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隙だらけ - (2007/07/23 (月) 10:52:46) のソース

 わたくしのだんな様は隙が多い。
 外出時に施錠を忘れるのは日常茶飯事ですし、財布などの忘れ物もひどい。特に忍び寄られるのにはとにかく鈍感で、月長石や置石のいい玩具にされるのは当然のことでしょう。
 なのに……。
「ふふふ……可愛らしい、寝顔……」
 安らかな寝息を立てるだんな様。ですが、ゆっくりと忍び寄ったとして、わたくしが顔を近づけようものなら……。
「……せ、殺生石?」
 まるで狸寝入りをしていたかのように、目を覚ましてしまう……。
 なぜか、このときばかりは隙がない。それがだんな様の不思議なところ。

 休日の昼時。
 今日もだんな様は、自室で日光を浴びながら眠っている。その眠りはどう見ても深く、そして安らかでした。
 ――今日こそは。
 心の中でつぶやき、だんな様へと歩み寄る。
 起きているときとは違う、この眠っているだんな様に対して沸き上がる感情。何度、この感情をだんな様によって妨害されたことか。
 そう……わたくしはもう、我慢の限界なのです。
 だから今日は絶対逃がさない。だんな様の体に馬乗りになる。これだけ深い眠りに落ちていれば、この程度で目覚めることはない。今までの経験で、それはよく分かる。
 だんな様のお顔、だんな様の寝息、だんな様のぬくもり……ここまでわたくしを感情的にさせるなんて、罪なお方。あぁ、もう後は流れに身を任せて……。
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「あ、あのぉ……顔、近いよ?」
 ……寝息とは違う、聞き慣れただんな様の声。
 また、またなのですね。わたくしには、月長石や置石のような奇襲はできないのかしら……いや、あんな子供だましなどと一緒にされては。
「なぜ目を覚ますのですか。わたくしに迫られるのがそんなに嫌なのですかっ」
 もはや、悔しさすら感じる。どうして、この方はこうも目を覚ましてしまうのか。こんな深い眠りの中でも……。
「え、いや、殺生石の尻尾さ、足の裏くすぐるから……」
 だんな様の言葉に、背後を確認しますと……言うとおりでした。自分でも無意識のうちに、だんな様の足に乗せた尻尾が揺れています。
 ――不覚。つまり、感情が高ぶっているときは気づかないうちに尻尾を揺らして……今までもおそらくは。
 情けない。無意識で尻尾を揺らしてしまうとは、本当に情けない。こんなしょうもないことばかりをしていた自分が、とにかく情けない。
「えー……そ、その、迫られるのはちょっと驚くけど、嫌じゃないよ?」
 そして、わたくしの顔を見て優しい言葉を投げかけてくれるだんな様。こんな状況でも、本当に優しいお方……だけど。
「でも、やっぱほら、突然っていうのはどうしても驚くから……できればちゃんと段取りを……」
 隙だらけ……やはりだんな様は隙だらけだった。
「……それでは夜這いの意味がないではないですかっ!」
「え、ちょっ、ま……アッー!!」
 そのあとのことはよく覚えていません。ただ、気づいたときには今まで溜まっていた感情が消え、満たされた気持ちだけがありました。

 ……本当、だんな様は隙だらけです。けれど、そんな貴方が、私は好きなんですけどね。
 隙だらけなだけに、好きがいっぱい……でしょうか。ふふふ。

    ◇    ◇    ◇    ◇

「あれぇ、ご主人様少しやつれてませんか?」
「い、いや、何ともないよ……はは、は……はぁ」
「んー、無理なダイエットはめーですよ? ご飯はしっかり三食っ、基本ですよ!」
 ご飯……か。そうだね、今日はレバニラなんかがいいのかな……はは。

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