情報交換という名の、何か ◆j1I31zelYA
理由も分からないまま、背後から襲われるという経験は、実のところ初めてじゃない。
少し前にいた合宿でも、練習の合い間の休憩中に、いきなり背後から打ちこまれたことがある。
それも、当たったらちょっとただじゃすまない、強烈なサーブを。
あの時は庇ってくれた人がいたけど、今回は間に合わなかった。
それでも、初めてじゃなければ、体が覚えていることはある。
避けられなかったけど、『何かが来る』という気配のようなものは感じた。
ひゅん、とブラックジャックの風切り音が聞こえた時、体は反射的に回避しようとした。
回避できずに一撃を受けたけれど、それでも脳震盪の衝撃を軽減することはできた。
だから、間に合った。
まさに絞殺されようとしている綾波レイを、助けることができた。
「大丈夫?」「くぇー?」
「平気。そっちは?」
「……大丈夫」
平気とは言ったものの、しばらく座ったままじっとしていた。
まだ頭の『揺れ』は残っている。
脳震盪に陥った時は、迂闊に動かさない。応急処置の常識だ。
レイが、リョーマのすぐ近くに座った。
首に、手の跡が赤く残っていた。
白く冷たい手が、リョーマの頭の後ろを触った。
「こぶができてる……」
「ん……」
「助けてくれて、ありがとう」
「別に……こっちが油断してたのが悪いんだし」
そう、部長がよく使う言葉だが、正に『油断していた』のだ。
いくら『綾波レイの知り合い』だったからといって、あんなに簡単に隙を晒していいものではなかった。
レイが時間を稼がなければ、リョーマはとっくに殺されていただろう。
……もちろん、レイの方はリョーマを助けようとしたというより、自分の事情で退けなかったのだろうけど。
冷たい手が、頭から離れる。
スキンシップで撫でられるのは苦手なのだけど、手の冷たさは気持ち良かったので、少し名残り惜しい。
レイは、あさっての方を見ていた。
アスカという少女が走り去った方角だった。
(あ……)
そこには、小さな発見があった。
綾波レイの、眼の色の変化。口元の変化。眉の角度の変化。
ひとつひとつの変化は微細なものだったけれど、表情にはまぎれもない『憂い』が見えた。
(表情、変わるんだ……)
感情があるんだから当たり前のことなのに、驚いた。
驚いたけれど、嫌な発見ではなかった。
出会ったときは、今にも消えてしまいそうなほどに、エネルギーが希薄だったから。
表情らしい表情もなく、とても危なっかしく見えたから。
……こんな時に、不謹慎な発見かもしれないけど。
顔見知りに殺されかけて、ショックを受けない人間は普通いない。
どう声をかけたものか思案して、額に手をあてる。
頭の『揺れ』は、だいぶ収まっていた。
歩くぐらいなら問題ないと判断する。
「少し移動するよ。道の真ん中にいても危ないし」
「うん……」「くぇー」
いつまでも座り込んでいては、襲撃者のいい的だろう。
さっきの一件もあり、道の真ん中を歩くのは避けて、ガードレールの外に出る。
レイは無表情に戻り、リョーマの半歩後ろをついて来た。
何か言うべきなのか、迷う。
リョーマは基本的に、人を慰めることに不慣れだ。
協調性に欠ける性格だったこともあるし、周囲の先輩が自分の面倒を自分で見られる精神的強者ばかりだったのもある。
というか、他人の面倒をみた経験自体が、少ないのかもしれない。
アメリカを旅していた時は1人でやっていけたけど、逆に言えば、守るものは自分だけで良かった。
しかし、今しがた殺されかけた少女にそういうことをしないのが、人として問題なのは分かる。
何を言うべきか迷い、そもそも少女たちの事情をほとんど知らないことに気づいた。
なんであんな争いに発展したんだろう。
『エヴァンゲリオンのパイロット』というのが、関係しているのだろうか。
……いや、そもそも。
「エヴァンゲリオンって、何?」
反省。
なまじ会話が苦手だった為に、詳しい情報交換をすっかり忘れていた。
◆
「あの、顔、近くありませんか……」
「ごめん、距離感がよく分からなかった……」
路傍の街灯の下で、制服を着た男女が身を寄せ合っていた。
少女――杉浦綾乃は、男慣れしていない恥じらいで顔を赤くしている。
しかし、少年――菊地善人は、それに気づくそぶりを見せていない。。
彼は今、『照準』を合わせることに、全神経を集中しているのだから……
「そ、それにっ、こんなにくっつく必要もないですよ。これだけ距離があるなら、ちゃんと全部入ります」
「そうなのか? こんなに小さいのに、すごいんだな」
「あの、菊地さんが不慣れなのは分かりましたから、まずはやってみればいいんじゃないですか?
別に、失敗が許されないわけじゃないんだし」
「そうだな。悪い、オレも初めてのことだから、柄にもなく興奮しちまった。
……やっぱり杉浦にやってもらった方が良かったな。どうしても手元が震える」
「あ、大丈夫ですよ。自動で補正してくれるんで」
「へぇ……便利になったんだな。じゃあいくぞ。3、2、1「くえぇぇっ」
甲高い鳴き声に、ベンチから飛び跳ねた。
がばっと振り向くと、ガードレールの向こう側にペンギンがいた。
何故、森の中にペンギン?
「こら」と叱ってペンギンを抱え上げたのは、小柄な少年だった。
青と白を基調にしたジャージ姿に、白い帽子。
すぐ隣には、青みがかった髪に赤い瞳をした少女。こちらは、綾乃と同い年ぐらい。
2人組は、『敵意がなさそうな人達で良かったけど、さぁこれからどうしよう』と目線で相談するように、顔を見合わせていた。
口を開いたのは、少年の方だった。ぺこりと頭を下げる。
「えっと……邪魔してすんません」
その不可解な言葉に、まず綾乃は首をかしげる。
『邪魔』って何のこと?
菊地が問う。
「いつから見てた?」
「顔が近いとか言ってたあたりから。
さっき乗ってない振りしてた人に襲われたばっかりなんで、声かける前に様子を見ることにしました。
何かいい雰囲気だったので声かけられなくなりました」
いい雰囲気という言葉で、自覚する。
たった今、自分たちは、背後からどう見えていたのかを。
ベンチに身を寄せ合うようにして座り、
『顔が近い』だの『初めて』だの『興奮』だのと言葉を交わす十代半ばの男女。
――ぼっ
「なっ、なっ、それは……あぅ……」
自分を客観視したことで真っ赤になった綾乃を見て、
菊地が慌ててフォローした
「勘違いさせたみたいだけど、オレたちは携帯で写真を撮ろうとしただけだぞ」
◆
菊地善人に支給された携帯電話は、大きな液晶が特徴的な、いわゆるスマートフォンだった。
菊地は機械の扱いを得意としており、特にPC機器に関しては一家言持っている。
その不可思議な形の端末に、夢中になった。
1600万画素はあるだろう美しい液晶に、タッチパネル式で切り替わる画面。
ずいぶんとハイテクな携帯だな、と感想を言った。
しかし、綾乃が答えた。
普通でしょう? 私も持ってますよ、と。
菊地はその言葉に驚く。
日本では、ようやく折り畳み式の携帯電話が民間に普及し始めたばかりだ。
つい、尋ねていた。キミは西暦何年から来たのかと。
綾乃が不思議そうに答えた暦は、菊地の時代と10年ばかりも開きがあった。
困惑した2人は、やがて主催者の《声》を思い出す。
『君たちの中には、馴染みがない者もいるかもしれないが――心配する必要はない。
君たちは既に、携帯電話に関する知識を持っているはずだ』
主催者はそう言っていた。
そして、その言葉通りに、菊地はスマートフォンの使い方を知っていた。
より正確に言えば、地図や灯りとして必要な、GPSやライト機能の使い方を知っていた。
もちろん、GPSシステム自体は菊地の時代から存在したし、だからそれがどういうものかは知っている。
しかし、そういう『知識』とは違った意味で、知っている。
菊地善人は、『
現在位置を知りたいから携帯のGPSを使おう』というレベルで、それを使うことができた。
まるで、『使い方を頭に組み込まれた』ように、それを『あって当然のもの』として使えた。
頭の中をいじられたという現実に、ぞっとしなくないと言えば嘘になる。
しかし、それとは別として『必要ではない機能』の使い方は、知識に入っていなかった。
例えば、『動画撮影』だとか『連続パノラマ撮影』だとかは、完全に未知の領域だった。
ベンチに座って考察していたはずが、つい使い方を教えてほしいと綾乃に頼んでいた。
だってほら、十年後の次世代型ゲーム機が眼の前にあったら、プレイしてみたくなりませんか?
ただ、手慣れた様子で携帯を操作する綾乃の手元に見入る内に、無礼な距離まで近づいてしまったのは反省している。
結果が、あの『勘違い』である。
しかし、おかげで分かったこともあった。
主催者は、『支給品を使う為に必要な知識』しか、与えていないのだ。
つまり――、
「つまりオレたちは――この4人だとオレだけは、《未来の携帯電話》の知識をもらってる。
でも、パソコンや他の機械類については、そうじゃない」
『4人』とは、ついさっき邂逅し、今は三叉路近辺のファミレスにいる4人。
自己紹介もそこそこに、情報交換を行っている面々である。
菊地善人。杉浦綾乃。越前リョーマ。綾波レイ。
全員が、程度の差こそあれ脱出を志向し、また探すべき仲間も抱えている。
まずは腰を据えて情報交換しましょうと、一番手近な建物に入った。
「機械って……首輪のこと?」
合いの手をうったのは綾乃だ。
道中で、首輪の解除法についてあーだこーだと話し合っていただけに、その理解が早い。
「そう。正確に言えば、首輪を『遠隔爆破する為の機械』ってことになるんだけどな」
菊地は、レイとリョーマにも分かるように、前提となる考察を離した。
意に背いたことをすれば爆破すると脅している以上、主催者はこちらを見張っていると考えるべきだろう。
50人余りもの参加者に首輪を取りつけ、これだけ広大なマップの上を自由に動かす。
そしてその全員を監視しつつ、反逆行動をとれば主催者の任意で遠隔爆破する。
これだけ大規模なシステムなら、コンピュータ制御で動いている可能性が高い。
だとすれば、ハッキングによって首輪のデータを解析したり、クラッキングによって爆破システムを破壊するといった解決策が考えられる。
……もちろん、これはあくまで『菊地以上のクラッキング技術を持つ人材がいて』、
その上で『ネット回線がある程度使えるなら』という前提だと、断りを入れておく。
確かに菊地は、パソコンを使った違法ギリギリ行為が得意だった。
例えば、合成写真作りや『ピンクな写真のモザイク外し』はお手の物。
ハッキング知識にも、一般中学生の範疇を逸脱して詳しい。
それでも、本職のハッカーと比べれば『素人の手慰み』レベル。
実際、神崎の自殺騒動の一件では、あるホームページを落とす為に、プロのハッカーの手を借りなければならなかった。
むしろ、初見の技術でも軽々と呑みこみ、応用できる天才少女、神崎の方が、この点は頼りになるかもしれない。
話を戻そう。
この場合、『参加者の持ち得る技術レベル』が重要になる。
「主催者がどれほどの技術を持ってるのかはまだはっきりしないけど、十年あれば、技術は別物に進歩する。
特にハッキングの業界は、十年分も差をつけられたら普通は歯が立たない。
だから、コンピュータから首輪を何とかしようとアプローチするなら、悩ましいことになるかもしれない」
一息に言い終えて、菊地はサイドメニューのポテトに手をのばした。
ちなみに、テーブルの上にはファミレスの調理場から適当に解凍してきた、から揚げやピザなどのサイドメニューが色々とならんでいる。
綾乃は無銭飲食だととがめたけれど、男子2人はめったにない機会だからと次々に解凍した。
レイはそんな2人をしばらく観察していたが、やがてドリンクバーから味噌汁をよそい始めた。
曰く『食事は皆で食べた方が楽しいと聞いたから』らしい。
閑話休題。
「それって……できるだけ新しい技術を持った人で、パソコンに詳しい人が必要ってこと?」
そうコメントしたのはリョーマだった。
ペンペンがジョッキのビールを飲んでいるのを、止めた方がいいのだろうかと不安そうに見ている。
「そういうことだ。もちろん、あくまで『ハッキング』という方法で解決するなら、だけどな。
ただし、そういう人材がいない場合のことも考えて、オレもできる限りの方法は試してみたい」
「どうするの?」
レイが尋ねた。
ディパックから錠剤入りのケースを取り出して、口に含む。
支給品の食料と一緒に、元から入っていたらしい。
「病気?」とリョーマが聞いた。
投薬が必要だけど、生活に支障はないのだと、レイが答えた。
「まず、図書館でPCを探してみようと思う。
最近の図書館は、蔵書の管理にパソコンを使ってるところが多いし、俺たちの目的地とも一致する。
主催者は『条件次第じゃ携帯からネットが使える』と言ってたから、パソコンからも使えるのかを確認したい。
それに使ってみれば、ある程度は最新式のCPUに慣れることができると思う。
それから、PC関係の蔵書で、新しめの出版物があれば一応見ておく。
市販の本じゃ情報にも限界があるだろうけど、ないよりはマシだ」
3人は感心したように、ふんふんと頷いている。
それにしても……
「ずいぶんあっさり受け入れたなぁ。タイムスリップ前提の話だぞ」
菊地は『信じられない』というリアクションを予想していたのだが、しかしリョーマはきっぱりと言った。
「さっき、もっと信じられないような話を聞きましたから」
◆
汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。
レイからその正式名称を聞いたリョーマは、リアクションに困った。
人に説明するとなると、もっと困った。
いや、菊地たちに主に説明したのはレイだった。
しかし、その説明が、あまりにも『電波』だったのだ。
「使徒は第三新東京市に襲来する、人類に近似した遺伝子の生命体。共通する特徴は、内部にコアがあり、ATフィールドという防壁でそれを守っていること」
「よーするに、東京を襲う怪獣がいて、エヴァに乗ってそいつらと戦ってるらしいッス」
「なんでそんな秘密兵器のパイロットに、一般学生が選ばれるんだ?」
「エヴァに心を開ける人じゃないとダメだから」
「……とにかく、よく分からない適正があるんだと思ってください」
万事、こんな調子だった。
どうして解説できたのかというと、道中で『エヴァ』について尋ね、電波発言を連発されたからだった。
おかげで、忍耐力が鍛えられた気がする。
ただ、菊地たちの視線が『話の通じる奴がいて良かった』みたいに向いているのは、微妙に居心地が悪かった。
『違いますから。オレそんなキャラじゃないッスから』と言いたくなるような。
リョーマだって、本当はフォローが得意じゃないのだ。むしろ、いつもはフォローされる側の人間なのだ。
協調性の『き』の字もない発言をして、先輩から呆れられるポジションのはずだ。
しかし、そのフォローしてくれる側の先輩が、今はいない。(部長は探せばいるのだろうけど)
レイはまだ危なっかしいところがある。
ここは自重しなければいけないところなのだろう。
ともかく、2人はレイの住む世界の話を終えた。
「人類の半分が死滅して、侵略者がやって来る世界か……まるでSF漫画だな」
「わたしたちにとっては、本当に起こったこと」
「それに、オレたちを襲ったアスカって人も、エヴァンゲリオンのパイロットだって名乗ってました。
綾波さんとその人が口裏を合わせる暇なんてなかったし、作り話じゃないッスよ、たぶん」
「なるほど。つまり……時代が違うだけじゃなく、違う『世界』からも呼ばれた人たちがいるかもしれない、と」
「それって……歳納京子は何て言ってたかしら……そう! パラレルワールド?」
それなりに混乱はあれど、情報交換はスムーズに運んだ。
エヴァを説明したことから、派生でアスカに襲われた事情にも触れる。
殺し合いに乗った人物が実際にいたと知って、綾乃が顔を曇らせた。
菊地は顔色を変えなかった。ただ、レイに『そいつともう一度会ったら、どうする?』と尋ねた。
レイは、分からないと答えた。
でも、殺したいという気持ちはない、と付け加えた。
菊地は、それでいいんじゃないか、と肯定した。
それがきっかけとなり、話題は知人の情報に映った。
それぞれが順番に、己の知り合いについて語っていく。
「常盤には荒れてた時期があるけど、本当に人を傷つけたりすることはできないヤツなんだ。
俺の知り合いだって言えば、話は通じると思う。
渋谷に関しては、あんまり個人的な付き合いはないな。ただ、吉川はアイツと仲良かったよ。
相沢も、根っこは悪い奴じゃないんだけど、脆いところがあるからな。今、家庭が大変な時期でナイーブになってるし、どう転んじまうかは分からない」
「私の知り合いも、殺し合いなんてしないわね。特に赤座さんは、虫も殺せないような人だし」
「赤座と吉川って子は学年が違うみたいだけど、部活の後輩か何かか?」
「ううん……私以外の4人は『ごらく部』で一緒に遊んでるんですけど」
「……それ、何をする部活ッスか?」
「綾波さんによれば、碇シンジさんは、間違いなく乗らない。それでいいんだよね?」
「うん。碇くんは、そんなひとじゃない」
「くえー。くぇー」
出そろった風評を綾乃がメモに取り、残りの3人はアドレス帳の『備考』欄に書きこんで行く。
『間違いなく乗らないと断言できる人物
神崎麗美、吉川のぼる、常盤愛、歳納京子、船見結衣、赤座あかり、吉川ちなつ、
碇シンジ、鈴原トウジ、手塚国光、真田弦一郎、跡部景吾、遠山金太郎
おそらく乗らないが、対応に気を付けるべき人物
切原赤也、相沢雅
保留
渋谷翔
殺し合いに乗った人物。
式波・アスカ・ラングレー』
全員の持ち得る情報がすべて公開されたところで、菊地が仕切り直した。
「じゃあ、最後に今後の予定の話をしよう。
オレたちはさっき言ったように、図書館に向かう。
越前たちは中央を目指してるんだったな。だったら、ひとつ寄って欲しいところがあるんだ」
「「どこ?」」
菊地が携帯のGPS画面で示したのは、地図のやや北西にある海洋研究所だった。
菊地は、当初のプランで図書館か海洋研究所の調査を予定していたことを説明する。
「研究所なら、地図の中心付近からそう遠くないと思ってさ。頼めるか?」
「別にいいッスよ。中心を目指してたってだけで、行き先のアテがあったわけじゃないし」
「私も」
「くぇー」
「じゃあ私たちはどうしましょう。図書館はここから近いし、私たちの調査の方が早く終わると思いますけど……研究所で合流します?」
「いや……実は、時間ができたなら、もうひとつ行ってみたい場所があるんだ。
越前たちに研究所を任せた分、そっちに寄ってみたいんだけど、いいか?」
「目的地は任せますけど……どこですか?」
菊地は携帯を操作し、GPSの画面を南の方に動かす。
液晶画面に映ったのは、『ビル』という地名が書かれた『Hー5』エリアだった。
「この『ビル』って施設が気になる。
会場に山の中じゃなく町中を使ったってことは、『施設を好きに使ってくれ』って意図があるんだろう。
治療や休憩を取らせたり、人の集まりそうな場所を用意して、殺し合いを加速させたり。
でも、ざっと地図を見る限り『ビル』だけがどういうランドマークなのかはっきりしないんだ。
もちろんGPSの不備なのかもしれないけど、主催者の意図を確認しに行く価値はあると思う。
それに、ビルに向かう頃には充分明るくなってるはずだ。
図書館で調べるだけじゃなくて、実際に高いところからエリア外を視察して損はない。
幸い、ビルはエリア南端の境界近くにあるしな」
なるほど、この位置にあるビルなら、エリア外の景色まで見えるだろう。
綾乃は菊地の案に同意した。
リョーマはピザの最後の一枚に遠慮なく手をのばしながら、話がまとまったのを感じていた。
もう片方の手でGPSをいじって、ビルの位置を確認する。
ふと、思いついた。
(オレたちが『ビル』に行って、菊地さんたちが『研究所』に行った方が確実じゃないの?)
海からの脱出を検討すると言っても、リョーマには海洋工学の知識などない。
研究所に着いたとしても、どこをどう調べればいいか分からないというのは、大いにあり得る。
レイも、知識については似たりよったりだと思う。
エヴァの話をした時には、パイロットの適性はあっても、レイ自身の能力は一般人と変わらないと言っていた。
一方で、菊地の知識が深いことは、携帯電話の考察からよく分かった。
菊地たちが研究所に行った方が、よっぽど適切な調査ができるだろう。
ビルに行っても、景色を見るだけなら割と誰にでもできるだろうし。
レイとリョーマの当初の目的地がマップ中央だったから、目的地設定がそれに応じた形になっているのだ。
菊地たちの話題は、合流場所のことに移っていた。
「あまり時間と場所ををきっちり決めると、イレギュラーな予定が入った時に動きにくくなる。
第二放送から第四放送までの間、学校に立ち寄ってみるってことでいいだろう。
ここから研究所に向かう途中にある施設だし。
人もそこそこ集まりそうな場所だから、直接会えなくなっても伝言を託しやすいだろうし」
思いつきを提案にすべきか、リョーマは迷う。
部長たちと合流したくはあったが、一方であの人たちなら簡単に死なないだろうなぁという予想もあった。
なので、リョーマ自身は地図の中心にこだわるつもりはない。
でも、レイの場合はどうだろう。
碇シンジという少年と、かなり切実に合流したがっているように見えた。
レイには、アスカの一件で、結果的な形とはいえ命を助けてもらった。
越前リョーマは、借りを返す主義である。
それが『怨み』という借りであっても、『恩』という借りであっても。
なので、人探しは後回しになるけど、ビルの方に行きましょうか、とは言い出しにくかった。
結果を言えば、その葛藤は杞憂に終わった。
「私たちがビルに行く。その方が効率的だもの」
透き通るような小さな声が、唐突に会話に割って入った。
思わぬレイの積極的な発言に、菊地が身を乗り出す。
いいのか、と尋ねた。
リョーマが感じた葛藤を、菊地もまた予想していたらしい。
綾波レイは、いつもの淡々とした声で言った。
「どのみち、脱出の方法は考えなきゃいけないもの。
それに、碇くんが南の方にはいないと決まったわけじゃないから」
◆
情報交換に使ったメモ帳をレジのところに返して、綾乃は自動ドアをくぐった。
夜風が、店に入る前より冷たく感じられた。
越前リョーマと綾波レイが、あれからすぐ出発してしまったからかもしれない。
「大丈夫かな……あの2人」
「地図の端の方に行く分だけ、俺らよりは安全だろう。二回襲われて二回とも撃退したって言うし」
「そうよね、また会えますよね…………ふぅ」
「どうした?」
「別の世界とかすごい話を聞かされたのに、みんな冷静ですごいなぁと思って。
私なんて、話についていくだけでいっぱいいっぱいだったのに」
「杉浦だって、充分みんなに貢献してるさ。
さっきだって携帯の使い方を教えてくれたじゃないか」
「あ、あれは思い出したくないですっ」
「悪い。でも、さっきの情報交換をまとめた紙だって、ずいぶん分かりやすかったよ。
これからも、ああいう風に手伝ってくれると助かる」
どうやら、あんまり自分が役に立てていないと、気にしていたのを見抜かれていたらしい。
「あ、あれぐらいは生徒会の仕事でよくメモ取ったりしてますから」
気を使ってもらったな、と思いながらも、率直に誉めらると喜んでしまう。
大変な現状が変わったわけではないのに、なんだか現金だ。
親友の千歳がよく、綾乃ちゃんは分かりやすいと言っていたのが、分かった気がした。
◆
どうしてビルに行くことを申し出たんだろう。
レイは、そのことを考える。
もちろん、シンジが殺し合い以外の方法での脱出を望んだとして、脱出法が見つけらなければ意味がない。
そういう、論理的な考えもあった。
でも、レイの心には、『早く碇くんに会いたい』という我儘があった。
だから、菊地たちの調査に天秤を傾けたことに、驚いていた。
悩んでいると、どうしてだか、『2号機の少女』の顔が浮かんだ。
心臓のあたりが、刺されたように痛んだ。
とっさに、提案を言葉にしてしまった。
彼女のことを思い出すたびに、心臓のあたりが痛むような気がした。
(私は……『2号機の人』が殺し合いに乗って……『悲しい』と思った?)
それは、自分が殺されかけたことが悲しかったのか。
それとも、彼女が『そういう選択』をしてしまったことが、悲しかったのか。
とにかく、『悲しい』と思ってしまうぐらい、レイは彼女に『絆』を持っていたらしい。
あんまり、仲良くしたことはなかった。
それでも、ある感情を抱いたとしたら、2人きりでエレベーターに乗った時なのだろう。
あの時、レイは初めての『喧嘩』というものをした。
『2号機の少女』が思っていたことを、乱暴な言葉でぶつけられて、
エヴァンゲリオンが居場所なのだと言われて、
碇シンジのことが好きなのかと聞かれて、
もしかして、
この人も、自分と似たものを感じているのかもしれないと、
そんな風に思った。
……そこまで思い出して、理解する。
きっと、彼女が『碇シンジをも殺す』と言ったから、悲しかったのだ。
そして、彼女を正しく理解していたのか、自信がなくなったのだろう。
もし彼女を正しく理解していたら、こうなることを止められたかもしれなかった。
止めることは無理でも、『乗る』ことを、予測できたかもしれなかった。
そして、そういう風に考えるようになった自分を、やっぱり変わったのだと思う。
レイにとって、必要なことは『エヴァンゲリオンに乗る』、それだけだったのだから。
それ以外をする必要はなかったし、他人を理解しようなど、考えたこともなかった。
エヴァンゲリオンのパイロットとしてあるなら、それで良かった。
でも、それだけでは、きっと足りない。
この、殺し合いという世界では、きっと足りない。
越前リョーマが助けてくれなければ、レイは死んでいた。
碇シンジを守るためには、レイの力だけでは足りない。
誰かに助けてもらって、誰かに信用されることが、きっと必要になる。
だから、菊地たちに協力することにしたのだろう。
誰かに助けてほしいなら、自分もまた誰かを助ける存在でなければならないはずだから。
「菊地くん。杉浦さん。越前くん」
覚えた名前を、しっかりと刻むように繰り返す。
碇シンジ以外の同年代を、名前で呼ぶのは初めてのことだった。
気恥ずかしいけれど、今の自分には必要なことだと思う。
「……がんばらなきゃ」
その呟きは、リョーマの耳にも聞こえていた。
もちろん、その言葉にこめられた決意を、理解できたわけではない。
でも、その言葉に、はにかむような『感情』がこもっているのは、聞こえていた。
だから、綾波レイが、――リョーマ的な表現をするなら――『強くなりたい』と思っている感じは伝わった。
それは、とてもいいことなのだろうと思ったので、
リョーマは、半歩後ろを歩く少女に言った。
「まだまだ、だけどね」
【G-7/図書館北のファミレス/一日目 黎明】
【杉浦綾乃@ゆるゆり】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
基本行動方針:みんなと協力して生きて帰る
1:菊地の案に乗り、図書館へ向かった後、海洋研究所へ。
2:第二~第四放送の間に、学校に立ち寄る。
3:と、歳納京子のことなんて全然気になってなんかないんだからねっ!
【菊地善人@GTO】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
基本行動方針:生きて帰る
1:脱出の方法を探るため、図書館へ向かう。その後、海洋研究所へ。
2:最新式の携帯電話と、PCの使い方に慣れる(図書館でPCを探す)
3:第二~第四放送の間に、学校に立ち寄る。
【G-6/G-7との境界付近/一日目 黎明】
【越前リョーマ@テニスの王子様】
[状態]:めまい(ほぼ回復)
[装備]:青学ジャージ(半袖)、太い木の枝@現地調達
リアルテニスボール(ポケットに2個)@現実、ペンペン@エヴァンゲリオン新劇場版
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~1、リアルテニスボール(残り8個)@現実
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
1:ビルに行って、脱出の為の手がかりを探す。
2:碇シンジを見つけるまでは綾波レイと行動。ペンペンを碇シンジに返す。
3:2と並行して、部長を探す。そのおまけで跡部さん、真田さん、切原、遠山も探す。
4:第二~第四放送の間に、学校に立ち寄る。
5:ちゃんとしたラケットが欲しい。
6:碇シンジとその父親に、少し興味
【綾波レイ@エヴァンゲリオン新劇場版】
[状態]:疲労(小)
[装備]:青学レギュラージャージ(裸ジャージ)、 第壱中学校の制服(スカートのみ)
由乃の日本刀@未来日記
[道具]:基本支給品一式、 不明支給品0~2、第壱中学校の制服(びしょ濡れ)
基本行動方針:碇君を探して、何をしてほしいのか尋ねる。
1:ビルに行って、脱出の為の手がかりを探す。
2:第二~第四放送の間に、学校に立ち寄る。
3:碇君を探す。その為に目の前の彼について行く。
4:他の参加者と、信頼関係を築けるようにがんばる。
[備考]
※参戦時期は、少なくとも碇親子との「食事会」を計画している間。
最終更新:2021年09月09日 19:23