最良の選択肢 ◆jN9It4nQEM
常磐愛と宗屋ヒデヨシの戦いは、膠着していた。
蹴り、掌底とバラエティに富んだ攻撃を繰り出している常磐を、ヒデヨシは嗤って躱す。
見切っているのに、何の反撃もしないといった舐めた姿勢を彼は見せ続ける。
どれだけ踏み込んでも届かない攻撃に歯痒い思いをしながらも、常磐は攻撃を続行した。
「よく見ると、大したことねぇな……オレでも躱せるぜ。ぶっちゃけアンタ、弱いだろ」
「ッ! 舐めるなっ!」
放った蹴りの一撃は全てギリギリの所で躱され続け、徐々に常磐の頭には焦りが生まれていた。
このままだとジリ貧で不利になる。
だが、思いとは裏腹に戦況は悪化していく一方だった。
連続した攻撃を繰り出すことによる疲労、事あるごとに紡がれる口八寸。
一向に閉じることがない彼の口からは挑発、嘲笑といったこちらの心情を逆撫でするものばかりだ。
抱いた決意が揺らぎ、動きが鈍くなる。
彼の言葉によって、冷静さを幾分か失った攻撃は単調になり、相手に付け入る隙を許していた。
ああ、これはやばい兆候だ。緩みかけた綻びを無理矢理に縫い合わせ、常磐は一心不乱に攻め続ける。
誇れる自分でありたい。胸に湧き出る思いを燃料に、常磐は足を前に踏み込んだ。
「負けられない、あんたには絶対!」
ヒデヨシが真正面から戦うタイプではないってことは大体は察知できる。
だからこそ、自分達に対して情報で撹乱するといった戦法を取ってきたのだろう。
身体能力も、積み重ねてきた経験も自分より大したことないはずだ。
そうに決まっている。こんな下種野郎よりも、自分は“かわいそう”なのだから。
「悲劇のヒロインぶってるんじゃねぇよ。そういうの、ぶっちゃけ気持ち悪いぜ?」
「うるさいっ、うるさいっ!」
動いた足は空を蹴り抜くだけで、ヒデヨシには届かない。
それは、誰が見てもわかる当たり前のことだろう。
自分の感情も抑えれない未熟な女子中学生の癇癪が、彼に届くはずもない。
常磐に比べて、ヒデヨシはバラすことが不可能なぐらいに固まっている。決意も、想いも、行く末も!
凝り固まった意志は強く定まっているのだから。
「うるさいのは、お前の方だと思うんだけどな」
振り絞られたヒデヨシの拳を知覚するまでもなく、衝撃が常磐の腹部を貫いた。
攻撃の隙間をすり抜けた一撃は重く、身体を大きくのけぞらせる。
――ああ、アンタは弱っちいな。
侮蔑の情を受け、常磐は更なる激情に身を焦がす。
絶対、負けてなるものか。せめて、勢いだけは優勢を取り続けていたい。
口から吐き出された息を無理矢理飲み直し、常磐は反撃の回し蹴りを放つが、軽々と避けられる。
「というか、舐めるなって言うけどさ。ぶっちゃけそれさぁ、こっちのセリフだぜ?
アンタなんか携帯見ながらでも余裕だっつーの。へへっ、どうしたんだよ、その顔は。ムカついたか、三下?」
こんな下種野郎に遊ばれている。いつでも、殺すことができるのに手心を加えられている。
それに気づいた時、常磐の平常心はもうどこにも残っていなかった。
ふざけるな、黙れ。心中に生まれた燃え滾る激情を蹴りに込める。
「ぶっちゃけ、楽勝だよなぁ」
「ふざ、けんなっ!!!!!」
眼前の敵をぶっ飛ばすことしか頭に入っていない常磐は、ヒデヨシが手に握りしめている“携帯電話”に気づかない。
少し考えればわかるはずだ。今までの不自然な点からして、ヒデヨシが自分と同じく日記所有者だということを。
同じく日記所有者である常磐ならば、気づく可能性は格段に上がるのに、何故気づかないのか。
「何で、当たらないのよッッ!」
理由は簡単だ。今の常磐がそんな些細なことに目を向けられないくらいに感情が揺れ動いているからだ。
焦燥感、怒りといった強い奔流に身を任せている常磐が、未来日記なんて想像するはずもなく。
「ははっ、見え見えだっての!」
こうやっていいようにあしらわれ、嘲りと嘘に塗れて、堕ちていく。
弱いが故に、奪われる。力がないから、何にも持っていないから馬鹿にされるのだ。
繰り出した足に嘲りが絡みつく。瞳に浮かぶ落胆が怒りを増幅させる。
僅かなズレ、ほんの少しのざわめき。
常磐に纏わり付く重りが、動きの精細さを奪い取っていく。
「んじゃ、そろそろオレの願いの為に――消えてくれ」
「冗談っ! 絶対、アンタに殺されてなんかやらないんだから」
加えて、もう一つ。これは根本的な問題だ。
――ヒデヨシは、常磐よりも本当に弱いのか?
考えて見れば簡単な疑問だが、突き詰めると答えには苦しむはずだ。
常磐自身、こんな卑怯な戦法でしか戦えない下衆野郎より弱いはずがないと思っているが、果たして実際の所はどうなのだろうか。
宗屋ヒデヨシが常磐愛より地力で弱いと、誰が決めた?
彼の力が彼女の力より劣っていると、誰が思っている?
よくも知らない猿顔野郎と侮っている彼女の方が、本当は劣っているのではないか?
重なる疑問を全部蹴り捨てて、常磐は愚直に蹴撃を繰り返しているが、現状を見ていると一目瞭然である。
常磐愛は、宗屋ヒデヨシよりも弱い。
認めたくないと目を逸らしていた事実が、彼女を蝕んでいく。
常磐はヒデヨシに押され気味なのだから、弱いと認識されても仕方がないのだ。
「……また、躱された!?」
確かにヒデヨシは弱い。強さのランク付けを行っても、下から数える方が早いだろう。
しかし、この世界は何でもありが推奨されている殺し合いだ。ヒデヨシが弱いという事実は、策と道具で簡単に覆せることになる。
加えて、弱いとは言っても、彼は元の世界でも単独でロベルト十団から無傷で逃げおおせるぐらいはできる“弱者”だ。
「ぶっちゃけ、全然ッ怖くねぇよ! 悔しいか? なぁ、悔しいかよ!」
あくまで弱いというカテゴリーは元の世界で生まれた能力者の範疇であり、この殺し合いには当てはまらない。
また、今のヒデヨシは殺人、絶命に対して恐怖も迷いもない。
どうせ、汚れてしまった手なのだからと割り切りも覚えてしまった。
ここで自分が死ぬことになったとしても、植木がまだ生きている。
なら、捨て身の突撃といった選択肢も増え、戦術にも幅が広がるのだ。
(ああもうっ! このままだとやられる! どうにか、どうにかしないと!)
追い詰められつつある現状に常磐が頭を回している時。
携帯をちらっと見ていたヒデヨシの顔つきが変わる。
違和感が過った。ただ、携帯を見るだけで? インターネットも繋がらないこの世界で、何を焦る必要がある?
(未来日記……!? そうか、だから!)
そして、その答えに辿り着いた時はもう遅かった。
ヒデヨシは足を翻し、背を向けている。
駄目だ、行かせてはならない。未来日記で何を読み取ったかは知らないが、きっとろくでもないことにきまっている。
気づいてしまったからには、絶対にくい止めなければ。
常磐は、彼に追いすがろうと地面を勢い良く蹴り出した。
脚力はこちらが有利、すぐに追いつけると確信し、前を向くが。
「おいおい、背中を向けたからって安心してんじゃねーよ」
いつの間にか振り返っていたヒデヨシの手にはコルトパイソンが握られ、銃口は常磐に向いていた。
……ヤバイ!
常磐は迫る危機感に動きを止め、横へと跳躍する。
なりふり構わずの急な方向転換だ、当然彼へと追いつけはしない。
常磐が態勢を立て直し、立ち上がる頃にはヒデヨシの姿は遠くに霞み、浦飯達が戦っている方角へと、駆け出していた。
######
「っらあああああっ!」
一方、植木と浦飯の争いは激しさを増していた。
互いに元の世界では死闘を経験した猛者同士、戦況の天秤はどちらにも揺れていない。
浦飯は木々の群れを殴り飛ばしながら、距離を詰めようとするが、それを容易にさせる程、植木は鈍くない。
次々と生み出されていく木々は、浦飯の動きを阻害する。
「畜生っ、邪魔すんじゃねー!」
「邪魔はそっちだろ!」
木々を潜り抜け、拳を繰り出した浦飯に対して、植木もクロスカウンター気味の拳を一発。
吹き飛んでは立ち上がり、再び接敵。
このやり取りを幾度繰り返しただろうか。
互いの身体はもうボロボロで、いつ倒れてもおかしくない状態だった。
「ふざ、けんなッ! アイツはどうしようもねークソ野郎なんだぞ!」
「そんな訳あるか! ヒデヨシは、オレの仲間だ。臆病な所もあるけれど、ここ一番って場面では勇気がある奴なんだ!
オレの仲間が殴られようとしてるのに、黙って見ている訳がないだろ!」
「いい加減気づけっての! あんな奴護る必要ねーんだよ!」
何度言葉を交わしても、二人の想いは平行線だった。
浦飯が言葉を投げかけても、考えは変わらない。
植木がヒデヨシと浦飯達のどちらを信じるかといったらそれは断然ヒデヨシの方だ。
加えて、植木は浦飯達がヒデヨシに危害を加えている場面をばっちりと目撃してしまっている。
その後の言葉も、売り言葉に買い言葉。
元より、口が上手いとはお世辞にも言えない浦飯が説得を行うのは無理な話だ。
これでは、植木でなくとも浦飯達を信用することは厳しいだろう。
(どうすればいい!? このままだとジリ貧だ! それに、常磐だってヤバイ!
宗屋がどんな手を使ってくるかわかんねーんだ、早く駆けつけねーと)
そして、植木だけではなく浦飯も焦っていた。
宗屋ヒデヨシは危険だ。身体的能力に関してはそこまで重を置いていないが、精神性、頭脳面では間違いなく自分達よりも異質だ。
殺しに躊躇がなく、平然と嘘も吐く。おまけに頭も回るとなっては厄介だ。
それらを真正面から打ち破れる力を持っている浦飯ならば、特段に注意をする必要はないが、常磐は違う。
彼女は浦飯と違ってあくまで普通の一般人だ。ちょっと、格闘技をかじってるとはいえ、大きなアドバンテージにはならない。
(コイツを倒さねーと駄目なんだ。本気でいかなきゃこっちがやられる)
故に、“手加減”はもうできない。
ちょっと気絶させとこう、後々ダメージにならないようにしようといった手心を加えた戦い方では植木を倒せない。
本気で戦う。戸愚呂弟と死闘を演じた時と同じく、後先を考えずに。
しかし、それでいいのか。そんな戦い方をして、最悪の結末は避けれるのだろうか。
(やるしかねーってことはわかってっけどよぉ)
そうしないと切り抜けられないのは、浦飯自身わかっている。戦闘に関して優れた才覚を持っている浦飯だからこそ、気づいているのだ。
――このままだと、宗屋にしてやられたままだ。
常磐一人でヒデヨシを抑え切ることはたぶん難しい。未知数の実力を持つ彼を相手にして、常磐が無事に勝ち残れる可能性は低いだろう。
それに、最初に一撃こそ入れたが、あれは誘導されていたものであって実力ではない。
あまり長い時間を植木に取られてると、常磐はヒデヨシにやられてしまう。
だからこそ、ここで覚悟を決めなければならない。
何を選んで、何を斬り捨てるか。迷っていては遅いのだ。
「届かなかったチャンスを、俺は今度こそ掴みとる。どうしようもなく畜生な諦めを」
あの時は足が竦んで届かなかった。
前原圭一を、ぶん殴ってでも正気に戻すべきだったのに。
大事な仲間が狂っていくのを、ただ見ていただけだった。
後悔、呆然、狂気、崩壊。
全てが終わった後に悩んで苦しんで、後になってこうすればよかったと思い願う。
そんな最低な結末はもうコリゴリだ、ぶん殴って捨てちまえと吐き捨て、浦飯は走り始める。
「ぶっ壊す!!!!!」
ここで植木を撃破して、常磐を助けることに意志を傾けることこそ、最短の道だと信じ抜く。
仲間の為に、この比類なき両腕を本気で振るうことで、後悔を殴り飛ばせるのだと。
愚直に想いを貫けば見える世界が、きっと最良。
その果てに見えるのが――!
「俺のッ、未来なんだ!!!」
怒号と共に、生み出された木々を全力でぶん殴る。
たったそれだけの動作で、木々の群れはへし折れ、宙を舞い、道から排除されていく。
拳を振り上げ、薙ぎ払い、時には足で蹴り倒す。
走る。ただひた走る。
己が望む最良を今度こそ間違えぬように。
「だから、ここで足止めはゴメンだぜ!」
もう、迷わないと誓いを重ね、植木へと視線を向ける。
その先の道に辿り着く為にも、お前は邪魔だ。ここで大人しくぶっ倒れろ――!
「霊丸ッッッ!」
そして、彼は甘さを捨てて撃つことを決めた。
霊気を溜め、銃口をかたどった指先から解き放つ原初にて最強の必殺技、霊丸を。
正直、これを撃つのはためらった。
当たれば、死ぬのではないか。尽きない不安は今も脳裏をよぎっている。
それでも、浦飯はもう決めてしまった。
今は何としても常磐を護らなければいけない、と。
幸い、植木のことは戦ってみて大体の力量は知ることが出来た。
身体は頑強で、自分の仲間達とも遜色はない。
ならば、霊丸が当たったとしても早々に死ぬことはないだろう。
そう“思いたいだけ”だということに気づかないまま、浦飯はトリガーを引いた。
「なっ……」
躱せない。植木に迫る霊丸は、レベル2の能力を使う隙さえ与えなかった。
木々を貫きながら疾走する霊丸は寸分の狂いなく植木へと直撃するだろう。
(これで、切り抜けられる!)
しかし、浦飯の判断には“足りなかった”部分が存在する。
植木耕助が、霊丸を跳ね返すことでもなく。
霊丸が予想だにしない軌道を突然描き、狙いが外れてしまうことでもない。
そう、決定的に足りない部分が一つ。
「あ、ああっ」
「うえ、き……ぶじかよ」
彼を庇う第三者が現れる可能性を、全く度外視していたことだ。
浦飯達は、宗屋ヒデヨシの目的を“自分以外を殺して回るマーダー”だと誤解したままだった。
彼の方針は全てをチャラにすることであり、殺して回ることはあくまで手段だ。
そして、その願いを託す事ができる仲間がいるなら、ここで自分が礎になっても構わない。
『植木が攻撃を食らって倒れちまう。血反吐を吐いて、今にも死にそうだ!』
無差別日記から読み取った未来を変える為にはこの方法しかなかった。
自分と植木のどちらか一方しか生き残れないならば、ヒデヨシは身体を張って植木を護るしかない。
いつだって前を向いて、願いを叶える強さを持っている植木が生き残る方が願いを叶えるにはベストな選択だろう。
加えて、浦飯達は知らなかった。
本来の彼は仲間思いだという事実も、彼が未来日記により植木の危機を予想したらどのような行動に出るのかも――何にも知りやしない。
「ヒデヨシィィィィィィィィイイイイイイイ!!!!!!!」
決着は、“彼”の願った通り、最良の結末だった。
浦飯の放った霊丸が、ヒデヨシに突き刺さり、血反吐を撒き散らしながらふっ飛ばした。
植木と違い、あくまで肉体的には一般人のヒデヨシに霊丸が直撃したらどうなるか。
想像するまでもないことだ。ヒデヨシの負った傷は、致命傷である。
(違う)
植木の絶叫が、響く。涙を混じらせた声が、自分のやった最良を突きつける。
これが自分が選んだ最良の選択肢。
そうであるはずなのに。
(違うんだ)
何故、こんなにも呆然としているのだろう。
遠くから駆け寄ってくる常磐の姿も、今は霞んで見える。
(違うだろうが)
救いようもないゲス野郎が、仲間を護った事実が信じられないから?
もしかすると、致死の傷を負わしてしまったから?
そんな、どうでもいいことではない。
気づいてはならない可能性があるはずだ。
考えろ、考えろ浦飯幽助。
(俺は、俺達は……勘違いをしていたんじゃないのか)
浦飯は知っている。
暗黒武術会時、ドクターイチガキというゲス野郎に操られ、望まぬ戦いを強いられた武闘家達を。
本来の彼らは仲間思いで、高潔な意志を持っていたけれど、イチガキによって思考を操作され、殺人マシーンと化していたのだ。
故に、その経験から彼は思いついてしまった。
宗屋ヒデヨシは、何らかの思考誘導、洗脳をされていただけという可能性に。
無論、あくまで可能性の話だ。
イチガキの時は操られた人間が機械的であったので、今回のケースとは状況が違う。
しかし、裏を返せば可能性が当てはまってしまう。
死の間際に正気を取り戻して仲間を護る。全くありえないと断ずることを浦飯はできなかった。
「お前ら……! 殺すつもりはないなんて嘘じゃねぇか! 少しでも信じようと思ったオレが、間違ってたのかよ!」
ヒデヨシに当てるつもりなんてなかった、そんな言い訳が通じるわけがない。
生き返る可能性があるといった仮定をしても、浦飯がヒデヨシを追いやったという事実は消えやしないのだから。
「どういうことだよ、これは」
そして、最良は更なる最良を呼び寄せる。
「常磐……テメーら、やってくれんじゃねーか。徒党を組んで殺し回ってんのか? よく考えたもんだな。
あんだけ絞られたのによ、まだ天使の真似事をやってるなんて……ホント、救われねー奴だな」
「ちがっ、違う!」
「今更弁明か? ざけんな。ここにいる植木はオレの友達だ。
どう見ても、テメーらが襲ってきたとしか思えねーっての。
つーか、友達を襲っている奴等を信じろってか? 冗談はやめてくれよ、全然笑えねえ」
仲間を助けるべく駆けてきたのだろう、息を切らしたその姿は怒りで包まれていた。
菊地善人が鬼のような形相で睨んでいるのを、浦飯達はただ見つめるしかできない。
「植木、無事か」
「オレは大丈夫だけど、ヒデヨシが!!」
「ああ、わかってる。一旦退くぞ、こいつらから離れて、コイツを治療する。殿は任せとけ」
このまま逃してしまったら駄目だ、対立が決定的になってしまう。
二人は理性がそう告げているにも関わらず、彼らが逃げていくのを追うことはできなかった。
実は操られていた可能性があって間違って殺したかもしれませんと、どんな面で言えばいいのか。
「は、ははっ」
それ以前に、今の状況で反論をしても相手を逆撫でするだけだ。
賽は、もう投げられたのだ。対立はどう振る舞っても埋めきれない溝となって、彼らを分かつ。
彼らの真っ直ぐな思いは、どんな言葉を使っても植木達には受け入れられないだろう。
「俺……どうしようもねぇ人殺し、じゃねーか」
拭っても拭っても取れない罪の汚れが、彼らを地獄へと落としていく。
######
手遅れだった。菊地の目から見ても、ヒデヨシの状態は重篤だった。
血を口から吹き出し、息も切れ切れ。どう見ても、もう助からない。
「ヒデヨシ、起きろよ、ヒデヨシ……」
何度も何度も植木は声をかけるが、ヒデヨシの反応は血反吐を吐くだけだった。
浦飯達から離れたはいいけれど、治療道具なんてある訳がない。
病院もここからでは遠い。加えて、治療と言っても植木達は医者ではない。
このままヒデヨシの命が消えていくのを見ることしかできないだろう。
冷静な頭脳は、彼らに諦めを囁いていた。
(畜生……ッ! オレがもっと早く駆けつけていたら……!
碇も、神崎も、コイツも! どいつもこいつも手に届かねぇのかよ!)
唇を噛み締めて、菊地はそっと腰を下ろす。
素人目から見ても、手遅れだ。ならば、最期ぐらいは植木と落ち着いて話させてあげたい。
全身を朱に染めたヒデヨシをそっと地面に横たわらせ、植木は涙を拭う。
拭っても止まらない涙を必死に擦って、無理矢理笑顔を作る。
最後ぐらいは笑ってヒデヨシとお別れをしたい。そして、ありがとうと言いたい。
彼の献身に礼を言わなくては植木は後悔しきれないから。
「うえ、きィ……」
「ヒデヨシ! ありがとな、オレ……助けられちまった」
「ぶっちゃけ、オレの方が、植木に……助けられてるっての。今更、だろ」
「オレがっ、オレがヒデヨシの分まで頑張るから! だから、もう……いいんだ……!」
握られた手の感触が、薄い。開けた目の視界は殆どが黒く、植木が何処にいるのかさえわからない。
けれど、まだ生きている。自分の意志は植木に伝えることが出来るのだ。
ならば、最後に頼まなければ。
全部が終わった後、チャラにしてくれ、と。
だけど、悲しいことに口が一言述べる程度の力しか残っていない。
自分の願い事を彼に託すことはできないだろう。
(ま、大丈夫だろ。植木なら、きっと全てをチャラにしてくれる。いつだって前を向いている植木なら……。
どんな形であれ、元通りにしたいって願うのは間違いなんかじゃねぇんだ。だから、オレはオレのままでこの選択を選んだ。
ぶっちゃけ、後悔なんかしてねぇんだよ、可能性がまだ残っている限り、オレは生きていける)
それでも、ヒデヨシは信じている。いつか、植木が全てをチャラにできるといった事実に気づく時、きっとまた会える。
だからこそ、ここで言う言葉は一つだけ。
植木に頑張れとエールを送る激励を込めて。
「植木。わりィ……後は、任せた」
最後に顔をほころばせ、ヒデヨシは眠るように動かなくなっていった。
そこに残ったのは一人の勇気ある少年の死体。
これこそが、宗屋ヒデヨシが選んだ最良の選択肢。
自分の願いを託すことができる仲間を生かすことで、先の道を切り開く。
きっと、植木ならば――全てをチャラにしてくれる。
だって、自分と植木は“仲間”なのだから。
その想いだけは、誰にも否定させやしない。
「クソッ、クソぉ……! ヒデヨシィ……」
「植木……」
また一人、仲間になれたはずの参加者が死んだ。
植木が仲間の死を悲しんでいる間、菊地はこれからの展望について考える。
最初は植木と杉浦を探して綾波達へと合流する手はずだったが、今では不可能に近い。
これだけ時間が経てば、綾波達も移動しているはずだし、杉浦の居場所は今も不明だ。
南下は無理だ。こちらの戦力が乏しい以上、浦飯達がいる南を闊歩するには心許ない。
幸いのことに、綾波達は複数で行動している。ならば、自分達と違ってそう簡単に撃破されることもないだろう。
(つーことは、オレらが目指す場所は……北か。海洋研究所辺りがいい目星か? 杉浦もそこに逃げ込んでいるとラッキーなんだけどな)
拙い頭脳を総動員して、菊地達は進まなければならない。
いつか、彼らにもリベンジをして、踏み越えてみせる。
最良の選択肢を選び切って、勝ち残るのは――自分達だ。
曇りのない決意を胸に、天高く右手を伸ばす。
だァれもかれもが踊らされていることを知らずに。
見えない観客席に座る誰かが、ニタリと嗤う。
【宗屋ヒデヨシ@うえきの法則 死亡】
【残り 20人】
【E-6/F-6との境界付近/一日目 夕方】
【常盤愛@GTO】
[状態]:右手前腕に打撲 、全身打撲
[装備]:逆ナン日記@未来日記、即席ハルバード(鉈@ひぐらしのなく頃に+現地調達のモップの柄)
[道具]:基本支給品一式、学籍簿@オリジナル、トウガラシ爆弾(残り6個)@GTO、ガムテープ@現地調達
基本行動方針:認めてくれた浦飯に恥じない自分でいる
1:――――。
2:浦飯に救われてほしい
[備考]
※参戦時期は、21巻時点のどこかです。
※幽助とはまだ断片的にしか情報交換をしていません。
※パンツァーファウストIII(0/1)予備カートリッジ×2、
基本支給品一式×5、『無差別日記』契約の電話番号が書かれた紙@未来日記、不明支給品0~6、風紀委員の盾@とある科学の超電磁砲、警備ロボット@とある科学の超電磁砲、
タバコ×3箱(1本消費)@現地調達、木刀@GTO、赤外線暗視スコープ@テニスの王子様、
ロンギヌスの槍(仮)@ヱヴァンゲリヲン新劇場版 、手ぬぐいの詰まった箱@うえきの法則 が目の前にあります。
【浦飯幽助@幽遊白書】
[状態]:精神に深い傷、貧血(大)、左頬に傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式×3、血まみれのナイフ@現実、不明支給品1~3
基本行動方針: もう、生き返ることを期待しない
1:――――。
2:圭一から聞いた危険人物(金太郎、赤也、リョーマ、レイ)を探す?
3:殺すしかない相手は、殺す……?
【E-6/一日目 夕方】
【植木耕助@うえきの法則】
[状態]:全身打撲、仲間を殺された怒り
[装備]:探偵日記@未来日記
[道具]:基本支給品一式×3、遠山金太郎のラケット@テニスの王子様、よっちゃんが入っていた着ぐるみ@うえきの法則、目印留@幽☆遊☆白書
ニューナンブM60@GTO、乾汁セットB@テニスの王子様
基本行動方針:絶対に殺し合いをやめさせる
1:自分自身を含めて、全員を救ってみせる。ヒデヨシを殺したあの二人に対しては……?
2:学校へ向かい、綾波レイを保護する。
3:皆と協力して殺し合いを止める。
4:テンコも探す。
5:浦飯達を許すつもりも信じる気もない。
[備考]
※参戦時期は、第三次選考最終日の、バロウVS佐野戦の直前。
※日野日向から、7月21日(参戦時期)時点で彼女の知っていた情報を、かなり詳しく教わりました。
※碇シンジから、エヴァンゲリオンや使徒について大まかに教わりました。
※レベル2の能力に目覚めました。
※決して破損しない衣服 、無差別日記@未来日記、コルトパイソン(5/6) 予備弾×30、宗屋ヒデヨシの死体を抱いています。
【菊地善人@GTO】
[状態]:健康
[装備]:デリンジャー@バトルロワイアル
[道具]:基本支給品一式×2、ヴァージニア・スリム・メンソール@バトルロワイアル 、図書館の書籍数冊 、カップラーメン一箱(残り17個)@現実 、997万円、ミラクルんコスプレセット@ゆるゆり、草刈り鎌@バトルロワイアル、
クロスボウガン@現実、矢筒(19本)@現実、火山高夫の防弾耐爆スーツと三角帽@未来日記 、メ○コンのコンタクトレンズ+目薬セット(目薬残量4回分)@テニスの王子様 、売店で見つくろった物品@現地調達(※詳細は任せます)、
携帯電話(逃亡日記は解除)、催涙弾×1@現実、死出の羽衣(4時間後に使用可能)@幽遊白書
基本行動方針:生きて帰る
1:北上する? 海洋研究所が近いが、どうするか。
2:常磐達を許すつもりも信じる気もない。
3:落ち着いたら、綾波に碇シンジのことを教える。
4:次に仲間が下手なことをしようとしたら、ちゃんと止める 。
[備考]
※植木耕助から能力者バトルについて大まかに教わりました。
※ムルムルの怒りを買ったために、しばらく未来日記の契約ができなくなりました。(いつまで続くかは任せます)
最終更新:2021年09月09日 19:58