パラドックスワールド ◆JMyWwb3Ogc
――新しい明日はまだかしら。
そういえば、と振り返る。
もうあの日常には戻れない、と誰かが言った。
だとしたら、これが非日常だとするならば、私の日常とはどのような形をしていただろうか。
ここに来るまでいったい、どんなふうに生きてきたっけか。
冷たいドアノブを握る手に、力を加えつつ考える。
振り返ればそれは、ごく当たり前の平穏だったように思う。
ゆりゆるやかに一年がたって、また同じような一年を迎え、それを繰り返しゆりゆららと続けていく。
ざっくばらんに言ってしまえばサザエさん時空のような。
カッコつけて言えば、時の止まらない永遠、みたいな。
私の、船見結衣の日常とは、そんなものだったように思う。
特に、取り立てて話すような凄いエピソードはない。
隠された超能力とか、ビックリするような才能とか、熱血青春な夢とか、私にはない。
中学生にして一人暮らししているとか、その程度だ。
普通の人が当たり前にやっていることを、全部真剣にこなす。
私がやってきたことと言えば、だたそれだけ。
私は曲がったことが、どうにも、出来ないから。
あとは……個性的な友達が何人かいたくらいか。
とはいえ彼女達と過ごす、娯楽部という非公式なクラブ、というかただのたまり場のような空間での、ひととき。
それが私の日常に代表されるワンシーンであることは、違いないんだろうな。
部室の光景は毎日毎日見慣れすぎていて、簡単に思い描ける。
そこにはまず、みんなの中心で明るさを振りまく歳納京子がいて。
次に京子に突っ込みを入れたり、私を頼ってくれたりする後輩の吉川ちなつもいて。
ちなつと同級生で幼馴染の、とってもいい娘な赤座あかり。三人が笑ってる。
また、時には面白い駄洒落で笑わせてくれる杉浦綾乃や他の生徒会の人たち。
それら騒がしいメンツをほんのちょっぴりだけ遠くから、見つめる私。
……のはずが、いつの間にやら京子によって私さえも巻き込まれている状況、とか。
大事件なんて起こらない。
騒がしくもつつましい、そしていつまでも変わらない生活こそが、私の日常だった。
ずっと続いていくはずの、ありきたりな、ゆるい毎日。
私はそれを、気に入っていたのに……。
殺しあえ。
などと、唐突に言われた。
他にもいろいろと言われた気がする。
だけどよく、憶えていない。
なんだか衝撃的すぎて、頭がほとんど真っ白な状態で聞いていたから。
言われたことは徹底的に非現実的で、だから逆に何かの冗談じゃないか、とも思ったけど。
いまだに、心臓の鼓動は早い。ずっとバクバクいってる。
正直、凄く怖くて、そして心細かった。
だってこれ、少なくとも今まで無かった大事件ってことは間違いなく。
そしてもしも悪い冗談じゃなく本当の話だとしたら、この先待っているのは、とても怖い出来事に違いない。
私の日常が変わろうとしてる。
ずっと続いてきた平穏な日々が終わろうとしてる。
当たり前が当たり前で無くなって、全部崩れ去る。
そんな予感が振り払えない。
だとすれば、それは嫌だなって、私は素直に思うんだ。
やめてほしい。
壊さないでほしい。
私の好きだった日常を。
変わらず続く筈だった日々を。
と、私はあまり余裕のない心境で、切に願っているのだけど……。
「やあ、初めましてだね」
どう思っているんだろう。
いま私の目の前でケータイを弄くりながら、何でもないように気さくに話すこの人は。
「僕は中学生探偵、秋瀬或」
そんなふうに名乗った彼は、
いったい何を考えてそんなに、平然としていられるんだろう。
◆ ◆ ◆
――新しい私はどこかしら。
そういえば、と振り返る。
私達の中心には常に京子がいた。
娯楽部の部室がとても賑やかな場所であったことに、おそらく彼女の存在は欠かせない。
いつも、持ち前の明るさが周囲を暖かく照らすようで。
お馬鹿でノーテンキに見えて、そんな彼女に私を含めた娯楽部のみんなは沢山の元気を分けてもらっていたんじゃないだろうか。
少なくとも、多分、私は彼女に色々と助けられていて。
彼女がいないと駄目で、その事に、恥ずかしいから普段は言わないけど、とても感謝していたりする。
あ、いま、何となく気づいた。
そうか、今がこんなにも心細いのは怖いからってだけじゃなくて、あいつの存在が感じられないからか。
こういうときこそ、私は京子にいてほしい。
道に迷って、気味の悪い路地裏に出てしまったようなこの状況。
でも京子が傍にいてくれれば、きっと私は安心できるに違いないから。
……なんて、な。
こんな情けないことを考えてしまう時点で、けっこう私は追い詰められているのかもしれない。
暗い想像はやめよう。見ていても、多分プラスには作用しないだろうから。
それにせめて体面くらいは、強い自分でいたかった。
まあ、無理やり強がってる私に比べ、今目の前にいる人は、とても落ち着いているようだけど。
「――自分が存在している意味について、君はどう思う?」
吹き抜ける潮風をあびながら彼、秋瀬或は尋ねてくる。
私の握る携帯電話、画面に映る地図上、そこには灯台と記されている。
どうやら私と彼はここにいるみたいだった。
私のスタート地点――灯台内部の階段上部――からはたった数歩、一枚の扉を隔てたその場所で、彼は佇んでいた。
灯台のてっぺん近くの見晴台で、秋瀬或は落下を防ぐためのフェンスの上に腰掛けている。
彼は眼下に広がる夜景を見下ろしながら、灯台内部に繋がる扉を開けてこの場所にやってきたばかりの私に、さらりと語りかけてきた。
それは学校の帰りに顔見知りと偶然会って、奇遇だねえ、と挨拶をするかのような、自然体で。
「つまりはここに呼ばれた意味、さ」
こんなにも早く他の人に会うとは思っていなかった。
対面してしばらく硬直をつづけていた私に対し、
彼はまるで調子を変えずにずけずけと話を進めてくる。
いや、というか、意味ってなんだろう。
それこそいまいち意味の分らない問いでしかも、なにぶん唐突だったものだから、
もしかすると私の表情には、怪訝さが隠しきれていなかったかもしれない。
だけど彼は爽やかスマイルを崩さぬままに、続ける。
「つまり僕達は殺し合いに選ばれた。
そこに意味があったとして。という仮定に基づく話だね」
少しだけ分りやすくした言い方で、私にもやっと彼の言葉が理解できてくる。
そして少なくとも、彼がこの話を語り続けている限りは、おそらく襲われたりする事もない、のかなと。
少しだけ力を抜くことができた。
と同時に、そんな計算を考えている自分がなんだか嫌だった。
流れる潮風が、彼を通り抜けて、私の制服と、髪を、一緒に揺らす。
その風に乗って、声は届く。
「殺しあうこと。それ以外に、僕達は何を望まれて、ここに招かれたのだろう?
僕達に役割があったとするなら、それは何だろう?
理由があるなら、僕は知りたいな」
変な人だ、と思った。
こんな状況で、最初に考えるのがそれなのか。
危機感とか、私がどういう人物かとかより、彼はふと頭に浮かんだような疑問の解決を優先してる。
「探偵だからね」
何故と聞く前に、即答だった。
「世界一の探偵になることが僕の夢さ」
ああ……じゃあ私とは違うんだなと。
その言葉一つで、私は彼の超然さを納得していた。
この人は特別な夢をもっていて、特別を望む人。
なら、変わらない平穏を願う私とは、どこか根本的に違うんだろう、たぶん。
「事件の解決が探偵の役目だからね。
そして、謎があれば解き明かしたくなるっていう、性質もある」
彼の表情は最初からずっと、柔らかな微笑のまま。
だから私は善意も悪意も見つけられない。
近寄ることも、逃げることもできずに、じっと語りを聞くことしかできなかった。
「その点、このゲームは実に謎だらけ。骨が折れそうだよ。
だからね。君に、捜査協力を頼みたいんだ」
協力……。
何をさせられるのか。
「なに、簡単なことさ。一つ質問に答えてくれればそれでいい。
さっきも聞いたことだよ。
君は、君がここに存在する意味についてどう思う?
あるいは、君がここに呼ばれた理由はなんだい? と、言い換えてもいい。
僕ら一人ひとりに意味があるとすれば、そのパーツが揃ったとき、この謎は暴けるだろう」
意味……私がここにいる。意味って何だろう。
理由……私がここに呼ばれた。理由って何だろう。
考えてみれば全然、全くわからない。
そもそも私がここに呼ばれた理由なんて、私の方が聞きたいくらいだ。
「神に等しい力を得よと、僕らは言われた。なにか心当たりは――」
ないよ。
むしろそれこそ違和感だ。
神の力とか。
そういうのほど私や私達に無縁なお言葉もありはしない。
私は絶対に、他のみんなも多分そんな非日常な物より、あの平平凡凡な日々が好きだったに違いないんだからさ。
「神に等しい力を与えるだなんて、言い出す奴はどんな奴だと思う?」
それは……神になりたい人か、あるいは。
「神がほしい人、かな。知り合いにいる?」
いるわけない。
「じゃあ、神をやめたい人。つまり神様はどう?」
いるわけないよ。
この人にはいるのだろうか。
「いるよ。神様には一人、知り合いがいる」
そんな突拍子もない事を語るときすら、彼からは真剣みが感じられず。
冗談で言っているのか、はたまた本気か、よくわからない。
……いや、冗談だとは思うけども。
「なるほどね。しょうがない、か。
なら君個人の役割でもいい。教えて欲しいな。
君だけが持っている特別なこと。
出来ること、やるべきこと。
君をここに呼んだ人は、きっとそれが見たいのだから、ね」
そう、なのかな。
だとすれば、きっとその人は残念がる事だろう。
私は要望に応えられそうにない。
だってやっぱり、まるきりさっぱり、私がここに呼ばれた理由なんて思い浮かばないから。
やるべき事とか思いつかない。
望むことはただ一つ、どうかこの良く分らない現象が悪い冗談で、早くあの緩やかな私の日常に帰る事ができればと……。
「思いつかないのかな。
僕から見れば君は十分に、普通の人とは違う存在かも、と感じるけどね」
まさか、だよ。
確かにちなつなどは私を良く言ってくれるけど、私は普通の人間だ。
普通の人間が普通にこなすことを真剣にやってるだけ。
だから神様が期待する私だけの役割とか言われても、まるでピンとこないのだ。
いったい私を選んだ人は――いたとすればだけど――何を考えていたのやら。
特別な何かだなんて……。
まあ、京子なら……まだ少し分らなくもないけれど。
「ふむ」
結局、何一つ浮かばなかった私に見切りをつけたのか。
ふと顔を上げれば、秋瀬或はフェンスから降りていた。
けれど残念そうな様子もなく、すたすたと私の目の前まで来ると、
「だったら、次に会うときまでに考えておいてくれ。会うことがあれば、ね。
悪いけど僕はもう行かなくちゃ行けない。
駆けつけなければならない、友達がいるから」
緊張する私と、あっさり、すれ違った。
耳元で、
「せめて最後に一つ、アドバイスを送ろう。
分らないときはまず手元を見るといい。
近いところから一つずつ。手がかりを追って進むのは探偵の基本だからね。
君に託された支給品。そこに君が望まれる、そのヒントがあるかもしれない」
ただ、最後にたった一言。
置き台詞を残して……。
「例えばだけど――――僕は、これだったよ」
すれ違い際の一瞬、彼は手に持っていたケータイの画面を翳し、私に見せた。
そしてザザザッという、耳の痛むようなノイズの音を鳴らしてから。
すっと、すり抜けるようにして、私の背後、灯台の階段を下りていく。
結局、言いたいだけ言って、秋瀬或は去っていった。
潮風の中に、私一人を置き去りにして。
何故か私は動けずにいた。
今からでも追って、もうちょっと話を聞いたほうがいい。
少なくとも一人でいるよりは、誰かと一緒にいた方がいいかもしれない。
そんな思いは、あったけれど。
彼の足音が聞こえなくなるまでずっと、私はそこで立ち尽くしていた。
目には、彼が最後に見せた薄荒い文面が、焼きついていた。
それは――
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Day:Last
全て終わった。
みんな死んだ。
僕も殺される。
~ALL DEAD END~
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◆ ◆ ◆
――新しい明日はまだなのね。
そういえば、と振り返る。
今より以前に、私の日常が変わったのはいつの頃だったろうか。
もう、具体的には思い出せない。
変化はいつの間にか行われていて、気がつけば今の形になっていた。
だけど『むかし』はいまと、そこそこ違っていたと、それはハッキリと憶えている。
今とは違うむかしの話。あれはまだ小学生だった時期のこと。
あの頃はまだ、京子は今とは違っていた。
怖がりで、オドオドとしていて、よく泣く子だった。
私やあかりが、彼女を守るような立場だった。
それがいつからだろう、今の関係に変わったのは。
私の方が彼女に、何かを与えられるような関係になったのは。
きっかけも、理由も、今はもう、よく思い出せないけれど。
だけど、確かにそこに変化はあった。
ずっと続いてきたような、繰り返してきたような、永遠みたいな私達の日常も、少し振り返れば決定的な違いがあったのだ。
なら、これから行われるものは、わたし達に訪れる二度目の変化、ただそれだけのことなのかもしれない。
止まっていた針が動き出す。
背景は切り替わっていく。
いつか思いを馳せたような、見たこともない明日が迫っている気がする。
これもまた、当たり前の事かもしれなくて。
それでも、向う場所は暗すぎるように思えた。
私は感情を表情にしないように耐えながら、
秋瀬と名乗った少年をなるべくゆっくりと追うように、灯台の螺旋階段を下りていく。
一番下まで降りきって、彼がいないと確かめて、外に繋がる扉を開けたとき、
始まるものはとてもとても怖いもののような、嫌な予感がどんどん強まっていた。
あのケータイの画面が今も、目に焼きついて消えなくて。
なんだか不安で、心細くて、怖くて。
やっぱり早く、京子や他のみんなに会いたくて。
いまだけは、特別のない私が嫌かもしれない。
できることは、きっと少ないだろう。
どれだけ考えても、私の役割なんか思いつかない。
今まで通りやるくらいしか、浮かばなかった。
私はここでもきっと、曲がったことは出来なくて、
せいぜい真剣さしか、見せられないだろうから。
それじゃあはたして、私を呼んだ神様はそんなものが見たいのだろうかと。
外に繋がる扉を開ける前、私はふと足を止めていた。
そうして頭上、螺旋階段の続く先を、なんとなく見上げている。
だけどもちろん、そこに答えをくれる神様なんて、いなかった。
【A-4/灯台内部/一日目・深夜】
【船見結衣@ゆるゆり】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:基本支給品一式、不明支給品(0~3)
基本行動方針:友達に会いたい。
1:……。
【A-4/灯台外部/一日目・深夜】
【秋瀬或@未来日記】
[状態]:健康
[装備]:未来日記(詳細不明、薄らと映る未確定エンド表記)
[道具]:基本支給品一式、不明支給品(0~2)
基本行動方針:この世界の謎を解く。
1:……。
最終更新:2012年01月07日 13:52