々は誰にも発見されないよう飛行しているわけですから」
と美山ニ尉が説明した。
「近付いてIFF(敵味方識別装置)で見分ければいいですよ」
「わかった。とばすぞ」
熱の帯に沿って咬龍ヘリは追跡を開始した。
最終更新:2007年10月30日 23:27