第二十五幕 早期終結
辺りに立ち込める黒煙と硝煙の香り。
それがこの場を生者と死者のみの存在しか許さない戦場であるという事を否応無しに実感させる。
榴弾の雨により焼け野原のようになっている大地を全力で疾走する戦車群にそれに追随する兵員輸送車両。
例によって、戦車には跨乗歩兵がべったりと張り付いている。
空を見上げれば、獰猛な鋼鉄の悪魔たちがその爪と牙をいつでも敵に喰い込ませられる様に悠々と翼を広げて飛んでいる。
それらをじっと見詰めるのは物言わぬ屍となった地べたに這い蹲る敵だけだった。
最早、ベルンネストは落ちた。
ベルンネスト王国 王都ロバールブルグ近郊
第一機甲軍団 第一機甲師団
一式指揮車両内部
「全ては終わり、後に残るは虚しさだけ、か」
「それがこの世界の軍事制度の脆さを如実に表しているのですよ」
紫芝と桐山の二人は冷淡な眼差しで車内のモニターを眺めて言う。
既に勝負は付いていた。いや、そもそも戦争というものはやる前から勝負が付くものなのだ。
敵より多くの兵を、敵より多くの物資を、敵より高度な技術を。
常に敵の上を行くことが勝利への近道。単純だが、何よりも道理にかなっているし、それ故に不変の真理だ。
そして、それら全てを自分たちは用意できる。
この大陸の国々とは既に隔絶した生産力を有し、財力もあり、技術もある。
負ける要因など無い。数の暴力に敗北の二文字など無い。それが征服されない無敵の大帝國なのだから。
「そうだな。我々以外どこも軍事制度に大差ないか」
「ええ、五十歩百歩でしょう。ともあれ、今回のこの南方制圧作戦で我々の事がこのレイジェンス大陸に伝わると予測されますから、大陸中で反乱祭りになるでしょうな」
実に楽しみです、桐山はそう続けた。紫芝も言葉には出さないがそれに同意していた。
この大陸に住まう被支配階級の人間は現在の支配階級の人間たちに敵わないと思っている。それこそ自分達の歴史にある植民地支配によって人としての尊厳を踏みにじられた人々の如く。
しかし、そこで颯爽と登場する我らがインビンシブル大帝國、奴隷解放を国是とする大英雄――被支配階級の人々の価値観による――が治める国。
既存の支配階級を打ち破り、その勢力が目に見えてドンドン広がっているという事実が彼らにどのような影響を与えるかは想像し難くない。
彼らの希望となるのは間違いなく、こちらに移住しようとするなり、貴族たちに戦いを挑むなりの行動が予想される。
こちらとしては移住してくるよりも地方で反乱を起こしてくれる方が望ましい。一番の理由は、どこぞの国が移住に見せかけて間者を紛れ込ませてくる可能性を無視できないからだ。
はっきり言ってスパイは潰すのが面倒な事この上ない。人員も予算も時間も取られるのは御免蒙りたいところだ。
「反乱によって敵国の国力を削ぎ、行動を束縛しつつ、逆に我々は悠々と国力の増強に努める」
「扇動も積極的にやりたいところです」
「我々は敵を殺して殺して殺して殺しまくればそれでいい。実に単純で簡単なことだ――諜報活動などという余計な事にまで首を突っ込むのは避ける」
そう言って紫芝はニヤリとした笑みを浮かべる。
そうだ。本能の赴くままにこの殺戮衝動を解放し続ければいいのだ。それが私、紫芝柳なのだから。
「相変わらずですねぇ……ところで、他の国を攻撃している部隊の調子はどうですか?」
「これといって問題なく好調だ。しかし、ストゥーバン王国を攻撃している連中は少しばかり気になるな」
「強化人間だけで構成された部隊が侵攻役だから、ですか?」
桐山が問う。紫芝はそれに黙って頷いた。
当然だが、南方制圧を行っているのは紫芝の部隊だけではないし、一国だけを攻めているわけでもない。
常備兵力四○万プラス徴兵兵力八○万、総計一二○万もの兵力を現在のインビンシブル大帝國は有している。
ベルンネスト王国を攻略した紫芝を中心とした軍団の戦力はそのほんの一部に過ぎない。たかだか数万人規模だ。
そして、他国にはそれぞれ同規模の別の部隊がいて、後方には予備も存在している。
その中でもストゥーバン王国を攻撃している部隊は特殊で、都市制圧の部隊を除いてその全てが強化人間で構成されている。またしても氷室の実験と言うわけだ。
その強化人間軍団はしっかりとした理性を持って圧倒的な暴力を行使し、敵を討ち滅ぼす。今回投入されたタイプは量産型といえる代物で、完全にコントロールするために感情の起伏と自我を極端なまでに抑え込み、こちらの命令に絶対服従するように調整されているため安全性も高く、何よりコストパフォーマンスも良好な完璧な『兵器』であった。
今回の戦争は、その『兵器』の実験に極めて都合がよかった。おかげで、効果的な運用データの収集、実戦での性能の誤差範囲の調査、突発的な問題の洗い出し、など有用な情報を手に入れることができた。
紫芝はそれらの情報を現場に居ながらにして手に入れ、現在多大な興味を抱いている状態なのだ。
率直に言うのならば――……この軍団を率いてみたい。綺麗な夕焼けの色に大地を染め上げてみたい。そういう欲求に駆られているのだ。
戦争狂の中の戦争狂である紫芝としては当然の反応だろう。
「聞いている通りならば、ストゥーバンも直に落ちる。本国に戻ったら、その戦闘映像を是が非でも見ておきたいものだよ」
「やはり閣下にとっては戦争=娯楽ですか。全くどうしようもない方ですねぇ」
「ニヤニヤした笑みを浮かべている貴様が言っても意味がない台詞だな……まぁいい、さっさと敵残存兵力の掃討をするとしよう」
そう言うと紫芝は通信機を片手に全軍に指示を出す。
序曲はとうの昔に過ぎ去り、間奏曲も終わり、終曲の演奏が始まる。
指揮者は紫芝。タクトは手に持つ通信機。音楽を奏でる楽器は歩兵に野砲、戦車に航空機。
さあ、フィナーレだ。存分に楽しもう。
インビンシブル大帝國 帝都ノーブルラント
デオスグランテ城 皇帝執務室
「ライオネス王国とベルンネスト王国に侵攻した部隊は既に掃討戦に移行したか」
「はい。あと、ストゥーバンの方も保護対象の確保さえ済めばすぐにでも掃討戦に移行できます」
手元のモニターに目を落としたままの状態で言う九条に補足して説明する榊原。
九条はその説明を聞きながら、ギシッと椅子を鳴らして背をもたれさせる。
今のところ、自分の方針は兎に角国力を増加させる事で、そのためには長期の戦争状態は望ましくない。手早く終わらせて欲しいものだ。
しばらくモニターに目を向けていたが、チラッと九条は自分の目の前にいる男に視線を飛ばす。
榊原は自分のデスク兼コンソールを挟んで話しかける形になっているために直立不動で突っ立っている。
「まぁ……軍事の事はもういいだろう。それよりも内政だ。国内の経済活動の詳細を報告しろ」
無言で立たれているのも気分が悪いので、そう告げる九条。
それに榊原は嬉々として、小型の電子手帳のようなものを懐から取り出す。それを片手で慣れたように操作していると電子手帳の薄っぺらなモニターに様々な情報が表示されるとようやく言葉を発する。
「それでは報告します。我が国においては長年の道路・鉄道による交通網整備により、物資の流通は滞り無く行われております。そして、大規模な国内開発事業により、浮いている労働者を一人残らず吸収。書類上、失業率最低記録を継続して更新し続けております。ただ、これは言い換えれば人手不足以外のなにものでもありませんが」
「ふむ……まぁ、現段階では仕事など幾らでもあるからな。人手不足も今回の南方制圧で解消できるだろう」
顎を右手で擦りながら、少し思考の海に潜る九条。
単純作業を行うために足りない人手はなんとかできるだろうが、なんらかの専門家としての人材の補充は全く期待できない。
一番、解消したいところなのだが、専門家の特殊技能は我が国の産業学校の卒業生くらいでないと使い物にならない。まぁ、たまに職人で使えそうなのがいるが、それは本当に僅かであるため、焼け石に水である。
慢性的な人材不足、一刻も早く何とかしたいところだ。
「続けます。我が国にある鉱工業生産高は昨年よりも大幅な増大の見込みです。これは南方の鉱山地帯の獲得が主な理由の一つではありますが、我が国における新鉱山の発見、最新の採掘技術と精製技術、そして、民衆の労働意欲の高さも大きな理由です。ちなみに現在、我が国の鉱工業労働者の三一.八%は基礎資財産業――鉄鋼・金属・化学・建設資材等――に、四六.三%は投資財産業――産業機械・電気機械・車両・精密機械等――に、一三.九%は消費財産業――繊維・ガラス製品・製本・印刷・その他消費財――に、そして七.五%が食品嗜好品産業に従事しています」
「結構。官民一同頑張ってくれているようで実に嬉しい事だ。多大な感謝を送りたい」
「是非演説でそう言ってあげて下さい。感激のあまり大泣きする人が続出しますよ」
「……冗談はいいから、早く先に進め」
額に手を当てて、頭が痛い事を示す九条。
それに榊原は苦笑すると言葉を続ける。
「私が立案した『新都市建設計画』ですが、少々進みが遅くなってきてます。まぁ、修正範囲内なのでどうとでもなりますが。次に農業ですが、これも生産量は鰻上りに増加しています。大規模な新田開発と機械化がドンドン広まっているのが最も大きな理由です。あと、ザーブゼネ陥落直後から飛鳥島で栽培していた米に小麦、ジャガイモなどを持ち込んだのが功を奏しているようです。まぁ、こちらの世界の食べ物も美味しいには美味しいのですが、我々としては食べ慣れたものの方がしっくり来ますから生産量の上昇はありがたいです」
「そうか……まぁ、とりあえず何も問題はあるまい――榊原、時間をあまり取るのもあれだ。今日はこの辺で終わりにしよう」
「はっ、承知しました」
九条の言葉に頷いて電子手帳のようなものをしまう。
さて、今日はそろそろ失礼して執務に戻ろうか。
榊原はそのまま一礼して退出しようとしたが、その前に九条が先手を打った。
「ところで最近運動不足のような気がしないか」
「はっ? ナノマシンにより我々の肉体は弱体化していくことはありませんが……」
榊原が疑問に思い、つい声に出す。
九条はそれに苦笑しながら、ゆっくりと席を立った。
「まぁ、そうだがな。たまには身体を動かさんといかんだろう?」
「はぁ……」
「という訳で軽く汗を流すぞ。付き合え」
「え? ……今からですか?」
「そうだ。じゃ、行くぞ」
問答無用で引っ張られるようにして連れられていく榊原。
この後、榊原は散々な目に会うのだが、それはまた別の話。
最終更新:2007年10月31日 00:18