最初に二つ言っておくことがある。
「何かな?」
神父は慣れた手つきでストレッチをしながら答える。
このストレッチが並じゃあない。
屈伸から始まり伸脚、アキレス伸ばし、体前屈などの軽いものから、180度開脚などのがっつりしたものまで。
その念入りさはまるでいまからサーカスでも始めそうな勢いだ。
しなやかに伸びるその肢体はなるほど確かに黄色人種のそれとどことなく違う。
「手短に頼む」そういって、これでもかと体を倒す。
ああ、そうだったな。
何を隠そう、現在試合開始五分前。
グランドの方を見れば、審判が両チーム代表にゼッケンを渡している。
我がSOS団チーム代表ハルヒはそれを受け取り、鼻歌交じりにこちらに駆けて来る。
「あたしは1番、センターフォワードよ。あとは皆で分けといて!」
そういってゼッケンを投げる。
やはりこれについては前回よろしくくじ引きだろう。
「で、キョウ君。話とは?」
ああ、すまん。大事な事を言い忘れててな。
実はあのハルヒもスタンド使いかもしれないんだ。
俺の言葉を聞いて、神父の動きが止まった。
act9―試合前諸注意確認
くじ引きの結果は以下の通りだ。
1番 ハルヒ センターフォワード(敵陣全体)
2番 セッコ ゴールキーパー (味方ゴ―ル前)
3番 鶴屋さん フォワード (敵陣左側)
4番 国木田 ディフェンダー (自陣後方左側)
5番 長門 フォワード (敵陣右側)
7番 朝比奈さん ディフェンダー (自陣後方右側)
8番 谷口 サイドバック (左ライン上)
9番 妹 ディフェンダー (自陣前方左側)
10番 俺 スイーパー (自陣全体)
11番 古泉 ボランチ (両陣境界上)
13番 神父 サイドバック (右ライン上)
ちなみに6番がいないのは神父曰く「6という数字は縁起が悪い」かららしい。
そしてその神父が13番なのは「13は縁起がいい」からだとか。
その辺の感覚はよく分からないが、それが宗教の違いというやつなんだろう。
「今度はこちらから聞いてもいいかな?」
ゼッケンをつけながら神父が俺に尋ねる。
「彼女、ハルヒさんだったか。スタンド使い『かも知れない』と言うのは?」
ああ、そのことか。
このことについては俺も確信はない。
しかしあいつにはセッコのオアシスが見えている。それだけでも注意を払う理由には十分だろう。
「そうか…能力のほうはまったく?」
覚醒してないのかもしれないし、しているが本人が気づいてないだけなのかもしれない。
「どういうことだい?」神父は少し距離を詰め、問いかけてくる。
やはり気になるところなのだろう、いつもより若干顔の距離も近い。
つまり、俺が言いたいのはこういうことはだな。
あいつは『スタンド、あるいはそれによく似た能力』を『無意識で』使役している。
神父は立ち止まり、俺の顔を凝視した。
どういうことか、と聞きたそうな顔で神父は俺を見つめる。
できればそんなに見つめないでほしいな、こっちだって半信半疑なんだよ。
「…これについては、詳しく説明をしてもらっても?」
ああ、かまわない。
俺はかいつまんで今まで俺の身に起こった出来事を語る。
ハルヒのこと、長門のこと、朝比奈さんのこと、古泉のこと。
『神』『宇宙人』『未来人』『超能力者』『世界の中心』『情報遊爆』。
神父は俺の話している間中顎に手を当て、何かを考えているようだった。
「つまり『世界を思い通りにする』能力か」
神父はもう一度あごに手を突き、少しの間黙ると
「…それで、二つ目は?」といつものように静かな瞳で俺を見据えてそう言う。
どうやら信じてくれるらしい、俺のおとぎ話のような現実を。
彼自身スタンド使いという非現実的なものだから、そういうのもありかも程度に思ったのかもしれない。
まぁ実際のところは分からないが。
とりあえず俺は話を続ける。
二つ目というのは他でもなく、ハルヒにはスタンドは絶対に秘密、ということだ。
「何故かな?知らせておいたほうがいいようにも…」
ところがどっこい、そうはいかないのがこの世の不思議。
ハルヒはそれらの存在を勝手に望んでおきながら、理性でそんなもの存在しないと思っている。
「…ふむ」
そう呟き下を向くと、神父は小さく一言だけ呟いた。
「神…」と。
神父は顔を上げ、もう一度こっちに向きなおす。
「大体は理解した。…でも、もうひとつ問題が浮かび上がるな」
もうひとつ?
これ以上問題が生まれるって言うのか?
「他でもない、彼らのことだよ」
彼ら、と神父は俺の後ろを指差す。
ハルヒと俺を除くSOS団メンバーとその他の助っ人がそこに居た。
「彼らにはセッコ君のオアシスは見えていない。でもハルヒさんには見えている。
流石に知覚する外見の情報が違うと、辛いんじゃあないか?」
なんだ、そんなことか。
その点についてはなんら問題ありません。
俺のその発言を耳にして神父は目を丸くする。
「手を打ってあるのかい?」
いえ、今から打ちます。
俺は和気藹々としているハルヒ以外のメンバーを試合前の諸注意確認と銘打って召集する。
「何、どうして私はいいのよ?」
憮然とした顔でハルヒがそう尋ねてくるが、今はこいつのご機嫌をとっている暇はない。
お前はトップだ。下がらなくていいから得点だけを狙え。
「…分かってるわよ、どうせ得点出来そうなのは私と鶴屋さんくらいだしね」
そう言ってグランドへと歩いていくハルヒを見つめ、胸をなでおろす。
今の発言は半分は本音であるが、ハルヒが居れば『諸注意』の説明ができないというのもある。
「それで、作戦というのは?」
ああ、そのことだが。
俺は円陣を組んでいるメンバーを見回し、お目当ての人物に眼を吸える。
「おう?」
そう、一番の注意人物セッコ。
俺はまずセッコに声をかける。
お前はGKだから来る玉を防げばいい、と。
「うおおう!!」
セッコは了解したとばかりにそう叫んでゴールのほうへと走っていった。
これで厄介な二人が居なくなった。
俺はもう一度メンバーの顔を見て、本題に入る。
まずは謝罪。これはしなきゃならんだろう。
休日に呼び出しをくらって嬉しい人間なんてそうそう居ない。いるとすれば忠実な下僕か犬だ。
俺が謝罪の言葉を述べると谷口以外は笑い飛ばしてくれた。
次は作戦。
負けるわけにはいかないなら作戦はひとつしかない。
「徹底防御、ですか」古泉が深く頷く。
このチームが下手に攻めればそれこそ命取りだ。
そして最後に付け足すように、あくまでさらりと今回の肝を伝える。
「なんだよ、また涼宮の思いつきの説明か。しかしあいつもよくやるよな」
髪をいじりながら谷口がぼやく。
「しかし、今回のは面白いよね。セッコさんがモグラなんて」
そう、今回の肝は『如何にハルヒと他の人間の相違点をなくすか』だ。
ここでもしハルヒが掃いて捨てるほどいるような一般人だったらこの作戦は使えなかった。
意見が違うのがハルヒだけだから使える作戦。
名づけるなら『ハルヒがそう言ってるんだ』作戦。少し安直か?
「嘘がうまいな、君も」
神父が身を屈めて俺の耳元でそう呟く。
確かにこの数ヶ月で俺、嘘をつくのが格段にうまくなった気がするな。
これも神の恩恵かと肩をすくめると、その様子がおかしかったのか神父は少しだけ笑みをこぼした。
『試合三分前です、両チームメンバーはグランド内に整列してください』
「そうだセッコ君、これを」
「おう?これ…」
「私は敵陣にいるからもしもの時は君にお願いしたい」
「何でオレが…」
「戦闘慣れしていて、犯人のところまでほぼ直進できる君が適任だからだ」
神父がセッコに何か渡したのは分かったが、この位置からその何かがなにかは分からない。
なにかを渡すと神父は自分の持ち場に何事もなかったように帰っていく。
何なんだろう。
俺はセッコと神父に交互に目をやる。
どちらの顔も真剣そのもの。聞きに行っても今はきっと取り合ってくれないだろう。
そんな俺の思考を他所に、高らかに響くホイッスルによって試合の幕は切って落とされた。
最終更新:2009年01月28日 20:51