第二十八幕 演習


 インビンシブル大帝國
 ラーテノアス州 ミシア陸軍飛行場

 現在、このラーテノアス州ミシア陸軍飛行場ではかなりピリピリした雰囲気に満ち溢れていた。
 今日この日は帝國空軍の一大演習ということもあるのも大きな一つの理由だが、それ以上にこの飛行場に来ている人物こそが巨大な理由であった。

 人民の皇帝、神の使者、世界の救世主、などと謳われる九条星夜その人が特別に用意された観覧用の席に着いているのだ。
 これでピリピリしないはずがない。失敗などすれば眼も当てられないからだ。元々、空軍はついこの間まで――というには結構期間が空いているが――予備軍という存在で正規の軍ではなかったのだ。成果を出さなければまた予備軍に戻されてしまうか、最悪解体されて陸海軍に取り込まれてしまう可能性だってある。だから、殆どの――異世界人で空軍に入っている者たち――空軍の関係者たちは通常以上に緊張した面持ちで今回の演習に参加しているのだ。
 ただ九条自身は今回の演習で失態を見せられたとしても別に予備軍に戻すだの解体してどうこうするだのは欠片も思っていない。
 平たく言うなら、今回は空軍がどの程度まで使えるかを自分の眼で確認しに来ただけなのだ。しかし、それ以上の理由は休暇、即ち単なる息抜きだったりする。
 いい加減休みたいと思っていたところに、ちょうど空軍の一大演習があるとかでこれの観覧を理由に抜け出してきたのだ。

 ちなみに彼の今日の仕事は榊原に全投げしている――……合掌。

「ふむ。もうそろそろ開始か」

 今回の演習に参加する機体のカタログ適当に眺めながら言った。
 実のところ九条は休む理由にこそ使ったが、今回の演習を何かのスポーツを見に行く感覚で非常に楽しみにしていた。
 何せ参加する機体がどれもこれも感慨を覚えるようなものばかりだったからだ。
 機体の種類は全部で十種類。第二次世界大戦レベルの機体であり、日米独から無節操に引き出してきたものだ。
 これが実に面白い組み合わせになっている。ある種のマニアならば涎ものではなかろうか。

「皇帝陛下」

 ふと声を掛けられる。
 チラリとその声がした方へと眼を向ければ自分の席の階段下で跪いて頭を垂らしているものがいた。

「直に我らが帝國空軍の一大演習が始まります。それに際し、何かしらお言葉を頂きたく……」

「構わんとも。で、それは今すぐにか?」

「いえ、もう少々後ほどにて御願い申し上げます。まずは前座を行わせるので……」

「ふむ。承知した。では、その時にまた来るが宜しかろう」

「はっ!」

 あくまで顔を上げずにそのまま立ち去っていく。
 誰だか名を聞くのも忘れたため、人物の特定ができないがおそらくこの演習の責任者だろうな。
 まぁ、今のところそれはどうでもいいことだが。さて、私を失望させてくれるなよ? 我が帝國空軍よ。





















「順調であるか?」

 一言そう言ったのは海軍の重鎮、伊達義久中将である。
 現在彼は帝國海軍の建設にその力の全てを注いでいる状況で、陸軍を代表する紫芝のような派手な行動はしていない。
 尤も、彼もまた紫芝と同様にザーブゼネ王国侵攻の時に大いに活躍した人物であるのだが。……ようするに影が薄かった。

「順調です。我が国の海軍工廠では駆逐艦を中心として補助艦艇の一斉建造が始まりました」

 訊かれた副官は嬉しそうに言う。無理もない。ようやく船の無い海軍でなくなるのだから。

 インビンシブル大帝國は来るべき大海軍建設に膨大な数の軍用大型船渠(ドック)を作っていた。
 勿論、それだけの建造施設を作れば費用は莫大だ。だが、それに眼を瞑ってでも作った。必要であったからだ。
 このレイジェンス大陸にだって周囲にかなり大きい島々がある。それらを攻略するのには海軍の力が必要不可欠だ。
 それにいずれは外の海へと進出していくつもりである。今からその準備をしておいて早いと言う事は無い。

「そうか。確か駆逐艦は基準排水量二五○○t級のだったな?」

「はい。基準排水量二五○○tのテオドア級駆逐艦です。兵装から言って防空駆逐艦ですが別に問題はありません」

「防空、か。敵に空軍はいないが将来的に考えての事だろうな」

 今現在、敵に航空戦力は無い。
 だが、今後や後々の敵にも無いとは言い切れない。
 ならば今のうちに準備しておくのが得策だろう。

「はい。その通りかと思います。あと、より多くの鉄量の確保のため製鉄所も幾つか追加して作られております」

「非常に宜しい。時間は掛かるだろうが着実に海軍の建設は進んでいるな」

 艦船を建造するには船渠と船台だけでなく、鉄鋼生産能力等を初めとした重工業力が必要不可欠だ。
 過去、大日本帝国においても造船力に対して鉄鋼の供給量が明らかに不足で、結局造船力の半分しか活用できなかった事を考えれば納得がいくだろう。

「はっ、第一次海軍整備計画で駆逐艦を一二隻、巡洋艦を四隻、あと他の各種艦艇も十数隻建造されます。それが終われば第二次、第三次、第四次、と続く予定です」

「ふむ、できることなら空母や戦艦も作ってしまいたいが……今しばらくの辛抱だな」

 伊達はそう言うと副官を伴って何処かへ歩き始める。
 このまま事務仕事に戻るつもりなのだろう。だが、その足取りに不満や不安と言うものは感じられなかった。むしろ、目標に向かって勇猛に突き進む印象が与えられる。
 しかし、それも当然なのかもしれない。彼の一歩は海軍の一歩なのだから。













 ムスタングの攻撃――本物の機銃ではなく赤外線レーザーを装備。命中する箇所に応じて撃墜判定を出す――を回避して敵のサンダーボルトはグングン引き離しに掛かる。
 なおもムスタングは追い縋りながら攻撃を仕掛けるが、突然急降下され、それを追おうと操縦桿を倒そうとするが敢えてやめる。
 向こうの方が上昇力も急降下速度も速いのだ。そんな事をすれば返り討ちだ。
 苦々しい思いの中で一気に間合いを離される。だが――別にやるのは自分でなくともいいのだ。

『アルファツー、そっちに行ったぞッ!』

 攻撃をかわされたムスタングのパイロットが味方機に伝える。
 ちょうど下から突き上げようと上昇を始めていた仲間がその声を聞き、チャンス到来と不敵な笑みを浮かべた。

『了解、アルファスリー! 俺が仕留めてやるッ!』

 操縦桿を巧みに操作して急降下してくるサンダーボルトにすれ違いざまに一撃加える。
 当然、相手もそれを察知していたらしく、回避行動を取ったが完全には避け切れなかったようで左翼に命中との評価が下る。
 本来なら左翼に大穴が開き、とても飛べたものではなくなるとの事でサンダーボルトに撃墜判定が出され、参加機全てにその報告が伝えられた。
 サンダーボルトは何処と無く、悔しげに基地へ帰還していった。

『よっしゃーッ! これで撃墜数がまた一機増えたぜ!』

 仕留めたパイロットが嬉しさのあまりそんな言葉を漏らす。
 今回の演習では、撃墜数によっては昇進が決まるから無理もないが。尤も、個人の撃墜数ではなく、チームでの撃墜数によって昇進される。
 だから、功を焦って一人無謀な事をするより、味方を積極的に頼った方が何かと便利なのだ。

 そんな時、一機だけ高高度を飛んでいた味方機から指揮官機へ通信が入る。

『アルファリーダーへ! 敵機が二機、こちらに接近中! 指示を乞う!』

『なに? 囮役のシグマとオメガの連中はどうした?』

 指揮官だけあって冷静な人物のようで淡々とした口調で問う。
 ちなみにこの空中戦はそれぞれのチームは五つの隊に分けられ、一つの隊につき四機の戦闘機で編成されている。
 この隊の連中は一機を空高く上げて全体を見通すサポートに回らせ、残る三機で一機の敵を集中攻撃するという堅実な戦法を取っている。

『依然囮に徹してくれてますが、流石に取りこぼしがある模様。他の隊にも僅かながらに敵機の接近を許しています!』

 サポート機の報告に眉を顰める指揮官機のパイロット。
 少しばかり急いだ方が良さそうだ。敵を永久に縛っておく事などできんだろうからな。

『あまり頼りすぎるのも問題ありか。……よし、各機連携して敵を各個撃破。いつも通りにやればいい。確実に潰していくぞ』
















「ほぅ、やるじゃないか」

 九条は思わずそう呟いた。
 今現在、空軍の演習では空中戦が展開されていた。
 空を無数の戦闘機が舞い、ある種の美しさを思わせる。

 そして、その戦闘機たちはいずれもレシプロ機であるが、その中でも最高峰に位置する機体であった。
 参加している戦闘機の種類は二種類。それぞれ種類別に敵味方に分かれて空戦を演じている。その中で、まず眼を惹くのがスマートな機体のP-51Dムスタング。
 ムスタングに乗っている搭乗員はいずれも機体の運動性能を生かしつつ、一機だけ上空に上げて敵機の動きを観測させながら戦闘を行っていた。

 そして、それに相対するのがムスタングとは似ても似つかない寸胴なボディのP-47Nサンダーボルト。
 大馬力のエンジンによって生み出されるスピードはムスタングを上回る。更に重量もムスタングよりあるため、急降下速度もこちらの方が速い。
 こちらの搭乗員はその事をよく理解しているらしく、速度の優位を思う存分に発揮してのヒットアンドアウェイ戦法を取っていた。

 性能的に見てサンダーボルトの方がムスタングよりも上である。
 それをムスタングの方は頻繁に味方機と連絡を取り合い連携を密にすることで上手い具合に対抗している。
 サンダーボルトの搭乗員は機体性能が良いせいか単独行動を取るもの達が多いようだ。チームプレーというものをあまり尊重していないのが見ててよく分かる。

 搭乗員の能力はムスタングの方が上だな。
 三機で一機のサンダーボルトに襲い掛かるムスタングを見て思う。上空から敵の動きを観察し、一機一機確実に各個撃破していくつもりだ。
 当然三機で一機を襲えばサンダーボルト側に二機、上空でカバーする機体のも含めて三機がフリーになる。だが、その事もきちんと考えているようで、そいつらを引き付ける囮役に徹しているムスタングもいる。
 訓練するならムスタングから始めて、後々にサンダーボルトに移行するべきか。この空戦を見てそう思う。

「どうでしょうか、陛下」

 そんな事を考えていると演習開始直前に私に跪いてきた男が横から恭しく話しかけてきた。

「悪くない。が、サンダーボルトを使っている連中は一旦、ムスタングに乗せる必要があるようだ。まぁ、戦力としては十分に数えられるがな」

「ははっ、承りまして御座います」

「うむ。で、この後は何をやるつもりだ?」

「はっ、次はジェット機のMe262を使用した演習を行います。そして、その後で爆撃機の演習に入ります」

「爆撃機か」

 リストに載っていた爆撃機はドイツ第三帝国のJu87急降下爆撃機――通称スツーカと呼ばれているが、それはドイツ語で急降下爆撃機を表す言葉の略称――にアメリカ合衆国のB-17Gフライングフォートレス、B-25Jミッチェル、そしてB-29Dスーパーフォートレスだったはずだ。
 スーパーフォートレスは極少数しか用意できていないが、他の機体については数が揃いつつある。戦争準備は順調という事だ。

 それと実は艦上機種も生産されていて、それは大日本帝国の艦上攻撃機「流星改」と艦上偵察機「彩雲」、そして、艦上戦闘機にアメリカ合衆国のF6Fヘルキャットが採用されている。
 これは明らかに空母のための後々の布石だが、なんだかアンバランスなところがありそうで少々不安もある。

 尤も、今まで述べた全ての機体はそれぞれ調整・改良がなされているため、そこのところも改善されているだろうが。

「面白くなりそうだな」

 将来への期待に胸を躍らせ、九条は楽しげに言った。
 後に始まる予定の大陸統一戦争で帝國空軍が大活躍するだろう事は疑いようの無い事であった。


最終更新:2007年10月31日 00:38