懊悩彼女Side-S
着てきたものは、一度すべて脱いでしまった方が踏ん切りがつく。
ちょっと前に改装でもしたのだろう。駅構内だというのに、多目的トイレの中はきれい
なものだった。
ベビーベッドを引き出しバッグを乗せる。大きめのビニール袋を出して、手始めにブレ
ザーのボタンを外した。しわにならないように、丁寧に畳んでしまう。
つとめて何も考えないようにしながら脱いだスニーカーの上に乗り、腰のベルトを引き
抜きスラックスから足を抜く。ちょっと寒いけれど、靴下も同じように。
ネクタイは結び癖を伸ばしながら丸めて、ワイシャツもアンダーシャツも脱いで袋にし
まった。
振り返る鏡に映るのは、細い首筋につややかな黒髪を這わせた少女めいた顔の…下着一
枚の若い男の姿。
無駄な脂肪も過剰な筋肉の凹凸もない体つきは、女性だったらさぞかし好まれるだろう
が、そこにあるのは生っ白い肌をした男子高校生の自分自身だ。
自然に見えるよう整えた、形の良い眉をひそめる男に背を向ける。黒のボクサーを脱い
だ後を、真正面から見たくないからだ。
脱いだ下着も袋に入れて、バッグの中身を出したスペースにしまう。ベッドにのせたの
は、ひとまとめにした服の入った別の袋だ。
結んだ口をほどきつつ自身の身体を見下ろす。やや痩せ気味ではあるが均整の取れた裸
身に、一つだけこの年齢には不釣り合いな箇所が目についた。
引き締まった下腹のさらに下…成熟した男性器の付いた股間は、子供のように毛の一本
もない。常に処理しておくよう命じられているからだ。
溜め息をつき、袋の中に手を突っ込む。昨晩順に着替えられるよう詰めたので、目的の
ものはすぐに取り出せた。
しかしそれは、先程脱いだものとは少し形が異なっている。
白地に紺の細いストライプの入った、シンプルなデザインのそれらは、どう見てもブラ
ジャーとショーツ…男の着るものではない。
しかし自分は躊躇することなくヒップハングのショーツに足を通し、身体の前でホック
を留めたブラジャーをずらしながら引き上げストラップを両肩にかけた。
振り向けば、下着を身に着けた…少女には、まだ少し無理がある。
あるべき膨らみのない胸元で健気に丸いラインを描く紺のストライプは、なんだか見て
いて申し訳なくなるし、第一ショーツの前が女性にあるまじき隆起で突っ張っている。
しかし自分は女性の身体になりたいわけではないので、鏡の中の姿に密やかな満足感を
覚え、さらなるそれを得るために再び手を動かした。
次に取り出したのは、柔らかな手触りの白のブラウス。合わせの両側や前面の切替えの
内側に細かく共布のフリルが施されていて、上品な可愛らしさを醸している。
腕を通してツルツルしたボタンをはめていく。U字型の切替えは胸の一番高いあたりに
付いているので、ブラジャーに元から入ったパッドだけしかなくてもさまになる。
ピンクと黒のチェック柄の、どこぞの制服のようなプリーツスカートを出し、これも身
に着ける。裏地がないので、ミニ丈ではふとした拍子に捲れてしまわないか心配になる。
気を付けなければ。
慎重に片足ずつ、薄いグレーのニーソックスを穿く。前に穿いた黒いソックスは腿の半
ばまでくるものだったが、こちらはちょうど膝のすぐ上までの長さだ。
スニーカーを履き直し、また姿見に向かう。
白い頬をうっすら上気させた、「女の子」がそこには居た。
セミロングの黒髪が肩にかかるフリルブラウスは、整った顔の清楚さを引き立て、ピン
クのミニスカートの下から伸びる細い両足は、ニーソックスによって年相応の色気を主張
している。
薄い胸板もショーツだけでは隠しきれなかった性器も、可憐な布とすらりとした腿によ
って、華奢な少女の身体つきに変わった。
扉や壁越しに聞こえていた、電車の音も喧騒も忘れ、しばし自身の姿に見入る。
少女の服を身に着けた、男の自分。「生真面目な模範生」という周囲からの認識からは
外れるこの格好に、自分自身に欲情を抱く自分。
『可愛いね』
『最低の変態だ』
相反するセリフは、どちらも自分の求めるものだ。
「女の子」として愛されることと、それを断罪され虐げられること。どうしてこんな性
癖になったのか自分でも分からないけれど、この甘美な妄想に浸る間はたまらなく満ち足
りているのだ。
もっとも、すぐに我に返るまでの短い時間ではあるが。
陶酔の…夢の後に訪れるのは罪悪感と、これから味わうであろう屈辱に対する不安や怯
えに…あとは何があるだろう?
この格好は今日の自分の…相手を楽しませるための衣装だ。
着替えで乱れた髪を整え、耳にかけていた分を頬に流す。黒髪が幾筋か覆うことで、エ
ラはないがやや鋭角的な輪郭が柔らかな印象になった。
化粧は命じられなかったが時間があるのでバッグからポーチを取り出す。軽く睫毛を持
ち上げ、乾燥や日焼け予防も兼ねて薄くフェイスパウダーをはたきリップを塗り直した。
少女「めいた」顔は、その服装と演出によって変化していく。
荷物をまとめ最後に姿見の前に立った頃には、どこに出してもおかしくない(はずの)
「女の子」が映っていた。
яяя
待ち合わせの十分前にメールが来た。いつものように一言返信し、指示通りコインロッ
カーに携帯ごと荷物を預ける。
上着は持って行くと言われたので、少し涼しいブラウスのまま指定された駅ビル内の本
屋に入った。
スカートの裾を気にしながらも、背筋を伸ばして歩く。いつもより少し歩幅を狭めて、
須藤豊という男の名残を消してしまう。
ここに居るのは、真新しい服で身を飾った少女だ。店員や…予備校生だろうか、客の若
い男らが自分の顔からニーソックスに包まれた足まで見つめてくる。気付かないふりで店
外の見える雑誌の棚へ。
男女のファッション誌がいくつも陳列されている…少し迷ってから、多分十代向けのも
のと思われる一冊を取った。もちろん、今の自分の格好にふさわしい女性誌。
目移りするような、華やかな服が所狭しと紹介されている。
今着ているものも含め、自分が週末に身に着けるものは相手と半額ずつ出し合うことに
しているのだが、アルバイトをしている彼とは違って自分が毎月自由になる金額は五千円。
趣味らしい趣味がないのでいくらでも切り詰められるが、それでも相手のペースに合わせ
るには限度があった。
相談の結果、毎月の予算を定めることにしたため、失敗しないようにこうして時々情報
を集めるようにしている。
まだ着るには早い、春物のシフォンや袖口に凝った飾りの付いた七分袖のカットソーを
眺める。薄手のロングセーターにレギンスを合わせているのも可愛らしい。
華やいだピンクやパープル、淡いグリーンを身に着けた自分を夢想してみる。頭の中で
は自分は何の気負いもなくそれらを着こなし、羨望のまなざしを集めていた。自分のよう
な「女の子」を、自分と同じくらいの若い男が放っておくわけがない。そして…
「こーゆーの、好きなの?」
びっくりして顔を上げると、自分のすぐ右側に若い男が立っていた。先程のメールの相
手ではない。
二十歳くらいだろうか。黒髪を短く刈り上げて、鋲だのベルトだので着飾った細身の男
。メンズの香水と煙草の匂いが濃く混じって、むせそうになるのをどうにか堪えた。
親しげな笑みを浮かべてくる相手に、見覚えはない。首を傾げつつも何も言えないでい
ると、男は言葉を継いだ。
「背え高いねぇ…もしかしてモデルさん?」
慌てて首を横に振る。どうしよう、店の中で声をかけられるなんて思ってなかったし、
だからこそあいつもここを指定したのだろうに。
「なんだ、もったいない…ほら、これなんかキミのが似合いそうじゃん?」
誌面のモデルを指差されても、なんと返すべきだろうか。
黙ったままの自分に脈ありとでも見たのだろうか。脈どころか大迷惑なのだが、彼はい
よいよ顔を近付けてきて、自分の目をじっと見つめてくる。
「今、一人?どっかいくの?」
今まで声をかけられた時は「すいません、俺男なんで」と苦笑すればすべてが終わった。
しかし今はそれをすれば自分が異常者だし、この姿では通用しない。
往来だったなら、そのまま振り切れば良いのだが、来た通路をさえぎるように立たれて
はそれも叶わない。
「…あ、ケーカイされちゃってる?てゆーか友達と来てんの?それとも彼氏?」
へらへらと笑いながら、またしても返答に窮する質問をしてくる。警戒レベルは注意報
どころか警報クラスだが、やっぱりそれも言うわけにはいかない。
友達?いやいや、あんな画像を盾に自分にこんな格好をさせるような相手にそんな言葉
は合わない。彼氏だって?相手の申告を信じればどちらも同性愛者ではないし、あいつと
は違って自分は恋人ごっこを楽しんでなんかいない。
「……ええと…」
気のきいた返しが浮かばない自分に、もどかしげに男は続けた。
「彼氏持ちならあきらめるからさぁ…俺ぶっちゃけナンパ初めてで、ちょーキンチョーし
ちゃってんの。外から見つけてフラフラ来ちゃって、今こうしてマトモに見てもあんまし
可愛いから、すっげいまドキドキしてる」
立て板に水のように発されるそれが嘘なのは見え見えだが、そのセリフ自体に胸が高鳴
ってしまう。
この男は、自分が「女の子」…それもわざわざ口説く価値のある対象として認識してし
まっている。自分が男だなんて、下着まで用意して女装するような変態だなんて、夢にも
思っていないのだろう。
困惑しつつも静かな高揚を覚えてしまう自分の肩に、親指と中指にごついリングをはめ
た左手が伸びる。
「…そっちもキンチョーしてるの?かーわいい」
「その…あの、困ります」
身を引くと、男の手は宙を掴む。狭い店なのに、どうしてこういう時に限って店員も、
他の客も来ないんだ。
「何が困るの?一人なんでしょ?」
「…ひ……ひと、待ってるから…」
「じゃあその子も一緒で良いからさ。それに載ってるみたいな服でも見に行かない?」
こんだけ拒否してるんだから、空気読めよ見切りつけろよ。
女子ならいざ知らず同性にしつこく口説かれた経験はないので、ここは「女の子」とし
て何と言えば良いのだろうかと視線を泳がせる。
「あ」
男の後ろから見慣れた顔が覗いた。ワックスでセットした茶髪の、午前中はネクタイを
緩めたブレザー姿だった高校生。
すぐ目の前に居る男の肩越しに、彼とは種類の異なる軽薄な笑みを浮かべた唇が、自分
に尋ねる。
「友達?」
別に待ってはいなかったけれど、焦げ茶のファーブルゾンを手にした待ち人が立ってい
た。
яяя
村瀬慎吾を同級生の名前としてでなく個人として初めて知ったのは、入学して最初の球
技の授業前だった。
女子の担当教員が急遽出張になったので、その日だけ男女合同になったのだが、クラス
の大半がグラウンドに出ても朝指示された準備をしないので、仕方なく自分が鍵を借りて
倉庫からバレーボールの籠を出そうとしたのだった。
倉庫特有の、砂や汗のすえた匂いをよく覚えている。重い籠を動かしていたら、シャッ
ターの段差に車輪が引っかかってしまい、それと格闘していたときだった。
『手伝おっか?』
柔らかくかけられた声に聞き覚えがないので、誰かと振り返ると、
『あ…なんだ、須藤だったか』
当てが外れたというか、ばつの悪そうな表情を浮かべる相手が彼だった。
『…なんだって?』
聞き返すと誤魔化すように手を振り、苦笑する。
『いや、後ろから見て女子だと思ったから』
『……それは、残念』
女子だったら親切にするだなんて、あきれた奴だ。しかめた顔を見せないよう背を向け
て再び段差に取りかかる。
『……暗いんだけど』
真後ろに立たれたので足下が影になって、どちらに力をかければ一人で動かせるか分か
らない。
『あっそ』
愛想のない自分の声に、鼻で笑う。教室や女子の前では見せてないものだった。学期始
めの自己紹介で親しみやすそうな話し方をしていたが、おそらくこっちが本性なんだろう。
『しゃーないなあ。心証悪いから手伝いますよ』
先程までの気安さからは打って変わって大儀そうに倉庫の奥へ行き、籠を掴む。
『押すから引き上げてよ』
言われなくても、まさかこのまま押しつぶしたりするほど人でなしじゃない。
男二人がかりでは楽に一つ目を外に出せたので、流れでもう一つの籠に取りかかる。
『お前、これ先生に頼まれたん?』
『内山が休みだから、今日』
お前の仕事なのかと尋ねられ、自分と同じ中学だった男子の体育係の名前をあげる。
『あ…あーあー、うん。あいつね』
絶対思い出せてない顔でうなずかれるが、どうでも良いことなので指摘しない。
『そう。だから』
『…も一人の体育係って、芹澤さんじゃなかったっけ?』
女子の名前はすぐ覚えたらしい。自分は顔までは一致していないが。
『そうだったかな』
『だったかなじゃなくてさぁ…別にお前が率先してやらなくても、ほっとけば授業始めに
皆でさせられるだろ?なんだってこんな余計な苦労すんの?』
そうやってやきもきしてて結局やるのなら、気付いた時に気付いた人が動けば良いと思
うのだが、それを言うと肩を竦められてしまった。
『…わっけ分かんね。さすが須藤君は違うね』
苦笑混じりのセリフに、まだ嫌味の一つも言うのかと黙っていたら、双方無言のまま作
業が終わった。
シャッターを降ろし鍵をかけ、グラウンドへ戻る相手に声をかける。
『…ありがとう』
いかにもな社交辞令は、やっぱり小馬鹿にしたように鼻で笑われた。
彼と連絡以外で個人的に話すのは、それっきりになるはずだった。
セーラー服を着て初めて外出した先で、こいつに呼び止められるまでは。
その後、思い出したくもない色々があって今に至る。
яяя
「友達?」
そんなわけないのは分かりきっているのに、わざわざ尋ねるのは目の前の男への牽制だ。
真後ろから聞こえた声に男は心底驚いたような顔をして振り返る。
ビンテージとか、よく知らないけどテレビで見るようなダメージジーンズに、重ねた無
地と柄のシャツをしっかりしたカーキのコートから覗かせている。
そうか、こういうのが「ハズす」ってやつなのかと、どれも似たり寄ったりな私服ばか
りの自分は思わず状況を忘れて観察。
「…こいつに、なんか用?」
同学年の女子からの評判を除けば特に問題行動もないのだが、背の高さに加えて仏頂面
と、いかにも沸点の低そうな彼の雰囲気に初対面の男はたじろいだ。
「…なんだ、彼氏持ちなら言ってくれれば良かったのに」
弁解しながら避けるように離れて行く。さっきまでの粘り強さが嘘のようだ。
雑誌を開いたままだったことに気付いたところで、上着を手にしたまま男を見送った相
手がこちらを見る。
「結構しつこくされてなかった?外から見えたんだけど」
ニヤニヤしながらガラス張りの壁を指され、揶揄されたことに頬が熱くなった。
「っ…は……早く来ないから、だろっ!」
店内なので潜めた声で相手をなじる。困惑する様を見られていたのが、とても腹立たし
い。
「だってお前、校外実習とかで女子よりも声かけられ慣れてたっぽいから」
それは、こんな「女の子」でなかったからだ。さっきとはわけがちがう。
「『言えば良かったのに』とか言ってたけど、何?『アタシ一人で超ヒマなんだけど』と
でも言ってたの?だったら俺、お邪魔だった?」
「っ…ちゃんと言った!言ったけど、なんか離れてくれなかったんだよ!」
「じゃあ、なんて言ったん?」
相手の底意地の悪さに、さっきの男に対してとはまた違った苛立ちを覚える。
「……ひ……ひと…をって………」
「人ぉ?」
いよいよ楽しげな表情を浮かべてしまう。こうなったらもう、何を言っても藪蛇だ。
「ダメじゃん。ユカちゃん可愛いんだから、ちゃんと『彼氏待ってます』って言わなくち
ゃ、ね?」
それが言いたくないから困ってたというのに、何をしてんだと逆に責められてしまう。
だんまりを決め込む自分に気付かないのか、広げた誌面に目をやりつつ相手は続けた。
「ユカちゃん可愛いから。そんなボンヤリしてたら連れてかれちゃって、変なことされち
ゃうよ?」
勝手にページをめくりながら、「それとも、そうなりたいのかな?」とからかってくる。
はた目には熱烈な惚気文句に、棚の向こう側に来た別の客がこちらを見てきた。
…「可愛い」。
そんなこと、しかも人前で連呼しないで欲しい。
人目が気になるのももちろんだが、その言葉を…自分が小さい頃から憧れていたそれを
かけられる度に、自分がどんな気持ちになるかも分かっていないくせに。
小さい頃…叔母が家を出るまでその言葉にどっぷり漬かっていた自分は、長じてからも
「可愛い」と称賛されることを、「女の子」として愛されることを心の奥底で望んでいた。
本人は何気なく言ってるのだろうが、その度に心臓を掴まれるような、胸の奥を揺さぶ
られるような、そんな異様な興奮を覚えてしまうのだ。
持って生まれた容姿を、憧憬のまなざしで見られたいんじゃない。可愛らしいものとし
て、愛されるべきものとして扱って欲しいという思いが、それを裏切る経験によって歪み
倒錯していった。
結果として、こうして「女の子」として扱われること、そしてそんな趣味を持った自分
をなじられることに欲情してしまう、そんな存在になってしまった。
甘くささやかれる「可愛い」という単語は、言ってみれば隠していた自分を覚醒させて
しまうスイッチのようなものなのに、それを知らない相手はいとも簡単に連呼してくる。
「……言わない、で…」
掠れた情けない懇願になったのは、店内だから声を抑えているからだ。こんな奴の発言
に動揺してなんかいない。
「どうして?ピンク似合ってる」
プリーツスカートの裾をつままれ、振り払いたいが雑誌を手にしてるのでかなわない。
「……はな、して…」
「離せ」と言いそうになるのをどうにか堪える。
「はいはい。んじゃ出るから、買わないならそれ戻せよ」
言われなくても分かっている。片腕にかけたブルゾンを抱え直す相手に背を向け棚に雑
誌を戻す。折り曲げてしまわないように、他の段の雑誌を押さえながら元の位置に慎重に
立てた。
「…っ…!?ちょ……」
無防備になった背後に回った相手の指が、服越しに背中を撫でてきた。驚きというより
もくすぐったさが大きく、思わず首を竦めたら開いた手で肩を掴まれてしまう。
「…ぁ……う…」
背中に触れる手の動きは意志を持ったものになり、今度は中に着けたブラジャーのライ
ンにそって左右になぞってくる。
「な…何して……?」
「シマシマ、丸見え~」
「っぁ………!」
相手のセリフに思わず見下ろす白いブラウスの胸元には、たしかに中の下着のストライ
プがうっすら透けてしまっていた。さんざん鏡を見直してたくせに、気付けなかった自分
の迂闊さが憎い。
「これじゃあさっきの奴も声かけたくもなるよねえ…わざと?わざとですかぁ?」
後ろから腕を回して、今度はブラウスを浮かせるカップの縁をいじってきた。さわさわ
と胸板や乳頭をかすめる裏地の感触に、自分でそこを慰めたことを思い出し身体が疼く。
「ひゃ、あ……ちがっ…」
公共の場にはきわどいスキンシップに、品出しに自分たちの向かう棚の向こう側に来た
店員の若い男とまともに目が合ってしまった。こちらをあからさまに見られて、顔から火
が出そうになる。だいたい、なんで今さら来るんだ、今さら!
「や、やめ…やめて、だめっ!」
羞恥と愛撫とに震える唇を叱咤しつつ、身をよじって相手の腕から逃れる。小さな声で
拒否できたのはある意味奇跡だ。
精一杯睨みつけるのだが、へらへらと軽薄な笑みを浮かべる相手に反省の色はない。
「……早く、それよこせ」
焦げ茶の上着を指差し、どうにか毅然と言うことができた。
яяя
電車に乗って連れて行かれたのは、以前服を買ったのと同じ駅ビル内のアクセサリーシ
ョップだった。
飾るという商品がメインなためか、照明からして目にチカチカするような華やかさがあ
る店内のデザイン。いかにも「女の子」っぽい。
初めて足を踏み入れる店に緊張しているのがバレたのか、腕を組んだ相手が笑うのが分
かった。慌てて下を向き、興味が薄く見えるよう振る舞う。
「なんか好みなのある?」
そんなこと言われても、ついこの間まで叔母のセーラー服しか着ていなかった自分に、
女子高生の身に着けるものなんて分からない。それに、うっかりダサいのを選んで馬鹿に
されるのも癪だ。
答えられず黙っていると、女性店員が自分たちに小さな籠を一つ差し出してきた。顔を
寄せ話しかけてくる相手と、それを拒まない(拒めないだけで、受け入れているわけでは
ない)自分の様子は、さぞかし仲睦まじく見えたのだろう。非常に不愉快だ。
受け取りつつもディスプレイされた指輪だのバングルだのを眺めるだけで、手を出すこ
とはできない。磨かれたスタンドミラーには困惑顔の少女の顔と、棚の商品を物色する男
の横顔が映っていた。
仕方なくいくつもあるネックレスやペンダントを一本ずつ見ていると、不意に身体を離
された。
「ちょっと、手ぇ貸して」
籠を持たない自分の右腕を掴むと彼はちょっと屈み、上着とブラウスの袖を捲った手首
に花やリボンのチャームの付いたブレスレットを巻いてくる。金具を留めると、自分の手
を押し頂くように両手で持ち上げてきた。
「けっこう似合ってね?…お前はどう?」
それこそ恋人に選ぶかのように角度を変えて眺め、尋ねてくる。
無理に合わせられた相手の瞳に映るのは、アクセサリーを試着し吟味しているという、
はたから見れば紛うことなき「女の子」の自分。
「……袖に引っかかるよ…」
ピンクゴールドのそれは確かに可愛らしくはあるが、細工部分が所々尖っていたり出っ
張っているので、今着ているブルゾンの袖口に穴を開けてしまいそうだ。それに毎月の予
算を考えると、ちらりと見えた値札は服に隠れてしまうものにしてはちょっともったいな
い。
そう思って首を振ったのだが、相手は自分が着け慣れてないからだと思ったのか「最初
は邪魔にならないのがいっか」と笑いながら元に戻した。
「じゃあ、こっちはどう?」
手を引かれるまま、壁一面に下げられたピアスやイヤリングの前へ。どれがどれだか…
というか、店員はこのちまちましたものをすべて把握しているのかと圧倒されてしまう。
「っひゃ!?」
突然髪をかき上げ耳朶をつままれ、裏返った悲鳴をあげてしまった。左手の籠を取り落
としそうになるが、なんとか堪える。
検診くらいでしかそこには触れることのない他人の体温に、ゾクリとしてしまったのを
懸命に覆い隠し尋ねた。
「な…なに?」
「ピアスとか、開けないの?」
黙って首を横に振ると、勝手に納得したようにうなずいてくれた。
「そっかー、お家キビしいんだ」
付き合いの悪いせいか誤解されがちだが、別に両親は厳格というほど教育熱心ではない。
リビングで中古ゲームをしていても「明日寝過ごすなよ」と一声かけるだけだし、連絡さ
えすれば帰りが遅くなったって目くじらを立てたりしない。
でも否定せずに神妙な顔をしておく。耳に穴を開けるのが、なんとなく痛そうで怖いか
らだという情けない理由を言わなくて済んだからだ。
右に二つ、左に三つ開いた相手の耳朶を見て、そんなにいっぱい付けて重くないのかと
か、開ける時痛くなかったのかとか、そもそもピアスをつける時に間違えて違う所に刺し
てしまわないのかとか、色々と興味半分不安半分な疑問が湧く。
…まさか、馬鹿にされるのが分かってて尋ねるほど浅はかじゃない。
「…俺の耳じゃなくって、商品見たら?」
視線に気付いたのかこっちを見てニヤニヤする。
「何?やっぱり気になるの?」
慌てて首を振る。視界の端にセルフピアッサーが入ったからだ。あんなホチキスみたい
なので挟まれて、みっともなく泣き叫ばない自信がない。
「これなんかどう?」
籠に入れられたのは銀色のピアス…のはずだが、イヤリングの棚から取ったものだし、
第一針がない。
「マグピだけど、良さげじゃね?」
「マグ……?」
思わず聞き返してしまったことを、相手が笑うのを見て後悔した。
「磁石で、耳にくっつけんの。ピアスみたいっしょ?」
ああ、また馬鹿にされた。お前と違ってこんなのに詳しくなんかないんだから、仕方な
いだろ。
自分の反応を面白がる相手の顔を見たくなくて、そのマグピとやらに注目する。たしか
にピアスの針にあたる部分や、それを受けるキャッチにはそれぞれ直径三ミリくらいの丸
い金属がくっついている。
こんなので落ちててしまわないのだろうかとは思ったが、それよりも飾りとしての見た
目に心を奪われた。
小指の爪に収まるような小さいハートの右上に、ピンクのラインストーンの粒が一つず
つあしらわれている。
当然ながらそんなデザインの装飾品は、今までの自分の生活にはないものだった。叔母
に色々着せられていた頃はまだ小学校に上がる前だったので、髪飾り以外のアクセサリー
なんてしたこともない。
自分をより「女の子」にするのには、それはあまりに魅力的だった。
「…気に入ったなら、とりあえずキープしとこっか」
しばらく凝視してしまっていたようで、顔をあげると相手は苦笑しながら籠を取りあげ
た。
狭い店内を二人で一周したが、結局レジにはそのハートのマグピを出した。
指輪の棚は、先客のカップルが長く迷っているみたいだったため遠慮したのだが、女物
のサイズが自分の手にあうか心配だったので構わない。
連れが会計している時、「女の子」はどんな顔をして待っていれば良いのだろう?棚の
商品を落とさないように、財布を出す相手の隣に立っていると、腰に腕を回された。
「あーあの、こいつに今着けちゃいたいんで、そのままで良いです」
「はぁい、かしこまりました」
値札ごとピアスの外袋を外しながら、二十半ばと思しき女性店員が自分にニッコリ笑い
かけてくる。
「彼氏さん、優しいですねぇ」
優しいどころか脅迫してくるような男をそう認識されるのは甚だ不本意だが、そういう
設定にしなければ自分の立場が危うい。
渋々うなずく自分の心中も知らず、「照れちゃって」と店員の前でからかってくる。う
るさい黙って金払え。735円だから、370円出してやる。
「じゃあちょっと鏡借りますね」
自分を恫喝している姿なんて想像もできないような、柔らかな声と笑顔を店員に向ける。
きっとこの人当たりの良さで、女子に眉をひそめられるような付き合いをしてきたのだろ
う…別に自分には関係ないから、どうでも良いけれど。
店内の鏡の前に立たされたので手を差し出すが、買った物を渡してはくれなかった。
「お前不器用だから、着ける前に落とすだろ。大人しく俺にまかせなさい」
自分が憤慨する前にレジの店員が笑ってしまったので、何も言えなくなる。ここで強引
に主張するのも大人気ないので「そんなことない」と小さく返しつつ、ピアスとキャッチ
をパッケージから外す相手の手元を睨みつけた。
髪を両耳にかけ耳朶に指を添えられる。温かい指先は不快ではなかったが、耳の下をく
すぐられて思わず身震いしてしまった。
「くすぐったがり」
ささやくな。息が首に当たって、それこそくすぐったい。
早くこの拷問を終わらせて欲しくて、両目をギュッと閉じる。右耳朶の表裏に、ヒヤリ
とした硬いそれらと、乾いた指の感触。軽く挟まれたと思ったら、右耳はそのまま次は左
の耳朶へ。
「…はあい、終わりました」
両肩に手を置かれ、仕方なく目を開ける。鏡面には、明るすぎる照明に目をしばたたく
自分と、満足げに笑みを浮かべる相手の顔。
「ほら、似合うだろ?」
肩を軽く押され、鏡に顔を近付けさせられる。
見慣れたはずのそれの中に映る別の色に、胸が高鳴ったのを覚られなかっただろうか。
真っ直ぐな黒髪の隙間から覗く白い耳たぶに、ちらりと光が反射している。ハートの銀
色と、ラインストーンのピンクが、顔を強張らせた少女をより「女の子」らしくしていた。
「…ぁ………ありがとぅ…」
他人の居る中、あんまり自分を熱心に見つめるわけにもいかないので、視線をどうにか
逸らす。
掠れた自分の返事に気を良くしたのか、相手はニッコリ笑って肩に腕を回してきた。
「今度は違う服で、ネックレスでも見よっか」
店を出て歩きながら尋ねてくる。それはつまり、首元が開いた服を着るということだろ
うか。
本屋で見た軽やかなそれらを身に着け、店内にあったようなアクセサリーで飾った自分
の姿を想像し、わけもなくドキドキする。
頬が熱くなるのを誤魔化すように下を向いたのだが、相手は声をたてずに笑った。
яяя
オモチャのような仕組みの割に、別の店でキャスケットや毛糸の帽子をかぶらされても、
ビルの外に来ていた移動店舗のワッフルを食べる時もピアスが外れることはなかった。
半溶けのザラメに付かないよう髪を耳にかける時、指先に触れた硬い感触に自分がそれ
を着けていることに気を取られて、焼きたてのワッフルで舌を火傷しかけた。
相手がもらってきてくれた水を飲む時に、まさしくそれをする原因になったピアスを指
され「やっぱ可愛い」だの何だの言われ、むせそうになるのをどうにか堪える。
垂らした髪に隠れてしまってほとんど見えないだろうに、「アクセサリーを着けている」
という事実に妙な高揚を覚えていた。千円もしない、ちっぽけな装飾品だが、自分にとっ
ては「女の子」であることを主張してくれる道具。
ショーウィンドーに映る自分の顔が明るいものになっていたのに気付き、慌てて無表情
を装った。隣を歩く相手に、気付かれる前なら良いのだが。
すれ違う人が自分の方を見る度に、今まで以上にどこを見られているのかが気になって
しまう。
自分を魅力的な「女の子」として見てくれているのだろうか。そして…身に着けたこれ
も、その一部として気付いてもらえているだろうか。
しかしその誇らしいような感触は、時間の経過とともに痛みに変わってしまった。
今まで何もしたことがなかった耳朶を長時間挟まれ続け、気にも留めないようなそこが
ズキズキとしてきたのだ。
ネジ式のいわゆる普通のイヤリングだったらこっそり緩めることもできたかもしれない
が、磁石なので着けるか外すかの二択しかない。
せっかくこんなものを着けられたのだからと我慢するのだが、両耳からの針で刺すよう
な痛みは徐々にこめかみへの鈍痛に広がっていく。
それでも恥ずかしいのと弱みを見せたくないのとで、何でもないふりを装って堪えてい
たが、腕を組んだ相手は当然ながら自分のしかめ面に気付いてしまった。
「…どうかした?」
自分がワッフルを頬張っている間、ずり落ちかけたニーソックスを直すついでに腿を撫
でるくらいしか今日はいたずらを仕掛けてこなかったので、不思議そうに尋ねてくる。
「なんでも、ない……」
首を横に振るのも頭に響くので、ぎこちない否定になってしまった。
案の定それ以上の追及はしなくとも相手は首を傾げたままで、その後同じやり取りを数
回交わしながら駅に向かう。
放っておいてくれれば良いものを、電車に乗ってロッカーから預けた荷物を出す頃には
強引に肩を掴まれ目を合わされてしまった。振りほどこうにも、意識の大半がピアスに…
というか、痛みに向いているので叶わない。
抵抗すらできずに、しかし視線は逸らせる自分に心底不思議そうに尋ねてきた。
「マジでどしたん?ほんと、疲れたんなら戻ってサ店入る?金気になるなら一杯くらいお
ごるからさ」
うるさい。無駄に気が回るなら、いっそその才能発揮してさっさと気付け。
いい加減くだらない意地を張っていたことを後悔していたが、今さら「初めて着けたア
クセサリーが痛くてたまらない」だなんて、それこそ恥ずかしくて言えない。
早く、お前の家でもどこでも良いから、人目につかない場所に連れていってくれ。
そうしたらせめて、手を洗う時や抵抗するにでも「うっかり」外れてしまったと言い訳
ができるのにと、その一心で強張る唇を動かす。
「その…早く、家に行きたい」
なんとか平静を装ったはずの声は震えてしまっていて、当然相手は怪訝な顔をした。
「どうしたよ?なんかお前変じゃね?…連れ回されて具合悪くなったんなら送るから、今
日はもう帰るか?」
うわべだけとは分かっているが、そんな優しいセリフをほざかれてしまったら、弱音を
吐くなんて情けない真似ができなくなるじゃないか。親切の方向性を、こいつは思いっき
り間違っている。
何も言えず俯く自分を探るように見つめていたのか、しばらく黙ってから相手が口を開
いた。
「…あ、ハート斜めんなってるよ。ほら」
まさしく自分の全神経が集中していたそこを、無造作に指で触れられた。チクンなんて
もんじゃない、ズクリとジワリを掛け合わせて、さらにピリピリ感も足したような痛みに
全身が震えた。
「ぁつっ!…………!」
「…は?」
こちらとしては反射だったのだが、声を上げ身を引くという過剰な反応に奴が首を傾げ
る。
「な……なんでもないっ!」
かばうように上げた右手を慌てて下ろし、ズキズキする右耳朶から意識を逸らしつつか
ぶりを振るが、
「………もしかして、ソレが痛かったの?」
「っ!?…………」
ギクリと肩を震わせてしまったのは、十分に返事になってしまったようだ。
確信を持ったのか、下を向いた自分を覗き込むように身を屈め、目を合わせてくる。
「どうなの?ユカちゃん?」
もう駄目だ。顔をそむけたくても、ニーソックスを穿いた両足はスカートの中で固まっ
ている。必死に歯を食いしばるのだが、一旦悲鳴をあげてしまったせいか今にも叫びだし
てしまいそうだ。
相手に釣り込まれるように、震える唇が勝手に動く。
「………ぃ…いた、い……」
最悪だ。最悪のバレ方だ。
虚勢を張った挙句、子供のようになす術なく白状してしまうなんて。
相手はといえば、ロッカーから出したバッグを肩にかけたまま、ぽかんと自分の発言を
受け取っている。
きっとこいつは数秒後、大声をあげて笑い出すんだ。こうして自分の顔を見つめている
のは、痛がっている、悔しがっている今の表情を後であげつらって馬鹿にするためなんだ。
往来で立ち尽くす、「女の子」になりきれないのにそれを望んでいる、無様な同級生の
姿はさぞかし面白い見せ物だろう。
何を…次はどんな目に遭わされるのかと耐えきれず目を伏せてしまうと、相手の指が今
度はゆっくりと髪を梳いてきた。
「外そっか」
思いの外穏やかな声音におそるおそる瞼を持ち上げると、目の前の顔はやっぱり笑って
いた。
ただそれはいつもの小馬鹿にした笑い方ではなく…以前ファミレスで、自分が塾に行か
なくなった情けない理由を聞いた時と同じ、それまでの態度が嘘のような優しいものだっ
た。
「………は……?……」
「痛いんだろ?じゃあもう、無理すんなよ」
耳朶にひびかないよう注意深く髪を耳にかけ、自分よりも大きな手のひらで頭を撫でて
くる。
「痛いのは外しちゃお。なっ?」
「……っ………」
…いつも、そうだ。
さんざん威嚇し、罵り辱めたかと思えば、こうしてみっともない姿をさらす自分を労る
ような素振りを見せる。
自分を苛むのも、こうして「女の子」扱いするのも同じ唇で、同じ指を持つ…目の前の
男なのだ。
されるがまま身体を引き寄せられ、右耳を相手に向けさせられる。
「早く言えば良かったのに」
耳元でささやく声の後に、指がそこに触れてきた。
「っ……ぃ…」
「痛い!」とうめきたくなるのを必死に我慢する。ペラペラの耳朶に食い込むように貼
りついたマグピは、キャッチを外しても落ちてくれなかった。
「気付いてあげられなくってゴメンねえ。ちょっとしたら、ちゃんと腫れ引くからねぇ~」
小さい子供に言い聞かせるような口調に、通行人がちらりとこちらを見るのが目に入っ
た。顔を赤らめる自分と、その両耳から外したアクセサリーをしまう奴とにほほ笑ましげ
な表情を浮かべるのを見て、情けなさに腹が立つ。
…ああ、畜生、畜生!
行儀の悪い呪詛を心の中で唱える。対象はもちろん、そもそもこんなことになるきっか
けを作った張本人のくせに今さら気付いた相手に。そして、この結果を予測できなかった
上に、よりにもよって最悪なタイミングでバレてしまった自分にだ。
パッケージに納めたピアスをバッグのポケットに勝手に入れて、その憎らしい一人は自
分の手をとった。
「…じゃあ、お待ちかねの俺ん家に行きますか?ユカちゃん」
痛みから解放されたことに、上の空のままうなずいてしまっていた。
яяя
さんざん自分を苦しめた耳朶の痛みは、それが去ったかと思えば疼くような違和感とな
った。
奴の家の洗面所で手を洗いながら、鏡に映るそこを確認すると、目立つほどではなかっ
たが赤く腫れてしまっていた。金属アレルギーはないはずだから、あれで挟まれただけで
音をあげたことになる。
悪あがきと分かりきってはいるが、水で湿った指で両耳をつまむ。磁石が当たっていた
ところはコリコリと硬く、しこりのようになってしまっていた。
「帰る頃には引くだろうから、安心しな、ね?」
黙り込む自分に何を思ったのか、同じく手を洗いながら普段より優しく話しかけてくる。
「マグピじゃなくて、クリップのにすれば良かったねぇ。ごめん」
「……もう、平気だから」
知らなかったとはいえ、こいつは一応選択肢を用意していた。拒否できたのにそれをし
なかった自分にも落ち度はある。
それに、相手が一方的に自分を責めるからといって、自分もそうやって謝らせてて良い
気分にはなれない。
「…その、無駄になった分は払うから、気にするな」
顔を合わせたくはないので、部屋に入る相手の左耳を見ながら言った。軟骨ぎりぎりの
位置までくすんだゴールドの輪が通っているのだが、本当に痛くないのだろうか?自分が
着けていたのと違って、何かに引っかけたら皮膚が裂けてしまいそうで、他人の物ながら
ハラハラする。
「馬鹿言うなよ、割り勘ってゴリ押ししたのはどちら様ですか?」
家に着いてからはじめて鼻で笑われる。家主に倣ってカーペットに腰を下ろすと、床に
バッグを置きコートをベッドに放った相手が身体を寄せてきた。
「…でも、せっかくユカちゃん嬉しそうだったから、また似たようなの探そうね」
ニヤニヤしながら頬をつつかれ、思わず睨みつけてしまう。初めて身に着けたアクセサ
リーに浮わつく心は、自分が気付くより先に見透かされていたようだ。
「あとねぇユカちゃん。せっかく可愛いカッコしてるのに、あんな言葉遣いしちゃダメだ
よ~?」
頬から顎へと指を下ろし、着ていたブルゾンを掴まれる。自分がされるがままなのを良
いことに片腕ずつ脱がすと、同じようにベッドの上に放ってしまった。
「こーんなブラ線透け透けで、そんな生意気なこと言っちゃってたら、ナニされるか分か
んないっしょ?」
肩を引き寄せられ傾いた自分の上体を、回した腕が受け止める。紺のストライプが透け
てしまっているだろうブラジャーにそって、相手の指が背中を撫でてきた。
「………っあ…」
自分よりも器用に動く指が、ブラウスの上から下着のホックを外してしまう。解放感は
一瞬で、浮いたブラジャーに胸板をくすぐられるもどかしさに思わず身震いしてしまった。
「あーゆーいかにもカラダ目当てっぽい奴は、すぐコッチに来ちゃうんだよ~?」
「……っだめ…!」
慌てて離れようとする自分に構わずスカートの中に潜った左手が、ショーツに押し込め
たそれを掴みあげる。身に着けた服にそぐわない、「女の子」にはありえないモノ。
「…ユカちゃんみたいな可愛い子が、こんなの持ってるなんて知ったら、どうなっちゃう
んだろうね?」
「ぁ…や……やめて…っ…」
まだ萎えたままのそれをやわやわと揉みながら、クスリと笑って相手は続ける。
「今日のデートは、楽しかったですか?ユカちゃん」
鼻先が触れあうほど顔を寄せて、性器への刺激にゆがむ自分の表情を探ってくる。
「た、た………たのしかった…です……」
他に、何と答えろというのだろう?
間近で満面の笑みを向けたかと思うと、相手はさらに身を乗り出してきた。
「…っ?ぁ……」
左側に移動した相手は、両足で自分を挟むようにして抱え込んでくる。左手を差し入れ
られたままのスカートは捲れ、ブラジャーと同柄のショーツが見えてしまった。
「だよねえ?だって、お耳痛くってもガマンしてくれちゃうくらいだったものねぇ~?」
言いながら左肩に顎を乗せて、耳に吹き込むようにささやきかける。ピアスによる痛み
の名残とそれ以外の刺激に、相手の胸に密着した背筋がゾクリとした。同時に、左手に弄
ばれているそれも。
「あーあー…ぷっくりしちゃって……」
熱をもったそこに吐息がかけられたと思ったら、生温いものが包み込んできた。ちゅる
ん、という湿った音。
「ひゃうっ!?」
情けない、高い悲鳴が口をついた。耳朶を舐められて…というか、吸われている。
「っゃ…やめ」
「やめろ」と言うべきか「やめて」と言うべきか。まだ奴の
ごっこ遊びは続いてるんだ
ろうか?
「……あ………っは……」
クチュクチュと、湿った音がやけに近くに聞こえる。当たり前だ、耳を舐められている
んだから。
時折耳殻や首筋に息がかかる。相手が息を継ぐ度に、早く早くと思ってしまう自分に戸
惑った。
早く放して欲しいのか、早く…もっとねぶって欲しいのか。
そこまで思って慌てて身をよじる。こんなとこで感じてなんかいない。第一、他人の耳
なんか汚いじゃないか。
こんな変な所を舐めてくるなんて…こいつやっぱりおかしい!
しかし抵抗しようにも性器を掴まれたまま抱きしめられているので、もぞもぞとだらし
なく身体を揺するだけに留まってしまう。
「……なに?耳たぶチュッチュされただけで腰砕け?」
「っ…ちが……っん!」
舌先で腫れたそこをつつかれながら問われ、反論しようと開いた口に何かをねじ込まれ
た。覚えたくもないが、覚えのある感触。
「はぁい、一緒にチュッチュしてね~…そうだよねぇ。俺ばっかじゃあユカちゃん、お口
さみしいもんねえ」
「ぁ……ふ、ぅっ………んんっ」
肩を抱いていた右手の親指が、舌をくすぐるように動く。
違う、そういう意味じゃないと伝えたいが、ショーツの中で硬くなり始めた性器の先を
擦られ言葉にならず、仕方なく相手の指を満足させるべく舐めた。
ここに他人と…そういう意味で触れるのは、たぶん二人目だ。
中学卒業前の下校中に、それまでただの友人だと思っていた女子から突然キスされた。
転勤族の親の都合で三年になってから転入してきた彼女は、小学校から同じクラスの友
人の幼馴染みだったそうで、三人でよく通学した。
女子とあそこまで距離を縮められたのは初めてだったが、友人に似てさばさばした性格
で男っぽい彼女は、自分の薄暗い嫉妬心を刺激しなかったからだろう。
正直、異性にキスされたという初めての経験にではなく、自分の当てが外れたことに驚
いていた。
女子のグループに入れなかったわけでもないのに自分たちに関わってくるから、てっき
り幼馴染みの友人を好きなんだと思っていたのに。だって、自分なんかよりずっと親しげ
に話していたのに。
ずっと前から彼女が好きなのだと、自分が間に居るおかげで彼女とまた以前のように付
き合えて感謝しているのだと、照れくさそうに話していた友人の顔がよぎり何も言えない
でいると、身を離した彼女が口を開いた。
『……ノーリアクションですか?』
『いや、驚いてるよ』
『それ驚いてる反応じゃないから!』
『…ごめん。その、冗談でなければそういう意味でも、ごめん』
何それ、と彼女は笑った。
『あたしがこんなんだから、何とも思わない?』
『そういうわけじゃなくて…気持ちは嬉しいけど』
『…須藤、好きな子居るの?』
好きな相手は居る。それは「女の子」として声を掛けられる自分と…鏡の中に居る、セ
ーラー服に身を包んだ自分。
どちらも、相手の想定している答えではない。
『…こういうこと、今は考えられないから』
無難なセリフ。自分にふさわしい模範回答だ。
言った直後に「だったらそれまで保留にして」などと返されないか危ぶんだが、彼女の
いらえはやはり彼女らしい、さっぱりとしたものだった。
『……ありがと。じゃあね』
それっきり。卒業後また転勤で引っ越して行った彼女からは連絡はなく、形ばかりの年
賀状も去年は返ってこなかった。
好きな相手と距離を縮め、行動で思いを伝える。ダメだったらあきらめる。彼女は自分
よりよっぽど理性的で、合理的だ。
いくら学業に励んだって、他人に称賛され好意を寄せられたって、自分は変わっていな
い。
初めてセーラー服を身に着けた頃、女子に嫉妬を覚えた頃…そして叔母が家を出た頃か
ら、可愛がられたい、「女の子」として愛されたいという渇望は変わらず抱き続けている。
そして、それが原因となってこうして恥辱の限りを受けても、相手の言いなりになって
いる自分が居る。
あの時は、好きになりたい者同士くっつけば問題ないのにと他人事のように思ったもの
だったし、今でもそう思う。
惚れただのくっついただのと耳に入る色恋沙汰といえば、彼女は彼が好きだが彼は別の
彼女が好きだとか、そんな対象の相違ばかりで、誰かに好意を寄せること自体に変わりは
ない。
どうして彼女は彼が好き、彼も彼女が好きとはならないんだろう。一生のうち出会える
人の数なんて限られているのに、どうしてこんなに低確率なんだろう。
年寄り臭いと言われそうだし、こんな話題にはなったことはなかったが、つくづくそう
思うのだ。
…だったら、こいつとはどうなんだ?
自分はこんな格好をして「女の子」になるのが好き。こいつは(彼の言うことを十割信
じるとすれば)自分を「女の子」にして、こんな風にもてあそぶのが好き。誰一人、自分
たちすら傷つかない、知られさえしなければ問題のない関係に思えなくもない。
「…っふぁ…あ……」
ヌルリ、自分の口から親指を引き抜くと今度は人差し指と一緒に突っ込んできた。
「ユカちゃんのお口、一生懸命頬張ってて、とっても可愛いですねぇ~」
……いや、やっぱり違う。
望んでこんなことをしているのなら、その相手に優しくささやかれて怖気が走る人間が
どこの世界に居るだろう?
所詮自分たちの根底にあるのは好意ではなく、相手の携帯の中にあるデータ…自分の弱
みで、そのうえでの利害の一致にすぎない。こいつがこの遊びに飽きるまでの、一過性の
関係。それこそごっこ遊びだ。
どうにかしてこいつを丸め込んで、画像を完全に消して関係を絶たないといけない。
ただ近頃は、それを本当に望んでいるのか、自分自身に疑問を抱いてしまう時がある。
金曜の夜に、前回別れる時に指定された服をバッグに詰める時、憂鬱どころか気が高ぶ
っている自分が居るのだ。
決して相手に会いたいわけではない。ただ、今週はどんな格好をさせられるのか、どん
な責めを受けるのか、どんな……気持ちの良いことを知ってしまうのかを、どこかで期待
している自分に気付いてしまっている。
いけない。このままではいけないと、何度自分に言い聞かせたのだろう?そしてその声
を、自分自身を裏切る背徳感にさえ悦びを覚えてしまう自分に気付いたのも。
こいつと別れられるのが先か、自分がおかしくなってしまうのが先か。
自分の苦悩なんて露ほども知らない相手は、鼻歌なんか歌いながら片手でブラウスのボ
タンを外し始めた。
ああ、また…何も、考えられなくなってしまう。
(おしまい)
懊悩彼女Side-M
入学式の前日登校で、教室で頬杖ついて本読んでたのが女子たちの噂の的の「須藤クン」
だった。
もったいない!というのが俺の心の第一声。
日焼けしてないけど不健康に見えない肌も、涼しげだけども睫毛の濃さでぱっちりして
見える目も、すっと通った鼻梁も、形の良い唇の間から覗く白い歯も、このままでも出る
とこ出れば全国区のアイドルになれそうな面だが、きっと女で化粧したらもっと映えるの
になあなんて詮方ないこと思っちゃうくらい可愛い顔をしていた。
もっとも机の下で組まれた、俺らと同じスラックスに包まれた足が嫌味なくらい長かっ
たり、その後の噂や彼自身の振る舞いで中身まで申し分ないイケメン模範生だと知り興味
をなくしてしまっていたが。
端正な見てくれでいきなり女子の評判になってたり、当日ノロでダウンした新入生総代
の代打で素晴らしい答辞をこなしちゃったり、帰宅部のくせに塾にも行ってないのに、中
学の頃から常に学年首席といういけ好かないスペックの彼が誰の攻撃対象にもならなかっ
たのは、ひとえにその生真面目さと突っ込みようのない人の好さのためだろう。
女子の黄色い声に眉一つ動かさない奴の態度に陰口たたいていた奴らも、委員会だった
り行事だったりで仕事をともにした後には皆口を揃えて「良い奴だ」と言う。
一見無口で無愛想だけれども、話してみれば気も融通も利く、なんとなく悪く言うのが
気が引けるようになってしまうタイプなのだそうだ。
これで奴がことさら明るいとか人付き合いが良かったりすれば敵も作れただろうが、成
績と顔以外には誰に対しても自己主張しない、そして教師だろうと生徒だろうと、女子だ
ろうと男子だろうと変わらず接する奴の態度は、見事に聖人君子ってやつだった。
悪い奴ではないけど、住む世界が違うというのが、俺たち同級生男子一同の須藤豊に対
する認識だ。お前本当に高校生かよ!ってな潔癖さは、いまいち下世話な話題を吹っかけ
る気にはなれず、結果必要がなければ関わることはなくなっていたのだ。
そんな彼が、彼女とっかえひっかえするわ、バイトや予備校の都合で頻繁にサボりかま
すわな、内申には記されない問題生の俺の部屋でブラウスをはだけられ、スカートの中の
モノを握られている。
衣装によって華奢なものとなった細身の身体は、俺に後ろから抱え込まれて座り込んだ
まま動けなくなっていた。
「…どーしたの、ユカちゃ~ん?」
小ぶりな口に突っ込んだ指を無造作に抜き差しし、すっかりベタベタになった左耳にさ
さやきかける。
「…っふぁ、ん、んぅっ……!」
親指の先で上唇を撫で、人差し指の関節をプルプルつるんつるんの下唇に弾ませる。リ
ップの上に唾液のグロスを塗りつけられた口を歪めて、須藤は苦しげに喘いだ。
「それじゃあ、分かんないよ」
ちゅぷん、と音をたてて指を引き抜き、相手の顔を覗き込む。熱に浮かされたような黒
瞳は宙をしばらくさまよい、ゆっくりと俺を映した。
「お耳チュッチュされて感じちゃったの?それとも指フェラ?それとも……これ?」
「っぅ………んぁ、や…やめ……」
白地に紺のストライプの入ったショーツ越しに、ペニスの根元をキュッと締めつけてや
る。形の良い腿を寄せて必死に首を振るのだが、これでは俺の手を挟んでしまっている。
「ふぅん、これがイイのかなぁ~?…じゃあ、触ってやんない」
竿を掴んでいた左手を離しても、丸見えの縞パンは前面がパツンパツンに押し上げられ
たままだ。ヒップハングのウエストは下腹ぎりぎりまで肌を覗かせるが、そこにあるべき
毛はない。
「そうだよねぇ、ユカちゃん女の子なんだから、オチンチンなんか触られても嬉しくない
よねえ?」
猫撫で声を吹き込んで、再び相手の左耳を口に含む。硬い耳殻の凹凸を舌先でなぞり、
耳ん中に涎垂らしちゃわないように一度離す。マグピに腫れた薄い耳たぶを、今度は唇で
優しくはんでやった。
「っ!……ひ………ぅ…」
熱をもった柔らかいそこをついばむように何度も咥える。その間に、奴の唾液で濡れそ
ぼった右手をブラウスの中、ホックを外され浮いたブラの中へと滑り込ませた。
「上から見ると、ぺったんこ~」
言って耳の真下に息を吹きかける。ひゅ、と細い喉の奥から引きつけような音がした。
ショーツと同じ細い紺のラインはカップに見合った小山を描くのだが、その中身は当然
ながら味気ないほどに平野。脂肪どころか筋肉までうっすら付いてるかな程度なので、ツ
ンと勃起した乳首がよく目立つ。
「…もしかして、ブラ擦れて感じちゃったりしてた?」
「ち、ちが…っひぁ、やあっ……ん!」
慌てたようにかぶりを振りかけるが、ぬめる指をコリコリした乳頭に擦りつければそれ
すらできずにギュッと目を閉じてしまう。ぱっちりした目元をさらに愛らしく演出してい
る長い睫毛は、こないだ押しつけたポーチの中のものを使ってくれたのだということを俺
に告げ口した。
しばらくは俺の部屋に前カノの置いてった道具や姉貴のでメイクさせてたのだが、こい
つが使うのはたいして種類が多くないのと、彼女らのお古というのがなんとなく気に食わ
ないのでドラッグストアで買い直してきたのだ。
使い心地は悪くないというのを確かめてから準備して、片付けしたら新品が出てきたと
いう苦しい言い訳で100均のポーチに入れたそれらを押しつけたのだが、その時の反応と
いったらなかった。
きっと今までは通りすがりに、それも気のないふりで眺めるだけだったろう「女の子」
の道具が、自分だけのものとして与えられたのだ。ほんの少し震えながらパッケージの封
を切る自分の手を見つめていた奴は、俺の目の前だというのに自分の頬が上気しているこ
とに気付けないまま、新品のパール入りリップをのせた唇で「これで満足かよ」と憎まれ
口をたたいた。
次は一緒に見つくろいに行くかと化粧品の充実してる店を頭の中にリストアップしつつ、
両手でブラジャーの上部をつまむ。相手はといえば、せめて俺と目を合わせないようにか
そっぽを向いてしまっていた。そんなことしたって両手で押さえつけたスカートやショー
ツの下、少女にあるまじきモノがビンビンになっているのは丸分かりなのに。
「……ぁ………く…ぅんんっ!」
露わになった白い首筋に鼻っ先を押しつけ、すべすべしたそこを舌先で撫で下ろす。肩
をビクつかせて逃げようとする奴の身体を足で挟み込み、唇でくすぐってみたり軽く咬み
ついたりしてみた。
「ん……っひ!ぁ…や、やだっ………っやめ……ひゃんっ!」
俺が動く度にかすれた悲鳴をあげ身をよじる。皮膚の薄い所を責められて、もとからく
すぐったがりらしい彼にはたまらないようだ。
耳のすぐ下をチロチロ舌先で舐められるのと、首筋を咥えて大きくヌルヌルされるのが
特にお好きなようなので、ご希望にお応えしてやる。
「……っく…んんっ…」
スカートを押さえる手にギュッと力をこめ、グレーのニーソに覆われた腿を擦りあわせ
る。投げ出した足は内股になっていて、それこそ「女の子」のようだった。
「……こうされるの、イヤ?」
ベタベタになった首筋から口を離し、腫れた耳たぶに息を吹きかけ尋ねる。その刺激と
ブラ紐を弾かれるのとに身を竦めながらも、必死に奴は言葉を紡いだ。
「ひゃ、ぅ……っやだ、やだぁ……っ!」
嫌がられちゃうと余計やりたくなっちゃうタチなのだが、遊びすぎで俺の唇や舌がジン
ジンしてきたのでやめにしてやる。「分かりましたよ」と左頬を一舐めしてやれば、ブル
リと震えながらも安堵の息をついた。
しかし、
ぷつん…つんっ。
「…っ!?ぁ……?」
胸元で細かく動いた俺の指に、休む間もなく息を詰めてしまう。
柄もカップの形もシンプルなデザインのそれはストラップが付け外しできるタイプなの
で、前面のそれを両方とも取ってしまったのだ。ホックはすでにブラウスの上から外して
いたから、引っ張ればいとも簡単にブラは脱げてしまう。
「シマシマ可愛いけど、こっちのが良いかなぁ?」
もともと「乳房を包む」という役目を果たせてなかったそれを床に落とし、はだけたブ
ラウスを合わせる。上品なパールに金色の縁取りがされた足付ボタンをすべて留めれば、
下着の柄を透かすほど薄い布地は硬くなった乳頭の場所をはっきりと教えてくれた。
「ほら、見える?…ツンってなっちゃってますねぇ~?」
「っみ……見えない!見るな、ぁ…!」
矛盾したセリフを吐きながら暴れる相手を黙らせるため、乾いてきた右手の指をまた口
にねじ入れた。
「ぅんっ!?………っく、ぅ……」
滑らかな頬の内側をくすぐり、放して欲しい一心で舌を絡めてくる相手の腔内を楽しむ。
奴が口をすぼめた時を狙って引き抜けば、ちゅぽんと可愛い音がした。
「こーしたら…分かるかなぁ?」
「…!やめっ………ひぅっ!」
俺の意図に気付き制止しようとしたが、その前に濡れた指を右乳首にぐりぐり押しつけ
る。白い布は唾液に透け、左側よりもその色付きを明らかにしてしまった。
「エッチなおっぱいですねぇ~……っとと」
ブラウス越しの愛撫に緊張する腿を、右足の親指で逆撫でしてみたのだが、相手が身を
竦める前にこちらが吊りそうになった。欲張りすぎちゃ駄目か。
「…あのまま俺来なかったら、どうなってたんだろうね?」
「は?………っ!…」
奴的には終わった話を蒸し返され、あからさまに動揺してしまう。
待ち合わせ場所の本屋に俺が着いた時、こいつは見ず知らずのチャラ男(俺に言われて
ちゃあ、そいつも気の毒だが)にナンパされて立ち往生していたのだ。フリルブラウスに
ピンクのミニスカート姿でファッション誌を手にした美少女が野郎だなんて、まさか今も
夢にも思ってないだろう。
「どっかでイイことしようって言われたの?こんな風に?」
「……っべ…別に……ふく………みるって、ぁ……っ!」
男にゃ興味ないと言い切る優等生が心外そうに返してきたが、こんなナリして喜んでる
時点で、人を馬鹿にできないと思うぞ。
でもまあ、女の子扱いされたいだけのこいつと、きれいな顔をいじめ抜きたいだけの俺
はなかなか良い組み合わせなんじゃないだろうか。
お互い相手の内面にゃ反発しか覚えないけれど、その利害だけは一致している。
「…そっかあ、やっぱりアレかな?……『ほらほら、ココんとこ曲がっちゃってるよぉ~
?』とか言いながらしけ込むつもりだったんかな?」
両手の親指で乳首を転がし、ブラウスの上から胸板を手のひらで揉みあげる。ない乳を
無理に掴まれて、痛がるどころか彼は力の抜けた手の下、抑えるもののなくなったスカー
トの前面をギンギンに押し上げているのを俺にさらしてしまった。
「…あっれぇ?もう触ってないのに…なんでそこ、まだお山んなってるのかなあ…ねぇ、
ユカちゃん?」
「ぁ……っ!あ、ち…ちがっ……!」
わざとらしく尋ねれば、須藤はハッとして慌てて両手で押さえかぶりを振る。
「まさかナンパされたの思い出してコーフンしてる?俺にこーゆー風におっぱい揉まれて
喜んじゃってる?」
「よ…喜んでなんかない!そんな…っ」
「じゃあ、そこを落ち着かせるためにも続けよっかなぁ」
「っぁ………!」
自分で自分の首を絞めたことに優等生はようやく気付いたが、まさか「違います、あな
たに乳首いじられて勃起しちゃったんです」なんて言えるわけがない。奴はただ耳元に吹
き込まれる俺の声が、次はどんな難題を吹っ掛けてくるのかを怯えながら待つだけだ。
「今日はユカちゃんを、本物の女の子みたいにイかせてあげる」
「…は…?……ひあっ!?」
右手を下ろし、怪訝そうに振り返りかけた相手のスカートの上から尻を掴む。高い悲鳴
とともにビクリと跳ねた身体を、横向きに倒してやった。プリーツスカートが翻り、ちら
りと覗くのは紺の縞パン。なかなか萌える光景だ。
「っう………」
「あ、そこでストップな」
起き上がろうと四つん這いになった状態で止められ、須藤が不安げに見上げてくる。そ
の端整な面が時折浮かべるほほ笑みだったり悩ましい表情に女子らは溜め息をついていた
が、こんな顔はきっと知らないだろう。
「…何、を……っ!?」
「動いちゃダぁメ…お尻ペンペンしちゃうよ?」
スカートを捲られてパンツ丸見せで、なすすべなく同級生の前にひざまずく「王子様」
なんて、傑作すぎだ。
「いーい格好」
実際、後ろから見た奴の臀部はそれこそ写メってやりたいくらいに素晴らしかった。
ほっそりした白い腿の付け根にふさわしく、薄くはあるがぷりんと上向いた二つの小ぶ
りな半球を紺ストライプが強調するように描いている。シンメトリなその曲線は、煽情的
というよりはむしろ芸術的だ……俺は低俗なので興奮しかできないけれど。
ローライズに合わせるようなのヒップハングのショーツでは、こうして前屈みになると
谷間の上部が見えてしまっていた。張りのある尻たぶがほんの少しだけ覗くのがチラリズ
ム好きにはたまらない。
そしてそんな美尻の下方…本来ならば何もないはずの股間を不自然に押し上げているの
は、その愛らしい顔や華奢な身体に似合わない立派な男性器なのだ。
「……まだおっきしたままなの?はっずかしーい」
わざとらしく指摘すれば恥じ入るように俯いてしまうのだが、盛り上がったそこが萎え
る様子はない。こいつはこの屈辱的なポーズに、俺から投げ掛けられる言葉に紛れもなく
興奮していた。
嫌味のないストイックさで、女子の憧憬と男子や教師からの信頼を集めていた須藤。奴
が「女の子」の格好をした自分に勃起する変態だなんて、誰が想像できるだろう?
俺とは対極に居るような優等生が、ショーツに覆われた美尻をさらしてチンコ勃たせて
るだなんて、いまだに何かの間違いじゃないのかと思う。
しかし実際に奴が着崩したセーラーやエロ下着で汁こぼしてる姿は、俺の携帯にしっか
り収められているし、俺に卑猥な言葉を投げかけられて喜んでるのもこいつ自身の身体だ。
「おっぱい触られてこんなカッコさせられて、それでも嬉しいんだ?…やっぱユカちゃん、
オチンチン擦って欲しい?いつもみたくエッチ汁出したい?」
「そっ……そんな、こと………?」
反射的に首を横に振った須藤が、俺の笑みを見て訝しげな顔をする。
「いらない?じゃあ心置きなく女の子ごっこしようねぇ~」
「っぁ、何……!?ひゃ…や、やめっ……!」
丸見せだったショーツの両脇を掴みを引き下ろせば、生まれてこのかた一度も日焼けし
てないような白い双丘が露わになる。つくづくチンコあんのがもったいない尻だ。
細いストライプをくしゃくしゃにしながら膝まで脱がすと、押さえるもののなくなった
ペニスが前に回した俺の手を打たんばかりにブルンッと飛び出した。使う予定ないなら短
小包茎に悩んでる男にくれてやれってくらい立派な逸物が、このほっそりした腰にぶら下
がっているのだ。ドッキリなんてもんじゃない。
「…本屋でも、スカートん中こんなにしてた?」
股布の湿ったそれから手を離し、先程のセリフ通り竿には触れないようにぺたんこの下
腹を撫でまわす。背後からのしかかって意地悪くささやかれ、奴の細い肩がブルリと震え
た。
「してなっ……ぁ………?」
つるんとした股間に指を滑らせ、袋の後ろで止めると拍子抜けしたような声があがる。
さすが優等生、見えないところの処理も完璧だ。
「…そうだよね。女の子だったらココだよねえ~?」
右手で会陰部をそっと指圧しながら左手でブラウス越しに引き締まった腹を、薄い胸を
くすぐる。タックやレースで手のひらがくすぐったいが、乳房があるように布地を揉み乳
頭にかすめてやった。
「ひゃ、あ………どっ、どこ触って……!…」
「どこって、ユカちゃんの………でしょ?」
直接的な答えを返してやると、目の前の耳が真っ赤になってしまった。せっかく耳たぶ
が落ち着いてきたみたいだったのに。まあどうでも良いが。
蟻の戸渡りというだけあって、なるほどたしかに狭い。それこそアリさんにでもなった
気分で、俺は右人差し指をそろそろと前後に動かしてみた…つくづく剃毛を命令しといて
良かったと思う。手のひらに当たるナニがチクチクしたら、かなり萎えそうだ。
「どう?アソコ触られてるご感想は?」
「っぁ、あ……?…やだ、だめ、だめ………!」
いやいやと首を振るが構わず刺激し続ける。さっき座ってた時みたく俺の胸に密着した
狭い背は、おそらく初めてだろう奇妙な感覚に小刻みに震えていた。
うんうん、いつだったか俺もおねーさまからフェラついでにベロベロ舐められた時は「
らめぇ」的なセリフ口走った気がするから、お前のがずっと堪え性あるんだろな。言わな
いけど。
萎えちゃわないよう、左手で硬くなった乳首をつまんだり転がしたりしながらしばらく
丁寧になぞってみると、徐々に相手の声が切羽詰まったものになってきた。
「っは………ん、んっ……やめ、そこ…も、もうやめてっ…」
「うん?なんで?どうして?」
「…っな…なんか、なんかおかしい…っ!」
「なんか」も何も、ダラダラ進行形で垂れ流してる我慢汁が睾丸伝って俺の手に来ちゃ
ってるんだが。
しかし俺は何食わぬ顔して聞き返してやる。
「おかしいって、ドコが?……気持ち良くって変になっちゃいそう?」
「あ、あ………ん、だめぇ……へ、へん、に…っ!?」
「なっちゃう」と唇を動かすのだが音にはならない。カチカチになったペニスの根元を
俺の指が押さえつけたからだ。
「……っ!…ん………っく…」
最後まで回答できないまま荒く浅い息をつき、優等生は必死にかぶりを振る。両腕はも
はや肘まで床に付けてしまっていて、俺に抗う余裕なんてないみたいだ。
「指マンで感じちゃってる?気持ち良い?」
「ちがっ…ぁ……ゆ…ゆび……っ、や、やめてぇ………っ」
またも矛盾しまくったセリフを吐かれてしまう。
こんな、ブラウスの上からもはっきり分かるくらいコリコリの乳首にしといて、俺が「
そっか、感じないんだ」と思うとでも言うのだろうか?俺の指が動く度にプリプリの上向
きヒップはもどかしげに揺れて、ジーパンの中に押し込めた息子をギュウギュウ苛んでく
れていた。なんつーか、こいつ放り出してトイレに駆け込みたいのを堪える俺って超素敵。
「嘘つき。ユカちゃん今あそこ触られて、おっぱいクリクリされてんだよ?……エッチで
モロ感のユカちゃんが感じないわけないっしょ」
わざと羞恥を煽るような言葉でスパートをかけてやれば、さりさりとカーペットを擦る
奴の爪がかすかな音をたてた。
「……っひぁうっ!?」
不意にビクンッとしなやかな背が反り、サラサラの黒髪が俺の顎をかすめる。もうちょ
っとこいつの身体が柔らかかったら、とんでもない反撃くらうとこだった。
「ひ…あ……っいぁああっ!あっ、あ…!」
黙って刺激を与え続けてやれば、何も考えられなくなったように悲鳴をこぼす須藤。普
通のオナニーより百倍気持ち良いとは聞くけれど、まさかお堅い優等生がこんなエロ声あ
げちゃうくらいとはね。つくづく一軒家なのと家族が外出中なことに感謝する。
珍しく悲鳴をあげてイったら身体を支えることもできなくなったのか、くたりと床に伏
せてしまった相手から身を離す。むき出しの尻を突き出したままヒクヒクと震える身体は、
まだ絶頂の名残に酔っているか、あるいは真っ最中なんだろう。
そんな「女の子」としてははしたない、男としては情けないことこの上ない格好を俺に
さらしたままだというのに、その白く滑らかな頬を伝う涙は透明で、焦点のぶれた黒瞳も
どこまでも清らかだ。顔だけ見れば、「荒廃した世界に嘆く天使か聖女」みたいなタイト
ルが似合いそうな感じ。
しばらくそのおきれいな顔を覗き込んでやると、ようやく落ち着いたのか俺の顔を捕ら
えた双眸がハッと見開かれた。四つん這いになった状態から身を起こし、丸出しだった桃
尻を捲れ上がっていたスカートの裾であたふたと隠すさまは、たった今俺に股まさぐられ
てイきまくっていた変態とはとても思えない。
膝で丸まったショーツを俺の目の前でどう穿き直せるか、ちらちら俺を気にしつつ考え
ている風の相手を前に、つくづく良い拾い物をしたと思う。
いつものようにセックスしたらもうただの淫乱女になった彼女と喧嘩別れした日、何気
なく寄ったあのスーパーの中で見かけたセーラーに包まれた後ろ姿が、なぜだか心に引っ
かかったのだ。そしてそれは「まさか」になり、「やっぱり」を経て今に至る。
こいつとセックスする気は毛頭ないが、きれいな顔が羞恥に歪むのを、嫌がりながらも
与えられる快楽に欲情してしまうのを楽しみたいという俺の困った性欲を満たすのに、こ
いつは申し分ない嗜好をしていた。
自身の姿に欲情する倒錯した女装趣味と、恐怖の裏返しの被虐願望。
誰にも明かすわけにはいかない悩みは、俺との出会いで解消するどころか、今日みたい
な「おんなのこごっこ」を繰り返すことで、どんどん深みにはまってしまうわけだ。
「…イっちゃってたねぇ、ユカちゃん」
ニヤニヤしながら尋ねれば、答えられずそっぽを向いてしまう。それが何よりの証拠だ
っての。
「そんな立派なオチンチンあるのに、お股触られただけで?………っと」
再び足の間に座らせて、ぺたらっこい胸に両手を回して抱きしめる。
苛んでは甘やかし、優しくしては突き放す俺の態度に混乱しつつも、決して逆らわない
し媚びたりもしない。自分の弱みを握る俺を恐れてはいるけれど、奴の気高い精神はそれ
を認めたくはないんだろう。
いわゆる「カラダは許しても心だけは」ってやつ?すっげ好みドンピシャでかえって逆
効果なんだけど、腕の中で居心地悪そうにもぞもぞしてる相手は気付いていない。
「…セーエキ出さないでイっちゃうなんて、ユカちゃん本当の女の子みたい」
恥じ入るように俯くこいつの分厚い辞書には、ドライオーガズムなんて言葉はないのだ
ろう。「ヘンタイ」とささやくと怯えたように身震いしたが…プリーツの乱れたスカート
の前面は再び傾斜をつけはじめていた。
「さっきイったばかりなのにねぇ……やっぱりユカちゃんみたいなエッチな子は、お股コ
チョコチョってされただけじゃ足りないのかな?」
「あ……っだ、だめ…!」
裏地がないから、焦らすように裾を持ち上げていくとザラザラ亀頭を擦るんだろう。さ
れるがままだった奴の手が俺の腕を弱々しく掴んできた。
「……コレでイきたい?ドピュッて、出したい?」
ピンクのスカートにそぐわない勃起ペニスの付け根をなぞり、息を呑む相手に尋ねてみ
る。
「……っ……ぅ………」
腫れの引きかけた耳たぶの下、薄い皮膚を尖らせた舌先でつついてやる。かぶりを振り
かけた優等生の、つまらないプライドを取っ払ってやる。
「ぁ…だ……だした、い……っ!」
鈴口から、そしておそらくその目からも涙をこぼしながら、須藤はついに自分からおね
だりをしてみせた。
「ふぅん」
またこうやって後悔の種を、俺に逆らえない理由を作ってしまう。こいつのおきれいな
顔が屈辱に歪むのを想像しただけで、腹の底が熱くなるような、そんな奇妙な昂揚を覚え
た。
残念ながら、俺の息子はもうしばらく窮屈な思いを味わうことになりそうだ。
「…よく言えました」
俺の腕を掴む指が離れたので、ピンクのスカートを押しのけ起き上がったそれを改めて
握り込んだ。
(おしまい)
懊悩彼女おまけ
投げ出した長い足の先っぽが遠いのに少し嫉妬を覚えるが、今のところ用があるのはそ
の付け根だ。
めくれたスカートの下で俺に掴まれたままの、今は萎えているペニスは自身が垂れ流し
た我慢汁と精液でドロドロんなっている。この体勢になる前からフルおっき状態だったの
で、すらりとした腿までそれは流れてしまっていた。
くてんと脱力した身体が倒れないよう支えてやりながら、床に転がしといたティッシュ
ケースに手を伸ばす。「雑然としている」と家族に酷評される部屋だが、こうして必要な
物がすぐ使えるなら十分機能的だと思う。
数枚引き出し、膝に引っかかった下着に吸い込まれる前に精液を拭う。そのまま形の良
い足の付け根にティッシュを滑らせると、我に返ったのか腕の中に居る相手が身じろぎし
た。
「…あ……ん、待っ……」
「こぼれるから、ちょっとじっとしてろ」
「う………」
人ん家を汚すわけにもいかず、大人しくなる須藤。それでも大股開いて俺にいじられて
るのは恥ずかしいようで、頬を染め両目をギュッと閉じてしまった。
「………は……はやくしろ、よ……」
「そしたらノーパンで帰んないといけなくなっちゃうねえ~」
相手を黙らせながらぐちゃぐちゃになったペニスや袋を拭いてやり、やっぱり床に転が
してたウェットティッシュ容器を取る。べとつく陰部を丁寧に清めてやりながら、つくづ
く俺ってマメだと思った。
一方的に気持ち良くさせてやった相手の後始末をするなんて、どう考えても時間外労働
やサービス残業だが、礼状のあるなしで採用を決める会社があるように、こういうののあ
るなしで次会った時にスムーズにプレイに移行できる。女だったら風呂場連れてって、本
番行かない程度に身体を洗ってやってるだろう。
それなのに…それなのにだ。付き合う女はただのヤリマンになる上に、なぜだか別れ際
は俺がとことん悪いことになるのだ。ありえない。むしろ俺のが「騙された」と叫びたい
のに。
別れる時だって「じゃあ別れようよ!」と言われて「うん。それじゃあ」と返しただけ
なのに、言った張本人が「何それマジわけ分かんないし!」と逆ギレ。こっちがさっぱり
ワケ分かんねーっての。
新しいウェットティッシュで手をよく拭ってから、くしゅくしゅんなってたショーツを
するんするんした太股に滑らせ引き上げてやる。やらしい意味じゃなく尻を押して腰を浮
かせるのを手伝い、元どおり穿かせてスカートを下ろした。もどかしげに膝を擦り合わせ
ているうちにずり落ちたニーソックスまでは、俺が直さなくて良いだろう。
また新しくウエットティッシュを引き抜き、唾液でベトベトにしてしまった相手の耳か
ら首筋、頬を丁寧に拭いてやる。「自分で」とかつまらないこと言いかけたので、うっす
ら汗ばんだうなじに息を吹きかけてやった
…よし、俺の役目は終わった。あとは奴の帰宅予定時刻に合わせてシャワーを貸すか、
このまま足元に転がったブラを着けさせて帰すかだ。
「はいっ、お待たせしました~」
「あ……ありがと………!」
肩を叩いて離れれば、俺の甲斐甲斐しいアフターケアに思わず呟きかけた須藤が慌てて
首を横に振る。
「どーういたしまして」
「ち、ちがっ…今のは単に……っふ、拭いてくれたから…いやでもそもそもお前がこんな
ことしなきゃ、」
「はいはい、乳首透け透けだよ~」
なんかもういっぱいいっぱいみたいなので、拾いあげたブラを渡してやった。不本意そ
うに顔を赤らめつつも少しほっとしたように下着を受け取る優等生を見て、つくづく感じ
たことは、
「……納得いかねー」
「は?」
「いや、こんなに優しくってナニもデカい俺を、どうして女子は分かってくれないのかね
えと」
正確には一年の夏までに先輩や隣のクラスの女の子数人とくっついて別れてから、だけ
ど。
俺の素朴な疑問に対して、女子から「女の敵!」な目で睨まれたことなんてないだろう
イケメン「須藤クン」はといえば、
「…………」
「優しい男なら弱みを握ってこんな変態行為を強いたりしないだろ」とか「ナニって何
のこと?」とか色々言いたげに唇を動かし…口を閉ざしてしまった。眉根を寄せてるとこ
をみると前者は藪蛇なことに、頬がにわかに上気したとこをみると後者の指すところに気
付いたんだろう。合宿の入浴時間こいつをはじめとする班長とか委員だけは打ち合わせか
何かで、男子浴場でのアホ格付大会に参加していない。
薄い布地に透けた乳頭を隠すように、ブラを持ったまま寄せられた白い手を見ながら考
えてると、返事を期待してなかった相手から遠慮がちに声をかけられた。
「……怒るかもしれないけど」
「まっさか。こんなに優しい男は居ないっての…さぁ、忌憚ないご意見をどうぞ」
大袈裟に胸の前に手を当てて、普段ならこんなお近付きになれないような女装優等生の
お言葉を賜る。
「…そういうところが、悪いんだと思う……」
俺は黙って手を伸ばし、穿かせたショーツをもう一度引きずり下ろした。
(おしまい)
最終更新:2013年04月27日 15:01