枯死 ~絶対危険領域~ ◆j1I31zelYA
そこに壁があることを、最初は気付かなかった。
だから、その境界を越えてしまえば、首輪が爆発して死ねるかもしれないと思った。
棒倒しをして行き止まりに当たるまで進むと決めた方角だったけれど、当たりだったかもしれない、と。
しかし、不可視の壁があった。そこから先には進めなかった。
壁の向こう側は、分厚い霧がかかったように曇っていて景色が分からない。
ゴンゴン、と力を込めてノックしてみると、そこから赤い波紋が生まれた。
八角形のひずみのような、オレンジがかった赤い波紋。
どんな材質でできてるんだろう。こんな波紋、どんな鉱物の結晶にも見たことがない。
いつもなら興味津津に考察するところだったけれど、今はそうするだけの気力もない。
しかし、参加者を逃がさないための仕掛けであることは疑いようが無かった。
エリアH-5の南端から、会場の外に出ようとしてぶつかったのだから。
もしかして北端の海にも、こんな壁があるのかもしれない。
少し興味が湧いたから、しばらく休んだら北上してみようか。
そこまで思いついて、神崎麗美は近くの木陰に腰をおろした。
『道の駅』で見つけた『宝物』を、ふわりとかぶるように体にかける。
『宝物』と呼ぶのがふさわしいのだろう。
道の駅の床下の空洞に、隠し財産のように眠っていたのだから。
メモ書きのように張り付けられた小さな紙きれには、『隠魔鬼のマント』としか書かれていなかった。
けれど、効能はかぶってみればすぐに分かった。ファンタジー小説なんかにも出てくる、いわゆる『透明マント』だ。
だからもう、防弾コートを脱いでこちらをかぶっている。
コートには下水道の臭いがついてしまったし、何より昼間に黒いコートは目立つ。
姿を消せるマントなら、誰にも見つからずに1人でいたい時には重宝するだろう。
1人でいたかった。
誰かとともにいるなど、できやしない。
ともにいることを選んでも、そいつが麗美を置いて死ぬか、麗美がそいつより先に死ぬかの二択でしかないのだから。
――あーん? やけに弱気じゃねーの。言っておくがな、俺様は負けるつもりなんざこれっぽっちもないぜ。 やるからには徹底的に美しく勝つ。弱い考え、甘えた考え、そんなものを持ち続けるような奴は俺の傍には置いておけねーなぁ
ズキンと、浮かび上がった記憶が麗美の心をえぐっていった。
あの時、麗美は何と言い返した?
負けるつもりはサラサラないと、啖呵を切ったんじゃなかったのか。
「しょうがないじゃない……あんなことがあったんだから」
麗美が裏切ったのは、跡部だけではない。
辛い過去を捨てて楽しく生きていこうという恩師の教えだって、麗美は放り投げている。
――二カーと笑っていこーや! 神崎よぉ?
「無理だよ。アンタがいないのに、笑えるわけないじゃん……」
先に約束を破ったのは先生じゃないか。
いつでも相談に乗ってくれるっていったのに。一人にしないはずなのに。
あんたが死んだかもしれないなんて言われたら、絶望するに決まってる。
――いつか、テメーだけの国で……テメーの、勝利宣言(コール)を…………見つけてこい!
跡部の最後の言葉が、遺志を裏切ったと麗美を糾弾しているように聞こえて、われ知らず「違う」と呟いていた。
跡部の遺言は、理想論だ。
殺し合いから生きて脱出することさえ茨の道だというのに。
その上で『勝った』と宣言するキレイな生き方をするなんて、最初からできっこなかった。
麗美はそれでも頑張ろうとして、心が折れた。だからもう重荷を背負わせるなと、亡き人々に叫び返したかった。
麗美は悪くない。生きたくなくても、皆から『死ね』と否定されたくない。
人を殺し、心をボロボロにしたのが、己の弱さのせいだとは思いたくなかった。
あのマシンガンの女が悪い。
人の友達を殺しておきながら、悲劇のヒロイン面をして、麗美を自殺の道具にして。そんなヤツを生かしていたって仕方がない。
殺し合いを開いた主催者が悪い。
こんな殺し合いに呼ばれなければ、人を殺すことなんてなかった。
だから殺し合いが悪い。
神崎麗美は、悪くない。そうであってほしかった。
だからあたしは、せめて悪いやつらに復讐するんだ。
うまく結論がつけられたことにいくぶんか安堵して、体の力を抜く。
ようやっと、周囲のざわめきに意識が向いた。
年若い男女の話し声が、ゆっくりと麗美の隠れ場所へと近づいて来ている。
「……わないでよ」
「『笑えばいいと思う』って……」
この時はまだ、それが何者かも分からず、身を固くするだけだった。
しかしほどなくして、思い知る。
悪魔が2人、神崎麗美を壊しにやって来たことに。
◆
「ATフィールド……」
その『壁』を見上げて、綾波レイはそう評した。
「それって何の略っスか?」
「Abusolute Terror Field」
「『絶対恐怖場』……この壁が?」
「少なくとも、似てる。視認が難しいところとか、赤い波紋の形とか」
綾波はリョーマに、ATフィールドの説明をする。
本来は使徒が作りだす防御壁であること。通常兵器では威力が大きく削減されてしまうこと。
エヴァンゲリオンのみが、自らもATフィールドを展開して使徒のそれを中和できること。
……余談だが今の綾波は、ショッピングモールから調達した白いブラウスを着ている。
それまで地肌にそのまま羽織っていた青学ジャージは、持ち主が返却を断ったためにブラウスの上から羽織られていた。
「どうしてもエヴァじゃなきゃ無理なんスか?」
「改造陽電子砲を用いてのATフィールド貫通にかかったエネルギーは、1億8000万キロワット……」
「うげ……」
透明な壁を手でなぞるようにしながら、2人は地図の端っこギリギリの森を歩いていく。
不慣れな凸凹した地面をついて歩くペンペンが、何度かよろけそうになる。見かねて、ペンペンを抱き上げて歩くことにした。
これも『壁』の仕切りがGPSに示された会場の端と一致するのかどうかを、確認する作業である。
手で触れてみない限り形すら定かでないそれは、ツインタワーの最上階から観察した時点では確認できなかったのだ。
もちろん、濃霧が不自然なまでに景色を覆い隠しているのを見せられたからには、
『足を運んでみなければ分からない』と思い立っての実地踏査であったが、まさか『壁』で分断されているとは予想外だった。
「だから、テニスボールをぶつけても無理」
ついさっきリョーマの実行した試みを、綾波はばっさりと却下した。
「や、やってみなきゃ分かんなかったじゃないっスか。
だいたいこれが『ATフィールド』って決まったわけでもないんだし」
「どのみち、ボールの衝撃で壊せてしまうなら、耐久力に欠陥が……」
「知り合いに、ボールぶつけて照明塔を折った人がいるよ」
「…………」
「笑わないでください」
「『笑えばいいと思う』って」
「高坂さんの言ったこと真に受けないで」
その高坂だが、一人ビルでの探索を続けている。
神崎麗美との約束があるので、ビルを離れるわけにいかないという本人の希望だった。
ペンペンまでも連れて来たのは、首輪をつけていないからだ。
つまりペンペンなら会場の外にも出られるんじゃないかという試みだったけれど、確かめるまでもなくなった。
「そろそろ戻ったほうがいいわ。ビルから離れすぎると、放送までに帰れなくなるし」
「待って。一応、写真撮っておかないと」
携帯電話を取り出してカメラ機能を呼び出した。
『すごく堅そうな壁があって、会場の外に出られませんでした』だけでは、いくら何でもあんまりな報告になってしまう。
「……っていうか、こんな壁で閉じこめられてるなら、首輪つけなくてもいいじゃん」
テニスボールを『壁』に投げつけ、発生した赤い波紋を撮影しながら愚痴をこぼした。
リタイアすれば首輪が爆発するとか言われた気がするけれど、出られないならリタイアのしようもないんじゃないか。
そんな疑問に、綾波は少し考えて答える。
「ATフィールドの性質は防御。破壊に使われることもあるけど、ほとんどの場合は発生源を囲むようにして展開されるから……」
「このバリアを張ってるヤツは、会場内にいるってことっスか」
ということは、そのバリアを出す装置に手を出そうとしたら首輪が爆発するのだろうか。
ずいぶんと厳重な縛りだった。というか、壁で閉じ込めなくても首輪だけでいいじゃんと思える。
「まっ。端っこがどうなってるか分かったんだから、一歩前進ってことで」
かなり前向きに解釈して、『壁』にそっと触れる。
頭上を仰いでみても、透明な壁はどこまで高くそびえているのか見当がつかなかった。
透き通った実体のつかめない、高い高い何か。ふいに途方もない心地におそわれた。
「綾波さん」
「何?」
「『エヴァンゲリオン』は、こういう大きな壁を出す怪獣と戦ってるんスよね」
「ええ」
「怖くないんスか?」
今さらと言えば今さらな質問で、しかし初めて『実感』を持ってしまった。
1億8000万キロワットのエネルギーとか、ほとんど全ての兵器でも破壊することができない生命体とか。
それだけでも、綾波の関わっている戦いのスケールが『桁違い』らしいことは感じる。
そんな戦いを、希薄で大人しい、悪い言い方をすれば『弱そうな』少女が、どうやって背負ってこれたのか。
「平気」
綾波はいつもの無表情で答えた。
短く最低限のことしか言わない返事はいつものことだったので、距離を感じながらも「あっそう」と短く返す。
しかし綾波の言葉は、そこで終わらなかった。言葉を探すように、ゆっくりと続ける。
「……たぶん私は、死ぬことより、守れなかった時の方が怖いから」
誰を守るのか、それは察せられた。
出会ってから何度もその人物のことを話していたし、そもそも一度はその人物を守る為に殺し合いをしようとしたのだから。
「綾波さんでも、怖いんだ」
「よく分からないけど、きっと怖いこと」
オウム返しの会話を経て、綾波は問い返した。
「私には、あなたの方が不思議」
「どうして?」
「……怖がってなさそうに見えるから」
いつもなら「だって怖くないもん」と返すだけだった。しかしそれだと会話が終わる。
守れなかったら怖い。リョーマは怖がっていないように見える。
文脈が含むのは『あなたは放送で名前を呼ばれたのに』ということ。
初めてそこまで踏み込まれたこともあって、会話をつづけてもいいと気が向いた。
「死んだ『から』じゃない?」
碇シンジという人間しだいで行動を決める綾波。それが立派なことなのかダメなことなのかは分からない。
しかし綾波と違って1人で立っているからといって、孤立した人間だと勘違いされたらモヤっとする。
「背負わないと、なくなるじゃないっスか」
「何がなくなるの?」
「『柱』とか……」
「柱?」
たいして喋らないうちに、言葉につまった。
言葉にするまでもなく分かっていたことを、言葉にして説明するのは難しい。
これが、人についてきてもらう努力なのかどうか。
「知り合いが――強かった人が死んだのには、納得できてないけど。
なくすのが嫌なら、背負っていかないと嘘になるから」
難しいことも、納得できないこともある。強くたって、死んでしまうこともあると知った。
でも負けて死んだからといって、あの『強さ』の全てを無意味にはしたくなかった。
誰かが、死んだ人の分も抱えていくしかない。最後はいつもの強気さで言い切る。
「部長は負けたのかもしれないけど、最後は絶対にオレが勝つんだし。
その時は部長も一緒に勝ったってことで」
綾波は、いつもの感情が読めない瞳でじっと見つめていた。
別に「すごい! かっこいい!」という反応は期待していなかったけれど、黙られるのも恥ずかしいような照れくさいような。
「いい加減ビルに戻ろう」と早口で話題を替えようとして、
「ふざけんじゃないわよ!!」
ヒステリックな悲鳴が、『誰もいなかった場所』から空気を裂いて放たれた。
まさに引き返そうとしていたのと逆方向の、少し離れた木陰。
空気の皮をはがして出てきたように、強い殺気をはなつ少女が現れた。
何が起こったと驚くよりも先に、ぎらぎらとした憎悪のある両眼に射ぬかれる。
この人、ヤバい。
どんな感想よりもまず、そう思う。
何より少女が腰だめに抱えた鉄のかたまりが、危険を証明していた。
銃。
引き金に、指がかかっている。
パララ、とタイプライターを思わせる銃声が森に響いた。
◆
ビル探索は、有意義か微妙なれども成果はあった。
何せ、市役所というのは書類が山のようにある。そして、意味不明な書類の方が多い。
その山からばくぜんと『手がかりを探す』のは、山の中に隠した一枚の葉っぱを見つけるのに等しいわけで。
「おいおい、これって見たらヤバい系の書類じゃねえか?」
しかし、『NEO高坂KING日記』は、輝いた未来を予知する日記だったのだ。
それはつまり、怪しいものを見つける未来が先にわかるということ。
探索時間の大幅な短縮ができるのだ。
市長みたいな権力者が大切なものを隠すなら金庫だろう、という安易な発想のもとに、高坂はその未来を予知した。
もちろん、その小さな金庫には、6ケタの暗証番号があった。
しかし高坂は、深く考えることなく『312911』に合わせる。
開いてしまった。
未来日記、11th。語呂合わせだった。
『未来日記計画』と書かれたB5サイズの紙の束で、制作年月日は2年前のものだった。
さすがの高坂も安易すぎやしないかと思ったが、しかし未来日記関係者にしかわからない暗証番号なのだ。
そして未来日記関係者ならば、改めてゲームの
ルールを知ったところであまり影響はないはずで、この程度の警備でも理にはかなっている。
それでも高坂には、興味を惹かれる資料だった。
金庫から取り出したところで、下の段にも箱があると気づく。
中に入っていたのは、旧式の音楽プレイヤーのようなカセットデッキだった。
メモが一枚貼り付けられ、大きく『ハズレ』と書かれている。
なんのこっちゃと首をかしげた。
しかし意味ありげに隠されていたものだし、これも2人に見せてみよう。
それらをディパックに入れて、意気揚々と市長室を出た。
他にも、塔のてっぺんに設置されたHOLON(NEO高坂KING日記が使えなくなったら困るので下手にいじれなかった)とか、いかにも何かが隠されていそうな我妻銀行の大金庫とか、めぼしい場所をいくつか携帯のメモに書きとる。
そして、放送も近いなとエレベーターで一階まで下りた。
『NEO高坂日記』があれば、麗美がビルに到着すればその『輝いた』未来を予知してくれる。
とはいえ、わかりやすい場所で待つにこしたことはないし、越前らも戻ってくる時間だろう。
そんな気まぐれだった。
気まぐれの、はずだったのだが。
正面自動ドアからペンペンが慌てた様子で、人間で言うところの『血相を変えた』ようなテンションで、バタバタと走り寄ってきた。
「ぐぎゃー!!」
「なんだなんだ――ちょ、靴下引っ張るな。何かあったのかよ?」
◆
少年と少女の会話は、負の感情を喚起するものだった。
首輪だけでなく、難航不落のバリアーまで出現したのに、ろくな策も出さずに『何とかなるさ』という態度で。
怖い怖いと言いながらも、まるで実感などなさそうに呑気そうで。
麗美たちは、何とか3日間やり過ごす計画を立てようとして、それがいかに絶望的かを思い知らされたというのに。
こんなヤツらが楽しく雑談したり食事している間に、麗美は命からがら逃げたり手を汚したりしていたのか、と。
しかしそれはただのやっかみだと分かるぐらい麗美は頭が良かったから、何も言えなかった。
ただこいつらとは仲良くできそうにないなと、黒い感情をくすぶらせてうずくまっていた。
しかし、続く言葉にだけは理性が持たなかった。
――なくすのが嫌なら、背負っていかないと嘘じゃないっスか
そして極め付きは、遺志を背負って戦えばまだ負けじゃないという宣言。
最後にはどうせ、『勝って』みせる?
大切な人が死んだなら、遺志を継がなきゃ嘘だ?
それができなきゃ、大切な人の志がなくなってしまう?
ふざけんな。
じゃあ、アタシはなに?
死んだ人の想いを全て裏切ってる、アタシは?
跡部の『勝利宣言を見つけろ』って遺言も、先生の『今を楽しんで生きよう』って教訓も、ぜんぜん叶えられる気がしないアタシは?
『死んだ人間の分も頑張れ』って押し付けられたせいで、こうなったアタシは?
遺志を継ぐことで、死者の魂がなくならないっていうなら、
跡部や滝口や鬼塚先生を、現在進行形で殺してるのは、アタシだってことか?
認めない。許せない。容認できない。
ガンガンガンガンと、頭の内側から金槌で間断なく頭蓋骨を殴りつけられるような衝撃と熱が麗美を支配する。
銃を構える。立ち上がる。叫ぶ。
殺意を覚えた時のために、サブマシンガンはいつでも撃てるようにしてあった。
簡単に、引き金をひく。
パララララと、存外に軽い音がしてサブマシンガンからいくつも空薬莢が排出される。
当てずっぽうに撃った連射は2人の足元を舐めるように通過して、少しは地面へ、残りは虚空へと撒き散らされた。
体のすぐ近くを通過した9ミリ弾に、少年少女はあっけに取られている。
かろうじて帽子の少年は、少女を背中に回してかばうような位置についた。
その姿に、数時間前の跡部と麗美自身が重なって見えた。
こいつも、いざとなったら後ろの子を体を張って逃がすのだろうか。
そう思うと、脳を焚きつける激昂はさらに熱くなった。
『勝利宣言』とか『勝つ』とか、偉そうなことを言っておいて。
いざ自分が死ぬ段になったら、『後は頼む』と弱い者に苦痛を背負わせる。
殺し合いに『負けた』ことを認めようとせず、どうだ最後まで意志を貫いてやったぞと、自己満足に浸って死んでいく。
キレイな手のまま『強く生きろ』と言い残し、手を汚さねば生きていけない弱者を否定する。
それは『お前が弱いのがいけないんだ』と嘲笑う傲慢と、どこが違う。
「動かないで。1ミリでも動いたら次は当てるから」
「アンタ、殺し合いに乗ってるの?」
「別にぃ~? アンタらがあんまりにも虫唾が走ること言うから、つい撃っちゃったわ。
最後は絶対に勝つ? アンパンマンにでもなったつもり?
このお子様は、すぐ近くで負け組がバタバタ死んでってるのに、よくそんなことが言えまちゅねー」
後先など考えず飛び出したのに、喋る言葉はスラスラと出てきた。
どんな目に合わせてやりたいかだけは、くっきりとしていたから。
引きずりおろしてやる。
人を殺したりしないという自信と寄る辺を失って、お前も現実を知ればいい。
この世界は殺すか殺されるかで、殺し合いに乗ろうと脱出を目指そうと、『勝つ』ことなんて不可能だと理解すればいい。
「アンタに聞かせたつもり、ないけど」
「あっそう。盗み聞きしちゃってゴメンネー。
でもお姉さん、聞き捨てならないことを聞いちゃったから。
道を踏み外しそうな少年たちには、教育的指導が必要だよねぇ~」
麗美は女子大生と詐称しても通用するぐらいに背が高い。自然と、少年を見下ろす目線になった。
『何言ってんだこいつ』と苛立ちを隠そうともしない少年に、愉悦を予感する。
傷付けてやろうと決めてしまえば、ドス黒い高揚が生まれるのはすぐだった。
こういう感情なのかもしれない。『キャベツ畑』や『コウノトリ』を信じている可愛い女の子に、無修正のポルノを突きつける心地というのは。
「道、外れてるのはどっちだよ」
「ほら、手の棒を捨ててこれ拾いなさい五秒以内。でないと2人とも撃つ」
スカートにさしていたジグザウエルを抜いて、少年の足元へと投げた。続け様に、牽制で『パララ』とちょっとだけ撃つ。
たとえ片腕を撃ち抜いちゃってもいいやぐらいには思っていたので、2人の肩ギリギリの位置を弾丸が通過した。
さすがに自分だけでなく少女の命も天秤にかかれば反抗できないと判断したのか、少年は銃を拾う。
「これでアタシを撃てばいいのよ。脳みそでも心臓でも、致命傷になるところをどうぞ?」
「はぁ!?」
「あっ、言っとくけど、手とか足とかを撃って無力化しようとか考えないでね。
撃たれた拍子に指が痙攣して、乱射しちゃうかもしれないから」
「意味分かんない。自殺したいなら、こっちを巻きこむこと――」
「あんた、跡部の知り合いでしょ? 聞いてるわよ」
着用している青白の服と、跡部から聞いた知り合いの情報を総合して推測をつける。
呆れと怒りで歪んでいた帽子の下の表情が、虚をつかれた。当たりだった。
「跡部さんを?」
食いついてきた。
会話を続けさせれば、こっちのものだ。
ここで傲慢な連中に現実を教える『糧』になるなら、麗美は惨めじゃないと証明して死ねるかもしれない。
こいつらの手が汚れる? 麗美を殺したこいつらが、心に傷を負う?
そんなの知ったことか。人も殺せないなら、遠からず死ぬに決まっている。
否応なしに殺すことになるのが、この世界だ。
そうでなければ、麗美はいったい何のために殺したのか。
だから、麗美は口にする。
少年に己を殺させ、先刻の己と同じように『ざまぁみろ』と乾いた嗤いをあげさせる為に。
「跡部はね、アタシが殺したの」
さあ始めましょう。神崎麗美先生の特別補習授業。
◆
それは、簡単なことだった。
いくら分身や高速移動を身に付けたテニスプレイヤーでも、秒速366メートルの9ミリパラベラム弾が、しかも連射されるのを回避し続けるのは難しいとか。
血だるまになった人間もミイラになった人間も目にしたけれど、本当に死んだ人間は見たことがないとか。
劇場版では、拳銃を持った男たちに脅迫されたり、その過程で恐竜を滅ぼしたりしたけれども、これはそんな世界じゃない原作出典だとか。
そんな要素はあったけれど、それ以前の問題だった。
そういった問題よりも、ずっとずっと根本的な話だった。
銃で撃たれると、人は死ぬのだ。
あの鉄の塊から銃声が鳴り響いた時、人が死ぬ。
テレビや映画でしか見たことがないけれど、だからこそ。
そう言った『お約束』だからこそ、『そういうもの』と認識している。
(怖い……?)
リョーマは銃声を耳にして、身がすくんだ。
とっさに動けなかったし、だからこそ逃げるとか銃を取り押さえるとかができずに、綾波をかばうしかできなかった。
日本一のテニスプレイヤーだって人間だ。
凶暴化した切原赤也と試合した時はしばらくトラウマになったように、怖いと思えば、悲鳴だってあげるし失神だってする。
「これでアタシを撃てばいいのよ。脳みそでも心臓でも、致命傷になるところをどうぞ?」
「はぁ!?」
認めなきゃいけない。怖いし悔しい。
体の内側では、心臓がばくばくと動悸を打っている。
テニスをしている時の鼓動の加速は心地良いのに、この汗と動悸はとても嫌だった。
銃器の知識などなくとも、対峙した相手が本気かぐらいは分かる。
『従わなければ2人とも撃つ』は、こけ脅しでも何でもない。
リョーマにムカついたというのが本当なら綾波は関係ないはずなのに、そんなことに頓着しないぐらいキレている。
「あっ、言っとくけど、手とか足とかを撃って無力化しようとか考えないでね。
撃たれた拍子に指が痙攣して、乱射しちゃうかもしれないから」
おそらく嘘ではないのだろう。
最初に発砲した時の感じからして、相手も百発百中じゃない。
撃つ躊躇はなくとも、撃った経験は少ない気がする。
狙って当てることはできても、手元が狂って流れ弾を撃つぐらいには危なっかしい。
だからなす術がない――かと言われたら、実はそうでもない。
撃たれてから弾をかわすのが難しいなら、相手が撃つ前に視界から消えてしまえばいいのであって。
銃の攻略ぐらいは造作もないのだった。
例えば無我の境地で使える数多くの技のひとつ、《風林火影山雷の“風”の奥義》。
一瞬で相手の背後にも回りこめるあの技なら、銃口をかわして敵を無力化できる。
しかしリョーマが動いてしまえば、綾波を無防備に弾道に立たせてしまう。
「意味分かんない。自殺したいなら、こっちを巻きこむこと――」
誰だって、狙っていた標的が《無我の境地》を使って視界から消えたら驚くだろう。
その驚きが、不慣れな狙撃手に暴発を招かせるリスクは高い。
一歩間違えれば、自分のせいで綾波が死ぬ。
テニスプレイヤーだって1人の中学生だ。そんな簡単に、他人の命を天秤にかける選択には踏みきれない。
綾波のせいにすることは、できなかった。
この手を実行するならそれこそ最初に撃たれた時点で使っているべきであり、それができなかったのはリョーマが臆したからでしかないのだから。
「あんた、跡部の知り合いでしょ? 聞いてるわよ」
「跡部さんを?」
煩悶しているところに、その名前を聞かされた。
不意打ちだった。
見るからにヤバい人。
そんなヤツが、どうして『跡部から聞いてる』と言う。
「跡部はね、アタシが殺したの」
…………え?
「最初から、盾にするつもりで同行したのよ。一緒に協力して脱出しましょうってね。
案の定、跡部は桃色の髪の凶暴な女から、アタシを庇って死んでくれたわよ。
だってしょうがないわよねぇ。そうでもしなけりゃ、弱いアタシは生き残れなかったんだから」
口角を意地悪く吊りあげ、武勇譚でも語るように少女はペラペラと喋った。
何を言っているのだろう、と思う。
殺したということは、死んだということで、それを自分がやったのだと言われる。
言葉の意味が分かるのに、何を言われているのかが分からない。
「馬鹿な男よね。最後までアタシを信じて、後を託して逝きやがったわよ。
お前は1人じゃない、とか。知り合いならお前を助けて笑わせるぐらいはできる、とか。
面白いでしょ? 笑わせるどころか、殺されそうになってるっつーの」
『激怒』と『嘲笑』が同居する。そんな笑みが、顔中に広がっていた。
嘲弄されているのは、リョーマもよく知っている男で。
手塚を始め、周りの中学生みんなから一目置かれたり、慕われていた人物で。
あまり素直な褒め方をしないリョーマにしては珍しく、『すごいよ』という最上級の褒め言葉を言わせたヒトで。
踏みにじられている。それが分かったから、怒りを押し殺して言い返した。
「嘘だね。あの人は、アンタみたいなのに騙されるほど、バカじゃない」
「バカだったわよ! アタシみたいなのを見誤って、後を託すようなバカだったわよ!
アタシはもう頑張りたくなんかないのに! 頑張ろうとしたのに!
疲れてボロボロのアタシに鞭を打って、『1人じゃない』って応援したつもりになってるの!
そんなのに助けられるなんて、こっちから願い下げだわ!」
血を吐くような悲鳴が響き渡り、マシンガンにかけられた指が、引き金を引きたくて仕方がないようにぶるぶると震えた。
その痛々しさに呑まれそうになって、それでも、『呑まれたら負ける』という直感から視線を強く向ける。
そんなリョーマを、相手は「はっ」とせせら嗤った。
「許せないって顔してるわね。跡部が死んで、こんなアタシが生き残ったのは許せない。じゃあ何?
あんたは、弱いヤツは皆死んで、強いヤツだけ生き残ればそれでいいと思ってるわけ?
人を殺さなきゃ生きていけないようなヤツは、生きる価値もないって言いたいの?」
理屈の言葉が刃になって、切りつけてくる。
好き勝手に切りつけられる不快感に、ギリと歯を食いしばった。
事情は分からないが、跡部をただ殺したわけじゃなく、複雑な感情があったとは推測できる。
『弱い奴は死ねばいいのか』という悲鳴だって、理不尽に対する怒りから生まれたのだろう。
でも、だけど、だからって。
いつもなら、ラケットとボールが手元にあるだけで、黙らせられるのに。
殺したくて仕方がないのを我慢していると言わんばかりの殺気は、余計な動作を1ミリさえ看過しないと銃口を向けていた。
「どっちみちアンタには、アタシを撃つしか方法がないのよ。
許せないヤツは殺していい。守りたければ殺していい。これが正しいの。
だってそうでしょ。ここでアタシを殺さなきゃ、アンタたち2人が死ぬんだもの」
そうじゃない。今なら、殺さずに止める手段だってある。
でも『それ』を使っていいか、綾波に聞くことはできなかった。
ひそひそ話をしたらそれだけで感付かれるし、『当人の許可を得てやりました』で死人を出しても責任はのしかかる。
運が悪ければ、綾波が死んでこんなヤツが生き残る。そんな結果に、満足できるのか。
どうして綾波にこだわるんだ、と悪魔のささやきが聞こえた気がして、そもそもどうして庇ってるんだっけというところにまで思考は及ぶ。
自己犠牲?
部長じゃあるまいし。
一緒にいて情がうつったから? 朝ごはんを作ってもらったから?
それもあるけど、それだけじゃない。
責任感? 仲間だから? 後味が悪いから?
そのどれでもあるし、どれとも違う。
でも、死なせたら後悔する。だから絶対に死なせられない。
麗美はすべるように滔々と語り続けた。
「アンタが撃てば、1人死ぬ。アンタが撃たなきゃ、2人死ぬ。
ううん。このままアタシを野放しにしたら、もっともっと死んじゃうかもね。
だってアタシ、ここで死ななくても次に会ったヤツに同じようなことするんだから。
ううん、虫の居所が悪かったら、もっとたくさん殺しちゃうかも。
あ~ら大変。ここでアタシを殺さなきゃ、アンタは大量殺人者だよ?」
うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。
黙らせたかった。排除したかった。
眼の前の女が一言でも口にするたびに、心の大切な場所がガンガンと叩き壊され、唾を吐きかけられる。
でも殺したって、きっと後悔する。
この左手はラケットを持つ手なんだから、同じ手で人を殺すなんていけない。
それに、少女はリョーマに撃たせたがっている。
つまり、撃ったら『負け』になる。
『それ見たことか、勝つなんて無理なんだ』と嘲笑って死なせるなんて、絶対に許してはいけない。
しかし、撃たれたら綾波レイも死ぬ。
己のこだわりの為に、綾波レイまで巻き添えにしてしまっていいかと言われたら、
それが『柱』として正しいなんて思えなかった。
「アンタ、死にたいの? それともオレに殺してほしいの?」
「復讐したいのよ」
銃を持つ手は、とっくに汗ばんでいた。
選択肢はどれも正解で、どれも間違いで。
じっくり考えている時間なんて、ない。
それでも、撃つなんてしたくなかった。スポーツマンが拳銃を撃つなんて、やっぱりできなかったから。
どうにか相手の隙をつくれないかと、精一杯冷静に言葉を選ぼうとして。
そんなリョーマを観察して、少女は『優しそうに』笑った。
そして、口にする。
「殺してくれないならいいわ」
おそらくは、『トドメ』なのだろう言葉を。
「殺さないってことは、認めてくれるのね。アタシは生きてていいって。
跡部やアンタの言う『部長』さんは死んで当然で、アタシはアイツらより生きる価値があるんだって」
考えていた。
考えたくなかったけど、考えていた。
――自分に言い訳するような奴らより部長が生きててくれた方が絶対にいいに決まっている
認めて、たまるか。
撃ちたくなかった。
でも、『認められない』と感情が答えてしまったから。
反射のように手が動き、銃口がそいつを向いた。
指が引き金に動いた。動くのを止めることができなかった。
撃っちゃダメだ撃っちゃダメだと分かっているのに、止められない。
ダメだ、撃つ。
そう思った瞬間。
「あなたは」
指が、止まった。
ずっと黙っていた綾波レイが、透き通るような声を出したから。
◆
撃てばいいのに。
リョーマに対して綾波が思ったことは、それだった。
戦略的判断から言えば、敵である少女を撃って2人の安全を守るのが絶対に正解だ。
まして、ここで逃がせば越前の仲間や碇シンジを害されるともなれば。
綾波が『碇ゲンドウの部下』として身に付けた判断は、そういうものだったから。
でも。
撃ちたくない気持ちが少し分かる。それに、撃たせたくない。
そんな小さな声が、産声をあげていた。
ここで殺してしまえば、何だか良くないことが起こる気がする。
その直感は、少女の言い分が不快に聞こえたからでもあった。
だから越前も、『負け』たくないんじゃないか。
1人ではなかったはずなのに、『救いなんて願い下げだ』と跳ね付ける。
善意から言われたことを悪意で解釈して、世界に絶望する。
それは『出会う』ことによって『変わる』ことを、否定する考えだ。
碇シンジとの出会い。この場所に来てからの出会い。
『出会い』には、『あたたかさ』だってあるはずなのに。
綾波レイにも、シンジを『死んで当然』と思う可能性があるなんて、嫌だった。
だから、とうとう声をあげた。
本当に出会わなければ良かったのか、と。
「あなたは、その人たちのことが嫌いだったの?」
時間が、止まった。
毒のある殺意が、その刹那だけ少女から剥がれ落ちる。
その一瞬だけ、あらゆることを忘れて過去に囚われたような。
その姿は、茫然。
「好きだったわよ! でも――」
少女のまとう緊張が、解けて。
そして越前が動いた。
ほんの一瞬の出来事で、そこには確かに光が見えて。
何が起こったのか、綾波には分かる。
ご飯の時に、教えてもらったから。
無我の境地。
◆
《風林火陰山雷の“風”》
迷っていたのが消えれば、体は軽かった。
夜叉のように気迫を出していた少女に、隙ができた。
助かったというのが本音で、しかし目が覚めた理由は別にある。
跡部景吾を、氷帝テニス部の部長を、『好きだった』と言った。
殺せない。
できるわけない。
正しいとか、間違ってるとか、殺すべきかどうかとか、命の重さとか。
理屈を全部吹き飛ばして、その殺せない理由はドンと頭に落ちてきた。
たとえ一時でも、そんなことを感じた人間を、殺していいとは思えない。
地面を蹴る。
その刹那、確かに風の疾さと同化する。敵の懐に飛び込んだ。
左手をのばす。目を丸くした少女の抱える鉄のかたまりは、もう怖くなかった。
“風”の時は、スイングの速さも目にとまらない。
少女の右腕をつかみ、全力で体の外側へと払った。
銃の引き金から軽く指が外れる。機関銃が、地面にガシャンと落ちる。
うまくいった。
間に合っ――
「ざーんねんでした」
こつん、と。冷たい塊が、ひたいにあたった。
機関銃よりも小さな、そしてやはり黒い、鉄のかたまりだった。
「『やったぁ』って顔、してんじゃないわよ」
どこからか取り出したもう一挺の拳銃をつきつけ、そいつは冷えた声を落とす。
あの嘲笑が見下ろしている。そう予感して顔を上げたリョーマの目に映ったのは、思いもよらぬ表情だった。
「あたしと同じに結果にならなくて、そんなに嬉しいの?
あたしみたいに人殺しになるのが、そんなに嫌だったの?
『俺はあんたとは違うんだ』って証明できて、そんなに満足なの?」
泣き笑い。
正しく、そうとしか形容できない表情を浮かべていた。
他者を嘲弄することで己を正当化できなくなり、己のみじめさを、憐れむように。
「神崎っ……! おい、どういうことだよっ!?」
ダミ声に近い叫び声が轟き、『神崎』と呼ばれた少女は糾弾されたように肩を震わせる。
高坂王子が、ペンペンを抱えて綾波の後方から駆け寄ってきた。
「高坂じゃん……あー、アンタら仲間だったわけ」
さりげなく目元をぬぐうと、納得したという風にうんうん頷く。
それまでの『神崎』を知るものからすれば不気味な仕草だったけれど、それは却って高坂の疑念を鋭くさせた。
ペンペンを地面におろし、距離を保って問い詰める。
「何があったんだよ! お前、それ……洒落にならねーだろ!?」
高坂が凝視するのは、拳銃。
リョーマの額に銃口を当てている麗美。
いきなり来た人間にも、どちらが被害者でどちらが加害者かは一目瞭然だった。
ほんの短い、しかし長い長い沈黙が、微笑んだ神崎の口元に漂う。
「あぁ……そうか。あたし、ワルモノなんだ」
それが、リョーマの聞いた最後の意味明瞭な言葉だった。
「……ヒッ。ヒッ、ヒッヒッ」
体をくの字に折って、お腹を抑えるようにして、少女は笑い出した。
苦しそうに、けれど、楽しそうに。
地面を、じだんだを踏むように細い脚で踏みならす。
壊れた楽器みたいな笑い声が地団太のリズムと同調し、奇妙な踊りにも見える。
クスクスクスと笑いたいのに、体が震えて声が掠れるせいで『ヒッヒッヒッ』にしかならない、そんな笑い声。
リョーマは、おそらく綾波も高坂も、同じ単語で感想を抱いた。
――壊れた。
「ああ、うん、高坂? 悪いけどあたし、いち抜けるわ」
「い、いち抜ける?」
おびえて問い返す高坂に、楽しげに語りかける。
「うん、もう居場所がないから、適当に楽しむの。
途中で被害を出すかもしれないけどさ、別にいいよね。
その代わりみんなに、現実を教えてあげるつもりだから」
銃口をリョーマの額から外し、正面の方向に適当な狙いをつけて。
「んじゃ、さよなら」
パン、パン、パンと、乾いた音を数発鳴らした。
それは牽制で撃ったはずで、しかし三人からすれば目線を神崎から外すには十分な理由となる。
その隙に少女は、マシンガンを拾い、逃げた。
現れた時と同じように、ディパックの隙間から布をふわりと引っ張り出し、姿を消す。
リョーマだって、逃がしてはいけないことは分かっていたけれど。
しかし、着弾点を探した時に、『不幸な事故』を見つけてしまった。
それを見てしまえば、姿の見えない少女の逃走を追う余裕などない。
「ペンペン……?」
ペンギンが一羽、右の目に赤い穴をあけて死んでいた。
◆
顔を、見てしまった。
撃たなくて良かったと、心の底から安堵したような顔だった。
息の根を止められた気がした。
もちろん、その選択は愚かなものだっただろう。
もう一挺の拳銃を持っていた時点で、神崎麗美の勝ちだったのだから。
しかし、それは『悪』だった。
あの時の麗美のように『ざまぁみろ』と笑ったりしないのだと突きつけられた。
『殺すしかなかった。だから私は悪くない』という最後の支えを、へし折った。
麗美の転落は、すべて自分の弱さが招いたのだと惨めに落とされた。
それが、許されざる悪だった。
しかし、高坂がやって来た。
傍目に見れば、2人目を殺そうとした麗美が絶対悪で。
麗美を殺さずに止めようとしたアイツ――跡部から聞いた名前は越前とかいったか――は絶対に正しいのだろう。
バカバカしい。
こんな世界に真剣に付き合ってやるなんて、心の底からバカバカしい。
世界を見限った、瞬間だった。
心が、ふわりと宙に浮いた。
生きるとは、痛みと向き合って、己の境遇を嘆いて、しでかした間違いについて考えるから怖くて苦しいのであって。
それを放棄してしまえば、楽になるのは道理というものだった。
生きていくことが怖いなら、生きようとしなければいいのだ。
真正面からこんな世界と付き合うなんて、バカバカしい。
物語の主人公には、ならない。
傍観者として楽しむ。
先の出会いは、ひとつだけ嬉しいことを教えてくれた。
それは強者であっても、苦しめて傷つけることができるということだ。
殺させることはできなくとも、反論を封じて心を揺らすことはできたのだから。
だから、いまだに戦おうとしている連中を見つけたら、教えてやればいい。
自らの信じるより所など、簡単に壊れるということを。
その方が、物語だって面白くなるだろう。
どうせ誰も彼も死んでしまうならば、盛り上がった方がいいに決まっている。
【H-5/ビル付近/一日目・昼】
【神崎麗美@GTO】
[状態]:高揚
[装備]:携帯電話(逃亡日記@未来日記)、催涙弾×1@現実 、イングラムM10サブマシンガン(残弾わずか)@バトルロワイアル 、シグザウエルP226(残弾12)
[道具]:基本支給品一式 、インサイトによる首輪内部の見取り図@現地調達、カップラーメン一箱(残り17個)@現実
997万円、ミラクルんコスプレセット@ゆるゆり、草刈り鎌@バトルロワイアル、クロスボウガン@現実、矢筒(19本)@現実、隠魔鬼のマント@幽遊白書、火山高夫の防弾耐爆スーツ@未来日記
火山高夫の三角帽@未来日記、メ○コンのコンタクトレンズ+目薬セット(目薬残量4回分)@テニスの王子様 、売店で見つくろった物品@現地調達(※詳細は任せます)
基本行動方針:傍観者としてゲームを『楽しむ』。
1・他の参加者を見つけたら、『面白くなりそう』な方向に扇動する。
2・自身が殺されることも否定はしない。ただし、できるだけ長く楽しむ為になるべく生き残る。
[備考]鬼塚英吉は主催者に殺されたのではないかと思っています。
人を壊してしまった。
届けると預かったものを、死なせてしまった。
「ごめん……」
目をくりぬかれた遺体のまえに膝をついて、謝る。
ささいなことなのだろう。
少なくとも、朝の時点で9人の人間が死んでいて。今この時も死に続けているかもしれない場所で。
支給品でしかないペンギンが死んだ、なんていうのは。
それでも、今まで一緒にいたし、助けられたりもしたから。
ちゃんと届けると、約束したから。
こうなった結果の一端には、神崎麗美を撃たなかったことがあったから。
しかし。
「あなただけのせいじゃない」
顔を上げる。
しゃがんで、ペンペンを間にはさんで、綾波レイが向かい合っていた。
「碇くんも、責めるような人じゃないから」
じわり、と。
熱をもったカイロを、肌へとじかに貼りつけられたような刺激が胸を刺した。
あたたかいのに、柔らかな痛みが伴っていた。
「私も、一緒に碇くんに謝る。撃つのを止めるようなこと言わなかったら、こうならなかったかもしれないから」
「綾波さん……悪いけど」
「何?」
「『止めてくれてありがとう』って、思った。ペンペン死なせたのに」
犠牲が出てしまった。神崎麗美が憎い思いもあった。
それでも、『跡部景吾を嫌いじゃなかった人を撃つ』なんて、できなかった。
嫌なところもいっぱいあったけど、本当にみんなから慕われていた人だったし。
それに「好きだった」と言った時の麗美の目に『こんな風にならなかった可能性』を見てしまったから。
神崎麗美という人間の『全て』を排除していいなんて、思えなくなった。
けれど、その神崎も、自分たちがきっかけで『壊して』しまった。
「それが正しかったの?」
「分かんないよ。でも思ったものは、しょうがないじゃん」
神崎麗美がこれからも犠牲者を出すとうのなら。
リョーマたちはその仲間から、麗美を止めなかったと責められても仕方がないのだろう。
そう思った時、頭上から場違いなほどに大きな声が降ってきた。
「あのなぁ、よく分かんねぇけど、正解だったに決まってるだろ?
考えてもみろよ、お前が麗美を殺してたら、俺が駆け付けたタイミングとドンピシャだぜ?
危なくお前が裏切ったと思うところだったじゃねーか」
「「え……」」
親指で自らを指し、いやー危なかったなーと大きく息を吐く。
「信じてなかったの?」
「い、いや、信じてたぞ! けど、それを言うなら麗美だって一応仲間だったわけで……」
綾波に突っ込まれてわたわたと弁解をする高坂に、あっけに取られた。
高坂が『良かった』と言っているのは、誤解が生まれなくて良かったねーということであり、麗美を撃つことの是非でなない。
それでも、一時は仲間だった人物が豹変して動揺しながらでも、そんなことを本気で安心しているのだ。
お人好しなのか、それとも自分が大好きで図太いだけなのか。
たぶん両方だったのかもしれないけれど、『楽になった』と感じるのが不覚だった。
さすがに笑うのはこらえたけれど。
「あのさ……」
だから、言葉は自然と口から出た。
普段なら、口にすることは少ない言葉を。
「次は、負けないから」
神崎麗美に対して、敗北を認めた。
【H-5/会場南端付近/一日目・昼】
【越前リョーマ@テニスの王子様】
[状態]:決意
[装備]:青学ジャージ(半袖)、太い木の枝@現地調達
リアルテニスボール(ポケットに2個)@現実
[道具]:基本支給品一式(携帯電話に撮影画像)、不明支給品0~1、リアルテニスボール(残り8個)@現実 、自販機で確保した飲料数種類@現地調達
基本行動方針:神サマに勝ってみせる。殺し合いに乗る人間には絶対に負けない。
1:……。
2:碇シンジを見つけるまでは綾波レイと行動。ペンペンを碇シンジに返す。
3:2と並行して真田さん、切原、遠山を探す。
4:学校に向かう。
5:ちゃんとしたラケットが欲しい。
6:碇シンジとその父親に、少し興味
【綾波レイ@エヴァンゲリオン新劇場版】
[状態]:疲労(小)
[装備]:白いブラウス@現地調達、青学レギュラージャージ、 第壱中学校の制服(スカートのみ)
由乃の日本刀@未来日記、ベレッタM92(残弾13)
[道具]:基本支給品一式、 天野雪輝のダーツ(残り7本)@未来日記、不明支給品0~1、第壱中学校の制服(びしょ濡れ)
基本行動方針:碇君を探して、何をしてほしいのか尋ねる。
1:……。
2:学校に向かう。
3:碇君を探す。その為に越前くんについて行く。
4:他の参加者と、信頼関係を築けるようにがんばる。
[備考]
※参戦時期は、少なくとも碇親子との「食事会」を計画している間。
【高坂王子@未来日記】
[状態]:疲労(小)、全身打撲
[装備]:携帯電話(Neo高坂KING日記)、金属バット
[道具]:基本支給品(携帯のメモにビルに関する書き込み)、『未来日記計画』に関する資料@現地調達、S-DAT@ヱヴァンゲリオン新劇場版
基本行動方針:秋瀬たちと合流し、脱出する
1:……。
2:2人に金庫から入手したものを見せる。
3:雪輝を探し、問い詰める。
[備考]
参戦時期はツインタワービル攻略直前です。
Neo高坂KING日記の予知には、制限がかかっている可能性があります。
『ブレザーの制服にツインテールの白井黒子という少女』を、危険人物だと認識しました
【隠魔鬼のマント@幽☆遊☆白書】
神崎麗美が道の駅で現地調達。
島に存在する10個の『宝物』の内の一つ。
垂金権造に雇われていた闇ブローカーの妖怪の一人が身に着けていたマント。
着用した者の姿を消すことができる。(ただし妖気までは消せない)
ちなみに目元にのぞき穴もあるのだが、隠魔鬼はその目元も含めて透明になっていた。
【S-DAT@ヱヴァンゲリオン新劇場版】
高坂王子がビルの市長室から現地調達
島に存在する10個の『宝物』の内の一つ。
大きく『ハズレ』と書かれた紙が貼られている。
碇シンジがよく聴いている音楽プレイヤー。イヤホン付き。
もとは彼の父、碇ゲンドウの所有物だった。
【『未来日記計画』に関する資料@現地調達】
高坂王子がビルの市長室から現地調達。
『未来日記』世界におけるサバイバルゲームに関する詳細を綴った資料。
内容は、おおむねDairy42にてデウスが雨流みねねに語ったことに準拠。
最終更新:2021年09月09日 19:38