「いい、大切なのは『勝利へ向かう意志』よ」
円陣を組んだ状態で、メンバーの顔を見ながらハルヒが言う。
「ここで負けたら元も子もないわ。このPKで確実に勝つ」
いつも以上に真剣な表情だ。
まさに乾坤一擲。勝つか負けるかの瀬戸際。
そりゃあ、ハルヒだって真剣になるだろう。
「皆!!」
ハルヒは大きく息を吸い込むと、鬨の声を上げた。
「SOS団に敗北の二文字は存在しない。するわけないわ、負けないんだもん。
こんなところでそんな不名誉な言葉をカテゴライズしたくないでしょ!?
絶対絶対、ぜぇーーーったい!!勝つわよ!!!」
「「「「「「「ッしゃあ!!!!」」」」」」」
「ひ、ひゃあ!」
「おうおう!!!」
「…しゃあ」
act11―二つの戦い~延長戦(side:saccar)
延長戦のルールはこうだ。
・両チーム代表三人とGK一人が参加して行うPK勝負。
・基本ルールは通常のPKと同じ。
・三回勝負で得点が多いほうの勝利。同点の場合はサドンデスに突入。
・延長戦開始後にメンバーチェンジは認めない。
・選ばれたメンバーは各一回ずつキックを行う。同じ人が二度蹴る事は許されない。
・ただし延長戦に入った場合、先の三回で一度蹴った人も蹴ることができる。
ここで問題になるのはやはり初期メンバー三人+GKだろう。
説明を聞き、ハルヒは『絶対に勝てるメンバーを選べ』と俺に放り投げた。
考えられる最良はハルヒ、神父、セッコ、GK長門。これに勝てるチームはまず無い。
しかし、長門の魔法はPKでは目立ちすぎる。
さて、どうしたもんかな。
ボールを挟んで対峙する二人の女。
第一戦は無難にハルヒ。
敵GKを眺めるハルヒは、どことなく楽しそうだ。
「ようやく分かってきたようね、キョン。ここは一気に勝ちを狙うべき勝負のターニングポイントよ!!」
一回戦からターニングポイントな訳無いだろ。
国語(英語か?)を最初から勉強し直して来い。
結局、メンバーはハルヒ、鶴屋さん、神父、それにGKセッコという組み合わせになった。
事後処理が厄介なのでできるだけ目立つことは避けておきたいという俺の気苦労がこの人選を見れば分かるだろう。
もちろんハルヒもセッコもぶつくさ文句を言っていたが、あいつら二人の思い通りにしたらそれこそ自滅ルート直行だ。
このメンバーこそ今のベスト、最善策。そう信じたい。
「あー!!もう!!!」
どうやらハルヒは止められてしまったようだ。
悔しそうに地面を蹴り上げるハルヒ。頼むから恨めしげな目で敵を見つめないでやってくれ。
相手だって負けたくないから必死なんだよ。
しかもあちらさんの勝ちにかける気合はお前なんかよりも大きいはずだ。
何せ連覇がかかってるんだ。遊びに来た混合チームには負けられんだろうさ。
さて、ハルヒが外したということは攻守交替だ。
俺はセッコに視線を送る。
「うー…」
先も言ったように、セッコはこの人選に不満を抱いている。
なぜか?自分が蹴りたかったからだろうな。
不満を抱いているといっても、何も言わずに仕事はこなす。
流石は良識のある(この辺は不明だが)大人、といったところか。
こっちとしては多少の反発は覚悟していたので、逆に拍子抜けしたくらいだ。
しかも、その仕事に手抜きは見えない。
見えないどころかもういいですと言いたくなるくらいの働きっぷりだ。
なんというか、もう、あれだ。チート。
あいつの身体能力が高いのはてっきりスタンド保護によるものだと思っていたが、神父の話によるとそうではないらしい。
なんでも『スタンド自体には身体を強化する能力はついていない』とか。
つまり、今あいつがゴールの真ん中からノーモーションで左サイドゴールポストに飛びついたのもあいつの身体能力ということ。
敵五番も唖然としている。
普通の人間ならならあんなジャンプ力ありえない。
審判も足やら地面やらを調べている。
地面を調べたところで何もないさ。なんてったって長門と違って種も仕掛けもないんだからな。
それどころか緩んでいて、どちらかといえば飛び難いということが分かるだろう。
セッコは質問に終始「おうおう」と返していて、少し怪訝な目を向けられはしたが、結局お咎めは無し。
「審判は公平であるべきでしょうが!!」
ハルヒは何の違和感も抱いていないようで、俺の隣で審判に悪態をついていた。
さすがはハルヒというべきか。
ちなみに他のメンバーはというと、
SOS団メンバーには『暗黙の了解』という便利な言葉があるので詮索はしていないが、きっと気づいているだろう。
ウチの妹は「せっちゃんすごーい」と言って抱きつくところを見ると、不信感は抱いてないようだ。
鶴屋さんは含み笑いをしているだけ。もしかしたらあの人、何か知ってるのかも…なんてな。
谷口国木田はさすが外人、と外国の方が聞いたら憤慨するようなことを言っていた。
俺と神父は言わずもがな。
ただ一人。
敵三番だけが違った視線でセッコを捉えていた。
鶴屋さんががっちり止められ、またもやセッコの守備。
今回の敵は因縁の三番。
最終に持ってこられなかったのは運がよかったのかもしれない。
しかし敵はここでこのシュートを決められれば神父に大きなプレッシャーをかけることができるだろう。
ハルヒの言葉を借りるならこの勝負こそ試合のターニングポイントだ。
対峙する男と女。
セッコも最初のシュートのことなどは覚えているらしく、先ほどよりも心なしか顔が引き締まって見える。
沈黙があたりを包み込む。それを打ち破るホイッスルの音。
しかし三番は動かない。じっとその鷹のような鋭い目でセッコを捉えている。
そして、ゆっくりとセッコのほうを指差した。
三番は何を言うわけでもなくじっと指を刺し続ける。
そのまま、両者動かない。
何か問題でもあるのか、と審判が動こうとした瞬間。
止まっていた二人の間の時が再び刻まれ始めた。
脚を振り上げる三番。 体制を低く構えなおすセッコ。
三番の指は動かない。 セッコの視線は揺るがない。
軸足が少しだけずれる。 音を耳にしてセッコの視線がずれる。
脚が降りぬかれた方向は セッコの飛んだ方向は
ゴール左下、スレスレ
ここで会場が沸いた。
なぜか?
ボールは大きく弧を描きながらゴール右上に向かって飛んでいるからだ。
敵三番は降りぬく脚の外側でボールを逆サイドに蹴っていた。
つまり、先ほどからの三番の行動を分析すればこういうことになる。
三番はセッコが正攻法では抜くことのできないGKだと悟った。
ならばどうするか?きっと彼女はこう考えた。『別方向に飛んでいればさすがに取れない』と。
そこで彼女が立てたのが左下を狙って右上に打つという賭け。
しかしこれだけでは看破される可能性がある。
そこで出てきたのが二つ目のブラフ。指差しだ。
指差しというありきたりなブラフでもうひとつのブラフの存在を隠す。
敵三番は口の端を吊り上げて笑っていた。
このままではまずい。
ここで一点取られてしまえば今までの努力は水の泡だ。
しかしさすがのセッコでも体勢を立て直し飛んだのでは間に合わない。
ボールには球速が無い。しかし離れてしまったセッコでは届きようも無い。
考えても答えが出るわけ無い。完全にしてやられたんだ。
この土壇場であの三番の底力がセッコのそれを上回った。
「ポールだ!!」とっさに状況を判断して神父が声を上げる。
この状況で、ポール?と頭を捻った観客も多いだろう。
しかしその一言だけで、セッコには十分だ。
セッコはまず右肩を支点として受身を取り、ついた左足で地面を踏みしめる。
踏みしめた足の力を跳躍により一気に位置エネルギーへと変え、開いていた右足を力強くポールに叩きつける。
位置エネルギーへの変換を強制的に止められたエネルギーはポールについた右足に運動エネルギーとして蓄積され、
セッコはそれを一気に解き放つ。
そう、俗に言う
「「「三角飛びディフェンスだぁーーー!!!」」」
先ほどの仮定はあくまで『セッコが立ちなおし、飛んだ場合』。
セッコはその仮定の過程をスッ飛ばした。
ということは当然その過程の時間は短縮される。つまり、守備に回す時間が増える。
「うおおおぉぉぉぉおおお!!」
大きな音を立ててボールはセッコの手の中に納まった。
と同時に地に両膝をつく三番。
危なかったが、防衛成功のようだ。
「おおぉぉぉぉーーーー…」
どうやら勢いを付け過ぎたらしく、セッコはそのまま向こうへと飛んでいった。
「さて、今度は私の番だな」
セッコはまだ帰ってきてないが、どうやら試合続行のようだ。
「ハルヒ君もいないし、ちょうどいい」
ちょうどいいというのが若干気にかかるが、神父はそんな俺をその場に残してさっさとグランド内に入っていった。
ホイッスルが鳴り、神父が構える。
と同時に俺の目にはとんでもないものが映った。
いるのだ。ゴールポストの隣に。
神父のスタンドであるホワイトスネイクが。
神父は顔色一つ変えずにホワイトスネイクのほうに向かってボールを蹴った。
もちろんぎりぎりのラインなので敵のキーパーも止めに行く。
『RUOOOOHHH!!』
キーパーがボールに触れようとした瞬間、待っていましたとばかりにホワイトスネイクがボールを叩き落とした。
当然あらぬ方向から外力を受けたボールは運動の軌道を変える。
そしてそのままボールはゴールの中へと転がっていった。
…
いいのか、これ?
俺の表情を見て神父は俺の考えていることが分かったらしく、神父は少し笑いながらこう言った。
「古人の言葉にこうある。『汝の持てる全てを使うことが勝利だ』
また故人の言葉にこうある。『勝利という甘美な物の前において、過程や方法などは意味はなさない』」
誰の言葉だよ。
「先の言葉は知らないが、後の言葉は私の親友の言葉だ」
その後、帰って来たセッコはきちんと敵の三番手のシュートを止めた。
結果、1-1、延長PK戦1-0で試合は俺たちの勝利で幕を閉じた。
帰ってきたハルヒは神父がシュートを決めていたことに大いに喜んだ。
「さすが神父ね!!この分だと教皇への出世も考えられるわ!」
なんだか水をさすようで気が引けるが、言っておかなければならない。
俺はきゃいきゃいとはしゃいでいるハルヒに声をかける。
「何よ、あらたまって」
実は…
「いや、キョウ君、私から話そう」
そう俺の言葉を遮った神父は、試合終了直後と同じように陰っていた。
「どうかしたの、神父?」
「実は、私はこの後の試合に出られないんだ」
お祭りムードだったメンバーの空気が一気に平常時以下へと落ちていく。
「どういうこと?」
ハルヒは、意外にも神父の心配をしているようだ。
平常から俺にもそれくらいの心遣いをしてくれるとこっちも助かるなんてことは口が裂けても言えない。
「今日は隣町の病院の子ども会に呼ばれているということをPKの前に思い出してね。
本来ならこの後も出場したかったんだが、すまない。このとおりだ」
そういって神父は深々と頭を下げた。
それは形式上のものなどではなく、心の底からの謝罪をこめたお辞儀。
ここまでされてしまうとハルヒも牙を抜かれたトラのようにうなるだけしかできなかった。
「仕方ないわね……」
ハルヒは少しの間黙り込み、メンバー全員を見渡した後
「メンバーも足りないし、今日はこれにて活動終了。きっと知名度も鰻上りだし!!
この後は神父以外のメンバーで祝勝&反省会よ!!」と言った。
ついでとばかりに神父は続ける。
「すまないが、キョウ君とセッコ君も借りていけるかな?」
…なんだと?
最終更新:2009年03月06日 15:33