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 お昼にステーキハウスを開く純ちゃんを想像してしまったので、今日の晩ご飯はサーロインステーキ。

 私とは相反して、すっかり冷めてしまったステーキを電子レンジで温め直す。

「……」

 ぐるぐる回るステーキ。

 お肉を加熱する超能力。

 1日1時間のトレーニング。

 純ちゃん。

 何か、引っかかる。

「……」

 チン、とお馴染みの音で加熱が終わる。

 2枚目のステーキも温め直そうと振り返ったところで、私は目を見開いた。

 電子レンジに入っていたステーキはもちろん温まっている。

 問題は、まだお皿の上に置いてあるステーキまで、湯気を放っていることだった。

「……」

 お肉を加熱する超能力。

 1日1時間のトレーニング。

 純ちゃん。

 すぐ引いたお姉ちゃんの高熱。

 疑ってかかる必要があると思った。

「ういー?」

「あ、ごめんお姉ちゃん」

 でも、今はとりあえず食べようかな。





――――

「ねえ純ちゃん、いま超能力ってどんな感じ?」

 純ちゃんと私が、自然かつ最も長時間に腰を落ち着けて話し合える場。

 それは学校でのランチタイムに他ならない。

 放課後お茶に誘ってもいいけど、純ちゃんが何か手を打ってくる場合もある。

 このタイミングが一番、純ちゃんに考える猶予を与えないはずだ。

 私は弁当箱を開くとともに、唐突に切り出した。

「どんな感じって?」

「どれくらい極めたかってこと」

「あぁ……うーん」

 純ちゃんは天井を見上げて、軽く考え込む仕草をする。

「だいたい何でも出来るようになったかなぁ。あとは火力を上げるだけって感じ」

 はぐらかすような回答だった。何でもできるって言っても、出来ないこともあるはずだ。


「何でもできる?」

「うん。どんなに遠くても見えなくても、何度のお肉がどこにあって、どんな動きをしているのか分かるんだ」

「そしてもちろんそれを温めることもできるよ。一瞬にして、ジュッとね」

「そんなの……流石に無理じゃない?」

 あまりにも飛び抜けた能力すぎる。

 だからこそ超能力というのかもしれないけれど。

「じゃあ憂、窓を見てて」

「え?」

「いいから」

 促されるまま、窓の外に目をやる。

 ぽつぽつと雲の浮かぶ青空の遠くを、三羽の黒い鳥がわたっている。

「ふっ」

 純ちゃんが体をちぢこめた気配があった。

 それに少し遅れて、三羽の鳥がシンクロして墜落し始める。

「……」

 私は鳥が煙を上げながら落ちていくのを、呆然と見つめていた。

「はー、成功したっぽいね」

 純ちゃんのその言葉で、何が起こったのかを理解した。

 本当に超能力を成長させているらしい。

「まぁ今はこんなトコ。私の目的を果たすにはまだ遠いかな」

「そ、そうなの?」

 純ちゃんの目標はまだまだ高いらしい。

 こんな並はずれたことができてもまだ届かない純ちゃんの目的って、一体何なんだろう。

「……」

 私はいつの間にか、純ちゃんを睥睨していた。

「一体、何をするつもりなの? 純ちゃん」

「やだなぁ憂、怖い顔はよしてよ」

 そう言われても、私は純ちゃんに優しい顔は向けられなかった。

 その理由は分からない。

 確かに純ちゃんは無意味に生き物を殺したけれど、普段の私はそのくらいでここまで怒ったりしない。

「答えてよ」

 今、これほど純ちゃんにイライラしているのはどうしてなんだろう。

 私が純ちゃんのやりたいことに気付き始めているからだろうか。

「憂だって分かってるくせに」

 確かに言うとおりだ。私は純ちゃんの目的を、確証はないけれど分かっている。

 だからこそ、否定してほしい。

「分からないよ。純ちゃんの考えてること、分からない……」

「……ま、証拠が足りないか」

 純ちゃんは泣く子をあやす母親のような目で、私を見ている。

「じゃあ、こうしよっか。私は今晩の7時あたりにトレーニングを始める」

「憂はそのあたりで気を配ってればいいから」

 こんなことを言われた時点で、既に嫌な予感がする。

 けれど、この問題ははっきりさせた方がいい。

「……約束だね?」

「もちろん。私は嘘はつかないよ」

 7時と分かっているなら対応も出来る。

 それに純ちゃんは「火力が足りない」と言っていた。

 きっと、まだ大きなものは無理なんだ。

 それなら今日は、確認のために費やしても大丈夫に違いない。


「さて、せっかくのご飯時に険悪なムードはなしだよ。食べよ食べよ」

 純ちゃんは満足げに弁当箱をつつき始める。

 今日もアスパラベーコンが入っていた。

――――

 まず用意したのはぴったり時間を合わせた腕時計。

 次に、浴槽に冷水をたっぷり張り、氷もたくさん用意する。

 それから、体の内側からも冷やせるように、お姉ちゃんの好きなアイスも。

「よし……」

 純ちゃんの指定した時間まであと10分。

 念には念を入れて、そろそろお姉ちゃんを呼んだ方がいいかもしれない。

 私は手を拭くと、リビングに戻った。

「ういー、さっき何運んでたの?」

「アイスと氷。全部お姉ちゃん用だよ」

「私のため?」

 お姉ちゃんがこてん、と首をかしげる。

「うん。昨日お姉ちゃん、この時間になると体が熱くなっちゃうんだよね?」

「そうなんだよ。困ってるんだ」

 言われて、私は鼻頭が熱くなった。

 お姉ちゃんは私のなんにでも気付いてくれるのに、私はお姉ちゃんが困っていることにすら気付かない。

 どうして私はお姉ちゃんに何もしてあげられないんだろう。

「だから、すぐ体を冷やせるように水風呂を用意したんだけど……」

「ほんと!? ありがとううい~」

「えへへ、どういたしまして。ほらお姉ちゃん……お風呂場に行こう?」

 私は鼻をすすって、お姉ちゃんの手を引いて脱衣所に向かう。

 時間は6時53分12秒。服を脱ぐ時間も入れればぴったりというところか。

 私はさながら冷蔵室になっているお風呂場の戸を見つめた。


「ういー、服脱いだよー」

 背後からお姉ちゃんの声がした。

 思わずドキリとする。

「う、うん。そしたら……」

 お姉ちゃんの裸を見てしまわないように、目をそらしながら背後に回る。

「熱くなるまでここで待って、始まったらすぐ浴槽に浸かって」

「でもそれまで寒いよ……」

 お姉ちゃんが肩を抱きながらブルブル震えていた。

 ときどき処理を手伝うから、背中なら見慣れている。まだ、理性がおさえられる。

「じゃ、じゃあ……私が抱きついてよっか?」

 抑えられなかった。

「うん、お願いうい~」

「よいしょっと……」

 平静を装いつつ、お姉ちゃんの背中に胸を当てて、首に腕を回した。

 時計の針を見つめて、興奮を必死に紛らわす。

 時刻は6時58分44秒。あとおよそ一分半、裸のお姉ちゃんとこうしていられる。

「あったかいねぇ、憂」

 お姉ちゃんは無垢な口調で笑う。

 私たちは姉妹だから、お姉ちゃんは裸くらい見られても恥ずかしくないのだろう。

「それにすごいドキドキしてるー」

「そ、そうかな?」

 私はお姉ちゃんの首筋に軽く触れた。

 とくとくと、いつも通りの脈拍で血が動いている。

 私のそれとは比べ物にならない穏やかさだ。

「……ほんとだ」



「……」

 時計の針が7時を指す。

「お姉ちゃん、まだ来ない?」

「うーん……」

 お姉ちゃんの体は、裸でいるせいかずいぶん冷えてしまっていた。

 精一杯暖めようと、私は体を左右に動かして摩擦熱を起こす。

 さらに1分が経つ。やっぱりただの杞憂だったんだろうか。

「うう……ういー寒いよぉ」

 このままではお姉ちゃんが風邪を引いてしまう。

 私はバスタオルも持って、必死でお姉ちゃんを温める。

 さらに10分が経つ。もうそろそろ、お姉ちゃんに服を着せてあげてもいい気がしてくる。

「ん……う」

 私が安心しかけたところで、お姉ちゃんが細く息を吐いた。

「来たかも……熱くなってきた」

「本当に? 分かった」

 7時11分。かなりの遅れはあったけれど、お姉ちゃんの体は確かに温まりだしていた。

 私はお姉ちゃんの体を離して、お風呂場の戸を開ける。

「おお、ここも冷えてるね……」

 お姉ちゃんはお風呂場に入ると、少し嬉しそうに身を震わせた。

 私も後に続く。

「ほえ?」

「氷を入れるのは私がやるから、お姉ちゃんはゆっくりしてて」

「おぉ、そっかぁ」

 下心がないわけではない。

 けれど、お姉ちゃんが心配なのだって本当の気持ちだ。

 氷の浮いた浴槽に肩まで浸かって、お姉ちゃんは気持ちよさそうに鼻歌を歌う。

 自分で用意しておいて何だけど、異様な光景だ。

 お姉ちゃんは浮いている氷に唇を寄せて、水と一緒に吸いこんだ。

「アイスもあるよ?」

「ん……ぷはっ! うん、ちょうだい!」

 理性を突き崩すような台詞を吐くお姉ちゃんに、アイスの袋を破って手渡す。

 ぺろぺろとアイスバーに舌を這わすお姉ちゃんを見ながら、私は思考する。

 お姉ちゃんが熱を出し始めたのは7時11分。

 そして、純ちゃんの宣告した時間は7時「あたり」。

 これでは正確な判断はつけられない。

 純ちゃんのことだから、11分くらいズレても平気な顔をしていそうだ。

「おいふぃい~」

「……」

 この11分のズレはただの遅刻なのか、潔白の証明なのか。

 また、判断がつかない。

「……お姉ちゃん、熱っていつもどれくらい続く?」

「1時間ちょっとくらいかなぁ。1時間で終わって、それからすーっと熱が引いていくんだ」

「今までずっと同じだった?」

「そういえば……熱が引く時間は長くなってるかも。でも1時間で終わるのは変わらないな」

 1時間。純ちゃんがトレーニングしているという時間と同じだ。

「そっか、分かった」

 もし今日もお姉ちゃんの熱が1時間で引いたなら、

 私は純ちゃんを引っぱたかないといけない。



 お姉ちゃんの裸を見つめてきっかり1時間。

「寒い!」

 お姉ちゃんは突如として水から飛び出した。

 ばしゃりと冷たい水が跳ねてきたけど、お姉ちゃんの浸かっていた水なら浴びて飲みたいくらいだ。

「あ、ごめんねうい! 大丈夫……?」

「ぜんぜん平気だよ。お姉ちゃん、体拭こうね」

 お姉ちゃんにタオルを手渡しながら、私は時計を確認する。

 8時11分24秒。

「……」

 私は口元を引き締めた。

「ふーっ……びっくりした」

「でも今日は気持ちよかったよ」

 髪の水気を拭きつつ、お姉ちゃんはにこりと笑う。

「……」

「ういー?」

「あ、ごめん……何?」

 いつの間にかボーッとしてしまっていたらしい。

 お姉ちゃんに話しかけられていたのに気付いていなかった。

「水風呂きもちよかったよ。ありがとう」

「あ、うん。どういたしまして」

 私は服に付いた水を絞ると、立ち上がる。

「じゃあ私、すぐご飯作ってくるね」

「ありがとぉ~」

 台所に向かいながら、私は純ちゃんのことを思う。

 もはや純ちゃんが超能力でお姉ちゃんを攻撃していることは間違いなくなった。

「でも……どうして」

 スパゲティを茹でつつ、レタスをちぎる。

 パスタサラダなら素早く作れる。

 8時という時間になってしまった以上、お姉ちゃんもお腹をすかしていることだろう。

「ううん、理由なんていい。純ちゃんを止めないと」

 ぶちぶちと細かく、レタスをちぎっていく。

 それは怒りでも憎しみでもなく、恐怖と焦りだった。

 私は明日、純ちゃんに対してどんな顔をしてしまうのだろう。

「……」

 いや、そんなことはどうでもいいんだ。

 お姉ちゃんに危害を加えるつもりなら、容赦なんてしていられない。

 私はキュウリを切るために握りしめた包丁を、ゆらゆら揺らす。

 スパゲッティを茹でている鍋が噴きこぼれてしまった。


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最終更新:2011年04月29日 20:05