第二十三幕 侵攻開始
『ザー…ザザッ……に移動中の敵を確認。重装騎兵、軽装騎兵など多数。歩兵は若干名を確認。第三戦車中隊は至急急行の後、これを殲滅されたし』
『了解。第三中隊全軍突撃!』
無線からの報告を受けると、キュラキュラと履帯の音を鳴らしながら、指示された現場に急行する。
既に辺りでは砲撃音が五月蝿く鳴り響いてもいるため、履帯の音や戦車のエンジン音はあまり気にならない。ただ、森の中を進むのは戦車では辛いところだ。まぁ、そんなに深くはないのでなんとかなるが。
周囲を警戒しつつ、そのまま先を進んでいくと報告どおりに敵を発見する。
――その瞬間ニヤリと笑う。
敵もこちらに気が付いたらしく、慌てた様子で馬の向きを変えようとしたり、歩兵は剣を構えたりする。だが、もう遅い。
哀れな彼等に容赦なく機銃を掃射し、その身体をズタズタに引き裂く。
強固な壁も鎧もなければ、自分たちに痛烈な打撃を与える武器も無い。彼らは戦う前から負けているのだ。
この戦車の攻撃を防ぐ事も、この戦車を撃破する事も出来ないのが敵。哀れとしか言いようがあるまい。
だが――
顔を途端に引き締める。
だが、こいつらは貴族なのだ。殺されて当然の生物なのだ。それだけの事をしてきたのだから……。
でなければ、自分たちがまた虐げられる。殺される。そんなのは嫌だ。だから――
だから、全員殺してやるのだ。
ベルンネスト王国 セレビアの森
第一機甲軍団 第一機甲師団
一式指揮車両内部
「第二機甲師団は森林地帯突破後、予定通り速やかに敵の都市部へ急行し、解放せよ。第三機甲師団は敵野戦戦力の駆逐を継続して行うように。第四機甲師団は予備戦力として引き続き待機」
無線機に向かって流れるような口調で命令を伝達する紫芝。
ただ、その表情は何処か不満そうで、何か物足りないと言っている様だった。
紫芝はそのまま幾つか命令を出した後で無線機を所定の位置に戻し、溜息をつく。酷くつまらなさそうに。
「異世界人でも人は人、十分に戦えますね」
「ああ……そうだな」
拗ねてますね、この人は。
ちょっとした会話だけで桐山は簡単にそう察した。伊達に長い付き合いではないのだ。それくらいすぐに分かる。
だが、一体何に対して拗ねているのか? その解答もまた簡単なものだ。
敵の抵抗が弱すぎて闘争の空気を思う存分味わえていないのだ。むしろ、逆に興醒めしている様な気分だろう。我らが大将閣下にとっては。
「相手は小国です。あまり闘争を期待なさらない方が宜しいでしょう」
「……分かるか?」
チラッとこちらを見てくる。
それに無言で頷くと言葉を続ける。
「ザーブゼネ王国の時とは違います。あの国は大国でしたからあの数を用意できたのです。今回の敵は小国ばかりで、軍事制度も低レベル極まります。はっきり言うなら……お話になりません」
「騎士制と傭兵制の併用だからな。他国に攻め入る、または他国からの侵攻を防衛するのに、王は地方の豪族に号令をかけて兵、もしくは財貨を差し出させる。そして、その兵を集中させて軍事行動を取る、財貨は物資の入手や傭兵を雇うのに使う。即応性に欠ける上、兵力の集中運用に時間が掛かる。さらに地域ごとに訓練方法が違うため、纏まった行動を取り辛い。全くもって非効率極まる制度だな……フン」
「まぁ、深くは考えない方が宜しいでしょう。それに防衛する時には地方の領主に篭城させてその時間を稼がせるというのが抜けてますよ」
「それこそ愚行よ。我々の進軍は疾風怒濤。篭城させる時間など与えないし、与えるつもりもない。仮に篭城されたとて問題にもならん。幾らでも手のうちようはあるからな」
それにしてもこれほどつまらん戦争は初めてだよ、と紫芝は続ける。相手が弱体なだけでなく、自分達の戦力が過大でもある結果なのだが。
自軍の指揮官は優秀で兵力も多く、質も高い。対する相手は、指揮官は平凡的であると予測され、兵力も少なく、質も微妙。
これでどう戦いがいのある戦争を期待できるというのか。
「……まぁ、兎に角だ。早急に南方諸国を取り込み、我が国の富国強兵政策をより推し進めるのが先決だろうよ」
一呼吸の間を置いてそう告げる。不満そうなのは変わりないが。
「そうですね。いずれ閣下が気に入る強敵とも戦う時が来るでしょう。その時までの御辛抱という事で」
「臥薪嘗胆の思いで待とう。ただ、その時に私が現場に出られるかどうかが問題だがね」
紫芝は桐山の顔を見ると同時に苦笑する。
さて、また次の機会を待つとしようか。時間は無限にあるのだから。
『全車突撃ッ! 一人残らず逃がすなッ!!』
中隊長の命令に中隊全ての戦車が続く。
機関銃の弾雨と、T-34の主砲である76.2mm戦車砲から放たれる榴弾が逃げ惑う敵兵の身体を木っ端微塵に変える。
敵は悲鳴を上げ、助命を請う。
だけど、我々はそれを聞き入れる事無く、蜂の巣にしてやる。それはとてもとても無様な死に様だった。
楽しかった。
敵は一目散に逃げ惑う。
だけど、我々は砲塔をそいつらに向け、滅びの一弾を放つ。四肢がバラバラに舞い上がり、彼らはグシャグシャの肉塊になった。
楽しかった。
敵は無謀にもこちらに捨て身になって襲い掛かる。
だけど、戦車の装甲は剣を徹さず、騎馬の槍も意味をなさなかった。例によって、榴弾と機関銃による鉄風に呑み込まれ、臓物をぶちまける。
楽しかった。
敵は――……
気が付いたら、眼前に敵は無くなっており、そこには物言わぬ屍が転がっているだけだった。
中隊長とその仲間たちはその敵の成れの果てを見てニヤリと哂う。
これが力だ! 我々の力だ! この世界の神として御降臨された皇帝陛下から賜った絶対なる力だッ!!
見たか、思い知ったか蛆虫ども! 唯一、我らが皇帝陛下こそがこの世界を支配するに相応しいのだッ!! 故に貴様らの存在など消してやる、葬ってやる、欠片も残さぬ!
しばらくすると酷く乾いた哂い声が戦場に響き渡る。
それはさながら、戦争のための一種の賛美歌にも聞こえた。
ベルンネスト王国 都市アイゼル近郊
第一機甲軍団 第二機甲師団
一式指揮車両内部
「進軍は順調だな?」
「ハッ、先遣隊は既にアイゼルに入っております。敵の抵抗も弱く、制圧も時間の問題でしょう」
「ふむ。結構」
ケラーネはウンウンと何回か頷く。
時間通りに作戦が進行しており、現在まで全てが思うがままに進んでいる。
この調子であるならば、一月一国という無謀とも思える侵攻ペースを貫徹できるだろう。
「それともう一度確認するが、アイゼルの被支配階級の者たちは商人を通じて事前に伝えていた通り自分達の家から出ていないな?」
ケラーネが眉を寄せて問う。現在ケラーネを初めとして帝國軍が最も気にしていることだ。
敵は容易く捻り潰せる。だが、解放する被支配階級の者たちがそれによって調子に乗り、暴徒化することは絶対に避けねばならない。それによる問題はとても大きいのだから。
支配階級の人間は基本的にはその大部分が皆殺し確定だが、婦女子及び子供は保護しなければならないのだ。民衆が暴徒化した場合、真っ先にその矛先が向く対象だ。
帝國男子たるものは紳士でなくてはならない。女性に優しく、弱気を助け、悪を挫く。それが我々の信念であり誇りだ。
それを徹すためにも暴徒化を事前に阻止し、速やかに保護対象を確保しなければならない。
「今の所は……。まぁ、好き好んで死にたがる者はいませんでしょう。『戦闘に巻き込まれる危険性が高いため、絶対に家から出るな』というのが伝えた内容ですから」
そう、被支配階級の者たちを外に出さないための説得力のある口実がそれだ。
実際に危険なのだから、これ以上の説得力のある口実はない。
「たとえ戦闘が終了していても、保護すべき対象を全て確保するまでは家から出させるなよ――それと、他の師団の動きはどうか?」
「はっ、第四機甲師団は相変わらず緊急時の予備戦力として待機。第一機甲師団と第三機甲師団は僅かな抵抗しか出来ない哀れな敵と交戦中です」
「ふむ、これと言って何も問題はないな。むしろ、無さ過ぎてつまらんが」
「その御言葉は軍団長殿が仰りそうな事ですね。まぁ、それは兎も角として今はただ進むのみです」
「だな」
ケラーネは、ふっと笑うと顔を上に向けて天井を見上げる。
しかし、指揮車内の天井を見ているわけではない。ケラーネはその向こう側にある空、天の頂上を見ているのだ。
自分はもっと高みへ行くのだ。もっと、もっと……普通のものでは届かぬ境地へ。
ケラーネは自分の右腕を天に突き出し、開いていた手を握りこむ。
その動作にどんな意味があるのかは、本人にしかわからない事であった。
最終更新:2007年10月31日 00:15