Lonsome Diamond ◆7VvSZc3DiQ



マリと別れた手塚と月岡は、その足を地図の中央部へと向けていた。
目下の目的は、この殺人ゲームからの脱出計画に協力してくれる人間との合流だ。
基本的には手塚の知り合いであるテニスプレイヤー達が、捜索の対象となっている。
マリと月岡には、知り合いと呼べるような人間が少なく――まして、この殺し合いで互いを欺くことなく協力出来るだけの信頼関係を築いている相手ともなれば、皆無といっていいレベルだったからだ。

月岡は手塚とその友人たちの関係を、素直に羨ましいと思った。
聞けば、手塚と日常的に親交を持っているのは同じ学校のテニス部の後輩である越前リョーマくらいなもので、他の人物たちは普段はむしろ敵――互いに競いあう、ライバルたちだったという。
もちろんテニスと殺し合いを同軸に見ることはできない。テニスで敵だったからといって、殺し合いでも敵になるだなんて考えはあまりにナンセンスな考え方だ。
しかしそれでも、テニスの試合を通じてでしか互いを知らないだろうに、手塚は彼らは信頼できると言い切った。
月岡の見たところ、手塚は一時の感情に流され理知的な判断を歪ませるような人間ではない。
楽観でも何でもない。手塚は彼らのことを、そういう人間なのだと――デスゲームの最中においても、確固たる自分を貫くことが出来る人間なのだと評価しているのだ。

(……アタシもスポーツやってれば、そんな友達も出来たのかしらねぇ?)

スポーツマンは月岡のタイプだった。
月岡たち不良グループを束ねていた桐山のワイルドさも好みではあったが、クラスメートの中で一番のタイプを挙げろと言われれば、バスケットマンだった三村信史の名前が出てくるだろう。
三村のように爽やかで、おちゃらけてて、甘いマスクを持った人たちとそんな関係になれるなら――と夢想したところで。
おそらく自分の世界では――その夢は、そのまま夢物語で終わってしまっていただろうということに気付く。
三人で情報の交換をしたときに現れた、常識の齟齬――手塚の世界は大東亜共和国政府なんて頭のおかしい(きゃっ、やだ。こんなことあの国じゃゼッタイ口に出せないわ)支配者もいなければ、使徒という怪獣も襲ってこない、おおよそ平和な世界だという。
それならテニスなんて球遊びに精を出してても誰からも咎められることなんてなかったでしょうねぇ……と、やさぐれた調子で月岡は呟く。
手塚と自分とは、根本的に違う人種なのだ。同じ日の本の国の生まれのようで、まったく別の国に育った人間。

――これ以上夢物語にうつつを抜かしても、虚しくなるだけだわ。
考えを、切り替える。今考えるべきは、よりリアルに即した事例であるべきだ。
例えば、そう。前回と今回の殺人ゲームは、一見同じようであって、そのディティールは異なる部分が多いだとか――そういうことを。
まず月岡が不気味に感じるのは、今回のプログラムには主催者である大人の影が見えてこないことだ。
前回のプログラムは大東亜共和国が国を挙げて遂行する、いわば国家行事レベルの催しだった。
その模様はテレビなどを通して、全国民に知らされていた。
だからあの国の中学生たちは、心の何処かで、殺し合いに対する覚悟というか――諦めのようなものを抱えていた。
自分たちでは到底敵わない権力が、自分たちを殺すシステムを作っている。ならば自分たちは、それに従わなくてはならない。

(キラキラ輝いてる手塚くんたちには、ちょっと分からない感覚かもしれないわねぇ、これって)

だからこそ、このプログラムに反逆しようという気概があるのだろうが。
もちろん、その気持ちそれ自体を非難しようという気があるわけではない。
しかし――敵の姿が見えないまま闇雲に戦ったところで、その先に光はあるのだろうか。
月岡は、今回のプログラムの仕掛け人は、前回のそれ――大東亜共和国政府よりも強大なものだろうと考えている。
手塚たちの言が真実ならばという前置きがつくものの、まったくの別世界からこれだけの人間を集め、自分のような死人まで生き返らせている。
これではまるでファンタジーやメルヘンの世界だ。超能力者や魔法使いでもいなければ、このような異常事態は引き起こせないに違いない。
いくら参加者が手を組んだところで、まともな手段で主催者に打ち勝つことが出来るとは到底思えない。

(やっぱり……最後の一人を目指すのが確実よねぇ。
 本当に生きて帰らせてくれるのか――既に死んでたアタシが、『いつ』からやり直すことになるのか、ちょっと分からないことも多いけれど)

そこで月岡の思考は、一旦停止する。前を歩いていた手塚にぶつかったのだ。
手塚の背中に、顔が当たる。きゃっ、役得役得――と、喜んでいる場合でないということは、手塚の背中が強張っていることですぐに気付いた。
誰かが自分たちの前に立っている。手塚の脇の下からそっと相手を眺めてみるも、その姿に見覚えはない。
手塚の知り合いというわけでもないのだろう。相手の挙動を制する声が、手塚から発せられた。

「止まってくれ。こちらに、そちらと争う意思はない」

茶色の髪をした少年が、手塚の声を受けて立ち止まる。
顔の半分を隠すほど伸びた茶髪の間から、少年の眼がまるで品定めをするように手塚と月岡の二人を向いた。
まずは手塚。そして月岡へ。二人を見定める目に、しかし光はない。その瞳に映る色。その正体を、月岡は知っていた。
それは、絶望――だ。クソッタレの世界からさらに見放された人間が、ドブ川のほとりでぼんやりと浮かべる色だ。
しかし少年の目に映るのは、絶望だけではない。確かな、強靭な意思を感じさせる色も含まれていた。
絶望の意思――それが意味するのは何か。月岡が知るかぎり、そんなものを懐に抱え込んだ人間が望むものは――もろとも巻き込んだ、世界の破滅しかない!

「手塚くん、避けてっ!」

少年の右手に、突如として大筒が現れた。瞬間――鉄球が、二人に向かって射出される。
月岡が手塚を押し倒す形で、無様に地を転びながらも少年の不意打ちをなんとか回避する。
有無を言わさない問答無用の一撃が意味するのは、手塚たちとの絶対的な敵対だ。
少年は続く二撃目を放とうと、転がる二人に再び照準を合わせる。

「キミたちにはここで死んでもらうよ……ボクの、目的のために!」

再び放たれる鉄球が、今度こそ二人を襲う。
少年――バロウの放った鉄球の正体は、『神器』と呼ばれる天界人特有の能力の一つ、“鉄”(くろがね)だ。
高速で射出される鉄球の大きさは、おおよそ1メートル強。
圧倒的な速度と質量を以って破壊力とする鉄の塊が直撃すれば、並の人間ならば一撃で昏倒――どころか、命さえ落としかねない。

鉄塊が二人に迫る。地べたを這う形になった二人に、避けるだけの猶予は残されていない。ならば、どうする?
どうすれば、この危地から脱することが出来る? ――良い考えが、何も浮かばない。月岡の脳裏に、これまでの記憶が次々と映し出される。
初めて親の経営するゲイバーに立ち入った日のこと――自分の性癖を自覚したあの日のこと――桐山がボスをやっていた、あのグループで遊んでいた時のこと――
――いやだわ、もしかしてこれが走馬灯ってやつなの? 一回目に死んだ時はこんなこと思い出す暇もなく死んじゃったってのに――
二回目の生は、まったく短いものだった。こんなにあっけなく死ぬことになるだなんて――
ああ、どうしようかしら。球が、どんどん近づいてくる。頭の中ではこんなに色んなコトを考えてるってのに、肝心の身体のほうが動いちゃくれない。
ああ、ああ――!

“鉄”が、二人の身体を圧し潰す――はずだった。

「……え?」

覚悟を決めて閉じた目を再び開いたその時、月岡の視界に入ってきたのは、自身の眼前で停止した鉄球の姿だった。
止まっている。あれだけの勢いで迫ってきていた鉄球が、ぴくりとも動いていない。
いきなり鉄球を撃ってきた少年も十分に不可解な存在だったが、この状況は更にそれを上回っている。
何故なら――鉄球を止め、支えていたのは手塚の左腕一本だけだったのだから。
いつの間にか手塚の左腕には、一本のテニスラケットが握られていた。
信じられないことに、彼はそれを使い、鉄球の勢いを殺し、受け止めた――らしい。

「……問答無用というわけか。ならばこちらも――」

手塚はバロウを敵対者とみなした。相手が無作為に殺人を行う殺戮者であるならば――情け容赦は不要だ。
殺しはしない。だが、自身の行いがどういう意味を持つのか、その身体に教え込んでやろう。
気迫と共に、手塚の周囲にとある力が顕在化する。
己の限界を超えた者だけが至ることが出来る境地――無我。
無我の境地に至った者だけが扱えるオーラが、手塚の身体を包んでいた。
視覚化するまでの濃度に練りこまれたオーラが、姿形を変えて手塚の左腕へと集まっていく。

「……倍返しだ!」

手塚のラケットに受け止められ、静止していた鉄球に力が加わる。
先の攻撃――バロウから手塚たちへと向けられたものとは、逆のベクトル。
そして込められた力は、先の倍に膨れ上がる。
無我のオーラを右手に集めることで、相手の攻撃の種類に関わらず威力を倍返しにする――それこそが無我の境地第一の扉、百錬自得の極み!

「――くっ!」

たまらずバロウは防御の神器である“威風堂堂”(フード)を現出させ防御を図ろうとするが、このタイミングでは“威風堂堂”は間に合わない。
バロウたち天界人が持つ神器は一つ一つが強力な武器であるが、原則として複数の神器を同時に使用することは出来ないのだ。
つまり、バロウが撃った“鉄”がまだ消えていないこのタイミングでは、バロウは他の神器を使用することが出来ない。
この一瞬の判断ミスが、回避の遅れを招いた。
次の瞬間、打ち返された“鉄”を横飛びに回避することで直撃は避けたものの、バロウは半身に決して軽くないダメージを負うことになる。

「……お前が今感じている痛みが、分かるか? それが――お前が撒き散らそうとしていたものだ」

手塚は静かに告げる。手塚に打ち返され、バロウが受けた痛みこそ、彼が殺戮者となり撒き散らそうとしていたもの。
彼自身がその痛みを知れば――殺戮を繰り返すことの愚かさを知れば――考えを改めてくれると、そう考えての言葉だ。
だが、バロウは手塚の言葉に何も返さない。言葉も、視線も。走り、場所を変え、再び“鉄”を手塚たちへと放つ。
自分の言葉が届かないならば、何度だろうと打ち返すだけだと、手塚は百錬自得の極みを駆使し“鉄”を打つ。
しかしその行動はバロウも予測していたのか、打ち返された“鉄”が向かう先に既にバロウの姿はない。

「……無駄よ、手塚クン。アナタには分からないかもしれないけど――アタシには分かるわ。
 あの子が抱えてる闇は、温室育ちのアナタには分からないほど深いのよ。アナタの言葉じゃ届きっこないわ」

バロウへの説得を続ける手塚を諭すように、月岡が言葉を発した。
ゲイバーという、社会の裏の部分に身を寄せてきた月岡には分かる。
敵対する少年が抱える絶望は――世界の闇の部分に喰らい尽くされた者が持つ闇だ。
こう言っては悪いが、常人では考えられない高みに至れるほどテニスなどという遊戯に専念し、時間も労力もかけることが出来る手塚のような人間には、想像することさえ難しいだろう。

「月岡……お前はそうやって、あいつを切り捨てるのか?」
「……切り捨てるだなんて、人聞きが悪いわね。アタシはただ、そこまでしてあの子を助けてやる義理はないって言ってるのよ」

まさか手塚がこれほどまでの手練とは思っていなかったが、彼ならばこのまま少年を一方的に倒してしまうことも難しくないだろう。
わざわざ手加減して、説得する必要などない。これだけの危険人物ならば、説得するよりも殺してしまったほうが遥かに楽だ。

「……確かに、お前の言うことも正しいのかもしれない」
「でしょう? ほら、分かったならさっさとあの子を倒しちゃって……」
「だが――だからこそ俺はあいつを助けたいと思う。
 あいつが闇に心を囚われているというのなら、誰かがそれを救ってやらなくてはならない。
 見捨てることは簡単だ。ならば――俺は、敢えて困難な道を――しかし、俺が納得できる道を選ぼう」

……真性だ。本物だ。このお坊ちゃんは、本物の温室育ちだ。そう思う一方で、月岡は手塚の言葉に言い表せない感情を抱いていた。
愚直といっていい真っ直ぐさが、月岡には眩しかった。本来なら、自分とは決して交わらないタイプの人間だ。
だが、もしも……もしもこんな男と、もう少し早く出会っていたなら……自分は何か変わっていたんじゃないのか?
救われていた。そう、自分がどこか感じていた引け目や敗北感など気にせず生きていけるように――

「“鉄”!」

バロウの声を聞き、妄言に集中しかけていた意識を現実のそれへとピントを合わせ直す。
“鉄”――鉄球ならば、手塚が全て打ち返してくれている。自分はただ、手塚の後ろについて流れ弾に当たらないよう注意していればいい。
しかし、次の瞬間。月岡は、手塚に押し倒される形で地面に倒れていた。

「えっ、ちょっと、手塚クン……そういうの嬉しいんだけど、もうちょっと後にしてくれないかなァ……」
「ぐっ……!」

軽口を叩けたのは、少しの間だけ。手塚のうめき声が、彼の負傷を教えてくれる。
手塚が月岡をかばって負傷したのだということは分かる。しかし、何故?
月岡が見る限り、バロウの放った鉄球は手塚には当たっていないはず。
いったい手塚は、どの攻撃を受けたのだ――!?

「月岡……後ろだ!」

手塚の声に、月岡は振り返ることすらせずにごろりと手塚ごと横転し、飛来してきた“鉄”をかわした。
後方からの攻撃――しかし、バロウは前方にいるはず……!?
それまでの直線的な攻撃とは違う多方向からの攻撃が、手塚と月岡の二人を襲っていた。

「ちょっと……どうなってるのよコレ!?」
「分からん……だが!」

百錬自得――! 手塚は、月岡をかばいながら襲い来る“鉄”のことごとくを打ち返していた。
しかし、飛来するペースは先の倍以上。それら全てを完全に対処することは出来ず――

「手塚クン! しっかりして!」

勢いを殺し切れなかった“鉄”によるダメージが、手塚へと蓄積していく。
痛みにうめく暇もなく“鉄”は飛び続け、じわりじわりと手塚と月岡の体力を削っていった。
同時に飛来する“鉄”の数も、どんどん増えていく。
三個、四個の鉄球が同時に襲い来れば、いかな超中学生級のテニスプレイヤーである手塚国光であろうとも捌き切ることは不可能だ。

「いったいどうなってるのよ……!? なんでこんな……色んなところから攻撃が飛んでくるのォ!?」
「いや……分かったぞ。この能力の正体が」

幾多の鉄球をその身に受け続け、手塚はバロウの攻撃の正体を悟った。
バロウの能力――それは、

「過去に行った攻撃を、再び発生させる能力……!」

少年の攻撃を見て、気付いたことがある。バロウ自身から発射される“鉄”以外の軌道は、既に一度見たことがあるものばかりだった。
言うなれば、同時に飛来する複数の“鉄”のうちバロウ自身が撃ったもの以外は過去の攻撃と同一、焼き直し。
バロウが初撃のあと走りまわり、場所を変えながら攻撃していたのは全てこの攻撃のための布石だったのだ。

「さすがね手塚クン! それが分かるんだったら、あとは……」
「いや、月岡……俺たちは、『詰んだ』」

……気付くのが、あまりに遅すぎたのだ。手塚はバロウの攻撃から月岡を守るために、殆どその場から動くことなく“鉄”に対処していた。
その間にバロウは手塚たちの周りを動き回り、各所から“鉄”を放っていた。今や360度、あらゆる角度から“鉄”は手塚たちを狙っている状態だ。

「そう、キミたちは今、完全に包囲されている。……もう、命乞いをしたところで、どうしようもないけれどね。
 次の“鉄”一斉攻撃で、キミたちは確実に死ぬんだよ」

今までに放たれた“鉄”の総数は、軽く数十を数える。
手塚の記憶によれば、その半数は手塚たちを直接狙う軌道を、そして残りの半数は二人の退路を断つように配置されているはずだ。
手塚とて、それだけの数の“鉄”を、月岡を守りながら突破することは出来ない。

「だが、月岡……お前だけなら、まだ逃げ切れるはずだ。ここは俺が引き受ける」
「ちょっと、何言ってるのよ手塚クン! アタシだけ逃がすだなんて、その気持ちはありがたいけど……アナタも一緒じゃなきゃ、意味が無いでしょう!?
 それに完全に囲まれてるんだったら、片方だけでも逃げ切るなんてこと、本当に出来るのか……」
「月岡。俺はお前に、託す。あの少年……このままだと、他の人間にも危害を加えるだろう。
 だが、過去を繰り返す能力は、あいつが攻撃を重ねる前ならば対処は容易い……この情報を持って、彼に対抗できる戦力を作り上げてくれ。
 俺たちがここで二人とも倒れてしまえば、それすら出来なくなるんだ。それに……俺のこの腕は、もう持たない」

手塚は、己の左腕を弱々しく持ち上げた。そこで月岡は初めて気付く。
月岡をかばって負傷したあの時、手塚は左腕をも痛めていたということを。
それでもなお懸命に、月岡をかばい敵の攻撃をはねのけ続けていたということを。

「手塚クン……!」
「……お前を逃がす算段はつけてある。だが、チャンスは一度きりだ。……行ってくれ。
 そして、俺の名を知る人間たちに、伝えて欲しい。……お前たちが、柱になれ、と。
 月岡……お前も、柱になれ。この殺し合いに反逆する、サムライになるんだ」
「手塚、クン……」

手塚の意思は固い――悟った月岡は、手塚に背を向けた。

「さよなら、手塚クン……少しの間だったけど、アナタのこと、大好きだったわ」
「……頼んだぞ、月岡」

バロウの右腕に“鉄”の砲身が創製される。
これで、終わりだ――バロウがそう呟いた瞬間、全方向から一斉に“鉄”が発射された。
絶対回避不可の一斉射撃――その狙いの中心にいた手塚は、身に纏うオーラをより一層増幅させた。

「今だ! 行け、月岡!」

月岡は無数の“鉄”が飛来する空間を、駆ける。走り抜けられるのか?
いや、行けるはずだ。何故なら、手塚は――言ってくれた。月岡を助ける術はあると。
ならば、間違いない。行けるはずだ。震える足がなんだ。ここで行かなきゃ――オンナがすたる!

最も速く自身へ届いた鉄球を、手塚は握ったラケットに力とオーラを込め打ち返す。
インパクトの瞬間、鉄の重みと速度が衝撃となり、痛めた手塚の左腕を更に苛んだ。
しかし、対象が巨大な鉄球であろうとも――相手が球の形をしているならば、なんであろうと関係ない。
まして今の自分の左腕には、月岡の命も懸かっているのだ。たとえこの左腕が壊れようとも――振り抜いてみせる!

無我――我を忘れ、ただひたすらに、自らが愛したテニスに対する感謝を込め、一打した。
百錬自得――増幅されたオーラが、打ち返す“鉄”に特殊な回転を加える。
才気煥発――これまでに放たれた“鉄”の軌道と、相互干渉の計算は既に終わっている。

手塚国光、人生最後の、そして渾身の一打が放たれた。

「なんだって……!?」

バロウは、眼前の光景が現実のものだと信じられなかった。
手塚の放った一打が、全ての“鉄”に干渉し、そのコースを微妙に変えていた。
一つ一つの軌道の違いは、誤差のレベル――しかしそれらが跳ね、弾け、ぶつかり合うことによって、誤差は次々と巨大なものになっていく。
逃走ルートさえ残さないほどの密度で放たれたはずの“鉄”に、一つの抜け道が出来ていた。
そこを駆けて行く男が、一人。月岡彰が、“鉄”の包囲を抜けていく。

「くそっ!」

一人仕留め損なったことに歯噛みするも、まずは残った敵を殺すことが先決だ。
バロウは、再び“鉄”を構え、手塚へと照準を合わせた。
既に手塚は――瀕死の状態だった。
手塚と月岡、二人とも無傷ですませるように“鉄”の軌道を変えることは不可能だと判断した手塚は、自身の安全を度外視し、“鉄”へと干渉したのだ。
故に、手塚は“鉄”の直撃を幾度も受けている。限界を超えて放った一打のせいで左腕の握力もとうに無くなっていた。
手塚の手からこぼれ落ちたラケットは“鉄”を幾度も打ち返した代償として、フレームは歪み、ガットも破れ、テニスラケットとして既に機能しない。
だが手塚は、まだ立っていた。中学生離れした眼力が、バロウを見据える。

「お前は……何故、人を傷つける……?」
「そんなことを聞いて何になるっていうの? もう、キミは死ぬのに。
 でも……そうだね、最後に教えてもいいか。ボクは……人間になりたいんだ。こんな力なんかない、ただの人間にね」
「そのために……その力を、使うのか」
「そうだよ。『目的』のためなら……ボクは、なんだって利用する。この忌々しい力だって、なんだって……!」
「俺は……そんな力があろうとなかろうと、人は、人として生きていけると思っている」
「――嘘だ。こんな力があるから……ボクは、人間になれないんだ。母さんと一緒にいることが……出来ないんだ……!」

バロウ・エシャロットの願い――それは、天界人としての力を捨て、ただの人間になること。
彼は天界人としての自覚がないまま幼少期を過ごしてきた。
絵描きだった養母に拾われ、貧しいながらも不足のない、ささやかな幸せを享受する日々――しかし、日常の終わりは、突然だった。
バロウが天界人としての自覚と共に“鉄”の能力を得たのは――養母を強盗と間違い、発現したばかりの能力で彼女を傷つけてしまったその時だった。
以来、母はバロウに対して何の反応も示さなくなった。声と音をなくし、廃人同然となった母を謝罪の気持ちと共に看護し続けても、彼女はバロウの気持ちに気付いてくれない。
そしてバロウは、こう思ったのだ。

『ボクが母さんに気持ちを伝えられないのは……ボクが、化け物だからなんだ』

ボクがただの人間だったら、母さんは傷つかずにすんだ。
色んな音や景色、言葉を、母さんと共有することが出来たはずなんだ。
ボクは……こんな忌々しい力はいらない。だけど……もしも、ボクがただの人間になれるんだとしたら。
この力に頼ってでも……『目的』を、成し遂げてみせると、そう決めた。

「ならば……もしも『ただの人間』が、お前を倒すことが出来れば……力は、『ただの人間』として生きるためには何の関係もないという証明が出来るな」
「……ッ! 無理だ! そんなの……無理に決まってる!」
「出来る。お前は、ただの人間として生きていくことが出来る。……そのことを、俺の仲間が証明してくれる。
 だから、その時は……お前も、俺の仲間たちに協力してやってくれ」
「出来っこない……! そんなこと!」

バロウは、半ば衝動的に“鉄”を放った。
手塚は避けもせず、防御姿勢も取らず、ただそのまま、バロウの力を受け止めた。

「ぐっ……!」
「お前の言葉は……ボクに伝わらない! ボクの言葉も、お前に伝わらないっ!」
「伝わらないなら、何度でも言ってやろう……お前は『ただの人間』になれる。その力があろうとなかろうと……お前は、なれるんだ……」

お前がなりたい、『ただの人間』に。
最後の言葉はか細くかすれ、バロウには届かない。
そして手塚国光は――静かに倒れこみ、呼吸を止めた。


【手塚国光@テニスの王子様 死亡】

【D-5/市街地/一日目・黎明】

【バロウ・エシャロット@うえきの法則】
[状態]:左半身に負傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品(0~3)、
死出の羽衣(4時間使用不可)@幽遊白書
基本行動方針: 優勝して生還。『神の力』によって、『願い』を叶える
1:他参加者と出会えば無差別に殺害。『ただの人間』になど絶対に負けない。
2:ロベルト・ハイドンを探して指示を仰ぐ。ただし、機を見て裏切る。
3:皆殺し。ロベルト・ハイドンも最後には殺す。
[備考]
※ロベルト・ハイドンをアノン(に吸収されたロベルト)だと思っています。
※手塚のデイパック(基本支給品一式、不明支給品0~2)が近くに落ちています。

【月岡彰@バトルロワイアル】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~2、
警備ロボット@とある科学の超電磁砲、タバコ×3箱@現地調達
基本行動方針:生き残る。
1:手塚の意思を汲み、彼の知り合いと合流する。
2:海洋研究所以南を探索。
3:桐山クンにはあんまり会いたくないわ…。

[備考]
※手塚国光、真希波・マリと、簡単な情報交換を行いました。互いの世界と知り合いを、おおざっぱに把握しています。


【テニスラケット@現実】
手塚国光に支給。
何の変哲もないただのラケット。



Back:情報交換という名の、何か 投下順 World Embryo
Back:情報交換という名の、何か 時系列順 World Embryo

友情の法則 バロウ・エシャロット 化物語 ―あかやデビル―
Boy meets Girl and Gay 手塚国光 GAME OVER
Boy meets Girl and Gay 月岡彰 皇帝と探偵のパラドックス





最終更新:2012年02月27日 20:20