0057:闇と光の中で ◆4LQa/CzMzU





 思い切って忍び込んだ家の中には、なにもなかった。
 窓からの光の中、西野は震える手で地図を開く。ライトアップされているため、読むのに不都合はない。
 現在位置はわかっている。緑の中の萱葺きの家々、ニュースや教科書で見知った世界遺産。岐阜、白川郷。
 だがしかし、ここは白川郷であって白川郷ではない。
 建物は完璧だが、人がいない。いた形跡すらない。
 つまりこの地図にあるすべてがこの『ゲーム』のために用意されたもの――どこかの離島か、それとも――
 そこまで考えて、西野はやはり震える手でデイパックの中のペットボトルに手を延ばした。
 一口だけ水を含んで嚥下する。落ち着かなければならない。
 名簿には真中・東城・北大路の名前もあった。彼らと合流する事は出来るだろうか。
 交通機関、幹線道路もそのままに日本ならば、人の集まるところにも想像がつく。
 問題は『やる気になっている人間』も集まるだろう事だが。
 西野は一つ大きく息を吐くと、デイパックにペットボトル、名簿を入れて、コンパスを取り出した。
(とにかく家を出なくちゃ。暗い内に隠れて移動できる場所に…)
 白川郷があるのなら、名古屋の位置にはビルか城がある可能性が高い。
 名古屋まで南下して東海道を上るか下るか、それとも名古屋で彼等を待つか――
 考える事に夢中で注意を怠ったと気付いたのは、家の扉を開けた時だった。
「――誰?」
 止まっていた震えが再び始まる。
「誰かいるの?」
 少女の声、同い年くらいだろうか。がくがくと震える体をそっと少しづつ動かして、西野は家を出た。
 大丈夫、声からして位置はそんなに近くない。そう思う反面、扉を開ける音が聞こえなかった筈もないと思う。
「誰かいるなら出て来て。私はやる気なんてないの」
 少女の声が響いて、西野は足を止めた。信じてもいいのだろうか? それとも、ただの撒き餌か?
「誰かいるなら見て、武器を置くわ。一緒にどうしたらいいか考えましょう。
 こんなゲーム――あんな人達の言い成りになって殺し合うなんて、間違ってる!」
 どさりとなにかが投げ出される音。デイパックだろうか。
 声も音も家の反対側から聞こえてくる事に気付き、西野はいつでも逃げ出せるよう構えつつ、家の陰からそっと声の主を窺った。
 真っ直ぐ伸びる道に佇んでいるのはやはり少女、そしてデイパックは足下に投げ出されている。
 少女はアニメかゲームの登場人物のような、現実にはありえないスリットの入った武道着(しかも生足)を身に纏い、言葉通りなにも手にしていない。
「武器からも離れるわ。あなたもやる気がないのなら、信じて」
 少女からは西野の位置はわかっていないようだった。ぐるりと周りを見渡して声をあげ、そして言葉通りデイパックから一歩一歩離れていく。
 ――信じてもいいのだろうか?
 罠かもしれない、そう頭の片隅が囁く。最初に見せられた殺戮はそれほどに西野の心を蝕んでいた。
 しかし、そう、もしも西野が『やる気』で飛び道具を持っていたのなら、彼女はとうに『ゲーム』から脱落している。
 実際に西野に支給された『武器』はなんの変哲もない三味線糸――解説にそう書いてなければなにかもわからなかった――だったのだが。
 西野は意を決した。
「――あの、私…」
 西野の言葉は最後まで口にされる事はなかった。突然背後から身体を――正確には首を――引かれたからだ。
 なにか滑らかな布が首輪の下にかけられて引かれた、そう理解した時には、すでに西野の身体はその何者かの手中にあった。
「無用心ね」
 今度は大人の女性――黒川先生と同じ位だろうか。顔は見えないが流れる黒髪は西野の目の端に映った。
 後ろの女性に押されるようにして武道着の少女が佇む道に歩み出た西野の正面で、少女は表情を固くした。
「あなたは…やる気なの」
「さあ、どうかしらね。この子はそうじゃなかったみたいだけれど」
「その子をどうする気?」
「月並みだけれど、『この子の命が惜しかったら、あなたの武器を渡しなさい』、というのはどう?」
「…それで、その子を放してくれるの?」
「信じてもらうしかないわね」
 西野の首にかけられた布が僅かに絞られると、西野ではなく少女の表情が険しくなった。
「…やめて」
西野は言った。
「もしこの人がやる気だったら、どうせ私は助からない…
だから…言う事を聞いちゃ、ダメ…だと思う…」
 西野の後で、女性が笑った。
「この子だけならあなたのした事は正しかったわね。けれど、実際にはこうなっている。
それで、あなたはどうするの? この子を見捨てて、あなただけ生きる?」
 西野の視界の端、女性の胸元に白い燐光が光った。少女は答えた。
「いいえ。あなたを信じるわ」
 固くした表情をふと崩し、少女は続けた。
「――私たちを試したんでしょう?」
「何を言っているの?」
「それ…あなたの首飾り、『アバンのしるし』ですね。それは持ち主の心に反応するんです。
そんな人が、このゲームに乗るはずはないわ」
「……そんなことは説明に書いてなかったわ」
 少女が笑むのと、西野の首から布が取り去られるのとはほぼ同時だった。
 振り向いた西野に「怖がらせてごめんなさい」と言う女性の胸には滴型の石が下がっている。
 女性は淡々と言った。
「やる気の誰かが来る前にここを移動しましょう。
殺すのも殺されるのも、24時間後にみんなで一斉に死ぬのも嫌なら、やる事も考える事も沢山ある」
「ええ、よろしく。私はマァムです」
リサリサよ」
「西野…つかさです」





【岐阜県、白川郷/黎明】

【西野つかさ@いちご100%】
 [状態]:健康
 [装備]:なし
 [道具]:荷物一式、三味線糸
 [思考]:真中、東城、さつきとの合流

【マァム@ダイの大冒険】
 [状態]:健康
 [装備]:なし
 [道具]:荷物一式(支給品は不明。本人は確認済み)
 [思考]:1 ダイ、ポップとの合流
     2 その他協力者との合流

【リサリサ(エリザベス・ジョースター)@ジョジョの奇妙な冒険】
 [状態]:健康
 [装備]:なし
 [道具]:荷物一式、アバンのしるし@ダイの大冒険
 [思考]:1 協力者との合流
     2 ゲームを壊して生還


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GAME START 西野つかさ 091:夜明け前
GAME START マァム 091:夜明け前
GAME START リサリサ(エリザベス・ジョースター) 091:夜明け前

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最終更新:2023年12月21日 04:17