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青年は少女と出会った。 一時の出会い……二人は、そう思っていた。 そう、これはただ一時の出会い。再会を約束出来る、ただの出会い。 -願い事、ひとつ- 「娘と話をしたそうだね」 夕食後、笑顔と髭が印象的な、初老の男性が彼に話しかけてくる。 この老人こそ、今回の仕事の依頼主であり屋敷の主。ホープの義父だ。 彼は先日挨拶を済ませているが、その容姿に合った穏やかな人物だというのが第一印象。 「はい。可愛らしいお嬢様ですね」 「ああ、私(わたし)には勿体ないほどに、な」 「そんな事はありません。貴方も立派な方ですから」 「そうか……娘の事は聞いているんだったな」 「はい。確か人形、と」 正直、まだ信じ切れていない事実。 姿形は人と変わらぬ……いや、元々人形は人を模したものだ。その言い方はおかしいかも知れない。 だが、彼はあの花を手渡すときに感じていた。彼女には温もりも、心もある。それは人形という器ではなく、人と変わらぬもの。 ……何故か、彼の頭にはホープの顔が、あの悲しげな表情が離れない。 「老い先短い男の元に何故来たのか、私には分からん。だが、妻が生きていたら喜んでいただろうなぁ」 「病気ですか?」 「昔から病持ちでね。子供を妊る事も出来ず、逝ってしまったよ……ん、すまない、こんな話を。どうも年を食うと自分語りを したがってしまう。もっと明るい話をしなくてはな」 その言葉に苦笑いを浮かべる彼。当然だが、彼はこの手の暗い話が苦手だ。 そのとき、主人の背後からホープの姿が見える。 「あの……」 「ん、どうしたんだいホープ?」 「え、何を話しているのか気になって……その」 横から口を挟んだ事を気にしているのか、どこか落ち着かない様子を見せる。 しかしそれとは対照的に、主人は笑顔でホープの頭を撫でる。 「彼に少し話を聞いて貰っていただけだよ」 「そうですか……えっと、あの……」 「彼と話がしたいのかい?」 遠慮がちに頷くホープ。すでに顔を見るだけで分かってしまう、義理とはいえさすが親子といったところか。 「構わんよ。私もそろそろ部屋に戻らなければならないしな……それじゃあ、しばらく娘の相手をお願いして良いかな?」 「はい、喜んで」 二つ返事のおまけ付で答える彼。 ホープの顔にも、笑顔はなけれど少しだけ嬉しそうに見える。 「あまり遅くならないようにな。では先に失礼するよ」 「うん。お父様、おやすみなさい」 屋敷の主は、義理の娘でしかも人ですらないホープを、実の娘として可愛がっていた。 彼が招かれたホープの自室も、そんな主の娘を少女として思う気持ちから用意してもらえたのだろう。 室内はホープが来てからわざわざ改装したのか、古びた屋敷に似合わぬ美麗さを誇っている。 一人娘の部屋としては広すぎる。庶民である彼は、心の中で呟いてしまうほどに。 「その、考えてみたんですけど……」 テーブルを挟み、向かい合わせで椅子に座る彼とホープ。 ホープは目の前にいる彼の顔を伺いながら、出会ったときに見せたあの花をテーブルに置いた。 「こんな大きな花が貴方のポケットに入るには、折りたたまなくちゃいけないと思うんです」 「まぁ、確かに」 まさか、あの手品の事を今まで真剣に考えていたのか……。 胸の内の彼が苦笑を浮かべる。 「でも花をたたんだらやっぱダメですよね。二つに折れちゃいますから……でも小さくする方法なんてそれしかないし……んー」 そしていきなり考え込む。 「あ、あのぉ……」 「え、あぁ、もう少しだけ待って下さい……自分でちゃんと考えないと……うーん」 「その、えー……分からない事を無理に解決しなくてもいいと思うけどなぁ。謎があった方が、世の中楽しいよ?」 「でも……その、やっぱり私も……やって、みたい……ので」 これが分からなくてはきっと彼と同じような事は出来ない。そう思っているのだろう。 探求に探求を重ねる事は悪い事ではない。 こうして見せた相手が悩んでいるという事は、自分の芸が楽しんで貰えたという事にもなる。彼としても喜ばしい事だ。 そして何より、一輪の花を前に悩むホープの姿が、やけに微笑ましかった。 初めて見たあの悲しげな面影。彼のホープに対する儚げなイメージも、こんな姿を見ては忘れてしまいそうになる。 「そうかー……分かった。じゃあ俺が子供の時に遊びでやってた奴、教えてあげるよ」 「え……でも、お仕事の事は……」 「いいんだよ。こういう事に興味を持ってもらえるのは嬉しいし。花の方はさすがに内緒だけどね」 「……女性には、いつもあのような挨拶を?」 「いやいや、そういう訳じゃなくて……まぁいいや。それじゃあ早速やってみようか」 ◆ 両腕の袖をまくり上げ、手の表裏をまずホープに見せる。 「この通り、何にもないただの手です。ですが、あなたと手を合わせるとたちまち不思議な事が起ります。では、こちらに手を 差し出してもらえますか?」 仕事口調の彼に戸惑いながらも、両手を彼に向けて差し出すホープ。 小さなホープの手。その上に、彼の手が重なる。 「それでは、少しの間だけ目を瞑っていて下さい。私がこれから3カウントをしますので、それが終わったら目を開けて下さい」 「はい……これで、いいですか?」 「ありがとうございます。それでは……ワン、ツー、スリー!」 「……ん」 「……あの、もう目を開けていいですよ?」 「はい……あれ?」 彼の手のひらには、先ほどまでは全く存在していなかった1枚のコイン。 ホープが目を瞑っている間、彼の手は全く動いていない。それはずっと手が触れ合っていたホープ自身が一番よく分かっている。 だが、何も動作のなかった手には1枚のコイン。 挨拶の時に浮かんだ疑問が、再び沸き上がる。何度も首をかしげてみるが、手が動いた形跡は全く見あたらない。 最初から手に仕込んでいたという可能性は全くない……ホープには、その疑問を解決する手段が見つからなかった。 そんな彼女を見て、彼は軽く微笑みを浮かべる。 「驚いた?」 「は、はい……その、これを教えてくれるんですか?」 「うん」 何もないところから物を出す。 そんな事が自分に出来るのかと、ホープが不安げな表情を浮かべる。 「大丈夫、簡単な事なんだ。じゃあもう一回目を瞑って、ちょっと準備するから」 軽く頷き、彼の言う通りに目を瞑る。 「もういいよ。じゃあ今度は目を開けたままやってみるから……下らない事だって、怒らないでね」 苦笑を浮かべながら、再び同じようにホープの手に自分の手を重ねる。 一体どんな事をしたのだろうか……今までにはなかった期待が、彼女の胸にこみ上げる。 「じゃあさっきと同じように……ワン、ツー、スリー!」 ……軽く揺れた彼の頭から、コインが落ちてきた。 「え……これだけ?」 「そ、これだけ。がっかりさせちゃった?」 「……え?」 先ほどまで何故自分は悩んでいたのか、そちらの方が疑問に思えるほどの真実。 コインは頭に乗せてあっただけで、それを手に移しただけ。 「こういうのって、大体種明かしすると面白く無くなっちゃうんだよね。大体の手品って、こういうものだから」 「はぁ……あの花も、そうなのですか?」 「まぁね。でも花の奴はこれよりずっと大変なんだよ?」 「そう、ですよね。確かにこれなら私にも……」 そこまで呟いて思った。頭に乗せたコインを、自分は手のひらに乗せる事が出来るのかと。 こんな器用な事を子供の頃からやっていたという彼。 「すごい、ですね」 「え?」 「……あんなに上手く、コインを乗せられるから。やはり、たくさん練習したのですか?」 「まぁね。こんな事を必死に練習してたなんて、ちょっとアホらしいけど。でもそんなアホらしいことでも、誰かを驚かせたり 楽しませたり出来るなら、少しは必死になってみてもいいかなって思うんだ」 彼のやってきた事は、全て練習の賜物。 彼は魔法使いでも精霊でもない、何もないところから物を出現させる事を、努力でやれるようにした。 ただ、誰かを驚かせたり楽しませるために。 ――すごい。彼女は素直にそう思った。 「練習すれば、出来るんですね?」 「うん」 「……コツとか、ありますか?」 彼ほど上手くできなくても良かった。 ただ、自分も大切な人を笑わせてみたい……それだけだ。 「コツかぁ。俺自身もう感覚でやってるから、ちょっと分からないかも」 「そうですか……」 「あぁ、でもあまり強く振りすぎないようにするべきだと思うよ。手は動かせないからね」 ――こんな風に教えるのは初めてだ。 終始彼は、そんな事を呟く。 そして、彼にとって初めての手品指導が終わるのは、執事が様子を見に来た頃だった。 ◆ 主の誕生パーティは、静かに執り行なわれていた。 来賓らしい人はなく、娘であるホープと数人の使用人達のみの宴。 貴族のパーティと言われて、もっと大勢の前でやるのかと緊張していた彼にとって、少しだけ拍子抜けする事実。 だが、それでも皆煌びやかな装いで、尚かつ暖かい空気に包まれた主の部屋。 ここは見栄の存在しない、まるで狭い一軒家に集う大家族のような雰囲気。 そんな空気の中に、自分は受け入れてもらえるだろうか……。 「この度お招き頂き、誠にありがとうございます。今宵は皆様に必ず笑顔を届けるので、是非ご覧下さい」 敬語の苦手な彼が四苦八苦の末考えた挨拶。 きっとおかしい事だらけだろうが気にしない。彼の勝負はこれからなのだ。 ホープに教えたアホらしい真実。 その中でもとりわけすごい、アホくさい練習の成果を、ここで。 ◆ 夢のような時間。 言葉にすれば短く、またそれを感じる時間も短い。 それでも、今この場はその言葉にふさわしいものだった。 笑顔の満ちあふれる宴の場。 その中央で、彼らに笑顔を振りまく彼。 ホープの目には、それが夢を作る魔法使いのようにも見えてしまう。 手先の技術を高めて生み出された芸の数々。 それが、人々に笑顔を与えている。 ……素晴らしい、魔法。 「いやぁ、本当に素晴らしい。面白い青年だ」 主……かけがえのない人が、笑っている。 彼が、笑顔を与えてくれた。 自分はどうだろう……。 「……可愛い笑顔だ」 微笑み、そう呟く主。 ホープは、笑っていた。彼の魔法で。 「今日は、本当に素晴らしい日だ。神様は私に、こんな素晴らしい贈り物を授けてくれたのだから」 彼女の頭に、手を伸ばす。 空のように青い髪を、優しく撫でる。 「ありがとう」 小さく呟いた、礼の言葉。 ……自然と、涙が溢れた。 ホープの涙に、一時は騒然とした誕生パーティ。 「一瞬失敗したのかと思った」 彼が、苦笑混じりに呟く。 夜のバルコニーでホープと二人……彼女に連れ出された、ただそれだけの事。 「ごめんなさい。でも、本当にすごかったです、ポケットからお城を出すぐらいに」 「ありがとう。じゃあ今度はお城を出すのも考えておくかな」 「それが出来たら、いつでも王様になれますね」 二人で笑い合う。 初めて、自然と浮かべる事の出来た笑顔。 「ありがとうございます。貴方のおかげで、なんだか心が楽になって……」 「……そっか」 彼はただ、ホープに笑みを向ける。 一仕事やり終えた、そんな笑顔。 「でも、これでお仕事は終わりなんですね……なんだか、寂しいです」 「また呼んでくれたら、いつでも駆けつけるよ。そういう仕事なんだから……それに」 何も持っていなかった手のひらに、コインが一枚姿を現す。 あのときの練習に使ったものだ。 「俺の初めての教え子なんだ、これで終わりなんかじゃない」 彼女の前に、コインを差し出す。 「またいつか、新しい手品を教えるよ」 少し不思議な、再会の約束。 ホープにはそれで良かった。 それだけで、また笑顔が浮かべられるから。 また、涙が溢れてしまうから……。 続 ----
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