eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA
【残り14 …
◆
その瞬間に、崩落を予測できた人間はいなかった。
ホテルの外壁が傷ついていることは四人ともが知っていたけれど、日が暮れてからの闇はその甚大な亀裂の判別を難しくさせている。
そもそもホテルの支柱が見た目よりずっとボロボロに崩れやすくなっていることは、戦闘が終わった後にそこで破壊活動を振りまいた切原赤也しか知らない。
その切原にとっても、崩落に気を配れるほどの余裕はない。
七原秋也と白井黒子にせよ、研究所で起こったことから、建物ひとつを崩せる力を持った参加者がいることは身に染みている。
しかし、その時に起こった崩落は、順番に手間をかけて建物の柱を崩していくことで実現した『周囲に逃げる余裕を与えてくれる無差別の倒壊』だった。
計画的かつ迅速な破壊で建物の下にいた人間を圧殺するような、大量破壊兵器をその身に宿した中学生のことを、彼らは失念していた。
ただ、真下にいた白井黒子は少しだけ早く、その落下を察知した。
頭上を見上げて、ホテルの上層階が、巨大な『何か』のせいで破壊されるのを、うっすらと視認する。
そして巨大な岩塊が、数秒とかからず落ちてくることを知ってしまった。
直撃される地点には、力尽きて伏している自身と切原がいる。
逃げなければ、逃がさなければ。
壊れていく世界のなかで、強く思ったのは、死なせたくないということ。
それが、『切原赤也を崩落の巻き添えから外れた空間移動の射程ギリギリまで転移させる』という無茶を生み出す。
ぽかんと口を開けている切原の腕をつかみ、弱った計算能力を総動員して、飛ばす。
一秒で実行してから、後悔した。
自分ごと逃がせなかったのは、疲労による能力限界だった。
自分を転移させるのは、他人を飛ばすよりもはるかに難しい。
だから自分自身の転移ができる能力者は無条件で大能力(レベル4)認定されるし、それができない間は強能力(レベル3)止まりと規定されている。
自分ごと逃がそうとしたけれど、無理だった。
黒子からすればそうでも、切原にとっては『また自分を置いて死なれた』のと同じことではないか。
――ごめんなさい。
止めると言っておきながら、これでは無責任に放り出したのも同じだ。
力無さと、間違ってしまったのではないかという不安で唇を噛み、視線を遠くに向ける。
切原を飛ばした場所と、七原が逃げられたのかどうかを見ておきたかった。
そのはずだった。
致命傷が降ってくるまでの、短い時間。
スローモーションの視界で、黒子は”有り得ないもの”を見た。
七原秋也が、落下してくる瓦礫を厭わずに、黒子に向かって駆けてくる。
何をやってるんですか、と叫ぼうとした。
切原赤也みたいな人間は殺すべきだし、私みたいな人間は糞食らえと言っていたのに。
それに、私が行き着く先を見届けるって約束したのに。
私が死んだら見せられないけれど、あなたが死んでも実現不可能になる約束なんだから。
だいいち、そんなに必死に駆けてきても、この崩落の規模で救けることなんか――
しかし、胴体を何か大きいものが潰すように貫いたことで、その声は口から出なかった。
視界のなかで、夜目にも赤黒い血液が散ったことと、地面から生えた木々が焼け石に水のように崩落を防ごうとしては折れるのを見届ける。
そこからは、夜の闇ではないほんとうの『漆黒の闇』に包まれた。
かろうじて最初の崩落で二人が埋まらずに済んだのは、ホテルの玄関にいた二人の少年がかばうように引っ張り込んでくれたかららしい。
しかし、月明かりも届かないホテルの中でもまた、崩落は止まらなかった。
七原に抱き抱えながら、黒子はこの場所そのものがガラガラと崩れていく音を耳にする。
崩落の中を逃げ惑いながら、三人の少年たちの会話を聞いていた。
この場所から脱出するための道具は何かないのかとか。
ホテルで犬の死体がくわえていた『宝物』が使えるんじゃないか、とか。
そこに書き込むべき『言葉』が思い当たらないから無理だ、とか。
理解したのは、このままだと全員が死んでしまうということ。
そして、三人の少年がそれぞれに怪我を負っていること。
その三人の誰よりも、まず黒子が先に死んでしまう傷を受けていること。
(嫌ですの……)
終わりにしたくなかった。
誰も守れていない。
切原赤也に、弁解していない。
初春飾利とも、再会していない。
何より、七原に何も伝えられていない。
船見結衣と竜宮レナから『任された』のに。
七原に殺されるまで、死なないって約束したのに。
ようやく、自らが正義を貫いた先で、どこに行きたいのかが見えたのに。
それを知りたがっていた七原に、生きて見せなきゃいけなかったのに。
七原秋也を、一人ぼっちにしたくないのに。
(竜宮さんのことを言えないじゃありませんの……任せたとさえ言えないだけ、彼女たちにすら敵いません)
相容れない少年と。
鏡写のような少年と。
戦ったり争ったり殺し合ったりしながら、それでも少しだけ繋がれた気がしていたのに。
(もっともっと……ずっと先まで、繋がっていたいんです!
殺し合いが終わるまで! 終わってからも! 十年先も、百年先だって!!)
誰にも届かないはずの声で、しかし、誰かに届けたくて。
崩落していく暗闇を薄目で見上げて、光を探した。
(――永遠、それよりも長く!!)
ドクン、と鼓動の脈打つ音を聞いた。
それは、白井黒子の心臓の鼓動の音だった。
しかし同時に、白井黒子ではない、別の人間の鼓動だった。
それも、この場にいない『あの人』の鼓動の高鳴りだった。
なぜか白井黒子はそう思ったし、それが誰なのかも理解できてしまった。
(切原、さん……?)
そして、光があった。
その光は、白井黒子の内側からこぼれだす。
白井黒子が、もっと感知する力に長けた能力者だったならば、それを『AIM拡散力場のようなもの』と知覚したかもしれない。
とにかく、それができない彼女は『それ』を、”不思議な浮遊感”として自覚した。
周囲にいる少年たちから驚きの声が出たことから、それは黒子の錯覚ではない、現実の出来事だと理解する。
白井黒子の体が、うっすらと白く光る、霧のようなオーラを纏って中空に浮かんでいた。
◆
行かなければ、と思った。
自らだけが生き残ったことよりも、
それを『結局、勝ち残ったのは自分だった』と誇るよりも、
切原赤也が思ったのは、『まだ、生きているかもしれないなら』ということ。
生きていれば、まだ間に合う。
動くことに、不思議と迷いはなかった。
白井黒子は、『お帰りなさい』と言った。
それは、彼女自身にも『ただいま』と言える、言いたい場所があったから言えたことなのだろう。
そのことを指摘してきた乱入者の二人組も、きっと似たようなものだ。
あの七原だって、居場所がないとか抜かしていたけれど、自分よりよっぽどマシな人間なのに見つけられないなんてことはないはずだ。
だったら、自分にさえそれがあると主張していたあいつらが、無いなんてことは絶対にない。
白井黒子の言ったことには言い返せなかったけれど。
切原赤也はどんな結末にせよ、あの連中の手によって止められるなら、それでもいいかと思ったのだから。
瓦礫の向こうに行ってしまった白井黒子のことを、どうやって知るのか。
彼女のことを深く知る前の切原だったら、できるわけないと諦めていた。
でも、今の切原赤也ならばできる。
できるはずだ。絶対に、できるようにしてみせる。
だってアイツは『俺』なんだから。
違っていて、でも、もとは同じはずだったんだから。
他人は他人で、自分は自分で。人間なんて一人きりで、居場所なんて無いはずで。
それでも、人と人とが、向き合って『もうひとりのじぶんだ』と繋がる瞬間は、あるはずで。
じぶんを信じろと、暖かい手で、背中を押された気がした。
ドクン、と鼓動の重なる音を、切原赤也は聴く。
そして、切原赤也の『左目だけ』が、赤く染まった。
◆
『Personal Reality(自分だけの現実)』という言葉がある。
学園都市の学生ならば誰もが知っているけれど、具体的にこうだと説明できる者は少ない。
とある人間は、『自分だけにしか見えない妄想』と表現し、またある人間は『可能性を信じる力』だと言った。
手から炎を出す可能性。他人の心を読む可能性。一瞬で別の場所に移動する可能性。
それが見える人間でなければ超能力は使えないし、逆に言えば見えるようになると普通の人間に戻れない。
現実には見えないものが見えているのだから精神異常者と大差なく、見える者はもはや『正気ではない』とすら呼ばれる。
そして一般人がそれを『見えるようにする』ために必要な脳改造のことを指して能力開発(カリキュラム)という。
時には薬漬けにしたり、時には脳みそに電極をぶっ刺したり、時には洗脳装置による刷り込みを与えたり。
しかし反則的にも、そういった能力開発を受けていない一般人によって能力を発現させる手段がないわけではない。
その反則技のひとつを”幻想御手(レベルアッパー)”という。
ざっくばらんに説明すれば『能力者の脳波と自身の脳波を同じもののように調律して同期(リンク)させることで、そいつの能力を任意で借りうけて使えるようにしました』ということになる。
もっとも、このやり方でも能力を使っているのは貸し主の脳みそでしかないのだから、一般人にも『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』が見えるようになったりはしない。
一方で、テニスの世界には脳波はおろか視界(パーソナルリアリティ)、動き、思惑の全てを共有し、相手の見えている世界を手に取るように理解するすべが存在する。
それは、『同調(シンクロ)』。
心が通じ合った者のみに起こる、ダブルスの奇跡。
そして、無我の境地。
覚醒したテニスプレイヤーは、その目で見て学び取った技を無意識で再現することができる。
その時、切原赤也は見た。
白井黒子に見えているのと同じ『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を。
◆
――七原秋也は、飛んでいた。
白井黒子の体が、不思議な輝きを放ち始めたことは覚えている。
そしてその輝きに呼応するように、切原赤也らしき影が瓦礫の破砕が続くその場に『空間移動』してきたのも見えた。
それはおかしなことだった。しかし、空間移動と呼ぶしかなかった。
切原赤也に――ただのテニスプレイヤーに、障害物を無視してすり抜けることなど、できないのだから。
そして、同時に死に体だった白井黒子の体も浮遊したまま動きだしていた。
植木耕助の手から、彼が持っていた木札――『空白の才』をつかみとり、指先から滴る血で何かを書き込んだ。
そして、それを七原に向かって、持たせるように押し付けた。
そこから先は、おぼろげな記憶しかない。
ただ、不思議な場所にいた。
高く、高く、ホテルなど豆粒ほどの大きさに見えるような、高い空の中。
上昇気流をつかむように、空を飛ぶ少女に手を惹かれて、雲の上のようなところにいた。
少女は、白井黒子の姿をしていた。
背中には天使のように白くてふわふわした羽根が生えていた。
雲のかたまりを集めて作ったような、そんな形の羽根だった。
強く凛々しく、羽ばたいていた。
お前、その翼はどうしたんだ、と聞こうとした。
笑顔の黒子と、眼があった。
悪魔のような天使の笑顔だった。
その顔を見ていると、どうしてか得心がいった。
悪魔のような、しかし天使のような顔をしていた、あのワカメ頭からの餞別なのだろう。
その時、初めて七原は気づいた。
七原の背中にも同じ翼が生えていて、白井と同じ速さで羽ばたいていた。
その時間は、楽しかったような、ほっとするような。
なんだかツンデレのデレのところばかり過剰放出されているように、白井は優しかった。
そして、言ったのだ。
――泣いていたんですのね。
七原は首をかしげる。
とっさに目元に手をあててみたが、そこは乾いたものだった。
泣いてないじゃないか。
そう言ったけれど、白井はそういう意味じゃないと言いたげげに首を振った。
――こんなこと、本当はお姉さまにしかやりませんのよ?
言葉とともに、抱きしめられていた。
抵抗しようとしたものの、相手はどういうわけかすごく手馴れているように腕を絡めてきて、うずめられるような体温に包まれる。
やめろと言いたかったのだけれど、妙なデジャビュがあって。
こんなに母親にされるように抱きしめられるのは、典子に初めて寄り添われた時以来だったかもしれない。
そして、天使は言った。
――約束を、果たしにきました。殺してください。切原さんが言うには、死者を亡霊にしない方法は、我を通すことらしいので。
ごく短い時間だったはずなのに、それから色々とぶちまけた気がする。
七原秋也だか革命家だか、よく分からない我を晒した。
誰かに正しいって言ってほしかったことや、自分は死んでいった連中が言うほど立派じゃないということまで。
弱いとこりゃカッコ悪いところまで、ダイレクトに伝えてしまった。
こいつにはすでに放送前にも色々と暴露したので、まぁいいかと吹っ切れた。
天使は悲しそうな笑顔で、それをうんうんと聞いた。
そして、教えてくれた。
理想の果てを、見つけたことを。
そして最後に、トンと胸のあたりを叩き、言った。
――私を一人にしないでくれて、ありがとう。私は、ずっと『ここ』にいます。
そこで、意識は戻る。
◆
「自分の知らないところで、知り合いが死んでいくのはキツイもんだが。
知り合ったばかりの人間が、目の前で死んでいくってのも、堪えるんだよな……」
『そいつ』のそばに腰をおろして、七原秋也は現状確認をした。
倒壊した爆心地からは、百メートルばかりも離れているだろうか。
杉林の中にあたる場所なので、ひとまずホテルを壊した人物の死角になることは安堵していい。
まず腕の中には、もうものを言わなくなった白井黒子の遺体があった。
死んでいる。
とても重たいはずの事実なのに、最初からわかっていたことのように、すっとんと胸に落ちた。
違う、本当にわかっていた。
さっき、『お別れ』を済ませたのだから。
握り締めていた木札をよくみれば、そこには血文字で『シンクロの才』と書かれている。
おそらく、白井黒子と切原赤也の『同調(シンクロ)』に、七原秋也もまた同調していたのだ。
だから、白井黒子の見ていた『自分だけの現実』を、七原は共有したのだろう。
そしてその後は、切原赤也と七原秋也が行使した『空間移動(テレポート)』によって、全員が脱出した。
七原にも『同調』をさせたのは、一刻一秒でも早く離脱しなければいけない場所で、テレポートを使える人材を増やすためか。
確か黒子のテレポートで運べる人数は130キロかそこらだから、五人を一度で運ぼうとしたら、テレポートできる人間が二人は必要な計算になる。
――あるいは、そんな計算を抜きにして、黒子が七原と話をするためだったのか
そんなことを、七原秋也は『同調(シンクロ)』していた間に切原と黒子から伝わった情報によって理解する。
白井は以前に『テレポーターは同系統の能力者を転移できない』と説明していた気がするが、その白井を運び出すことができたのは、彼女が臨終の際にいたタイミングと脱出が重なっていたからなのか、あるいは『同調』によって繋がったことによる付帯効果なのか、推測の域はでなかった。
どちらにせよ切原とは着地した場所が別々になってしまったらしく、見渡した限りの森の中には、切原赤也と菊地善人の姿はない。
……崩落する瓦礫の直撃を食らって、テレポートを失敗させた可能性もあったけれど。
その場にいたのは、七原秋也と、白井黒子と。
「眼が、覚めたのか?」
『そいつ』がうっすらと目を開けていて、七原は身を乗り出した。
――寝かされているのは、全身を傷だらけにして虫の息になった植木という少年だった。
当然と言えば、当然のことで。
あの崩落のなかで、全員が逃げ回れるよう、いちばん必死だったのがこいつだった。
月光のある場所で見てみれば、その傷の壮絶さはあらわになる。
「……死にたくねぇ」
そう言った。
それが、彼の語っていた『シンジ』という友人が言わせた言葉だということを、七原はなんとなく察した。
「日向に、天野ってやつのこと、頼まれたんだ。
シンジから、綾波とアスカを守ってくれって言われたんだ。
ちゃんと『おれ』のことも大事にするって、約束したんだ。
いなくなった綾乃のことも探して、守らなきゃいけないんだ。
テンコを探して、神器だって取り戻さなきゃいけない。
それに、ヒデヨシから『任せた』って託されたんだ……!
俺の『正義』を貫くって、決めたんだからっ……こんなっ、ところで……!」
いったいいくつ背負ってるんだよ、と嘆息する。
こいつもまた、『正義』だったのか。
『破滅への道』を選んで、『
最良の選択肢』を与えられた側のスタンスなのか。
「俺たちを救けてくれたじゃねぇか。まだ、礼も言ってなかったけどな」
心底から悔しそうに涙をにじませる少年に、何を言うべきか言葉を考える。
幾つか知っている名前も混じっていたけれど、その話をしている時間はなさそうだからスルーしておこう。
「白井が、言ってたんだよ。『想いは死なない』ってな」
なんで自分がそんなことを言っているのか、七原には分からなかった。
想いが死ぬことを、七原は知っているはずなのに。
どんなに綺麗事を言っても、力には潰されるところを見てきたのに。
「俺みたいな人間には、やっぱりできることしかできない。
どんなに言われたってお前や白井みたいに誰も彼もを守るなんて偉そうなこと言えないし、
自分や仲間を守るために誰かを殺さなきゃいけないならそうする。
そんな俺は正しくて間違ってるし、竜宮が言ってくれたように『すごい』のかなんて未だに信じきれない、でもな」
それでも、綺麗事に染らない人間が、しかし誰かのために振りかざすことを、欺瞞とは呼ばないはずだ。
「でも、俺じゃない他の誰か。
理想を信じたがってて、誰かに背中を押してほしいヤツとか。
お前の言う守りたいものを、守ってくれそうなヤツがいたら、
そいつらにお前のことを伝えてやるよ。
『お前もそうしろとは言わないが、こういう馬鹿なヤツがいたことは覚えておいてくれ』って。
そうすりゃ……想いは死なないんじゃねぇか?」
『もしかしたら』を言葉にするぐらいは、罪とは言わないはずだ。
「そっか。佐野や、ヒデヨシに会えたら……謝らなきゃな。会えたら、いいな」
「会えるよ」
そして、即答していた。
それは黒子の言葉ではない、七原の言葉だった。
「お前はまた友達と一緒に、笑い合えるよ、保証する!」
それは、かつて親友に言えなかったことだ。
死んでいく川田に、絶対にまた会えるからと伝えたかったことだ。
でも、あの時は、届かなかった。
伝える前に、親友はどこかに逝ってしまった。
その時の埋め合わせというわけでは、決してないのだが。
きっと、理屈じゃない。
「そうか……『再会』できるのか」
少年はうっすらと開いたその目を、糸のように細めて笑った。
「俺、お前と会えて、良かった」
こうして。
全てを救おうとした少年は、全てを切り捨てようとした少年によって救われた。
◆
なんでこいつを看取るのが俺なんだろう、と菊地善人は嘆いた。
恩ならば、返しきれないほどできた。
例えば、ホテルの太い支柱のひとつが倒れ込んできたにも関わらず、難しそうな空間移動を成功させてくれたことがそれだ。
おかげで菊地の命は助かり、そいつの胸部から下は無惨な有様になった。
そして、止血をしようとした手すら撥ね退けられる。
「ああ、馬鹿したな……」
そんなことを呟いて、そいつはゴロリと顔を背けてしまった。
礼の言葉もなにも、期待していないかのように。
もしかするとこいつは別人(たぶん七原あたり)を脱出させようとして、菊地は間違って助けられたんじゃないかとさえ思ってしまう。
因縁のある白井黒子や七原秋也だったら、こいつに何か言ってやれたかもしれないのに。
あの決闘に口をはさむことができた植木耕助だったら、切原という人間から何かを見抜いて、望む言葉を与えられたかもしれないのに。
おそらく、あの場にいた人間のなかで、もっともこいつと縁の薄い人間が菊地だろう。
『切原赤也』で記憶を検索したって、引っかかることなんかどこにも――
――該当データが、検索結果が、1件だけ存在していた。
それを言えるのは今しかない。
だから、菊地は言った。
「切原赤也、だよな。俺は――さっきまで、青と白のユニフォームで白い帽子をかぶった、目つきの悪い生意気そうな下級生と一緒にいたんだが」
名前ではなく特徴を語ったのは、『会っていた』という事実を信じてもらうためだったけれど、そうしたのは正解だった。
切原の目が、ぎょろりとこちらを向いた。
驚愕のような、意外そうな目をされて、ごくりと唾をのむ。
実のところ、そこまで詳しくそいつらの関係を聴く時間なんてなかった。
だがしかし、短い遣り取りの中から、間違いなかったことを口にする。
「お前のこと、心配してたぞ?」
そう言ってから切原の顔を見て。
菊地は、人間にはこんな表情もあったのかと、そんな場違いな驚きを持ってしまった。
「そっか……そう、なのか」
例えば、燃え落ちてしまった我が家の廃墟から、いちばん大切な思い出の写真が無傷で残っていたのを見つけたような。
そんな顔をして、そいつは、その本人にしか意味を理解しえない行動をした。
被っていた黒い帽子を、脱いだのだ。
ぽす、と芝草の上にそれを投げ捨てて、表情を隠すように手のひらでゆるゆると顔を覆う。
「くそ…………いたのかよ」
手のすきまから見えていた口の端で、小さく笑っていた。
◆
ここにいると、彼女は言った。
その部分をトンと手でおさえてみる。
ずっと白井に触れていたからなのか、そこは奇妙にあたたかかった。
さて、俺はこれから、どうしたらいい?
問いかけてみても、『そこ』が喋りだすようなことはなかった。
そこはやはり、他人はどこまでも他人で自分ではない、ズルをするなということなのか。
心と心が完全に繋がることなど有り得ないし、生者と死者には絶対的な境界がある。
しかし、心には確かに触れた。
そこに触れると、はやり痛む。
だが、死んだ者に対して恨み言をいうよりもまず、ただの悲しみがそこにあった。
まだ実感が追いついていないのかもしれないし、『あれ』が夢ではなかったと理解しているせいかもしれない。
植木耕助の首元に、手をのばす。
死んだものの首輪は爆発しないだから、失敗しても死にはすまいとたかをくくる。
実行する。
ヒュン、と音がする。
首輪は外れて、七原の手の中へと転移した。
自分にも使えるのかと、いぶかしむ。
黒子から道中で考察がてらに聞いた話では、『幻想御手』のような外部的要因から超能力を獲得したとしても、それを絶ってしまえば力はなくなるという話だった。
しかし、消えていない。
他人の脳みそを借りて力を使ったのではなく、『同調』することで七原自身の『自分だけの現実』を確変させたから。
そして、そこまでの同調を可能にしたのが、『空白の才』によって引き出された『シンクロの才』の効力。
そんなふうに断片の知識から推測することはできたけれど、答え合わせをする手段はない。
何より、ます先にやることができた。
菊地と呼ばれていた少年が、こちらに歩いてくるのだから。
右手には、どこかに落ちていたラケットとディパックを拾い。
左手には、切原が被っていた黒い帽子を持っている。
第一印象は、こいつは中学三年生ぐらいだろうか、ということ。
元からの世界の知り合いと再会したケースを除けば、同い年の少年と敵ではない立場で出会うのは始めてのことだった。
まずは、こいつに話しかけることから始めよう。
「「――教えてくれないか? あいつの最期が、どうだったのか」」
【白井黒子@とある科学の超電磁砲 死亡】
【切原赤也@テニスの王子様 死亡】
【植木耕助@うえきの法則 死亡】
【残り15人】
【C-6 ホテル近辺/一日目・夜中】
【菊地善人@GTO】
[状態]:健康
[装備]:デリンジャー@バトルロワイアル、越前リョーマのラケット@テニスの王子様、真田弦一郎の帽子
[道具]:基本支給品一式×3、ヴァージニア・スリム・メンソール@バトルロワイアル 、図書館の書籍数冊 、カップラーメン一箱(残り17個)@現実 、997万円、ミラクルんコスプレセット@ゆるゆり、草刈り鎌@バトルロワイアル、
クロスボウガン@現実、矢筒(19本)@現実、火山高夫の防弾耐爆スーツと三角帽@未来日記 、メ○コンのコンタクトレンズ+目薬セット(目薬残量4回分)@テニスの王子様 、売店で見つくろった物品@現地調達(※詳細は任せます)、
携帯電話(逃亡日記は解除)、催涙弾×1@現実、死出の羽衣(使用可能)@幽遊白書、バールのようなもの、弓矢@バトル・ロワイアル、矢×数本
基本行動方針:生きて帰る
0:目の前の少年と話をする
1:自分はどうしたいのか、決断をする。
2:杉浦綾乃を探す。海洋研究所が近いが、どうするか。
3:常磐達を許すつもりも信じる気もない。
4:落ち着いたら、綾波に碇シンジのことを教える。
[備考]
※植木耕助から能力者バトルについて大まかに教わりました。
※ムルムルの怒りを買ったために、しばらく未来日記の契約ができなくなりました。(いつまで続くかは任せます)
【七原秋也@バトルロワイアル】
[状態]:頬に傷 、『ワイルドセブン』であり『大能力者(レベル4)』
[装備]:スモークグレネード×1、レミントンM31RS@バトルロワイアル、グロック29(残弾5)、空白の才(『同調(シンクロ)』の才)@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式×2 、二人引き鋸@現実、園崎詩音の首輪、首輪に関する考察メモ 、タバコ@現地調達、月島狩人の犬@未来日記、第六十八プログラム報告書(表紙)@バトルロワイアル
基本行動方針:このプログラムを終わらせる。
0:目の前の少年と話をする
1:――――。
2:走り続けないといけない、止まることは許されない。
3:首輪の内部構造を調べるため、病院に行ってみる? 研究所においてきた二人分の支給品の回収。
4:プログラムを終わらせるまでは、絶対に死ねない。
[備考]
白井黒子、切原赤也と『同調(シンクロ)』したことで、彼らから『何か』を受け取りました。
植木耕助のディパックはまだ死体のそばにあります。
[備考]
燐火円礫刀@幽遊白書はB-5付近の山中に放置されています
【空白の才@うえきの法則】
会場内に存在する10個の『宝物』のうちのひとつ。
『飼育日記』の犬がホテルを哨戒中に現地調達しており、その死体から植木耕助が入手。
書き込む事でどんな"才"でも手に入れる事が出来る木札。
“才”とは人が持つ才能のようなもの。"才"を持っているとその分野の事が得意になる。
(例えば「走りの才」を持っていると速く走る事ができ、それを失うと一気に足が遅くなる)
最終更新:2021年09月09日 20:14