問:ゼロで割れ ◆P1Bep6aGW.
ぐしゃり。
ディストーションとオーバードライブで歪んだギターが、マシンガンのようにけたたましい音を鳴らす。
突き抜けるギターを支えるように重く、ズシリと響き渡るベースが心臓を揺らす。
その二つで作れない舞台を、七色の音色を奏でるキーボードが色を加えていく。
最後に"それぞれ"が飛び散っていかないように、タテとヨコのアクセントをきちんと整えながらドラムが纏めて行く。
出来上がった舞台を背に、たった一人の男が立つ。
すぅっと息を吸い込み、マイクを力強く握り締め。
どんな楽器にも出すことは出来ない"声"を使って、"世界"を繰り広げていく。
その"世界"が齎す効果はそれぞれだ。
傷つくもの、悲しむもの、怒るもの、笑うもの、人間ごとに受け止め方は変わる。
それでも、彼らは"世界"を作るのをやめない。
幾つもの集団が、楽器を鳴らし、言の葉と歌を添え、世界を作っていく。
そんな世界に、カーステレオを通じて飛び込んできた二人の少女がいる。
鼓膜が破れそうになる限界まで音量を上げ、心と体を震わせながら運転を続ける。
少し荒い魅音の運転が、二人をよりハイにしていく。
知らないロックバンドの知らないハイスピードナンバーなのに、二人は気がつけばその歌を叫んでいた。
この歌の続きは知らないけど、知っている。
頭の中に歌詞とメロディーが、おもしろいほどに入り込んでくる。
歌う、歌う、頭に入ってくる歌詞をメロディーに乗せて歌う。
何かを振り切るように、自分を振りきるように。
ハイテンションな自分を作り上げて、変わろうとしている。
だから今は歌おう騒ごう、止まってしまうと戻れないから。
浸かっていた沼から、抜け出すためにどこまでも突き抜けよう。
突き抜けて、突き抜けて、突き抜けて。
突き抜けきった後に、彼女たちは止まった。
数曲終わる頃には息は上がり、二人の体力はほとんど残ってない。
だが、それでいい。
彼女たちは振りきるために走り、振り切るために歌い、振り切るために動いてきたのだから。
しがらみだった過去とは、もうおさらばだ。
爆音を流していたカーステレオを切り、魅音は雅に笑いかけていく。
「ちょっと、外の空気でも吸おうかねえ」
「うん」
一致団結、意見がまとまったところで二人は同時にドアを開ける。
ひんやりとした冷たい朝の空気が、少し火照った二人の体に突き刺さる。
思わず身震いをしたあと、魅音の目にある者が映る。
「おや、あれは……?」
二人の男が、こちらへまっすぐと走ってきていた。
ぐしゃり。
「……これが、俺の経験した全てです」
圭一は足を進めながらも、その台詞で重々しく話を終えた。
圭一の話の間、幽助は相槌を打つくらいで特に何も反応しなかった。
唯一何か反応を示したとすれば、初めに襲われた水を操る少年の話をしたときぐらいだろう。
何か引っかかるかのような表情を一瞬見せた後、何でもないと平常を装ってきた。
それ以降は、最初と同じように頷きと相槌を繰り返すだけだ。
……きっと、慣れてしまったのだ。
自分の話の前に聞いた幽助の話が本当なら、幽助は何度も他人の死に立ち会っている。
ましてや、こんな場所で最愛の人を失っているのだから。
今更どこかの誰かが死んだところで、揺らぐ心も余裕もないのだろう。
ふと、圭一は考える。
今はまだ、最愛の人を蘇らせるという希望が彼にはある。
ならばもしそれが脆くも砕かれた時、彼はどんな行動に出るのか。
どんな、顔をするのだろうか。
「おい、前原」
そんなことを考え込んでいたとき、幽助が声をかけながら携帯電話をずいっと突き出してきた。
画面には拡大された地図画像と、二つの赤い光点。
その光点には、名前が記されていた。
片方は、相沢雅。
もう片方は――――
「浦飯さんッ!? これって!?」
「ああ、近くにいる奴がわかる優れモンだ。
こいつにさっき言ってた、前原の仲間の名前があるってことは……?」
どういうことか、圭一はするすると理解していく。
その顔が見る見るうちに明るくなっていくのを見て、思わず幽助も笑ってしまう。
「行きましょう! 浦飯さん!」
「おう! けどよ、俺は走れねえや、螢子背負ってるからな……後でちゃんとついてくから、おまえは先に行けよ。
何かと話もしやすいだろうしな」
「はい!」
携帯を片手に走り出す圭一の後を追うように、幽助も早足で歩きだしていく。
希望の光を膨らませるために、その力を持つ者の元へ。
導かれるまま、導かれるまま。
ぐしゃり。
「魅音! 良かったぜ、元気そうで!」
「ハハッ、そういう圭ちゃんも相変わらずで安心だよ!」
涼んでいた魅音に向かって走ってくる男の姿を認識したとき、両者の声が重なるように朝の町に響く。
普段ならすれ違いざまに何か仕込みがあったりするのだが、こんな状況では流石にそんな余裕もないのか至って普通に再会を祝う。
その微笑ましい光景を見て、雅は思わず微笑んでしまう。
「圭ちゃん、紹介するよ。この子が私の心強い仲間の一人だよ」
「雅、相沢雅です。えっと……」
「圭一、前原圭一だ。よろしく頼むぜ雅!」
よそ行き用の少したどたどしい挨拶に、圭一は親指を突き立てグーサインを作っていく。
「ちょっと! 雅がキレイだからって見とれてんじゃないよ!」
「バッ、バカ! そんなに見てねえよ!!」
横目で冷たい目線を送る魅音に対し、圭一は慌てて平常を取り繕う。
ああ、この信頼しきった者同士の空気。
長らく……いや、自分が今まで経験したことのない、暖かい空気に思わず頬が綻んでしまう。
「しっかし、流石魅音だな! こうやって仲間を集めていきゃ、何だって解決できる!
そうすりゃ元の生活にだって――――」
その瞬間、悲しい顔に変わっていく魅音を見て、雅はハッとする。
そう、あの悪魔の放送からまだ数時間ほどしか経っていない。
振り切るように大声で叫んでみたりはしたものの、そえだけで完全に振り切れるほど浅い傷でもない。
故に圭一の放った言葉から、連鎖的に詩音のことを思い出し、暗い表情をになってしまった。
元の生活、魅音にとってそれは既に崩れさっているのだ。
これからどれだけ強力な仲間が集まろうと、これからどんな困難を打ち砕こうと、運良く雛見沢に戻ることが出来たとしても。
そこに「詩音」はいない。
彼女にとって唯一無二の、妹という存在はもう戻ってこない。
「魅音……」
「わかってる……妹が、詩音が戻ってこないことくらい」
魅音がその一言と共に、急激に沈み込んでいく。
察した雅は言葉に詰まり、圭一はバツが悪そうに口を開く。
「悪ぃ、妹……」
「ううん、いいんだよ、いつまでもウジウジしてるわけにもいかないしね」
笑顔を作り、両手を顔の前で振ることで平然をアピールしていく。
そんな彼女に、圭一は思いもよらない一言を放っていく。
「そうだ、魅音! 死体を探そう!」
「……は?」
その言葉に雅が、そして誰よりも魅音が呆然としてしまう。
死んだ人間が蘇る。
小学生でも"あり得ないこと"だとわかっていることを、圭一は平然と口に出していく。
まるで何が起こっているのか理解ができていない二人をよそに、圭一は言葉を繋げて行く。
「死体があれば、蘇らせられるかもしれない。元の生活に戻るときに、お前の妹も一緒になれるかもしれないんだ!!
もちろん、それは殺し合いに勝ってする事じゃねえ。
この殺し合いを企んだ奴を、俺たちでボコしてからそいつにやらせるんだよ!!」
そこまで言ったとき、ちょうど良くその事について一番詳しい人間が現れる。
笑顔でその人物を迎える圭一に対し、魅音と雅は更に驚愕してしまう。
無理もない、現れた人物は青白く変色した人間の体――――死体を背負っていたのだから。
「紹介するぜ、魅音。この人が俺の仲間の浦飯さん、浦飯幽助さんだ。
この人は一度死んでから蘇ったこともあるし、死人が蘇るところも経験してるんだ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ圭ちゃん!」
傷心に向けて度重なる衝撃に耐えきれず、思わず魅音は叫んでしまう。
その後に続く言葉を、なんと続ければいいのかもわからないまま。
しばらく口を開けたまま、じたばたと手足を動かす。
そして、小さなため息を一つ。
「ごめん、ちょっと……ね、頭の中でぐるぐるしちゃったや。
浦飯さん、だっけ? 話、聞かせてくれる?」
平静を装いながら、魅音は幽助に問いかけていく。
幽助は螢子を優しく道の脇に寝かせてから一歩前に出て、問いかけに答えるよう、全てを語っていく。
ぐしゃり。
自身が一度死んで、生き返った身であること。
理不尽な予定されていない死は、覆されることがあること。
肉体が生前に近い状態のまま保存されていれば、魂さえ肉体に戻すことが出来れば死者は蘇ること 。
そして、自身が殺し合いを破壊しようとしていること。
あの『声』の主をぶっ飛ばし、この殺し合いを開くほどの力を使わせて蘇生を実行させようとしていること。
その全てを、一つずつ丁寧に話した。
「一つだけ、聞かせてくれるかい」
話を進めるにつれて顔が険しくなっていた魅音が、話が終わった途端に質問を投げてきた。
幽助は黙って頷き、その質問を受け入れる。
「あんたが二回、人の蘇生に立ち会ったのはわかった。
そして、こんな理不尽な死が覆せるってのもわかった。
あたしが聞きたいのは……その時、他に蘇らせられる人はいなかったのか? って事だよ。
一回目はともかく二回目のおばあさんの時なら、関係ない誰かも"理不尽な死"を遂げてるんじゃないのかい?
それに値するものが居なかった、っていうならそうなんだろうけどさ……」
魅音の問いかけに、幽助は落ち着いて返答を行う。
確かに暗黒武闘会では、幻海以外にも沢山の死者が出た。
だが、幽助の思い起こす限りでは「理不尽な死」は無かったように思える。
蘇らせるに値しない悪人が殆どであったし、そんなことを考える余裕すらなかったのだが。
その幽助の返事を聞き、魅音は更に質問を重ねていく。
「って事は、あんたは"一度に複数人蘇る光景"を見てないわけだね?
あんたが蘇ったときも、おばあさんが蘇ったときも、蘇った人間は"一人"だったんだね?」
質問の答えは「その通り」だ。
自分が蘇ったときも、幻海が蘇ったときも、生き返ったのはたった一人だ。
それ以外に生き返った人間は、誰一人としていない。
「そう、じゃああんたに聞きたいことは一つだ」
そこで呼吸を一つ置き、先ほどよりも真剣な眼差しで幽助を見つめて、魅音は質問を投げる。
「このゲームを覆してその力を使っても、たった一人しか蘇らせられないとしたら。
あんたはどうするんだい?」
「全員蘇らせられるまで、この殺し合いを開いた奴をしばく」
「できなかった時の事を聞いてるんだよ」
魅音の鬼気迫る表情に、ごくりと幽助の唾を飲む音が響く。
言葉を詰まらせる幽助に、畳みかけるように魅音は言葉を重ねる。
「この殺し合いで、大事な人を失ってるのはあんただけじゃない。
今、目の前でこうやってしゃべってるあたしだって、かわいいたった一人の妹を失ってる。
失った命を取り戻したい人は、あんたやあたしだけじゃなく、ほかにも沢山いるかもしれない」
死人が蘇るということ。
殺し合いの果てに提示されるほどの甘美なそれを、誰もが欲しがらない訳がない。
日常を、生活を、愛するということを、失った者にとっては、喉から手が出るほどの報酬だ。
現に問いつめている魅音も、その報酬を欲していないわけではないのだ。
「それでもあんたは、その他大勢を振り切って自分の彼女だけを蘇らせて、元通りの生活って言う甘い汁を吸おうって言うのかい!?」
だから、他人を差し置いて"元の生活"に戻ろうとしている目の前の男がどうしようもなく憎くて。
甘美な響きをもった言葉も、信用することはできなくて。
男の意志の強さ、信じるに値するのかどうなのかを試そうとしていた。
「どうなんだい、はっきり言ってみなよ!!」
返答は沈黙。
自分が望んでいることは、他の誰かも望んでいることである。
現に、それを望む者に今こうして説教されているのだ。
もし、そのイスが一つしかないとすれば。
それを差し置いて、自分だけが元通りの生活に戻ることが正解なのか?
そのイスを目指して、望みを持つ者同士で争いが起きるのではないか?
最愛の彼女を蘇らせるという選択肢を、諦めるしかないのか?
それとも、全てが終わった後に力ずくでその権利を勝ち取るべきなのか?
次々に浮かぶ疑問と葛藤たちが、幽助の言葉を消していく。
「はっ、この殺し合いをぶっ潰すって言うんだったら、もっと他にやることがあるんじゃないかい?
死んじまった人たちの分まで一生懸命生きるとか、これ以上犠牲者を出さないために動くとかさ!
死人を蘇らせられるかもしれない、なんて淡い確率の幻想に浸ってる暇なんて、今は無いんだよ!!
あんたが死体を保存しにほっつき歩いてる間にも、ここで人は死んでるんだよ!?」
目から光を失ってしまった幽助にとどめを刺すように吐き捨て、くるりと魅音は雅の方へと向きなおす。
ため息を一つこぼしてから、呆れたように足を進める。
「……行くよ、雅。こんなのと一緒にいたら――――」
「う"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」
その時、聞こえたのは叫び声だ。
涙やいろんな物が混じった、男の叫び声だった。
反応するようにもう一度振り向いた時、体が大きく傾いた。
「魅音、危ない!」
そして雅の声と共に、目に映ったのは。
傾いていく景色と、未だに動かない幽助と。
煙を噴く銃を構えた圭一と、胸から紅い華を散らす雅の体だった。
ぐしゃ、ぐしゃぐしゃ、ぐしゃり。
ようやくの事だった。
この殺し合いに巻き込まれから、初めて会った奴はまるで別人のように豹変し。
少年が人を殺そうと水を操り。
見知らぬ誰かが、人を殺しているという情報が流され。
次に出会った二人も、自分を殺そうと罠に填めようとしていて。
悲しい目をしていた幽助に出会うまで誰も、誰も誰も、誰も誰も誰も信用なんてできなかった。
でも、ようやく信用できる人間に出会った。
同じ雛見沢で、毎日のようにバカをやって。
時には怒られたりもしながらも、共に過ごしてきた信頼できる仲間。
そう、思っていた。
なのに、なのになのに、なのになのになのに。
あいつは、女は、魅音は、園崎魅音は。
あんなに悲しい目をしている浦飯幽助を、信用どころか突っぱねて見せた。
何でだ? 俺が信用できるって言って連れてきた人が信用できないのか?
俺たちは仲間だったんじゃないのかよ、いつも力を合わせて一緒にバカやって来たじゃないかよ。
いつも、いつでも、俺たちの中には信頼があったじゃないか。
なのに、おまえは俺の連れてきた人を、こんなに悲しい目をしてる人をなんで信用しないんだ?
それどころか、追いつめたり惑わせたりするような言葉まで言う。
信じてくれないのか? 何でだ? 何でだ? いつも俺たちは信頼してたじゃないか。
友達だって、仲間だって、頼れる仲だって。
だから俺だっておまえを信頼して、全部話したっていうのに。
真実を口から語って、嘘なんかついてなくて、この殺し合いをどうにかしようって言いたいのに。
どうしておまえはそれを突っぱねるんだ?
なんで、なんでなんで、なんでなんでなんで。
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
ああ、そうか。
おまえは魅音じゃない。
おまえはあいつじゃない。
おまえは園崎魅音じゃない。
おまえも、俺を殺しに来た宇宙人の一人だろ?
魅音の姿を借りて油断させて、俺を殺そうとしてるんだろ?
二人がかりでやってきて、浦飯さんを惑わせてる間に俺を殺すんだろ?
残念だったな、俺はそんな甘い手には引っかからない。
お前たちのミスは一つだ、魅音の姿を使って俺を騙そうとしたことだ。
俺はそんなことには騙されない、そして俺は浦飯さんに頼らなくても戦うことができるんだ。
見てろ宇宙人、今にぶっ殺してやる。
懐から銃を取り出し、緑の生命体に向ける。
「う"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」
俺は叫び声と共に、数回引き金を引いた。
気がつけば飛び出していた。
論議にすっかり熱くなってしまっていた魅音は、後ろの少年、圭一が何かを取りだそうとしているのに気がつかない。
そして、それが一丁の銃であるという事、その銃口が魅音に向けられているという事がわかったとき。
既に体は動き出していた。
何を叫んだかは覚えていないし、どこからそんな力が出てきたのかも分からないし、ただ魅音を救うために必死だった。
結果として、魅音を救うことはできた。
火事場の馬鹿力とでも言うべきなのか、魅音を大きく吹き飛ばすことには成功したからだ。
それで自分の命も助かっていれば、万々歳だったのだが。
「雅!!」
こちらに向かってくる魅音の声と共に、視界がじんわりと傾いていく。
そのまま受け身を取ることすら叶わないまま、地面へと力無く倒れ込む。
そして胸の辺りから来る激しい痛みが、自分の感覚を鈍らせていく。
息を吸い込もうにも、上手く吸い込むことができない。
それどころか血を吐き続けるばかりだ。
「が、ゲホ、ひゅー、がふっ」
「喋んないで!!」
無理矢理に喋ろうとする自分を、魅音は止めようとする。
きっと自分を助けようとしているのだろう。
ああ、こんな風にさっきも助けてくれたんだっけ。
そんなことをふと思い出し、雅は思わず笑ってしまう。
「ごめ、ん」
「何言ってんのよ!」
ようやく紡げたひとつの言葉から、続く言葉は山ほどある。
言いたいこと、言わなきゃいけないこと、言えなかったこと。
無尽蔵に頭に浮かんでくるものの、その全てを伝えられる事はできない。
再び血を吐く、空気を吸おうにもひゅーひゅーと笛のように音を鳴らすだけで、酸素を取り込むことすらできない。
次第に視界が白濁し始め、魅音の顔すら捉えることができない。
それでも、雅には魅音がどんな顔をしているのかが分かる。
そして、この後どんな行動に出るのかも分かる。
妹を失い、そして自分を失おうとしている彼女がどう動くかなんて、雅には手に取るように分かる。
「だめ、だよ」
だから、無い空気を振り絞って、もう一つ言葉を紡ぐことでそれを止める。
届くかどうかは分からないが、伝えなければいけない。
魅音には人殺しになんて、なってほしくなかったから。
"鬼"に変わる人間の姿なんて、見たくなかったから。
足り無すぎる言葉を、願いとしてぶつけていく。
同時に、血の塊を再び吐き出してしまう。
徐々に聴力が弱まっていき、魅音の声すら聞き取れないのが分かる。
ああ、今度こそ本当に死ぬんだなと実感する。
だったら、最後に一つだけ伝えなければいけない言葉がある。
全身に残された力を使って、本当に伝えなければいけない最後の言葉を、一音ずつ一音ずつ言葉にしていく。
「じゃ、ね。ばい、ばい」
言葉と共にフフッと、悪戯っぽく笑って見せた。
ああ、死にたく……無いなあ。
「謝んなきゃいけないのはあたしの方だよ。
あたしの友達が、バカやったせいでこうなっちゃったんだからさ。
……ははは、ホント情けないねぇ」
まだ若干の温もりを残した雅の体を抱えながら、魅音は一人つぶやく。
そして、雅の口元に色濃くついた血と、目元を流れていった涙を拭って綺麗にしていく。
次に髪の毛を手櫛で軽くそろえ、衣服を少しだけ整えてから地面にゆっくりと寝かせていく。
こうしてみると、寝ているだけなんじゃないだろうか、なんてバカな考えも浮かんでくる。
「じゃ、ちょっとバカ野郎を連れ戻してくるよ。
……大丈夫、今の私は"園崎魅音"だから」
出立を告げてから、魅音は雅の口に、自分の唇を重ねていく。
何故そうしたくなったのかは分からない。
夢のようなおとぎ話みたいに、彼女が蘇るのを願ったからか。
それとも、雅という一人の人間を忘れず、心に刻みつけるためか。
とにかく、そうせずには居られなかった。
「まさか、あんたに渡してたこれを使うとはね……」
雅の鞄から、彼女に渡していた物を二つ取り出していく。
それは、出会った当初、雅から渡されたのを拒んだもの。
万が一の時に彼女の命を救うだろうと、彼女に持たせておいたのだ。
最も、彼女の命を救うどころか、命が失われてから使うことになるとは考えもしなかったが。
魅音はそれを背負い、ゆっくりと立ち上がってから大きく息を吸い。
銃を構える大馬鹿野郎に向かって。
「ぶぅぅぁぁああああかっ、けぇぇいいちぃぃいいいいっ!!」
「死ぃぃぃぃいいいいねぇぇええええええ!!」
叫びながら、駆けた。
「何やってんだよ前原!」
「どいてください浦飯さん!」
銃弾に倒れる雅の姿を見てから、幽助は素早く圭一に掴みかかる。
圭一は、その幽助の腕を強引にふりほどく。
「あいつらは俺たちを殺しに来てる! 人殺しなんですよ!
でも、あんなクズのために浦飯さんが手を汚すことなんて無い!
俺だって戦える! だから俺も浦飯さんと一緒に手を汚す!
二人で背負っていける、だから俺も"殺しても仕方ない奴"を殺す!!
それがあいつらだって言うんですよ!!」
「何言ってんだお前! あいつはお前の仲間じゃ――――」
「うる、さぁい!! どけぇっ!!」
怒声と共に、圭一は幽助の体を大きく突き飛ばす。
予想外の力に、幽助は思わず尻餅をついてしまう。
豹変した圭一の様子に、幽助は柄にもなく怯えていた。
幽助は知らない、いや知るはずもない。
雛見沢症候群という存在を、この殺し合いにおいて人が信じられなくなると言う最悪の存在を。
前原圭一という人間は、この殺し合いに降り立ってから出会う人物全てが信用できなかった。
その疑心が、圭一の中にあった種を加速させていた。
そして、その成長を決定付けたもの。
自分が信頼している人間の手によって、信頼している人間を否定される事だ。
すでに進み始めていた症候群の魔の手により、園崎魅音による浦飯幽助の否定が、彼の中で前原圭一自身の否定とほぼ同義になってしまっていた。
圭一は信頼していた"仲間"の"裏切り"だと魅音の行動を捉え、頭に残っていた"人殺しを殺す"という思考と短絡し、魅音にめがけて銃を撃った。
結果、それにいち早く気がついた雅が魅音の体を突き飛ばし、雅が銃弾に倒れることになった。
だが、喉をかきむしる圭一はそれを"悪いこと"だとはみじんも思っていない。
人殺しの仲間ならば、そいつも人殺しなのだから。
浦飯幽助は人殺しを殺す、その罪を自分も背負う、ならば自分も人殺しを殺す。
落ち着いて考えればおかしいと分かることに対しての判断力すらも、症候群の手によって落ちきっていた。
そのねじ曲がった短絡思考のまま、圭一は銃を構える。
狙うは、ゆっくりと立ち上がる人殺しの頭。
引き金に、指をかける。
幽助が止めようと腕を伸ばすが、間に合わない。
銃弾が放たれるまであと数刻に迫ったとき。
「死ぃぃぃぃいいいいねぇぇええええええ!!」
「ぶぅぅぁぁああああかっ、けぇぇいいちぃぃいいいいっ!!」
二つの叫びが空に溶けるように交差して。
二人の人間の姿が、消えた。
ドスッ、という何かが腹部にめり込む感覚を受け取ったとき。
圭一は、空に飛んでいた。
何を言っているのかは分からないとお思いだろう?
でも、現に前原圭一は空を飛んでいるのだ。
彼の目の前にいる、園崎魅音の手によって。
どういうカラクリか? 簡単な話だ。
相沢雅に元々支給されていたうちの一つのアイテム。
万が一の時に彼女の命を救う可能性があったアイテム。
背面に努力の二文字を掲げる、とある男が万が一の時に脱出するために用意していたもの。
コエンマ・ロケット(仮)の力による物だ。
このロケットは、コエンマが暗黒武術会の会場から脱出するために作られたもの。
ただし、ただのロケットパックではない。
豊富な燃料に加え、ある程度の操縦が可能という安全に"脱出"するために作られたものだ。
加速と最高速は勿論のこと、ある程度の空気抵抗を和らげる機能や、着地用の強弱に加え噴射方向の様々に至るまである程度は自在に操ることが出来る。
人一人が逃げるには、これ以上なく最高のアイテムだった。
それを用いて魅音は一瞬で加速し、圭一の腹部に一発をぶち込んでから胸倉を掴み、そのまま遥か空へと上昇したまで。
自分の身長の何倍もの高さ。
ふわりとした浮遊感に、全身が震え上がるのが分かる。
「さぁ、圭ちゃん」
冷たく、それでいてどこか優しい声が聞こえる。
だが、その声が"怒り"で出来ていると言う事は、自分を支える両の腕が何よりも語っている。
「話を、聞こうか」
ギロリと鋭い眼光を飛ばす魅音に、思わず圭一は怯えた声を漏らす。
目に映るその姿は、まるで"鬼"のようだった。
「何で雅を撃った」
「う、うるさい! 人殺――――」
「答えろ!!」
ギリリと拳に力を込め、圭一の顔を近くまで寄せていく。
圭一が答えを渋れば渋るほど、この気迫が圭一を殺そうと迫っていく。
だがどうだ? ここで黙っていても喋っても、どちらにせよこの"鬼"に殺されてしまうのではないか?
圭一は頭の中で瞬時にそれを算出し、理解する。
「お、お前に言うことなんて」
震えた声で"鬼"へと告げる。
次の瞬間、
その行動が、その思考が間違っていることなんて気づきもせず。
「なんも無ぇ!!」
持っていた銃を"鬼"の脇腹に当て、躊躇い無く引き金を引いた。
一発、二発、三発と休むことなく、カチンカチンと銃弾が吐き出されなくなるまで引き金を引いた。
一発一発が肉を裂き、臓を荒らし、身体を貫いていったというのに。
「……そうかい」
込める力をより強力にし、口元から血を零しながらも冷静に語り続ける。
その表情は、先ほどと全く変わっていない。
そして、圭一の肌に突き刺さる恐怖はより深い物に変わっている。
完全に怯える圭一をよそに、魅音は片手でロケットの操縦をしながら言葉を続ける。
「圭ちゃんは、人殺しのクソ野郎になったんだね。
いや、あんたは圭ちゃんじゃない。圭ちゃんの皮を被った人殺しのクソ野郎か。
そんな奴をレナに会わせる訳には、行かないねぇ。
だから――――」
全てが凍りつきそうな眼で相手を見つめ。
全てを竦ませる覇気を纏いながら、胸倉を掴んでいた片手を一瞬だけ離し。
全てをすり潰すほどの力で、圭一の顔面を掴み。
「雅を殺した罪を背負って逝け」
声を上げることすら許さず。
登りとは段違いの速度で。
一直線に堕ちていく。
風が刃へと姿を変え、皮膚や服を切り裂いていく。
止まらない。
止まるはずが無い。
どれだけの恐怖を感じていようが、止めるわけが無い。
彼女はこれよりもっと怖かったんだから。
「うるぁぁああああああああああああ!!」
止まらない。
数刻して、破裂音。
スイカが割れたかのように飛び散る赤。
骨という骨が折れる音。
崩れ去る体。
吐き出される一言。
「……疲れた」
そして、眠りに落ちる。
目覚めない、永眠りへと。
一人、取り残された。
自分の目に映る範囲には、二人の死体しかない。
あの二人は、一瞬の間にどこかに行ってしまった。
「……なあ、螢子」
再び最愛の人の遺体を抱え、幽助は一人歩き出す。
「わかんねえな……」
頭に浮かぶのは、先ほどの魅音の言葉。
もしこの殺し合いを覆したとしても、得られる権利が一つだけだったとすれば。
自分は、その権利を勝ち取るために他者を蹴落とすのだろうか?
ふと、自分が殺した男の事を思い出す。
彼もまた、日常を抱えているだけの男だったのではないだろうか?
その彼の蘇生を望むものも、居るかもしれない。
だが、自分はその人間を"殺しても良い"と思ったから殺した。
そこに後悔の類の念はない。
だが、もし彼の蘇生を望む者からすれば?
自分自身が"殺されても良い人間"なのではないだろうか。
自分が、誰かを蘇らせるという権利独り占めするならば。
それに異を唱える人間は、いる。
じゃあ、どうすればいいか?
幽助は考える。
言葉が頭に響き、渦を巻いていく。
答えは出ない。
【相沢雅@GTO 死亡】
【前原圭一@ひぐらしのなく頃に 死亡】
【園崎魅音@ひぐらしのなく頃に 死亡】
【残り 30人】
【F-4/市街地/一日目・昼】
【浦飯幽助@幽遊白書】
[状態]:精神に深い傷、魅音の言葉に動揺、雪村螢子の死体をおんぶ
[装備]:携帯電話(携帯電話レーダー機能付き)
[道具]:基本支給品一式×3、血まみれのナイフ@現実、不明支給品1~3、渋谷翔の遺体
基本行動方針:殺し合いを潰した後に、螢子蘇生の可能性に賭ける……?
1:魅音の言葉について、考える。
2:螢子の遺体を保存できる場所を探す。
3:圭一から聞いた危険人物(雪輝、金太郎、赤也、リョーマ、レイ)を探す
4:殺すしかない相手は、殺す。
※魅音、圭一の死体がどこにあるかは後続にお任せします。
最終更新:2021年09月09日 19:37