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おませな子狐 - (2006/11/15 (水) 15:46:53) の編集履歴(バックアップ)


  その日は妙に目覚めが早かった。眠るのが早かったわけではない。ただ夢見はあまりよくなかったかも知れない。
  まぁ、それがどうかしたってわけじゃない。きっといつも通りの休日が、今日も僕を待っている。そう思い、3人の宝石乙女が待ち受けているであろう居間へと……。
「あっ、ご主人様!」
「おはよう蛋白石。そんな大声出して、どうしたの?」
  そこにいたのは、珍しく困った表情を浮かべる蛋白石。いや、困っているというよりは焦っているというか……。
「たた、大変ですよぉ! 殺生石がぁーっ」
「え……何かあったの?」
  妙な寒気が、背中を襲う。殺生石に何かあった……蛋白石がこんなに慌てるのは珍しい。もしかしたら命に関わることでも……。
「殺生石っ!」
  いつもいる隣の和室へ飛び込む。そこには電気石と……いつも殺生石が着ている着物が、俗に言う空蝉の状態で残っている。いない、のか? とりあえず部屋を見渡すために中に……。
「主様、こちらです」
  今、確かに殺生石の声が聞こえた。しかも目の前から。しかし殺生石の姿はどこにも……と、電気石が着物の方を指差していることにきづく。
  ……確かに、着物の塊がもぞもぞと動いている。そして中から出てきたのは……。
「主様、おはようございます」
  殺生石……しかしずいぶんと小さくというか、幼児化した姿だった。
「せ、殺生石が……お姉様よりちっちゃくなっちゃったんですよぉ!」
「……はぁ!?」

「ちっちゃい?」
「はい」
「……かわいい♪」
  と、嬉しがってるのは電気石だけ。僕はとりあえず朝ご飯の準備をし、小さくなってしまった殺生石のための服を用意して着せている。僕が今の殺生石と同じぐらいのころの服だが、どうしてそんな物を実家から持ってきたのだろう……。
  というわけで、普段は見られない男の子向きの服を着た殺生石というわけだが。
「で、電気石、あまりいじらないでください」
「いいこいいこ♪」
  なんかもぉ、すっかり電気石のおもちゃだ。
「あー……とりあえず、何があったの?」
  とりあえず現状を把握しなければならない。僕は無理矢理話を進める。
「はい……妾にもよく分からないのですが、おそらく擬態の姿を維持する能力が問題なのでしょう。たぶん何らかの影響で力が狂い、このような形になってしまったのかと」
  擬態の姿……殺生石は本来狐なのだから、狐耳の生えた人の姿は擬態ということになる。
「つまり原因不明なんだ」
「はい。何故かもとに戻ることもできませんし……とりあえず自分で解決策を見出さなくては……電気石、あまり尻尾を触らないでください」
「もふもふ?」
「ダメです」
  うぅむ、体も声も小さい子供なのに普段の殺生石の口調。なんか変だ。
「とりあえず今日はこの姿でいることにします。主様、何かあったらご協力を」
「う、うん。僕達も何とか戻る方法考えてみるよ」
「たくさんご飯食べたら元に戻るかも……」
  そんな育ち盛りの子供じゃないんだから……いや、見た目は子供だけどさ。某探偵よろしく頭脳は大人だけど。
「ありがとうございます。しかし主様たちは術の知識がありませんでしょう?」
「そ、そうだけどね」
「ですから、解決策は自分で見出します。主様たちはそれ以外のことで協力してくだされば充分です」
「うん、分かった。じゃあとりあえずご飯にしようか」
  普段より小さな殺生石と囲む朝食。いつも通りのはずなのに、なんだか変な感じ。
「んーっ……はぁ、この体は不便ですね」
  と、テーブルの中央にある漬物へ必死に箸を伸ばす殺生石。全然届いていないけど。
「はい、これでいい?」
  殺生石の茶碗に漬物を乗せる。
「すみません……むっ、うぅ……」
「……ねぇ、箸長すぎない?」
「これぐらい平気……くっ」
  箸を持つ手を震わせながら、ご飯を口に運ぶ。これではいつこぼしてしまうか……仕方ない。
「殺生石、ちょっと失礼するよ」
「えっ、あ、主様?」
  殺生石に箸を置かせ、その小さな体を抱き抱える。そしてそのまま僕の脚の上に。相手は殺生石、これからやること、普段の状態では恥ずかしいけど……まぁ、姿は子供だしね。ソーダちゃんにやってると思えば我慢は。
「こぼすよりはマシだと思うから。はい」
  殺生石の箸を使い、彼女の口元に先ほどのご飯を運ぶ。互いに恥ずかしい。しかし……あーんでもしてもらわなければいつかこぼす。
「……ふふ、主様ったら」
  ……恥ずかしいのは僕だけのようだ。
「い、いいから早くしてよぉ。恥ずかしいんだから」
「あーん?」
「ご主人様ー、顔赤いですよ?」
「主様、あーんって言ってください」
  意地悪だ、ここにいるみんな意地悪だ。しかも言わなきゃ食べないと殺生石の目は訴えてる。ホントに子供なのは体だけだよ、それ以外いつも通り。
「あ、あーん……」
「あーん……ん、やっぱり主様のご飯は美味しいですね」
「あ、ありがと」
  なんか殺生石より僕の方が疲れたような。もしかして戻るまでの間、僕はこれをやらなきゃいけないのか?
「お召し物を汚してはいけませんから。しばらくの間、よろしくお願いしますね」
  あー、やっぱそういうことね。はは、は……。
「主様、次はこれをお願いします」
「……はいはい」
  3人の視線を感じつつ、次は昨日の夕食の残りであるおでんの大根に箸をつける。あーあ、いつも通りの休日はどこへ行ったんだか……。

  羞恥プレイのような朝食の後、殺生石の事を2人に任せて僕は学校に提出する課題作成にとりかかっていた。しかし、ナマコに関するレポートって……まぁ、生物系の勉強なんだから、驚くこともない。
「ぽふぽふ♪」
「だから尻尾に触らないでとあれほど……」
「小さくなっても尻尾は9本なんだねー」
  居間の方から、3人の声が聞こえる。いつもと違う騒動が起きちゃったけど、何だかんだでみんないつも通りなんだな。はぁ……のどかだなぁ。
「主様ーっ、電気石を止めてくださいっ!」
「しっぽー♪」
  ……大変だなぁ、殺生石。

  これ以上電気石に尻尾を弄られたくないというので、なぜか僕は殺生石を連れて散歩に行くこととなった。まぁ、課題は提出まで余裕がそこそこあるからいいんだけど。気分転換にもなるし、ちょうどいい。
「いつもと視点が違うので、いろいろと新鮮味がありますね」
  殺生石と手を繋ぎ、あちこちを見渡しながら街中を歩く。耳と尻尾がやたらと目立つが、それ以外は普通の子供と一緒なので、周りから見れば小さな子供が狐のコスプレ(?)をしてるようなもの。笑顔で殺生石を見ている。
  ……あれ、そういえば殺生石が街に来たのって、初めてじゃないか?
「いろいろと新鮮味というか、街に来るの初めてでしょ?」
「あら、それもそうでしたね。こんな姿でもなければ人前を歩けませんから」
  そっか。確かに普段の格好で街を歩いたら大変だ。
「じゃあ……2回目だね、デート」
  1回目のこと……あの殺生石に告白した日を、ふと思い出した……顔が熱い、熱すぎる。
「そうですね。そう考えると、この体になったことは不都合でもないのかもしれません……あら、だんな様ったら」
  僕の顔を見て、殺生石が笑う。恥ずかしいったらありゃしないよ、ホント。
「熱いのでしたら、何か冷たい物でも飲みになられては? わたくしのことは気にしなくて結構ですから」
「そ、そうもいかないよ……まぁいいや、その辺で何か飲んでいこうか」
  今までそんなことができるなんて思ってもいなかった。でも今、僕は殺生石と二人で喫茶店にいる。二人並んで席に座っている。見た目は子供とはいえ、好きな人とこうしていられるのはやっぱり嬉しい。
「これですか、電気石やソーダが言っていたくりーむそーだというのは」
  これも予想できなかった。殺生石がクリームソーダを頼むなんて。ちなみに僕はアイスココア。
「この上に載っている物があいすくりーむですか?」
「うん、そうだけど」
「では味見を……まぁ、これはなかなか……美味しいですね」
  アイスクリームを一口。そしてメロンソーダをストローで。関係ないけど、何でクリームソーダってメロンソーダなんだろ?
「だんな様も一口どうぞ」
「いや、僕はちょっと……って、その手は何?」
  アイスを乗せたスプーンを、僕の口元に向けてくる。そして一言……。
「だんな様、あーん……」
  やると思ったよ……とほほ。こんな期待の眼差しを向けられては、断ろうにも断れない。
「あーん……」
  先ほどに引き続き羞恥プレイ。しかも周りは知らない人だ。でもその周りから見れば、ヘタすれば親子に見られているかもしれない。それだったら
まぁ……。
  それでも僕は顔が赤い。だって殺生石は殺生石なんだから。しかし……断れない僕も僕だよな。女の子には弱いというか優柔不断というか……とにかく情けない。
「美味しいですか?」
「う、うん、美味しいよ」
「ふふ。あら、口についてしまいましたね。わたくしが取って差し上げます」
  とか言いながら何でこの子は顔を近づけてきますかっ。って、舐め取るつもりですか!?
「い、いいってば。自分で取るから」
「遠慮なさらなくていいのですよ。さ、お顔をこちらへ……」
「遠慮するってばぁーっ」
  あー、きっと今かなり目立ってるよ。恥ずかしい。

  僕ってどうしてこう羞恥プレイの餌食になるのだろうか。そんなことを思った喫茶店を出て、僕たちはいろいろなところへ行った。殺生石には全てが珍しい物で、それを見る目はホントに子供みたいで。お金があるから僕は調子に乗って殺生石の服を買ってみたり……初めての世間一般的なデートに、浮かれていた。
  とにかく楽しかった、時間も忘れるほどに……え、時間を忘れる!? 気づけば空は夕焼け色。これってすごくやばいよね。
「どうしよ……留守番の2人お昼ご飯抜きだよ」
「あら、そうでした。きっと蛋白石が怖いでしょうね」
「笑いごとじゃないよぉ。あー、帰るの怖いよ」
「ならば急いで帰りましょう。少しでも早く帰って夕食の準備をすれば惨劇の時間を短くは……きゃっ!」
  走り出そうとした殺生石が、落ちていたゴミに足を取られて転んでしまう。
「あっ、大丈夫!?」
「ったた……わたくしとしたことが……んっ」
  僕の手を借りて立ち上がろうとするが、顔をしかめてその場に座り込んでしまう。
「足首捻っちゃったの?」
「そうみたいです……やはり子供の体だと不便なこともありますね」
「それは仕方ないよ。はい」
  殺生石を背負うため、背中を向ける。だが、なかなか殺生石が背中にしがみついてこない。
「まぁ、あこがれのおんぶですね……ぽっ」
「顔赤くするのはいいから、早くしてよ。蛋白石に食べられたくない……」
「そうですね。ではしばしの間、背中を借りますね」
  その声の後、僕の背中にわずかな重さが伝わる。子供の体なだけあり、とても軽い。それでいて暖かい……。
「だんな様の背中、広いのですね」
「そうでもないよ。僕なんて小柄だと思うし」
「ふふ、言ってみたかったのですよ。あこがれの台詞です……でも、本当に広くて、暖かい」
  周りの風景も覚えられないほど、僕の頭は沸騰した。とても恥ずかしくて、それでいて嬉しい。そんな感じ。平穏な休日ではなくなったけれど、それ以上の思い出に残る大切な時間。それを与えてくれた朝の騒動に、今は感謝したい。それだけで、胸がいっぱいだった。

  その後、蛋白石に頭から食べられそうになったものの、幸せな休日は穏やかに幕を閉じた。そして殺生石といえば……。
『どうやら擬態維持に使用していた妾の力が一時的に落ちただけのようです』
  というわけで、次の日には元に戻って……まぁ、一件落着ということで。
「小さくなる方法は分かりましたから……次はだんな様のお布団に……」
「……なんか不穏なこと考えてない?」
「ふふ、どうでしょう? 秘密です」

「……ちっちゃくない」
  つまらなそうな顔をした電気石が呟いた。
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