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オルゴール」を以下のとおり復元します。
  ふと、古い小箱を開けてみる。遠い昔に大切だったあの人の思い出。螺子を巻けば、今でも懐かしいメロディーを奏でてくれる。

  いつのことだったか……招かれたお屋敷の一室に彼はいた。病弱だった彼。部屋の中と、ベッドから見える窓の景色だけが全てだった。
  外に出ることができず、同世代の若者のように踊ることもなく……歌うこともなく……毎日を部屋の中で、ベッドの上で過ごす生活。
  孤独に生きる彼の慰めに、話し相手になればと、私が招かれたのだった。残された時間はわずかだときいていた……。

  少し殺風景だった窓の景色を、季節の移ろいがわかるように、また彩りのあるものにしようと、庭園から樹や花を持ち込んだ。
  少しでもいい眺めを見せてあげようと手入れに勤しんだ。部屋も色とりどりの花で飾った。
  日の光を浴びることが出来ない代わりに月明かりを楽しめるように枝を払った。
  閉ざされた感情の扉が開かれていく。日に日に顔色がよくなり、同時に二人は打ち解けてきた。

  それからは二人で窓からの景色を楽しみ、本を読み、いろいろな話をした。現代と違い、娯楽の少ない時代だったから、興味はおのずとお互いのことになっていった。契約を結んだ時に見せてくれた笑顔はいまでも忘れられない。
  お見舞いにと、オルゴールをいただいたときはとても嬉しそうだった。オルゴールが奏でる楽曲は彼の心をおおいに慰めてくれた。彼の穏やかな顔を見ている時間が幸せだった。

  いま、そのオルゴールは宝石箱に姿を変えて私の手元にある。彼が去る間際に作り変えさせたものだ。最後の時に、精一杯の笑顔を添えて手渡してくれた。
「いままでありがとう。貴女のおかげで、退屈だった私の人生も、最後にはとても楽しかったと振り返ることができます。泣かないで下さい、愛しい人。僕はもう、貴女に会うことはできないけれど。貴女はまた、僕に会うことができますから」
  とても愛してくださった……優しい方だった。彼を看取ったあとは胸が痛くて聴けなかったメロディー……いまなら、落ち着いて聴くことができる。
  愛情がなくなったわけじゃない。今も変らない不変の愛。愛は分けたり、減ったりするものじゃない。想いが募れば、限りなく湧いてくるもの。
「ねえ、マスター。私、いまもとても幸せなんですよ……いまのマスターも貴方のように優しい方。喜んでくださるかしら……」

  古い小箱は魔法の小箱。いつでも私を彼と会わせてくれる。
  古くて懐かしいメロディー。わずかな時間の思い出との邂逅。

復元してよろしいですか?

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