――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA


実のところ菊地善人は、これまでの人生で『後輩』というものを持ったことがない。

もちろん、彼は吉祥寺学苑の三年四組に所属する学生なので、同学苑の一年生と二年生の全員が彼の『後輩』にあたる。
しかし、部活動だとか生徒会のような活動もしていない上に、人間関係もクラスメイトもしくはネット上で作った交友関係のなかで満足している菊地にとって、『自分の後輩』と呼べる存在はいなかった。

それが、ここにきてたくさんの『後輩』を持った。
杉浦綾乃、越前リョーマ、綾波レイ、植木耕助、碇シンジ。
さらに言えば、彼等の友人でありこれからの護るべき対象でもあるアスカ・ラングレーや天野雪輝を加えたっていいかもしれない。
ことに植木耕助や杉浦綾乃とは友人として対等に仲良くしてきたけれど、『先生』になったつもりで年長者ぶってきたのも、先輩としての責任感やら格好つけたい気持ちやらがあってのことで。
相談に乗ったり、見守ったり、からかったりするのは、新鮮で心地が良かった。

『変な意味じゃないぞ』ときつく前置きした上で言うなら――後輩たちは、可愛かった。
『死』を何度も突きつけられて、年相応に泣いたり傷ついたりしながらも、成長しようとしている。
未熟なりにできることを見つけて、大切なものを守ろうとしている。
そんな彼らを応援してやりたい、もう誰ひとりも死なせたくないという想いが菊地にはあった。

(だから、許せねぇ。許せるはず、ないだろ)

耐えるように、痛みを背負ってザクザクと歩く植木耕助。
それを見ていると、やりきれない悔しさで胸が痛んだ。

碇シンジも、神崎麗美も、高坂王子も、宗屋ヒデヨシも、まるで虫けらのように容易く殺されてしまった。
彼らの精一杯に足掻くことを嘲笑うかのように。人の命を奪うことに、何の痛みも感じていないかのように。

(最初は、俺だって信じようとしたんだ。あの常盤がまた手を汚してるなんて、思いたくなかったからな。でも……)

菊地が自ら体当たりでぶつかって本音を吐露させ、人災とはいえ最終的には“キス”までする仲になった常盤愛の改心が嘘だったなんて、いつもの菊地ならまず信じないだろう。
しかし、そうとでも考えなければ説明がつかない。

それは、あの時の常盤たちが“あの場から離れる植木と菊地を追撃しなかった”ことに対してだ。
素直に考えれば、おかしい。
新たな戦力として菊地が参入したとはいえ、あの時の三人は重傷のヒデヨシをかばいながらの撤退で、浦飯の力に対する備えなど何も無かったのだから。
さらに言えば、あの二人組が『殺し合いに乗っていない振りをして参加者を襲う』というスタイルを取っているなら、既にやり口がバレている植木たちの口封じをしないのは明らかに不味い。
『凶悪なビームで植木を殺そうとして何も悪くないヒデヨシを死なせたが、その後は何もせずに見逃した』ことを説明する合理的な理由など、ひとつしかない。つまり――

(つまり、アイツらは”俺たちを利用しようとした”ってことになっちまうんだよ。
『もしかして何かの誤解だったんじゃないか?』って、クラスメイトの俺に思わせるために)

事実、もしあの場に現れた菊地が『植木を探して追ってきた仲間』ではなく『ただの通りすがりのクラスメイト』だったとしたら、常盤を信じようとしていただろう。
植木とヒデヨシの側が悪者だった……とは考えないまでも『植木たちにも殺意を持たれてしまうような落ち度があったんじゃないか? その証拠に菊地のことは攻撃しなかったんだから』と思いなおして、南へと引き返すぐらいのことはしたかもしれない。
そして、そうなっていたら。
彼女が得意とする泣き落しと口八丁で信用させられて、杉浦綾乃や越前リョーマに綾波レイといった後輩たちの情報を全て売りわたしたあげくに――彼らのところまで合流するや皆殺しを実行されていただろう。

だから、ぞっとする。
よりにもよって、『三年四組の絆』を利用して大切な仲間たちを殺そうとした、その謀略に虫唾が走るし、許せない。

「負けるもんかよ。勝ち残るのは――おれ達だ。そうだろ、植木」
「どうしたんだ、急に」

再確認するように声に出すと、植木が足をとめ、振り向いた。

「いや、放送を聞いて色々考えてたのも落ち着いたし、決意表明ってやつかな。
アドレス交換で別行動もとりやすくなったけど、今後もまとまって行動する。
放送前に出くわした連中にリベンジするためにも、今は結束を固める時期だからな」
「ああ。とりあえず、海洋研究所に行って綾乃を探す。そこに誰もいなかったら、『天野雪輝』たちを探すのも兼ねて南下する。
ただし、あの二人組がいそうなホームセンター周りは避ける。それでいいんだよな?」

放送前に打ち合わせしたことを、植木はしっかりと覚えていた。
そして、放送が終わってからもその方針は変わらない。むしろいっそうの急務となる。

「現時点では、そうするしかないな。越前たちの無事は放送で確認できたし、今は杉浦の捜索を優先したい。
放送で知り合いの名前が二人も呼ばれちまったから、動揺してるだろうし……もともと『海洋研究所』ってのは、学校で待ち合わせした後に向かう場所だったからな。
はぐれた杉浦が、そこで合流するために先回りしてる可能性もある。
シンジや日野日向さんの遺言を後回しにするようで、心苦しいところなんだが」

最後に関しては、今は亡き二人だけでなく植木に対しても心苦しいところだ。
亡き友達から天野雪輝や綾波レイを護ってほしいと頼まれたのに、その合流が後回しにされているのだから。

「たしかにシンジ達との約束は大事だけど、後悔なんてしねぇよ。綾乃だってとっくに友達なんだ。
それにシンジだってきっと、『自分の知り合いを守ってほしいから、綾乃を見捨ててくれ』なんて言わねぇよ」
「そうだな」

碇シンジがしっかりと植木のなかで生きていることを再確認して、ほっとする。
気を取り直して野道を歩きながら、しかし思うことがあった。

(植木は今でも、『自分を含めて、全員を救う』つもりでいる。
その『全員』の中には『あいつら』も入ってるのか?
……いや、問題は植木じゃなくて俺だ。俺はたぶん、『あいつら』を救う数に入れてない)

少なくとも、バロウ・エシャロットや浦飯と常盤のような悪党を救いたいという意思はない。
連中が心底から罪を悔いて殺し合いを終わらせるために力を尽くしてくれるというのなら、菊地は後輩たちのまとめ役として、唯一の三年生としてそれを認めて受け入れるべきなのだろう。
しかし、連中がそんな真似をするとはとうてい信じられなかった。信じるには、あまりにも菊地から奪いすぎている。
連中の命と仲間のそれが天秤にかかれば、菊地は後者を優先する自信があった。

(だから……『ここから先は大人の時間だ』ならぬ『先輩の時間』ってわけか?
もっとも、そんなふうにカッコつけて敵を排除するには、覚悟が足りてないけどな)

『全員を救いたい』という植木の夢は、友達として応援してやりたい。
『人を殺さないですむ方法を見つけたい』という綾乃の宿題は、叶ったところが見たい。
綾波レイがバロウを殺そうとした時に止めるべきだったとしたのも、弾みで一線を超えて欲しくなかったからだ。
しかし、そろそろ菊地善人自身の選択をする時が来ているんじゃないか。
自分のために、失いたくないものを護るために、どうありたいのかを選びとらなければ。
そっと、制服の内ポケットに忍ばせたデリンジャーをなでた。
それは図書館で杉浦綾乃に覚悟を問うた時から、ずっと持っていたものだ。
バロウ・エシャロットとの二度目の戦いでは、この拳銃を使わなかった。
その時に使っていたジグザウエルを天野雪輝に与えてしまった今となっては、この武器こそが菊地善人の『最終手段』となる。

(つっても……一人で抱え込んでちゃ世話ねーよな。
アイツらとまた会った時の対処も打ち合わせしときたいし、まずは相方に相談といくか)

煮詰まってきたことを自覚して、ふぅと吐息する。
なぁ植木、歩きながらでいいから聞いてくれるか。
そう切り出そうとした時だった。
植木が、前方を向いていた。
より正確に言えば、進行方向からはやや東にそれた山際の景色を。

「おい、菊地。あれ……!」

指さされた方角を、菊地も見る。
現在地との位置関係を考えればC-6のあたりだろうか。
山裾の手前、少し丘になった地形の上に、背の高い建物が見えていた。
おそらくはホテルだろう。問題は、そのエントランスが遠目にも分かるほど半壊していることだ。
外壁には巨大な鉄球が貫通したような穴があき、地面が黒ずんだようにぼやけているのは夕闇にも焼け跡だとわかる。
学校周辺の騒動の余波にかかずらっていた菊地たちには、その争いがいつ行われたものなのか分からない。
もしかするとまだ負傷者があの場所にとどまっているかもしれないし、もっと言えばここからは確認できないだけで、戦闘は継続しているかもしれない。
さらに言えば、杉浦綾乃がその争いに巻き込まれている可能性も低いけれどゼロではない。
『海洋研究所で待っているかもしれない』というのも彼女に冷静な判断力が残っていたとしての話でしかなく、急にはぐれてしまった上に知り合いも全滅したショックでどこにさ迷い歩いていくかなど断定できやしない。

「菊地」
「その顔を見るに、そっちも同じ意見みたいだな」

二人は頷き合い、進路の変更を決めた。




ヒュン、と空気を裂くような音。
そして、石の礫が反響する重たくて鈍い音。
それらが連続しながら、山の中を駆け抜けていた。

「どうしたァ!! 逃げてばっかじゃ、俺からエースは取れねぇぞ!」
「そういう貴方こそ! 狙いが、甘くなってますのよ!」

狙い放たれた剛速球の数々を、黒子は木の幹を盾とすることで防ぐ。
道中で補充したらしき石の塊は、人間の腕力で撃ったとは思えない威力で木の幹をドカドカとえぐった。
当たらなかった幾つかの礫は後方の木々にあたって反射し黒子の足元を襲ったが、それを黒子は瞬間移動ではない、ただの跳躍で回避する。

「逃がすかよォ!」

しかしタイムラグを利用して、切原は移動していた。
素早く回り込んだのは、黒子の姿が丸見えになる、木の側面方向だ。
次弾を撃つために、ぐるりと弧を描くようにその位置へと移動して――

「まだまだ、です!」
「ぶはっ……!!」

だが、その眼前を塞ぐように太い枝が落下してきた。
直撃は避けた。しかし枝先が白い髪にひっかかり、はらいのけるための時間を要する。
その落下を生んだのは、黒子が拾って転移させた落ち葉だった。
葉っぱを使って枝を切断する――手品のような芸当だが、これも『移動した物体は、移動先の物体を押しのける』からこその応用技だ。
追撃にうつるべく、さらに瞬間移動で跳ぶ。
頭上からの飛び蹴りは読まれると踏んで、低い位置での足払いを選択。
しかしその払いは、スプリットステップによる横方向への跳躍でよけられた。
体勢を立て直すために費やされた時間は、双方ともにほぼ同時。
そして、さらなる攻防を交わすために両者は駆ける。

「お前ら……少しは、付いて行く方のことも考えろっ!!」

拳銃を片手に、機関銃を背負って山を下りながら、七原は悪態を大声にした。
すっかり汗だくになっている。
ぜぇはぁと喘ぎながら、走っている。
七原はこれでも一応、『必要ならば介入してもいい』と双方から了解までもらっているはずなのだが――この二人、かなり、知ったこっちゃないように動いている。
元から速さを強みにしている二人だけに、山の中を追尾するとなると、もう、追うだけでも必死だった。

「とっとと倒れた方が楽だぜ!苦しまずに済むんだからなァ!」
「そう言う貴方こそ、現在進行形で苦しんでるくせに!」

切原は礫を地面から掴み上げて補給しながら、手を休めないために右手の燐火円礫刀を使って手近な木を倒す。
幹を切断された木は、とどめとばかりに蹴りを食らって白井黒子へと直線的に倒れ、しかし黒子は空間移動でその姿を消失させた。
礫を携えて返り討ちの姿勢を取る切原だったが、黒子は幾つかの木々を間にはさんで、枝の重なりに隠された樹上へとその姿を垣間見せる。
ちっと切原は舌打ちして、射線を確保するためにまた走る。
黒子が止まっている間に、切原は止まれない。
立ち位置を一秒以上も固定すれば、空間移動(テレポート)による遠隔攻撃を受けるからだ。

(――それでも、白井が戦いの場を移したことは正解だったな)

その判断については、七原も認める。
切原赤也は障害物を叩き壊して進むことはできても、あるいは障害物を回避して進むことはできても――障害物をすり抜けることはできない。
彼我の射線を森の木々が邪魔していれば、回り込むかなぎ倒して進むしかない。どうしても動きが限定される。
白井黒子は、空間移動能力者(テレポーター)は、違う。
進行方向に壁があろうと木々があろうと関係ない。移動コースも、出現場所も、選び放題になる。
さらに言えば、森の中には木の葉がある。小枝がある。空間移動(テレポート)の素材が、たくさんある。
研究所の中庭のような、何もない平地ではない。遮蔽物だらけの地形を、移動しながらの戦いとなれば――黒子の取れる手数が、圧倒的に増える。
研究所では一方的に攻撃されるばかりだった戦いが、膠着するまで肉薄している。
そしてその奮戦に、切原は舌打ちをした。

「ウゼェんだよ!! んなこと言っておきながら、避けてばっかりじゃねぇか! いつまで続くと思ってんだ!」
「それはもちろん、貴方を止めるまで、ですの!」

切原へと宣言して、十数度めかの打球を回避して、黒子は姿を消した。
赤い目をギラつかせて周囲を見回し、気配を尖らせて出現場所を探す。しかし、

「――いねぇ?」

森の中には、切原と離れた位置から走る七原の姿しかなかった。
攻撃音がやんで、静かになった森への困惑で切原の足が、止まる。
その見計らったようなタイミングで、次の手は来た。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン、とテレポートの出現音が連続して鳴る。
それらは全て、悪魔のいた四方の頭上からのもので。

「上か!」

テレポートによる飛び蹴り攻撃が来るよりも、さらに上空。
四方八方に転移させられた木の切断によって、落下する枝と幹の無差別攻撃が切原を襲った。

「なんだこれぁ!」

切原はとっさに持っていた礫を全て打ち上げ、木の幾本かを跳ね返し、吹き飛ばした。
しかし波状になっていた落下攻撃の全てを防ぎ切ることはできず、肩や背に少なくない打撲を受ける。

「ぐっ……!」

そして落下攻撃には、別の効果もあった。
それは、その後に来る“本命”の気配と姿を紛れさせること。

樹上よりもさらに高高度へ瞬間移動していた白井黒子のライダーキックが、突き刺すように迫っていた。
手持ちの打球を撃ち尽くし、フォロースルーのまま体勢も崩れた切原めがけ、黒子は重力も加わった蹴撃を乗せる。
次の瞬間には、ラケットを持った肩を外すはずがない。

「――バーカ。だから、甘いんだよ」

そんな瞬間は、来なかった。
ついさっき撃ち尽くされていた打球の最後の一球が、『時間差をともなって』白井黒子を直撃していた。

「があ゛っ!!」

まるで『一球だけ上空ではなく地面に打ち付けられていたけれど、ぬかるんだ地面にめりこむことなく直前でホップして上空へと逆襲してきた』ような動きで。

「サザンクロス……っつったか。墓標はねぇが、十字架を背負って……死ね」

かつて二回ほど目の当たりにしたその隠し球の名前を呟いて、死刑宣告をする。
上空へと打ち上げられた白井黒子の体は、木の枝に何度も衝撃を殺されるように落下し、地面に落ちた。
体を折り曲げるように身を起こし、幹にもたれかかるようにして上半身を持ち上げれば、円礫刀が首元にあてられる。

「どこが甘いのか教えてやろうか。
『葉っぱで枝を切る』なんて真似が出来るなら、『俺の首を切り落とす』ことだって狙えたはずじゃねぇか。
それが、俺を止めるための甘くない手っ取り早いやり方だったんだよ」

勝負アリと言わんばかりに、赤い瞳が冷酷な目で見下ろす。
枝を切り落され、サザンクロスの余波を受けて、枝が消失した天蓋から月明かりが森に差し込んできた。
差し込まれた月光を背にして、切原の顔が翳る。
赤いようにも白いようにも見える、そんな光だった。

「研究所の時から、そうしてりゃ良かったんだ。あの時なら俺もお前の力をよく知らなかったし、不意打ちで首を切るぐらいはできただろ。
そうすりゃ、あの二人だって俺に殺されることは――」
「そうかもしれません。でも、今の私には……七原さんが、いますから」

やっと追いついてきた七原の足が、十メートルばかりの距離でぴたりと止まった。
ほかならぬ自分自身を、名指しされたのだから。

「理想の行き着く先を見せると約束したんですの。その私が、『私』を曲げたところは見せられません」
「アイツには殺させるけどテメーは殺さねぇのかよ。汚れ役を押し付けてるだけじゃねーか」

血だらけで制圧された黒子に逃げる余地を与えるために、そしてあわよくば切原を仕留めるために、肩で息をしながらもグロックを構える。
構えながら、言われてみればそうかもな、と思った。
出会ったばかりの黒子だったら、七原が誰を殺そうとしても『これ以上の殺人者にするのは見過ごせない』とか言って阻止しただろう。
だとしたら、今の七原と黒子に、『それもまた正しい』と言わせているものは――

「――そうじゃない。どんな形であれ、繋がっていたいんですの。誰もいなくていいなんていうのは、寂しいからっ」
「だったら――どうしてアイツは『居場所がない』って言ったんだよ!」

その言葉のどこが燗に触ったのか、切原は声を荒らげた。
すぐそばに七原がいるのに黒子に向かって叫んでいるのは、ただ無視されたのか、それとも黒子だけが話せる相手として認識されているからなのか。

「アイツは、自分の帰る場所なんかどこにもないって言ったんだぞ!
『俺たち』と違って、勝ち逃げされても文句ひとつ言わねぇくせに。
無念を晴らすとか、仲間を汚すなとか、言葉ばっかり強ぇくせに。
お前が一緒にいても『帰る場所がない』とかぬかすなら、現実なんてそんなもんじゃねぇか!」

――俺には何もないんだよ! 誰も『おかえり』なんて言ったりしない!

「確かにそう言ったけど、根に持つのかよ……」

切原には聞こえないようにぼそりと呟く。
この隙に背中を撃とうかとも思ったけれど、それができなかったのは動悸を自覚したからだ。もちろん、運動後の息切れが原因じゃない。

――誰も一緒にいてくれないなんてこと、絶対にない。 自分の知ってる人たちはいい人達だったってことを、あんなに必死に叫べるのに……

七原秋也にだって、思い出すだけで硬直してしまうことはある。

「七原さんの心のことは、七原さんにしか分かりません。
もしかしたら、七原さんにだって言葉にできないかもしれません」

がっしと、黒子は左手で円礫刀を掴んだ。
手のひらがざっくり裂けるのも厭わずに刀身を首から外すよう押しのける、その動きに切原は驚き、困惑から動きを止めた。

「けれど、貴方が七原さんをそんなふうに怒っているのは……居場所なんか無いと思いたいから、ですか?
居場所が無いと信じ続ける限り、貴方は止まらずにすみますから」

ずざっと、右腕の肘から先を、地面の腐葉土に擦りつけるように動かした。
傷ついた右手がこすれ、顔を歪めながらも、

「だから、わたくしはぜったいに諦めません!!」

そのまま、『触れた物体』に対して転移が実行された。
左手の円礫刀はどこか遠くへと。そして、右手にこすりつけられた大量の砂粒は、

「ぶはっ」

切原の顔面へと転移し、目くらましとなってその体をのけぞらせる。
すかさず黒子は、立ち上がった。

「貴方を、止めます!」

血で濡れた手を伸ばし、ワカメ状の髪の毛をがっしりと掴む。
そして、位置を逆転させる空間移動(テレポート)。
ぐるりと切原の上下百八十度が、切原の視界にとっては天地が、入れ替わった。

「――ふんぬっ!」

しかし、切原はその反射神経を人間離れした動きでもって駆使する。
ぐるんと体を丸め、頭を地にぶつけさせながらも宙返りを果たした。
黒子もすかさず動きを追う。切原もラケットを握り、殴り返しつつも優位を奪い返そうとする。
ラケットが浅く額を掠め、黒子の頭から血の軌跡が走った。

「止まらねぇ! 止まったら負けだ!」
「止めます!『任され』ましたもの!」

そのまま二撃をはなとうとする切原の突撃を、黒子は横に流していなす。
そのまま脇から固めるように切原を組み伏せようとした結果、二人はもつれ合うように木の後ろへとたたらを踏んだ。
そこで、偶然が攻防を左右した。
山の斜面が、急勾配になっていた箇所。
山の麓へと続く、最後の急な獣道。
背後がそうなっていたことを三人ともが見落としていたのは、ひとえに月明かりしかない暗さのせいで。
足を踏み外し、体を傾かせたのは二人同時。
しかし驚くのも一瞬のことと、戦意を失わなかったのも二人ともだった。

「離せっ! 潰れろォ!!」
「離しません! 絶対に!」

鏡写しのように、上下左右が逆転するように交互に。
両者はもつれ合うように斜面を転がり落ち、揉み合い、噛み合いながら、山の出口へと互いを転がしていった。




「……この場所に戻りたくは、なかったぜ」

そう言ったのは切原だったが、追いついてきた七原も同じ感慨を抱いただろう。
急斜面の転倒しながらの空中戦は、麓まで転がり落ちるとそのまま取っ組みあいに切り替わった。
両者ともに打撲と擦過でズタボロになっての乱闘は、集中力を全て眼前の相手へと使い果たし、舞台の移りかわりに気づく余裕を奪う。
やがて二人の動きが止まった時、彼らはやっとその場所に戻ってきたことを自覚した。

そこにあったのは、夜闇に黒々とそびえたつホテル。
そして、周囲から漂う異臭と、それを発するは幾つかの死体の影。
ホテルの内側からより強い匂いが漂ってくるのは、そちらに犬の群れや桐山和雄の遺体があるからだろう。

「……もしかして、貴方も、『ここ』から始まったんですの?」
「なんだ、お前もかよ。だったら、俺がどんなのを見たのか分かっただろ」

切原の右手は黒子の首を絞めるように掴み、左手は肩を地面へと押さえつけている。
体制の上下関係はさっきと同じで。違うのは、黒子もまた切っ先の鋭い石片を切原ののどにあてがい、血に濡れたもう片方の手でも相手の服を掴んでいることだ。
その腕を痛みと疲労でがくがくと震わせて、それでも両者は力を緩めない。

「お前が見せつけられたのはどれだ? 俺の見た死体は、いちばん酷いことになってたよ……見るんじゃねェぞ。
誰だろうと、『あの人』を見たやつは、みんな殺す」

言葉の後半は、ギロリと後ろを睨みすえて、七原に向けたものだ。
背中をジグザウエルの銃口にさらして、その上で黒子に服をつかまれている以上はテレポートから逃げられないというのに。
戦いの勝ち負けで言えば、黒子と七原の勝ちが見えているのに。
死ぬことさえ乗り越えて復讐を果たすと言わんばかりに、瞳には憎悪が再燃している。

「『これ』を見ても綺麗事を言えるお前には分からねぇ……違うな。
理解できたとしても、越えてくることなんてできねぇんだ。
『これ』を見てみんな死んじまえって思ったのは、もうずっと前のことだ。
止まれるわけねぇだろうが。今さらなんだよ!」
「でも、止まらずに『自分』を殺し続けるなんて、きっと破綻します。
どこかで終わらせなければ、倒れる時がきます。
現に、私も貴方も、もうボロボロでしょう……?」
「認めねぇ! 負けるなんて認めるかよ。認めるぐらいなら、死んだ方がマシだ!」

もはやラケットも地面に放り出して、空手になった右手で黒子の首を絞め殺さんばかりに圧迫する。
このまま、因縁の戦いを終わらせる。
理解しあって、しかし決定的に断絶したまま、勝利の矜持だけを抱いていく。
そんな意思が言葉にならずとも、のどを潰さんばかりに力をかける少年の手のひらから伝わってきた。

――もう、いいんじゃない? 黒子はよく頑張ったんだから。

頭に、そんなふうに囁く声があった。
七原の声にも聞こえたし、御坂美琴の声のようにも聞こえた。

黒子は黒子の最善を尽くしたし、切原は黒子に負けて止まる。
このまま黒子が切原を殺さなければ、七原が撃ち殺して終わりだろう。
それもまた正しいし、それでいいじゃないか、と。
むしろ、こいつを改心させたところで、誰が救われるの?
こいつは『居場所なんかどこにもない』と信じたがっているんだし。
『じぶんを信じた』おかげで、発狂せずに自分を守ってこれたんだよ?
今さらそれを取り上げて、生きていけるほど人間は強くないんだから。
ここで死なせてあげた方が、こいつにとっては救いなんじゃないの?
最後の最後で黒子みたいな人間と戦えただけ、マシな結末だったじゃない。

分かる。
それは分かる。
そういう結末になったとしても、黒子は自らの《せいぎ》を裏切らずには済むだろう。

だけど、それでも。

「そんな、どこにも帰る場所がないなんて、悲しいですっ!
私は、貴方に手をっ――」

首を絞める力が強まり、声は中途で遮られた。
切原さん。
貴方が私を敵と定めたように、私も貴方を諦めたくないんです。伝わりませんか。
伝わっていたとしても、それは声にならず。

七原がカチリと、撃鉄をあげる音が聞こえて。



「おいおい、これはどういう騒ぎなんだ?」
「何をやってるんだよ。佐野やロベルトが死んじまってるのに……ここにまた遺体を増やすつもりなのか!?」



闖入者、だった。

二人の少年が、ライトを照らしてホテルの中から現れる。
一人は、飄々とした口調ながらも引きつった顔をした眼鏡の少年で。
もう一人は、その手に謎の木札のようなものをぶら下げている芝のような髪をした少年で。
そして状況は、一時停止をした。




下手な誤解をされても仕方のない状況ではあったし、そんな状況下で首を絞めていた切原までもが一時停止していたのは間抜けなことだったかもしれない。
それでも停止したのは、七原がいつでも引き金を引けるという緊張状態と、少なからず闖入者に興を削がれたところがあったのだろう。
(さらに言えば、とっさに『殺し合いに乗っているのは七原の方です』という類の作戦が浮かぶほど、切原は計算高い頭脳を持たない。少なくともテニスが関係ないところでは)

ともかく、全員にとって頼もしいことに七原秋也が冷静だった。
間の悪いタイミングで乱入されたり誤解されたりをとっくに経験済みとなれば、対処法も学習するのだろうか。
ペラペラと場違いなほど流暢に、殺し合いに乗っているのは切原一人だということ。
分かりやすくかいつまんで、たった今まさに仲間を殺されて何度もぶつかった因縁の戦いの決着がつくところだったのだと説明した。

「分かりやすく言うぞ。『空気読んでじっとしててくれ』。
それから、『他人の問題に首を突っ込むな』」

銃口は切原に向けたままでも、菊地と植木を牽制するようにじろりと睨むのは、横槍を恐れてのことだろう。
そりゃそうか、と菊地は思う。
殺し合いに乗った人間を、他に手段はないと決めて殺そうとしているのだから。
一部の善良な対主催派ならば、『殺して解決するのはよくない』などと止めにかかる危険がある。
……どころか、菊地と一緒にいる植木耕助はまさにそういうタイプだ。

「手を出すなって言われてもなぁ……救けられないって諦めるのは、嫌いだ」

たとえ当人たちが決断したことだろうとも、何もできずに目の前で人が死ぬような理不尽を見過ごす人間ではない。
まして、殺す側も殺される側も苦しそうな顔をしていればなおさらに。
地面から木を生やして三人全員を止める算段くらいはつけていそうな、そういう顔をしている。
植木を止めようと、決めた。
七原が、このまま植木に銃口を向けかねないほどピリピリしていたからというわけではないのだが。
(菊地視点ではさっさと切原を撃って終わらせればいいのにと見えるけれど、七原視点では植木がどんな能力でどう動くのか読めないから躊躇することも分かる)
その判断は、すっと菊地の心から生まれていた。

「植木、ほっといてやろう。俺は、あいつらの言いたいことも分かる」
「菊地? 分かるって……」
「もし、これが常盤たちと再会した時の俺だったら、あいつらと似たようなことをするかもしれない。
その時は、俺だってあの場にいなかったヤツに邪魔されたくない。たとえ常盤たちを殺して、植木と喧嘩になったとしても」

本心だったけれど、それは裏切りかもしれなかった。
ここで死人を出すばかりか常盤たちをも殺すということは、『全員を救う』という植木の信念を曲げることになるのだから。
愕然とした植木の顔に見つめられることを、菊地は覚悟して顔を引き締める。



「――わかった。手は出さねぇ」



しかし、あっさりと。
さも簡単に気分を変えたかのように、彼はそう答えた。

「でも、これだけは言わせろ」

なぜ、と。
疑問で頭を埋める菊地を横目にして、さらに言う。

「シンジが――友達が言ってたんだ。誰かを――何かを守るために戦うなら、自分自身を救えなきゃ出来っこないんだって。だから俺は、自分のこともちゃんと救うって決めた。
だから……俺が『他人』なら、お前らに『他人じゃないヤツ』はいないのか。
今生きてる人間でも、これから会うことになるのも、死んだら悲しむヤツはいねぇのかよ。
お前らは手を出すなって言ったケド……言ったからには、そこを分かってないと駄目だからな!」

そう言って、両手につかんでいたゴミをばっと捨て、腰をおろして座った。
言いたいだけ捨て台詞を吐いて、手放した。
これまでの植木を知らなければ、そう見えたかもしれない。
しかし、菊地には理解が追いついた。

――『正義』がいつもいつも正しいとは限らない。最後の一点はいつだって自分以外の誰かが持ってる。

植木耕助だって、彼なりに考えて成長している。
出会った人間のことをちゃんと見て、その全てを背負っている。
きちんと背負うことを、約束してくれる。そういうヤツだからこそ、日野日向も、碇シンジも、宗屋ヒデヨシも、後を託すことができたのだろう。




植木という少年のことは、テンコから聞いたばかりだ。
『死なせるぐらいなら絶対に行かせない』という少年。
だから、その彼が許しているこの時間が、特別サービスのようなものだということは察せられる。

少年の言葉を聞いて、頭をよぎったのは初春飾利のことだった。
まだ生きている風紀委員の同僚。
再会して、ともに生きて帰りたいと思っている友人。

(帰り、たい……?)

その言葉が、不思議と意識に引っかかった。

しかしまず気になったのは、水入りを挟んだことで切原が苛立ちを増していないかどうかだ。
植木たちの方へと回していた首を頭上へと戻し、切原の表情へと向かう。
そこに、明確な動揺を見た。
髪から、白色が失せている。
目と全身の充血が、引いている。
怒っている顔はそのままに、しかし上目づかいで植木たちの存在を見ている。

(なんで? さっきの言葉の、どこが?)

一時停止から再開されそうになっているわずかな時間を使って、黒子は考える。
さんざん世界に居場所がないことを、恨みをこめて力説してきたばかりだ。
だとすれば彼にとっての『他人じゃないヤツ』は、自分を残して死んでいった人間のことではなく。

(今と、これから……)

盲点に気づいた、感触があった。
他人は自分にとって『悪魔』でしかないし、他人だって自分のことを『悪魔』と呼ぶはずだと少年は言った。
だがしかし、本当に帰りを待っている者がもう一人もいないなんて、誰が決めた。

(七原さんみたいに『どうせお前には家族だってクラスメイトだって生きてる』なんて楽観論は言えませんけれど……)

もしかしたら、失った人の他にも、彼のいたチームにはまだまだ仲間がいるのかもしれない。
同じチームではなくとも、『放送で知り合いの名前が呼ばれた』と言っていたぐらいだから、彼のいた世界にはもっと広い人間関係があったのかもしれない。
その全員が切原を拒絶するなど、どうして決めつけられる。
友達を殺された黒子でさえ、切原と共感することができたのに。

「貴方にとって、まだ貴方を見捨てていない人たちもみんな『悪魔』ですか? 殺されても仕方のない人ですか?」

途切れたはずの、かける言葉が湧いてきた。
切原の黒い眼が、黒子を見る。

「まだ大切な人が残っていれば他の大切な人が死んでも耐えられるなんて、私はぜったいに思いません。
ですが、それでも残された大切な人達は、あなたを心配して待っているのではありませんか?」

あまりに失い過ぎた黒子でさえ、初春飾利を失いたくないと思っているように。
断言するように放たれた声に、悪魔の口元が引きつる。そして、吠えた。

「そんなの、幻想だ!! 人を殺した! 戻る場所なんかねぇ!」

首を絞める殺意が再開される。でも、まだだ。まだ、黙らない。
疲労の積載された神経からなけなしの集中力を使って、空間移動(テレポート)を実行。
くるりと、黒子と切原の位置関係が入れ替わった。
切原の背中がジグザウエルの射線から外れて、舌打ちをする音が背中から聞こえる。
ごめんなさい、と内心で七原に謝った。

「でも、貴方はみんなでテニスがしたかった、とおっしゃいました!
それが貴方の心なら!私の志を幻想だと言うのなら!
貴方のその否定こそ、幻想です!否定させたまま、死にはさせません!」

また首へと向かってくる手を、右拳で殴りつけて制する。
殴った反動で、血を流しすぎた頭がぐらぐらと揺れた。
研究所で負った傷は治療されていたけれど、それは流された血が戻ってきたということじゃない。
ここに至るまでに合わさった裂傷も加われば、体調はおそらく極大の貧血。
テレポートの余裕はおそらくさっきの一回きりで、残っているのは言葉と、マウントから振りかざす右手のみ。
それでも訴える。なぜなら、許せないから。

「私、船見さんと竜宮さんと、テンコさんを失わせたことを絶対に許せません。
でも、そんな私と貴方が戦って……相容れないけど、言葉を交わしたのに。
『どうせみんな拒絶する』とか決めてかかっている貴方が、絶対に許せません」

許せない。
置き去りにされる痛みを知っているのに、自分が置き去りにする誰かのことは『幻想だ』と否定するこいつが許せない。
ひとりにひとつ、もしかしたらそれ以上。誰にでもあるしあわせギフト。
弱いからそれを失ってしまうというのなら、そんな幻想をぶっ殺したい。



――きみが気にするべきは、きみを待っててくれる人にだ。



(あ……)

カチリ、と噛み合った。
植木の言葉はきっかけだった。
植木に流されたのではなく、その言葉が最後のピースになって全体像が見えてくる。

――もし、もしよ。私が、学園都市に災厄をもたらすようなことをしたら、どうする?

そう言って部屋から出ていった、ひとつ年上の少女の背中。追いかけることができず、『帰ってきてください』と祈ることしかできなかった夜。
『しばらく自分を見つめなおして、もう一度出直してくださいな』と、連行される不良学生に、それとなく言い聞かせていたこと。
『欠けることなく元の日常に帰りたい』と言っていた竜宮レナたち。
友達のことを大切そうに話していた、赤座あかり。
空っぽなんかじゃない。
定形の基準などない虚ろな《せいぎ》だったとしても、その虚ろをかっこいいと思わせ、重力を与えている、目に見えないものは確かにある。
白井黒子が、たどり着きたかった理想の果ては、

「『お帰りなさい』。帰った世界でも、ひどい現実が待っているかもしれません。敵意で迎える人もいるかもしれません。
でも、そんな現実を生きると言った七原さんは、私を一人にしませんでした。
相容れないと言いながら、一緒にいてくれました。
ですから、貴方も一緒に帰るんです。どこかで誰かが願い、この私が賛同したとおりに」

――迷子になっている子どもは、家に帰さなければいけない。

首に向かってのびていた切原の手が、だらりと力を失った。

「……やり直すのが、どんだけ苦しいと思ってんだよ。俺がどんなヤツか、お前なら知ってんだろ」
「では、貴方の論理に合わせた言い方をしましょうか。
私は貴方に殺されませんでした。つまり貴方は、甘ったるい私でさえ殺せないくらい、悪い人間ではなかったということではありませんの?」

泣きそうに見える顔で、切原が唇を噛んだ。
続く言葉を、黒子は待つ。
この言葉も届かずに、舌を噛み切って自殺されたらもう私には打つ手がありませんけどねと、嘆息して。





ピシリ、と亀裂の入る音が崩壊の始まりだった。





「「「「「え?」」」」」

傷だらけの外壁を晒していたホテルの外壁が、それでもずいぶんあっけなく天辺から崩れ落ちてくる。
ひとつひとつが大人でも抱えきれないほどの鉄筋コンクリートが、死体だらけの地獄絵図になった広場の全てに落ちる。
それはもちろん人為的な災害だったのだけれど、この時の彼等にはただ『落ちてくる』という認識で精一杯だっただろう。

菊地善人の逡巡も。
植木耕助の成長も。
白井黒子の答えも。
七原秋也の信念も。

――ホテルは逃走する時間も与えずにガラガラと倒壊して、『一人を除いた全員』を、瓦礫の山へと飲み込んだ。





バロウ・エシャロットが電光石火(ライカ)でホテルのもとへと立ち寄った理由は、およそ植木耕助たちがそこへ向かった理由と同じだった。

ただし、いるかもしれない誰かを救けるためではなく、いるかもしれない誰かと集まってくる誰かを、全て潰すために。
もとより、残り人数が20人を切ってしまった終盤において、非戦派が隠れ潜むための場所もたくさんあるような巨大施設をそのまま残しておくメリットもない。
たどり着いたホテルの外壁に隠れて様子を伺えば、その表面には脆く亀裂が入っていることが伺えた。
日が暮れてから近づいてくる参加者には暗さで判別できないだろうが、おそらくホテルの受けたダメージはざっと見た外観よりも酷い。
神器の力を使えば、崩落させることはいかにも容易だった。

電光石火(ライカ)でホテルを回り込むようにして山を登り、C-6の北側に布陣してホテルの背面を見下ろす。
自然に任せても壊れるかもしれないホテルで、いるかもしれない程度の参加者を探し回るよりも合理的だったからだ。
まずは高所から“鉄(くろがね)”を連続で発射し、ホテルの屋上近くの階層を連続で撃ち抜き、真下へと崩した。
ちょうどダルマ落としの要領で、崩された瓦礫が落下して1階のホールとその前庭を埋め尽くす計算だ。
続けて“唯我独尊(マッシュ)”を呼び出し、ホテルの後ろ壁の二、三階層にあたる部分めがけて突撃させる。
一段階目で広場正面からの逃げ場を塞ぎ、二段階目で裏手にある非常口を崩すように。
あとは、アリの巣に閉じ込められたアリと同じだ。
たっぷり十分はそんな作業を続けて、念入りに虫一匹も逃がさないように破壊し尽くした。

煙が晴れたホテル跡を見下ろし、全てが終わったことを確認する。
ホテルの周囲を囲む街灯に照らされた広場には、それこそ山のような瓦礫が層をなしていた。
そこでバロウは、初めて気付く。
山の下の方に、まるで地面から人為的に生やしたような木が幾本も、下敷きになってはみ出ていることに。

「植木君、いたんだ……」

そこで初めてバロウは、軽率な行動をとってしまった気持ちになった。
いくら『ゴミを木に変える能力』でも、せいぜい木によって瓦礫がぶつかる衝撃をちょっとだけ殺すぐらいで、瓦礫から身を守ることなどできないだろう。
再戦を誓ったのに、こんな形で決着がついてしまった。

そう思ってしまいそうになり、バロウは頭を振る。
どんなに『過程』が酷いものだろうとも、『結果』こそが全て。
あの中学校で神器を使う重みを刻みながら、改めて誓ったじゃないか。

「そうだよ。こんな”結果”を見せられたら、どんな馬鹿でも理解できるよね」

つまり、植木耕助の『正義』は、バロウ・エシャロットの『夢』に敗北した。
彼に乗せられていた人々の想いも、同じく。

最良の選択肢を選んで勝ったのは……僕だ」

”誰か”によって踊らされることを自ら進んで選んだ”子ども”は、振り返らずに歩み去った。


【C-6 ホテル近辺/一日目・夜中】

【バロウ・エシャロット@うえきの法則】
[状態]:左半身に負傷(手当済み)、全身打撲、疲労(小)
[装備]:とめるくん(故障中)@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式×2(携帯電話に画像数枚)、手塚国光の不明支給品0~1
基本行動方針: 優勝して生還。『神の力』によって、『願い』を叶える
1:施設を回り、他参加者と出会えば無差別に殺害。『ただの人間』になど絶対に負けない。
2:僕は、大人にならない。
[備考]
※名簿の『ロベルト・ハイドン』がアノンではない、本物のロベルトだと気づきました。
※『とめるくん』は、切原の攻撃で稼働停止しています。一時的な故障なのか、完全に使えなくなったのかは、次以降の書き手さんに任せます。
(使えたとしても制限の影響下にあります。使えるのは12時間に一度です)


【菊地善人@GTO 死亡】
【植木耕助@うえきの法則 死亡】
【白井黒子@とある科学の超電磁砲 死亡】
【七原秋也@バトルロワイアル 死亡】


最終更新:2021年09月09日 20:14