0058:思春期の少年少女 ◆z.M0DbQt/Q
泣くよりも文句を言うよりも先に、今はやるべきことがある――――
春野サクラは林の中を慎重に歩き続けていた。
とてつもない、自分の知る物とは遙かに次元の違う強さを持った“主催者達”。
それに勝てないまでも、明らかに自分より強いと思われる参加者の面々。
(どうしてこんなことに…!)
何度心の中で疑問を叫んだだろう。
『殺し合いをしてもらう』と告げられた大きな部屋の中で恐怖と不安で滲んだ涙を拭っていたはずなのに、気が付いたら山の中にいた。
恐怖と孤独感に震える手を無理矢理に動かしデイバッグを開く。
支給品を一つ一つ確認し、サクラは最後に名簿を開いた。
そして……それを確認したサクラの顔にはもう、涙は流れていなかった。
『
うずまきナルト』
『
奈良シカマル』
信頼できる仲間の名前を見つけたからだ。
シカマルは今や、里一番の切れ者と評されるほどの頭脳を持っている。
ナルトは…ナルトは、かつて下忍時代にスリーマンセルを組んだ大切な仲間だ。
意外性ナンバー1忍者とも言われていたけど、ナルトは強い。技とかもだけど、何よりもその心が。
アイツならきっと、こんな状況でも諦めたりとか絶望したりはしない。
一緒にカカシ班として任務をこなしていた下忍時代はナルトを馬鹿にしたこともあったけど、
今は、ナルトならきっと火影になれると信じてしまっている。
(……わたしだって)
サスケとナルトにいつも庇われていたあの頃とは違う。
サスケの里抜けを止められずに泣いてばかりいたあの頃とは違うのだ。
そう。
(今度は私が――――二人を助ける番!)
そう自分に誓った日から、それこそ血の滲むような努力を続けてきた。
大切な二人を助けるための力を身につけるために……!
(とにかく、ナルト達を見つけよう)
そして、どうにかしてこのゲームから脱出しよう。
そう決意し再び名簿を確認したサクラは、その中にもう一つ、知っている名を見つけた。
――――『
大蛇丸』。
サスケに呪印を付け、彼の里抜けを促した張本人。
アイツがあの熾烈を極めた中忍選抜試験に現れたときから、何かがおかしな方向へ転がっていってしまったような気がする。
沸き上がる怒りに、名簿を持つサクラの手が震える。
大蛇丸に会えればサスケの居場所もわかるはずだ。
もちろん自分があの化け物じみた“元三忍”の一人に勝てるとは思わないが、ナルトやシカマルと一緒なら……
深く息を吸い、吐き出す。
(どこかの町に行こう)
町にはきっと、人が集まるはずだ。
そこまで行けばナルト達の情報も得られるかもしれない。
もちろん“その気になっている”人がいる可能性もあるけど…そうしたら、全力で戦おう。
自分はこんなところで死んでいる場合じゃない。
自分にはやるべきことがある……!
地図を広げコンパスを確認する。
どうやら一番近い町は“京都”という所のようだ。
ヘアバンド代わりの額あてを結び直し、キッと前方を睨む。
地上よりも見つかりにくいだろうと考え、木々間の枝を飛んでいこうと決めたサクラは手近な木に足をかけた。
(……!!チャクラが練りにくい…!)
木を水平に登るためには、足の裏にチャクラを集めて木に吸着させる必要がある。
多すぎず少なすぎず、適量のチャクラを必要な時に必要なだけ練れるのは一人前の忍者としての必須条件だ。
足の裏は特にチャクラを集めにくいとは言われているが、サクラは基本的なチャクラコントロールは同期の中でも秀でている。
もちろん木を水平に登るなんてことは朝飯前だ。
更にサクラはこの二年半、綱手の下で緻密なチャクラコントロールを要求される医療忍者としての修行を積んでいるのだ。
そのサクラでさえ、チャクラを練るのにいつも以上の神経を使う。
この島では、何か、チャクラを妨害するような力が働いているのだろうか。
……九尾を封印されていて莫大なチャクラを内蔵するナルトはともかく、シカマルは大丈夫だろうか。
ふと過ぎった不安を頭を振って振り払うと、サクラは慎重に山中を歩き始めた。
そして――――
それからすでに、数時間が経っている。
サクラは自分の前方に人の気配を感じ、足を止めた。
息を殺し茂みの隙間からそちらを窺うと、木の根本に座り込んでいる男の背中が見えた。
何をしているのか、手を動かしながらブツブツと呟いている。
青を基調とした見慣れない服装。仕組みのよくわからないトゲトゲ頭。
座り込んでいる姿から推測するに、背はかなり高い。
(どうしよう……)
ゲームが始まってから初めて見つけた人間。
声をかけるべきか。でも…何て?
もし、彼が“その気になっている”人間だったら…
その男はまだ、背後にいるサクラに気づいていない。
(とにかく確かめてみよう)
音を立てないように細心の注意を払いながら懐に手を伸ばす。
そこには、支給された武器である奇妙な物があった。
コルトローマンMKⅢ。
説明書にはそう記載されていた。
初めて見る物だが、恐らくこの引き金を引けば先端の穴から何かが飛び出るのだろう。
それがどんな威力を持つのかはわからないが、自分の忍具がない今、武器と呼べるものはこれしかない。
少しの間それを眺めていたサクラは、やがて意を決したように引き金に指をかけた。
男は未だ、サクラに気が付いていない。
静かに、静かに、サクラは男に近づく――――
「もっと詳しいデータが必要だな…」
そう呟くと、
乾貞治はパタンと手帳を閉じた。
自分がなぜこんな所にいてこんな状況に陥っているのか、訳がわからない。
わかっていることと言えば、自分の現在地が日本で言う兵庫県と京都府の境目辺りにある林の中であること。
もっと詳しく言えば、この林を抜けた辺りには山陽自動車道と呼ばれる高速道路があるということ。
それから、名簿に越前リョーマ、
竜崎桜乃、
跡部景吾の3人の名前があったということ。
自分に支給された物が水、食糧、地図、コンパス、時計、名簿、鉛筆、そして…大小様々な大量の弾丸であることだけだ。
一応それらの事実を、いつも持ち歩いていてポケットに入れたままだった手帳に書き留める。
それが何の役に立つのかはわからないが、少なくとも乾を落ち着かせるという効果はあった。
――――ゲーム開始からすでに数時間が経過していた。
地形や現在地を確かめるために歩きっぱなしだったため、テニス部で鍛えた足腰もかなり疲労している。
一応周囲を見回して人気がないことを確かめると、乾は近くの木の根本に腰を下ろした。
(杉の木…ということは、ここはやはり日本なのか?)
杉という木は確か、日本特産の針葉樹だったはずだ。
周辺の木々を見渡し、発覚した事実をまた手帳に書き込む。
普段から愛用しているマル秘ノートに比べるとこの手帳の余白は少ないが、仕方ないだろう。
デイバックを開き、水を少量摂取する。
(越前達は無事だろうか……)
この名簿が真実である可能性は50%程だろう。
だが今は、その確率を上下させられるほどのデータが手元にない。
有無を言わず、あの主催者達に従わざるを得ない状況だ。
従うと言っても、人を殺す気などさらさらないが……
出発してからの数時間。乾は誰とも出会っていない。
そのせいなのか、どうも自分が異常な状況に置かれているという危機感が湧いてこない。
メガネをかけ直し、乾は再度水を含んだ。
「とにかく…越前と竜崎先生のお孫さんを見つけなくては」
乾の後輩である越前のデータは、ノートを持っていなくともそらで言えるくらい熟知している。
竜崎桜乃についてのデータは乏しいが、それでも乾は一つの答えを導く。
「彼らが東京を目指す確率…92%」
越前も、
竜崎桜乃も、家は東京にある。
日本を象ったこの島で、自分の家や通っている学校がある地域を目指す可能性はかなり高い。
それ故に、乾は東京を目指す。
普段は飄々として、目が透けて見えない位の分厚いメガネの下で何を考えているかわからない乾だが、
彼が実はかなり面倒見のいい先輩であることは青学テニス部に所属する者なら誰でも知っている。
脱出を目指すにしても、それは自分一人ではあり得ない。
必ず、彼らも一緒に連れて行かなくては。
当たり前の事のように、乾はそう考えていた。
(脱出と言えば)
この首輪について考えなければならない。
生憎、手鏡を持ち歩くような性分ではなかったのでどんな形状の物が着けられているのか確認すらできていない。
(なんとかして外せないだろうか)
機械には弱くない方だとは思う。
だが道具もなければ形状すら確認できない現状では完全にお手上げだ。
「他に考えなければならないのは……跡部か」
乾と氷帝学園テニス部部長・跡部景吾との間に接点はほとんどない。
青学と氷帝は都大会で何度か対戦したことがあり、互いの顔と名前は知っているが、乾自身は跡部とそこまで話したことはなかった。
身体的な特徴やテニスの癖などのデータは持っているが……跡部の人柄についてはそこまで詳しくない。
……彼は、このゲームに乗るのだろうか。
氷帝テニス部200名による『氷帝コール』。
ジャージを放り投げながらの『勝つのは俺だ!』宣言。
そして『俺様の美技に酔いな』発言。
「まいったな…」
いいイメージがあまりない。
跡部に関する記憶を辿りながら、乾は表面上はあくまでも無表情に困った。
(この名簿に載っている跡部があの跡部なら、少なくとも人間であることは確かだ)
相手が人間なら、例え彼がゲームに乗っていたとしても、戦うなり逃げるなりは出来るはずだ。
逆に、彼がゲームに乗っていないのであれば仲間を一人増やすことが出来る。
そう結論付け、乾はこれからの行動方針を決めた。
(まずは近くにあるはずの山陽自動車道を探す。
それから京都に向かい、可能ならば病院を探そう。何か役立つ物があるかもしれない。そして最終目的地は東京だ)
そうして少しの休憩を終え、乾は座り込んでいた木の根本から立ち上がろうとし――――失敗した。
「動かないで」
若い、女性の声。
後頭部に突きつけられている筒状の物。恐らくは――――拳銃。
(こういう場合はどうするべきなのか…)
初体験だな、とくだらない事実に気が付き、口元が笑う。
現実感が湧かないせいなのか、声が女性の物だったせいなのか…乾は自分でも驚くほどに落ち着いていた。
「質問に答えてください」
そう言うサクラの声は凛としていた。
今自分が武器を突きつけている男は、身動き一つしない。
油断なく身構えながら、サクラはさらに質問を続けた。
「あなたは、このゲームに乗る気はあるんですか?」
「ないよ」
あっさりと拍子抜けするほどの即答が返り、サクラは困惑する。
「……本当ですか?」
「ああ。どう言えば信じてもらえるのかな」
人間の急所の一つである頭に武器を突きつけられているというのに、やけに冷静に……むしろ楽しそうに、男が答える。
(なんなのコイツ…もしかして、この武器、殺傷能力はまったくなくて、コイツはそれを知っているとか……)
サクラの支給された武器は、人間に対してはかなりの殺傷能力を持つ当たり武器だ。
もっともその武器は大幅に狂った照準に設定されていたのだが、それはサクラも、元々の持ち主である
槇村香も知らないことであった。
予想外の男の態度に、拳銃の威力を知らないサクラは心中で様々な不安と憶測を渦巻かせる。
「君は乗る気なのか?」
「まさか!私は仲間を捜してるんです」
「奇遇だな。俺もだよ」
まるで世間話をするような気軽な口調。
この男は、信用できるのだろうか……?
「どうすれば信じてもらえる?」
サクラの心を読んだようなタイミングで、男が更に質問を重ねた。
「……」
「……よし、こうしよう」
妙な沈黙を破り、男が口を開いた。
「俺のことを話すから知ってくれ。そこから信用できるかできないか判断してくれないか」
「……はぁっ?!」
「俺の名前は
乾貞治。青春学園中等部3年11組。テニス部所属。身長は184㎝。体重は62㎏。誕生日は……」
(なんなのこいつ――――っ!!?頭おかしい?てゆうか、キモい!!)
内なるサクラの叫びは乾には届かず、彼の自己紹介はその後延々と30分以上続いた――――
【兵庫県と京都府の境目にある林/出発から数時間】
【春野サクラ@NARUTO】
[状態]:健康
[装備]:コルトローマンMKⅢ@CITY HUNTER(ただし照準は滅茶苦茶)
[道具]:荷物一式
[思考]:1.目前の男が信用できるか確かめる(でもキモがっている)
2.ナルト、シカマルと合流して脱出を目指す
3.大蛇丸を見つける
【乾貞治@テニスの王子様】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:荷物一式(水を少量消費済み)、手帳、弾丸各種
[思考]:1.この女性(サクラ)に信用してもらう
2.東京に向かい、越前、竜崎桜乃、跡部と合流する
3.脱出を目指す
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最終更新:2024年08月15日 06:39