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「へぇ~」

 いつもの学校、いつものランチタイム。

 いつもの調子で純ちゃんが言うので、私もいつもの調子で相槌を打った。

「そ、それだけ……?」

「だって、超能力って言われても」

「あー、そうだね。確かになかなか信じられる話じゃないか」

「それじゃあねぇ……憂、このベーコン持って」

 アスパラに巻いたベーコンを剥がして、純ちゃんは私に箸を寄越した。

 言われた通りに箸でベーコンを持ち上げると、純ちゃんはぷらぷら揺れるベーコンを見つめだす。

「……ふんっ!」

 純ちゃんが激しく鼻息を噴出した。

 特におかしいことは起こらないようだけれど。

「あれ……ふんふんっ!」

 純ちゃんとしても不服な結果なのか、懸命に鼻息を噴き出し続ける。

「ねぇ、純ちゃん……」

「いや絶対出るから。持ってて憂」

「良いけど……」

 正直、そろそろ恥ずかしいかな。

 周囲の目も向いてきた気がする。

「う……しょうがないな。じゃあ地味ーな最小出力でいくよ」

 さすがに純ちゃんも、視線には気付いていたらしい。

 照れ臭そうに目線をちらちらさせて咳払いをした。

「さて。アヨイショー!」

 叫んだ瞬間、純ちゃんの瞳がきらりと光ったように見えた。

 私が持っている箸に、ぴくりと振動が伝わる。

 ピンク色のベーコンがぶるぶる震えて、脂を噴きだしていた。

 初めは何が起こっているか理解できなかったけれど、ベーコンが徐々に変色していくにつれ、私は状況を理解した。

「ふふん」

 満足げに笑った純ちゃんの前で、私は恐る恐るベーコンに指先を触れてみた。

「熱っ」

 ちょん、と触れただけの指先が、一瞬にして私の耳たぶに吸い寄せられる。

 慌てて指を見たけれど、やけどした様子はなくてひと安心。

「そう、これが私の能力……お肉を加熱する力」

 自信満々に言いきる純ちゃん。

 うん、なんだろう。

「純ちゃんがいたらお料理が楽でいいなぁ」

 すごく拍子抜けしちゃった。

「超能力なんて言うからびっくりしちゃったけど、なんか可愛い能力だね」

「んなっ! 今のは最小出力だったからで……」

「でも、それ以外使い道ないよね?」

「ぶー」

 私が笑うと、純ちゃんは膨れっ面をしてすねてしまった。

 怒らせてしまってなんだけど、特にフォローはしてあげられそうにない。

「まあ、ね……こうしてお弁当を温め直すくらいしか……」

「いいんじゃないかな。人よりちょっと良い毎日だよ」

 私だったら、それだけでも十分超能力に目覚めた価値があると思う。

 お肉を焼き過ぎないように中まで火を通すのは、ちょっとだけ難しかったりするのだ。

「どうせ目覚めるならもっとすごい超能力が良かったよー」

「でも、あんまり常人離れした能力は嫌じゃない?」

「うーん……そういうのも悪くはないと思うけどなー」

 純ちゃんは顎を撫でる。

 純ちゃんの欲しがった「もっとすごい超能力」って、一体どんな力なんだろう。

「人にはどうやっても真似できない力で、他の人間を圧倒するの。良くない?」

「天才の憂には分かんないかもしんないけどさ」

「……天才だなんてことないよ」

 私は昔から、人に天才だって言われることが多い。

 純ちゃんにも、時折言われてしまう。

 確かに、私は人より飲み込みが早いんだと思うことは多々ある。

 だけど、だからって毎度毎度「天才」の一言で片づけられるのは気分が良くない。

 私だってそれなりに努力しているから、人並み以上の仕事をできているのに。

 ほんの少しばかりの抗議として、私は未だ箸にぶら下がっていた純ちゃんのベーコンを口に運んだ。

「とにかくね、私はもっと超能力を極めていくよ」

「よく分からないけど……そんなことしなくていいんじゃないかな?」

「まぁまぁ、良いじゃんって」

 純ちゃんはひらひら手を振った。

 それで純ちゃんが満足するならそれでもいいとは思うけど、

 お肉を熱くする力をこれ以上強くしてどうするんだろう、とも思う。

 もうすぐ中学も卒業するというのに、念力でお肉を焼くのはそんなに大事だろうか。

 純ちゃんらしい努力の方向性ではあるけれど。

「上手くできるようになったら、憂に一番に見せてあげるから」

「ほんとに? ありがとう」

 でも、頑張ろうという人を無理に引きとめるのもおかしな話。

 私は陰ながら純ちゃんを応援することにした。




――――

「ん~……」

 リビングでお姉ちゃんがくつろいでいる。

 少し眠たそうな目をして、たまにあくびをしたりして。

 とうとう耐えきれなくなって、ソファーに寝そべってうたたねを始めてしまう。

 私はちょっと料理の手を止めて、そろそろとリビングへ。

「すー……すー」

 そして、しばらくお姉ちゃんの幸せに満ちた寝顔を観賞してから、物音を立てないように台所に戻って料理を再開する。

 お姉ちゃんの寝顔を見ていると、本当に幸せなんだなってわかるから。

 私はお姉ちゃんの幸せのために役立ててるって感じるから。

 お姉ちゃんのことが大好きだから。

 私は料理がおいしくなるように、丹精込めて鍋を回す。

 正直に言ってしまうと、私はお姉ちゃんを愛している。

 親兄弟に向ける親愛のそれじゃなくて、胸を焦がすような愛情だ。

 常識に反していることは分かっている。だから、私だけの胸に秘めている。

 どうして姉妹同士でそんなことになってしまったのかというと、これには純ちゃんが吐き捨てた「天才」という言葉が関わってくる。

 私は自分のことを天才と表現されるのがたまらなく嫌いだ。

――――

 発端は幼稚園の頃、私の描いたクレヨン画が市から賞をもらったと聞かされた日。

 今でもよく覚えている。私はたくさんのフルーツの中からリンゴを描いた。

 先生から、よく見て描くようにと言われたから、私はまずリンゴをじっと見つめた。

 まず形がまんまるでないことに気付いた。

 表面はつやつやで、白く見える場所すらあることに気付いた。

 黄緑色の斑点に気付いた。リンゴは真っ赤じゃない。場所によって皮の色も違っている。

 私は懸命に、今まで自分の知らなかったリンゴを探究した。

 他の子たちがすいすいとクレヨンを動かす中、ただじっとリンゴを見ていた。

 そしてようやく、私の頭の中に本物のリンゴが見えた。

 あとはそのイメージ通りになるよう、画用紙にクレヨンを擦りつけた。

 私はきちんと努力をして、見えるままのリンゴを描いたんだ。

 そしたらどうだ。

「憂ちゃんは天才かも知れないわね」

 園長先生は私の努力をあっさりと切り捨てて、かつニコニコと笑った。

 私がその一枚の絵を描くためにどれだけ頑張ったか、とか。

 そんなことには興味なんてないらしかった。

 私は子供だったから、怒るよりも先に、泣いて走りだしてしまった。

 走って、走って、自然と行きついた先にお姉ちゃんがいた。

「おぉ、どうしたーうい。よしよーし」

 お姉ちゃんに抱き着いて、私はえぐえぐ呻きながら必死でわけを話す。

「わたしね、絵でしょうをもらったんだけどね」

「しょうって?」

「すごく上手な絵をかいたひとにあげるものだよ」

 お姉ちゃんの分からない所は、うまく喋れない私の代わりに和ちゃんが補足してくれた。

「なんと。うい、そんなにすごいものを!」

「うん、けどね……」

 私は次いで、園長先生の言葉を言おうとした。

 けれど、お姉ちゃんが次に放った言葉によって、その必要はなくなってしまった。

「ういはすごいなぁー。いっぱいがんばったんだねぇ」

――――

 思えば、その時からかもしれない。

 お姉ちゃんに対して、許されざる感情を抱き始めたのは。

 何も言わなくても、私の努力を理解してくれるただ一人の人間。

「くー……」

 私のお姉ちゃんである、平沢唯。

 本当の味方は、お姉ちゃんだけ。

 だから私は、お姉ちゃんのためなら何でもする。

 何でもできる。

「よしっ」

 お姉ちゃんの好きな、甘口カレーが出来上がる。

 私はそのことを知らせようと、リビングへとスリッパを鳴らして駆けた。

「お姉ちゃん、ごはん出来たよー」

 いや。ご飯ができたことを知らせよう、というのは半分くらい建前だ。

 軽く体を揺すってあげて、起きないことを確認すると、私はお姉ちゃんの耳にそっと口を近づけた。

「お姉ちゃん、起きて……」

 小さな耳に、そっと囁く。

 長い同居生活で知った、お姉ちゃんのとあるクセ。

 横になって寝ている時に耳元で声をかけると、

「んぅ」

 もぞもぞと顔をこちらに向けて、腕を伸ばして、

「ちゅー……」

 抱きしめながらキスをしてくる。

「んっ、ふ……あむ、ちゅ……」

 しかも、けっこう情熱的なやつを。

 どこで覚えたのやら分からないけど、とにもかくにも脳みそが溶けそうになる。

 息苦しさにお姉ちゃんが目を覚ますまで、理性の糸が切れないようにがんばらな……きゃ。

 何だか、今日は特に体が熱くなる。

 いつもと変わらないお姉ちゃんのキスだけど、もう無理かもしれない。

 私の掌が忙しく動き回り、お姉ちゃんの脇腹をとらえたところで、お姉ちゃんの唇が動く。

「ん……あえ、うい?」

 ちゅっ、と唇が余韻を残して離れる。

「ごめん、またやっちゃったね。……ご飯できたの?」

 何食わぬ顔でお姉ちゃんは尋ねる。

 他の家庭がどうかは知らないが、我が家では日常茶飯事だ。

 私もお姉ちゃんも、いちいち動揺しない。

「うん、カレーだよ」

「きたー!」

 高校生になってそろそろ1年になるけど、お姉ちゃんは未だに夕御飯がカレーというだけでテンションが上がる。

 私はなんとなく後ろ暗さを感じて、お姉ちゃんのプレートにはお肉を多めによそっておいた。





――――

 翌日のお昼時、純ちゃんは少しだけ力を増してきた。

「ぬふふ」

 私がお弁当箱を開けると、もわっと湯気が上がった。

「見えてない物でも熱せるようになったよ」

 湯気の元はチキンハンバーグからだ。

 下に敷いたレタスが熱を受けて痛んでいる。ちょっと勘弁してほしい。

「すごいね~」

 でも、そんなことはおくびにも出さない。

 そんなふうに言っては頑張っている純ちゃんに対して申し訳ない。

「どうやって鍛えてるの?」

「とにかく実際にやってみることだね。目覚めさえすれば、意外とできちゃうものなんだよ」


「1日1時間、とにかく力を使ってみるんだ」

「見えないものだったり複数のものだったり、トリッキーな使い方に挑戦してみてる」

「そっか。そしたら何か使い道が増えるかもしれないね」

 純ちゃんなら、ステーキハウスを一人で回せるかもしれない。

「まあ実際、やることは決めてあるんだけどさ」

「へぇー、どんなこと?」

「ひみつ」

 ずいぶん満足げな笑顔を浮かべて、純ちゃんは指を立てた。

「やる時になったら教えてあげるよ」

「そう? うん、それじゃ楽しみにしてるね」

 純ちゃんが何をするつもりなんだろう、とかはどうでもよくて、

 一つの目標に向かって歩む純ちゃんを見ていることが、ただ心地よかった。





――――

 純ちゃんが超能力に目覚めて一週間ほどしたある日のこと。

「お姉ちゃん……」

 私は、いつものようにキスしてもらおうと、眠っているお姉ちゃんの耳元で囁いた。

「ん」

 舌が入ってくることを期待してしまうような、熱烈なキス。

 だけど今日は、それが本当に熱かった。

「おねぇ、ひゃ……んぐっ」

 唇だけじゃない。お姉ちゃんの体中が熱い。

 やけどしそうな熱さに、私の思考力が急速に奪われる。

 しかし、私の欲望と、お姉ちゃんを心配する心が斬り結んだのは一合だけで、欲望はすぐに倒れた。

「んん……えいっ!」

 お姉ちゃんの肩を掴んで、めいっぱい突き飛ばした。

「あれ、うい……?」

 息を荒げながら、お姉ちゃんが目を覚ます。

「う……」

「お姉ちゃん、すごい熱だよ」

 改めて、お姉ちゃんのおでこに触れてみる。

 尋常じゃない熱さ。39度台だとあたりをつける。

「すぐに救急車を……」

「大丈夫、大丈夫だよ!」

 お姉ちゃんが平常を訴えるけど、そんなの関係ない。

 私は電話機へと駆けようとした。

「ういっ!」

 だけど、お姉ちゃんが左足にしがみついてきて、私はバランスを崩して倒れ込んでしまう。

 この一大事に、私は何をもたついているんだろう。

「もうすぐおさまるからぁ……」

 お姉ちゃんは私の体を抱いて、のしかかってくる。

 フローリングの上でお姉ちゃんを突き飛ばす訳にもいかず、

 私は腹這いでお姉ちゃんを乗せたまま、電話機の方へ進んでいく。

「うい、良いからっ……もう!」

 お姉ちゃんが右側にぐっと体重をかける。

 左肩が少し浮いて、私はちょっとだけ振り向くような形となる。

 その一瞬に、お姉ちゃんの顔が急接近した。

「んっ……」

 素早く、唐突で一生懸命なわりに柔らかな感触が、私の唇を包んだ。

 お姉ちゃん、キス上手だなぁ。


「はふ……」

 唇が離れるころには、私の力は完全に抜けていた。

 ころりと仰向けに転がされて、再びお姉ちゃんが覆いかぶさる。

「んむぅっ」

 頭の中で、無数の火花がスパークする。

 唇の隙間にとろとろと流れ込んでくる滴は、お姉ちゃんの唾だろうか。

 口の周りがべちゃべちゃになる。甘く神経を刺激する匂いが、鼻腔に漂ってくる。

「あ、は……」

 手首を上げることすらできない脱力感の中、お姉ちゃんが熱い体で私の唇をむさぼっている。

 すりすりとお姉ちゃんの太腿が私の股間に擦りつけられ、我慢もできずお姉ちゃんに液体を噴きかけた。

 お姉ちゃんも流石に私の反応の意味するところは分かっているらしく、意図的に太腿を押しつけ始める。

「ああ、はぁーっ!!」

 狂人が咆哮するように、私ははしたなく喘いだ。

 敏感な部分が、なおもお姉ちゃんの柔らかな太腿にぐりぐりと潰される。

「っう……あ、んうぅーっ!!」

 お姉ちゃんに押さえつけられた全身が、びくりと大きく震えた。

「うい……」

 やさしい手つきで、私の秘部と、もう片方の手で頭を撫でながら、お姉ちゃんは微笑んだ。

 体を痙攣させつつ、私はお姉ちゃんの笑顔をぼんやりと見ていた。

「はあ……はぁ」

 落ち着かない呼吸をする私のおでこに、お姉ちゃんは軽くキスをする。

「ごめんね、こんなことしちゃって……でも」

 お姉ちゃんの顔が降りてくる。またキスが来ると思って、私は狂う覚悟をした。

 けれど、くっついたのはおでこ同士だった。

「ほらね、おさまった」

「あ……」

 私自身がひどく熱いせいかもしれないけれど、

 少なくともお姉ちゃんのおでこは異様な熱をもってはいなかった。

「最近どうもこの時間になると、体が熱くなっちゃうんだ」

「でも結構すぐにおさまるから、救急車は呼ばなくていいんだよ、うい」

「ええっと……」

 それじゃあつまり、さっきの情事は。

「ごめんね。これくらいしか憂を引き止める方法、思いつかなくって」

「うい……怒ってる?」

「怒ってないよ。私が先走っちゃったのがいけないんだもん」

 私は落胆と不安と、ほんの少し幸せを感じつつ、平時の顔に戻った。

「それじゃあ、ご飯にしようよ」


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最終更新:2011年04月29日 20:04