第10話


 航空自衛隊は第203飛行隊のF-15J要撃戦闘機を中心に、輸送機やその他の連絡機を含め40機ほどが、イタリア空軍からペスカラ空軍基地の一部を借りて駐機されていた。
 航空開発部に所属する安原高志二佐は航空自衛隊が使用しているハンガーからエプロンを見渡していた。アドリア海の風が吹くエプロンには実に様々に作戦用航空機が並んでいる。まったく壮観な光景だなと思った。何しろ、この空軍基地にいるのは自衛隊だけではない、ヨーロッパの部隊も入っている。
 セルビアスポンサーに対応する最前線基地となったため、各国の飛行隊がペスカラ基地へ集まりイタリア軍はこの基地に急遽滑走路を増やしエプロンの拡張工事を行った。哨戒飛行にでるイギリス軍のトーネードF.3戦闘機が二機編隊を組んで暗闇の中を離陸していくのが見える。残念ながら噂のユーロ・ファイター・タイフーン戦闘機は、まだどの国も派遣していない。

「出撃はまだだぜ」

 整備長の石神曹長が近づいてきた。

「落ち着きませんよ・・・」
「武者震いって奴かい。俺にもわかるよ。はじめて整備したマルヨンがスクランブルで出撃したとき、無事に着陸するまで手の振るえが止まらなかった」
「まぁ、それもありますが飛べないというのもツライものです」
「政治的な理由じゃ仕方ない、飛べないものは飛べないんだ。夜明けまでまだ数時間ある。そんなテンションじゃ、いざって時もたねぇぜ」
「陸じゃ仲間が死に物狂いで戦っているというのに・・・」

 安原がポツリと漏らした。ラードゥガでは、陸自が自分達より遥かに多い敵と戦っているというのに、まったく、政治的理由というのはのん気なものだ。航空機による対地制圧攻撃は、敵の被害を悲劇的なものにするという理由で空自部隊の支援は夜明けまで禁止されていた。
 武装制限は陸であっても同じで、96式多目的誘導弾は第1次攻撃をおこなった後に使用を禁止され、特科部隊は敵砲への応射のみ、航空科部隊の攻撃が許可されているのが奇跡のようだった。



 ジェルゼレズ中尉はキューポラから身を乗りだし、前方に最大限の注意をはらって部隊を前進させていた。後方はしんがりの第三小隊が砲塔を後ろに回して警戒していた。奇襲を受け、第二小隊は一両減っていたがジェルゼレズ中尉は、敵からの追撃は無いだろうと判断し前進を続けた。普通襲撃を受けた場合は、追撃に最も注意をはらうが、今は歩兵の追撃部隊より戦力の不明な前方の主力部隊に注意しなければならなかった。

「無線からの情報では、敵戦車は最大約5000メートルの距離で初弾命中ができる戦車砲を備えてます。火器管制は我々のM-84以上でしょう。走行間射撃もできるようです。機動性、正面及び側面、背面の防御力不明…、これはまだ一両も仕留めていないからわかりませんね」

 モーリッチ砲手がやれやれといった表情で話した。正面の戦車部隊はほぼアウトレンジで一方的な戦いを強いられていた。

「走行間射撃ならお前でも出来るだろ?」
「私のは人間火器管制ですよ、向こうはプレッシャー知らずのコンピュータ火器管制。私にゃコンマ単位で難しい計算が出来るわけじゃない。しくじる時もあります」

 急に目の前に人影が現れ、ジェルゼレズ中尉のM-84戦車が急停止すると何かが車体をゴンゴン叩いた。

「ええい、誰だこんな時に…」

 ジェルゼレズ中尉がキーポラから身を乗り出して車体の下を見渡すと、ドラグノフSDV狙撃銃を担いだ男が呼びかけた。

「第17戦車連隊、第365戦車中隊か!?」
「ああ、そうだ。あんたは?」
「第一落下傘連隊第三大隊のジェーオ・ハーシュミ中佐だ! 司令の命で支援にきた」
「中佐!?」

 慌てて敬礼する。

「そういうのはあとだ、中尉。ちょっと降りてきてくれ」

 ジェルゼレズ中尉が戦車から降りるとジェーオ中佐は一枚のペーパーを取りだし、赤色フィルムの張られた電灯で照らした。すぐに中佐の部下が集まってきて、光が漏れないようスラムを組んだ。

「中尉、英語は?」
「平和な頃は観光客相手に商売してましたよ」
「よし、では見てくれ」

 ペーパーには、第三世代の戦車の写真の下に細かなデータが書かれていた。

「君達と向かい合っている戦車だ。すでに三キロほど前方に4輌小隊が待ち構えている。地形の高低さ激しく敵もこちらもかなりの至近距離で殴り合うことになるだろう」
「タイプ90タンク、キュウマルシキと読むのですか?」
「そうだ。1990年に採用されたから90シキと呼ばれている。君達がヴィシェグラードで破ったルクレール戦車とほぼ同期だと思ってくれ」
「こんなデータ何処から拾ってきたのです?」

 ジェルゼレズ中尉が訝しげに尋ねた。

「なに、米国の軍事系Webサイトからだ。インターネットというばわかるかな。まぁ、話し半分で見てくれ。
主砲は、ラインメタル社製の120ミリ滑腔砲、ドイツ軍のレオパルト2と同じだ」
「全備重量が50トンと言うのが気になります。車体のサイズも同世代に比べて若干小さいが、装甲はそれほど厚いとも思えませんね。まぁ、人のことは言えませんが」

 ジェルゼレズ中尉の乗るM-84戦車は僅か42トンだった。

「機関出力は1500hpで2,400rpmだが、これはどう思う?」
「私のM-84は780hp 2,000rpmです。重量と地形を利用すればカバーできない数値じゃないでしょう。この油気圧式サスペンションというのが凄いですね。砲塔を水平にしたまま車体を上下させたり、前後に傾けることが出来るという事は伏撃には有利です」
「うむ、日本という国家は常に専守防衛の姿勢を取っているらしく、攻勢をあまり考えていないようだ。この機構はその現われだろう」
「我々がこの戦車に勝っている点は?」
「そうだな、この砲口径の後ろに書かれた33というのが気にならないか」
「砲弾数ですか…」
「そうだ。彼らの戦車は同世代の戦車に比べて10発近く積弾数が少ない。かなり臭いが安全設計上、戦闘中に使えるのは16発という情報もある」
「敵は後方への補給ルートを確保しています。弾切れを待つなんて無理ですよ。敵を引き込んで補給線を断つにしても、連中は誘いにのらないでしょう」
「では、装填速度だ。90シキの自動装填装置による発射速度は4秒に1発だ。一発撃ったら4秒以内に仕留めなきゃならん」
「我々のカセトカとほぼ同じです。最近はこの位が普通です。チームを組ませれば問題無い」
「車高はどうだ。90シキより君のM-84の方が約15センチほど低い」

 ジェルゼレズ中尉が初めて喜んだ顔をした。戦車戦において車高は重要かつ有機的な要素だった。

「それは嬉しい情報です。ですが中佐、敵戦力の基本的情報はわかりました。できれば戦闘中の情報を受け取りたいのですが」
「ああ、わかってる。我々もそのために来た」

 ジェーオ中佐は近くの部下から無線を受け取ると、それをジェルゼレズ中尉にそのまま渡した。

「戦闘状態になったら、逐次敵の情報を流す。この手の至近戦に置いて情報戦は勝敗を左右することは百も承知だ」

 ジェーオ中佐はもう一枚のペーパーを渡した。まるでミミズを這わせたような絵だったが、この辺りの地形が事細かに書かれていた。土地の高低はもちろん、風の向きや強さ、敵から死角になりこちらの姿を見せずに攻撃できるようなポイント、敵の予想配置がしっかりと書かれていた。ジェルゼレズ中尉にとっては90式戦車のデータより、欲しいと思っていた情報だった。
 ジェルゼレズ中尉が2枚のペーパーを持って、戦車に戻ろうとするとなぜかジェーオ中佐が引きとめた。

「中尉少し休め、もうすぐ我々のトラックが補給物資を積んでやってくる。こちらも補給線を気にする必要はないぞ。だがな、全体から見ればこれはまだ緒戦だ。先遣部隊が日本隊を突破出来るとは思えない」
「師団長直属の部隊とは思えない発言ですね」
「師団長もそう思っている。思っていないのは馬鹿な参謀連中と上層部だけだ。私はこの戦闘は出過ぎたことだと思っている」

 ジェルゼレズ中尉は呆気に取られて「はぁ」と生返事をした。

「中尉、我が軍にはまだまだ君のような優秀な兵士が必要だ。部下共々必ず生き残ってくれ」

 ジェーオ中佐がポンとジェルゼレズ中尉の肩を叩く。ジェルゼレズ中尉は背筋を伸ばし踵を鳴らして最敬礼で「了解しました」と答えた。



 ラードゥガで一人、ゲリラ部隊の指揮官を追っていた高鷲は選択を迫られていた。ゲリラ部隊の指揮官を含めたチームは町の奥へ奥へと進んでいるため、これ以上の追跡する事はリスクを増やすだけだった。
 ここで強襲をかけるか、離脱して本隊との合流を目指すかで迷っていた。いつもならコンビを組む最先任の土岐が判断するが、今は自分一人しかいない。

「やるしかないか・・・」

 高鷲はそう決断すると肩に掛けていたAKSライフルを外し、襲撃ポイントを慎重に選んだ。なるべく敵の逃げ場が無い場所で攻撃するのがベストだった。
 敵集団が十字路を過ぎた瞬間、高鷲は背後からAKSライフルのマガジン一本分の銃弾を浴びせた。それだけで4、5人を射殺した。敵がバラバラに逃げ出し始める。
 高鷲は路地裏に回り込むと、アースを伝って民家の屋根に上がりR93LSR2狙撃銃を構えた。

「一人見っけ、二人見っけ・・・」

 その場から見えるだけで3人の兵士がいた。高鷲はまず背中に無線機を背負っている兵士の頭部に一発お見舞いした。後頭部が弾け、走っていた兵士の体から力が無くなり派手に転んだ。残りの二人も始末したところで煙幕手榴弾が投げられ辺りに濃い靄がかかった。
 高鷲は屋根を降りると、無線機を背負った兵士に駆け寄った。視界はほとんど無い。
 突然、手にナイフを握った男が「うぉー!」と叫びながら飛び出してきた。さっき見た隊長格の兵士だった。
 高鷲はR93LSR2狙撃銃の銃床で、そのナイフを払いのけ反動で後ずさりして間合いを取った。
 今度は高鷲もバヨネットを取った。この至近距離では長身の狙撃銃などあまり役にはたたない。次々と突き出されるナイフをかわしながら、チャンスを狙った。繰り出されたナイフがバヨネットの腹にあたって弾け、相手の体重移動にスキができた。次の瞬間、高鷲はバヨネットを相手の顔めがけ振り下ろした。
 だが、浅かった。ナイフは兵士の右目を掠め向こう傷をつくり、致命傷には至らなかった。それでも右目の視力は完全に奪った。
 止めを刺そうとしたところで銃弾が足元をはね、慌てて飛び退く。敵の援軍がやってきたらしい。煙幕も晴れてきて、これ以上敵を相手にする事は賢明ではない。高鷲は無線機を奪うとすぐにその場を逃げ去った。



 村上機甲部隊長率いる別働隊はラードゥガへ続く山道から、数キロ入った森林地帯に布陣していた。布陣した場所の前はそこだけぽっかり開いた草地になっており、敵が前進するにはその草地を突破するしかないはずだった。

「村上ニ佐、歩兵を下ろすか?」

 普通科部隊を率いる坂祝ニ佐が無線で尋ねる。

「後ろでいいぞ、下手の前にこられるとひき潰すかもしれん」
「わかった。側面から来るやつを任せてくれ」

 8両の96式装甲車から普通科部隊員が飛び出した。

「ここを突破されたら後ろは山道に展開する第二FV中隊の89式装甲車だけになる。なんとしても死守してくれよ」
「そう思ったらまともな火力支援をよこせ」



 ジェーオ中佐は偵察と敵戦力漸減のため、愛銃のドラグノフSDV狙撃銃を担ぎ草地を前進していた。ジェルゼレズ戦車中隊のネーベン曹長が赤外線探知機能付き双眼鏡を持って後ろを続いていた。ネーベン曹長はさきの奇襲で戦車を失って手持ち無沙汰になっていたところで、ジェーオ中佐が観測員を探していると聞いたジェルゼレズ中尉が推薦してジェーオ中佐の狙撃手付き観測員になっていた。

「ネーベン曹長、大丈夫かね」

 ジェーオ中佐は少し遅れてついてくるネーベン曹長に問い掛けた。

「ええ、しかしこう動き回っても大丈夫なんでしょうか」
「今回は敵から1キロ以下に近づかないから、そんなに恐れなくていい」
「はぁ、先ほどからその中佐殿の隊員が見当たらないのでありますが」
「これでも特殊部隊だ。味方だろうと不用意に姿は晒さないよ」

 ジェーオ中佐は草地の丘で歩を止めた。

「君は敵の戦力をどれほどと推測するかね?」
「そうですね。敵戦車が一個小隊だとすると、歩兵は二個小隊ほどでしょうか。歩兵装甲車は一個小隊につき4両ほどだと思われます」
「ベターな答えだが、正解だろう。ではどれほどの戦力を漸減すれば良いか?」
「それは敵の指揮官によってわかれます」
「うむ、よろしい」

 ジェーオ中佐はその場に銃を置いて、石を集めて銃座を造ると射撃姿勢をとった。すぐ隣でネーベン曹長が双眼鏡を構える。日本軍まで一キロ以上距離があった。

「歩兵が展開しています。対戦車ミサイルを持ってますね。あれは厄介ですよ、我々の使うミサイルと違って照準ユニットと発射ユニットが分かれるんです。何処から狙っているかわからない」
「なら先に黙ってもらおう」

 ジェーオ中佐は銃口を僅かに動かして狙いを定め引き金を引いた。かまど状の銃座がマズルフラッシュをほとんど消していた。7.62X54ミリR弾が日本兵の膝を貫いた。間髪を開けず2発目、3発目と次々狙い撃った。
 自衛隊側は一瞬でパニックに陥った。僅か短時間で4人の普通科隊員がやられた。幸いまだ死者はいなかったが、全員腰から下を撃ち抜かれ後送は間違い無かった。

「とにかく全員、体を1センチでも低くしろ!」

 坂祝ニ佐が無線機に向かって叫び散らしていた。

「いきなり狙撃兵を送り出してくるとは・・・地上監視レーダーは動いてないのか!」
「だめです、反応無し。敵が少数の歩兵だとすると1キロ以上のアウトレンジからです」
「坂祝、落ち着け!。指揮官が浮き足立ってどうする」

 村上が横から割ってはいった。

「機甲部隊は援護してくれ、89式で出て敵の潜んでいる場所はつきとめる」
「無茶するな。戦車が出てきたら、この距離では89式の重MATより戦車砲のほうが有効だ」

 坂祝はかまわず89式戦闘装甲車を出させた。草地に出た瞬間、銃撃が襲い掛かった。

「正面・・・、いや1時の方向」

 砲手のアッキーが報告した。

「35ミリの扇状射撃で叩けないか」
「稜線すれすれですよ」
「やってみろ」

 装甲車が出てくるとジェーオ中佐は装甲を知るため2、3発撃ってすぐ稜線の反対側へ逃げた。

「タイプ89FVだ。スイス製の強力な機関砲と自国生産の対戦車ミサイルを搭載している」

 35ミリ機関砲が火を吹き、頭上を砲弾が舐めるように飛んできた。ネーベン曹長が「ひぇー!」と素っ頓狂な声を上げた。
 掃射に晒された辺りは、まるで草刈機が通ったようにブッシュが刈り取られていた。

「ひきますか?」
「大丈夫、装甲車ぐらいなら戦いようがある」
 ジェーオ中佐はドラグノフSDV狙撃銃を構え、89式戦闘装甲車の砲塔両サイドの取りつけられた装甲ボックスを狙った。
 相手の意図に気付いた北濃車長はすぐさま右サイドの79式対舟艇対戦車誘導弾を目標も無く発射した。

「くそ、重MATのランチャーを狙い撃ってきやがった。奴は装甲車とでも戦る気だぞ」
「隊長、次はどうします?」
「また、誘き出そう。坂祝二佐、後方の普通科に96式グレネードで支援を要請してください。目標1時方向、距離1000プラス!」

 後方の96式擲弾投射器陣地から40ミリ榴弾が降り注ぎ、ポツポツとキノコ雲をつくった。

「やったか!?」

 答えは89式装甲車の車長用ペリスコープが撃ち抜かれることで知った。

「くそっ、目潰しだ。スモーク!」

 スモークが放たれ視界が遮られる寸前、今度は砲手用ペリスコープがやられた。

「こっちもダメです」
「仕方ない、煙幕を利用して後退する。坂祝二佐いいですね?」
「わかった。よく頭が冷えた。あとは戦車に任せるとしよう」

 装甲車が下がると一枚岩の影に隠れていたジェーオ中佐はジェルゼレズ戦車中隊を呼んだ。向こうも次は戦車を繰り出してくるだろう。
 自分はそれをちょっと応援してやるつもりだった。


 ジェルゼレズ中尉はジェーオ中佐から敵戦車部隊の動きを聞くと部隊を小隊ごとにV字に分け、自分は第三小隊を連れて左翼側を前進していた。起伏が激しく立林で視界が制限されている。おそらく敵部隊とは1500メートル前後での戦闘を予測していた。

「ヴィシェグラードの時みたいにいきますかね?」
「それは無理だろうな」

 ロビンスキー操縦手が問いにジェルゼレズ中尉はあっさり答えた。

「嘘でも出来ると言ってくださいよ」
「嘘をついても無理は無理だ。慎重に1両ずつ仕留めよう」 

 ジェルゼレズ中尉は部隊を一時停止させると自分だけ進んで、なだらかな丘の影から砲塔だけ出して前方を眺めた。

「向こうは確か戦場監視レーダーとかいう奴を持ち込んでいたよな」
「あの無鉄砲な中佐さんの話ではそうでしたね」

 モーリッチ砲手が答えた。

「こっちの動きは丸見えか・・・」

 無線機がガリガリ鳴ってジェーオ中佐が呼びかけた。

「ジェルゼレズ中尉、戦車が動くぞ。二股になった木が見えるか? その辺りからだ」
「ハイ、見えます。中佐」
「これから敵レーダーを破壊する。じぁな」

 無線が切られるとモーリッチ砲手が「じぁ、我々も行きますか」と声を掛けた。

「よし、第一、第三小隊前進! 第二小隊は援護!」

 ジェルゼレズ中尉が突撃を開始すると、村上隊長率いる機甲小隊はすぐさま応戦体制を取った。

「前方台上、敵戦車、撃て!」

 だがこちらの戦車砲が火を吹く前に敵戦車の前方で爆発が起こり、敵戦車が煙の中に消えた。

「なに!?」
「別方向から発射光! 煙幕弾です」
「チッ! 次弾、敵行動を予測して撃て! レーダーはどうした!?」
「ダメです。メカニカル部分を狙撃され機能停止しました」

 ジェルゼレズ中尉は自衛隊の初弾が以外と近くに着弾した事に驚いていた。

「全車停止、援護しろ。ロビンスキー思いっきり吹かせ、モーリッチ走行間射撃だ!」

 煙幕から抜けると、ポッと戦車砲とは違う光が瞬いた。

「ミサイル!」

 89式戦闘装甲車の北濃が、砲塔左サイドのもう一基の79式対舟艇対戦車誘導弾を発射したのだ。

「中尉、そいつは有線だ。発射基を撃て!」

 無線からジェーオ中佐が叫んだ。79式対舟艇対戦車誘導弾の飛翔速度は秒速200メートル、1500メートル飛ぶのに7秒以上かかる。戦場では短いようで恐ろしくも長い時間だった。

「目標、見えませんよ!」 

 モーリッチが叫んだ。

「飛んできた方向でいい。撃て!」

 戦車砲を放ったが、手応えがない。ミサイルはぐんぐん向かってきた。

「次弾榴弾装填!」

 M-84戦車が搭載するカセトカ自動装填装置は4秒で次弾を装填する。次がラストチャンスだ。

「撃てッ!」

 二発目の榴弾は89式戦闘装甲車の前方で炸裂し、79式対舟艇対戦車誘導弾の光ファイバー・ケーブルを切断した。ジェルゼレズ中尉の目の前に迫っていた対戦車ミサイルは間一髪のところで照準を失って地面に激突した。
 ジェルゼレズ中尉は息つく暇無く、すぐさま丘の影に戦車を隠した。まだ、緒戦だ。無理に突撃を掛けるほどでは無いのだ。



 村上隊長は始終を見ながら、「奴だな・・・」と呟いた。

「全車に告ぐ、敵は高地で俺達に一泡食わせた奴らだ。90式よりスペックが低いからと舐めるな。戦車の戦力は乗り手と指揮官で決まる。肝に命じておけ」

 戦車塹壕を掘る時間は無かったが、4両とも伏撃にベストな地形に配置しているつもりだった。これ以上敵が前進するのならば撃破できる。
 だが、村上はあの戦車が指揮官なら、攻勢において犠牲を払うつもりがあるのだろうか疑問だった。
 ジェーオ中佐は後方にジェルゼレズ中尉の戦車を認めると、後方に下げていた自分の部下に戦車の位置まで前進を命じた。

「RPGを持っているが、最近の戦車には効かんようでな。君ならどう攻める?」

 ネーベン曹長は困った顔をしながら「それは士官の仕事ですよ」と答えた。

「まぁ、意見を聞かせてくれ」
「迫撃砲か自走砲で援護しつつ突撃がセオリーでしょう」
「君の指揮官は、どうもそのような考えではないようだがね」
「隊長は1両ずつ確実に潰す気でいますよ。慎重にね。敵戦車さえいなければ、装甲車程度の敵はこちらの戦車でいくらでも押し潰せます。しかし、我が方の自走砲部隊は何処にいるんです? さっきから長射砲は敵部隊だけの気がしますが」

 最後の部分はネーベン曹長が不機嫌そうな顔だった。戦闘が始まってから、まだ一度も自走砲部隊の制圧射撃が行われていない。

「ああ、それは聞かないでくれ。日本軍に一泡ふかすため、不意打ちを食らわそうと行動中だ。まぁ、そのおかげで正面部隊の犠牲が増えているのは認めざるをえないがね」

 ジェーオ中佐はちらりと腕時計を見た。カタストロフへのタイムリミットが迫っていた。
 一方の ジェルゼレズ中尉はジェーオ中佐から渡された地図を睨みながら、味方戦車が互いを援護する陣形を整えた。突撃はともかく、戦場を膠着化するのはあまり良い判断では無いなと思っていた。本当はヴィシェグラードの時の様に敵を誘い込んで撃破したいところだったが、今度の敵にはどうもその戦術は効果が無いらしい。
 ジェーオ中佐から地図と一緒に渡された無線機のスイッチを入れ中佐を呼んでみた。

「中佐、ジェルゼレズです。聞こえますか?」

 応答はすぐに返ってきた。

「ああ、聞こえるぞ」
「敵戦車を1両ずつ潰していきます。位置を把握している車両はありますか?」
「二両わかっている。残り二両はその後ろで援護だろう」
 ジェルゼレズ中尉はその二両の敵戦車の位置を地図に書き、スコープでその位置を確かめた。1両は稜線の影に完全に隠れていたが、もう1両はなだらかな丘を盾に身を潜めているという感じだった。
「まずはコイツからだな・・・」
「でも姿が見えませんよ」
「大丈夫、力技だが考えがある」

 ジェルゼレズ中尉はそう断言すると、敵に悟られない様に部隊に移動を命じた。



 ラードゥガでは麓から89式戦闘装甲車が上がって来ると第ニ普通中隊第一小隊の鹿間小隊長が、搭乗員を選抜し89式戦闘装甲車に乗り込もうとしたが、89式戦闘装甲車は停止せずそのまま自衛隊側の陣地から出ようとした。
 仰々しい迷彩色のフード付きマスクが車長ハッチから顔を出し、鹿間に対して軽く敬礼すると、すぐに引っ込んで装甲車を発進させた。

「・・・さっきの三佐の部下ですかね?」
「そうだと思うけど・・・、いまの装備は化学科のものだった気がするぞ」

 機動化学科中隊化学科小隊の藤橋一尉は7ヵ所ある89式戦闘装甲車のガンポートに部下を付かせ、そのまま装甲車を突っ込ませた。

「俺達の本分は先行の空挺と合流する事だ。全員、無駄撃ちに注意しろよ!」

 自衛隊側の陣地を出ると、すぐに四方から銃弾が浴びせられた。

「機関砲でなぎ払え!!」

 89式装甲車の35ミリ機関砲が正面の敵陣地を吹き飛ばした。
 車体が陣地の残骸に乗り上がりジャンプする。敵は正面からは消えたが、すぐに学習し路地から回り込んで攻撃してきた。後ろの兵員室では89式小銃だけでなくミニミ軽機関銃まで持ち出して応戦していた。

「きりがないぞ。おい、後ろに残した奴らにMAGICで援護させろ!」
「ガスですか!?」
「空中起爆信管のやつだぞ。砲座の最先任は誰だっけ?」
「伊藤さんですよ」
「全員マスクチェック! ガスの中を突っ切るぞ」

 89式戦闘装甲車の乗員は彼の部下の化学科部隊で、スクリュードライバー制圧ガスを至近距離で使うために全員に化学防護服を着せてきた。これは住民の避難誘導さいに威圧効果も高いので意外と役に立った。
 藤橋はハッチを少し上げ、広域回線とリンクした火線視認装置を起動した。後方隊のMAGICから迫撃砲独特の急カーブを描いた予測ラインが頭上に現れる。真後ろに砲座があるので誤差は少なかった。

「伊藤。右に5、そこから30前だ」
「了解、中隊長によろしく」

 60ミリ迫撃砲弾が放たれ、装甲車の前方で空中爆発した。試弾無しで効果弾が撃てるのが、この新型両用砲の魅力だった。藤橋は靄の中に車両を突っ込ませた。車内にもうっすらした靄がかかる。

「気分の悪くなった奴は報告しろ、解毒アンプルがある。ただし、うちの小隊からは放り出すぞ」

 空挺が入っている保養所につくと、藤橋は装甲車の警備を置き、残りをつれてヘッドクォーターの置かれた2階へ駆け込んだ。

「さっきの爆発はあんたかい?」

 第一空挺小隊長の川島一尉が机に置かれた市外図が目を離して藤橋のほうを見た。

「敵の攻撃が以外と激しいな、後退しているって聞いたぞ?」
「伏兵というより、物好きが残っているという感じだ。普通科隊の連中は迂闊に前進できない」
「連隊は高地がかたついたら戦力を増強して押し返すつもりだ。中隊長はどうした?」
「うちの若いのと、どっかから拾ってきたツッパリをつれて出ていった。行方不明者の捜索だそうだ」
「ツッパリ? いつの言葉だよ」
「ツッパリは無いでしょう。前田はうちのエースなんですから」

 邪魔になら無い様、隅っこでおとなしくしていた森茂が言った。

「どう見たってついこの前までバリバリ夜露死苦やってましたって感じだぞ。あいつ」
「なんかよくわからないが、隊長の好きそうな奴なんだな。まったくそういうのばかり拾ってくる・・・」
「ま、そうだ。あいつと入れ換えさせるか・・・」

 最後の言葉は舌打ちしながら言った。

「今ごろ化学屋が何しにきたいだい?」
「援軍に決まってるだろ」
「にしちゃ、随分遅くないか?」
「麓で住民の避難に当たってた。おかげで予定より早くすんだよ。89式をかっぱらって来た」
「そりゃ、頼もしいこって」

 川島は地図に視線を戻した。敵の前線は後退しているがあちこちに兵が残っていて、片時も油断は出来なかった。 市街戦はジャングルと双璧する兎にも角にも厄介な戦場だった。



 部隊の配置を終えたジェルゼレズ中尉は敵の注意がそれるきっかけを待っていた。このまま作戦を強行してもよかったが、チャンスがあればそれだけ成功確率が高くなる。

「やっぱり中佐さんには悪いけど、もう一度支援を要請します?」

 モーリッチ砲手が尋ねた。

「迫撃砲の一発でもあればなぁ、ほんの一瞬でいいんだよな・・・」
「無いものねだりしてもしょうがないでしょう。あの人、前にいるのが好きみたいだし」
「仕方ない。胸借りるか」

 ジェルゼレズ中尉はしぶしぶ無線機を取った。

「ジェーオ中佐、陽動をお願いできますか?」
「陽動? そう言うのは自分の部隊内でやるものじゃないか?」
「この作戦には中隊の全火力が必要です。一両も外せません」
「何をすればいい?」
「敵の注意をそらしてください。ほんの一瞬で結構です」
「そりゃまた、随分な支援要請だな」
「おねがいします」
「待て、もうすぐ時間だ」
「なんの事です?」

 ジェーオ中佐が少し口ごもった。

「・・・第152砲兵大隊がラードゥガを砲撃する」
「な!?」

 ジェルゼレズ中尉が絶句する。

「師団長は正気ですか!? 第3者の犠牲が出る事を何より嫌う人が、よりによって市街地へ榴弾砲撃なんて!」
「落ち着け、住民の避難は日本軍がおこなった。我々が確認している。いまは日本軍と我が軍の兵士しかいない。極めて戦術的な行動だ」

「そういう問題じゃない!」と言いたい事は山ほどあるが、ジェルゼレズ中尉は奥歯を噛んで堪えた。

「・・・わかりました。我々は兵隊です、命令一つで動く。引き続き待機します。以上」

 ジェルゼレズは無線を切るとそれを握り締め、装甲板を殴った。
 どんな理由にせよ、許されざる事だ。ひどく裏切られた気分だった。





最終更新:2007年10月30日 23:36