第二十四幕 絶対無敵の帝國軍
ベルンネスト王国
王都ロバールブルグ
「ええいッ! 一体どうなっておるのだ?!」
ドンッ、と玉座に座っている白髪の老人が苛立ちを抑えきれぬと言わんばかりに手摺を叩く。
この老人こそがベルンネスト王国の現在の国王、君主だ。そして、現状では彼が苛立つのも無理は無かった。
既に敵国、インビンシブル大帝國の軍勢が国内の奥深くまで入り込み、盛大に暴れているのだ。
地方の領主たちがそれぞれ自慢の手勢で対抗するもあまりにも兵力が少なく、しかもバラバラに戦うものだから戦力の逐次投入になっている有様だった。
「は、はっ、もうしばらくお待ちを……直に連絡があるはずでございます故……」
「もうよい! そんなものどうせ何の役にも立たぬであろうがッ!」
ギリギリと歯軋りをさせ、憤怒の表情でその怒りをぶちまけ続ける。
クソッ! 二十年もの間何もせなんだと思ったらいきなり攻撃だと? ふざけおってッ!
忌々しい思いでインビンシブル大帝國のある北の方角に顔を向けて睨みつける。
「伝令! 伝令!」
とその時、慌しく玉座の間に入ってくる兵士が一人。
「ギュール公、アイッハ伯、御両名とも戦死! 敵はもう王都のすぐそこまで迫ってきているものと思われます!」
この伝令の報告に皆一様に息を呑む。
特に老いた国王はワナワナと肩を震わせて信じられないといった様子だった。
何度か口を開いたり、閉じたりしてようやく言葉を発する。
「ば、ばば、馬鹿なッ?! ギュール公は我が国一の名将だぞ! それにアイッハ伯とて武勇に優れた将だ! それがそうも容易く……そ、それに王都のすぐ近くに敵などありえんだろう?! 進軍速度があまりにも速すぎるではないか!」
この大陸では魔法歩兵が主体となって戦うのが基本であり、機動力の高い騎兵は絶対的に少数となる。
通常、歩兵の進軍速度は時速4km。半日を行軍に使うとしても48kmまでしか移動できない。
騎兵の場合は時速40kmから50km、場合によっては60km程度だろう。これなら、半日も行軍に使えば、まず歩兵の十倍以上の移動距離が稼げる。
しかし、馬は生き物であるため当然疲れもするし、腹も減る。そして、騎兵は維持・購入のための費用がかなり高くなるので少数にならざるを得ない。その点の問題が一番の難題だろう。
ベルンネスト王国国王はその事から進軍速度が速すぎると言っているのだ。
高価な騎兵を数多く揃えれるはずが無い。だが、敵の進軍速度は騎兵のそれだ。一体どうなっているのか。
国王の脳内は焦りと混乱で一杯だった。
知っての通り大帝國の軍勢は騎兵が主体でこの速さというわけではない。徹底した機械化による進軍速度だ。
歩兵は装甲兵員輸送車に搭乗したり、戦車に跨乗したりする事で圧倒的速度で移動する。
生き物ではないから、疲れないし、腹も減らない。ただ、整備は欠かさずやるべきだが。
あと、大量生産による低価格化で量産体制も万全、それを扱う兵士たちも厳しい訓練によって鉄の規律の軍隊の一員となっている。既に物量と質の両立を達成しているのだ。
それらによって、敵の戦力の分析結果から考えて、九十九%の確率で負ける事は無い。これぞ完全無欠、絶対無敵の帝國軍。伊達に多大な時間を消費してはいない。
「国王陛下ッ!」
脇に控えていた重臣の一人が息を荒げて飛び出してくる。
モミアゲと顎鬚が繋がってモジャモジャした顔の男だ。その容姿から受ける印象は、さながら猛牛のようである。
「是非、私めに兵をお預けくださいませッ! 必ずや敵を粉砕して見せましょうぞッ!」
グッ、と拳を力一杯握りこんで胸に当てる。
自信満々の発言だが、国王は首を横に振る。
「ダメだ! 王都の守備が手薄になる! それだけは絶対に避けねばならぬ!」
「篭城では勝機はありませんぞッ!」
この言葉にギリッと国王は歯を噛み締め、叫ぶ。
「黙れ、黙れ、黙れええぇぇッ!! 一臣下の分際で偉そうな口を利くではないわッ! 君主はこのワシぞッ! ワシこそがこの国の支配者ぞッ!」
国王は玉座から立ち上がって、ところ構わず当り散らし始める。
近くにある壷を壊し、カーテンを引き裂く。その様子を慌ててオロオロしながらも止める事が出来ない臣下一同。
国王に進言した猛牛のような男は落胆と失望の色を露にしていた。
そのまま幾つもの贅沢品を破壊した国王は周囲の人間を無視しながらテラスへと出た。
そして、夏の暑い風が吹きつける中、苦々しい思いで天に向かって腹の底から憎しみの声を絞り出す。
「このままでは……このままでは終わらぬぞッ! ワシは国王なのだ! この国の支配者なのだ! この世を手にする選ばれし者なのだッ!!」
その声が響くと同時に――国王の上半身は粉々に吹き飛ばされた。
王都ロバールブルグより北西へ4km
33式無音大型輸送ヘリコプター
『こちらアサシン・ワン。目標の狙撃に成功した、これより緊急離脱に入る』
『了解。困難な任務御苦労だった、大尉。無事帰還の暁には貴官の昇進と上等な酒で迎えよう』
『了解した。なんとしてでも帰還する。あと、何か摘まみも用意してくれていると有り難い。以上で通信を終わる』
全く音を立てずに静かにその場を離れるヘリが一機。
そのヘリの左側には常軌を逸した様な大きさのスナイパーライフルが突き出すように存在した。
その名は、40mm超長距離対物スナイパーライフル『大虎』。巨大な虎が壁を突き破っていったかのような大穴を空けることからそう呼ばれている。
「……ふぅ」
大尉と呼ばれた男は顔全体を覆うヘルメットを脱ぎ去り、自分の胸ポケットからタバコとライターを取り出して一服する。
仕事のあとのこの瞬間が一番落ち着くのかもしれない。
今回のターゲットは敵国の国王だった。
スナイパーである自分はじっと機会を窺い、不用心にも見晴らしのいいテラスに来たところをスナイピングした。
結果は勿論の事大成功。今現在は高速で近隣区域から離脱している真っ最中だ。
「大尉殿、御疲れ様です」
「いや、別に大した事ではないよ、曹長」
同乗している曹長に軽く返事を返す。
「いえいえ、大尉殿の見事な狙撃の腕前……自分は感服いたしました!」
若干大袈裟なリアクションをする曹長に苦笑する。
あそこまで超長距離で正確な射撃が出来たのは何も自分の技術だけではない。
先程まで被っていたヘルメットや今現在も着ている装甲強化服などのサポートがあってこそだ。
ヘルメットは風力、風向きを始めとして様々な情報を自分に教えてくれる。勿論、望遠鏡のような機能も付いている。
装甲強化服はスナイパーライフルの尋常ではない衝撃を受け止めてくれる。尤も、改造された身であるため、別に無くともよかったわけだが……まぁ、あればその分楽であるし、いちいち鬼人化などしたくはない。
口から煙を吐き出しながら、ヘリの窓から外を眺める。
自然に満ちた緑、緑、緑……なぜだかこの世界はやたらと自然に溢れている。
草原や森なんてよく見かける、そこら辺を少し歩くだけで。そして、逆に砂漠などは全く見た事が無いのだ。
北部の地域だからかもしれないが、それでも少しおかしいだろう。
これも魔法が関係しているのだろうか? まだまだ未知の部分が多くてなんとも言えないが。
「大尉殿、もうすぐ目的地に到着します」
隣にいる曹長がそう言ってくる。
さて……到着か。これで自分は少佐になり、旨い酒も楽しめる。
次の任務までの一時の休息。存分に味わおう。
飛鳥島 地下兵器研究所
科学技術総監執務室
「馬鹿じゃないの? ねぇ、馬鹿じゃないの? この紙束の量はさ?」
いつに無く刺々しい言葉を飛ばす氷室。
その眼前には、ドドンッという効果音が付きそうなくらいの量の書類が静かにプレッシャーを放っていた。
「仕方ありません。仕事量に応じてこういうものは増えるものですから」
大林は少しばかり目を逸らして答える。
自分でも流石に多すぎるだろうと思っているのだ。目も逸らしたくなる。
そんな大林を氷室はじ~っと見ていたが、急に紙束にその視線を向けた。
すると、一言だけ呟く。問題発言を。
「やだ」
「……はっ? 今、なんと……?」
思わず聞き返す。よく聞こえなかったというのもあるが、ちょっといつもと様子が違ったので、そこを心配しての事だった。
だが、それが起爆剤となったのか思いっきり厄介な事態になった。
「やだって言ったの! やだやだやだやだやだ! こんなの僕の仕事じゃないッ!」
「ちょ、そ、総監ッ?! お、落ち着いてください!?」
我侭サイエンティスト、降臨。
完全に駄々っ子と化した氷室に大いに焦る大林。
一般の大人がやるとそれはそれは気持ちが悪いものだが、氷室は声・容姿ともに女性そのものだし、それも容姿は中学生程度にしか見えないため、気持ち悪いどころかなんだかアレな気分にさせられる。しかも、顔立ちも良かったりするから、なおアレだ。
ちなみに氷室は生物学的には思いっきり男性である。
駄々っ子モードの氷室は聞く耳持たないといった様子で暴れる。それはもう盛大に暴れる。
机のものを手当たり次第に全力投球で投げ始め、椅子を引っ繰り返し、非常時のために用意されている消火器をぶん回し始める。
所謂、洒落にならねぇ状況がこの場に現れた。
「そ、総監ッ! 総監ッ! だ、ダメだ…応援を呼ぼう」
自分の呼びかけに全く答えない。大林は堪らず近くの電話に飛びついて警備室に連絡を入れる。
手短に警備の人間に詳細を話すと、三分もしないうちに執務室に次々と警備員がなだれ込んで来る。非常に仕事が速い。
しばらくの間、執務室からは色々と五月蝿い音が響き――執務室は防音仕様の筈だが――五分程経ってようやくその音も消え、事態は収拾を見せた。
……その五分の間に何があったかはご想像に任せる。
更にしばらくの時を置いて、執務室の扉がゆっくりと開く。ゆらりと幽霊のように中からグッタリとした様子の警備員たちがゾロゾロと出て行く。相当大変だったのがよく分かる。
それを大林は見送った後、問題の元凶であリ、自分の敬愛すべき人物に目を向ける。
「……何?」
大層機嫌が悪そうに半目でこちらを睨んでくる。但し、下から見上げる形になっているため、上目遣いな視線となって微妙に可愛――ゲフン、ゴフン……
……まぁ、それはさておき、このまま機嫌が悪いままでいられるのは大変困るのでどうにかしなくてはならない。
「総監」
「だから、なに?」
むぅ~っと、頬を少しばかり膨らませる氷室。
ふと大林の頭の中に邪念が沸いてくるが、ブンブンと頭を振ってそれを強引に追い出す。
「い、いえ、その……えーっと、書類仕事の方は量が多大な場合に限り、我々がやらせて頂きますので、その……」
「あー、いいよいいよ。君達が分かんないヤツだって結構あるんだからさ。今日はちょっとイライラしてただけだし、これからはしっかりとやるよ」
相変わらず不機嫌な様子だが、仕事はやってもらえるようだった。
思わず安堵の溜息をつく。
「で、そういう訳だから書類仕事に専念させてもらうよ。大林君は他のところに行って研究状況を見てきなさい。いいね?」
その言葉に「はい、承知しました」と大林は一礼して返答を返し、執務室を退室した。
もう大丈夫だと思ったからだが、それは些か早計だったかもしれない。
「あ~あ、メンドイ。それにしても、このストレスどうやって発散させようか。クス、クスクスクス……」
科学の申し子がいる部屋から、しばらく冷たい笑いが途絶える事は無かった。
最終更新:2007年10月31日 00:17