act4―日伊関係図
「それじゃあ、まず最初は簡単、『ここはどこだ?』」
セッコはそれを聞いて目を少し窄める。
傍から見れば蔑んでいるようにも、笑いを堪えているようにも見える。
セッコはその表情を崩さず俺に向かってこう言う。
「馬鹿にすンのもいい加減にしろよ、キョン。俺がその気になりゃあ、いつでもその首をヘシ折ることはできんだぜ。」
首に突っ込まれたままのセッコの手が俺の頚骨を撫でる。
頭から一気に血が引いていく、しかしここで引くわけにはいかない。
俺はセッコを睨み続けたまま繰り返す。
「黙って答えろ、ここはどこだ?」
セッコの肩がプルプルと震える。どうやら相当きているらしい。
先の俺の挑発もあり、その表情はもう怒りのそれへと変わっていた。
それでも手を下さないのは先の俺の言葉があるからだろう。
「イタリアに決まってんだろーがよォー!それ以外にどこがありえるッつーんだよ!!」
当たり前のことを聞くなというように大声でそう叫ぶセッコ。
そりゃそうだ。
いくら地面に潜れるビックリ人間だって、一端の常識は持っている。
だが今は、現実は違っている。
「そう思うか?」
俺の切り返しに眉根をひそめるセッコ。
その表情の変化を見ながら言葉を続ける。
「理解できるか分からないがもう一度言っておく。
俺は嘘はついてない。この国の硬貨は円。これは変わりようのない事実だ。
何故ならここはイタリアなんかじゃあなくて日本だからだ。
だがお前はここがイタリアだって言い張ってる。話はあらかた聞いたがお前が嘘をつけるような人間だとは思わない。
どういうことか?
つまり矛盾しているのに矛盾していない、ありえない状況が展開されている、学術的に言えば矛盾率の原理への挑戦が無意識のうちに発生しているというわけだ。
矛盾率の原理への挑戦、まぁ具体的な例をあげて言えば座頭市の存在と北野たけしの関係と同じと言っていいだろう、分かるかは知らんが。
でも、今起こっているのはそんな机上で展開される論理学的な内容じゃあないってことは分かるよな?だから・・・」
どうやら話が突飛過ぎたらしい、セッコは目を白黒させている。
もしセッコに電光掲示板が付いていたら『熱暴走中』と表示されるだろう。
「やっぱり無理か。」
「・・・う、うるせー!つ、つまり『ムジュンリッツ・ノー・ゲンリー』ってのがスタンドでその本体をボコボコにすればオレは帰れる!!どうだ!?」
どうやら話のうち耳に届いたのは言葉の響きだけのようだ。
俺は力の抜け切っているセッコの手に自分の手を重ねる。
「角砂糖を持ってきてくれ、とりあえず説明がしたい。な?」
そう言うとセッコは驚くほど素直に俺の首から手を引き抜き袋を拾いにいく。
これは信用した、と言うよりはキャパシティを超えてしまい何がなんだか分からなくなったといってことだろう。
指示を出される側の人間は窮地に追いやられると無意識のうちに指示に従うようにできているのだ。もちろん俺の経験から言えることなのだが。
よたよたとハルヒが渡したビニール袋まで近づき、それを持ち上げる。
中を覗くセッコ。そして予想通りの行動を起こした。
「ちょっとまて、え、ちょ、これ、なに!?嘘だろオイ!!?」
そう、セッコは中を覗いた。と言うことは当然見る筈だ、角砂糖の袋を。
この角砂糖は何の変哲もないその辺のスーパーで売っているもの。
つまり買うのも売るのもこの界隈の人間に限られる。
どういうことか分かるか?
「何だこれ、絵、いや字か?そもそもなんでこんな良く分からんものが書いてあンだよ、キョン!」
そしてやれやれ。久しぶりに何の脅しもなくあだ名で呼んでくれたな。
肩から力が抜けていくのが分かる。
走りよってくるセッコ、その瞳にはちょっと前のような冷たい輝きはなく、代わりといわんばかりに驚愕と好奇心で満たされていた。
さてどこから説明するべきか。
「もっと分かりやすく!」
何度目の説明だろう。
確か説明を始めたのは昼過ぎだったはずなのに、気がつけばもうとっくに晩御飯も食べ終わっている。
しかし晩御飯、アレはまさしく戦争だった。
料理を見るや否や食卓に飛び掛るセッコ、セッコに飛び掛る妹、それを必死で止めるほかの家族たち。
食いっぱぐれることはなかったが、おかげで飯を食う前よりも腹が減ってしまった。
「どうした?キョン。」
それから二時間弱、飯前とあわせると約七時間説明を続けている。
途中で妹の介入や脱線が何度もあったから仕方ないと言えばそこで終わりだが、流石にこれはありえないだろ。
「つまりだな、お前を呼んだのはスタンド使いとか言うのじゃあなくてハルヒ。しかも無意識のうちにやってるから厄介なんだ。
殴っても確実にイタリアには戻れない。むしろもっとややこしくなるからやめとけ。
で、元に戻るためには三つのものが必要なんだ。ビザ、パスポート、それと金だ。
ビザやパスポートは持ってないだろうし、金も銀行に入ってるっつってたがこの辺に外貨を扱ってる銀行はないし通帳もないから望みは薄い。
だからうちでお前の面倒は見る。ここまではいいか?」
おう、と大きく頷くセッコ。
今回ほど簡単にはもうできないからこれでわからなかったらお仕舞いだぞ。
そう付け加えるとセッコはにんまりと微笑み「今回は大丈夫だ」と嬉しそうに言う。
本当だろうな。
「まぁいい、とりあえず分かったってことにする。じゃあ、同居の条件三つ言ってみろ。」
「ひとーつ、喋らない!」
大きく叫ぶセッコ、この時点でもう間違ってるのだがあえて指摘はしない。
「ふたーつ、オレはあくまで大きなモグラ!!」
そして三つ目と身構えていたが、いつまで経ってもセッコは声を上げない。
心配になり振り向いてみるとセッコは何かを一所懸命考えていた。
「おい、どうした?」
「いやよ、スタンドの見えねェ奴にはどう振舞えばいいのよ?」
スタンド、地面に潜られる能力のことか。
「見えないなら見えないで別に関係ないんじゃないか?」
「そうか、じゃあみーっつ、口答えはしない!!!」
「よし、イタリア語で言うところのベネか。じゃあ、そう言うことで大丈夫だな。」
頷くセッコに俺は角砂糖を投げる。
どうやらうまく生活できそうだ。
――――――――
暗い部屋の中に私は居る。
手にはメス、口にはマスク、白衣を纏った私は一見すれば普通の医者だろう。
「さて、終わりましたよ、ボス。」
後ろで控えている男、ボスに声を掛ける。
ボスは頷いて「送っておけ」とだけ部下に指示を出す。
送っておけ、というのは目の前の『荷物』のことだ。
何ともあくどい悪戯だが、これを送れば五月蝿いネズミ共も静かになるだろうという考えらしい。
まったく、ボスらしいといえばボスらしい方法である。
私はというと、実は今の今まですごく興奮していた。
思い返せば、なんとすばらしい経験だろう。人間を生きたままイカのように輪切りにできるなんて。
開いていた左手で血の付いているメスを撫でる。
もっと悲鳴が聞きたい。
「・・・聞いてるのか。」
はっ、と我に返る。
どうやら声を掛けられていたらしい。
「これは失礼しました、ボス。なんでしょう?」
ボスは顔色を変えることなくもう一度私に尋ねる。
「なんということでもない。セッコのことだ。行方不明だと聞いたが、本当に行き先などに心当たりはないのか。」
私は仰々しく頭を下げ、
「申し訳ございません。今全力で探しているのですが、どうやら国内には居ないみたいでして。
もしかするとスタンド使いにやられたのかも・・・」
とだけいいドアに向かって歩く。
ボスもそうかとだけ言い、再び問おうとはしなかった。
ドアを出ると向こうから乾いた靴の音が近づいてくるのが聞こえた。
顔を上げてみればふくよかな小男がこちらに向かってきている。
ここまで来れる人間は限られている。私は迷わずに声を掛けた。
「何か用なのか、ペリーコロ?」
ペリーコロは軽く会釈をし、そのまま私の横を通り抜けていこうとする。
私を無視しようというのか、いい度胸だ。
肩を思い切り掴んでこちらを向かせる。
「親衛隊として知るべきだと思うから尋ねてるんだよ、ペリーコロ。教えてもらえないか?」
「極秘情報だ、まずはボスにお話しなければならない。」
「固いことを言うな。頼むよ、な?」
これ以上絡まれると厄介だと思ったのかもしれない。ペリーコロは私を見上げ、呟いた。
ソリッド・ナーゾと。
聞き覚えがある。ボスの偽名のひとつだ。
それを私が聞き返す前にペリーコロは部屋の中に入って言った。
「まったく、慌しい奴だ。」
乾いた靴の音が廊下に響く。今度は私の靴の音だ。
しかし、と腕を組み、指であごを触る。考えるときのお決まりのポーズだ。
ここで考えるのは他でもない、自分の相棒のことだ。
先ほどスタンド使いにやられたかもとボスには言ったが、そんなはずがないことは長く生活をともにしてきた私には分かる。
あいつは強い。
それも味方の私が恐ろしくなるほどにだ。
そんなあいつが不意打ちでもやられることがあるだろうか、いやないだろう。
ではなぜ・・・
「どこに居るんだ、セッコよ・・・」
――――――――
一方その頃・・・
「そういえば確かお前は角砂糖も知らないっていってたな。ついでにいうとそれもありえないんだよ。紅茶の国だろ、イタリア。」
「知らねェよ。買い物全部チョコラータがやっててくれたし、つーか紅茶はレモンだろ。常識的に考えてよォ!」
最終更新:2008年12月25日 20:16