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君の笑顔を守りたかった - (2006/12/13 (水) 15:28:41) の編集履歴(バックアップ)


  それは、遠い昔のお話。

  小さな妹と兄の、仲のよい兄妹。けれど、妹はあまりにも早く天に召されてしまった。
  嘆き悲しんだ兄は、その姿をうつして人形を作った。妹の分まで幸せに生きるように。
  そして長い時が流れ、人形は今日も幸せに笑っている。

「お掃除、お掃除~……失礼します、マスター」
「やあ、ご苦労様、黒曜石」
  読んでいた古い本を閉じて、青年は黒曜石に笑いかけた。
「書斎もそろそろ思い切ってお片づけしてはいかがですか? 本棚に入りきらないご本がこんなに……」
「ははは、そのうちね」
「もう、いつもそうやってのばすから片づかないんですよ?」
  ぷっと黒曜石が頬を膨らませる。
「はいはい、さて、お茶でも飲んでこようかなー」
「じゃあ、私はここをちょっとお掃除してから参りますね」
「うん、ありがとう黒曜石」

「よいしょ、よいしょ……あら? 何か落ちちゃった」
  積まれた本の間から、何か紙が落ちた。
「写真……いえ、肖像画かしら」
  古ぼけた紙に、一人の少女の姿。まっすぐな黒髪を肩で切りそろえ、愛らしい笑みを浮かべている。
  どこかで見たことがあるような気がして、黒曜石はまじまじとその絵を見つめた。
「うーん……?」
jm0422.gif
  “お……様”
  ノイズのようなものが意識に混ざる。急にめまいを覚え、手をつく。

  “お父様”
  ……何を、してたんだっけ。

  『忘れなさい』
  ”いや”
  そうだ、お掃除をして……

  『悲しいことは忘れてしまいなさい』
  ”忘れたくないの”
  ……マスターと……

  『いつまでも笑っていて』

「――黒曜石?」
  声をかけられて、黒曜石ははっと我に返った。
「あ、ごめんなさい、マスター。お掃除終わったから今行きますね」
  にこにこと屈託なく笑う。
「うん、お茶の用意できてるよ」
「はぁい」

「……まいったな」
  青年は床に落ちた紙をつまみあげた。
「見られちゃったか……暗示がきいてたかな?」
  そっと古い本の間に紙を戻す。
「忘れるってのも残酷なものですよ……父さん」
  写し絵は、夭折した、会ったこともない叔母の姿。
「僕は黒曜石を幸せにしてみせます……忘れさせるなんて、させない」
  青年は祈るように、古い本に語りかけた。
「マスター? まだですかー?」
  愛しい声が呼ぶ。
  願わくば、偽りの幸せではないように。
「今行くよ、黒曜石」
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