Revolution 9 ― 変わりゆく九人の運命(前編)
ヒュンヒュンと高い風切り音は花京院にとって耳慣れたもの。自分は知っている、この音を知っている。花京院は額にじっとりと汗が浮かぶのを感じた。 この音はシルバー・チャリオッツが高速でレイピアを回している音。シルバー・チャリオッツのスピード、達人級の剣捌きが生む一種の芸術品。 そして花京院は知っている。これをポルナレフがやる時は、これを見せる時のポルナレフは――― ―――ポルナレフは本気だ。本気で『切る』気だ。 「考えてみりゃ、いや、気づいてみればって言い変えたほうがいいか。ここに来てからいろんなことがいっぺんに起きすぎてよォ、俺には考える時間がなかった。元々考えるってのがどうも苦手な俺が、だぜ?」 二人の間合いは近くもなく遠くもなく、その点ではイーブンイーブン。 ポルナレフにとっての好都合は場所が室内であること。そして先の騒動で二人の間を遮るものがないこと。 つまり、ポルナレフが踏み込めばあっという間に戦況は傾く。 一方、花京院にとって幸いだったのが入り口に近いこと。 ダービーとフーゴが駆け抜けて行った扉は真後ろ、およそ五メートルの位置。 「でもよ、考えるのも面倒だ。死んだイギーが、アヴドゥルが、そしててめー、花京院がいようがいまいが知ったこっちゃねぇ。俺は自分の目で見たもんしか信じねぇ、そう決めたぜ」 レイピアの回転がピタリと止まった。切っ先は花京院の喉元へ向いていた。 「てめえはホンモノか、ニセモノか、どっちなんだよ『花京院典明』」 勝負は間合いの取り方、その一点に絞られていた。どちらが先に踏み込むか、どちらが先に隙を作り出すか。 花京院は静かに己の傍らにスタンドを呼び出す。ポルナレフの目が細められた。 死んだ者が蘇る。本当にそんなことが可能なのか。 二度と会えないと思ったかけがえのない人物に再開できる。そんな夢のようなことが起こりうるのか。 そんなことはどうでもよかった。そんなことは後で考えればいい。今一番考えなきゃいけないのは――― ―――てめえが本物なら、俺の太刀筋なんか嫌というほど見てるはずたぜ、花京院。 仲間の姿に、仲間だからこその信頼。 同時にポルナレフの脳裏に今再び浮かぶ、承太郎の語った敵。 変幻自在、姿も声も変えるスタンド使い。 ―――ニセモノなら容赦はしねぇ。ただ叩っ切るだけだ。 じわりとじわりと距離をつめる。ゆっくりゆっくり出口へ向かう。 互いに出方を伺う。張りつめた緊張感が痛いほどの沈黙となり二人を包む。 花京院が口を開いた。 「いいか、ポルナレフ。聞いてくれ」 その言葉をポルナレフは遮る。 「口を開くな。てめぇが何者か知らねぇがここにアヴドゥルがいる以上、何を言おうと言い訳にしか聞こえねぇ」 もはや両者の激突は何人にも止められない。 ポルナレフは決意を固める。 花京院は覚悟を決めた。 そして己の拳を固め、両者が動き出したその刹那――― 『あー、テステス、テステス――――――』 ◇ ◆ ◇ もう何時間こうしてるんだろう。ぼんやりした頭でふと壁にかけられた時計を見上げる。 時計は壊れていた。私の八つ当たりの結果、時計は12時を過ぎた少し辺りで時を止めていた。 「うううぅ…………!」 激情に駆られている自分を冷静に見つめるもう一人がいる。何だかすっごく変な気分だわ。こういうの何て言うんだったかしら?二重人格? ちょっと違う気がする。なんだったかしら。 「うううぅう………ッ!…父さん………父さん………!」 ああ、思い出したわ。そうそう、ハイスクールで習ったんだわ、そういえば。 そう、確か『適応規制』っていうのよ、こういうの。 『昇華』だとか『逃避』だとか色々あったわ。 「イギー………アバッキオ………ウェザー………ああああ………ああぁああ――――――ッ!」 なんでかしらね。こうやって泣いてるのに、涙を流してるのに、悲しんでるのに。 こうやってすごく冷静な自分がいる。まるで無理に泣いてるみたい。不思議な気分。 「あああぁ………あぁああぁ――――――ッ!」 八つ当たりで暴れ回っても気が晴れない。 泣き叫んでも何も変わらない。 子供のように駄々を捏ねても誰もかまってくれやしない。 胸にポッカリと穴が空いた、例えるならそんな感じだった。 「………荒木…荒木、荒木飛呂彦ォオオ――――――ッ!」 可笑しいわね、放送前に覚悟したはずだったのに。 もう何も失わないって誓ったはずなのに。 「父を返せッ!母を返せッ!」 手段も選ばない。戦い抜く、守りたいから戦う。そう思ったのになぁ。 「友を返せッ!仲間を返せッ!………返してよォ…!私の…全部………返せよッ!」 虚しい。とてつもなく虚しい。 今の私は全部カラッポ。それもこれも全部…全部………。 「荒木…荒木ィイイイ―――――――ッッ!!!」 復讐をやめろなんて説得は誰だってできやしない………ハッ、我ながら素敵な言葉だわ。 そうよ、復讐。今の私を突き動かす、この気持ちは復讐。 「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!」 復讐とは自分の運命への決着をつけるためにある。 アンタの言葉を借りるわ、エルメェス。 最初から気づくべきだった。ママが殺された時、ううん、空条承太郎の娘、空条徐倫として生まれた瞬間から『そうなるはず』だったんだわ。 ―――決着をつけましょう、荒木飛呂彦。 今度こそ迷わない。前に何が立ちはだかろうと、どんな敵が現れようと、誰が何と言おうとも。 私の覚悟は変わらない。私は――― ―――私はアンタを殺す。 ◇ ◆ ◇ 「駅には治療できるような設備も薬品もない。少し遠いが特別懲罰房に向かいたい。立てるか…?」 「…はい、大丈夫………です」 「………」 「………」 「背負ってやる」 「…ありがとう…ございます」 ディアボロは背中に伝わる鼓動を感じつつ、純粋に驚いていた。子供とはこんな軽いものなのか、と。 その軽さは子供というものを言葉よりも的確に表していた。 他人がいなければ生きていけない、弱く、脆く、儚い存在。 守る大人がいなければあっという間に消えてしまう、蝋燭の火のようなそんな存在。 ―――俺は今まで何一つ背負って来なかった 僅かな重みを感じ、ディアボロは改めて実感した。 そして再度誓う。ジョセフの想いを無駄にしないことを。 「………体調は…体は大丈夫か?」 「…大分楽になりました」 早人はその身を大きな背中に預け、想いを馳せていた。一人の男を思い出していた。まさに自分にとってのヒーローを。 赤の他人の自分を身を呈して守ってくれた。傷を気遣いこうやって背負ってくれた。そして自分の危機には本気で怒ってくれた。 ―――仇、取らなきゃ 傷だらけになったって構わない。ボロボロになったって仕方ない。ウェザーはそれ以上の傷を負い、そして死んでしまったのだから。 早人は再び誓う。必ずやり遂げる、と。 ディアボロはその重さを背中に感じ、早人はその背中に暖かみを感じた。 会話もなく、街の喧騒もない。不器用なディアボロの優しさが早人を背負わせ、二人は黙ったまま一つだけの足音に耳を傾ける。 ただひたすら歩く。 太陽が二人を照らす。作り出される影は一つ。 だというのに二人はどこまでも遠かった。 そんな二人の耳に飛び込んでくる一人の叫び。それは二人の視界に特別懲罰房がまさに見えてきたといった時だった。 『あー、テステス、テステス――――――』 ◇ ◆ ◇ ビビってるかって?ああ、ビビってるよ。 勘弁してくれって言いたくなるさ。こんなの馬鹿げてるって放り出したくなるさ。 でもこれはアタシがやるって決めたんだ。誰でもないアタシが決めたこと。そうだろ? ならやんなきゃなんねーさ。 じいさんから拡声器を預かった後アタシは少し西に移動して繁華街に入った。ちなみに馬には乗ってねぇ。 なんでかって?そりゃまた暴走されたら今度こそ誰かに見つかっちまうからさ。ってももう既に誰かに見られたって可能性もあるけどな。 「ここら辺で…いいかな」 繁華街に入った理由は二つ。 一つは隠れる場所が多いし、要り組んだ地形だからだ。 さすがに覚悟を決めたからといって道路のど真ん中で、アタシはここですよー、なんてクレイジーなことはできねぇ。 命は投げ捨てるもんじゃねし、アタシは死ぬつもりも更々ない。そうなると拡声器を使う場所として重要となるのが声が通るような場所、且つ危険なやつに目ェつけられたとしても逃げれる、まける場所。 そういう訳でアタシがチョイスしたのは繁華街の中で少し浮いてる小さいビル。 屋上に出れるうえ、回りの建物に比べて少しだけ高いってのがミソだ。 声が届きませんでした、なんてこともないだろうし、いざとなったら屋根づたいに逃げられる。まさに至れり尽くせりってやつだ。 二つ目は少しでも人が集まるとこでコイツを使うためだ。 地図にデカデカと『繁華街』と名前が乗っている以上ここに集まる人数は一人や二人じゃねーはずだ。一人でも多くのやつにアタシの言葉を聞いてもらうとしたらここっきゃねえだろ。中央にも近いしな。 「一人でも多く………か」 リスク高ぇな、おい。 …怖ぇよ………怖ぇよ……………………。 心の底では少し思ってたんだ。こんないい場所が見つかりませんように、って。 何かの拍子に拡声器は壊れてしまいました。残念!グェスは結局何も出来ませんでした。 そうならねーかなってよ。 「…やっぱやるっきゃねーか」 ああ、やるっきゃねぇさ。これも神の思し召しってやつだ。これでやんなきゃアタシは一生ウジ虫野郎だ。 やるっきゃねぇ…いや、できる。アタシならできるんだ。やるんだ、グェス! 震える手で拡声器を持ち上げ立ち上がる。ビルの屋上、張り巡らされたフェンスの向こうに広がる繁華街。誰がいるかはわからない。誰が聞くかもわからない。 でも…できる、やるんだ………っ! ヤクの一種と一緒だ。ヤッちまえばどうってことねぇさ。あっという間にお仕舞いさ。だからグェス、押せ…押せ…! 拡声器のボタンに指をかける。そしておもっいっきり息を止め――― 『あー、テステス、テステス――――――』 ◆ 『あー、テステス、テステス………ゴホンゴホン。あー、どうやらコイツの調子は良好のようだな。 この声が聞こえる全員に聞いて欲しい事がある。先に言っとくがアタシの名前は言えねぇ。 こんなことしといて、なんだが、臆病者なんでな、勘弁してくれ。この話も終わったら直ぐにトンズラさせてもらうつもりなんでね、アタシはまだ死にたくねェ。 だってそうだろ?誰だって死にたくねぇはずだ。誰だって好き好んで人を殺すやつなんてそういねぇよ。 だからもう…荒木の言いなりになるのはやめようぜッ!? 死にたくねぇからだとか、殺らなきゃ殺られるだとか、そんなんを言い訳に…もうウンザリ、沢山だ! こんな殺し合い馬鹿げてる。クレイジーだ。イカれちまってるッ! …臆病者のアタシでさえこんなことができるんだ。だから皆勇気を持ってくれ。 殺さねぇ勇気を持ってくれ。んで荒木に立ち向かう、そっちに勇気を向けようぜ………アタシが言いたいのはそんだけだ。 …そろそろ話を切り上げねぇと危ねぇ輩がよってきそうだな。まぁつまりはそういうことだ。アタシができんのはここまでだ。 ………それじゃトンズラさせてもらうぜ…あばよ』 ◆ ドッと汗が吹き出る。心臓がバクバク脈打ち、爆発するんじゃねーかと不安になる。 ああ?トンズラ?できるわけねぇだろ、バカヤロー!あれはな、アタシなりに考えた戦略なんだよ。 いいか、ノッてるやつの立場になって考えてみろ。拡声器で大声あげてアタシはここですよー、なんて言うヤツがいたらどうする? 大喜びで狩りに来るに決まってんだろ! だからあえて『トンズラする』なんて言ったんだよ。ここら辺で声がしたってことは知られてもいい。でもよ、『ここ』に残っているってことはバレちゃなんねぇんだよ。 それによ、もし仮に見つかってもこっちは屋上だ。うまく隣の屋根を伝っていけば出し抜くのも不可能じゃない。 それに、なにより、逆も然りなんだぜ? ノッてねぇヤツで、アタシの考えに賛同してくれるヤツがゼロ、ってことはないはずだ。もしそんな奴らが来てくれたら…仲間にしてもらいたい…是非とも。 希望的観測?いいじゃねぇか、夢見たって。夢見て何が悪い? まぁ、そんなことはいいとして実際問題、一番の難点は見分けがつかねぇことだ。考えて見ろ、姿を現したがいいが話しかけてみたら殺る気満々でした、じゃギャグにもならねぇ。目もあてられないぜ。 だからこその静観なんだよ。向こうにこっちがみられるかもしんねぇがそんなリスクは重々承知、じゃねーとせっかくの拡声器が台無しだ。 奇襲に備えて階段とビルの入り口にトラップも仕掛けてあるしよ。子供騙し程度のもんだが入ってきたってわかりゃ後は屋根上の鬼ごっこ。 んでいざとなったら要り組んだ街中でかくれんぼってわけだ。尤も『張る』のが命じゃそんな余裕もねーがな。 …さて、そろそろ誰か来てもいい頃だな。のんびりしてる場合でもねぇし、気張って――― ―――グェスは計算高かった。拡声器を使うリスクの大きさを充分に理解し、対策を練ってまで利用した。 拡声器の声を聞いた者はそうは思わないだろう。この場で多くの参加者を呼び出す拡声器を使った時点でグェスをある意味喰ってかかる者が大多数。 コイツはなんて馬鹿な参加者なんだろう、と。 その過小評価こそグェスが望んだものだった。そうすれば漬け込める、隙をつける。 グェスの一番の幸運は、一番のファインプレーは感情的に行動しなかった、その臆病さにあった。 ―――だがグェスは見逃していた。 問答無用でグェスを襲ってくる相手がいる可能性を。グェスが悪だと、使えないヤツだと決めつける人物がいることを。極限状態で変わってしまったのは何もグェスだけではないことを。 「ん、何だ?影………?」 怒りは、憎しみは、人を容易に変える。 「オラッ!」 例えそれが聖母のような人物であっても。 ◇ ◆ ◇ アタシは本当にラッキーだった。そもそも何をラッキーとするかは人によって違うだろうけれども少なくともアタシはラッキーだったと言えるね。 なんせコンクリートを粉々に砕く一撃を紙一重でかわせたんだからな。 「ヒィイイ………ッ!」 「チッ!」 だが状況はアンラッキーすぎる。なんだっていうんだよ、急に。 なんだってあんたはアタシに襲いかかってくるのさ、ジョリーン。 確かにアタシはアンタに悪いことをしたさ。でも今の一撃はまるで、まるで……… ―――本気でアタシを殺すみたい 「なんだよ、ジョリーン、アタシだよ!!グェスだよ、グェス!!」 「ああ、わかってるわよ、グェス。あんたみたいなクズ野郎はぶちのめさなきゃなんねーってことはね」 本日二度目となるラッキー。だけどさっきみたいなスーパーラッキーとは言えないね。 反射的に庇うようにあげた両腕、それを掻い潜るように捩じ込まれ、顔面に叩き込まれた豪腕。 顔はジンジンするわ、腕のどっちかがゴキリと嫌な音をたてたのにそれでラッキーだなんて言えるんだから泣けてくる。 おまけとは言っちゃなんだが階段の近くまで吹っ飛ばしてくれたから上出来すぎる…なんてか。 「ヒィイイ……ッ!なんでだよ、何があったんだよ、ジョリーン!」 「………ッ!あんたみたいなゲスが生きてるのに、父さんは…父さんは………ッ!」 動揺しまくってるわりにアタシの頭ん中はクールだった。今のジョリーンはイッちまってる。父さん…肉親を亡くして薬中みたいにキレちまってる。 アタシはその八つ当たりの対象にされたってわけか。光栄だわ、本当に……。 アタシの拡声器での演説効果はどうなったって?知るかよ、ボケ。 ジョリーンからすれば小心者でクズでゲスなグェスはホイホイやって来た参加者を殺っちまう最悪なクレイジー野郎なんだろうな。 だから、私が裁くッ!そんなところだろ。 否定しないさ。アタシはクズでゲスで小心者さ。でもよ……… 「まだ死にたくないんだよ、アタシは!」 「逃がさない」 情けないことに声は震えてた。足もガクガクさ。でも、まだ死にたくない。 干しっぱなしのシーツを投げると、屋上からの階段を二段飛ばしで一気にかけ降りる。後ろで盛大な悪態をつくジョリーンの声が聞こえた。 狭い階段じゃスタンド能力なんざ、関係ねぇ。アタシのほうが先に下につける。そうだ、余裕をもてよ、グェス。 痛む腕を気にしてる暇もねぇ。とにかくビルの外にでて、出て――― ―――出てまた逃げるのか? 二階の踊り場についた瞬間、その場にしゃがむ。さっきまでアタシの頭があった位置を轟音とともに貫く拳があった。 バラバラとくだけ散った細かいコンクリートが口の中に入りたっぷり味わうことになる。アタシはジョリーンの姿を見ることなく、文字通り階段を転がり落ちる。 アタシはなんのためにあんな馬鹿げたことをした?まさか本当に誰かを殺る気だったのか?誘き寄せてアタシの手でグシャ、そうするつもりだったのか? ちげーだろーが! なんとかしてーからやったんだ。一人がやだからやったんだ。誰かの心の中にいたい…だからやったに決まってんだろ! 止めてやるさ、ジョリーン。目覚ましてやるよ、このバカ野郎が。 勢いよく壁に体をうちつけ、ようやくアタシは止まった。 バネ仕掛けのオモチャのように立ち上がると出口へと向かう。身体中が痛むがそんなことは言ってられねぇ。ジョリーンもすぐ後ろにいやがる。 後ろでアタシが仕掛けた空き缶のトラップがカランと鳴った。 アタシはビルに入った時に確認した通り、オフィスフロアーとなっている一階を走る。机と机の間を駆け抜け出口へ向かう。 後ろで思い切りジャンプする音がした。室内の蛍光灯で影ができる。すかさずデスクにヘッドスライディング。 「オラァッ!」 紙の束やらファイルやらを撒き散らし、またもや間一髪でジョリーンの一撃を避ける。出口はすぐそこだ。 キャスター付きの椅子を全力でジョリーンの方へ蹴り飛ばす。コンマ一秒でも時間稼ぎになりゃ上出来だ。 アタシが自動扉のガラスを突き破ったのと同時にさっきの椅子が空を舞った。 体操選手ばりの華麗な前転一回転を成功させ振り向くと目にうつったのは猛然と突っ込んでくるジョリーンの姿。 打つ手なし?アタシのスタンドじゃ太刀打ちできない。 逃げるのも不可能。残念!グェスの冒険はここでお仕舞いでした!…ってか? いいや、違うね。階段で転がり落ちたのは『そうなった』からじゃない。『そうしたかった』からしたんだ。 アタシは右手に持っていたデイバックをジョリーンに投げつける。当然のようにストーンフリーの強烈な一撃をうけ、明後日の方向へ飛んでいく。だけど違う。狙いはそんなんじゃない。 「!」 デイバックを投げたのは時間を稼ぐのともう一つ役目があった。 そう、アタシがいま投げた『首輪』を投げつける時間とそれを視界から隠すための役目が。 …トラウマを抉るようで申し訳ねぇがそんなこと言ってられる相手じゃねえ。後で謝るから勘弁してくれ、ジョリーン。 いくらジョリーンだろうと流石にこれで隙が生まれないはずがない。殴れば爆発するイメージに重ね、母親の死だ。その隙を利用して――― ―――ポフ 「お前みたいな…お前みたいなクズがいるから………いるから………ッ!!」 ジョリーンのストーンフリーで編み込んだネット。一瞬で作り上げられたそのネットは首輪のエネルギーを吸収。カランカラン、と四つの首輪が地を跳ねる。 ジョリーンはなんなく対処した。それどころか首輪をみて怒りを新たにアタシに向かってくる。 「そう、それが最高ね。弾き返されることもなかったし、首輪が破壊されるなんてこともなかったしよ」 変わったのはアンタだけじゃねえさ、ジョリーン。臆病者のグェスならこうはしねえ。昔のアタシならこうはできねぇさ。 『それでスタンドってはどういうもんなんだよ、花京院』 『そうですね…大雑把に言ってしまうと精神力ですからスタンド使いの気持ち次第で大きく変わるんですよ。勿論基本的なルールはありますけどね』 本当の狙いは『これ』さ。 アンタを殺すつもりもない。アンタをビビらせるつもりもないし、アンタから逃げる気もないね、ジョリーン。 なにより、もう自分から逃げる気も、ない。 『例えば?』 驚愕に見開かれたジョリーンの目。一瞬だけ動作が停止。そして嵐のような拳のラッシュが襲いかかってくる。だが構いやしねぇ。 その一瞬がアタシの勇気の成果。その一瞬が成長の証。 『そうですね…まぁ最初に覚えておくべきは―――』 首輪を投げたと同時にアタシはジョリーンに向かって走り出していた。スタートをきっていたアタシは拳の嵐を掻い潜り懐に潜り込む。 そしてジョリーンが再び狙いを定め、アタシをぶちのめそうと狙いを定める前に………! 『スタンド使いとスタンドが近ければ近いほど正確性、スピード、パワーは強くなるんですよ』 「グーグー・ドールズッ!!」 ◇ ◆ ◇ [[次へ>Revolution 9 ― 変わりゆく九人の運命(中編)]]