第9話


キャタピラの音がいよいよ近付いてくると、機動化学科中隊施設科小隊の小坂小隊長はMAGIC(迫撃砲兼擲弾投射即応砲)チームと01式軽対戦車誘導弾チームに攻撃用意の指示を出した。

「十両のデルタ隊形でくるそうだ」

「デルタか、待ち伏せや突発的な戦闘に対応出来る、米軍がベトナムでも使っていた方法だ」

 空挺の古川小隊長は斥候を出し、敵戦力の把握に徹していた。戦闘は砲弾が飛び交うだけではない、情報による戦闘もある。いかに味方の情報を漏らさず、敵の情報を集めるか、それらは戦局を左右する大きな要因だった。とくに今彼らが行おうとしている伏撃は、いかに多くの情報を集めたかによって成功確率が変化する。こまめに敵の戦力、行動、変化を把握し、それに合わせて味方の配置し、手順とタイミングを決める。

「戦車の後に装甲車が続いてくる、随伴歩兵もいる。奇襲をかけるには十分な兵力だな」

 対面する斜面から細い光が見えた。挟撃する別隊の配置か完了した合図だった。

「マジノ線を迂回して、まんまと後ろに回り込み陣地を無力化したナチス・ドイツの戦車部隊みたいだ。戦車部隊の指揮官は部隊の機動力に自信があるのか」

「この場合大切なのは機動力より協調力だろ。この進路を選んだにしては戦車部隊はまるで最新の行動統制装置を搭載しているみたいな相互連帯能力がある。偵察の報告では、停止するのはせいぜい後続の装甲車隊が調整する間ぐらいだ。もしかしたらOH-1を屠った奴らかもしれない」

「新装備の相手にするなら、とんでもない上玉だな」

 暗視装置とキュラキュラとキャタピラの軋む音がますます近くで聞こえる。まずは敵の動きを止めるため先頭車輌の駆動部を狙った。ヘッドギアのバイザーで見るとビジュアル・ファイヤレール・システムが別の場所に設置されたMAGICからの砲弾の予想軌道が表示した。

「オールハンド。攻撃用意・・・」

 火線と戦車が重なったところで攻撃を開始した。対戦車RAP弾が、まずは迫撃砲弾よろしくポンッと飛び出すとブースターに点火し一直線に戦車を目指した。MAGICの利点は本来迫撃砲であるため、しっかりと足場を固める必要はあったが、対戦車ミサイルや無反動砲のようにブラストに注意を払わなくして良いところにあった。対戦車ミサイルや無反動砲を塹壕で使用する場合、掩体などで後方ブラストが砲手に跳ね返ってくるため、塹壕を掘り広げたり発射時に必要以上に身を乗り出さなければならないが、MAGICは伏撃が可能だった。
 対戦車RAP弾が先頭車輌の駆動部に命中し、車体が傾いた。だが次の瞬間、こちらに第2波攻撃をさせるまもなく反撃が始まった。

「嘘だろう!?」

 塹壕に首を引っ込めながら古川が絶句した。攻撃した車輌の後続の戦車が一斉にこちらに向って砲撃した。まるで予めここで攻撃を受ける事をわかっていたような砲撃だった。なぜか、対人用の榴弾ではなく煙幕弾を、それも扇状に射撃していた。それで他の攻撃ユニットも無力化された。



 隊列の中ほどにいたジェルゼレズ中尉は応戦の指示を出しながら「やられたのは誰だ!?」と怒鳴った。全車、初弾を煙幕弾にしておいたのが功を奏した。煙幕が敵の視界を奪い、対戦車ミサイルの照準を狂わせる。普通は後退時にしか使わないが以外と役に立った。

「ネーベンの車輌です」
「ネーベン応答しろ! ネーベン!!」

 三回呼びかけてようやく反応があった。

「は…はい!、こちらイェーリ2、ネーベン曹長です」
「大丈夫か? ダメージは?」
「攻撃は駆動部に命中した模様です。擱坐しました。幸い乗員は全員無事」
「よし、脱出しろ。イェーリ1、ネーベン達を救助しろ」
「イェーリ1、了解」
「全車、砲撃しつつ前進、止まるな。敵は歩兵だ、歩兵は歩兵に任せる」

 ジェルゼレズ中尉は小隊ごとに散開し引き続き煙幕攻撃の指示を出すと、AK-47Sを持って走行中の戦車から飛び出した。後続の装甲車隊が歩兵を下ろし、敵部隊と銃撃戦を繰り広げていた。不思議と聞こえるのはこちらの銃撃音だけだった。それでも周りの兵士がバタバタ倒れていった。
 何なんだ敵は?・・・
 ジェルゼレズ中尉は中腰の姿勢で50メートルは走り、キャタピラの切れた戦車に近付いた。

「中隊長!、あなたって人は・・・、そういう無茶は止めてください」

 戦車を盾にして同じAK-47Sを抱いたイェーリ2戦車長のネーベン曹長が叫んだ。同じ所に操縦手と砲手もいた。

「すまん。性分なんだ」
「敵は手ごわいです。並の歩兵じゃない」
「そのようだな。だが押さえつけておくことは出来そうだ。あの対戦車兵器は強力だが炸薬の量が少ない。林が深いから早いうちに逃げ切ってしまうぞ。敵の位置はわかるか?」
「正確にはなんとも、でも大まかな位置は判りましたよ」
「どこだ?」
「3時の方向と10時の方向に僅かばかりマズルフラッシュが見えてます。挟撃されていますが、指揮官は多分3時の方側にしますね。そっちの方が歩兵の被害が酷いです。賢い指揮官は自分では銃を取らず、指示に徹しますからそれだけ効率的な攻撃をします」
「わかった。ありがとう」

 M-84戦車が二両こちらに突っ込んできた。自分の中隊指揮車と第三小隊の小隊長車だった。

「迎えが来たようだ。グスタフ! 早くネーベン達を乗せろ」
「中隊長! 自分の役職を考えてくださいよ!!」

 イェーリ小隊、小隊長のグスタフ少尉がキューポラを開けて怒鳴った。

「ネーベンにも同じこといわれたよ」

 ネーベン達を戦車の背中に乗せるとジェルゼレズ中尉は自分の車輌に戻った。

「モーリッチ、徹甲弾装填」
「徹甲弾!? 何をする気ですか!?」

 対戦車用にしか使い道の無い徹甲弾の装填指示、さすがのモーリッチ砲手も今回はジェルゼレズ中尉の意図がわからなかった。

「目潰しをする。砲塔を3時の方向へ」

 砲塔が回させるとジェルゼレズ中尉は暗視装置を睨みながら、同軸機銃を撃った。機銃弾が太い立木にあたり火花を散らす。敵の反応と時間的に見て、敵は時間をかけて塹壕を掘って伏撃態勢を取っていたに違いない。ならば、それを逆手に取らせてもらおう。

「撃てッ!!」

 ジェルゼレズ中尉の放った徹甲弾は小坂と古川の塹壕の真横にあった木の幹を抉り、バランスを崩した木が小坂達の頭上を襲った。枝葉に押しつけられ機動化学科中隊の小隊長が二人とも身動きが取れなくなった。

「…なんだありゃ、戦車の芸当じゃないぞ」

 枝葉に押しつけられた無様な格好で小坂がうめいた。戦車の砲撃音が絶え間無く聞こえ、それに合せて木が倒れていく。信じられないことに敵戦車は辺りの木を戦車砲で抉り倒して、視界を塞ぐ事によってこちらに目潰しを掛けていた。地面すれすれに構え被弾率を減らすのが伏撃の基本であるが、完全にそれを逆手に取られた。

「アンブッシュで結果がこれとは惨めだな。機動化学科中隊の小隊長が二人して木に潰されていたなんて、報告書に書けないぞ」

 忌々しい戦車がキャタピラを軋ませながら通過していく、煙幕と倒木でもはや追撃は出来そうになかった。

「とりあえず撤退だ。戦車は行っちまったし、一回仕切り直ししなきゃならん」
「ああ、どうもこれは運が無さすぎた」

 二人の小隊長はワイヤーカッターでちまちま脱出口を作り、塹壕から這い出ると部隊に撤退を命じた。このままでは腹の虫が収まらなかった。



 高地地帯では、敵の突撃が収まり膠着状態になりはじめた。
 村上機甲部隊長はキューポラから上半身を乗り出し、タバコを取り出して一服していた。12.7ミリ重機関銃の安全装置は外していた。もし、車輌以外の敵が現れるようならコイツで迎撃するつもりだった。狙撃兵の心配があったが、それには82式地上ドップラー・レーダーが目を光らせていた。
 数キロ四方の開けた場所で行われる大規模な機甲戦に歩兵の居場所はあまりにも少ない。
 戦車と比べやや軽いキャタピラ音が近づいてくる。

「村上ニ佐。何やっているんだ?」

 89式戦闘装甲車に乗っていたのは、普通科部隊を指揮する坂祝二佐だった。

「危ないだろそんなことやっていたら」
「一悶着あって部隊が浮き足だちそうになってる。指揮官てのはよ、たまにゃクソ度胸のあるとこ見せておかないと勤まらない、難儀な商売なのさ。歩兵部隊長さん」
「おいおい、指揮官は最後まで生き延びて指示を出すもんだろ。指揮官先頭なんて時代遅れだぜ」
「こんな所で指揮官のあり方を議論しても始まらん。なにか用事があるのか?」
「迂回部隊を発見された。こちらの側面を突くつもりらしい。戦車もいるそうだ。ラードゥガへの道を押さえられるかもしれないので、こちらも戦車に行ってもらう事になるかもしれん」
「逐次投入の典型じゃないか。ラードゥガへ部隊を投入するのは何回目だ」
「歩兵、コンボイ、FV・・・、戦車で四回目だ。これで最後だろ」
「移動するんなら早いほうがいいぞ、いちいち指揮所に訊いてちゃいつか手遅れになる。
 おい、金村移動するぞ」
「えっ? あんたが来るのかい」
「もう、ここは部下に任せても大丈夫だろう。重要なポイントに練度の高い戦力を投入するに越した事は無い。さぁ、行くぞ」

 村上は展開する部隊から程度な間隔で1両ずつ計3輌を抽出し、正面部隊の指揮を部下に譲ると自分の
戦車を含めた4輌一個小隊を編成して、坂祝の乗車する89式戦闘装甲車に誘導され移動を開始した。途中、坂祝が直接指揮下に置く二 個普通科小隊と合流した。


 ボスニアとセルビアの境に位置する街『ズボルニク』、その街のある学校の校舎にはヴォールク師団の指令部が設けられていた。

「先遣隊の状況は」

 ヨハン師団長が机に肘をつきながら、副官のアーネスト中尉の報告を聞いた。まだ、機能が完全に立ち上がっていない指揮部は参謀や士官の怒号が飛び交っていた。なにしろズボルニクには昨日今日到着したばかりだ。まだ、本隊全てが配置についたわけではない、それなのに上部の命令によって隊の一部をラードゥガに強行軍させていた。指揮系統が乱れて部隊配置はおろか損害状況すら、まともに把握できないでいた。司令直属の部隊が辛うじて戦場の状況を送っていた。

「現在は膠着状態です。状況打破のため現在第17戦車連隊、第365戦車中隊が装甲車隊を引き連れ遊撃機動戦による敵戦線の撃滅を行っています」
「ヴィシェグラードでフランス軍のルクレール戦車を撃破した部隊か?」
「はい」
「一個中隊だけで出来ることには限りがある。彼らに火器支援を送れないか?」
「砲兵部隊の配置を崩すことが出来ません」
「本当にやるのかね。パターンβを…」

 周りの参謀連中に気付かれないよう俯きながら、ヨハン師団長が顔をしかめた。

「ハインドによる後方撹乱作戦は失敗。正面部隊も対戦車ミサイルにより大打撃を受けています。ラードゥガ
の住民は露払いしました。いるのは日本軍の兵士だけです、臆することはありません。これは戦争です」
「落下傘部隊に連絡して彼らを支援するように言ってくれ」
「了解です」

 アーネスト中尉が離れるとヨハン師団長は組んだ両手に額をつけた。戦争で兵士が死ぬのは宿命だが、この地はそれ以上に多くの血を流しすぎている。



 ニナ・ユーリィブナは不穏な空気を肌に感じていた。何かがおかしいと感じた。あれほど積極的に攻勢に出ていたゲリラ部隊が、今度は一転して防御に転じているのだ。一部では後退しているチームまでいた。
 ゲリラの動きが激しくこちらは移動もままない状態だった。路地裏の陰に隠れてゲリラを遣り過ごしていた。
 自衛隊側が逆襲に転じたわけではない。麓側の防衛ライン上で偶発的な戦闘が起こっていが、時間が経つにつれ小規模な小競り合いになっていた。 早く逃げ出したかったが、下手には動けない状態だった。ましてや自分には守らなければいけない人たちがいる。

「タチヤーナさん。ゆっくりですが移動します。どうもここは悪い予感がする…」

 母親は疲れ切った表情で頷いた。子供にいたってはもはや泣く気力すら残っていないらしかった。
 立ちあがった瞬間、脇腹に激痛を感じた。何とか表情には出さなかったが、あのマカロフが下手にあたったらしく、衝撃でダメージを受けたらしい。鎮痛剤は持参しているが、いま判断力を鈍らせるわけにはいかない。率直なところ、あまり長くないなと感じていた。



 咬龍ニュートライズ・ヘリコプターは一旦、周囲の林木を伐採しただけの野戦ヘリポートに立ち寄り茂住三佐と高岩ニ尉を拾うと、ろくな補給を受けずに戦場へ突入した。咬龍ヘリは一度戦場にはいれば、如何なる長丁場にも対応する整備性と耐久性を兼ね備えていた。

「このヘリが欠点があるとすれば、この図体のでかさだな。戦闘ヘリにサイド・バイ・サイドのコクピットなんてナンセンスだぞ」

 機長席左横の副機長席座る茂住三佐がぼやいた。回転翼機は大型小型に関わらずどんな機体でも機長席が右、副機長が左と決まっている。固定翼機はその反対だった。本来その席に座る美山副操縦士はカーゴの方へ退かされていた。

「そうかい? 俺はこの機体に納得しているよ。なにしろ戦闘機乗りの俺が満足しているんだ。機動性でカバー出来る」

 と巣南ニ佐が答えた。階級では巣南が一階級上だったが、それは彼が空自で出世が早かったためであり、実年齢は茂住より巣南の方が若かった。

「ところで戦闘機というば、イタリアに入った空自の部隊はどうしたんだ? えらく冷たいじゃないか。CAS(近接航空支援)ぐらいしてくれてもいいんじゃないか?」
「これだから攻撃的な戦闘機乗りには戦略なんて建てれないだよな。CASなんてやってみろ、地上は地獄になる。指揮所の連中が事ある毎に言っていたよ。何々による対地制圧攻撃は、敵の被害を悲劇的なものにする、そうだ」
「おいおい、戦争やってるのに、そんな馬鹿らしい」
「まぁ、それも夜明けまでだ。それまでに決着がつかない場合は、空自の部隊が飛んでくる事になっているらしい。対地攻撃だと、たぶん安原だろう」
「安原も来てるの? じゃあ、岐阜基地には誰もいないのか?」

 また、岐阜基地で耳にする名前だった。少々忌々しいことだがイーグルを降りた自分の代わりに、転勤してきた奴で、F-15J『イーグル』要撃機のオプション・ユニットのテスト・パイロットをしている。

「F-2の連中はいるだろ。あれは外見がF-16そっくりだから派遣されていないはずだ」
「自衛隊初の本格派兵なのに、新型機が使えないとは可哀想に…」
「機長、熱反応を感知。10時の方向」

 コンソールの串原一曹が対潜用前方赤外線監視装置に微弱な熱反応を捕らえた。対潜用赤外線監視装置はアクティブな索敵をするレーダーと違い、完全なパシッブ式のセンサーで夜間海面上に僅かに突き出た潜水艦の潜望鏡を見つけ出す性能を持っている。車輌や航空機はもちろん、深いブッシュに隠れた人間をも見つけ出せたが、そのセンサーはセンサー器材中最もデリケートで、当然昼間は使えなかった。

「接近して確認する。20ミリ及び40ミリ用意」
「おい、串原。コブラを呼び寄せてくれ」

 茂住三佐が副操縦席のモニターにも監視装置の映像を映させながら、ぶっきらぼうに命じた。
 接近すると陸続と続く敵地上部隊が現れた。

「あまり接近するなよ。シルカやガスキン以外にも携帯ミサイルを持った歩兵がうろちょろしているんだ」

 茂住三佐が注意した。何しろ自分は89式FVが交戦した際、その洗礼を受けている。
 実際のところ攻撃ヘリにとって、ガスキンやシルカのような車輌タイプの対空兵器より、歩兵のもつ携帯対空ミサイルの方が脅威といえる。

「その前に見つけて機銃掃射でかたつければいい。フレアもあるぞ」

 連絡を受けた二機のナイト・コブラが咬龍の背後についた。

「機長、指揮所より交戦許可が出ました」
「コイツはでかい缶詰だぜ。コブラで蓋を開け、咬龍で掻き回す」

 ナイト・コブラが前に出て、70ミリ19連装ロケット弾の射撃姿勢をとった。

「茂住さん、さっき言い忘れたが…」

 ロケット弾が斉射され、地上部隊の隊列を崩す。

「…咬龍が火を吹いても、地上は地獄になるんだ」

 巣南は機体を持ち上げると、地上部隊に対して横腹を晒し40ミリ低圧ライフル砲の砲口を向けた。40ミリ調整破片弾が放たれ、弧を描いた砲弾がガスキン対空ミサイル車輌とBVP-M80A歩兵戦闘車を串刺しにした。ニ発目の砲弾はT-55中戦車の砲塔を吹き飛ばし、周りにいた歩兵を薙ぎ払った。巣南は機体を滑らせながら十数発の40ミリ調整破片弾を扇状に掃射し、敵の反撃を受ける前に逃げ去った。
 まさしく、地上は地獄になった。



 第ニ普通中隊第一小隊の鹿間ニ尉は、これで5本目のマガジンを89式小銃にさしこんだ。

「小隊長、住民の避難完了しました」

 背後から部下が呼びかけた。

「前の奴らはまだ戻ってきていないんだな?」
「はい、森繁と前田も96式には乗っていませんでした」
「じぁあ、動くわけにはけにはいかないな。溝口、そっちはどうだ?」

 鹿間は民家の屋根に上げた狙撃手を呼び出した。

「連中はしっかり仕事をしているようです。正面は動きは無し…、三番通りに敵グループを確認中」
「そいつはC班に任せる。前に集中しろ」
「了解」

 鹿間は無線を切ると「孤立しているぞ」と呟いた。

「そういう戦術なんではないですか? 現に彼らは防波堤になってる」
「無茶をやる、敵は攻勢を止め防御陣形を組んできているんだ、戦力は三倍になっている。教会前の広場に89式が来ていたよな?」
「第ニFV中隊のが三輌ほど。残りは山道にて警戒中です」
「あれには今ごろ珍しいガンポートが付いるはずだ」

 近年の装甲戦闘車はガンポートを付けないのがトレンドだったが、89式戦闘装甲車には装備してあった。

「でもあれキャタピラだから道路を耕す羽目になりますよ」
「いざ助けに行くと気は、道路を耕そうともうクーガーで突破するのは無理だな。ここまで上げてくるよう言ってくれ」

 保養所の避難民を回収しに行った96式装輪装甲車は往路こそ攻撃されなかったが、復路では激しい襲撃を受けていた。

「了解」

 部下が後方へ下がると、鹿間は再び前方を警戒した。敵の急な攻防の姿勢転換は何か意図があるように感じていた。



 ドラグノフSDV狙撃銃から外したPSO-1赤外線探知機能付スコープを覗いていたセルビア解放軍団第一落下傘連隊第三大隊のジェーオ・ハーシュミ中佐はスコープの中に日本兵を捕らえながら「押しが甘いぞ」と注意するように呟いた。

「隊長! 降りてきてください。師団長から別の指令が来ています」

 木の下から副官のアブディッチ大尉が呼びかけた。

「それは本当に師団長からの命令なんだろうな」
「確認取りました。たしかに師団長のものです」

 ジェーオ中佐は「よし、わかった」と答えるとそれまで登っていた杉の木をするする降りはじめた。

「どうでしたラードゥガは?」
「日本軍の押しが甘いな、ほとんど麓側に留まっている。パターンβが発動しても大した成果は期待できない」
「日本軍の被害は二の次でいいんですよ。避難民の搬送はどのくらい掛りそうです?」
「あと二十分というところだろ。報告は三十分としておけ」
「了解、わかりました」
「中に入った連中の動きが鈍すぎる。あのままでは巻き添えを食うぞ」
「指揮しているのはチカチーロ大佐でしょ。聞きませんよあの人は、他民族他宗教者は残らず根絶やしするのが生き甲斐みたいな人なんですから」

 アブディッチ大尉はブスッとした表情で言った。

「別令はなんだ?」
「はい、森林地帯に下りて戦車部隊を支援しろと」
「了解した。部隊をまとめおけ。どうせ夜明けまでには終わるだろ」

 ジェーオ中佐はPSO-1スコープを ドラグノフSDV狙撃銃に取りつけると、肩に担いで農業用の小型トラックに乗り込んだ。辺りを警戒していた部下達が駐車されたトラックに次々と乗り込んでいく、中佐の部隊はほんの数分で自分たちの痕跡を残すことなくその場を去った。





最終更新:2007年10月30日 23:32