「入るわよー!!」
遠慮などという言葉を欠片も感じさせない大声で、乱暴に扉を開けるハルヒ。
正直耳が痛い。
扉の先にいたのは
「ふぇ!?」
例によって例のごとく、着替え中の朝比奈さんだった。
ハルヒはそんなことも気にせずに、俺の手を引きずかずかと部室の中へと入っていく。
もちろんうら若き乙女に対してこんなこと、許されるはずがない。
朝比奈さんの顔は見る見る紅く染まってゆき…
「ひやゃああぁぁぁーーーー!!!」
act6―出会いの駅前(前編)~超不幸な少女~
恒例行事となった一悶着も終わらせ、着替えが終わった朝比奈さんに導かれて部室へと入る。
瞬間、感じる違和感。おかしい。何かが足りない。
ハルヒもそれに気づいたらしく、俺に声を掛ける。
「おかしいわね、いつもなら有希が最初に来てるはずなのに。それに、キョン。もぐらすはどこよ。」
言われてから気づく。足りないのは長門、それと一緒に来たはずのセッコだ。
今朝別れを告げたはずの二人が揃っていなくなっているのだ。
いやな汗が頬をつたう。
もしやセッコが逃げ出し、長門が今それを探しているのでは?
ありえない話ではない。セッコは長門にあまり友好的ではなかった。
しかもあいつはオアシスが触れている部分なら泥に変えて潜ることができる。脱出だってお手の物。
もし本当にそうならば、非常に由々しき事態だ。
俺は踵を返し、今閉めたばかりのドアへと手を伸ばす。
「ちょっと、どこ行くのよ、キョン。」
俺がいきなり動きだしたことに疑問を抱いたのか、ハルヒがそう尋ねる。
理由なんて説明してる時間はない。俺が先ほどのハルヒよろしくドアを開けようとした、時だった。
ガチャリと音を立てドアが開く。
そこに立っていたのは、話題の渦中の二人。
「・・・ただいま。」「うおおう!!」
すたすたと俺の隣を通り抜けていく長門、それに手を引かれて歩いていくセッコ。一見すれば情けない兄妹のようだ。
俺はそのまま通り抜けようとする長門の肩をつかむ。
「……何?」不意の出来事に少し困惑したのか、長門は分かるか分からないか程度だが首をかしげ俺を見上げる。
A+という谷口の声が聞こえた気がした。あくまで気がしただけだ。
そのまま肩を引っ張って二人まとめて部室の隅へと連行する。
「何をやってたんだ?」
「…散歩。」「おおうおう!!」
散歩…。思わず脱力してしまう。俺は長門とセッコに耳打ちする。
脱走よりは幾分マシだが、なぜ散歩なんかに行くんだ。ハルヒにばれちまったら終了だろう。
それを何でハルヒの目の前をずかずかずかずかと二足歩行で。
「ねぇ、キョン。何で普通に歩いてんの、もぐらす?」
…もう言い訳のしようがない。
万事休すか、と思われたそのとき。肩に乗っていた手を振り払い長門が前に歩み出る。
そしてハルヒに対峙し、
「教育した。」とだけ言っていつもの指定席へと歩いていった。
オイオイ長門さん。いくらハルヒでもそんなことを信じるわけ
「そうなの!?こんな短時間で覚えるなんて、流石地底怪獣ね!!」
…もういい、もう何も言うまい。
その後古泉も揃い、いつものように部活が始まる。
今日の議題は『昨日の成果について』らしい。
まずは古泉朝比奈さんチームの『地底怪獣について』。
「僕たちはまず大きさ、行動範囲、生態系の三点からもぐらすさんの種類について調べました。
しかしどんな図鑑にも事典にも載っていません。
僕たちはこの結果から『もぐらすは一般的に存在しない生物』だと言う見解に達しました。」
まぁ、図鑑に載ってるとしたらホモ・サピエンスの欄だろうから、この見解には頷ける。
次にハルヒ長門チームの『小金井市について』
なぜ小金井市なのか?それはハルヒにしか分からない秘密。それが、今明かされる。
…はずだったのだがハルヒはと言うと
「こっちの方はぜんぜんダメ。やっぱりご当地のことはご当地ね。今度東京まで行こうかしら。」
などと恐ろしいことを団長席でふんぞり返りながら言っているだけだった。
そしてハルヒは姿勢を崩さずに俺のほうを指差す。
何か用なのか。
「あんたは、何かもぐらすについてわかったことはない?」
分かったことか…ここで人間だ超能力だなんて暴露しても信じてくれないだろう。
ならば分かったことはひとつだけだ。
「こいつの名前。セッコだ。」
ちなみに俺のこの発言に、やはりと言うべきかハルヒは猛反対した。
「げろしゃぶ!これは譲れないわ!」
何だその登校拒否を招きそうな名は。
当然俺はハルヒの案を跳ね除ける。しかし、ハルヒがそれを許すはずがない。
「じゃあ多数決よ。セッコとげろしゃぶ、どっちがいいか!!」
結果から言うと二対一(非参加二名)でセッコに軍配が上がった。
さて閑話休題。
ハルヒは今週末も情報収集をすると提案した。もちろんこれに反対するものはない。
今度は俺とセッコも一緒に参加するとのこと。
拒否権は存在しない。神の言葉は絶対だ。
瞬く間に日は過ぎて、週末土曜日。
くじ引きの結果俺は朝比奈さん、セッコと一緒に隣町の図書館で動物図鑑でセッコについて調べることになった。
「でも、何で涼宮さんはセッコさんのことを地底怪獣って呼ぶんでしょうね。」
駅前を目指しながら朝比奈さんが尋ねてくる。
曖昧な笑みを返しながら、セッコの予想が当たっていたことに感心する。
動物的な本能と言うやつだろうか。
そういえば昨日、あいつが部屋で「晩飯はカルボナーラ」と材料も見ずに言い放ったが、それも当たっていた。
「何でだろうな、さっぱりわかんねぇ。」
セッコはと言うと、俺の隣を歩きながらいけしゃあしゃあとそう嘯く。
そうこうしているうちに駅前が見えてきた。
「あぁぁあああ~~!!待って、待って下さい~~~!!」
駅に入って最初に耳に入ったのは素っ頓狂な女性の声だった。
見れば、一人の女の子が地面に這いつくばって口の開いたスポーツバックにあせあせと落ちている荷物をつめている。
五メートルは離れているだろう俺たちの足元にまで荷物があるところを見ると、相当派手にぶちまけたらしい。
その様子を見て朝比奈さんは落ちていた荷物を広い、パタパタと女の子の方へと走っていく。
「あっちに落ちてましたよ?」
「あ、ああ!あり、あり、ありがとうございまふ!!」
声を掛けられたことに驚いたのか、集めていた荷物を放り投げ、女の子は頭を下げる。
まったく、見てられないな。
「セッコ、お前は改札口前を拾ってくれ。」「うおうお!」
「オイ、こっちにパンティあったぞ、パンティ!ほら、ほら見ろキョン、パンティ!!」
「お、おお、大声で叫ばないで~~!」
「ありがとう、ございました。助かりました!」
頭を何度も下げながら女の子が俺たち三人に礼をいう。
「いえ、気にしないでください。」微笑みながらそう言う朝比奈さん。
その笑顔に釣られてか、緊張の糸が切れただけか、少女もぎこちなくではあるが微笑む。
整った顔立ちのなかなかの美少女だ。谷口評価ならAは下らないだろう。
「あ、自己紹介まだでしたね。ええと、一ツ橋葵です。よろしくお願いします。」
「朝比奈みくるです。こっちはキョン君と、セッコさんです。」
あだ名で紹介されるのももう慣れてしまった。何も言うまい。
「おうおう!」セッコはビシッと手を上げ、その手を元気に振りまわす。
「よ、よろしくおねがいします。」
そしてまた頭が千切れるんじゃないかというくらいにお辞儀をする一ツ橋さん。が、今度は中々頭を上げない。
どうかしたんだろうかと覗き込もうとすると、一ツ橋さんはぼそぼそと呟き始める。
「いつも、こうなんですよね…」
不幸にオーラがあるのなら今一ツ橋さんの周りに見えるのがそうなんだろうな、と思うくらいの暗い雰囲気が醸し出される。
「気がついたら周りの人を巻き込んでいるっていうか、いつの間にか周りの人も不幸にしているっていうか。
小さな頃から私が怪我をすると絶対に誰かも一緒に怪我するし。そのせいで友達もできなくて…」
なんかやばい気がするが、俺を除く二人は少女の話を聞いているので無理に動くことも出来ない。俺は誰にも気づかれない位の声で、やれやれと呟いた。
電車から降り、騒々しい駅前に佇む三人と一匹、もとい四人。もちろん俺たちSOS団と一ツ橋さんだ。
なぜ一ツ橋さんと一緒にいるかと言うと、単に目的地が一緒だっただけだ。ちなみに一ツ橋さんは全寮制高校への転校に先立って必要最低限の荷物を持っての引越しらしい。
「葵さんはここから寮のほうへ?」「は、はい。あ、でも先に歯ブラシなんかを買いに行きます。」
さっきので失くしちゃったんで、とはにかみながら言う一ツ橋さん。
図書館のある方向と寮がある方向は逆方向。どうやら一ツ橋さんとはここでお別れらしい。
「俺たちはこっちなんで。行くぞ、セッコ。」「おううおおう!!」
「はい、ありがとうございました!」
そのまま俺たちに背を向けて歩いていく一ツ橋さん。
願わくば、彼女が幸せになりますように。小さくなる後姿にそういった願いを込め、皆を促し俺も歩き出す。
しかしその祈りはものの五分で打ち砕かれた。
最初にそれに気がついたのはセッコだった。
「オイ、キョン。『ゴートー』ってなんだ?」
『ゴートー』…強盗のことだろうか。いきなりだなお前の質問は。
「いや、こっちの文化には不慣れだからよ。で、なんなんだ?」
「人の物を盗ったりする悪い人のことですよ。」と、これは朝比奈さんの言。
違う気もするが、まぁ大筋はあってるだろうから余計な茶々は入れない。
その朝比奈さんの言葉を聞き、しばしセッコが立ち止まる。
どうかしたのか?
「やばいんじゃねぇか、それ。」「何がですか?」
「いやよ、さっきのしょんぼり女があっちに向かってったろ。」
あっち、と後ろを指差すセッコ。しょんぼり女、たぶん一ツ橋さんのことだろう。
「分かれた場所の少し先に『こんびに』ッつー所があってそこに今『ゴートー』ってのがいるらしい。」
…なんだって?
「一度で聞き取れって。だから…」
早口にもう一度説明するセッコ。しかし俺は聞きなおしたわけじゃない。
嫌な予感が頭をよぎる。
彼女は何と言っていた?―確か歯ブラシを買うとか何とか。
歯ブラシが最も簡単に手に入るのはどこだ?―間違いなくコンビニだ。
こうしてはいられない。俺は今来た方向とは逆の方向、つまり一ツ橋さんの向かっていた方に向き直す。
「ど、どうしたんですかぁ?セッコ君は何を…」
「今は説明している時間がありません。一ツ橋さんと合流しましょう!」
殴られた。黒尽くめの男の持っていたライフルの柄で。
ジンジンとした痛みが私の頭を襲う。
強盗だろうか、違うにせよどうやらまた面倒なことに巻き込まれてしまったらしい。
いきなりの出来事にコンビニの中のアベックさんや男の子、神父さんもきょとんとしている。
黒尽くめの男は構わずに私の頭にもう一度ライフルの柄を当ててくる。
その瞳はとても冷めたもので、慈悲の心などかけらも感じられない。
痛い、怖い、動けない、怖い、もういやだ、ライフルが振りあげられ、怖い、怖い、私の頭を狙う、誰か助けて、助けてお父さんお母さんキョンさんセッコ君朝比奈さん痛い痛い痛いよ…
…
― ナンデ、ワタシバッカリ? ―
「すいません、通してください!一ツ橋さん、何処ですか、一ツ橋さん!!?」
人ごみを掻き分け、一ツ橋さんの安否を確認しようとした瞬間だった。
いきなり、朝比奈さんが横面を思い切り殴られたように吹っ飛んだ。
最終更新:2008年12月25日 20:20