第三十二幕 戦乱末期


「う、うわあああああッ!!」

「おりゃああッ!!」

「だあああああッ!!」

 農民たちが鎧を着込み、更にその手に剣を持って斬りかかる。中には槍を振り回して襲い掛かるものもいた。
 しかし、御世辞にも良いとは言えない太刀筋に槍使いである。だが、物量で討伐に来た貴族を少々押している。

「ぐっ、このォ!」

 その討伐に来た貴族の一人であるゲルフィングは苛立っていた。
 たかだか奴隷の反乱と舐めていたら相手はそれなりの武装をしており、必ず多人数で襲い掛かってくるのだ。

 一人一人の技量なら自分が圧倒しているのに何たる様か!

 心の中でそう叫ぶ。
 魔法を使って一気にやるかとも考えたが、すぐにその考えを却下した。
 反乱民、すなわち敵があまりに多く、自分の魔力が枯渇する危険が高いと踏んだためだ。
 魔力が枯渇すると、それを力の源とする魔法が使えなくなるどころかしばらく身動きが出来なくなる。そうなれば自分は嬲り殺しだ。
 使うなら攻撃用ではなく、体力回復用の魔法にし、敵を継続して斬り殺していくのが一番いい。技量は自分の方が上なのだから。

「ええい! 鬱陶しいッ!!」

「ぐぎゃッ?!」

 反乱民の頭に愛用の槍で横合いから力一杯叩きつける。すると、簡単にその頭は吹き飛び、辺りに脳漿を飛び散らせる。
 情けない声を上げての無様な死に様だ。こういうのを見せられると少しは溜飲も下がろうというもの。

 兎に角、連中は皆殺しだ。

 そう気を取り直すと残った奴らの方へ走り、剣を振るった。












 帝國暦二二年二月一三日

 インビンシブル大帝國 帝都ノーブルラント
 デオスグランテ城 宰相執務室

「バクスラント、テドロキア、ルドバキア、ガルメニアの以上四ヶ国にて一斉蜂起は決行された訳だが――……成果はあまり上がらんようだな」

 幾分か冷めた口調で言う榊原。
 今回、民衆の蜂起に至った国は前述した通りの四ヶ国。計画ではダルフォード大帝国も含まれていたが大デルフリード帝国との緩衝地帯であると同時に押さえでもあるために見送られた。
 それに近年ではダルフォード大帝国よりも大デルフリード帝国がレイジェンス大陸において最も警戒すべき対象と判断されているのだ。
 ダルフォード大帝国は軍事力、財力ともに並々ならぬものがあり、レイジェンス大陸の心臓に当たる大陸中央部を手中に収めている。だが、大デルフリード帝国はそれに追いつくべく急速な発展を遂げているとの確度の高い情報がもたらされているのだ。
 分かりやすく表現するのならばダルフォード大帝国は大英帝国、大デルフリード帝国はアメリカ合衆国という図式だろう。

 まぁ、それは兎も角として西方諸国での反乱は順調に起こった。
 しかし、戦果は芳しくない。ただ、搾取する対象である奴隷たちが反乱を起こす事によって生産力を低下させている事は間違いないのでその点に関しては問題ない。

「はっ、何分戦いに不慣れな民衆たちですので。それに如何に訓練を施したといっても短期的なものですし……」

「いや、結構。連中の目が自国内に向いていればそれで宜しい」

 少なくともそれで最低限の目標はクリアされる訳だからな。
 兎に角、貴族どもが我が帝國を気にしなければいいのだ。西方諸国は反乱で、南の二大国は互いに睨み合いで……結局懸念事項はそれ以外の有力となる二つの勢力か。

 人間……いや、人間族とは違う種族の集まり、異種族連合共同体。そして、インビンシブル大帝國が有力な勢力と見做している中では最も狭い領土のバールドバル海洋王国。
 前者はそもそも手に入れられる情報があまりに少な過ぎるためにこちらから何らかの行動を起こすのは危険という結論に落ち着いており、情報収集を行いつつ、今はただ静観する事が決定している。
 後者のバールドバル海洋王国については同じ人間族の国家であるため、複雑に張り巡らせた情報網から様々な事が分かっている。そして、ある意味この勢力が最も性質が悪いかもしれないということも認識されている。

 バールドバル海洋王国は所謂商業の国であり、王国と呼ばれてはいるものの王は飾りで、実権は一部の大富豪たちによって掌握されている。
 特にこの国は海運が盛んで、互いに敵対関係にあるダルフォード大帝国と大デルフリード帝国の中間交易地として莫大な財を得ている。
 そして、その豊富な財力、すなわち経済力を最大の武器として活用しているのだ。

 貴族たちは国が滅ぶと幾つかの選択肢が出る。野で平凡な暮らしをする、盗賊になる、傭兵になる、人脈を使って他国を頼る、大富豪になる、などである。
 前半の二つは別に金は要らないが、後半の三つは大抵金が要る。特に最後のは。ちなみに人脈を使って他国を頼るというのには自国を滅ぼした相手に寝返るというのも含まれる。
 バールドバル海洋王国はそのうちの『盗賊になる』『傭兵になる』という選択肢を選んだ者たちを金で大量に雇う事で軍備を充実させている。しかも、海運が盛んなおかげで造船・航海技術もレイジェンス大陸においては並ぶものがいない――言うまでも無いがインビンシブル大帝國は例外であるが。

 ともあれ、そういう鬱陶しい仮想敵国なのだ。
 特に未だ十分な海軍整備が行われていない現状のインビンシブル大帝國の帝國海軍では少々面倒な事になるのは間違いない。

 ただ、その場合は切り札の『転移当時』の海軍力を行使するまでの話だが。

「さて、もう下がっていいぞ」

「はっ」

 そう言われると榊原の部下は模範的な敬礼を行い、素早く退出していった。
 すぐに榊原は少し自分の周囲を警戒するような動作を見せた。
 そして、異常がないと見ると、自分のデスクの引き出しからとあるファイルを取り出し、パラパラと捲りながら思わず溜息をつく。

「ともあれ……これが些か気掛かりだな」

 ファイルにはとある人物の写真が貼られてあった。
 その人物とは『探求者』の異名を持つ、氷室であった。

 独断で好き勝手に動く事が多い彼だが、それでも何らかの結果を見せるので黙認されていた。
 しかし、最近はどうにも不穏な動きを度々見せ始めていた。

 氷室指揮下の実戦部隊である実験大隊は既にその規模を拡大し、実験軍団という呼称に変わっていた。
 そして、その実験軍団を氷室が極秘裏に動かしているとの報告が来ている。
 しかし、そんな事をする肝心の目的がまだ分かっていない。
 厄介な事だけは間違い無さそうだが、現状で下手な手を打つ訳にもいかない。非常に面倒な事態である。

「出来る限り早期に会談せねばならんな。あの気狂いの科学者に何処まで釘をさせるか甚だ疑問だが……」

 榊原は近くの受話器を取り、何処かへと連絡をし始めた。


















 ダルフォード大帝国 帝都エルリーフォード
 フォートグランティス城

「北方は押さえました。これでデルフリードとの決戦に集中できます」

 玉座に座る自国の皇帝に跪いて言う若い臣下。
 頭を必要以上に深々と下げているその姿は忠誠心の表れであり、そんな姿であっても見栄えがするものだった。

 既にダルフォード大帝国はその版図を更に広げていた。
 大陸東南の方に僅かばかりに残る弱小国家群を併合しつつ、国力を増しているのだ。
 富国強兵を着々と進め、大侵攻の準備に余念が無い。

 もう後はタイミングの問題だけであった。

「陛下、遂に彼奴らとの決着の時に御座います。御決断くださいませ」

 玉座の隣に控える男が若い臣下に続いて発言する。
 ダルフォード大帝国の宰相『ムーア=バル=ロンガード』だ。
 常に黒衣に身を包んだ姿から『漆黒宰相』と渾名されており、また、同時に闇に属する数多の魔法を使いこなす事から『暗黒宰相』とも呼ばれている。

 それら二人の発言を玉座に堂々と静かに座る男がただ黙って頷く。
 この男こそがレイジェンス大陸の戦乱の世を作り出したダルフォード大帝国皇帝『ガルフ=ヴァン=ダルフォード』である。

「よかろう。後顧の憂いは一先ずは無いのだ。今度こそが彼奴らの最期の時だ」

 その言葉には不倶戴天の怨敵、デルフリードに対する苛立ちと憎しみが込められていた。
 もう二十年の長きに渡って自分の野望を妨害されているのだから無理はない。
 だが、それもここまで。今度こそ、今度こそ積年の恨みを晴らしてくれる。

「諸侯に伝えよ。デルフリードに終焉を齎すための勇者たちを引き連れ、帝都に参れとな」

 この言葉を聞いた宰相は軽く一礼して速やかに去っていく。
 また、跪いていた若い臣下も皇帝ガルフに短く「下がれ」と、言われてその場を後にした。

 残ったのは皇帝だけだった。
 皇帝ガルフはその瞳に爛々と妖しげな光を灯して僅かな言葉を発する。

「終わらせてやるぞ。何もかも一切合財これで決着だ。それに……――」

 余には取って置きの『切り札』があるのだからな。
 勝利を疑わぬ大国の皇帝はしばしの間、不適な高笑いを城に響かせた。


最終更新:2007年10月31日 00:45