天使みたいにキミは ◆7VvSZc3DiQ
目を閉じたまま夢を見る。何時とも知れない夢だ。
夢の中で僕はただ座っていた。何をするでもなく、何をしたいわけでもなく、ただぼんやりと座っていた。
座ったまま、僕はこれが夢だということに気付いている。
夢――僕は、どうしてこんな夢を見ているのだろう。
夢は願望の裏返しだという。ならば、この夢はいったい何を表しているのか。
何もしていない僕は、何もしたくないと、そう願っているのだろうか。
違うと思う。多分、違うはずだ。
夢の中のせいでぼんやりとしか考えがまとまらないけれど、僕には何かしたいことがあったはずなんだ。
だけどそれが何なのか分からない。僕は何を求めていたんだろう。
欲しいものは、沢山あった――ような気がする。
特別なものが欲しかったわけじゃなくて、当たり前なものを当たり前に持つことに憧れていた。
当たり前になれなかった僕は、持っていて当たり前のものさえ取り零してばかりだったから。
◇
意識を取り戻した時、視界に入ったのは見知らぬ天井だった。
「ここは……」
「――あ、起きた?」
誰に向けたわけでもない呟きに、反応したのはどこか溌剌さを感じさせる女性の声。
声の方へ目を向けると、セーラー服に身を包んだ少女と視線が合った。
こちらを見つめるその瞳を眩しく感じて、思わず目をそらす。
暗い部屋の中で人の目だけ光るだなんてこと、あり得ないはずなのにそう感じてしまったのだ。
「……ッつ」
「っと、大丈夫? なんだかうなされてたみたいだけど。まだ無理しないで寝てていいわよ」
僕が寝ていたのは、とあるベッドの上だった。周囲を見てみると同様のベッドが等間隔に並んでいる。
僕はこの景色をよく知っている。
まるで人間味に乏しい、白で無理矢理に塗り潰されたこの部屋は、かつて僕が入院していたときのあの病室にそっくりだった。
……でも、どうして僕は病院なんかにいるんだろう。そしてこの娘は、いったいどうして僕のそばにいるんだろう。
身体を起こしながらまだ覚めない頭で考えているうちに、僕は思い出した。
「僕たちは……殺し合いをさせられてるんだっけ?」
何も分からないうちに殺し合えと命令されて、ここへ連れてこられたのだった。
運ばれているうちに僕は意識を失ってしまっていたらしい。自分ではベッドの上に移動した記憶なんか欠片もない。
ということは、目の前の女の子が僕をベッドの上まで運んで、目が覚めるまで看病してくれていたらしい。
ありがとうという感謝の気持ちよりも、申し訳無さのほうが先に立つ。
そして、疑問も。僕たちは確かに殺し合えと言われたはずなのに、なら僕と彼女はお互いに殺し合う相手同士なはずなのに、どうして彼女は僕を助けた?
率直にその気持ちを彼女に伝えると、微笑みを返された。
殺し合えなんて言われたって、どうして私たちがそんなことをしなくちゃいけないんだと、彼女は言う。
それよりも、と彼女は話題を別の方向へと持っていく。
「あなた、名前は? あたしは雪村螢子。よろしくね」
「……渋谷翔」
無愛想に返事を返し、差し出された手を無視しても、彼女は僕に対する笑みを崩さない。
僕が黙ったままでいると、彼女の方から色々な話をしてきた。
彼女もまた、何も分からぬうちにここへ連れてこられたらしい。
しかし、殺し合いなんかに参加するつもりはないという。どうにかしてここから逃げ出すことはできないか、協力者を探すつもりなのだ。
彼女は一人ぼっちではなかった。信頼出来る知人の名前も携帯電話に載っていたらしい。
浦飯幽助と桑原和真という二人の男性の名前は僕の知らないものだったが、彼らの名前を呼ぶ彼女の声には、確かな信頼が込められていた。
彼女に倣って僕も携帯電話を操作してみる。
僕の知り合いは――いた。彼女のそれよりも多い。
だけど僕は、彼女のように知り合いを信じるなんてことは出来ない。
どうしてと彼女は聞く。
むしろ、僕のほうが尋ねたい。どうして君は、他人を信じられるんだと。
世界は悪意に満ちている。人と違えば弾き出され、人より劣れば虐げられ、人より優れば妬まれる。
そんな世界で僕は生きてきて、いつしか世界を憎むようになった。
世界に居場所を求めるから辛くなる。世界を嫌えば、居場所なんてなくていい。何も気に病むことはない。
性善説だなんて反吐が出る。人は生まれもって悪なのだ。無論、僕自身も。
だから――僕に彼女の考えは理解出来ない。
そんな目をする彼女も、僕の考えを理解出来ないだろう。僕らは平行線だ。決して交わることがない。
だからこの対話には、何の意味もない。
僕にはやりたいことがないのかもしれない。
でも、僕は自分がやるべきことを分かっている。あの人が、教えてくれたから。
僕は天使なんだ。天使は世界を祝福し、正しい方向へと導く。
悪意に満ちた世界を変えて、悪に塗れた人を粛清する。
それがあの人――大門美鈴さんに教えてもらった僕の役割。
だから僕は、やるべきことを実行する。
彼女の無防備な胸に、すとんとナイフが刺さった。
彼女は小さく呻くと、僕の手からナイフを取り上げようと懸命に足掻く。
いくら僕が小柄だといっても、男女の絶対的な体力差はそう簡単に覆せるものではない。
ずいと深く刃を刺し込むと、びくんびくんと心臓が跳ねる感触が手に返ってきた。
びくん、と最後に大きく脈動し、彼女の身体はずさりと僕に覆い被さってくる。
僕の胸に湧いたのは、小さな感慨だった。次いで大きな感動が胸を満たした。
生まれて初めての解放感に、心が躍った。この感情の源泉がいったいどこにあるのかどこから来るのか。
『声』が何を言っていたのかを、ようやく思い出す。
神の座を得よ――そう言っていたのだ。僕は神になるのだ。
天使なんかじゃない。もっと上位の存在に。そうすればきっと大門さんはもっと僕を褒めてくれる。認めてくれる。
昂ぶる高揚を身の内に収めきれず、僕は笑った。こんなに大きな声をあげて笑うのは久しぶりかもしれない。
僕は、僕は――!
視界の隅に何かが映って、それが何かを確認する前に僕の視界は勝手に回転し、闇にとぷんと落ちた意識はもう二度と浮かび上がらなかった。
◇
死体は、二つになった。雪村螢子は胸の傷から命を流し失い、渋谷翔は笑ったまま首をあらぬ方向に曲げている。
生きているのはただ一人。渋谷翔を殺害せしめた少年が、ただひとり立ちすくんでいる。
少年の名は――浦飯幽助。
「おい……起きろよ、螢子」
渋谷翔の頚椎を一撃で破壊した拳が、今は優しく開かれ雪村螢子の肩に置かれている。
幽助の左手に握られた携帯電話の画面には、拡大された地図画像と赤く光る三つの光点が表示されていた。
これが、幽助に支給されたアイテム――半径百メートル以内に存在する携帯電話を探知するGPS拡張ソフト。
幽助がこの支給品に関する説明を読んだ時、まっさきに考えたのは雪村螢子を探すことだった。
皮肉にも――その目的は、早々と達成されたことになる。『生きた』雪村螢子と出会うことは叶わなかったが。
幽助がいくら呼んでも、螢子が返事をすることはない。
愛する人が呼ぶ声に、死の寸前で息を吹き返すという奇跡も、起こらない。
師である幻海がいつぞや見せたように己の霊力を通じて生命力を注ぎ込むも、既に失われた命を取り返すには至らない。
魂が抜けた肉塊になっていくさまを、ただただ眺めることしか出来ない。
目前の死に対して、少年はあまりにも無力だった。
どれだけの時間、座り込んでいただろうか。
意を決したように、少年の目は輝く――とある決意を奥に秘め。
【雪村螢子@幽☆遊☆白書 死亡】
【渋谷翔@GTO 死亡】
【G-4/病院内部/一日目・深夜】
【浦飯幽助@幽遊白書】
[状態]:呆然
[装備]:携帯電話(携帯電話レーダー機能付き)
[道具]:基本支給品一式
基本行動方針:???
[備考]
渋谷翔が雪村螢子殺害に使用した血塗れのナイフ@現実が周辺に落ちています。
基本支給品一式×2、不明支給品(1~3)がベッドのそばに置かれています。
【携帯電話レーダー機能】
携帯電話の基本機能であるGPSソフトの機能を拡張したもの。
半径百メートル以内に存在する携帯電話に反応し、赤い光点として地図上に表示する。
START |
雪村螢子 |
GAME OVER |
START |
渋谷翔 |
GAME OVER |
START |
浦飯幽助 |
冷たい病院の時は動きだす |
最終更新:2012年03月12日 00:14