POISON ◆j1I31zelYA


放置できない脅威がある。

しかしその脅威を排除することは、さらなる脅威を生み出すことになるかもしれない。

そんなとき……君なら、どうする?


◆  ◆  ◆


「はーっ。やっと解放されたのじゃ」

「「「「「「「おかえりなのじゃ!」」」」」」」

空席の神の座を、神の眷属たちが囲う因果律大聖堂。

一度消えていた一匹のムルムルが、凝りをほすぐように伸びをしながら姿を現した。

「ずいぶん長いこと呼び出されておったのじゃな。もう七原たちの方も、情報交換が終わりかけておるのじゃ」
「さっきの殴り合いは漫画みたいで見ものだったのじゃ。後で映像を見るといいのじゃ」

残りのムルムルたちが、各々で鑑賞していた殺し合いの光景――アカシックレコードに記録された会場の映像画面を閉じて、いっせいに出迎えてねぎらい始める。
迎えられたムルムルは、どっと疲れたときの顔で己の席についた。

「ちょうど、仮眠からたたき起こされた機嫌の悪い坂持と兵士に捕まったのじゃ。
 銃口を向けられて、会場まで『HOLON』まで復旧の手はずを整えるから案内しろと脅されるわ、アカシック・レコードの過去像を飽きるほど再生させられるわ。
 さすがに会場の方はオリジナルと会場担当ムルムルにやってもらったのじゃが」

本来なら十二人の日記所有者が立っていた円形の床にごろんと寝そべると、他のムルムルたちに囲まれえて尋問を受けた。

「しかし、どういうことだったのじゃ?」
「お主は決定的瞬間の映像を見せるために呼ばれたのじゃろ?」
「なぜ七原秋也の首輪がいきなり止まった?」
「『HOLON』がどうとか言うておったのは関係あるのか?」
「11tや坂持はどう考えておるのじゃ?」
「ゲームの進行に支障は無いのか?」
「ワシらも映像を見比べながらそれらしい考察をしたけれど、分からなかったのじゃ」

役人たちのところに呼び出しを受けていたムルムルは、面倒そうにしっしっと追い払う仕草をした。

「また説明をさせられるのか? さっきも大東亜の研究者や秘書の黒崎と一緒にさんざん説明したばかりなのじゃあ……」

しかし目の前にトウモロコシをいくつも積まれると、一転してまんざらでもなさそうに顔を緩めた。
かじかじと、トウモロコシを回してかじりながら、

「お主ら、七原秋也の首輪が機能停止したタイミングは覚えておるか?」

「もちろんなのじゃ!『HOLON』が首輪の機能停止を知らせた時間と、会場の映像を照会したのじゃ」
「ちょうど、ホテルが崩れる真っ最中のことだったのじゃ」
「会場に舞う土煙が酷くて、映像でもよく見えなかったのじゃ」
「切原赤也がホテルの中にテレポートしてから、連中が脱出するまでの間のことだったのじゃ」

「そうかそうか、ならば、何が原因だったかはお主たちもすでに察しておるのではないか?」

トウモロコシをしゃくしゃくとかじり進めながら、逆にそう聞き返した。

「それは……ひとつしか心当たりが無いしのう」
「ちょうどそのタイミングで首輪が壊れていたということは……」
「……切原赤也、そして白井黒子との『同調(シンクロ)』をして、『大能力(レベル4)』になったことしか考えられないのじゃ!」
「そう、それで正解なのじゃ。では、それでどうして首輪が止まることになったのか、分かる者は?」

かじりかけのトウモロコシを、教鞭のように揺らして尋ねる。
しかし、ムルムルたちは難しい顔をしたままだった。

「ヒントじゃ。首輪の中にある『生体反応感知センサー』は……参加者が死ぬとどうなる?」

ムルムルの全員が首をかしげて、やがて同じ答えに至る。
一匹が代表して、言った。

「もしかして……同調をした白井黒子が瀕死だったことと関係があるのか?」

トウモロコシを一口かじり、答えを知っているムルムルは頷いた。

「うむ、それが原因らしいのじゃ。一種の臨死体験というやつらしいの。
 切原赤也はビル脱出後もしばらく生存していたらしいから、おそらく白井黒子の影響だろうということじゃ。
 あの瞬間、生と死の境界にいた白井黒子に引っ張られて、七原秋也も短時間だけ『そちら側』に逝ったのではないか。それを受けた首輪のセンサーが、『七原秋也の心停止、脳停止』の信号を送ってしまい、受信と生死判定をしていた『HOLON』が『七原秋也は死亡した』という判断をした。
『HOLON』を任されている『守護者(ゴールキーパー)』の役人たちもそう結論づけたのじゃ」

もちろん、本来は『同調』も『自分だけの現実』も、相手が死んだりすれば自分も死ぬような類のものではなかったのじゃが、ただでさえ生きるか死ぬかの状況だったようじゃし、と付け加える。
ムルムルたちはなるほどそういうことか、と声を上げていたが、一匹だけ納得いかないと反論した。

「しかし、ちょっとやそっと仮死状態になったぐらいで、HOLONがそう簡単に死亡したと誤認するのもか?
『樹形図の設計者(ツリーダイヤグラム)』の演算処理器も組み込んでおるのじゃろ?」
「言われてみればそうなのじゃ。それに、そんな単純な誤作動を解明するのにお主が疲れるほど手間がかかったというのもおかしいのじゃ」

そう問われたムルムルは、己が責任を追及されたかのように目をそらした。

「死亡判定については……もともと首輪のバッテリー自体が長持ちを想定した造りでは無かったからのう。
七原秋也は『センサーが反応する→主催が首輪のスイッチを押す→爆発する』と考察しておったようじゃが、実際のところスイッチを押しているのはコンピュータなのじゃ。
 一度首輪から『死亡』の信号を送られたら、そのまま機能停止する都合になっておる以上は仕方なかったようなのじゃ。
 時間がかかったのは……実を言うとな、並行してもうひとつ事件が起こっていたからなのじゃ」
「「「「「「「事件?」」」」」」」

大聖堂に、ムルムル7匹が輪になっての唱和が響いた。
とりあえずお前ら、そろそろ仕事に戻れと語り部のムルムルがうるさそうに追い返す。
全員がポーズだけでも会場のモニターを再開するのを待って、ムルムルが説明を始めた。

「お主ら、会場の地下にある3台の『HOLON』で、首輪の管理と一緒に『未来日記』のサーバーも積んでいたのは覚えておるか?」

己もまた四角い映像を呼び出し、話しながらも会場の監視は続ける。

「もちろんなのじゃ。首輪の生死判定と連動して動かした方が、『DEAD END』の結果と照合もしやすいと聞いたのじゃ」
「『ALL DEAD END』を観測するためにも、誰がいつどのような経緯で死亡したか、会場の未来日記の予知と一致したかは、とても大事になるのじゃ」
「孫日記のサーバーも会場に設置する必要があったしの」
「我妻由乃と接触したムルムルだって、むしろそっちの見張りが本来の職務なのじゃ。知らないわけがないのじゃ」
「皆も『HOLON』に組み込んだ未来日記を見て、『ALL DEAD END』の動向を観察しておるしの」
「うむ。では前置きをする必要はないか」

実はな、と切り出した。

「当初に予知されていた未来通りならば、ホテルが崩れ落ちた時に、七原秋也は死んでいるはずだったのじゃ」

その意味が、ムルムルたちに浸透するまでにしばらく時間がかかった。
そして、浸透したムルムルたちが、次の質問を放つまでには、もっと時間を要することになった。
やがて、ムルムルたちは質問を返し始めた。

「おかしな言い方なのじゃ。『The rader』の予知が覆ったというのか?」
「それならば大騒ぎにはなるかもしれないが、大問題というばかりでも無いはずじゃ。
 どうすれば因果律を変えられるのか、手がかりになることもあるのではないか?」

当のムルムルは、どう答えたものかと改めて悩むように目をすがめつつ、

「それが、手がかりをつかむどころか、予知が覆るまで『The rader』には何の予兆もなかったのじゃよ。
 ……しかも『HOLON』は処理落ちを起こしてしまうし」

そう答えた。
「ちょっと待てどういうことじゃ」というムルムルたちの声が次々とあがるのがおさまってから、言葉を続ける。

「七原秋也がホテルから脱出した時、『ALL DEAD END』までの経過で予知されていた、『次の放送で呼ばれる人数』が一人減ってしまったのじゃ。
 それも、本来ならば未来日記が書き変わるタイミング――切原赤也と白井黒子が選択をしたタイミングで予知が書き変わったのではなく、七原秋也の生存が確認された時――これは、三人の同調らしき反応がおさまった時間とぴったり同時なのじゃが――つまり結果が出た後になってから、予知が書き変わった。
どういうことかというと、『The Rader』の予知が変化していなかった、予知が働かなかったということじゃ」

そこでもったいをつけるように、二本目のトウモロコシをかじってから、

「要するに、七原秋也の命が助かったのは、全くのイレギュラーだったということじゃ。
 そして、その推測される原因は――」

ムルムルは視線だけ会場の監視へと向けながらも、上着の中から一冊の綴りファイルを取り出して、隣の席にいるムルムルに渡した。
回し読みしろ、という意味らしい。

表紙には黒いインクで『Dream Ranker』と題字がされている。


◆  ◆  ◆


空間移動(テレポート)という能力は、『その世界』でもとりわけサンプルに乏しい素材だった。
なぜなら能力の伸びしろが少なく、レベル5に至れる可能性なんてまず無いだろうし、そんな発展性のない能力者に付き合うほど、学園都市の研究者は暇を持て余してはいないから
――なんてことは、ぜんぜん全く無い。
学生の中には、そのような流言飛語に惑わされて『見放された』と感じる者もいるけれど、もっと根本的な理由がある。
まず、絶対数が少ない。希少だから、どうしても実例の不足が否めない。
強度0から5までの格差はあれど学生230万人が全て『能力』をもっている学園都市の中でも、たった58人しかいない。
それでも複雑な計算を要求される能力なので、58人の平均レベルは他の能力者と比してもたいそう高いことは明るい要素だろう。
よって、『空間移動(テレポート)』は学園都市の中でもむしろ研究を推奨されている分野だった。
できればもう少し絶対数が増えてほしいという危機感もあって、時おり『研究者には助成金を出します』というテコ入れが行われたりもする。
学生からすれば、そういう広告を見て「ああ、空間移動系(テレポート)の研究をしたがる人って少ないんだな。確かに、便利な能力だけど『それだけ』っぽいもんね。パシリに向いてるし」と思い込み、移動能力者(テレポーター)を軽んじる者もいる。
今回の殺し合いで選出された白井黒子にも、まるで中間管理職でも見るような眼で見られた経験がそれなりにある。
しかし、単純に能力の強度だとか、伸びしろのこと話をするならば、決して『それだけ』の能力ではない。
学園都市でもっとも強い力を持つ『移動能力者』ならば、『レベル5』判定を受けてもおかしくいほどの応用性もある。
その能力者ならば総重量4トンを超える多量の荷物を、数百メートルも離れた地点へと一度に運ぶこともできる。世の中のためにも、たいそう役に立つものだ。

しかし、ただ物を移動させるだけなら、念動力(サイコキネシス)や空力使い(エアロハンド)でも同じことができる。
『空間移動(テレポート)』が他の能力よりも特異にあたるのは、むしろ『十一次元の世界を使って、ヒトやモノをやりとりしている』ことだった。
念動力も空力もそれ以外の電気も火力も読心も、そして予知能力も、多くの能力は三次元の世界で動いていることだ。
人によっては『十一次元なんてすごく計算が難しそう』と言うし、人によっては『ただの量子力学だ』と言うし、総じて研究者は『また調べ尽くされていない学問だ』という認識で一致する。
研究者の視点からすれば、決して顧みられなかったことは無い。むしろ、どちらかと言えばその逆だった。

だから、サンプルの絶対数は少ない。
しかし、研究資料としては、特に近年になってからは、そこそこの数が揃っている。

特に、『アカシック・レコード』を通じて世界で起こっているあらゆる出来事をのぞき見できる者達ならば、『学園都市』の『書庫(バンク)』には記されていない事例さえも集めることができる。
それをいいことに、ムルムルたちも『ゲーム』の開催前にはずいぶんと大東亜の研究者から依頼されて『事例集め』をやらされた。

そんな研究資料の中から、『空間移動(テレポート)』と『予知』で検索をかければ、ほどなくしてその一冊はヒットした。

「しかし『空間移動(テレポート)を使ったから予知を覆せた』というのがよく分からんのじゃ。
それができるなら、今までだって白井黒子には『The rader』を破れたはずではないのか?」
「……結局、順を追って説明するハメになるのか」

回し読みを終えたムルムルから追及されて、寝そべりトウモロコシを食みながら監視を再開していたムルムルは、しぶしぶと口を開いた。

「たとえば、日常の中でも『数時間後にとつぜん車が突っ込んできて死ぬ』とか、そんな『DEAD END』のヤツがおるじゃろ?」
「「「「「「「うむ」」」」」」」と耳を傾ける、全員分の相槌が返ってくる。

もちろん、その未来を予測できたとして『今日は別の道から行こう』と行動したぐらいでは簡単に未来は変わらない。
『DEAD END』とは回避不能の死亡予告、これが大原則だ。
未来日記を持たない一般人がどうあがいても、『事故に巻き込まれて死んでしまう』という因果律のレールが、そこには厳然と存在する。

「この時、『事故が発生する未来』へとことを運んでいる因果律は、基本的に『三次元』の枠組みで起こっていることになる」

たとえば、トラックの運転手がハードスケジュールでの勤務を強いられていて寝不足でぼんやりしている。
たとえば、運転していた大型車両のブレーキの効きが悪くなっている。
そんな流れとどこかしらで巡り合い、違う道を選んで歩いたとしても、別の暴走車両によって事故に遭う結果は変えられない。
そういった事象が生まれるのはすべて、人類が生きている現実の世界――つまり、三次元の枠組みで起こることだ。
未来予知と結果とのメカニズムは、『学園都市』の世界でもほとんど解明が進んでいない。

「しかし、空間移動(テレポート)の十一次元がどういうものか説明すると長くなるので省略するが――とにかく、人間がふだん暮らしている次元よりも上位の次元の枠組みを使って移動することになるのじゃ」

つまり、空間移動能力者(テレポーター)は、『逃げ場のない三次元の結末』に干渉できる。

その言葉を聴いた他のムルムルたちはいっせいに何か言いたそうな顔をしたが、当のムルムルは無視して説明を言い終えてしまうことにした。

「つまり、『The rader』の未来日記でも、七原秋也が『空間移動(テレポート)』に目覚めた結果として引き起こす事象にまでは、計算が及んでいなかったということじゃ。
 じゃから、七原秋也が脱出を成功させた後になってから未来が変わった。
 それが『HOLON』にとっても理解不能だったようでの。『七原秋也が死を回避する未来』が存在しないはずなのに、七原秋也が生きている、という矛盾が処理しきれずに、フリーズを起こしてしまったらしい。
 もちろん『HOLON』は3台で運用しているから1台が止まったところでゲームには支障なかったのじゃ。しかしスーパーコンピュータが処理しきれずにフリーズを起こすなんてことがそうあっていいはずも無いからの、そのせいで、大人たちがああも慌てて、わしも呼び出されておったというわけなのじゃ」

なるほどなるほどと、ムルムルたちがようやくの納得を得てうんうんと頷いた。
しかし、即座に次の疑問を呈したムルムルもいる。

「しかし、それなら七原秋也が今後どんどん未来を変え放題になるのではないか?
 そもそも白井黒子(テレポーター)を参加させるのは危険だったということにもなるぞ?」
「それは違うのじゃ。なぜなら、さっき言ったたとえは全て『人間がふだん暮らす世界で未来予測をした場合』に限ってのことなのじゃ。
 あいにくと、この世界はただの『三次元の世界』ではないのじゃ。なぜなら、10種類もの因果律の異なる世界から、参加者が集められておるからじゃ」

支給された『未来日記』が予測する範囲には、『並行世界からやって来た者』の未来さえも含まれる。
51人の中学生は、誰しもそれぞれの世界でたどるはずだった運命を無理やり捻じ曲げられて、様々な世界の法則が混在した会場で未来を予知されている。
『世界樹の設計図(ツリーダイヤグラム)』による観測の補助もあって、『The rader』で観測される未来には、あらゆる次元を超えた全ての参加者が補足されている。
――その中に、十一次元という枠組みで能力を使う者がいたとしても。

「空間移動能力者(テレポーター)が1人いたところで、予知の想定内だったはずなのじゃ。
 原因は『同調(シンクロ)』を果たしたことで、より大規模にこれが使われてしまったことじゃな。
11次元×11次元で121次元……というほど漫画みたいな答えにはならんのじゃが、多数の移動能力者(テレポーター)が次元を使って移動するとなると、『The rader』でも追いきれなかったそうなのじゃ」

もし、あのホテル崩壊の現場で『あの場にいた誰か1人』が空間移動(テレポート)を使っただけだったならば。
七原秋也か、菊地全員か。そのどちらかが救い出されずに死亡していた公算が大きかった。
あの場で使われた空間移動の強度(レベル)では、一度に運ぶことができるのは二人か多くとも三人だろう。
元から助からない傷を負っていた植木耕助と、白井黒子。
そうではない七原秋也と、菊地善人。
まったく視界が効かない暗闇の中で、七原と菊地の二人ともを、空間移動(テレポート)に必要な『接触』をクリアして連れ出せなければ、次の放送で呼ばれる名前が1人増えていたことなる。
だとすれば、本来の因果律に定められていた未来は『そこまで』だった。

「つまり、空間移動(テレポート)による予知崩しはあれ一回きりのことじゃから、ゲームはこれまで通りに続けることになるのじゃな?」
「そういうことになる。『空白の才』にせよ1人が持っているだけでは同じことはできぬから、再現性は低い出来事のようじゃし。
……坂持たちは万が一に備えて、いったん沖木島――大東亜側の連絡支部に引っ込むことにしたようじゃが」

ポイ、と食べ終わったトウモロコシの芯を、空席に置かれていたごみ箱に放り投げた。

「それで済ませるのか? 七原が生き残ったせいで『誰かを優勝させる方向に因果律を操れるかどうか』という試みに支障が出るかもしれんのではないか?」

隣席にいたムルムルが眉を寄せて懸念を示した。
モロコシを捨てたムルムルは、しれっとした顔をしている。

「現段階では、様子見しかできんのじゃ。どっちみち、七原秋也も『ALL DEAD END』までに死亡することは揺らいでおらんからの」
「そうなのか?」

何を今さら、とムルムルが酷薄そうに笑った。
感情の無い生き物が持つ、喜色はあっても気色のない、形だけの笑みだった。

「ああ、次の放送までに呼ばれる人数が一人減ったが、『ALL DEAD END』に到達する時間は少しも動いておらんからの。
これまでにも死亡する人間の内訳は変わったかもしれんが、死亡するペースは変動しておらんかったじゃろ」

確かに、と隣席のムルムルは、同じ笑みを作った。

あるいは、七原秋也でさえも次の放送を迎えるまでに死亡する可能性はある。
次の放送で呼ばれる人間が一人減っただけで、七原秋也がこのまま生き延びるとも限らないのだから。

これまでにも、『The rader』の予知を絶対基準として、主催者側の手元にある『孫日記』を使ったゲームの経過予測は行われてきた。
それらは会場で支給されている未来日記と同様に何度か『DEAD END』予測を覆してきたけれど、決して殺し合いを減速させるものではなかった。

『Day:the third quarter of the first day

式波・アスカ・ラングレーは、吉川ちなつに撲殺される。

御坂美琴は、初春飾利に焼殺される。

菊池善人は、神埼麗美に射殺される。

遠山金太郎は、天野雪輝に刺殺される。』

吉川ちなつが、式波・アスカ・ラングレーを庇って死んだ。
御坂美琴は、初春飾利の起こした爆発が死因となった。
神崎麗美は、菊地善人を庇って死んだ。
遠山金太郎は、天野雪輝を庇って死んだ。

だから大人たちも、ムルムルたちも、過程が変わった程度では焦らない。
『ALL DEAD END』への到達予定時間は――まだ変わっていない。


◇   ◇   ◇


右手には、『無差別日記』の携帯電話を持つ。
左手の指先には、首輪が触れている。

思考することは、一つだ。

『無差別日記の予知が変わるかどうかを見てから、首輪をちぎって無理やり外そうとする』

タイム・パラドックスの観点で言えばどうなるのかは分からないが、これで解答欄を先に見てから答えを記入するようなことが期待できる。
もし首輪を外すことに成功するならば、菊地の無差別日記には『七原が首輪を外すことに成功した』という予知が出ることになる。
もし首輪を外すことに失敗して爆発すれば――こちらの可能性の方がはるかに高いのだが――『七原が首輪を爆発させて死亡する』という予知が表示されるか、あるいは何も変わらない画面のままになっているだろう。
七原だって、本当に死んでしまうなら外そうとするはずがないのだから、『何も変わらない=失敗を予想して首輪を外そうとしなかった』だと解釈して、失敗だと見なしていい。

もとより、失敗するだろう前提の実験だった。
肝心の実験はこの後に行うつもりだった。
同じ方法で、『空間移動(テレポート)を使って生者の首輪を外そうとした場合』を確かめるための実験だった。

もしも本当に首輪を外せてしまったとしても、その後で七原が主催者側に目をつけられて首輪以外の方法で処分されにかかるリスクもあったわけだが、
少なくとも『空間移動(テレポート)で首輪を取り除くこと自体は可能である』と確認できれば、それだけでも収穫にはなるはずだった。

だから。
その予知が白く四角いメモ帳の上に浮かび上がった時には、己の目を疑った。

『七原が、無理やりに首輪を外そうとしたけれど首輪は爆発しなかった。
 七原が驚きの声を上げた。』

もちろん、そう日記に記されていても、本当に外そうとしてみる気にはなれなかったので、すぐに無差別日記は元の白紙に書き変わってしまったが。
驚きの声だけは、無差別日記に警告されたことで、どうにか飲み込んだ。


◇   ◇   ◇


驚愕の事実を、すぐに菊池に教えて作戦会議に移行しよう、というわけにもいかなかった。

どこかで見ているであろう主催者の目に止まらないように伝えるのが難しそうだったこともあるし、すぐに別の作業も待ち構えていたからだ。

菊地と話している間に、命令をして海洋研究所へと向かわせていた『犬』が帰ってきた。
白井黒子たちが戦っている間も、どうにかディパックの中で生き残っていたしぶとい犬だった。
命令したとおりに、海洋研究所から、竜宮レナたちのディパックをくわえて戻ってきた。
放送が終わった後ですぐに白井黒子の元へと駆けつけたために、そのまま研究所へと置いてきてしまったものだった。

ありがとよ、と犬の頭をなでて、ディパックの中身を芝生に広げる。
思えば、ホテルで赤座あかりや白井黒子と知り合った頃からの、唯一の生き残りだった。
言葉を何も発さないマスクをつけた犬が、まだこの場でしっぽを振っているというだけのことに、自分でも驚くほど安堵した。

ひとまず犬の荷物と白井たちのディパックからは、必要だと思った武器などを集めて、残りを菊地にも渡す。
「分けようぜ」と言うと、菊地は意外そうな顔をした。

「荷物をここで分け合うってことは……一緒に行動するのか?」
「バラバラに動く理由もないだろ?」
「俺たち、さっきお互いに『気に入らねぇ』とか言い合いしたばっかりのはずなんだが……」

七原としては、それはもう喧嘩をした時に何となく消化したつもりになっていたことだったので、改めて指摘されると妙に悔しかった。

「だからって、一緒にやっていけるかどうかは別問題だろ。
俺も一人になろうとしたことはあったんだけど、どうしても一人にさせてもらえなくてな。
……だから、折れた。一人になれないうちは、誰かと歩いてもいいかと思ったんだ」

そう言うと、菊地もそれ以上は聞いて来なかった。
しばらくして、こう暗唱した。

「“夢かもしれない。でも僕は一人じゃない。いつか君も手を繋いでくれるかい。その時世界は一つになるだろう”ってか」

驚いた。
驚きの度合いで言えば、『四月演説』をべらべらと朗読された時よりも大きかったぐらいだ。
とても親しんでいた、懐かしい言葉だったのだから。

「レノンを知ってるのか?」
「ジョン・レノンも知らない奴の方が珍しいだろ――ああそうか、世界が違うんだったな。
俺たちの世界でもジョン・レノンな有名なロックスターだよ。ディランも、ルー・リードも、スプリングスティーンも実在する」

言われてみれば、納得できることだった。
彼らの世界にもアメリカ合衆国は存在するのだから、ロック歌手が存在していてもおかしくない。
そんな発想も何もなく、白井黒子にロックの歌詞を説いていた己のことが、おかしくて微笑した。

七原秋也に、もうロックは歌えないと思っていた。
人と人は手をつなげるかもしれないが、それで世界が一つになるなんて夢が有り得ないことを知ってしまった。
『ウェンディ、二人一緒なら悲しみを抱えても生きていけるだろう』――七原にとってのウェンディだった中川典子は、とっくに死んでしまった。

でも、ロックという音楽は、ただ理想を歌い上げるだけの音楽じゃなかった。

―――leeps in the sand.
 Yes, 'n' how many times must the cannon balls fly,Before they're forever banned.
 The answer, my friend, is blowin' in the wind,The answer is blowin' in th―――
―――(殺戮が無益だと知るために、どれほど多くの人が死なねばならないのか。 答えなんざ風に吹かれて、誰にも掴めない)―――

自分たちの問題をきちんと歌った音楽で、それを上手く伝えるためのメロディとビートがあった。
ままならない現実社会だとか、無力な自分を嘆くことだとか、世間から見たら正しくない自分に対する精一杯の強がりだとかも、歌っていた。

自分がロックだと思ったら、それがロックだ。

七原秋也は、そういうロックを好きになったはずだった。
七原はロック(理想)を歌えなくなった。
でも、ロック(理想家)は、七原秋也を『間違っている』と弾いてなんかいなかった。
いつだって、どの世界でも、ただそこにあった。プラスのエネルギーをこめて、唄われていた。

「ロックが好きなのか」と菊地が尋ねた。
「愛してるよ」と七原は答えた。

歌えるかどうかはともかく、素直にそう言えた。

そうか、と菊地は頷いて、七原の手から無差別日記の携帯電話を受け取る。
そのまま荷物を確認してディパックへと移す作業を始めた。

お互いの口元には、タバコがくわえられていた。
七原の持っていたタバコを、菊地へとわけたものだった。
タバコの煙が、二条、夜空にのぼっていった。

菊地が荷物の整理をする傍らで、七原は己の日記を使ってメモ帳にさっきの『発見』を書き込んでいった。
何が首輪の機能停止に繋がったのかを確認するために、殺し合いの中で己が選択してきた行動も全て書き込んでいく。
『七原が気づいていること』が極力ばれないように、タオルを被って監視の死角を作ったまま書き込んでいった。

菊地も『何をやっているんだろう』という視線は向けてきたけれど、七原なりに意図があって何かをしているのだろうと判断してくれたのか、何も言わなかった。
最悪、七原が死んでしまったとしても菊地ならば『七原が携帯に何かを書き込んでいた』と考察を発見してくれるだろう。
一方で菊地の方からは、さっきの情報交換では抜けていた部分――主にこれまで出会った知り合いの情報――を説明してくれた。
何もしていないと嘆いていたくせに何人もの人間とラインを作っていたんじゃないか、と七原は評価した。

「なるほどね。そうなると、杉浦さんの他にも接触しておきたいのは、天野雪輝、越前リョーマ、綾波レイ――それに合流できたとすれば、秋瀬或の一団だな。
 特に天野雪輝が『神様』の関係者だっていうのは気になる。
 一方で、確定の危険人物はバロウ・エシャロット。浦飯常磐は菊地の問題として、あとは秋瀬或を殺そうとしてたっていう我妻由乃もそうだな」
「我妻由乃もかよ。そいつはいちおう、天野雪輝の――仮にも協力者の、恋人なんだが」

植木耕助が『天野雪輝』を気にかけていた経緯もあってか、菊地は遠慮がちに口をはさんだ。

「そりゃあ状況は見て判断するさ。情報を持ってるかもしれない相手だしな。
『殺す』ってのはあくまで、我妻由乃が自分の意志で殺し合いに乗ってて、交渉の余地が無い時……たとえば天野雪輝も含めた全員皆殺しのつもりだったりした時だな。
天野雪輝からは恨まれるかもしれないが――さっきの戦いと同じように、いざとなったら俺が殺す側にまわるつもりだ。
それに、個人的な事情を言わせてもらえれば、許せないしな。切原赤也の時みたいに、理由があって『狂った』わけじゃない。最初から殺し合いに乗る気満々だった上に、主催者と繋がってるかもしれない中学生、ってのは。
お前が浦飯やバロウって連中を憎んでるのと似たようなものさ」

これだけは、『救える限りは救う』とか『ハッピーエンド(理想)を目指す』という命題とは別問題だ。

「俺にとっちゃ、同じだから――この殺し合いを開いたクソったれの『神様』とやらと、同類になるんだからな」

己が生き残るためでもなく、この状況に絶望して狂ったからでもなく、ただ『殺し合いに賛同して』殺し合いに乗った連中。
宣誓した。
宣戦布告をした。
たとえ、誰も彼もが『そいつ』を許しても、手を差し伸べても。
七原秋也だけは許さないし、伸ばさない。未来永劫に、憎み続ける。
『こんな不条理を敷いた者が許されてしまう世界』なんて、認めない。
クラスメイトが。川田章吾が。中川典子が。赤座あかりが。竜宮レナが。船見結衣が。白井黒子が。
彼らを失わせる『理不尽』そのものが肯定されるなんて、認めないと決めた。

菊地は、肯定も否定もしなかった。
菊地自身が手を汚す側に回ると宣言した手前、否定できないのかと七原は思った。
しかし、菊地は荷物を探す手も止めて、硬直していた。

「おい」

そう言った声が、震えていた。

その手に握られていたのは、切原赤也と、白井黒子の遺体から回収された携帯電話だった。
その携帯電話は、点滅を繰り返していた。
メールの受信があることを示す、点滅だった。


◆   ◆   ◆


白井黒子も、切原赤也も、放送の後にメールを読まなかったことは責められないだろう。
切原赤也は、仕留めそこねた標的がいた海洋研究所を目指すことばかりを考えていたはずだし、
白井黒子が慕っていた『御坂美琴』の名前が放送で呼ばれたことを、七原は知っている。

ただ、その受信されていた『天使メール』が菊地善人にとっては、最も欲しがっていたメールだったことが痛手だっただけだ。

「すぐにデパートに行くぞ」

七原はメールを読み終わるなり、そう言った。
「え……」と菊地は携帯を持ってしゃがんだまま、呆けた顔をしている。
その反応の遅さに、七原は苛立った。

「なに呑気な顔してんだよ。生きてる可能性が少しでもあるなら駆けつけるだろ。お前がさっき守りたいって言ったのは嘘か」
「いや……じゃなくて、」

すごく何か言いたそうに口をぱくぱくさせること数秒、菊地は立ち上がった。

「お前も普通に熱いこと言えるのかって驚いた。あと、俺の台詞取るな、俺より先に立つな」
「最後のは理不尽だろ! ……それに俺の空間移動(テレポート)を使った方が圧倒的に速いからだよ」

それに俺は元から熱い男だと、言うべきか迷ってやめた。
今回の殺し合いでは、ずっと冷たい側にいたことは事実だし、
誰かさんたちの影響かもしれない、と考えるのは癪だったから。

「俺も跳ばしてもらえるのか?」
「たしか白井は、130キロまでなら大丈夫だとか言ってたしいけるだろ。
さっきの喧嘩で跳び方には慣れたしな」

七原の体重は58キログラム。
菊地の体重は分からないが……見たところ体格は七原とそう違わないから、70キロを超えるということはないだろう。

「しっかり捕まってろよ。重くて疲れたら放り出すけどな」
「そっちこそ、いざとなったら戦ってもらうから覚悟しとけよ。なんせお前、菊地様の後輩でも中学生でもないんだからな」

同い年の中学生と、非中学生の二人。
肩を掴まれながらの歩みは、やがて駆け足となり、そして跳躍(テレポート)へと切り替わる。
加速していく。周囲の景色が飛んでいく。
おそらく時速百キロをゆうに超える世界だ。
仮に一秒で80メートル移動するとすれば、最高時速はいくらだろう。
80かける60かける60だから……とっさに暗算はできないが少なくとも250キロを超えることは間違いない。

一人ではない速さで、守りたいものの元へと跳ぶ。

自分らしい速度で。我儘を貫くために。
我が、儘に。

【C-6 ホテル近辺/一日目・夜中】

【菊地善人@GTO】
[状態]:『悪役』
[装備]: ニューナンブM60@GTO、デリンジャー@バトルロワイアル、越前リョーマのラケット@テニスの王子様、無差別日記@未来日記
[道具]:基本支給品一式×6、ヴァージニア・スリム・メンソール@バトルロワイアル 、図書館の書籍数冊(大東亜共和国の書籍含む) 、カップラーメン一箱(残り17個)@現実 、997万円、ミラクルんコスプレセット@ゆるゆり、草刈り鎌@バトルロワイアル、
クロスボウガン@現実、矢筒(19本)@現実、火山高夫の防弾耐爆スーツと三角帽@未来日記 、メ○コンのコンタクトレンズ+目薬セット(目薬残量4回分)@テニスの王子様 、売店で見つくろった物品@現地調達(※詳細は任せます)、
携帯電話(逃亡日記は解除)、催涙弾×1@現実、死出の羽衣(使用可能)@幽遊白書、バールのようなもの、弓矢@バトル・ロワイアル、矢×数本
遠山金太郎のラケット@テニスの王子様、よっちゃんが入っていた着ぐるみ@うえきの法則、目印留@幽☆遊☆白書、乾汁セットB@テニスの王子様、真田弦一郎の帽子、銛@現地調達、穴掘り用シャベル@テニスの王子様
基本行動方針:皆に『未来』を、『先輩』として恨まれようとも敵を排除する
1:一刻も早くデパートに向かい、杉浦を救ける
2:常磐達を許すつもりも信じる気もない。
3:落ち着いたら、綾波に碇シンジのことを教える。
[備考]
※植木耕助から能力者バトルについて大まかに教わりました。
※未来日記の契約ができるようになりました。

【七原秋也@バトルロワイアル】
[状態]:頬に傷 、『ワイルドセブン』であり『大能力者(レベル4)』
[装備]:スモークグレネード×1、レミントンM31RS@バトルロワイアル、グロック29(残弾5)、空白の才(『同調(シンクロ)』の才)@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式×5(携帯電話に、首輪に関する考察とこれまでの行動のメモあり) 、二人引き鋸@現実、園崎詩音の首輪、首輪に関する考察メモ 、タバコ@現地調達、月島狩人の犬@未来日記、第六十八プログラム報告書@バトルロワイアル、ワルサーP99(残弾11)、裏浦島の釣り竿@幽☆遊☆白書、眠れる果実@うえきの法則、、ノートパソコン@現地調達
基本行動方針:このプログラムを終わらせる。
1:一刻も早くデパートに向かう。
2:走り続けられる限りは、誰かとともに走る
3:バロウ・エシャロットや我妻由乃といった殺し合いに賛同する人間は殺す。
4:プログラムを終わらせるまでは、絶対に死ねない。
[備考]
白井黒子、切原赤也と『同調(シンクロ)』したことで、彼らから『何か』を受け取りました。



[全体備考]一日目・夜中(ホテルが崩壊した時間)に、秋瀬或の『The rader』が書き変わります。次の放送で呼ばれる人物が一人減ります。




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――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 七原秋也
――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 菊地善人


最終更新:2021年09月10日 22:45