今の状況を的確に伝えられる言葉は一つしかない。
ありえない、だ。
「今のおめぇの発言『怪し』過ぎるんだよ」

act3—セッコvsキョン

セッコの瞳にはもう先ほどまでの喜びや感動などといった感情はこもってなかった。
そこにあったのは『冷たい意志』。
騙そうとすれば殺すこともいとわない、という漆黒の色を持った瞳だった。
「まずは最初の質問だ。簡単なのをいくぜ。『なんで嘘をついた?』」
嘘。『リラ』が『円』という違い。
これに対する答えは単純だ。『俺は嘘なんかついてない』
日本で円硬貨が使われているのは真実だ。
しかしそれがセッコの望む答えではない場合、俺は『拷問』を受けることになる。
それも今まで生きてきた中で味わったこともないようなものを。
予想や想像ではない。
首に深々と突き刺さったセッコの指が突きつける、確信だった。
「どうしたァ?もしかして、お前『同業者』か?
情報操作が目的なら無駄だぜ。オレはずっとチョコラータと一緒に居たんだ。昔のオレとは違うんだよ。」
駄目だ。
間違いなく俺の答えはセッコの望む答えじゃあない。
このままでは黙っていても喋っても拷問は免れない。
俺は頭をフル回転させる、何とかこの状況を打開するために。
抜け出す方法は
  • ここでセッコを説き伏せる
  • ここでセッコを倒す
の二択しかない。
この状況から武力での逆転はまず無理だ。セッコの強さは先ほどまでの身のこなしで十分理解している。
ならば説き伏せられるか、と言われればそれも今はほぼ無理だろう。
なぜなら情報が足りなさ過ぎるのだ。

「ここに連れてきたのは戦力分散狙いか?もしそうでも残念だったなァ、チョコラータは一人でも強ェ。だから組んでるんだけどなァ。」
情報と時間は限られている。幸いなことにどちらもセッコが増やしてくれているが。
考える、考える、考え続ける。
「オレが世界情勢に疎かったら無駄だったかも知んねェが、こう見えてもちゃんと勉強してんだぜェ〜」
——まだだ。
不確定な情報多すぎる。不確定なままその情報を信用すれば裏切られたときの代償は大きい。
「角砂糖、つったか。あれをくれたときは本当にいい奴だと思ったのによォ。」
———まだ足りない。
決定的な二人の間の『誤差』を埋められるだけの情報。
そのうちのいくつかは揃ったが、決定打には程遠い。
「あの女も、いや、あそこに居た奴ら全員が仲間なのか?あいつらの中の誰かが能力でオレをここに連れてきたのか?」
そして。
「・・・今、なんていった?」
聞き間違いじゃあないのなら。
「図星か?やはりこんなわけわからねぇ場所にオレを運んだのはお前らの誰かの能力か。」
間違いない。
こいつは今連れて来られた、と言ったのだ。
言語、貨幣、角砂糖、能力、離れていた点が重なって一本の線になる。
これまでの経験を元に俺の頭の中にはひとつのストーリーが出来上がった。
今までの会話の中で大まかな人間関係と性格も掴めた。
最後に必要なのは度胸と余裕だ。
俺は歯を食いしばり大きく息を吸い、頭の中でこう繰り返す。
大丈夫だ。俺には神がついている。まだ死ぬはずがない。
ばったもんに近い神様だが、気分は先ほどよりずっと楽になった。
「答えねェんなら、拷問開始だなァ。」
ストーリー、人物像、度胸。
乾坤一擲の大逆転劇の駒は揃った。

どうしたんだろう。
オレは思わず頭をひねる。
拷問開始といった瞬間、目の前の男(キョンと呼ばれていた)の顔から不安や焦りといった表情が消えたのだ。
先ほどまでとめどなく流れていた汗も引き、落ち着いた目でこちらを見つめている。
何があった?
首に、正確にはその内側の大きな動脈に突きつけている指はまだ抜いてはいない。
一般人にとってこれは恐怖以外の何者でもないはずだ。
それをどこからどう見ても凡人以外のなんでもないこの男が、その恐怖を『乗り越えた』というのか。
ありえない、のだがキョンとか言う男の目には何か奥の手を隠していると語るようにきらきらと光り輝いている。
その眼差しにオレは既視感を覚えた。
昔、チョコラータとの任務の時に一度だけ見たことがある。
『覚悟』を決めた眼だ。
その男はかなわないと知りながらもチョコラータに素手で殴りかかり、そして朽ち果てた。
チョコラータの言葉が頭の中によみがえる。
(「『窮鼠猫を噛む』という言葉を知っているか、セッコ?」)
(「徹底的に追い詰められた人間の精神は劇的な成長を遂げる。」)
(「その瞬間こそ『最も注意しなくてはいけない瞬間』だ。」)
ゆっくりとチョコラータの言葉を繰り返してみる。
「きゅうす猫を噛む、か」
そう言うと男はこう返した。
「急須は噛まない。噛むのは窮鼠だ。」

「答えになってねぇなァ。オレの質問のよォ。」
「訂正をしたまでだ。気になったからな。」
首の事は何事もないように男は続ける。
「もっとも、まだ気になることはあるんだがな。」
そして男はやれやれと小さく息を吐き、こう呟いた。
「お前に言ってもわからないだろうからな。」
今、こいつ、なんて言った?
「もう一度聴きたそうな顔をしてるな、一度で聞き取れなかったのか?何度でも言ってやるよ。
『お前に言っても理解できない』
お前の言う『ボス』や『チョコラータ』ならわかるかも知れん。なんせ『本物の学』があるからな。
でもお前の付け焼刃の学じゃあ、物事の真相を知ることなんて到底無理だ。
理解できない奴に理解できないことを話すなんてのは愚の骨頂だろ。
無駄なことに労力を使うのは嫌いなんでな。
つまり、話すことは『ある』けど『ない』。そう言ったんだよ。」
穿き捨てるようにそういって、オレを罵る男。オ、オレはキレた・・・
「なんだとこの野郎ォ!!お望みどおりこのままテメェの動脈ブチ切ってやるよ!!!」
指を動脈に引っ掛けそのまま血管の『泥化』を解除する。
しかし男は表情一つ変えずにこういった。
「試してみるか?」
「何ィ!?」
言葉は淡々とつむがれていく。
「試してみるか、って言ったんだよ。本物の学かどうか、理解できるかどうかをな。」
「ここで俺を殺すのは勝手だ。だがそれは敗北を認めたことになる。」
「どちらか好きなほうを選ぶんだな。俺にもう『死への怯え』や『お前への懇願』の念はない。」
この状況で、奴はオレに勝負を持ちかけてきたらしい。
ナメてんのか、と動脈を引っこ抜いてやろうとも思ったが腑に落ちない言葉があった。
「『敗北』ゥ〜?」
「そうさ、勝負を逃げるような負け犬にお似合いの言葉だ。そうは思わないか?ん?」
やはりこいつはオレのことを見くびっているらしい。
「いいぜェ、さっきの件もある。自分の汚名は自分で挽回しねぇとな。吠え面掻きやがれ!!」

(汚名は返上するもんだぜ)と心の中で小さく突っ込んでみる。
しかし、良くここまでうまく行ったものだ。
俺の計画と今のセッコの反応はほとんど一致していた。
最初に感じた、扱いやすい奴だという感覚は外れてはいなかったという事だ。
もしセッコが今以上に怒りやすかったり、逆に冷静だったのならここまでで俺は死んでいただろう。
俺を見捨てなかった「運命」に感謝しながら計画に落ち度がないかを、もう一度だけ入念に調べる。
成功率は良く見積もってみても高くないだろう。
うまくいけばいいが、そこは神頼みだ。
「それじゃあ、まず最初は・・・」

to be continued・・・
前の話次の話

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年12月25日 20:14