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ご飯で満ちない心とか

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jewelry_maiden

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「主様、みかんを一つ取って頂けませんか?」
「マスター……似顔絵」
  こたつを出して以来、居間はいつもよりにぎやかだ。夕食後はこうしてみんなで集まって、テレビを見たりのんびりしたり。なんというか、心地いい。
「はい、殺生石」
「ありがとうございます……本当、やみつきになってしまう味ですね」
「マスター」
「うん、えーっと……前より上手になったね」
「……うん」
  でも、こたつの中でこの二人にくっつかれるのはさすがに暑い。僕がどこかへ移動しても何かあるごとにくっついてくるからなぁ。
  ……あれ、そういえば……。
「主様、お口を開けてください」
「え、うん……ん、美味しい」
「主様の実家は美味しい物ばかりですね。いつか行ってみたいものです」
「私も……いく」
「あー、お金ないから無理だよ。今年は実家に帰れそうにない」
「んー……マラソン?」
「絶対無理だよ」
  あー、二人とも残念そう。でもどうしても今の生活、四人の共同生活を続けているとお金がね……。
  ……って、そういえば蛋白石は? お喋り好きなのに全然口を挟んできていないよ。
「蛋白石、さっきから黙ってるけど、どうしたの?」
「……どうしました?」
「いや、なんかぼんやりしてたから」
  話しかけるまで、心ここにあらずという顔をしていた蛋白石。
「晩ご飯が少なかったのですか?」
  それは絶対ないよね……いつも通りたくさん食べて……あれ、たくさん食べてたっけ?
「ううん、今日もたくさん食べたよ……美味しかったよ、ご主人様のご飯」
「そ、そう。ありがとう……」
  なんかいつもの蛋白石らしくない反応。僕の返事もぎこちなくなってしまう。それになんというか……いつもより表情が暗いような。
「わ、私、そろそろ寝ますねー。みんな、おやすみー」
「え? まだ九時なのに……」
「ちゃんと寝ないとお肌に悪いですよー。ご主人様も夜更かしはめーですよ」
  いつも通りの蛋白石……に、見えるだけの口調。どこかそれは嘘っぽくて、自然じゃない。というか作っているというか。
  とにかく、放っておいてはいけない。そんな気がする。でも、僕が呼び止めるよりも先に蛋白石は居間を出て行ってしまった……ホント、どうしたんだろう?
「……主様。今日は妾、これから用事がありますので、失礼します」
  と、立ち上がる殺生石。
「へっ? 珍しいね、夜から用事だなんて」
「ええ、ですけど内容は乙女の秘密です。電気石も今日はもう寝なさい」
「んー……」
  どこか強めの口調に、電気石は眉をひそめてうなずく。なんというか、殺生石も様子が変だ。いきなりどうしたんだろう。
「まったく、あの子らしくないではありませんか。もっと積極的に……」
「何か言った?」
「いえ、何でもありません。それでは行ってきますね」
  家の鍵などが入った巾着を片手に、殺生石はその場から消える。ホントすごいよね、瞬間移動ができるんだから……というか家の鍵は必要ない
気がする。
「……マスター、寝るね?」
「う、うん。分かった……」
  電気石はまぁ、いつも通りだよね。うん、たぶん……。

  まぁ、こうして手持ちぶさたになったらやることは一つ。蛋白石のことだよね。とりあえずいつも蛋白石と電気石が寝ている部屋をのぞいてみたけど、彼女の姿は見あたらなかった。
「どこ行ったんだろ……」
「おふろ?」
「違うと思うよ、うん」
  とりあえず電気石におやすみと伝え、家の中を探してみることする。
  いないのは分かっているけど風呂場をまず……近場だからトイレを……台所は居間とつながってるからないとして、あといるとすれば……。
「……僕の、部屋?」
  まぁそれしかない。こんな狭い家なんだから。
  というわけで僕の部屋の前。とりあえずドアを開けて……。
「……はぁ」
  ……いる。蛋白石が、このドアの向こうで溜息をついている。しかもその溜息は、僕が今まで彼女から聞いたことがないほど元気がない様子。お腹空いているのともまた違う、憂鬱な溜め息だった
「戻りたい……なんて、思っちゃダメなのにな」
  その独り言がどういう意味なのか、僕には分からない。ただ、そうとう何かを思い悩んでいるのははっきりと分かった。
  もしかして泣いているんじゃないかとか、いろんな憶測が頭を飛び交う。とにかく放っておけない。早くこのドアを開けて顔を見ないと落ち着かない。
「……お姉さんだもん、我慢しないとダメ……うん、ダメだよね」
  この独り言を止めてあげたい。蛋白石の話を聞いてあげたい。
「蛋白石、入るよ」
  驚かせたかもしれないけど、僕は有無を言わさず自分の部屋に入る。部屋の中は暗く、窓際の壁には見慣れない陰、蛋白石が見える。
「……えへへ。独り言の癖、治さないといけないです、よね……」
「蛋白石、大丈夫? 何か悩んでることがあるなら……」
  僕が全てを言う前に、蛋白石は顔を上げて笑顔を浮かべる。それはいつもの元気な蛋白石と、何ら変わりはない。
  変わりは……。
「なーんにも、悩んでませんよ。なーんにも……だ、だから……ご主人、さま、ひっく……心配……しなくて……っ」

  ……笑顔が少しずつ崩れ、蛋白石の目から涙があふれる。それがすごく苦しい。胸を大きな腕で締めつけられているような、そんな苦しみ。
  ――顔、見られたくないだろうな。僕は蛍光灯のスイッチを入れようとした手を止め、ドアを閉めた。

  部屋の照明は、カーテンを開けた窓から漏れる街灯の明かり。お互いの顔もよく確認できないほど、部屋の中は暗い。
  そしてあれから小一時間、話を始める気配のない蛋白石。また、無理して笑っているのかな……。
「ご主人様、契約してくれたころのこと……覚えてますか?」
  契約したころ……。
  あのときはまだ僕は一人暮らしで、こんなにぎやかな生活をするとは思ってもいなかった。そして、蛋白石と初めて出会ったあのとき……それから一ヶ月ほど、僕は彼女と二人だけの生活を送っていた。
「私専用の丼とか、生活用品いっぱい買ってきてくれたり、難しい顔して家計簿見ていたり」
「あぁ、あのころはちょっとね……驚いたよ、あんなに食べるなんて最初思ってなくてさ」
  初めて出会った瞬間、蛋白石は強烈な空腹のあまり気絶してしまった。そのときのことを思い出すのは少し恥ずかしいが、とにかくアレがあったからこそ、今の生活がある。
「……あのころに戻りたいって、考えちゃったんです」
  二人きりの、あのころ……初めて家がにぎやかになった梅雨の時期……。
「でも、それからしばらくしてお姉様が来て、殺生石が来て……すごくにぎやかになって……」
「何かされていたの?」
「そんなことあるわけないですよー。みんな優しいし、ご主人様のためにいっぱい努力してるんですよ……だから、お姉さんだから……我慢しないといけないんですよ」
  我慢……いったい何を我慢していたのだろう。
「ご飯いっぱい食べれば、我慢できるんです。そのはずだったんですよ……」
  僕の腕に、蛋白石の体が密着してくる。不思議と、恥ずかしさがこみ上げてこなかった。こんなに胸を押しつけられていても、むしろもっと寄り添ってあげたいと思うほどに。
「こうやって、ご主人様に抱きつくの……久しぶり」
「うん」
「この前のときも久しぶりで……すごく、嬉しかったんですよ」
  空いた手で、彼女の頭をなでる。兄弟のいない僕には、それがどれほど苦しいことか想像できないけど、彼女が何を悩んでいるのか少し分かった気がする。
  そして僕自身も、胸を締めつけるこの苦しみがなんなのか、分かったかもしれない。でも、それを形にすることができない。言葉にしようにも、あまりにふくらみすぎていてまとまらない。
「蛋白石、偉いね」
「……ううん、偉くないです。みんなに対して悪いこと、考えちゃったから」
  僕が言うべきことって、何なんだろう。
「僕はいつもここにいるから、我慢しなくていいんだよ?」
  本当に言うべきこと、あるはずなんだけどな。
「二人きりの時間は短くなっちゃったけど、無理なんてしなくてもいいんだからね」
  ……言うべきことが、大きすぎて。僕の口からはどうしても出てこない。
「蛋白石……もう少しわがままでも、僕は怒らないから。寂しくなったらまたここにおいで」
  だからせめて、小出しでもいい。僕の思いを、言葉にしていく。彼女に伝わるように。
「……ご主人さま♪」
  蛋白石の腕に、力がこもる。いつもの強烈な力じゃなく、壊したくないものを包み込むような、そんな優しい力。
  それに応えたくて、蛋白石に少しだけ寄りかかる。
  にぎやかになった家だけど……今だけは、蛋白石と二人きりだった、あの梅雨のころ。蛋白石が、気兼ねなく甘えることのできた、あのころなんだ。

「おっはようございまーすっ!」
  相変わらずの元気な声で、一日は始まる。
「蛋白石、もう少しおしとやかにできないのですか?」
「おはよ……元気はつらつおふこーす?」
「電気石、それどこで覚えてきたの……って、おはよう蛋白石」
「えへへー。ご主人様、朝ご飯ーっ」

  笑顔を浮かべ、こたつの定位置に潜り込む。
  昨日は結局あのまま寝ちゃったわけだけど、元気になってくれてよかったってことで。
「……さすが、主様ですね」
「何か言った?」
「いえ、それより早く朝食にいたしましょう。早くしないと電車に遅れますよ」
「そうですよー。学校遅れたらめー、ですからねっ」
  それならみんな、もう少し朝ご飯作るの手伝って欲しいなぁ……なんて思ったり。
「ご主人様のご飯ー、おいしーおいしーほっかほかご飯ー♪」
  ……ま、いっか。


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