久々の平穏だった。
各々が自由に過ごす放課後。
俺と古泉はバックギャモンをして、セッコと朝比奈さんはルールは分からないがそれを覗いている。
長門はゆっくりとページを捲っている。
「平和だな」と紅茶を飲みながら俺が呟くと、古泉は笑いながら
「長く続きようもないんですがね」
分かってるよ。
そう答える前にあいつはやってきた。
「みんなーーー!揃ってる!?」
大声を上げて部室に飛び込んでくるハルヒ。
部員(+セッコ)がいるのを確認するとハルヒはこちらをお構い無しに続けた。
「これ見てよこれ!渡りに船とはこの事よ!!」
と手に持っているチラシをこっちに突き出しつつ叫ぶ。
もうちょっとおしとやかにできないのか、などは言えるはずもなくやっぱり俺の口の中で埋もれる。
突き出されたチラシには大きな文字で、
「町内サッカー大会、ですか」
「そう!!いい?狙うは優勝、ユース進出よ!!」
いつものようにひまわりのような笑顔を向けるハルヒ。
それに答えるように笑う古泉とセッコ。
無頓着な長門に、お茶を入れる朝比奈さん。
俺はというと、やっぱり頭を抑えてやれやれと呟くしかできなかった。
act8―団長からの第一指令:「草サッカー大会に勝利せよ!!」
オレのにっき抜粋
きょうはまちにまったふっとぼーるたいかい!!
しかしなんでこのくにのやつは ふっとぼーるを さっかーってよぶんだ?
きーぱーはおもしろくなかったけど おふぇんすはおもしろかったぜ!
あと じつはあのみかんのすじは いいやつだった。
あと てきもいた。こんびねーしょんぷれーもきめたぜ!
にほんではこういうとき「つばさくーん」とか「みさきくーん」ってさけぶらしい。
たっぷりと保たれた沈黙を破って、いつものように俺がハルヒに事の次第を問う。
どうしていきなりサッカーなんだ。
「この前も言ったでしょ、我らがSOS団の名前を全世界区にするためよ!」
町内のサッカー大会に出たくらいじゃ全世界区にはなれないだろ。常識的に考えて。
俺がそういうとハルヒはせせら笑い、
「あんたはホント人の話を聞かないわね。いい?その耳かっぽじってよーく聞きなさい!」
ハルヒにより語られる今回の件についての発端。
「あの後考えたのよ」
あの後、これは前回の野球大会の時の後を指している。
「甲子園なんて出場しても所詮国内のこと、全世界区になりようがないわ。」
今も一生懸命練習している丸刈りの青年たちが聞いたら、確実に怒鳴られるようなことをのたまうハルヒ。
ここでこの馬鹿の代わりに謝罪しておきます。
「そこで考えたのよ。逆に全世界区の競技といえば何があるか、ってね」
そこで、サッカーか。
しかしハルヒはその俺の言葉に「違うわ」とだけ呟く。
「あたしも最初は安直にサッカーがいいって思ったわ。
でも、気づいたの。サッカーほど選手層が広い競技であたしや有希ならともかくみくるちゃんやあんたが通用するのか、ってね」
どういうことだ?
言っていることとやっていることがいつの間にか真逆になっている。
そこで少し間をおき、ハルヒはもう一度静かに話し始める。
「だから一度は諦めようとしたの。でもね!」
先程までとはうってかわって大きな声。
頼むから人の目の前でそのキンキン声でがなりたてないでくれ。
「この本を読んで私の考えは一転したわ!!」
そう言ってハルヒは一冊の本を突き出す。
これは確か、週間の少年誌に掲載されていた漫画だ。
ボールが友達だったり、体のどこでもいいから当てたり、吹っ飛ばされたり。
「実力がない、それはプロでの話。
ユースならまだまだいける、いやぶっちぎりよ!!」
かくして俺たちはまたまたハルヒの名の下に無茶をすることになった。
「まぁ、大体の顛末は理解したよ」
俺の説明を聞き、首から下げているロザリオをいじりながら神父がそう言う。
「ただわからないのは『何で今君がここにいるか』だね」
放課後。
俺とセッコは先日訪れていた隣町の教会まで来ていた。
その理由はもちろん。
「いきなりですが、神父さんは今週末暇ですか?」
きょとんとする神父。無理もないだろう。
「つまり、私にも一緒に出場してほしいと?」
そういうことです。
サッカーはオフェンス(OF)・ディフェンス(DF)・キーパー(GK)の三つからなっている。
OF・DFはチームによりそれぞれ違うが総人数10人。
サッカーはそれにGK一人を合わせた11人でするものだ。
「この前のメンバーがいれば楽勝よ」とハルヒは言うが、ルール上コート内にメンバーが揃わないと試合は始まらない。
現在(仮)メンバーとなっているのはSOS団の5人、俺の級友の谷口と国木田、朝比奈さんの学友の鶴屋さん、それにうちの妹の9人。
小学一年生でもわかる。メンバーにはあと2人必要なのだ。
そのうち一人はすぐに決まった。
「メンバーが足りないって、セッコがいるじゃない。
大丈夫よ、地底怪獣に不可能はないわ!!」
からからと笑いながらそう言い放つハルヒ。
じゃあ、あと1人は?
その俺の問いにハルヒは珍しく言葉を詰まらせる。
そして、
「決めたわ。
キョン、あんたヘッドハンティングしてきなさい!!」
その後のあらすじを伝えると神父は少し笑って
「君も大変だな、我侭な彼女を持って」
別に彼女じゃありません、それより予定のほうは?
「いや、私個人としてはぜひ出場したいよ。体を動かすのも好きだしね」
でも、と言葉を切り眉根をひそめる神父。
何か不都合でもあるんだろうか。
「君は新聞を読むかな?」
いつものように神父は唐突に質問をする。
「今朝の記事なんだが、ここを見てくれ」
神父はその新聞の一箇所を指さした。
【怪奇!?壁から飛んでくる工業用具!!
(本文抜粋)被害者の体にはボルトやナットなどの工業用具が埋まっていた。
致命傷を負っていないものの、貫通傷もあり、警察は殺人未遂の方面で犯人を捜している。
しかしこの事件の奇妙なところはその工業用具の打ち出された方向。
どの被害者の傷も傷口の方向には何らかの障害物が存在していて…】
神父が(きっとセッコにもわかるように)声に出して記事を読む。
…これは?
「スタンド攻撃だな」今まで沈黙を保っていたセッコが始めて口を開く。
スタンド攻撃。
耳を疑った。
確かに奇怪な事件ではあるが、こうもきっぱりと言い切れるものなんだろうか?
「やはり君もそう思うか」
紅茶を口に運びながら新聞を置く神父も、どうやら同じ考えにいたっていたらしい。
どうしてわかるんだ、との俺の問いにも二人はきちんと答えてくれた。
「奇妙過ぎンだよ」奇妙?
「ああ、この事件は腑に落ちないところが多い。
まずひとつ、使われている道具。工業道具を打ち出す鉄砲なんて存在しない。
ふたつ、犯行現場。どうして一般人に障害物のあるほうから攻撃できようか。
そして最後に、無差別なんだ。この殺人未遂事件は」
確信を持った瞳の神父は、やはりどこか怖かった。
神父の言葉を受け取り、今度はセッコが続ける。
「しッかしよォ~、ジャッポーネはもっと安全だって聞いてたんだがなァ。
何でこんなヘンピな町に悪さを働くスタンド使いが二人も居んだ?」
「類は友を呼ぶ、ということだろう」「ルイはトムを呼ぶ、パーティタァイ?」
そういって漫才のような会話をする二人。しかし俺には二人の会話に腑に落ちない点があった。
ちょっと待ってくれ。
「ン?どうした?」
何で二人なんてわかるんだ?
当然の質問だろう。現場も見ていないのに、二人の意見は最初から『複数犯』だと決まっている。
「少しこちらに慣れていて、そして少し考えればわかることだ」
こちら、きっとスタンドの事だろう。
「この事件のおかしなところは三つ。
『無関係な人間たちが』『障害物の方向から』『ボルトやナットを打ち込まれた』。
ここまではいいかい?」
神父が俺に確認を取る。俺は頷き、続きを促す。
「もし君が他人を殺したいと思ったら、君はどうするかな?」
彼らしい突飛な質問だったが、俺は答えない。いや、答えられない。
すると神父はふっと笑い
「それでいい。一般人とはそうでなきゃあね。
ただもし殺したい奴がいれば、確実に殺すだろう。自分の一番得意な武器で。
それが一人目。『ボルトやナットによる戦闘に自信を持っている者』」
「ンでよォ、そいつが確実に殺ろうとすると、ひとつ問題があるんだ。
それがきっと弾丸の確保か軌道の修正だ。」
セッコが続ける。
「壁の方面から撃たれたってことは、撃たれる寸前までボルトやナットは壁の前にあったッつー事だ。
つまり『殺傷能力を持った』一人目だけじゃあ能力が足りない。
おそらく犯人は『壁から工具を作り出す奴とそれに高速を与えられるほど強力な磁力を持つ奴』、
それか『ボルトやナットを高速で打ち出せる奴とそのボルトやナットを壁から打たれたように軌道修正する奴』になる」
俺は内心舌を巻いた。
奇人変人といってもいいこの二人が、えらく知的な解明をしていたからだ。
セッコは椅子に深く腰掛け、机に足を乗せたまま続ける。
「たぶん実際は後に言った方、『打ち出せる奴と変える奴』のコンビだ」
その言葉を聞き、俺も神父も首を傾げる。
「だってよォ、壁から生み出すんなら、現場近くにいなきゃならねェ。人が近くにいたとすれば致命傷でも顔は覚える。
いや、致命傷だからこそ顔は鮮明に覚えてるハズだ。生存本能が働けばな。
でもそんな証言一切ナシ。どういうことか?」
「なるほど!」神父は合点がいったらしく声を上げる。
「そう言うこった」
セッコも頭を後ろにそらした状態で頷く。
今回の説明は、俺にも理解できた。
きっとセッコにとって常識よりもそういった戦闘関係の方が遥かに判りやすいんだろう。
セッコはそらしていた上体を起こし、神父にある提案をする。
「お前が本当にその犯人を見つけてェンなら、フットボールを一緒にしろ」
有無を言わせぬ、といった感じである。
この発言にもやはり俺は首を傾げる。どうしてサッカーをする必要が、と。
しかし神父は今回は合点がいっているらしい。
「つまり、そちらを手伝えばこちらも手伝う、と?」
しかしセッコは首を大きく横に振り
「違うな。そいつらはフットボール大会を確実に狙ってくる」
信じられない言葉だが、今のセッコの目は真剣そのものだ。
何がどうすればそんなことがわかるんだ?
「私にも理解できないな?」俺の意見に賛同するように神父も尋ねる。
「もし、こいつらが『一人』で止めてたら俺もこんなにはっきりと言えなかった。
でも、こいつらは『無差別』。きっと練習してんだろうな、『確実に操れるように』よォ。
んで今までは一対一、外して気付かれる心配がない。気付かれても顔は見えないしな。
じゃあ次に狙うのはどんな状況だ?」
多対一、人が多い状況での狙撃だろうな。
「そう、そこに偶然のフットボール大会。注意散漫な人間を打ち抜くにはもってこい。
まさにタワシ船ってやつだ」
もう一度舌を巻く。
古人の言葉に『犯罪者こそ犯罪心理学の第一人者』という言葉があるが、こいつは今地でそれを行ったのだ。
ちなみに、『タワシ船』じゃなくて『渡りに船』だ。
ということで土曜日。
「キョウ君の知り合いの、エンリコ・プッチだ。
今日は一日よろしく頼む」
恭しく頭を下げる神父。
その格好は平生通りの聖職服、とてもサッカーをしに来た人間には見えない。
「キョン…あんた、キリスト教徒だったの…?」
ハルヒはどうやら神父を見て萎縮してしまったらしい。
らしくなくおずおずと俺に尋ねてくる。
無理もないさ。身長180以上で褐色でミカンのすじな外人だ。
さすがのハルヒも度肝を抜かれただろう。
「いや、キョウ君はただの友達さ」
神父はいつものような笑顔でそう言う。
ただの、をつけるあたり怪しいよな。といった谷口は後で矯正しておこう。
「ふーん…とりあえず、選手は揃ったわね」
なんだかハルヒの視線が痛い気もするが納得してくれたようなのでよしとしよう。
「それでは、第一試合です。
『SOS団』チームと『北撫子』チームはコートの中に入ってください」
アナウンスがグランドに響く。
どうやらくじ引きの結果は『最高』の場所に俺たちを引き込んだらしい。
「少しいいですか?」
グランドへ向かおうとする俺の肩を古泉が掴む。
「対戦相手ですが、女性ばかりだといって油断しないで下さい。
彼女たちは過去三度にわたりこの大会で優勝を収めてきた、いわば本命馬です」
前回といい今回といい、よくもここまで初っ端から優勝候補とあたるもんだ。
もしかしたら、これもハルヒの能力の一環なのかもしれない。
当のハルヒはそれを知ってか知らずか、いつものようにグランドに向かいながら声を上げる。
「優勝一直線よ~~!!」
試合開始まで後、十分。
最終更新:2008年12月25日 20:25