高らかに鳴り響いたホイッスルは、グランドから離れた位置に居る彼らにも届いた。
「ようやく始まったな」
片割れがそっと窓から覗き、その様子を確認する。
「…みたいだな」
窓とは反対側でダンボールをいじっていた男が片割れの声に応える。
ここは彼らにとって都合の良い場所だった。
第一にその立地。
高角度、そして全方位についた窓は彼らが事をなすのにちょうど良い。
次に備品。
元は工業用品の卸売の会社だったのか、ここには彼らの求めているものがたくさんあった。
「へへへ、どいつにしようかなーッと」
片割れは今度は半身を乗り出して窓の外、サッカーの試合が始まったグランドを双眼鏡越しに眺める。
「決めた、あいつだ!あのカチューシャ!!」
「決まったんなら用意しろ」
奥の男はダンボールの中から自分の武器となる物を取り出し、片割れにそう言った。
片割れは少し顔をしかめ「わかってるよ」といい、腕をまっすぐに伸ばす。
その腕の先から、どこからともなく帽子のようなものが飛び出した。
帽子のようなものはそこに渦巻く気流に乗り辺りを旋回し始める。
「気流良し!高度、距離、ともに良し!」
帽子はいきなり窓の外の方向に進路を変え、滑空しだす。
「向かえ『マンハッタントランスファー』!!」
大声を出す片割れを見ながら、男は小さくため息をついた。
自分は何度彼に「静かにするように」と言っただろうか。
数え上げればきりがない。
まぁ、バレてしまっても俺が『コイツ』で始末すればいいだけなんだが。

act10―ふたつの戦い~前半戦~

どうやら俺たちのチームが先攻らしい。
俺が顔を上げると、ちょうどハルヒがセンターサークル内から谷口にパスを出すところだった。
谷口はそれをうまくトラップし、走り出した…ように見えた。
「あらっ!?」「何してんのよ、クズ!!」
ボールが届いた瞬間に谷口はこれでもかというほど豪快に転倒した。
それを見計らったように谷口の後ろに隠れていた敵チーム3番がボールを拾う。
あわててハルヒがカバーに行くが、いかんせん距離が遠すぎた。
3番はハルヒのスライディングを難なくかわし、長門の脇をすり抜け、一気に中盤ライン、古泉の前まで攻め込んでくる。
その敵の攻め方が実に上手い。一目でお遊びじゃないと分かるほどだ。
古泉もなんとかボールを奪おうとするがそんな3番の前ではほぼ無意味。
結果、3番の巧妙な一人ループによって裏をかかれてしまった。
ボールは中盤を越え、俺たちの陣地に転がり込んでくる。
俺もなんとか食いつこうとするが、実力の差は大きい。
思い切り右に振られ、抜かれてしまった。
…もしかして、これって最初からピンチ?
自軍で俺の後ろには朝比奈さん、国木田、そして俺の妹とセッコだ。
セッコと国木田が二人分動いたとしてもこの攻めは防げない。
もう失点は免れないか、そう俺が思ったときだった。
「よッ、と」
神父が上手いこと脚を伸ばして振られたボールを拾い、そのまま攻めに転ずる。
地獄に仏(キリスト教的に仏はNGか)とはこのことだ。
「ッよぉーーし!神父!!こっちよ!!!」
ハルヒがぶんぶんと手を振ってアピールをするが、あれじゃあ警戒してくださいといっているようなもんだ。
さて、この状況で神父はどう動くか。
ちらりと神父は視線をこちらに流し、口を大きく開け、閉じた。
それは「こ・い」といっているようにも見える。
もしかしなくても、俺に出ろといってるんだろうな。
そんな神父の様子に気づいてか、神父から見て前の方向の敵と、俺の前の3番が同時に神父に向かって駆け出した。
「行くぞ、キョウ君!」
えーい、こうなったらやけくそだ。

神父は先ほど3番が見せたような一人ループを使い、眼前に迫っていた5番を抜き去るとそのまま俺に横パスを出す。
「one(ワン)!」
横パスは俺の左足に吸い込まれるように飛んできた。つまりはワン・ツーだろう。
俺は神父の前方に存在していた7番の左後方、つまり神父の右前方目掛けてボールを蹴り出す。
「ツー!」やはり神父に比べると発音が心もとないな。
それにパスも神父のように綺麗にはいかない。ボールは考えていたよりも軌道がずれ、7番の脚直撃コース上を転がっていった。
神父はその俺のミスボールに上手く反応して7番の左側に飛び出し、その長い脚でボールを前に蹴り出す。
蹴られた先には
「ナガト君、左だ!」
上手い具合に長門がいた。長門は無表情でその場に佇んでいた。
やっぱり『予想の範疇内』だったのか?
長門は一度トラップをしてノールックでハルヒにパスを出した。
どうやらハルヒのマークは長門に移ろうとしていたらしい。
ボールはそんな敵の間をすり抜け、まるで計算されたかのようにハルヒの利き脚の前に到着する。
「ナイス有希!っと、行くわよ鶴屋さん!!」
「いいよん、来い、はるにゃん!!」
ハルヒはボールを一度リフトすると鶴屋さんにパスを出した、
「みっさっきっくーーーん!!!」という声付きで。
そのパスを受け、鶴屋さんは走り出す。
その目にはきっとゴールし映っていないんだろうと思わせるような速度だ。
敵もそう思うらしく、一気に鶴屋さんの後ろを除く3方向に敵ディフェンダーが集まってきた。
「つっばっさっくーーーん!!!」
鶴屋さんはその瞬間を突き、ハルヒにバックパスを出す。
て言うかその叫び声は必要なのか?
そのパスを受け、ハルヒは全速力で駆け出す。
その速度、きっといい方向に使えていればきっとインターハイを目指せていただろうというほどのものだ。

ハルヒは大きく脚を振りかぶった。
その目に一昔前のスポ魂漫画のような炎が宿っているように見えたのはきっと気のせいだろう。
「喰らえ必殺の…ドォォライブゥゥゥッ!シューーーート!!」
その場にあったボールは脚からの全ての力を吸収し、形を歪に変形させてゴールまで飛んでいく。
これは決まったか?
響くのは鈍い音。ボールは上手い具合に敵キーパーに弾かれていた。
弾かれたボールを敵チーム11番が拾い、駆け上がる。
「っしゃあ!まかせろ…おろっ?」
ボールに一番近かった谷口はまた転倒した。その後ろからは、今度も敵チームの選手が。
ラフプレーかとも思ったが、疑わしきは罰せずとも言う。
それよりも今は敵のほうが重要だ。
今度は古泉も頑張っているらしく、こっちにはなかなか飛んでこない。
妹もいるんだが、あれは敵を邪魔しているというよりは古泉を邪魔しているといったほうがいいだろう。
今回は大丈夫、そう俺が油断した瞬間だった。
敵は後ろにいた自分の仲間にパスをし、その仲間が俺たちの陣深くにパスを出したのだ。
そこには先ほどの3番がまだ存在していた。
一瞬オフサイドかと思ったが、あろうことか彼女の左後方には朝比奈さんが立っている。
しかもその朝比奈さんは、ボールが来ているのを見ると頭を抱えて座り込んでしまった。
油断していたせいで、俺も飛びつけない。
神父は両脇をがっちりガードされていて、動くのはきっと無理だろう。
完全に出し抜かれた。3番はもうゴールへの軌道を確認している。
手遅れだ。誰もがそう思っただろう、二人を除いて。
「いけぇぇぇ!!セッコ!!!!」叫ぶハルヒに
「うおおおぉぉおおおおぉぉう!!」答えるセッコ
上手い具合に飛び込んだセッコの爪先が3番の足元からボールを掬い上げた。
ボールは高く舞い上がり、神父のいる右ライン上へと飛んでいく。

「神父、落としたら地獄直行だからね!!」
何の権利があってか…いや、神の権利を持ってそう宣言するハルヒ。
神父も彼女の言葉は冗談じゃないと受け取ったらしく、一瞬足をぶらし、大きく跳躍する。
大きく、そう、大きく。どこからどう見ても1メートルは飛んでいるだろう。
きっとホワイトスネイクの足を使って跳躍したのだろう。
周りにいた少女たちよりも頭抜けた高さでボールを楽々頭に当て、軌道を帰る。
軌道の先には、やはり狙い済ましたように長門がいた。
「ナガト君、こっちだ!」そのままきれいに着地し、神父は前方に走り出す。
「…」長門は神父の少し前になるように場所とタイミングを見計らい、ポン、とボールを押し出した。
神父のばねと長門のパスの結果、神父と敵の間には大きなみぞが完成する。
その瞬間を神父は見逃さない。
神父はそのボールを受け取ると、ライン上をボールをドリブルしながら駆け出す。
その速さたるや、先ほどのハルヒにも引け劣っていない。
…本当に何者だよ、あの神父。
「ナイスよ神父!今度はこっち!!」
しかしハルヒは状況が読めてないな。お前は自分の周りのマークが案山子にでも見えているのか?
神父は先ほどのようにこちらを見て、ふっと視線をずらした。
何事かと俺が神父の視線のほうを向くと、なんとそこには敵の3番が立っていた。
今までの試合を見る限りでは、彼女は敵の主戦力。危険を冒してまで先のワンツーをするべきではないというのが神父の考えだろう。
しかし他に空いているメンバーといえば、朝比奈さん、妹、それに国木田くらいだ。
朝比奈さん、国木田はパスを通すにはラインの問題から3番の脅威が残るし、妹はじっとハルヒのほうを見つめている。
いや、その視線の先にハルヒはいない。もっと上、空中の何かを捕らえている。
何かいるのか。俺は妹の視線の先に目を動かす。
そこには帽子のような何かがあった。

何かはふよふよとハルヒの上空で旋回していた。まるで上空から狙いを定めるように。
そこで俺の頭にセッコの言葉がよぎる。
『奇妙すぎる』
『ボルトやナットを高速で打ち出せる奴とそのボルトやナットを壁から打たれたように軌道修正する奴が存在する』
俺の知っている内にあんな物が空を飛ぶ風景はない。奇妙といえば奇妙だ。
その上あの帽子もどきはハルヒを狙うようにあいつの上だけで飛び続けている。
どういうことか?ここまでくれば勘の悪い人間でも気づく。
あれは帽子ではなく、いうなれば衛星スタンド。セッコのいっていた『軌道修正をする』方だろう。
しかし、俺がここで気づいても問題はある。
それはどうやって危険を未曾有の状態で防ぐかだ。
頼みの綱は二人だが神父は今敵と小競りあっているし、セッコはハルヒがいるので喋る事ができない。
できることなら自分でなんとかしたいが、如何せん3番が邪魔をしてくるのだ。それも無理。
じゃあどうするべきか?
決まっている。ひとつしかない。
俺は声を上げてハルヒに指示を出す。
「ハルヒ、そこじゃあ敵とのライン上だ。
『お前の近くにボールの軌道を変えられる衛星がある』わけじゃないんだから、ちゃんとコースを見てもらいに行け!」
「分かってるわよ!!」声に反応し、ハルヒは神父の前方に移動した。
ハルヒからの怒声を受けながら俺は横目で神父のほうを確認する。
どうやらメッセージは伝わったようだ。
神父は先ほどまでハルヒが居た方の上空を見つめている。
しかし、ボールからも意識を離していない。
神父はハルヒの居た方に蹴り出すと見せかけ、自分の軸足をクッションにして張り付いていた敵2番の股下を通しハルヒにパスを出す。
そのまま自分はハルヒの居た方に走っていく。完璧なフェイントだ。ほんとに何者だ、あいつ。
神父はくっついていたマークを引き離し、帽子に肉薄する。
そして、一閃、空中に現れたホワイトスネイクが帽子めがけて拳を落とした。
しかし。
「「!?」」
帽子は何事もなかったかのようにまたふよふよと漂い始めた。

相方の眉が動いたのを俺は見逃さなかった。
「どうかしたのか?」相方は少し戸惑いながら俺に今起こったことを話す。
どうやら向こう側にも俺たちのような超能力者がいるようだ。
「どうする?」
「予定変更だ。その神父から片付ける。目標を修正しろ」

「神父、来たぞォーーーッ!!」
突如グランド内に響くセッコの声。
何事かとボールを追う数人(幸いハルヒはこの中)以外が「何事か」とそちらを向く。
「RUOHHH!!」
神父はもう一度、ホワイトスネイクで帽子を叩き落し、セッコのほうに向きなおす。
そして、近かった俺だけに聞こえるほどの音で地面が抉れた。そこに埋まっているのは、にび色に光るネジ。
「セッコ君、後は任せたッ!!」
「うおおう!!」
神父の声に今度はいつものように『おうおう言葉』で答え、姿を地面に隠すセッコ。
その速さは先の神父やハルヒよりも速く、慣れない人間が見たら消えたようにも見えるだろう。
「ふぇ?セッコさーん、どこですかー?」ほらやっぱり。
「キョウ君、守備に徹してくれ。ここからはしばらく十対十一だ」
俺のほうによりつつターンをした神父が恐ろしいことを呟いて走っていく。
つまり、ここから先の試合にはセッコが出ないということか?
ちょっと待ってくれ、と声を荒げそうになるが、俺はそれをなんとか喉の奥で押しとどめた。
確かに不条理なことだが、神父はその場の思いつきで行動や指示をするような男じゃあないということぐらい分かっている。
それにここで騒げばその分不利になってしまうだろう。
今の俺にできることは、無人のゴールを守る。ただそれだけだ。

うちのGKの不在に敵チームは結局気がつかなかった。
しかしそれでも、地力の差が埋まった訳ではない。
ハルヒや鶴屋さんは必死に走り回っているが、運動量が運動量なだけに注意力も落ちている。
最初のころに比べれば喰らいつきも悪い。
頼みの綱の長門だが、彼女は動く気などさらさらなさそうだ。
谷口はボールが廻って来ると必ずこけた。
理由はきっと敵チームの妨害だろう。なんと言ういともたやすく行われるえげつない行為。
さすがに不審に思うべきなのに、やっぱり谷口は気づかないで走っている。
神父は動けそうだが、状況が最悪。
マーク三人を相手にしながらパスがまわせない状況を最悪といわずになんと言えるだろうか。
しかも彼はずっと帽子を警戒し続けている。ご苦労なこった。
ま、後衛はもっと酷いんだがな。
俺、古泉、国木田にはマンマーク。
妹は動くが相手にされていない。
朝比奈さんなんて動かない。
そんな状態で無失点を貫くなんてことができるわけがない。
先取点は敵チーム3番に輝いた。
と同時にホイッスル。どうやら前半終了らしい。
ハーフタイムは十五分間。
休憩ついでに作戦を立て直すには持って来いの時間だ。

to be continued…
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最終更新:2009年01月28日 20:35