たとえば街頭アンケートを行ったとする。
内容は『あなたの一番安心できる場所はどこですか』という感じの内容だ。
ほとんどの人は『自分の家』と答えるだろう。
人間というのは自分の生活観が滲みこんでいる世界に安堵感を覚えるのだとか。
しかし『安心して話ができる場所』と聞けば、その数はどれほどのものだろう。
一人暮らしならまだしも家族がいるなら、自分の家というのは安全な場所から一転、危険な場所になるだろう。
そう、盗み聞き的な意味で。

act3—硬貨と角砂糖

ゆっくり話せる場所といっても俺が知っている場所は二つしかない。
SOS団会議でお馴染みの喫茶店と自宅だ。
最初は喫茶店に向かおうと思ったがさすがにこいつと一緒に喫茶店に入るという様な勇気は今の俺にはない。
よって向かう場所は自宅となる。
「いいか、角砂糖やるから絶対勝手に喋るなよ。喋った瞬間俺はこの角砂糖を全部捨てるからな。」
「わかったっつってんだろォ〜がよォ〜。くどいんだよ、てめーわ!!」
こう言ってはいるものの、やはり一抹の不安は拭いきれない。
「それよりさっさと角砂糖くれよォ〜」
前言撤回、すごく不安である。

そうこうしている間に家に着いてしまった。
駅前からここまで、人とすれ違わずに帰ってこれたのは奇跡というに値するだろう。
しかし問題はここからだ。
今日は日曜日、時刻は午前九時半を回ったくらいだ。
つまり家の中では高確率で家族が活動を開始しているということだ。
家という限られた空間であるからこそ最大限の注意を払う必要がある。
「約束は守れよ、セッコ」
「わかってるっつってんだろ!!」
そろそろ糖分が切れてきたのか、セッコもカリカリしている。
意を決し、大きく深呼吸をしていやな感じに高鳴っている胸を落ち着かせ、ドアノブに手をかける。
「いってきまーーーす。」
力を加えようとした瞬間、思いっきりドアが開く。
ここで見つかってしまっては今までの苦労は水の泡だ。俺はとっさにセッコをドアの死角へと突き飛ばす。
力強く開かれるドア、そのドアの前に立っていたのは俺の妹だった。
「あ、キョン君。お帰りー、どこ行ってたのー?」
「ああ、ちょっとハルヒに呼び出されてな・・・」
「そうなんだ。ふーん」
どうやらセッコはうまく隠せたらしい。
「どっか行くのか?」
「うん、今からミヨキチの所に行こうって思ってたんだけどさ・・・」
おかしい。
妹の目は俺のほうを見ていない。俺がセッコを突き飛ばしたほうを見ているように見える。
気のせいだと思いたい、いや気のせいのはずだ気のせいに違いない。
しかし俺の願いもあっさりと砕かれた。
「キョン君、アレ、何?」
ゆっくりとセッコを突き飛ばしたほうを振り返ってみると・・・
セッコが頭を押さえてのたうちまわっていた。

「お茶持ってきたよ〜」
のたうちまわるセッコを見ても妹はそれほど驚きはしなかった。
ハルヒに預けられた、というと驚くほどすんなり納得してくれた。
それどころか「可愛いもぐら〜」といって撫でにいった。
もしかして、俺以外にはもぐらに見えてるのか?
とりあえず親には見つかるわけにはいかないので手伝ってくれというと、これも妹は承認した。
賢しい妹に育ってくれたようでなんとなくうれしい。
しかしそれからが大変だった。
「私ももぐらと仲良くなりたい」といって俺の部屋から出ようとしなかったり、無意味に部屋に突撃してきたりと落ち着いて話すこともできない。
ちなみに今のお茶で飲み物の種類にしては三種類目、数にすれば八杯目だ。
「あのなぁ・・・」
「なに〜?」
妹は楽しそうにセッコの前で腹ばいに寝転がりエノコログサを振っている。
それにたいしてセッコはというとそれを全力で追っている。
「とりあえず出てけ。」
「いや、もっとセッコと遊びたい。」
このやり取りも十七回目くらいだ。
にらみ合いにこそならないが、頑なにそういって聞かない妹。
このまま部屋に居座られても困る、どうにかしないと。
「ミヨキチの所に行くんじゃなかったのか?」
「あ、そっか」
やれやれ、ようやく出て行ってくれそうだ。そう思ったのも束の間。
「じゃあミヨキチに行けないって電話してくるね。」
どうやら妹の意志は本当に固いようだ。
「しかし、友情って言うのは一生ものだからな。大切にしないといけないぞ、さぁさっさと行って来い。」
まくし立てるようにそう告げて妹の投げ出された足を持って部屋の外まで引きずり出す。本当はこんなことしたくないが仕方あるまい。
そのままできるだけ優しく部屋の外へと放り出し、扉を閉める。
今度は扉を開けても入ることができないように、自ら扉を背で止めた状態で座りなおす。
セッコは床を転がりながら先ほど妹が置いて行ったエノコログサを噛んでいる。
その図は本当にこいつは人間なのかと疑いたくなるほど野生的だ。
野生的といっても熊や猪などの獰猛なものではなく哺乳類、それも野良猫を連想させるそれである。

ある意味ほほえましいが、時間というものは無限ではない。金と同等の価値を持つのだ。
「なあ、そろそろいいか、セッコ?」
「おう、いいのか?あの子まだ外にいるぜ?」
・・・・・・・・・
俺はゆっくりと背を向けていた扉を開けてみる。
そこにはこちらに頭を向けた状態で妹が転がっていた。
妹も見られているのに気づいたのか顔を上げる。
「・・・えへ」

「さて、いいかセッコ?」
妹を半ば無理やり家から送り出し、もう一度セッコと対峙する。
現在十時五分過ぎ、つまり妹と三十数分妹と先ほどまでのやり取りをしていたことになる。
セッコはというと床の感覚がよほど気に入ったのかごろごろと寝返りのようなものを打ち続けている。
待ちくたびれてしまったのかもしれない。仕方ない。
「セッコ、角砂糖やるからとりあえず座れ。」
「おう!!」
それはまるでブレイクダンスのように寝返りを打った状態から腕を支点とし、足を一回転させそのままあぐらを掻くセッコ。
そこまでして角砂糖が欲しいのだろうか、俺には良くわからない。
「はやく、は〜や〜く〜!角・砂・糖!角・砂・糖!!」
「よし、いい子だ、ほれっ」
そういって俺はハルヒからもらったビニール袋の中から角砂糖をひとつつまみ出しセッコの方へと投げる。
「おうおう!!」
あぐらを掻いたまま器用にそれを口の中へと収め、うれしそうに咀嚼を開始するセッコ。
思わず本音が出てしまう。
「そんなにうまいモンか?」
セッコはとても満足そうな顔でこちらを見上げる。
「こんな甘ェモン、おれの田舎にはそうなかったからな。この辺の特産物かなんかか?」
「特産物って、そこまでのモンじゃあないぞ。どこの店でも買えるだろうが。」
俺がそう言うとセッコは思い切り顔を近づけてくる。

「マジか!こんなうめぇもんが!?チョコラータはなンも言ってなかったぞ、いくらぐらいだ?
給料はもらってるから、少しくらい高くても俺ァ買えるぜ!!5000、いや10000リラ出したっていい。ただし後払いになるが。
どうだ、買えるか?オイ、答えろオイ、なんとか言えってんだよォ〜〜〜〜!!!」
あたかも機関銃のようにそうまくし立てたあと俺の肩を抱え、がくがくと揺さぶるセッコ。その速さ、まるで『拷問』のようにも思える。
その言葉の中に見つけた違和感。あまりにもさらりと言われすぎていてまた聞き逃しそうになってしまったが、今回の俺の耳は聞き逃さなかった。
「お前、今いくらまでなら払っていいって言った?」
「おう?やっぱり高ぇのか。そうだな、チョコラータに頼めばそれなりにくれるだろうから、たぶん5000リラくらいは・・・」
やはり。
「ひとつだけいいことを教えてやる。」
「おう?」
俺はその事実を口にする。それを明かすことで現れるだろう矛盾に考えをめぐらせながら。
「この国の通貨は『円』だ。」

セッコは呆気にとられたようにぽかんと口をあけ、そして笑い始めた。
その笑い方は『友達同士の談笑』というような感じの優しいものではなく『国民を見下す女王』のようなものだった。
「ンなワケねェーだろ。俺の記憶が正しけりゃ俺が生まれたときから金は『リラ』って決まってた。
『チョコラータ』の診断をはじめて受けた時もッ!
      『ボス』に始めて給料をもらった時もッ!!
   昨日アイスを買った時もッ!!!
            確かに『リラ』だった。
  大 法 螺 こ い て ん じ ゃ ね ェ ー ぞ!!!」

だんだんと激昂していくセッコ、その足元の床がだんだんとぬかるみ始めているのがわかる。
「ざけんな畜生、俺が下手に出てたらなんだコラァ!!」
腕を思い切り振るうセッコ。腕の向かう先にあった箪笥はいとも簡単に服を護るというその存在意義を失った。
セッコの足元はぬかるむどころではなく、もう波打つまでになっていた。
とりあえずここは、今までのように角砂糖を使っていったん落ち着かせて・・・
角砂糖を取るため動こうとした俺の首が瞬間冷たくなる。
突きつけられた、というには深く俺の皮膚の内側に入りすぎている棒状のもの。
それがセッコの指だとわかり、冷や汗が体中から滝のように流れ落ちていく。
「勝手に動くんじゃあねーぜ。おめぇの発言『怪し』過ぎるんだよ。
このまま『尋問』させてもらうぜ。
もし変な動きしてみろ、
    • ・・・・ ・・ ・・・・・・・・
『尋問』はすぐに『拷問』に変わるからなァ。」

to be continued・・・
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最終更新:2008年12月25日 20:12