月明かりの差し込む暗い部屋で、一組の男女が向かい合っている。
片手に持ったデイパックを前に突き出している男の名はサンドマン。 
手の中のエメラルドを弄びつつイスに腰掛ける女の名はミラション

数秒前、ミラションは『賭け』を提案し、サンドマンはそれを受けた。
―――『命』ではなく『物』を賭ける勝負を。
そして賭けるのは、己の手に持つ品である。


ミラションはテーブルの上に散らばったカードを何枚か集めると、
テーブルの中央にエメラルドの包みを置いてサンドマンに向けて話し始める。

「……とりあえず座ったら? それとも、立ったまま勝負するつもり……?
 ああ、それとその荷物はこっちに渡してくれる?」
「………………」
「別に何もしやしない。勝負が終わるまでイスの上にでも置いておくだけ。
 あたしも宝石をテーブルに置いた……」
「………………」

サンドマンは無言のままデイパックにもう片方の手を添えてミラションに手渡し、三つのイスのうち真ん中のものに腰掛ける。
受け取ったミラションはドアの近くのイスの上にデイパックを置き、
窓側のイスに座りなおしたところで一つの疑問を口にする。

「そういえば、勝負の前に一つだけ聞いておきたいんだけど。」
「……さっさとしてくれ。」

やれやれ、とかぶりを振りつつ、ミラションは聞く。

「あんた、どうしてこの建物に入ってきたの? ……あたしが中にいるってわかってたの?」
「外から窓に人影が見えた。……それだけだ。」

なるほど、とミラションは頷く。
一人では心細いが篭城を決め込む以上、なるべく参加者との接触は避けたい。
しかも、この男は自分に気付かれないように忍び込んできた。
もし彼が「その気になっていた」場合、下手すれば自分は今頃天国行きである(何故か地獄に行くとは思えなかった)。
となれば、自分の存在が如何にして露見したのかは第一に知っておくべきことだったのである。
今後は窓際で目立つ行動は控えるべきだ、と心に付け加えたところでエメラルドを見つめるサンドマンが口を開く。

「質問に答えたのだからオレの方からも一つ聞かせてもらおう。
 先程も聞いたがその宝石を何処で手に入れた?」
「……最初に持たされた荷物の中にあった紙に入ってたのよ。」
「……紙?」

そういえばそんなものもあったか、とでも考えているのか無表情ながらもわずかに眉をひそめる。
対するミラションは、彼がエメラルドを欲しがる理由など知ったことではなかった。
サンドマンを尻目に、床に散らばっているトランプに手を伸ばす。

「それで……、何のゲームをするの? ……二人ならブラックジャックでもやる?」
「……ブラックジャック?……何だそれは?」



「………………は?」

伸ばしていた手を引っ込め、さすがに驚いた顔でサンドマンの方に向き直るミラション。

「その絵札を使うのか? すまないが、オレはそれを使った賭け事はよくわからない。」
「……あんた、ブラックジャック知らないの? ……どれだけ田舎ものなのよ。どこの生まれ?」
「……アリゾナだ」
「アリゾナぁー? ……あんた、その格好コスプレじゃなくて、ホントにインディアン?」

サンドマンはアメリカ先住民の部族である。
部族内の掟を破って白人の本を読み、知識を身につけていたとはいえ、あくまで限定されたものでしかなかった。
1890年当時、トランプそのものはアメリカでも発展しており、ポーカーなどは有名だったもののそれは白人の話であり、
彼が実際にトランプに触れる機会が無かったとしても無理のないことである。

「……ポーカー知ってる? トランプってわかる?」
「名前ならば本で読んだ覚えがある、しかしルールはよくわからない。」

これはひどい……と心の中で呆れる。
相手がこれでは荷物を巻き上げるのはともかく、『取り立て人』を試すのは難しそうである。
なにせ、発動の条件は『ルール』を破るなどして『心に負い目』が存在することである。
破ったとしても相手が「ルールがわからなかったからしかたない」と開き直れば『負い目』が出来ず、
『取り立て人』が現れない可能性もある。

「それじゃあ……、あんたは何で勝負したいの?」
「『賭け』には乗った。勝負の方法はそちらで決めて構わない。オレはそれを受けるかどうかを決める」
「………………」

面倒くさいヤツだ、とミラションは思う。
そもそも、自分の常套手段は相手に『ルール』を決めさせ、それを『自ら破らせる』というものである。
自分が何もかも『ルール』を決める、ただし受けるかどうかは相手が決めるというのではまるで立場が逆ではないか。
それとも、これは自分から冷静さを奪うための作戦なのだろうか。

(仕方が無い、『取り立て人』はひとまずおいておこう……)

『常識』を知らないヤツに『ルール』の縛りは無いも同然。
幸い、勝負方法を好きに決めてよいのなら後でいくらでもやりようはある。
賭けに勝って得られる物の価値も正確にはわからない以上、ミラションはひとまず賭けに勝つことのみを考え始めた。

「……そうね。……それじゃあ、この窓から外を見て、次に通るのが男か女か当てるってのはどう?」

適当に思いついたことを口にする。
サンドマンは首を横に振りつつ長いため息を吐き、

「悪いが、次にいつ誰かが通るかわからない以上、その賭けは受けられない。
 そこまで時間は無駄にしたくない。 ……それに、その賭けは『公正』ではないだろう。
 オレが先にどちらに賭けるか決めて良いならば話は別だが。」

と切り捨てる。


ちなみにこの賭け、少し考えればわかることであるが
バトルロワイアルの最初の説明は多くの参加者にとって「見知らぬ場所」で行われた。
そこにいきなり連れてこられた参加者はとりあえず周りを確認する。誰だってそーする。
そして辺りを見回したときに正確な人数はわからずとも
『男の方が圧倒的に多い』ということはすぐにわかる。

加えて、殺し合いの場でしかも時間は真夜中である。
女が一人で歩き回ることは少ないだろうし、
理由があって動くとしても、こんなどこから狙われるかわからない通りは避けるだろう。

同行者がいる場合はどうか、その場合も答えは変わらない。
なぜならば多くの場合、その同行者は男であり、女は男の後ろから着いていくものだからである。
偏見と捉えられるかもしれないが、ここにこうして殺し合いに乗ろうとせず閉じこもっている女がいることを考えると、
あながち的外れとはいえないのではないだろうか。

無論、何かから逃げている、もしくはよほど肝の据わった女性が偶然通りかかるという可能性はあるが、
それを当てにするよりはだんぜん男に賭ける方が有利である(もちろん、この考えは二人とも理解していることであった)。


それはさておき、ミラションはというと

「ええ……そうね。 ま…確かに公正じゃないわね……ちょっとした思いつきで言ってみただけ…」

ギャンブルに焦りは禁物。冷静さを失わず、勝負方法を探して部屋の中を見回す。

―――目をつぶって腕組みをしたまま待っているサンドマン。
―――壁に掛けられた絵。
―――アンティークが上に並べられた棚。
―――時計が時を刻む音以外物音一つしない窓。
―――床に散らばるトランプ。
―――コーヒー、チップ、エメラルド、トランプがあるテーブルの上。

「それじゃあ…… こういうのはどうかしら……?」

言いつつ立ち上がり、テーブルの上を指差す。
そこには、サンドマンのデイパックとミラションの前に、まるであらかじめ配られていたかのような裏向きのカードがそれぞれ五枚づつ残っていた。
先程集めたカードの一枚、クラブの5を見せながらミラションは言った。

「トランプにはこういうふうに、絵柄と数字、もしくは文字が描いてある……。
 数字はそのまま、Aは1、Jは11、Qは12、Kは13。
 それぞれの数字と文字は四枚づつある……」
「……それで?」
「見ての通り、あたしと荷物の前には伏せてある5枚のカードがある。
 あんたは、この5枚のカードの数字の合計はどっちが大きいかを選んで賭けてもらう。」
「……やりたいことはわかったが、それだけか?」
「それだけ。……もちろん、賭けた後の『めくる』とき以外で伏せてあるカードに触れたり、
 息を吹きかけたりするなどでめくってはいけない…… カードを別のものに変えるのも駄目。」
「……5枚の合計が同数だった場合は?」
「その時は、お互いのカードのうち、最も数字が大きいものを比べ、数字が大きいほうが勝ち。
 それも同じならマーク……スペード、ハート、ダイヤ、クラブの順で勝敗を決める……」

順番にカードを見せつつ、説明を行う。
サンドマンは頭の中でルールを整理しているのか再び目をつぶった後、目と口を同時に開いた。

「……『めくる』のはどのように行う?」
「そうね、実演してみようかしら…… 両手を前に出して、あたしと同じように……」

サンドマンが両手を出すと、ミラションは裏向きのカードを二枚、それぞれ手の前に置くと、自分も両手を差し出した。
次いで左手の親指を左のカードの端に乗せて、右手の親指を右のカードに乗せる。
サンドマンにも同じように、ミラションとは左右逆の手で指を乗せさせる。

「こうやって、カードのそれぞれの端を二人の指で抑えて、テーブルの外側にスライドさせる……」

左手と右手、それぞれの手を外側に開いてゆき、カードを1枚づつテーブルの両端まで移動させる。

「そして、端まで来たら人差し指を添えて、二人でいっしょにめくる……」

言いながら、両手のカードをゆっくりとひっくり返す。サンドマンもそれに従う。

「これなら、時間を止めでもしない限り相手に気付かれないようにカードをすり替えることは不可能。
 実際にやるときは、自分のカードは左手、相手のカードは右手でめくる。
 めくる順番は手に近い方、すなわち自分から見て左のカードから。 ……どう?」
「……問題ないだろう。」
「グッド! ルールは今説明した通り… そして『やる』と決めたときからゲームはすでに始まっている…
 あたしは、あんたが数が小さい方を選ぶのにこのエメラルド。」
「いいだろう。オレは、オレが数が大きい方を選ぶのにそこの荷物を全部賭けるッ!」
「グッド!」


こうして、前置きは長くなったがバトルロワイヤルにおける、命ではなく物を賭けた最初の『勝負』が開始された。


「もちろん、あんたがカードを選ぶ間あたしは腕を組んで座って見てるだけ…
 あんたがカードにちょっとでも触れたらあたしのもの……」

まずは『選択』。
宣言どおり、腕組みをしてテーブルの上を注視するミラションに対し、
サンドマンも腕組みをしたままテーブルの上、特に伏せられたカードを交互に見ている。

(さて、どう出るかしら……)

ミラションはサンドマンの方を伺うが、あいも変わらずの無表情であり、今のところ怪しい動きはない。

(……っていうか、ポーカーも知らないくせにポーカーフェイスは一流ですってか?)

どうでもいいことを考えつつも注意は逸らさない。
すでに勘付いているかもしれないが、ミラションは伏せてあるカードの数字を「知って」いる。
それも当然、彼女は最初にこの部屋に入った者である。
伏せてあるカードをめくって確認しようが誰も咎める者はいないし、
『ルール』を決めた後でも、言わなければバレるはずも無い。

しかし、同時に「それがどうした」とも思うかもしれない。
ミラションが知っていたとしても、選ぶのはサンドマン。
もし、彼がまぐれだろうがなんだろうが、数字の合計が大きいほうを選んだらどうするつもりなのか。
それは、今はまだわからない。

そして………………



「………………決めた。オレは、こちらに賭けるッ!」


暫しの逡巡の後、決定。
サンドマンが選んだのは、ミラションとは逆、自分の荷物の前に伏せられている側のカード。

「グッド! それじゃあ、勝負ね……」

ミラションはそう言ってゆっくりとイスから立ち上がると、
荷物が乗ったイスをどかしてから元の位置に戻り、カードに手を伸ばした。
サンドマンも立ち上がり、自身の選んだカードの正面に移動すると同じように手を伸ばす。

二人はお互いの顔をちらり、と眺めてからカードへと視線を向ける。
この時点で(少なくとも表向きの)駆け引きは終了、残るは結果のみである。
二人の手がゆっくりとカードをめくっていく。




―――1枚目
ミラション  スペードの6。
サンドマン   ハートの8。


言葉はもう交わさない。



―――2枚目
ミラション   クラブのK、 計19。
サンドマン   ハートの4、 計12。


相手の顔を見ることもしない。



―――3枚目
ミラション  スペードのA、 計20。
サンドマン   クラブの8、 計20。


同点。しかし、二人のポーカーフェイスは全く崩れない。



―――4枚目
ミラション  ハートの10、 計30。
サンドマン  スペードの8、 計28。



ここに至ってようやく二人は顔を上げ、ちらりと互いの表情を伺う。
サンドマンがいまだに無表情であることを確認し、ミラションは僅かな疑問を抱く。

(こいつのこの余裕はなんなんだ……?)

汗もかいていないし、呼吸も乱れている様子は無い。
エメラルドを見た時の鬼気迫る表情はすっかり消え失せて落ち着き払っている。

(ハッタリが上手いのか、それとも自分の勝ちを確信してますっていう自信か……
 まあいい、仮にイカサマをやったとしても、そのときこそ『取り立て人』がお出ましになるだけだ。)

ミラションは気にしないことにして、残ったカードの最後の一組に視線を戻す。
サンドマンも再びカードへと目を向け、二人はゆっくりと、両手の指でカードをスライドさせていった。


―――いいところではあるが、サンドマンが冷静なのには当然理由がある。
実は彼もまた、ミラションと同じくめくる前から伏せてあるカードの数字を知っていたのである。
だが、サンドマンが部屋に入ってきてからミラションが知る限り、彼がカードを調べた様子は無かった。
第一、カードをめくってはいけないという『ルール』があるのに何故『取り立て人』を現すことなく数字がわかるのか。
その答えを知るためには、一度賭けを始める前に戻ってみる必要がある。

そもそもサンドマンは、トランプを見たことが無いとまでは言っていないし、言葉自体は知っていた。
それならば、細かいルールは知らずとも、「何に使われるものなのか」ということを知っていてもおかしくは無い。
サンドマンがトランプに持っていた概念―――それは当然、「賭けに用いられる道具」である。
それを認識していたからこそ、彼は行われる『賭け』にテーブルの上のカードが関わってくると考えた。
故に、ミラションがテーブルのカードを集めた後に未だ残されていたカードを当然怪しく思った。
そして、ある「細工」を行ったのである。

普通、『賭け』をする場合、人間は向かい合って座るものである。
そしてテーブルの上にも、イスのすぐ前にカードが置かれていたのは窓側とドア側の向かい合った二ヶ所であった。
しかし、サンドマンはミラションが座っていた窓側のイスの向かいにあるドア側のイスには座らず、わざわざ真ん中のイスに座った。
何故そこに座ったのか。それは、その位置が最もベストだったからである。
サンドマンが座る直前、ミラションはエメラルドと包みをテーブルの中央に置いた。
そう、これが中央に置かれたからこそサンドマンは真ん中のイスに座ったのである。

エメラルドに何の意味があるのか?―――実は、何も無い。
サンドマンにとって重要だったのは、包みに一緒に入っていた「砂」である。
彼は会話の最中に不自然にならない程度にため息を吐き、両側のカードに向かってわずかな量の砂を飛ばした。
(この時、カードの前に座っていては自分の目の前にあるカードの方に砂を飛ばせなかったのである)

飛ばした砂は、カードとテーブルの間にあるわずかな隙間に入り込む。
後は、自分の能力で砂を通してカードの絵を確認するだけである。
当然、砂はそんなに奥までは入っていかないためカードの全体までは見えなかった。
しかし必要な情報、すなわち数字か文字はカードの端に描かれていたため不都合は無かった。
こうして、サンドマンは一切カードに触れることなく数字を見ることが出来たのである。
後は適当な理由をつけて数字さえわかれば勝てるようなゲームを相手に提案させ、それを受けるだけでよかった。

残った1枚は相手の女が7、対して自分のカードはJ。
合計は37対39で自分の勝ち。
もし違ったならば、それは女が『ルール』を破ってカードをすり替えたということ。
自分に非はないのだから、相手の負けになるという寸法であった。

ちなみに、彼はこの行為を不正だとは砂粒ほども思っていない。
『ルール』で禁止されているのは『めくる』、あるいは『カードに触れる』行為であって『見る』という行為は禁止されていない。
よって自分は『ルール違反』はしていない。
第一、見てはいけないならば何を理由にカードを選べというのか。
この思考はサンドマンがトランプの『ルール』を知らないゆえに生まれた思考であるため、
ミラションの『取り立て人』も手出しが出来なかったのである。




そして、遂に最後のカードが開かれた。




―――5枚目
ミラション  ダイヤの7、計37。
サンドマン  J―――












                     ―――JOKER。














「………………!? なんだ、これは!?」
「あら、ジョーカーね。」

確かにカードの端を見る限りそこにはJの文字があったが、これは明らかに他のカードとは違う。
驚くサンドマンに対し、ミラションはすました顔で




          「それは不吉な『死神』のカード。数値は"0"のハズレカードよ。」




そう告げた。

「……な……に……?」
「合計はあたしが37であんたが28……」



                「ゲームオーバーだ―――サンドマン。」




#




月明かりの差し込む暗い部屋で、一人の女が座っている。 
平然と人をダマせる精神を持つそいつの名はミラション。
彼女は最初の賭けに勝利したことで優越感に浸っていた。


(それにしても、あいつ意外と素直に出て行ったわね。
ジョーカーについて問いただされた場合はババ抜きの話でもしてやろうかと思ってたけど、少し拍子抜けね。
……まあ、向こうには反論の材料が無いし、怒り狂って襲ってこられたらたまらないから別にいいか)

『賭け』のとき、ミラションはサンドマンが『ルール』を知らないならば当然ジョーカーを知らないだろうと考え、
カードの説明時にジョーカーについて質問が無いことからその考えに確信を持った。
そこで、『ルール』を知らないサンドマンには複雑なイカサマをするまでもなく、
知らないのを逆手にとってハメるだけで十分だと考えたのである。
もしも、サンドマンが逆を選んでいたらそのときはジョーカーを貴重なカードとしてKよりも高い14扱いにするだけでよい。
カードのすり替えは『ルール違反』になるため、どう転んでも彼女の勝ちは揺るぎなかったというわけである。

中立で公正な『ジャッジ』となる第三者がいればこう上手くはいかなかったが、あの場にいたのは二人だけ。
しかも、勝負方法は公式のルールなど存在しない即興のゲームである。
結局は「言ったもの勝ち」なのだ。

「さて、何が入ってるのかしらね?」

見つめるのは当然、先程の『賭け』で得た戦利品。
自分から動く気はないが、ああいう常識知らずなヤツばかりならば他の参加者から所持品を撒きあげまくるのもいいかもしれない。
心の高鳴りを抑えきれずに自分のよりも少しばかり重い気がするデイパックを引き寄せ、開けてみる。









               ―――しかし 中は からっぽだった……。









「………………え?」

デイパックを持ち直す―――空っぽとは思えない「重み」がある。
今度は振ってみる―――これまた空っぽとは思えない「音」がする。
それでも、中には何も入っていない。

調べてみると、すぐにデイパックの底に「ズシリ」と「ガサガサ」という文字が書かれて、
いや「貼り付けられて」いるのを見つけた。
これはなんだ、と思う間もなく文字は跡形も無く消滅していく。
完全に消え去ると同時に手にかかる重みもなくなり、残されたのは何の変哲も中身も無いデイパックのみ。

「と、取り立て人………………」

スタンドが現れている様子は無い。
となると、最初にサンドマンが「賭けた」時点からデイパックは空だったことになる。
すなわち、賭けた荷物はこれで全部。
『ルール違反』はない上に『賭け金』は全て取り立てたのだから、『取り立て人』は現れない。

「あ、あ、あ、あの野郎ォォォーーーーーーーーッ!!!」

空のデイパックなど篭城には何の役にも立たない。
それどころかこの時間帯に一人で二つのデイパックなど持っていてはあらぬ疑いをかけられる可能性もある。
『賭け』に勝って得たものは文字通り「お荷物」だと知り、ミラションは絶叫するしかなかった。

―――こうして。
場合によれば「全て」を兼ね備えるジョーカーを「何も無い」と言ったミラションは
サンドマンの「全て」が入ったように見せかけた「何も無い」荷物を掴まされることになったのであった。



#



月明かりが照らす街を一人の男が再び駆けていく。
意外と図太い神経を持つそいつの名はサンドマン。
彼は賭けに負けても、大事なものは失わなかった。


彼がデイパックを空にしておいたのは何のことはない、「必要ない」からだ。
戦闘の際は自分の身一つで戦うのだから、動きを妨げそうな荷物はなるべく少ない方がよい。
紙や小物はリストバンドなどに隠しておけるし、
その他の道具もスタンド能力で体のどこかに貼り付けておけば落とす心配はない。
そういった意味でサンドマンにとってデイパックはかさばる荷物でしかなく、
賭けに使えたのはむしろラッキーだったほどである。

ミラションの潜む家から東に向かいつつ、サンドマンは先程までの出来事について思考をめぐらす。

あの欲が深そうな白人の女の事を気の毒とも思わないし、悪いとも思わない。
『ジョーカー』は怪しいとは思ったが、『ルール』を知らない自分が何を言ってもおそらく無駄だ。
形見のエメラルドは惜しいが、あれ以上賭けを続けてもおそらく自分の首を絞めるだけだろう。
女を殺して奪い取るという選択肢もあったが、
情報も揃わないうちに「敵」を増やすようなリスクのある行動は避けたい。
そう、自分に足りないのは情報、ひいては知識である……ここは一旦、退くべきだ。
あの時は勢いだけで相手の提案に乗ってしまったが、今後は迂闊なことは控えよう。
エメラルドは機会を見つけて……なんなら、あの女が「脱落」した後にでも回収すればいい。

と、ここまで考えて彼は自分がした質問と、その答えを思い出す。

―――その宝石を何処で手に入れた?
―――……最初に持たされた荷物の中にあった紙に入ってたのよ

確かそう言っていた。
自分に支給された紙にも、何かが入っているのだろうか。
最初の説明のとき、確かスティール氏は武器を用意したとか言っていた記憶がある。
バトルロワイアルが始まる際に無くした自分の短刀か、あるいは他の刃物ぐらいはないだろうか。

そう思いつつ立ち止まり、折りたたまれた紙を取り出して開いてみる。
紙から出てきたのは―――

「………………なんだ……これは……」








自身の目に映るものが信じられない。
こんなものがあんな紙一枚のどこに収まっていたというのか。








大量の金塊、宝石付きのアクセサリー、札束―――
そこには誰もが目を奪われるであろう、『宝の山』があった。
めったなことでは後悔しないはずのサンドマンが、デイパックは「必要」だったかもしれないと考え直してしまうほどの―――




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最終更新:2015年08月27日 20:00