あ・・・ありのまま今起こった事を話すぜ!
『ハルヒが角砂糖を投げたと思ったら地面の中から男が飛び出してきた』
な・・・何を言ってるのかわからねーと思うが俺もなにがおこったのかわからなかった・・・
常識がどうにかなりそうだった・・・
マンホールだとか大脱出だとかそんなちゃちなモンじゃあ断じてねえ・・・
もっと奇妙な何かの片鱗を味わった感じだぜ・・・
act1—君の名は・・・
バサロ泳法。
アメリカの水泳選手、ジェシー・バサロが編み出したといわれる泳法。
平たく言えば背泳ぎだ。
何でそんな説明をしたかというと理由は簡単、地中から男があろうことかバサロで飛び出してきたからだ。
男は仰向けの状態で空中へ飛び出し、ほぼ直線上で自由落下を始めた三つの角砂糖を長い舌で器用に捕らえた。
そして伸ばしっぱなしだった腕で街路樹をつかみ体操選手のように一回転。
危なげなく着地を成功させ、そのまま租借を始める。
唖然、現在の俺を表せる単語はこれ以外にはないだろう。
ハルヒはというと、とても満足そうな顔で男に近づいていく。
「よくできたわねー。よしよしよーし。いい子よー。よしよーし。」
とどこまでも機嫌よく茶色の頭をなで繰り回す。
覆面のようなもので顔は隠れているが男もとても満足そうだ。
ハルヒが頭を撫ではじめると、いっそううれしそうにガリガリと角砂糖を噛み砕く。
その状況は一見すると仲の良い姉弟のようだが、男の格好はどう見ても異様だった。
俺は意を決して尋ねてみる。
ハルヒ、そいつはいったい誰なんだ?
「誰ってキョン、あんたどっかに頭のネジ落っことしちゃったの?」
少なくともお前よりはうまく働いている、と悪態をつこうとしたが口をつぐむ。
そういえば今朝ハルヒは電話で面白い『生き物』を見つけたと言っていた。
ハルヒは思考回路こそショート寸前なほどおかしいが、一般学力については申し分ない。
面白い人間を見つけたのならそう伝えるだろう。
そして今のこの人物の扱い方から言えることはひとつ。
ハルヒはこれが人間だとは気づいていない。
ならばハルヒにとって『こいつ』は何なんだ。
「何って、あんたわからないの。目ェ開いてる、耳聞こえてる?」
ハルヒは男の頭を撫でながら続ける。
「地面を自分の意思で進める動物って言うのはこの世には数えるほどしか存在しないの。
この子はその中でもたぶん特別な種族よ。」
ゆっくりと、まるで怪談の語り部のようにそう言う。
雰囲気に飲まれ、ゴクリと俺にも聞こえるくらいの音を立て息を飲む朝比奈さん。
「そう、この子は・・・」
その後の言葉で、俺はハルヒという女とその発想のスケールに別の意味で圧倒させられることとなる。
「地中に潜み巨大迷路を守り続ける地下の帝王、清大菜明呂之介の地底怪獣こと大モグラ『もぐらす』よ!!」
確かにそのとき、時間は止まった。
「地・・・地底怪獣、なんですか?」
「そうよ、それ以外の何に見えるのっていうの。」
どう考えてもおかしいだろ、と反論してもハルヒは聞く耳を持たない。
長く伸びた四つの足は、と俺が問えば「人を倒すための進化の証」答え、
日光を浴びても大丈夫な理由は、と問えば「超越したのよいろいろと」と答える。
ダメだ、このハルヒ。今は何を言っても通用しない。
男(通称『もぐらす』)は何か言いたそうに角砂糖をかみながらハルヒを見上げている。
その視線に気づかずにハルヒは言葉を続ける。
「それで、本題に戻るわね。今日集まってもらったのは他でもないわ!この子の事について調べるためよ。」
そういいながらハルヒは角砂糖の入っていたビニール袋から紙を取り出し、俺たちに向かって突きつけた。
紙には抽象的な地図のようなものと走り書きで何かが書いてあるように見える。
ように見えるというのは別に俺の目が悪いというわけではなく、俺からは見難い方向へと突き出されているということを示している。
「まず、調べなきゃいけないのは『この子の生物学上の分類』と『東京都小金井市の歴史』。
よってくじ引きで今のメンバーを2:2に分けて、それぞれ図書館で自分の担当することについて調べるの。ここまでいい?」
そこまで言ってハルヒは例のビニール袋から四本の爪楊枝のようなものを取り出した。
だがちょっと待て、今の説明何かおかしくないか?
「何、どこがおかしいのよ。完璧じゃない。」
俺は今のハルヒの言葉を反芻してみる。
要は『もぐらす』について調べるということらしい。
たぶん動物図鑑やらなんやらをみて『もぐらす』について調べるグループと何故か東京都小金井市の歴史について調べるグループ。
人数比2:2に分かれて行動するのが今日の活動内容ということだ。
いったいどこがおかしいのだろう。
「ひとつ質問があるのですが、いいですか?」
俺の思考をさえぎるように古泉がハルヒに問いかける。
「あら、何?古泉君」
「2:2と言いましたが、僕たちは五人。人数が合わないのですが。」
そうか、それだ。2:2ということは確実に一人あぶれてしまう。
「それなら答えは単純よ。キョンは別行動だもの。キョンが抜ければここにいる人数は四人になる。わかった?」
別行動?
つまり俺は図書館に行かずに別のことをする、ということか。
「そういうことよ。ほら、簡単でしょ?じゃあくじを・・・」
そのままくじ引きにうつろうとするハルヒ。だがしかし、俺の疑問がもうひとつ増えた。それにも答えてもらわなくてはならない。
俺はいったい何をすればいいんだ。
「あんたのやることはひとつ、『この子の世話』よ。」
走る電車を見つめながら、溜息をつく。今年になって何度目だろう。
「『この子の世話』よ。」
そういってハルヒは俺にビニール袋を渡し、三人を引き連れて図書館のほうへと歩いていった。
悪い予感はやはり的中するものらしい。
駅前にいるのは俺と『もぐらす』だけになってしまった。どうすればいいのだろう。
「とりあえず帰るか、もぐらす。」
やることも見当たらないので俺がそう言うと、『もぐらす』は意外な反応を見せた。
「さっきから言おう言おうと思ってたんだがよォ〜」
そう、『もぐらす』、自称セッコは俺に流暢な日本語で返事をした。
「俺の名前、もぐらすなんかじゃあーねーぞッ!俺はセッコだ!!
しかも俺はモグラじゃねぇし!地底怪獣でもねぇし!!馬鹿にしてんのかァ!?」
しかもとびきり口が悪いと来ている。
「モグラじゃないんなら、何なんだよ。」
「見てわかんねェのかよ!どっからどう見ても人間だろうがよォ!」
やはり人間のようだ。しかしじゃあどうして地面の中に潜れるんだ?
質問の答えを聞く前に俺は大変なことに気がついた。
遊びに来たのであろう少年たちがこっちをじっと見つめているのである。
それのどこが大変かというと簡単だ。
現在男、セッコは地中に下半身を浸した状態でいて、それをじっと見られているのだ。
良くてドン引き、悪ければ警察沙汰になってしまうだろう。
「とりあえず安心して話せる場所に行こうか。」
しかしセッコはすごい勢いで聞くに堪えない悪口をまくし立てる。
その上、頑として動こうとしない。
子どもだけでなく、お年寄りや若い女性までこちらに目をやり始めた。
これはマズイ。このままだと最悪の結果になってしまう。
(どうやって動かせばいいのか)
そのとき俺の頭によぎったのは先ほどのハルヒとセッコのじゃれあいだった。
もしかすると、と思い俺は行動に移してみる。
「おい」「何だコルァ!!」
「角砂糖やるから一緒に来ないか。」
なーんてななどとおどけてみようとしたが、これもセッコは予想だにしない反応をかえした。
「マジか。おう、行くぜ!!」
二つ返事で、尻尾があれば思いっきりふっているだろう、というような笑顔で思い切り頷くセッコ。
もしかしてこいつ、すごく扱いやすい奴なんじゃ・・・
「じゃあいくぞ」
「おう!!」
さて、これからどこへ向かおう。
最終更新:2008年12月25日 20:10