「仕事の後のお付き合い」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る
仕事の後のお付き合い - (2007/12/03 (月) 23:23:37) のソース
『もぉ、こんなに酔っぱらって帰ってきて。ダメですよ、飲み過ぎは』 『そぉはいうけどなぁ、漬物石ぃ……』 『ダメです。もしも事故にあったりしたらどうするんですか?』 『うぃー……』 ◆ 「それでマスターったら、廊下で寝ちゃいそうになって……」 湯飲みをテーブルに置きながら、向かいに座る姉さんがため息混じりに微笑む。 困ったマスターと、小さな声で呟く姉さんは、それほど嫌そうな顔を浮かべていない。 「【黒曜石のマスター】さんはしっかりしてそうだから、そういうことはないでしょう?」 「うん。まぁ……ね」 確かにその通りだ。今まで僕にそんな経験はない。 いつも疲れ混じりの笑顔で、みんなにただいまと言って帰ってくるマスター。 とてもしっかりしていると思うし、何より頼りになる人だ。 だけど……。 「どうしたの?」 「え? いや、何でも」 「もしかして、【黒曜石のマスター】さんもそういうところがあるの?」 「いや、そうじゃないけど」 そうじゃない。 むしろ、そういうことがないというのが、気がかりだった。 本当はお酒が好きで、だけど僕たちのせいでそういうお店に行くお金もなくて、毎日のお昼ご飯も苦労してて。 どうしよう。そんな迷惑はかけたくない。マスターにはもっと自分のために色々と……。 「瑪瑙ちゃん。難しい顔してたら、せっかくの可愛いお顔が台無しだよ?」 「え、ちょっ、姉さんっ!」 夕焼けも沈みかけた頃、僕は姉さん達の家を後にした。 ……家に帰る時も、先ほどのことで頭がいっぱいになってしまう。 マスターの生活に無理を強いているのは、紛れもない事実。 僕も出来る限りのことはやっているけど……それでも、マスターの助けとなるにはまだ足りない気がする。 きっと、マスターにもやりたいことはたくさんあるはず。だとしたら、僕に出来ることは何だろう。 ……ダメだ、考えすぎると余計分からなくなる。 「瑪瑙ー、前見て歩かないと危ないぞ?」 背後からの、突然の声。気配すら気付かないほど考え込んでいたらしい。 「えっ、え、ま、マスターっ!?」 「ただいま。今日は仕事早く片づいたからさ」 「そう、なんだ」 やっぱり、真っ直ぐ家に帰ってくるんだ。 早く帰れたんだったら、もっと自分のことに時間を使って欲しいのに。家に帰ってしまったら、みんなの相手で疲れてしまう。 「ほら、早く帰ろう。ここ最近は遅くなって、雲母の相手もまともに出来なかったから」 「あ、はい……」 歩き出すマスターの隣に付き添う。 見上げてみると、いつもより仕事が終わったためか、機嫌の良さそうなマスター。しかし、疲れが浮かんでいるのは隠せないようだ。 「どうかした?」 僕の視線に気付いたのか、こちらに目を向けてくれる。 でも、別に用事なんて無い。とっさに苦笑が顔に浮かぶ。 「いえ、何でもないですよ……ただ」 「ただ?」 どう話を振ればいいのか分からない。 「……ま、マスターは、お酒苦手なんですか?」 「え、お酒? お酒かぁ」 そうだ、もしかしたらマスターはお酒が苦手で。でも友達がお酒強い人ばかりでなかなか付き合えないとか……。 「苦手じゃないよ。むしろ、ちょっと好き……って、どうした? なんで暗くなるんだ?」 「何だ、そんなことで悩んでたのかー」 「な、何だってそんな、僕は真剣にマスターのことをっ」 結局、素直に考えていたことを言うしかなかった。 なのに、それを聞いて何故かマスターは笑顔。僕の思っているようなことは、一切無いような、そんな笑顔。 ……いや、実際そうなんだろう。 「ごめんごめん。でもな瑪瑙、そんなこと心配しなくていいから」 「で、でも……居候が4人もいたら、やっぱり家計が」 「その辺は、黒曜石や瑪瑙がしっかり管理してくれてるから大丈夫だって。まぁ、ちょっと小遣いは減ったけどな」 実際は、家の財布は黒曜石が握っているのだけど。僕はただの手伝いだ。 「それに、こうして家に帰るのだって」 立ち止まった僕から、数歩先に脚を進めるマスター。 そして、こちらを振り返ってくる。 夕日を背にして、影がかかるマスターの顔。 だけど、その笑顔はとても明るい。 「俺自身が、帰りたいって思ってるからだよ。大体家に帰るのに、自分に無理を強いていたらダメじゃないか?」 その言葉は、お世辞やその場しのぎの言葉じゃない。 それは、長い間マスターの顔を見ていたのだから、すぐ分かる。 ……そっか。自分から望んで、みんなの元に帰ってきてくれるんだ。 「まぁ、黒曜石達にお酒の相手をさせる訳にもいかないけどね。そこはやっぱ、我慢しないと」 最後に、苦笑混じりに一言。 それなら、僕は僕なりに、マスターの日頃の苦労を労ってみよう。 「じゃあ」 ほんの少し、夕日が眩しい。 「僕が、お酒の相手になりますよ」 笑顔を浮かべているけれど、思わず目を細めてしまった。 ……マスターの顔、ちょっと見えにくいな。 ◆ 「瑪瑙ちゃん、今日はずいぶんとご機嫌だね」 「そ、そうかな? えへへ……」 「悩みは解決したみたいで、良かった。それでね、昨日もマスターが……」