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すきま風が冷たくて - (2006/12/02 (土) 20:35:14) の1つ前との変更点

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  ボロアパートというのはやっぱこの時期寒い。もう死ぬかと思うほどに。しかし屋根のある場所で寝られるのだ、文句など言えるはずもない。そもそも俺がもっとしっかり稼げば……。 「マスタ、独り言は暗いからよぉないよ?」 「え、口に出してたかっ」 「? 変なマスタやなぁ。ちゅーかちゃっちゃか寝ないとあかんよー。明日も早いんやから」   首をかしげながらも、化石がこたつを部屋の隅へと追いやる。ここで布団を敷いて寝るのは俺だけだ。化石はなぜか『居候の基本やー』とか言って押し入れの中で寝る。   と、そんなことを考えているうちに、化石が俺の布団を敷いてくれる。 「わざわざすまないな」 「ええのええの。うちがこうしておかんと、マスタいつも徹夜やん」   図星だ。いつも俺より早く眠っているはずなのに、やっぱり分かってしまうものか。 「黙っててもちゃーんと分かってるんよ。だから今日はちゃんと寝るんやでー」   相変わらずの微妙な関西弁と共に俺の背中を押す化石。うぅ、やっぱりええ子だなぁ……泣けてきた。 「ありがとう、化石。じゃあ今日はお言葉に甘えて……」   そのとき、俺の首筋をすきま風が通り過ぎる。……寒っ! 慣れてたと思っていても、やはり身震いをしてしまう。 「マスタ、寒いん?」 「あ、あぁ、まぁな……うぅ」 「さよかぁ……うん、ならうちの布団も使ってええよ。押し入れの中意外と暖かいねんっ」 「あ、暖かいって……それでも布団ないときついだろ?」   だいたい押し入れが暖かいなんて聞いたことないぞ。だがこちらに有無を言わせず、すでに化石は布団を引きずり出す作業に入っている。   うーむ……でも化石って人間じゃないんだよな? じゃあ寒いとか実は感じないのかな。 「ほい。ちゃーんと暖かくして寝るんよ?」 「え、う、うん。ホントに大丈夫なのか?」 「だーいじょうぶやって。アホは風邪引かないゆーやん……って、それは馬鹿やっ! というか誰が馬鹿でアホやって!?」   ひ、一人ボケツッコミ……。 「ということや。マスタは気にせず、暖かーくして寝るんやっ。ほな、おやすみー」   結局こちらに何も言わせぬまま、押し入れの中へ潜り込んでしまう化石。そして押し入れの襖が閉め切られ……あーあ、ホントに大丈夫かなぁ。 「……ま、せっかくの厚意だから」   押し入れの向こうにいる化石に頭を下げ、借りた布団を自分の布団の上に重ねる。そして布団の中に潜り込んでみたら……体だけではなく、心までもが暖まる気がした。   深夜……。 「まま、マスタ……マスタぁ」   まるで雪山に遭難したかのような震える声。その声が、なぜかやたらと大きく頭の中で響いたような……。 「マスタぁ……」 「んぅ……化石……って、顔近っ!!」   重いまぶたを開けてみれば、涙目で震える化石の顔面ドアップがお出迎えしてくれた。鼻の頭が赤い。そうとう寒かったんだな。 「ま、マスタのためと思ったんやけどなぁ……やっぱ、寒いんよ。耐えられなかったんよ。自分が情けないんよぉ……」   やっぱり大丈夫じゃなかったか……というか宝石乙女も寒暖を感じるんだ。 「分かったから泣くなって、微妙に口調変だし。あー、こんなに冷えちゃって」 「うぅ、辛抱足りなくてごめんなぁ」 「俺こそごめん、化石のことちゃんと考えてやれなくて」   冷え切った化石の手のひらを握れば、冷たいだけではなく、震えも自分の体へと伝わってくる。眠りについた時間は覚えていないが、一体どれほどの間震えていたのだろうか……なんだか鈍感な自分に嫌気が。あぁ、ホントダメだな、最近。 「こたつ、入るか?」 「ダメや……電気代かかる」 「別にそこまで気にしなくてもいいのに」 「こ、こたつより……マスタが手ぇ握ってくれるのが暖かいんよ」 「え? あ、そ、そうか? そそ、それでいいなら、別に」   涙目で少し顔が赤くて……そして今の発言。化石が普段以上に可愛く見えてきた……このまま放っておくことなどできない。こういうときは貧乏を貫いた師たちに習った方法を! 「よし、決めた。化石、一緒に寝るぞ」 「うん、一緒……一緒っ!? マスタっ、今の発言はダウトやっ!」 「何をわけの分からないことを……つーかいきなり元気に」 「そそそそ、そなことゆーてもっ、男と女が一つの布団ちゅーたら乳繰り合うっちゅーことやないかっ!」   ……この子は突然何を言い出しますか。 「いったい誰の入れ知恵だ……そーいうやましい意味じゃなくて、雪山で遭難したときの基本の方だぞ、俺が言っているのは」 「なっ、雪山で遭難したら乳繰り合うんかっ!?」 「違うっつーに……あー、もういいや」   このままだとらちがあかない。というか寝られない。 「え、マスタ……ひゃぁっ!」   化石に布団を被せ、自分の体に引き寄せる。 「ま、マスタと、体くっついて……」 「貧乏人の知恵だ。こうしてりゃ暖房なしでも暖かいだろ?」 「そ、そやな……手、握ってもらうよりも」   胸元に見える化石の顔。顔は赤いが、先ほどまでの震えは収まっている。 「……暖かい」 「だろ。子供のころは俺も親にこうしてもらったモンだ」   自慢じゃないが、子供のころから少々お金に困った生活だったからな。今ほどではないけど。だが、嫌ではなかった。やはりこういうことをしてもらえたのが嬉しかったのだと思う。   ……化石はどうだろうか。彼女は年頃の女の子、成り行き(というか半ば無理矢理)とはいえ、こうして男と一つの布団を共有するのは嫌なのかもしれない。暖かい布団、やはり用意しないとダメかなぁ。 「もう少しお金貯まったら、化石の布団も新しいの買わないとな。これから寒くなるから厳しいぞ」 「ダメや。布団買うお金があったら生活費に回さんと」 「でも毎日こうだと化石もいろいろ問題ないか?」 「え、うちは……」   短い沈黙。布団に顔を半分埋め、上目遣いでこちらに視線を送ってくる。 「う、うちは、暖かい布団より……暖かいマスタのが、ええよ?」 #ref(http://obsidian.no.land.to/jm/f/jm0269.gif)   ……今、胸を撃ち抜かれた気がした。 「そ、そやからな、お金は生活費に回す、そういうことやっ。じゃ、おやすみっ」   顔を真っ赤にさせた化石が、布団の中に潜り込む。その後すぐに、俺のシャツが小さな手に引き寄せられる感触。   ……暖かい布団より、暖かい俺。 「……おやすみ、化石」   やっぱり、この子はいい子だよ。みんなに自慢できる宝石乙女だ。すきま風が厳しい部屋だけど、今の俺はそんなもの微塵も感じることはなかった。   朝食後、二人並んで食器を洗う。 「寒い日は寄り添って寒さをしのぐっ。うち、また一つ賢くなったっ!」 「そうかそうか。なら俺も協力しないとなぁー」   今年の冬は、暖かく過ごせそうだ。
  ボロアパートというのはやっぱこの時期寒い。もう死ぬかと思うほどに。しかし屋根のある場所で寝られるのだ、文句など言えるはずもない。そもそも俺がもっとしっかり稼げば……。 「マスタ、独り言は暗いからよぉないよ?」 「え、口に出してたかっ」 「? 変なマスタやなぁ。ちゅーかちゃっちゃか寝ないとあかんよー。明日も早いんやから」   首をかしげながらも、化石がこたつを部屋の隅へと追いやる。ここで布団を敷いて寝るのは俺だけだ。化石はなぜか『居候の基本やー』とか言って押し入れの中で寝る。   と、そんなことを考えているうちに、化石が俺の布団を敷いてくれる。 「わざわざすまないな」 「ええのええの。うちがこうしておかんと、マスタいつも徹夜やん」   図星だ。いつも俺より早く眠っているはずなのに、やっぱり分かってしまうものか。 「黙っててもちゃーんと分かってるんよ。だから今日はちゃんと寝るんやでー」   相変わらずの微妙な関西弁と共に俺の背中を押す化石。うぅ、やっぱりええ子だなぁ……泣けてきた。 「ありがとう、化石。じゃあ今日はお言葉に甘えて……」   そのとき、俺の首筋をすきま風が通り過ぎる。……寒っ! 慣れてたと思っていても、やはり身震いをしてしまう。 「マスタ、寒いん?」 「あ、あぁ、まぁな……うぅ」 「さよかぁ……うん、ならうちの布団も使ってええよ。押し入れの中意外と暖かいねんっ」 「あ、暖かいって……それでも布団ないときついだろ?」   だいたい押し入れが暖かいなんて聞いたことないぞ。だがこちらに有無を言わせず、すでに化石は布団を引きずり出す作業に入っている。   うーむ……でも化石って人間じゃないんだよな? じゃあ寒いとか実は感じないのかな。 「ほい。ちゃーんと暖かくして寝るんよ?」 「え、う、うん。ホントに大丈夫なのか?」 「だーいじょうぶやって。アホは風邪引かないゆーやん……って、それは馬鹿やっ! というか誰が馬鹿でアホやって!?」   ひ、一人ボケツッコミ……。 「ということや。マスタは気にせず、暖かーくして寝るんやっ。ほな、おやすみー」   結局こちらに何も言わせぬまま、押し入れの中へ潜り込んでしまう化石。そして押し入れの襖が閉め切られ……あーあ、ホントに大丈夫かなぁ。 「……ま、せっかくの厚意だから」   押し入れの向こうにいる化石に頭を下げ、借りた布団を自分の布団の上に重ねる。そして布団の中に潜り込んでみたら……体だけではなく、心までもが暖まる気がした。   深夜……。 「まま、マスタ……マスタぁ」   まるで雪山に遭難したかのような震える声。その声が、なぜかやたらと大きく頭の中で響いたような……。 「マスタぁ……」 「んぅ……化石……って、顔近っ!!」   重いまぶたを開けてみれば、涙目で震える化石の顔面ドアップがお出迎えしてくれた。鼻の頭が赤い。そうとう寒かったんだな。 「ま、マスタのためと思ったんやけどなぁ……やっぱ、寒いんよ。耐えられなかったんよ。自分が情けないんよぉ……」   やっぱり大丈夫じゃなかったか……というか宝石乙女も寒暖を感じるんだ。 「分かったから泣くなって、微妙に口調変だし。あー、こんなに冷えちゃって」 「うぅ、辛抱足りなくてごめんなぁ」 「俺こそごめん、化石のことちゃんと考えてやれなくて」   冷え切った化石の手のひらを握れば、冷たいだけではなく、震えも自分の体へと伝わってくる。眠りについた時間は覚えていないが、一体どれほどの間震えていたのだろうか……なんだか鈍感な自分に嫌気が。あぁ、ホントダメだな、最近。 「こたつ、入るか?」 「ダメや……電気代かかる」 「別にそこまで気にしなくてもいいのに」 「こ、こたつより……マスタが手ぇ握ってくれるのが暖かいんよ」 「え? あ、そ、そうか? そそ、それでいいなら、別に」   涙目で少し顔が赤くて……そして今の発言。化石が普段以上に可愛く見えてきた……このまま放っておくことなどできない。こういうときは貧乏を貫いた師たちに習った方法を! 「よし、決めた。化石、一緒に寝るぞ」 「うん、一緒……一緒っ!? マスタっ、今の発言はダウトやっ!」 「何をわけの分からないことを……つーかいきなり元気に」 「そそそそ、そなことゆーてもっ、男と女が一つの布団ちゅーたら乳繰り合うっちゅーことやないかっ!」   ……この子は突然何を言い出しますか。 「いったい誰の入れ知恵だ……そーいうやましい意味じゃなくて、雪山で遭難したときの基本の方だぞ、俺が言っているのは」 「なっ、雪山で遭難したら乳繰り合うんかっ!?」 「違うっつーに……あー、もういいや」   このままだとらちがあかない。というか寝られない。 「え、マスタ……ひゃぁっ!」   化石に布団を被せ、自分の体に引き寄せる。 「ま、マスタと、体くっついて……」 「貧乏人の知恵だ。こうしてりゃ暖房なしでも暖かいだろ?」 「そ、そやな……手、握ってもらうよりも」   胸元に見える化石の顔。顔は赤いが、先ほどまでの震えは収まっている。 「……暖かい」 「だろ。子供のころは俺も親にこうしてもらったモンだ」   自慢じゃないが、子供のころから少々お金に困った生活だったからな。今ほどではないけど。だが、嫌ではなかった。やはりこういうことをしてもらえたのが嬉しかったのだと思う。   ……化石はどうだろうか。彼女は年頃の女の子、成り行き(というか半ば無理矢理)とはいえ、こうして男と一つの布団を共有するのは嫌なのかもしれない。暖かい布団、やはり用意しないとダメかなぁ。 「もう少しお金貯まったら、化石の布団も新しいの買わないとな。これから寒くなるから厳しいぞ」 「ダメや。布団買うお金があったら生活費に回さんと」 「でも毎日こうだと化石もいろいろ問題ないか?」 「え、うちは……」   短い沈黙。布団に顔を半分埋め、上目遣いでこちらに視線を送ってくる。 「う、うちは、暖かい布団より……暖かいマスタのが、ええよ?」 #ref(jm0269.gif)   ……今、胸を撃ち抜かれた気がした。 「そ、そやからな、お金は生活費に回す、そういうことやっ。じゃ、おやすみっ」   顔を真っ赤にさせた化石が、布団の中に潜り込む。その後すぐに、俺のシャツが小さな手に引き寄せられる感触。   ……暖かい布団より、暖かい俺。 「……おやすみ、化石」   やっぱり、この子はいい子だよ。みんなに自慢できる宝石乙女だ。すきま風が厳しい部屋だけど、今の俺はそんなもの微塵も感じることはなかった。   朝食後、二人並んで食器を洗う。 「寒い日は寄り添って寒さをしのぐっ。うち、また一つ賢くなったっ!」 「そうかそうか。なら俺も協力しないとなぁー」   今年の冬は、暖かく過ごせそうだ。

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