第二十六幕 帝國の国力の一端


 インビンシブル大帝國は急いでいた。
 南方制圧作戦により、ベルンネスト王国、ライオネス王国、ストゥーバン王国を始めとした南方一○ヶ国から手に入れた広大な大地を有効に活用するために一刻も早い開発を行わねばならないからだ。
 短期的であったが、今回の派手な戦いのおかげでレイジェンス大陸に存在する国々の目がこちらに向いた。
 この大陸の国家は何処も封建国家のくせにかなりの軍事力を有している。
 この大陸の文明はどう見ても中世レベル。自分達の世界の欧州における中世であるのならば、一○万という数で最大規模の戦力である。
 しかし、この異世界のレイジェンス大陸ではそれを容易に超える。
 真っ先に滅ぼしたザーブゼネ王国が良い例だ。何せ単独で一○○万を超える兵力を有していたからだ。
 これを実現できた理由は人口、すなわちマンパワー以外の何物でもない。どうにもこのレイジェンス大陸はやたらと人口が多いらしい。故に他国も侮れない戦力を有していると考えるのが普通である。
 ともあれ、その一○○万を超える兵力を有していたザーブゼネ王国を滅ぼしてできたインビンシブル大帝國はそれを更に上回る。
 新しい技術の大量投入、各種国立学校の創設、国内インフラの大整備etcetc……
 レイジェンス大陸には無い、様々な新しい風を吹かせる事によって、現段階でも並々ならぬ国力を誇っている。
 そして、それは様々な意味で力を見せ始める。










 帝國暦二一年一○月二九日

 インビンシブル大帝國
 南部国境地域 第三○五国境防衛基地

「オーライ! オーライ!」

「第二○四建設班は第一二九建設班のところに向かってくれ!」

「建設資材は第七倉庫に輸送! 急げ急げ!」

 幾つもの土木作業用の機械、ブルドーザを始めとしてダンプトラックやショベルカーが荒れた大地を駆け回る。
 それらは強固な防衛拠点を構築するために忙しなく動いている。
 既に複数のトーチカと機銃陣地、セメントで固められた塹壕と鉄条網がそこかしこに見受けられた。しかし、それらよりも遥かに目立つものが幾つもここには存在していた。

 その名は、四○cm重榴弾砲。
 射程二七km、砲弾重量一t、全備重量三二○tの化け物大砲である。
 この砲は国境を越えようとする敵に対し、容赦の無い一撃を加える事だろう。

 他にも半分近く小さくなったが、威力は十分の二八cm重榴弾砲が備え付けられている。
 四○cm重榴弾砲より小さい分、安価なので多めに配備されている。四○cm重榴弾砲も二八cm重榴弾砲も勿論固定式のものである。
 あとは一五五mm榴弾砲と一○五mm榴弾砲、七六.二mm榴弾砲と四○mm四連装対空機関砲が配備中で、これらは固定式ではなく牽引式となっている。

 そんな現場で作業員である工兵が慌しく作業を進めていると、そこへ一台の黒塗りの車がやってくる。その車の周りを囲むようにして機関銃が備え付けられたオフロード仕様の二輪車や装甲車が護衛についていた。
 バタン、と黒塗りの車の助手席のドアが開くと、そこから軍服姿の一人の男が現れて、すぐさま後部のドアを開ける。
 すると、威風堂々とした将軍と言われるに相応しい風格の男が現れた。
 その男の名前はヴェルグ=ケラーネ。南方制圧の戦いに参加した陸軍の少将だった――尤も、今は昇進して中将だが。
 ケラーネは車から降り立つとすぐさま辺りを見回して呟く。

「ふむ……作業は順調のようだな」

 首を何度か縦に振り、満足そうな表情を見せる。
 今回は前線視察を目的としてケラーネはこの場にいた。
 インビンシブル大帝國は南方制圧の終了の後、国内開発に力を入れつつ、西部と南部の国境地域に強固な防衛拠点を築いていた。
 このような拠点を二○km事に一つ一つ作ることによって、防御線の穴を埋めているのだ。建設用の重機の力で工期も大幅に縮められている。
 まさしくインビンシブル大帝國の充実した国力を感じさせる光景だった。

 そんな光景を見ながら、スタスタとケラーネは歩き始め、それに付き従って何人もの人間が付いて行く。
 車に同乗していた副官や護衛の面々だ。

「これならば、たとえ敵の大規模な侵攻にあっても完膚なきまでに撃退できるだろうな」

「はい、間違いなく文字通りの意味で粉砕できるでしょう」

 確かにな、と副官の言葉に心の中で同意する。
 配備されている榴弾砲の中で最も小さい七六.二mm榴弾砲や対空機関砲としてより歩兵に対する弾幕射撃に使われるだろうと考えられている四○mm四連装対空機関砲でも十分に人を木っ端微塵に出来るのだ。
 四○cm、二八cm重榴弾砲を喰らえばどうなるかは想像に難くない。

「後方の飛行場の整備も順調、航空機の生産も軌道に乗り始めた。言う事は無いな」

 ケラーネは夢想する。空を埋め尽くす航空機の群れが敵に猛禽の如く襲い掛かるその姿を。
 帝國は三ヶ月前から航空機の本格的な量産に乗り出していた。戦闘機はその必要性の低さから生産を少々抑え、逆に爆撃機、攻撃機の類はドンドン作られている。
 ただ、そうは言ってもまだそれほどの数を生産できるわけではなく、帝國空軍は全部で六○○機程度の航空機しか所有していないし、今の所は月に三○○機ほどしか生産できない。
 但し、毎月の航空機生産量は急速に増加していく見込みであり、半年もすればその数は最低でも現段階の六倍に達する予定である。

「閣下、そろそろここの皆様に挨拶を……」

 副官の言葉で、ケラーネは航空機攻撃の夢想をやめ、ここの基地司令部へと足を進める。
 スケジュールも押している事であるし、多少急いだ方がいいな。
 この視察が終わっても自分にはしばらく休みは無く、背後に多くの軍務が控えているのだ。
 ここが正念場だな、とケラーネは人知れず思い、自然と足に力を込めて一歩、また一歩と力強く歩いていった。











 インビンシブル大帝國 帝都ノーブルラント
 デオスグランテ城 皇帝執務室

「時間がいる。あと一年は確実にいる」

 九条は自分の執務室の窓の近くに立っており、その外に顔を向けて言った。
 視線の先には自分たちが作り上げた自慢の都があった。

 帝都ノーブルラントにはレイジェンス大陸の文明レベルを遥かに超えた鉄の巨塔が立ち並び、人の往来が盛んで、物や活気に満ちていた。
 舗装された道路を電気自動車や路面電車が走っていく。一から設計していった都であるため、道路の幅や建物同士の間隔も広く取られ、狭苦しい印象を受けない。
 治安維持活動のための帝國警察機構も巡回に多くの人員を割き、また工場や学校にも多大な人員を派遣し、帝國の秩序を守っている。

 九条は窓から身体を離し、いつもの自分の席に着く。
 いつも通りデスクを挟んだ向こう側には榊原が佇んでいた。

「では、兎にも角にも時間を稼ぎます。しかし……他国が侵攻してくる気配は今はまだ薄く、おそらく外交使節を派遣してくることになるでしょう」

 九条の言葉を聞いていた榊原はそう答える。

「ほぅ? 貴様の自慢の情報網で掴んだか?」

「はい。諜報員の数はまだまだ少ないですが、それなりにできるものを派遣しておりますので――それより流石に我々が雌伏の時を過ごしていた二○年の間、戦国時代を生き抜いてきた国家だけあって油断ならない相手です。もう我々の周囲には大国と言える国しか残ってはいませんから、あちらの出方も随分慎重です」

 お気をつけください、と榊原はそう付け加えた。
 確かに注意が必要だ。特に南部国境を接している『あの国』には。

 インビンシブル大帝國がその勢力を拡大した結果、三つの国と国境を接するようになった。
 西に二ヶ国、南に一ヶ国だが、正直西の国は今までの相手より手強いだろうが現段階でも勝てない相手ではない故、問題ではない。
 南の国こそがインビンシブル大帝國にとって最も厄介と考えられている国なのだ。
 その国の名前は『ダルフォード大帝国』、このレイジェンス大陸最大勢力の一つであり、大デルフリード帝国の元宰相にして、レイジェンス大陸を戦乱の渦に巻き込んだ張本人ガルフ=ヴァン=ダルフォードが作り上げた大国である。
 大陸一と言われる精強な魔法軍団を有し、ダルフォード自身もトップクラスの能力を持つ。更に権謀術数を巡らす事を得意とする謀略家でもあり、その手腕は油断できない。
 今までの相手とは違いどう考えても一筋縄ではいきそうにない。兎に角、ここはじっと一年時間を稼ぎ、国内を整備し、更なる軍事力を手に入れる事こそが肝要だろう。

「それと陛下。我が国の造船所、及び海軍工廠で各艦艇の建造が始まり、ようやくまともな海軍の建設に入りました」

「そうか……だが、今からでは主力艦を建造してもダルフォードとぶつかる時に間に合うか微妙だな」

「補助艦艇だけでも十分でしょう。この大陸で普及している船はどれも木造で小さいですし……我々の世界でも大型ガレオン船などは五○m程の大きさしかありませんから駆逐艦でも十分に対抗できます」

「ふむ……まぁ、船上から攻撃魔法を撃ちまくるのが彼らの海上での戦闘方法だが、いかんせん射程が短いからな。射程距離外からの一方的なアウトレンジ攻撃が駆逐艦でもできる以上問題はないか」

 大雑把に言うならば、魔法とは使い手の持つ魔力を消費する事によって現実には不可能な手法や結果を実現してしまう力である。
 具体的には手から炎を出したり、氷の矢を放ったりするというもので、このような主に攻撃に使われるもの以外にも様々な用途がある幅の広い技術だ。
 ただ、魔法というものは使い手の技量や魔力によって大きく差が出る。
 魔法の効果・威力の強さ、持続する長さ、相手に飛ばす場合の速度、そして射程距離。大体、これらの面で差が出る。
 ザーブゼネ王国から国王を無傷で引き渡して寝返った『ウグルムイ=ノグルノイ』――旧名である『パウルス=ルヌ=ボルフィード』という名前だと、大陸で五指に入る魔力を持っている貴族と有名なので、民衆にバレると大変な事になるとして名を変えた――の場合、出会った当時から更に老いたとはいえ、T-34/76の装甲をぶち抜くだけの威力を持った魔法を連発できるという無茶な技量と魔力を持っている。尤も、装甲をぶち抜ける距離は一○○m程度が限界で、それ以上はどうしても装甲を突破する事は出来なかった。
 ちなみに今現在の彼はインビンシブル大帝國において魔法省長官という要職についている――但し、実権は殆ど無いが。

 ともあれ、彼のおかげでインビンシブル大帝國の魔法に関する技術を手に入れる事ができたのは間違いない。『帝國中央魔法学校』というのも開校できたし、今となっては毎年そこそこの数の卒業生を出している――すなわち、魔法使いを。
 それにこの大陸の貴族で、彼は珍しく民衆を第一と考える人間であり、民衆が健やかに暮らしていけるのであるのならば何も言うことは無いし、何もいらないと常日頃から語っている。
 貴族に対する虐殺も因果応報と悟ったように認めているところがあり、女子供だけは助命しているのでそれなりに感謝もしているようである。

 ちなみに九条を始めとした飛鳥島の面々も魔法を学んでいる最中だったりする。
 尤も、中々時間が取れないため、まだ全然使えない状況なのだが。
 ふと、壁に立て掛けてある時計を見れば少々時間が押していた。

「――さて、そろそろ政務に戻るべきか。榊原も自分の執務室に戻るといい」

「あぁ、もうこんな時間でしたか、いい加減に戻らないと拙いですね――それでは陛下も政務に励んでください。では」

 自分の腕時計を見て、そんな事を言いながら慌てて退出する。
 帝國宰相という地位にある榊原の多忙振りは圧巻であるためしょうがないと言えるが。正直、鬼人化の処置を身体に施さなかったら過労死は確実だった事だろう。
 そんな事を思いながら、手元のコンソールを叩いて政務を開始する。最近は紙媒体と電子媒体の複合利用で政務を執っている。
 さて、とっとと終わらせるか。そう思って顔を引き締めると、九条はモニターに目をやり、政務に集中していった。

 ――その日も彼らに労働基準法は適用されなかった。


最終更新:2007年10月31日 00:24